補綴
2009年01月29日
「 患者さんへ治療の価値をご理解いただくこと 」
およそ15年前、近所に住む若い患者さんが来院しました。お父さんは、会社を経営されている方で、将来はこの患者さんが会社を継ぐであろうことが想像できます。経営者として、ふさわしいオトナになっていただきたいと思いました。まずは、お口の中の治療が必要です。前歯がこんな状態の社長さんが信頼されるでしょうか?
初対面で、少しびっくりしたのは頭髪が金髪であったことです。少し”やんちゃ”をしていたようないかにも”言うことを聞かないタイプ”に見えました。しかし、話してみると意外なほど素直でまじめな青年であることが解ったのです。「最後まで治療に通ってくれますか?」との私の問いに、「はい、通います」ときちんと返事をしてくれたので、徹底的に治療させていただくことにしました。
ところで、まだ働いていない二十歳の青年ですから、自費治療費はたぶん親御さんが払うことになるだろうと解っていました。ある段階で自費治療費のお話をお母さんとさせて頂くことになりました。
当時は、現在ほど診療契約を厳密に行っていなかったので、自費治療費の説明が治療が始まってしばらくしてからといったこともありました。この症例でも仮歯(テンポラリー・レストレーション:TEK)の状態になってご両親に説明することになりました。説明のためにスライドフィルムをコンピュータに取り込んで、引き延ばして大きなカラー写真にして提示する必要がありました。しかし、当時はまだ現在ほどデジタル化されていなかったので、業者に頼むと1枚数千円だと言われました。あまりに経費がかかりすぎるので困っていたら、青山の知り合いがタダで引き受けてくれました。これには本当に助かりました。
早速、大きな写真を十数枚携えて、お母さんとお話しすることにしました。シャープに細部までよく写り込んだ写真を比較すると、私の仕事が理解していただけたようです。自費治療の承諾を得ることができました。
ー 治療の価値は患者さん本人しか解らない ー
治療の価値というものは、その治療を受けた人だけしか解らないものです。治療を受けた方と、治療費をお支払い頂く方が異なる場合、なかなか価値をご理解いただけないことがあり、我々も困ることがあります。この症例の場合、1年半ほど治療期間が掛かりました。何回も通って、長い時間お互いに苦労したことは、私と患者さんご本人以外には理解できないのです。
[ 症例 N.T. ]
術前・正面観
上顎・左右中切歯のう蝕が目立ちます。
その下の歯間乳頭部の腫脹も気になります。前歯の歯肉表面のぶつぶつが目立ちます。これは、線維性の歯肉と呼ばれる状態です(後述:参照のこと)。
術前・5枚法写真
う蝕・歯周病の状態など、気になるところが沢山あります。
1.術前
2.前歯う蝕は暫間充填して、全顎のスケーリング&ルートプレーニングを終えた状態です。かなり、ポケットも浅くなり回復しましたが、上顎中切歯部の歯冠乳頭の腫脹は、未だ残っています。まだ、4ミリ以上のポケットを形成しています。これを残しては、再発のリスクがありますから、生理的環境に修正する必要がありました。
この症例のように、慢性的に炎症が生じている部位に、線維性と言われる”セルライト”のような”オレンジの皮”のようなぶつぶつが大変目立つ歯肉が出現することがあります。歯肉の下の方に”結合組織”というコラーゲン線維などの多い層があります。炎症の繰り返しにより線維組織を作り替える過程で線維成分がなかなか代謝されずに沢山残ってしまったと考えられます。炎症が無くなってもなかなかこの性状は変わりません。こういった症例では、手術で、線維成分が異常に多い厚くなった結合組織層を削いで薄くすることで、生理的性状の歯肉が獲得できます。
*健康な歯肉にも、”スティップリング”とよばれる小さなぷつぷつがみられます。これは生理的なモノで異常ではありません。
3.オペ後、堅い歯肉を縫合した状態です。
4.術前に比べ、前歯の歯間乳頭の生理的形態(引き締まった三角形)が戻ってきた状態を比較して(1,2と4)ご理解下さい。線維性の性状も改善されました。
う蝕で歯冠が無くなっています。正しく補綴するために歯根を歯肉上に出すために、crown lenngtheningという手術を施し補綴物をセットしました。
第一大臼歯には金のインレー、第二小臼歯にはセラモメタルクラウンを装着しました。
技工所から補綴物が出来上がってきました。
末永く口腔内で機能してくれることを願っています。ですから、全ての技工物はスキルのある優秀な技工士により仕上げられ、全ての技工物の歯質との辺縁部(マージン)は、顕微鏡(マイクロスコープ)で仕上げてもらっています。
