谷中オペラ日記

オペラ=作品についての、備忘録のようなもの。

アジェとル・コルビュジエ

家族が会員なため 送付されてくる建築雑誌の論文集 所謂黄表紙に白石哲雄、山田浩史、藤井由里、古谷誠章の連名による「ウッジェーヌ・アジェの写真に発露するパリへの眼差しへの共鳴」という論文があり、興味深く読んだ。確かに、最近翻訳された「輝く都市」には、アジェとおぼしき写真が掲載されており、レイアウトスケッチまで確認していて、勉強になるところが多かった。ただし、一点 納得いかないところがあった。それは、アジェの顧客名簿からの推測という部分である。
1291頁に、アジェの記録簿27頁にJeannuot Rue Picot 4という記述を確認したとあり、1292頁Fig8には、そのクローズアップが提示されている。しかし、この綴りはJeanniotと読むのではないだろうか?この部分は、アジェ研究家のマリア・モリス=ハンバーグ氏が アジェのリストには綴りの間違いが多くあり「フランス語にはまれにJeanneretをJeannuotと呼ぶことがある」という言葉を鵜呑みにしているようだ。そもそも、jeannuot という名前は不自然だし、Jeanniotであれば、直ぐに画家の名前がヒットすることになる。それは、ピエール=ジョルジュ・ジャンニオ Pierre-Georges Jeanniot 1848-1934だ。ジャンニオはマネやドガとも親交があった画家であり、多くの文学書の挿絵を描き出版されている。さらに La Vie Moderne誌の挿絵も担当しており、そのなかでアジェの顧客となる可能性は高いだろう。
気になって検索していると、バンジャマン・コンスタンの小説「アドルフ」の挿絵を描いた本(1901年)が古本オークションに出ており、そこにはrue Picot 4の住所が記されている。 この本の情報がアジェの顧客データの証拠に他ならないのではないか?
そもそも、ル・コルビュジエが1917年から34までの間生活したジャコブ通り20番地を考えると、住所まで書き間違えるのは不自然だ。
ル・コルビュジエとアジェの関係については、ジャコブ通り20番地にある「友情の神殿」をアジェが1910年に撮影している話を前のブログで書いた。その写真を彼が見ていたかは不明だが、ル・コルビュジエのシュルレアリズムを意識せよということに他なるまい。
それは、ヴァルター・ベンヤミンのパッサージュ論にある次の謎めいた言葉に身を委ねることになる

ブルトンとル・コルビュジエを包み込むこと 
フランスの精神を弓を張るような緊張でみたすこと
張られた弓から認識の矢で瞬間の心臓が射止められるのだ  N1a.5

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その12

今回はピュリスムに絞った展示であったが、2013年に開かれた「ル・コルビュジエと20世紀美術」は、ル・コルビュジエの多様な芸術と20世紀芸術を概観する優れた展覧会だった。
その時、ル・コルビュジエの従兄のルイ・ステールの作品が展示されていたことは、案外忘れられているかもしれない。そのとき、LCの『住居と宮殿』へ、手描きの挿画が展示されていた。
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この、1931年の作品群は、今回の展覧会のカタログには収録されていないL'Architecture d'Aujourd'hui の特別号の展示と類比的である。
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つまり、ガルシュの家の写真に、赤く骨のイメージがオーバーラップされているものだ。ガルシュの家が「虚の透明性」の典型とされるなら、そこには自然のイメージ、生命のイメージがオーバーラップされることになる。それは、虚の透明性が純粋な視覚性だけでなく、ある種の触覚性を喚起させることの証ともなるだろう。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その11

ル・コルビュジエとシュルレアリスムの関連についての備忘録、LCをめぐる ヴァルター・ベンヤミンの一節を引用する

ブルトンとル・コルビュジエを包み込むこと  ということは、現在のフランスの精神を弓を貼るような緊張で満たすことである。この張られた弓から認識の矢で主観の心臓が射止められるのだ。 
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パッサージュ論 検)殘の11頁

