2011年06月01日

山下俊一氏の矛盾

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日本甲状腺学会理事長で福島県の放射線健康リスク管理アドバイザー、また大規模疫学調査の責任者となった長崎大学の山下俊一氏の発言がネットでも話題なっている。氏は被爆者2世でWHOの環境と健康局放射線プログラム専門科学官も務めた。放射線被曝に関しては医学界ではオピニオンリーダー。原発事故後福島に乗り込んでLNT仮説否定論を開示しつつ、100mSv以下は安全、PTSDの方が深刻で笑っていれば放射能は大丈夫など、一種の火消しを展開した。このためネット上では御用学者、未必の故意など批判の的となった。また一部では地元紙と福島での発言が相違しているとして、これが氏の批判に火に油を注ぐ形になっている。確かAERAの対談で20km圏だけではダメで、ホットスポットや30km圏も避難の対象とすべしみたいなことを言っていて、ひょっとしたら確信犯ではないかと思っていたが、先日の5月25日に行われたと言われる郡山医師会向けの講演において住民向けのプロパガンダとは異なる発言をしていたという。もちろん正式な報道ではないので、信憑性の問題もあるが、以下のような発言をしたと書かれている。

(射線被曝の疫学的基礎研究となつた原爆被爆者コホート調査では、実は多重がんなどのガンの発生が50年経過していても増大傾向にあること。DNAの損傷は経年経過でも消失しない
▲船Д襯離屮ぅ蟾綻腺がんは手術が難解なタイプでDNA損傷過程が同じ。ただしヨウ素131に対する感受性が高い。ソ連はヨウ素不足によって被害が拡大した。
J‥腓琉貮地域では500mSv/yとなる
100mSv/yという閾値はグレーゾーン
(100mSv/y以下の被曝)ヨーロッパでも確たる研究がない
児童生徒の年間累積被曝線量20mSv/yなど暫定基準を決めるのは政治の問題
母乳からヨウ素が検出されたがそれ自体は問題ないが母体が逆算して数mSvを被曝している
┸品は暫定基準値以下なら問題は無いと思われる

だったという。やはりLNT仮説を完全に論破するには収載論文数も研究も足りないので、安全マージンを取っておいた方が無難という見解とみるべきで、一部の研究者などが提唱するホルミシス説には否定的だった。
フランスではドイツやイタリアが野菜等の食品の一部を出荷禁止にしたのに対して、原発推進国としてやはり似たような状況となったチェルノブイリ事故での放射能の拡散で、放射能雲は国境を超えないと政府がステートメント。甲状腺がんが多発したとしてService Central de Protection contre les Rayonnements Ionisants のベルラン博士が今年訴追された。棄却となる可能性も指摘されているが、ベルラン氏が何を理由に安全説を強調したか気になるところだ。学者としての研究であるならそれを採用した政府の責で、さらに原子力大国フランスとして、何らかの圧力があった上での発言なら余計に政府の失態となる。
翻って日本では一連の福島での山下発言が、学者としての研究成果ではない訳で、また、山下氏程の研究者が無条件にLNT仮説を否定し、原子力村からの利権漬け研究の権化なら話はわかりやすいが、何を意図した発言だったのか?あるいは政治的圧力があったのか?日本のベルランとなるかどうか?だ。
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2011年05月25日

文科省のエビデンスとは何か?