このことで、歯と高い精度で適合して、マージン部の不適合による二次的う蝕の発生や脱落などのリスクを下げています。技工物の精度管理は、口腔内で永い間機能するための必要条件と考えています。当院では、責任をもった治療には必須と考えています。
補綴物が、高い精度でセットされた術後の状態です。
右上第一大臼歯は、旧補綴物のまま手を付けませんでした。咬合面の小さいう蝕は、アマルガムという充填物を充填しました。当時は、今のように信頼のできる良いCR(コンポジットレジン)が無かったので、アマルガム*を使用していました。
術前術後の下顎咬合面観を比較すれば、精度ある補綴の状況が解ると思います。
ブリッジ咬合面は、メタルで作ってあります。咬合力が強く、ブラキシズムを持っている可能性があるため、咬合面を白いポーセレン(瀬戸)などの材料にせず、白金加金という金合金でカバーしました。長い間問題なくお使いいただくには良い設計だと思います(ポーセレンでカバーする設計ももちろんできます)。術前の保険インレーと術後のハイカラット金インレーを比較すれば、辺縁部の適合性が遙かに良いことがおわかり頂けると思います。
また、銀色の小さな充填物は辺縁適合が良いアマルガム充填です。
*現在でも、患者さんがご希望ならばアマルガムを充填しています。アマルガムは正確に使用すれば、二次う蝕にもなりずらい優秀な充填材料だと考えています。
正面観・術後
腫脹した歯冠乳頭形態は消え、生理的で引き締まった歯肉形態が獲得されました。どうぞ、術前と比較してください。
黄色の線で囲まれた部分に黒いメラニン色素の沈着があります。術後の同じ部位のメラニンが消失していることをご覧下さい。
メラニン色素の出現は、生体防御の一つです。紫外線に当たると出現しますが、同じように長い間炎症が存在したままの部位にも時にメラニン色素の沈着が起きます。逆に、炎症が取れて生理的な歯肉環境が得られると消失すると言われています。この症例は、それを示す典型例です。
*色素沈着部(黄色く囲われた部分)に線維性歯肉の特徴である”ぶつぶつ”の存在がご覧頂けると思います。歯の間にある三角形の部分(歯間乳頭)にある”ぷつぷつ”は、スティップリングと呼ばれる生理的なもので、これは健康的な歯肉に現れるものです(術後の歯間乳頭に見られます)。この点は、間違えないでください。
「 全顎的治療の必要性 」
当院では、全顎的に徹底した歯周治療を行った上、健康的歯周組織が獲得された後に補綴物を装着しています。一口腔内は、一つの世界のようなモノです。ある特定の歯だけ歯石を取ったり,綺麗にしても、他の歯の歯周ポケットやう蝕から、細菌は唾液に混じって移動することが科学的に解っています。付着したところからプラークというコロニーを形成しその場でう蝕を起こしたり、ポケットの中へ移動したりします。ですから、口腔内全部を綺麗にして、全体を健康な状態にしない限り治療した部分の再発のリスクも大きくなるのです。
「 インプラント治療では気をつけて 」
同じ理由から、全顎的治療を徹底的にしないインプラント治療がダメな訳がご理解頂けると思います。日本の多くの先生がこの点をいい加減にしています。リスクが大きいままインプラント治療を終了しています。全顎的に徹底的なう蝕治療や歯周治療をしないインプラント治療は大きな非難をするに値します。
全顎の歯周治療などには時間が掛かかります。ですから、長い治療期間のためにインプラントを希望している患者さんの気が変わって止めてしまわないうちに、早く埋入してしまうのでしょう。全く無責任です。そういった先生が多すぎるので、お気を付け下さい。
*欧米では全顎の感染除去(歯周病治療など)をしていない場合は禁忌症で、埋入できないことが常識として強調されています。
このような知識や技量もない無責任な歯科医師が、高額な治療費獲得のためにインプラント治療を執拗に勧める傾向が見られます。これは非常に大きな問題です。
最近の歯科界全体が間違った方向に進んでいます。こういった危機感や現状を、より多くの患者さんにご理解いただき、正しい治療をなさる良心的な先生を見つけてください。
およそ15年前、近所に住む若い患者さんが来院しました。お父さんは、会社を経営されている方で、将来はこの患者さんが会社を継ぐであろうことが想像できます。経営者として、ふさわしいオトナになっていただきたいと思いました。まずは、お口の中の治療が必要です。前歯がこんな状態の社長さんが信頼されるでしょうか?