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その10

《バレエ・メカニック》のあと、LCの家具の展示があり、そこからポストピュリスムの時代、というか詩的反応のオブジェの作品群のコーナーとなり、《レア》で、その頂点となる。このとき、当然ながら時代の流れとして、シュルレアリスムとの関係を意識せざるを得ない。とはいえ、LC自身は『今日の装飾芸術』などをみると、否定的な態度をとっている。石灰乳の箇所
手元に翻訳本がないので、引用はあとですることにして 
備忘録的に、レム・コールハウス『錯乱のニューヨーク』から引用しておく。
ヴォワザン計画について コールハウスは次のように指摘する。

この計画は初期のシュールレアリストたちの創作原理「妙なる死体」を真似たもののように見える。この「妙なる死体」とは子供の折り紙遊びを応用したもので、まず一人が頭を描いて紙を折り、次の人間が胴を描いてまた紙を折りと言う具合に順々に続けていって,詩的な混成物が洗剤意識から「放出され」るようにする創作法である。
まるで今度はパリの地表を折りたたむかのように、ル・コルビュジエは自らの建築のトルソーを描き出し、しかもそのトルソーがそのあと「妙なる死体」の解剖と何ら関わらないようにわざと仕組むのである。(筑摩書房の単行本、322頁)
コールハウスは、この引用の前にダリとLCを比較し、偏執症的批判方法の点で共通するところが多いとしている。
ダリとブニュエルによる《アンダルシアの犬》が公開されたのは、1929年であり同時代性を再確認する必要がある。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その9

エスプリ・ヌーヴォー館のコーナーを過ぎると、ポスト・ピュリスムのコーナーに行く手前に、フェルナン・レジェが1924年に製作した映画《バレエ・メカニック》のビデオ上映がある。この作品は15分程度の作品でyoutubeにもあがっている。まず、最初に機械仕掛けのチャップリンが登場するのであるが、この時代はチャップリンの人気があり、エスプリ・ヌーヴォー誌でも6号(p657-666)に、あの美術史家エリー・フォールがチャップリンを礼賛している。その後、ブランコにのる女性が映し出され、さらには麦わら帽子から、数、ワイン瓶などのイメージが続き、女性の口元のクローズアップの映像となる。この女性の口元は、モンパルナスの女王 キキの口元であり、そのあとではカメラのレンズに取り付けられたプリズムによって、画面は分割され さらにはクローズアップなども行われめまぐるしい。この映画のディスクリプションは本意ではないので、重要と思われるところをあげると、LCの《建築を目指して》にとうじょうするような機械のイメージ、クランクのピストン運動が続くところは、まるで ゴダールの《映画史》に出てくる映写機の上映イメージにも似ている、そして口元だけでなく、キキの目が効果的にインサートされる。されからキキのイメージは圧倒的なものとなっていき、ラスト近くではワインの瓶が動き回るが、これはピュリスムの絵画を連想させる。
NHKで放映された、パリ狂騒の1920年代というドキュメンタリーをここで思い出したい。
このドキュメンタリーには、キキをモデルに絵をえがく藤田嗣治が登場する。興味深いことに、この頃藤田はLCのオザンファンのアトリエの近所に住んでいた。この件については、ここに詳しく書いた。 また、このドキュメンタリーは《バレエ・メカニック》も引用されている。さらに、キキとマン・レイの物語も語られ、マン・レイの映画《理性への回帰》1923《エマク・バキア》1926などが登場する。これらの映像と《バレエ・メカニック》の映像が近しいことをここで考えると、狂騒の20年代のドキュメンタリーがシュルレアリスムの文脈を提示することは示唆的だ。つまりは、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』1924と同時代であり、その状況とLCの画業への影響を見ていくことを考える必要だろう。
また、マン・レイの映像には自動車が登場するのであるが、それと今回の展覧会で上映されているピエール・シュナルの《今日の建築》1930で、ガルシュの家に車が登場するのとも呼応する。さらに、マン・レイの《骰子城の秘密》1929に登場する自動車は、ヴォワザン・ルミノーズなのだ!!!つまりは、ここでヴォワザン計画の時代性が明らかになるのだ。