青空受益の増大によってやむを得ずその地に住むことを決断できると人形峠残土撤去訴訟で説いた小出氏が、先の行政監察委員会で持論を開陳した。脱原発を訴え続けた原子力研究の科学者としてどのような気持ちで臨んだのだろうか?行政監察委員会には原子力資料情報室(CINIC)で今回の原発事故以来技術論を解説していた元船舶設計、原子炉核容器設計の後藤氏(東工大講師)、原発震災という言葉の生みの親である石橋氏(神戸大学地震学)と孫正義氏(ソフトバンク)が参考人として招聘された。反原発という意味において一委員会といえどもよく呼んだなというのが感想だが、これが単なるパフォーマンスに終わる可能性も高いと危惧している。記者会時代、いやというほど官の硬直性と不変性を垣間見た。もちろん経産省にも反資源エネルギー庁派というか改革派は確実に存在しているが、多分局長クラスは100%原発推進派だと推測する。文科省もしかりで、科学技術庁系で放射線研究絡みの官僚はゴリゴリの反LNT仮説、低線量被曝無影響派であり、むしろ低線量は免疫賦活効果や一部ガンの抑制、果ては長寿命化に貢献するとしたホルミシス仮説支持派が支配的だと思う。彼らにしてみればICRP2007勧告に基づいて緊急事態発生時の20mCv/y〜100mCv/yの最低値を福島の子供達に適用しており、それは暫定値で夏には下げるんだから無知な庶民は文句言うなということだろう。経産省にしても投入した予算額が天文学的過ぎる上に、ステークホルダーが複雑に構成されてしまっている原発をたかが一発の事故で反故には出来ないと思っているだろう。これは「満州と中国に対する権益を確保するのにどれほどの金と血をつぎ込んだと思って居るんだ。今更引けるか!」と吠えた帝国陸軍の参謀本部肩章吊し(佐官クラス)達と共通する。満州で自身の瞑想を具現化しようとした石原完爾が、本省付になり中国強硬論者である武藤章(後に撤退論へ傾くが)を説得できなかった理由もここにある。もちろん石原は「あんたが満州でやったことを中国でやって何が悪い」とも言われたが。
閑話休題。ICRPにおいては、もちろんこの組織自体の被曝許容量基準が内部被曝に関しては係数を乗じただけというお粗末(小出氏)だが、それでも緊急事態から移行する場合は1mCv/y〜20mCv/yにした上で、かつレンジの低い方を採用するように努力すべきと表している。文科省の主張は単に移行期のレンジを採用した時に、レンジの最高値である20mCv/yを採用したら、何で高い方を採るんだ?という批判を避けたいために、未だに緊急事態時のレンジに固執して、レンジ最低ラインの20mCv/yを採用している。文科省は子供の健康を最優先していますという主張を述べたいだけ何だが、その自信の根底にはホルミシス説及び100mCv/yまでなら確率的影響(晩発性障害)は発生しないという日本の放射線、核医学に燻っている電力会社ヒモ付研究の閾値存在の彼らなりのエビデンスがある。もちろん細胞レベルやラット、ノックアウトマウスレベルの論文ばかりで、人の固形ガンに対してホルミシス効果があったという論文を寡聞にして聞かない。彼らは確実にそれを論理的バックボーンにしているし、放射線科医や技師などがネット上で福島のガン発生率は減るとか、免疫力が向上するとか臆面もなく書いているのもその辺りに起因している。チェルノブイリ事故による甲状腺ガンの発生をヨウ素によるものとネイチャー誌に掲載された論文を真っ向否定し、放射線恐怖症によるPTSDが原因とエビデンスもなく書いてしまうほど、原発及び放射線利権の構造は根深い。
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2011年05月22日