初対面で、少しびっくりしたのは頭髪が金髪であったことです。少し”やんちゃ”をしていたようないかにも”言うことを聞かないタイプ”に見えました。しかし、話してみると意外なほど素直でまじめな青年であることが解ったのです。「最後まで治療に通ってくれますか?」との私の問いに、「はい、通います」ときちんと返事をしてくれたので、徹底的に治療させていただくことにしました。
ところで、まだ働いていない二十歳の青年ですから、自費治療費はたぶん親御さんが払うことになるだろうと解っていました。ある段階で自費治療費のお話をお母さんとさせて頂くことになりました。
当時は、現在ほど診療契約を厳密に行っていなかったので、自費治療費の説明が治療が始まってしばらくしてからといったこともありました。この症例でも仮歯(テンポラリー・レストレーション:TEK)の状態になってご両親に説明することになりました。説明のためにスライドフィルムをコンピュータに取り込んで、引き延ばして大きなカラー写真にして提示する必要がありました。しかし、当時はまだ現在ほどデジタル化されていなかったので、業者に頼むと1枚数千円だと言われました。あまりに経費がかかりすぎるので困っていたら、青山の知り合いがタダで引き受けてくれました。これには本当に助かりました。
早速、大きな写真を十数枚携えて、お母さんとお話しすることにしました。シャープに細部までよく写り込んだ写真を比較すると、私の仕事が理解していただけたようです。自費治療の承諾を得ることができました。
ー 治療の価値は患者さん本人しか解らない ー
治療の価値というものは、その治療を受けた人だけしか解らないものです。治療を受けた方と、治療費をお支払い頂く方が異なる場合、なかなか価値をご理解いただけないことがあり、我々も困ることがあります。この症例の場合、1年半ほど治療期間が掛かりました。何回も通って、長い時間お互いに苦労したことは、私と患者さんご本人以外には理解できないのです。
[ 症例 N.T. ]
術前・正面観
上顎・左右中切歯のう蝕が目立ちます。
その下の歯間乳頭部の腫脹も気になります。前歯の歯肉表面のぶつぶつが目立ちます。これは、線維性の歯肉と呼ばれる状態です(後述:参照のこと)。
術前・5枚法写真
う蝕・歯周病の状態など、気になるところが沢山あります。
1.術前
2.前歯う蝕は暫間充填して、全顎のスケーリング&ルートプレーニングを終えた状態です。かなり、ポケットも浅くなり回復しましたが、上顎中切歯部の歯冠乳頭の腫脹は、未だ残っています。まだ、4ミリ以上のポケットを形成しています。これを残しては、再発のリスクがありますから、生理的環境に修正する必要がありました。
この症例のように、慢性的に炎症が生じている部位に、線維性と言われる”セルライト”のような”オレンジの皮”のようなぶつぶつが大変目立つ歯肉が出現することがあります。歯肉の下の方に”結合組織”というコラーゲン線維などの多い層があります。炎症の繰り返しにより線維組織を作り替える過程で線維成分がなかなか代謝されずに沢山残ってしまったと考えられます。炎症が無くなってもなかなかこの性状は変わりません。こういった症例では、手術で、線維成分が異常に多い厚くなった結合組織層を削いで薄くすることで、生理的性状の歯肉が獲得できます。
*健康な歯肉にも、”スティップリング”とよばれる小さなぷつぷつがみられます。これは生理的なモノで異常ではありません。
3.オペ後、堅い歯肉を縫合した状態です。
4.術前に比べ、前歯の歯間乳頭の生理的形態(引き締まった三角形)が戻ってきた状態を比較して(1,2と4)ご理解下さい。線維性の性状も改善されました。
う蝕で歯冠が無くなっています。正しく補綴するために歯根を歯肉上に出すために、crown lenngtheningという手術を施し補綴物をセットしました。
第一大臼歯には金のインレー、第二小臼歯にはセラモメタルクラウンを装着しました。
技工所から補綴物が出来上がってきました。
末永く口腔内で機能してくれることを願っています。ですから、全ての技工物はスキルのある優秀な技工士により仕上げられ、全ての技工物の歯質との辺縁部(マージン)は、顕微鏡(マイクロスコープ)で仕上げてもらっています。