建築のポリクロミー ヴァイセンホーフ・ジードルング

2002年にドクメンタ11を見学した。このとき、トーマス・ヒルシュホルンのバタイユ・モニュメントの展示があった。このシリーズは、ネット上ではまだポワンディロニーにまだ残っている、アムステルダムのスピノザモニュメントの次のものであったが、このあと2004年にOctober誌でクレア・ビショップが『敵対と関係性の美学』で取り上げたこともあったり、ニコラ・ブリオーが来日したりしたので、最近やたらに取り上げられるようになったともいえる。それは、さておきそのとき小学校2年の長女と大旅行をした。フランクフルト カッセル シュトゥットガルト ツーク(川俣正の作品をみた)グルノーブル(マガザンとかも行った) リヨン ナント(FRACが目的だった。) サン・マロ モン・サンミッシェル パリと見てまわったのだが、シュトゥットガルトに途中下車して、ヴァイセンホーフ・ジートルングを見てまわったのだ。ピュリスムの時代展の流れで、その時の写真でポリクロミーを意識した写真を上げてみることにする。
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建築のポリクロミー エスプリ・ヌーヴォー館

2001年9月に欧州旅行をした。ロンドンのフェルメール展を見てから、スペインのグッゲンハイムビルバオに行った。ビルバオからバルセロナへ移動するためにホテルに戻ると、ホテルのロビーでは、ニューヨーク貿易センタービルが炎上していて、アメリカ人とおぼしき観光客が泣いていた。その後、バルセロナに移動、さらにヴェネチア・ビエンナーレへ行った。そのあと、正午だったかペギー・グッゲンハイム美術館の庭で、町中の教会の鐘がなり、911の犠牲者へ黙祷を捧げた。それから、ボローニャに移動して、コピーのエスプリ・ヌーヴォー館をみた。当時はまだ情報が少なく見学時間がわからず、外観だけ写真をとっていると、事務員が戻ってきてお願いして10分だけという約束で、中にいれてもらった。当時のデジカメは何だったか・・おそらくミノルタのコンデジだったか?一通り見学してから駅に戻りローザンヌまで乗車する夜行列車の出発を待った。ローザンヌのアールブリュット美術館を見学して、さらにラ・ショー・ド・フォンまで足をのばし、ジュネーヴにたどり着いた。そこでは、クラルテ住宅を見学、その後 教え子の石崎君と合流して リヨンビエンナーレそれからパリへと移動した。今思えば体力あったなあと・・
さて、ここに上げるのは エスプリ・ヌーヴォー館のポリクロミー多色配合を意識した写真だ。
一番最後の写真は、側にある丹下健三の都市再開発の写真、2001年当時は余裕がなかったので、この一枚しか写真がない。昨年ナポリに行ったときも、結局丹下の新都市訪問ならなかったのだが、一度足を運ぶべきなんだろう。
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極私的 ピュリスムの時代展の見方 その8

授業ノート作るように備忘録的に書いていますが その8まで伸びた
今回の展覧会では、《エスプリ・ヌーヴォー館の静物》が出品されている。この絵については、カタログfig103の写真が良く知られているが、そこには現在ニューヨーク近代美術館に収蔵されているレジェの《小柱》と一緒に写っている。ただし、カタログにも書かれているが、現在インディアナ大学エスケナヅィ美術館に収蔵されている《コンポジション》が飾られていた(カタログのfig5)。
この経緯については、2001年のロスとグルノーブルで開かれた、「エスプリヌーヴォー パリのピュリスム1918-1925展」でも触れられていて、レジェがこのとき、マレ・ステヴァン設計の大使館館とエスプリ・ヌーヴォー館に作品を展示するが、《コンポジション》から《小柱》の変更の理由はun clearとされているだけだ。ただし、《コンポジション》は、純粋な抽象ではなく機械的なイメージが温存している。そして《小柱》の小柱は具象的であり、幾何学的でもない。ところで、レジェは本来であれば、レジェのレゾネ(391番)の《壁画》(これは、森美術館で2004年に開催された「モダンってなに?」展で来日している。)をエスプリ・ヌーヴォー館の壁画用の試作といたのだろう。そして、大使館館には、1925年制作の《壁画》が飾られることになる。(この壁画については、撤去騒動があったようだが深くは触れず)
この《壁画》という作品は、具象性がない故に、直接建築の構成要素としての色彩という問題意識を誘発する。
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↑真ん中が大使館館の展示状況、右がレゾネにのっていた《壁画》