受忍義務と自己便益

人形峠の意見書論争であからさまな揚げ足取りに終始した飯田氏の立ち位置とは、低線量被曝の確率的影響は無いと言いながらも閾値派の閾(しきい)である100mSV/y以上の被曝については晩発障害発生リスクは認めているというもの。結局、これ一種の法的に言うところの受忍義務の強要に近い。騒音がうるさいから高速道路建設反対とか行政を相手取った差止め訴訟なんかの判決でよく出てくる。社会の福利厚生達成にあたって個人の要求が制限されるのが受忍というターム。日本の原子力開発は公益上の最大化イベントだから、村の一つくらい色々我慢しろよという事なんだが、根本的な原子力発電事業の存在理由が揺らいでいる現在では、噴飯物の主張。大学予算を放射線審議会を持ち放射線関連予算を牛耳る文部科学省に大学教授が文句言えるかとも換言できるが、京大の熊取6人衆(小出氏や今中氏)は文句言ってた訳で、それを科学的、疫学的とか言い出すから胡散臭い事この上ない。
受忍はイヤだが我慢しろと司法に言われてしまう事だが、意見書の中で小出氏の語った自己便益という概念が受忍と似て非なる物と思った。ICRPもNCRRもIAEAも例えば緊急時の被曝線量限度などを規定しているし、避難勧告も出すが、自己の信念で留まりたい人を強制排除することはしない。それは国家の責としてする仕事であるが、もちろんその場合も致死線量となるようなエリアであって、この人形峠や福島県の30k圏外、あるいはホットスポットではグレーゾーンのままとなる。もちろんチェルノブイリのような比較的低線量での広域避難指示もあるが、あれは共産圏だったから出来た芸で、日本では難しい。人体に危険が及ぶ事が100%、つまり急性障害が起きるような線量が降り注げば別だが、確率的影響を考慮するとどうしてもLNT学説の信憑性がネックになる上に、より安全マージンを採用して避難強制すると、経済・社会的コスト負担の問題が発生してしまう。
そこで小出氏は「留まりたいという個人の意志を尊重すべき」と説く。もちろん適切な情報開示や危険性に対するコンプライアンスを理解して貰った上で、それすら上回る個人的な利益が留まることであった場合を指す。飯舘村や浪江町、あるいは一節には福島市すら低線量被曝の長期曝露に晒される可能性の中で、個人の便益という主張は実に合理的だと考える。
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2011年05月21日

12年前と同じ状況

結局、人形峠のウラン残土撤去訴訟は原告が勝訴したが、核燃は勝訴後も姑息な行為を行ったといわれる。曰くラドン残土の袋を私有地からすぐ近くの自社空き地に移動したetc国策企業体が国民の福利厚生の最大化を目指さず、自己保存と既得権の拡大に奔走する実に日本のエスタブリッシュメントが歴史の中で演じた役割そのままの振舞いだ。1日放置すれば75万円の罰則金が科せられ、累計が1億5000万円となり、ようやく重い腰を上げるわけだが、ただ実際は近隣住民に被曝を強要することが目的での嫌がらせ?ではない。
事実、ウラン残土の処理に関しては、実際国内でまともに処理しても同様の訴訟リスクがあ。つまるところ核のゴミの捨て場所が当時から無かった訳だ。六ヶ所村の現状を見るまでもなく、トイレの無いマンションに比喩される原子力開発の、事業ライフサイクルを全く考慮することなく、見切り発車してしまったツケが正にこの核のゴミ問題といえよう。核燃はアメリカにウラン残土を持ち込んだ。そのコストは7億円とも言われた。原子力発電ではウラン採掘から燃料棒加工までをアップストリーム、再処理、処分をダウンストリームというが、この産業ほど両方において環境破壊と人権侵害、人命軽視を平然と行っている業は少ない。

世界遺産に登録されているオーストラリアNT準州のカカドゥ国立公園内に、ウラン鉱山から汚染水が流れ込んでいると環境保護活動家らが指摘したレンジャー鉱山は、世界のウランシェアの11%算出するが、先住民アボリジニとともに鉱山労働者も被曝している。一説には汚染水は10万t/y流出しているという調査もあり、燃料棒となる前にすでに環境を破壊している、とんだ地球にやさしいクリーンエネルギーだ。個人の健康よりも国益であり、ステークホルダー達の受益が勝っている場合、こういった事態が発生する。

今回の福島の放射能汚染も、避難、封鎖のコスト試算が天文学的費用となり、それなら確率的にも晩発性のガン発性による行政訴訟などを10年後、20年後に受けたほうが逃げ切れるし金がかからないと踏んでのことだろう。ちなみにフィンランドおよびモンゴルに核最終処分場が作られる。前者は「オンカロ」(フィンランド語で「隠し場所」)と呼ばれる処分場で太古の岩盤層を深さ500mまで掘り下げた先に作られ施設が国内で排出される核廃棄物で満パンになる約100年後に入口を完全封鎖される。半減期まで10万年という途方もない時間がかかる。
アップストリームもダウンストリームも無計画で場当たりなのが原子力産業で、そのツケは利益を享受している我々ではなく、遠い世代に負債として背負わされることになる。
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2011年05月19日