このことで、歯と高い精度で適合して、マージン部の不適合による二次的う蝕の発生や脱落などのリスクを下げています。技工物の精度管理は、口腔内で永い間機能するための必要条件と考えています。当院では、責任をもった治療には必須と考えています。
補綴物が、高い精度でセットされた術後の状態です。
右上第一大臼歯は、旧補綴物のまま手を付けませんでした。咬合面の小さいう蝕は、アマルガムという充填物を充填しました。当時は、今のように信頼のできる良いCR(コンポジットレジン)が無かったので、アマルガム*を使用していました。
術前術後の下顎咬合面観を比較すれば、精度ある補綴の状況が解ると思います。
ブリッジ咬合面は、メタルで作ってあります。咬合力が強く、ブラキシズムを持っている可能性があるため、咬合面を白いポーセレン(瀬戸)などの材料にせず、白金加金という金合金でカバーしました。長い間問題なくお使いいただくには良い設計だと思います(ポーセレンでカバーする設計ももちろんできます)。術前の保険インレーと術後のハイカラット金インレーを比較すれば、辺縁部の適合性が遙かに良いことがおわかり頂けると思います。
また、銀色の小さな充填物は辺縁適合が良いアマルガム充填です。
*現在でも、患者さんがご希望ならばアマルガムを充填しています。アマルガムは正確に使用すれば、二次う蝕にもなりずらい優秀な充填材料だと考えています。
正面観・術後
腫脹した歯冠乳頭形態は消え、生理的で引き締まった歯肉形態が獲得されました。どうぞ、術前と比較してください。
黄色の線で囲まれた部分に黒いメラニン色素の沈着があります。術後の同じ部位のメラニンが消失していることをご覧下さい。
メラニン色素の出現は、生体防御の一つです。紫外線に当たると出現しますが、同じように長い間炎症が存在したままの部位にも時にメラニン色素の沈着が起きます。逆に、炎症が取れて生理的な歯肉環境が得られると消失すると言われています。この症例は、それを示す典型例です。
*色素沈着部(黄色く囲われた部分)に線維性歯肉の特徴である”ぶつぶつ”の存在がご覧頂けると思います。歯の間にある三角形の部分(歯間乳頭)にある”ぷつぷつ”は、スティップリングと呼ばれる生理的なもので、これは健康的な歯肉に現れるものです(術後の歯間乳頭に見られます)。この点は、間違えないでください。
「 全顎的治療の必要性 」
当院では、全顎的に徹底した歯周治療を行った上、健康的歯周組織が獲得された後に補綴物を装着しています。一口腔内は、一つの世界のようなモノです。ある特定の歯だけ歯石を取ったり,綺麗にしても、他の歯の歯周ポケットやう蝕から、細菌は唾液に混じって移動することが科学的に解っています。付着したところからプラークというコロニーを形成しその場でう蝕を起こしたり、ポケットの中へ移動したりします。ですから、口腔内全部を綺麗にして、全体を健康な状態にしない限り治療した部分の再発のリスクも大きくなるのです。
「 インプラント治療では気をつけて 」
同じ理由から、全顎的治療を徹底的にしないインプラント治療がダメな訳がご理解頂けると思います。日本の多くの先生がこの点をいい加減にしています。リスクが大きいままインプラント治療を終了しています。全顎的に徹底的なう蝕治療や歯周治療をしないインプラント治療は大きな非難をするに値します。
全顎の歯周治療などには時間が掛かかります。ですから、長い治療期間のためにインプラントを希望している患者さんの気が変わって止めてしまわないうちに、早く埋入してしまうのでしょう。全く無責任です。そういった先生が多すぎるので、お気を付け下さい。
*欧米では全顎の感染除去(歯周病治療など)をしていない場合は禁忌症で、埋入できないことが常識として強調されています。
このような知識や技量もない無責任な歯科医師が、高額な治療費獲得のためにインプラント治療を執拗に勧める傾向が見られます。これは非常に大きな問題です。
最近の歯科界全体が間違った方向に進んでいます。こういった危機感や現状を、より多くの患者さんにご理解いただき、正しい治療をなさる良心的な先生を見つけてください。
(16:18)