そして、それは当然ながら、オランダのデ・スティル 新造形主義との影響を考えるべきとなる。1923年にパリで開かれた展覧会はインパクトがあったが、それに対してLCはレジェを巻き込み架空の座談会をエスプリ・ヌーヴォー19号で発表することになる。
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ここで、レジェはオランダの色彩建築に熱狂するが、LCは冷めた態度をとる。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その7

その6で扱ったレジェの《3つの顔》1926であるが、この絵は建築理論においてはとても有名な絵であって、それが今回の展覧会とも深く関係している。それは、ガルシュの家 つまりは《スタイン=ド・モンヅィ邸》1926-28だ。それは、ル・コルビュジェらの近代建築を特徴づける「透明性」に対する分析で、コーリン・ロウがロバート・スラツキーと一緒に発表した「透明性 虚と実」である。その概要はココを参照してください。
また、原典もいろんな所にある。こことか、こことか、ここなど。
さてロウは、近代建築に特徴的な透明性を虚(フェノメナルつまりは現象としての)と実(そのまんま)に分けて論じるのだけど、ブラックとピカソ、グリスとドローネー、そしてレジェとモホリ・ナジの絵画の比較を行っている。そして、その最後のレジェの事例として《3つの顔》を提示する。
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そして、それが建築に対応させると虚の透明性としてLCの《スタイン=ド・モンヅィ邸》、実の透明とグロピウスの《バウハウス校舎》とを比較することになる。
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この話は、建築の空間にレイヤー(層)システムを見出す立場であるが、それはLCの建築が有する幾何学的な様々な規則性に、ノイズのような揺らいだ状況を見出すことになるだろう。それは、ドゥルーズが『ミルプラトー』で提示した、条里と平滑の対比をLCの建築にも見出す立場になる。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その6

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この写真はブラッサイが1931年に撮影したもので、くどいようだが撮影場所はジャコブ通り20番地のアパルトマンである。その作品つまりは《横顔のあるコンポジション》は、今回の展覧会に出品されており、現在の収蔵先はヴッパータールの、フォン・デア・ハイト美術館とある。気になってレゾネを確認してみると、1985年に現在の所蔵となっている、その前はブレーメンのMIchael Hertzとあり、その前がLC財団だった。財団運営のために手放したのかは不明だが、この画廊はもともとレジェを扱っていた。現在の所蔵先のヴッパータールは、いわずもがなピナ・バウシュを想像してしまうが、深追いはしない。
さて、レゾネをみていると、この絵の次は《3つの顔》という作品である。この作品と《横顔のあるコンポジション》は兄弟みたいな作品であるこは理解できよう。
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つまり、↑右の今回の作品は縦長で左は横長であるが、基本的に3つの部分で構成されていることは同じである。東近美所蔵の《女と花》も同様に3つの部分で構成されている。それぞれの中心部には、具象性のない壁面のようなモノがあり、色面構成みたいになっている。また、横顔の部分がそれぞれ描かれていることは共通しているが、東近美の《女と花》は横画をが画面の外を向いているのに対し、↑二枚はそれぞれ、画面中央に向いていて《3つ顔》は右から左へと縮小気味であり、視線を奥に誘う効果があるだろう。また、それぞれにドアノブ?と蝶番のような形態があるが(ちなみ僕は3つの丸のある黒い縦長の形態は、ハッセルブラッドのフィルムパックを横からみているような気がしている。
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ただ、このフィルムという発想はあながち間違いではないようだ。今回の展覧会でも《バレエメカニック》の構成との類似を指摘している。更に言えば、《3つの顔》は横長で、映画のスクリーンとの類似性の指摘もなされている。そして、レジェと親交のあったアベル・ガンスが三面スクリーンで上映した《ナポレオン》が1927年という同時代性も意識したくなる。
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アドリエンヌ・ルクルブールとモーリス・ド・サックスとジャコブ通り