全ては人形峠から始まったvol4

小出氏の意見書を読むと飯田氏との論争に疲れ果てている感じがする。ちなみに意見書は全部で8通が書かれ、そのうち数通がネットで閲覧できる。LNT仮説を採用するICRP勧告についても手厳しい小出氏。ICRPの低線量被曝については「低線量での被曝影響には、線量・線量率効果係数(DDREF)と呼ぶ係数を導入して、はじめから影響を半分に値切ってさえいる」という。一種ICRPは、政治性を持ったという批判があり、疫学的に厳密な被曝影響を考える学者らが1997 年に欧州放射線リスク委員会(ECRR)を設置した。推進派からは科学的根拠の希薄性を指摘されるECRRだが、これまでに蓄積されてきた疫学的なデータを検証し、2003 年に報告書を出した。その結論ECRR は、ICRP が直線仮説といいながら使っている低線量での被曝影響評価の仮定は「安全側」でなく過小評価だと指摘している(小出氏)。
低線量被曝のデータが少なく、LNT仮説とアンチの論争が続く中でも今回の福島原発事故でマスコミを賑わせたのが飯田氏のような否定派、閾値がありそれ以下は無害あるいは低放射線は有益であるという説を信奉している学者達だった訳だ。人形峠訴訟でもそうだが、低線量被曝の疫学的データが少ないのに、安全であると強弁し、チェルノブイリケースをまとめたIAEAの報告書自体の信憑性を指摘する学者(編者のロシア科学者が晩発性障害被害者データを値切られたとか)が散見される中でも解釈によっては確率的障害、つまり晩発性ガンは発生しないと言い切る輩まで居る。データが無いのになにゆえ安全と言い切れるのか?が本訴訟を通じた小出氏の主張であり、それゆえ被曝の限界量を我慢するしないを選択するのは、被爆者自身でなければならいという意見は、彼が左翼イデオローグだろうが何だろうが至極真っ当な主張であると思う。人形峠では結果的に核燃側がウラン残土撤去を命じられた訳だが、「わざわざ他人が捨てたゴミの悪臭を強制されるいわれは無い」という部分において原発という国策においてなかなか市民側が勝訴する事が少ない日本の司法において、実に常識的だったと思う。よくタバコの害とか、航空機によるフライト、ブラジルや中国の一部地域などを例示して、原発擁護側の学者が放射線被曝量を語るが、CTも医療被曝による発ガン発生率云々という問題より、被曝以上の受益があり、被曝する人間に被曝する決定権が担保されている大前提を全く無視した、非人間的発言と言わざる得ない。根本的にデータが無いのに安全だという知見が無能なんだが、これを国策や自身の利害に準拠して啓蒙と称して語るから一番始末に負えないとも言える。

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2011年05月16日

全ては人形峠から始まったVOL.3

1955年に岡山県、鳥取県境の人形峠はウラン発見の報に湧いた。世界に目を転じると53年に旧ソ連が水爆実験、54年にはアメリカがビキニ環礁での水爆実験を行っている。54年に国は2億3,500万円の原子炉建設調査費と、国内ウラン調査費1,500万円、合計2億5,000万円の原子力関連予算を決めた。ちなみに最初の予算である原子炉建設調査費の2億3500万円は、原発の燃料となるウラン235からシャレで決めたという俗話が残っていたりする。正力と並ぶ原発推進の父である改進党の中曽根康弘はなかなかお茶目な海軍主計か?
調査費が付いて国内をくまなく踏査した結果が前述の人形峠であり、人形峠付近では0.1〜0.4%のウラン鉱石を25,000トンと推定したが、先述の通り品位も採掘量もそれを遙かに下回り、採掘を停止した67年でおよそ70tとも90tとも言われている。100万kw級軽水炉原発を1年稼働させるのに必要なウラン235は180tと推定(小出裕章/人形峠残土撤去訴訟意見書)されており、結局試験炉や実験炉に供給されたとも言われているが、たったこれだけのウランを算出した挙げ句、ウラン残土を近隣地に放置し、今、話題となっているICRPが提示している一般公衆の年間被曝線量の許容値を上回る放射線をまき散らした。その残土撤去を求めて、方面地区自治会と個人が核燃を相手取って起こした訴訟が人形峠ウラン残土撤去訴訟であり、核燃が残土を撤去しウラン残土をレンガにするなどの措置を講ずるまで18年もの歳月が流れてしまった。

人形峠ウラン残土撤去訴訟は日本原子燃料公社から動燃(動力炉・核燃料開発事業団)、核燃料サイクル開発機構、独立行政法人日本原子力研究開発機構を相手取り、鳥取県湯梨浜町の方面(かたも)地区と元源燃公社労働者の榎本益美氏が起こした一連の訴訟を指す。核燃機構(旧動燃)が自治会と1990年8月に結んだ撤去協定書に基づき、同地区のウラン残土1万6000m3のうち、放射能レベルの高い「ウラン鉱帯」部分3000m3の撤去の約束を履行せよが自治会で、榎本益美さんの権に基づく妨害排除(=袋詰めウラン鉱石残土の撤去)と土地明渡し、および、これまでの精神的損害に対する慰謝料100万円と弁護士費用60万円の支払いを求めるというのが榎本さんの訴訟だ。
訴訟までの経緯は結局のところ採掘中止後1988年8月にウラン残土の放置が発覚して15年目。1990年8月にはウラン残土撤去協定書が締結されてから12年という歳月の間、当時の動燃・核燃がウラン残土を野ざらしにしていた事に端を発している。協定書とはウラン残土の撤去を方面自治会と締結した文書だがこの中の「ウラン残土の撤去は、関係自治体の協力を得て一日も早く完了するものとする」とする一文を巡って紛糾することとなる。ウラン残土は、基本的にヒープリーチング法と呼ばれる処理法で、ウランを回収し残土を無害化される。坑外に堆積した鉱石に稀硫酸等の浸出溶液を散布し、鉱石中を浸透して下に集まった浸出液をポンプで循環させながら回収精製して、ウランを回収する方法で核燃人形峠環境技術センターにおいて行われる。動燃(核燃)は岡山県側の中津河地区のウラン残土については、約1200立方辰魍貿蛙遊粗愁札鵐拭爾忙ち込んで、ウランを硫酸で溶かし出すヒープリーチング処理をしたが、鳥取県方面地区の残土については、岡山県議会がウラン残土の持ち込みを拒否したという理由で例の協定書の「自治体の協力があればウラン残土を撤去する」という一文を「岡山県が拒否しているから処理できない」という理由に置換して12年放置したという訳だ。
法的レトリックを書くのが目的では無いので割愛するが、言を左右して引き延ばしたり、とにかくあらゆる遅滞戦術というか、これが原子力産業のステークホルダーというか、原発村という産学官のコングロマリットの方法論であり、現在進行している福島の事態においても、賠償問題から健康被害まで今後予想される訴訟の頻発に対して、相手方の戦術という意味で一般市民が徒手空拳で立ち向かえるかどうか暗い影を落としていると思わざる得ない。
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2011年05月14日