極私的ピュリスムの時代展の見方 その5で話した、ジャコブ通り20番地は、もともとは18世紀の名女優アドリエンヌ・ルクルブールの屋敷があった。そして、アジェが1910年に撮影した、友情の神殿はアドリエンヌの恋人だった モーリス・ド・サックスが作ったとされている。
さて、このアドリエンヌの話は、チレアによってオペラ化され、《アドリアーナ・ルクブール》となる。この横道は、しばらくオペラの話をしていない、オペラブログに対する言い訳みたいなものです。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その5

今回の展覧会のメインイメージは《多数のオブジェのある静物》を背景にして座るル・コルビュジエの写真であろう。
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この絵は1923年に描かれ、ピュリスム時代の頂点をなす作品とされている。この作品は、1923年のアンデパンダン展に出品されたものであり、またgallicaを検索してみると確かにある。
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今回の展覧会の宣伝写真は、22年の展覧会でも話した当時住んでいたジャコブ通り20番地のアパルトマンで撮影されたもので、同様にブラッサイが1931年に撮影したレジェの《横顔のあるコンポジション》の前で仕事をしているル・コルビュジエの写真もこのアパルトマンで撮影されている。
ところで、この20 Rue Jacobには、ナタリー・クリフォード・バーネイNatalie Clifford Barneyというレズビアンの作家がここで毎週金曜日に文学サロンを開いていた。サロンの訪問者はジイド、リルケ、モーム、アラゴン、コクトーetc とそうそうたるメンバーだった。ただし、LCは招待されてはいなかったようであるが、そういった文学的状況と隣接していたことは興味深い。
この敷地には《友情の神殿》があり、1910年にアジェが撮影した写真が残されている。
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ここで、ル・コルビュジエと写真の問題が、ブラッサイだけでなくアジェまで連関してくることになる。


極私的 ピュリスムの時代展の見方 その4

その3の《アンデパンダンの大きな静物》の件、気になってカタログレゾネを確認してみると、この絵にはセカンドバージョンであるとこのこと、レゾネをみると第一バージョンの所在は不明となっているが 現在はどうなんだろう? 第一バージョンはエスプリヌーヴォー誌14号に掲載されているものであり、第一バージョンのドーリス式柱のモチーフの下部は湾曲しているのに対して、今回の展覧会に出品されている第二バージョンは頂点があり三角形の連続となっているところが大きな違いとなる。ただし、エスプリヌーヴォー14号のものは、第一バージョンのリプロダクションとのことで、さらに話は複雑になる。
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左がレゾネ 柱の下部の違いの指摘 右は今回のカタログ、カラー印刷が良い。
ここで、バージョンの違いはマニアックすぎるから、先に進むと1922年の作品は、《多数のオブジェのある静物》や《エスプリヌーヴォー館の静物》らに通じるもので、複数のオブジェの形態が重なり合うスタイルものとして見るべきなんだろう。それは、透明性の問題意識を誘発すると共に、造形的遊動(コルビュジエ事典404頁参照)を意識させる。このjeu という言葉は、当然ながら『建築を目指して』のあの定義 つまりは、" L'architecture est le jeu savant, correct et magnifique des volumes assembles sous la lumiere. " に繋がるのでしょう。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その3

今回の展覧会 カタログに寄稿しているYさんも この絵は初めて見ると言っていた ストックホルム近代美術館収蔵の《アンデパンダン展の大きな静物》は 裏の目玉といえるかもしれない。この絵は、ジャンヌレ=ラーフ邸の書斎の写真にも映り込んでいるので確認してほしい。国内での展示はおそらく初めてではと思うが・・自分が持っているLC関係の書籍では、書斎の写真しかなく カラー画像は確認出来ない。ストックホルムの近代美術館には2015年に訪問したが、その時は展示されていなかった もし 展示されていたら見逃すはずがないから 私も初見なのだろう。ちょうど、暖炉の絵あたりからこの絵を遠望し、その2で書いたように 再度 ラ・ロッシュ&ジャンヌレ邸の室内風景を色彩に注意しながら想像してみると良い、絵と建築の類似性が意識されるはずだ。
この絵の出自が気になって、gallicaで検索してみると、アンデパンダン展協会の出品目録に、しっかりと記録が残されている。オザンファンも二作品出品していて、それがどの作品かは静物という題だけでは判断できない。
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この頃ジャンヌレは6区のボザール近くのジャコブ通り20番地に住んでいた。ドラクロワ美術館からもほど近い場所だ パリの青春時代のジャンヌレの都市風景を思い浮かべながら、この絵の成立の雰囲気を味わうのも良いかもしれない。
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極私的 ピュリスムの時代展の見方 その2

年度末で忙しいので手短に 
スロープをあがりエスプリ・ヌーヴォー誌の表紙を眺めたら、まず右の方に進もう。
そこでは、ラ・ロッシュ&ジャンヌレ邸の模型がおかれている。この模型に進むと、天井が透明なプラスチックとなっていて、ギャラリー内部や図書室の内部を見ることができるようになっている。ここで注意したいのは、書斎の上部に四角いLanterneau つまりは天窓があること そして、内部空間が彩色されていることを確認したい この天窓は サヴォワ邸の屋上部にも ペサックの集合住宅にも確認できる そして、それを確認してから 古い写真を見てみる カタログのfig73エントランスホールの写真で光がどのように入っているのか 無論 絵画ギャラリーの水平連続窓からの光も確認すべきだが fig81の《レジェの化粧台に立ち二人の女》がおかれている写真をみてみると、天窓と階段室の窓からの光が 神々しく(言い過ぎか)光が室内に差し込んでいるのは感動的だ そして 西洋美術館の19世紀ギャラリーに差し込む光を再確認すべきだろう
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さて、一通り ラ・ロッシュ&ジャンヌレ邸の建築模型と写真を確認したら LCの最初の絵画《暖炉》を見ることになる。1918年に描かれたこの絵を下手くそといってはいけない(笑)。それが純粋な白いキューブというわけではなく、色彩もくすんでいる。周りの色をみると、どうでも良いような黄土色、灰色から白へのグレーはピンクがかってもいて、曖昧でグレーゾーンであるが、その分生々しいといえなくもない。その対面のヴァイオリンの静物や初期の作品群の色調も お世辞にも綺麗な色彩とは言えない。これらはエスプリ・ヌーヴォー4号の冒頭論文「ピュリスム」で提示された 三つの色階gammeのうち grande なやつ、まあグランドというぐらいだから大きいのか偉大なのか とにかく、黄土色、赤、土色、白、黒、ウルトラマリン青と提示している色を用いている。
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それらは、建築の構成要素の一つであるヴォリュームに影響を与えないような色であるのだが、そういう色を実際の建築でも用いることになる。最初に、ラ・ロッシュ&ジャンヌレ邸の模型を覗き込んでもらったのは、実はこの家こそ多色彩(ポリクロミー)で表現されているからだ。そして、キュビスムとピュリスムの絵画が所狭しと飾られることになる。