全ては人形峠から始まったVOL2

978-4-8265-0321-1前述の市民科学者とも言うべき高木仁三郎氏が、まだ健在だったとしたら、今この国で起きている事態をどう想ったろうか?全電源喪失などというシビアアクシデントは存在しないという脅威の過信に支えられた原子力発電技術が、震度6の地震で幾重にも張り巡らされていたはずのFalesafeをいとも簡単に突破されている。
起こりえる可能性を全て排除して、予定調和的に自身の計画内に収斂するプロットを構築して、完璧だとする傲慢もさることながら、おしなべてこの国の国策という名前の下に行われる官業と呼ばれる一連の所作は、それが抑圧的で最大多数の市民が受益する便益を軽視していたとしても止められない事を今回の福島原発の事態ではからずも証明してしまった。
正に1950年代から本格化した原子力の平和利用というレトリックは、その止められない官業の一端であり、その実、実体的には米ソ冷戦の狭間のつまらない副産物であり、日本で蜂起するかもしれない共産主義革命に過剰反応した、正力松太郎というメディア経営者の夢物語が、傾斜生産による国富拡大に狂奔する旧通産省の官業の種と合致したに過ぎない。換言すればだからこそ、当初から市民の福利厚生の増大は軽視され、単純にグロスの国富のみが俎上となる下地は、原子力の平和利用という今となっては噴飯物の陳腐な名称が正力の発行する新聞の見出しに使われ始めた黎明期においてすでに醸成されていたと言えまいか?

岡山県と鳥取県境の人形峠のウラン採掘は最初から官業としての一点突破を目的にしている。後年、人形峠にうち捨てられた「捨て石」と呼ばれた放射性残土を巡って人形峠ウラン残土撤去訴訟が惹起されたが、その係争中に提出された小出裕章氏(京都大学)の意見書群を読むにつれ、明治維新からこのかた、この国の宿痾とも言うべき止められない官業の理不尽さと非人間性に驚愕する。
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全ては人形峠から始まった.VOL1

DSC_0041もう10年以上前に今は廃刊となってしまった雑誌の地方委託記者をやっていた時、その雑誌の性質がややというか、相当な左翼的論調というか、まあ何でもアリの反動・反体制ゴシップ誌だったんだけど、不定期に連載される記事の中でよく原子力発電の危険性〜六カ所村の再処理工場など〜を掲載していた。その中でよく名前が引用されていたのが、NPO法人(当時は任意団体)の原子力情報室で代表は高木仁三郎氏という人。テレビ朝日の朝まで生テレビでも見かけていたけれど、正直胡散臭すぎて、理想論を振りかざしてコストやベネフィット関係なく、危険性をまくしたてる光景に当時は見えて、ちょっと違和感があって、というか公共事業なんざあ、止まらないんだよ!当時の大蔵省官僚が自嘲気味に言ったといわれる、昭和の三大バカ査定って知ってる(戦艦大和、伊勢湾干拓、青函トンネル)?みたいな超絶わかった風な感想を持って眺めていたのを覚えている。
表向き原子力発電開発は、旧内務省人脈に連なる読売グループ総帥の正力松太郎氏と懐刀の柴田秀俊氏が、戦後復興のための殖産興業振興のために、当時問題となっていた電力不足を、原子力により補おうとしたのが発端と言われているが、その実態は電力不足による生産性の低迷が、経営側の賃上げ不可の大義名分となり、それを組合争議真っ最中の左翼勢力に利用され、最終的には共産革命への発展を畏怖した事、また旧ソ連が水爆の開発を先行し、アメリカのアイゼンハワー政権がその封じ込めに躍起となり、国連で原子力の平和利用を主張しだしたことなどが挙げられている。第五福竜丸のビキニ環礁水爆実験による被曝も反米左翼勢力の政治利用に供され、共産化に対する異常なまでの畏怖がモチベーションだった。柴田は自身の独白で原子力の平和利用は「日本人にとって毒を以て毒を制する」と平然と書き、アメリカと日本政府の橋渡しをした。
その後の電源三法からいわゆる「東電方式」と呼ばれる立地予定の地元懐柔スキームは言わずもがなで、圧倒的な資金力と政治力の投下による力押しに、なんとなく左翼崩れっぽい科学者が一人で吠えている図式と左翼活動にビルトインされた反原発運動の生理的感想としての違和感が拭えなかった。
今となってはだが、危険性を皮膚感程度の認識とはいえ知悉していながら、心底には「科学による安全性への淡い期待」に仮託して、日常生活の中で忘却していた自分は猛省しなければならないと思う。
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3年振りの再開

クライアントのプロモーション説明でツィッターやブログを説明するのにこちらも再開。阪神タイガースネタを自虐的に扱っていたがちょっと趣を変えた。

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