極私的 ピュリスムの時代展の見方 その1

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代 展がはじまりました。内覧会に行ってきたのですが、私なりの見方を 久しぶりのブログに書いてみようと思います。
ル・コルビュジエに関する展覧会は、セゾン美術館(1996-97)があり、その10年後には、今となっては記念碑的な森美術館での大規模展(2007年)がありました。特に、森美術館の展覧会は、同寸の模型の展示という、現在パリの建築文化材都市の展示の先駆けのようなものがありました。さらに、西洋美術館でのル・コルビュジエに関する展覧会は、10年前の西洋美術館の建築自体をテーマにしたもの、その後2013年には、今回同様に美術に注目した ル・コルビュジエと20世紀美術展があったわけです。それら全てを見ていますので、それぞれの出品作に関しては、重複するところも多いのですが、今回の世界遺産登録された本館での展示は大きな意義をもつものと考えます。内覧会には、大学四年の娘とでかけたのですが、なかなか展覧会の本意なり裏の意味?を、いきなりこの展示から伝わらない部分もあるかと思ったのも確かです。そこで、私なりの展覧会の見方みたいなものを書こうと思ったのです。
まず、西洋美術館に入館する前に、この建築そのものを見ますと、ピザボックスのような四角い箱で、ピロティが確認できるのですが、その表面は打ちっ放しコンクリートと土佐の桂浜から採取した小石のパネルが外壁に使われていることに注意しましょう。出来れば、ロダンの地獄の門の右前、ブールデールの彫刻の背後にある、訳のわからない張り出している部分(階段とテラス)にも注目したいです。この部分は、地下の展示場を作る際に、壊されて作り直しされた部分ではあります。そのコンクリートの表面は、とても綺麗な仕上げになっていますが、それにだまされてはいけません。ある意味、何か荒々しい造形として、つまりは 一見 機能主義的なモダニズムの建築と共存する野生のようなものを感じることは可能かなと思っています。また、現在まったく使われていないという無機能性も皮肉めいています。さて、入場券を購入し、通常ロダンの彫刻で埋め尽くされている、19世紀ギャラリーから展示が始まります。この階は、撮影可とのことなのですが、この展覧会では、建築と都市計画の模型が展示されていました。まず、メゾン・ドミノの模型があり、オザンファンのアトリエの模型と続きます。ここで注目したいのは、1925年の国際装飾博覧会で展示されることになる ヴォワザン計画の模型でしょうか・・つまりは、この展覧会で作られたエスプリ・ヌーヴォー館に飾られた絵画が今回の展覧会のメインでしょうから、二階の展示場に行く前に、エスプリ・ヌーヴォー館そのものが、ヴォワザン計画の展示空間と、イムーヴル・ヴィラ モデルルームであったことを、ここに展示されている模型で実感するのも有りと思うのです。無論、模型で確認するのは限界がありますが・・・
その一連の作業をしたら、建築的プロムナードを体現すべく、スロープにむかいましょう。そして、19世紀ギャラリーに天井から光が差し込んでくるさま、さらには思いがけないところに色面があることのチェックも必要です。そうして、展覧会会場に入ろうとすると、ル・コルビュジエとオザンファン、デメルらが携わった 総合芸術雑誌 エスプリ・ヌーヴォーのバックナンバーを確認しましょう。オリジナルを見るのは、なかなか難しいのですが、壁面に拡大された写真で確認するのもよいでしょう。特に、緑色で1と書かれている、創刊号を見てみると、フランス美学会の重鎮ヴィクトール・バッシュの論文から始まっていますが、右側にTrois rappelsで始まる文字の下に、Le Corbusier-Saugnierという文字を発見しましょう。本名のシャルル・エドゥワール・ジャンヌレではなく、ル・コルビュジエという名前が生まれた現場に立ち会うことになるからです。(もっともオザンファンとの連名でなく、単独の記事がのるのは18号からなんですが・・)さらに、2号も見てみてください。 赤色の2という数字の左側にOrnement Et Crime. Adolphe Loos という言葉を発見できたらしめたものです。アドルフ・ロースの「装飾と犯罪」がありますね、1910年の講演を1913年6月号にカイエ・ドジュルデュイ掲載して7年後に再録というべきでしょうか、ここでロースについて触れたのは、あとでベアトリス・コロミーナという研究者の本について触れたいからですが、まあそんなにマニアックにならずとも良いです。
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それよりも4号の黄色い4の左側にLe Purismeという言葉があることを確認するべきでしょう。そもそも、この雑誌はル・コルビュジエの建築論、都市計画論、造形論が展開し、それぞれが単行本として出版されていくことになります。あとの展示場で、展示されている単行本はこの雑誌の連載記事をまとめたものであることは意識しておいてください。
さらにマニアックかもしれませんが、13号と15号の右側の一番下の部分に Echos de l'Hotel Drouot (ventes Udhe et Kahnweiller 18号はkahnweillerのみ) という小さい文字を見つけてください。これは、第一次大戦中に没収されたドイツ人画商ヴィルヘルム・ウーデとダニエル=ヘンリー・カーンワイラーのコレクションのとても有名なオークションの記事が載っています。
ちなみに、フランスの国立図書館のサイトgallicaにもエスプリヌーヴォー誌のバックナンバーを閲覧することは可能ですが、ローマの建築大学サイトの方が、各号の表紙も載っていてお勧めです。ここで、オークションのことに注目するのは、展示場入ってすぐにある、ラ・ロッシュ ジャンヌレ邸の絵画ギャラリーの成立に大きく関係しているからです。 さて、長くなりました。次回は いつになるかわかりませんが、今日はここまでにしておきます。
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モンセラート・カバリエを悼む

一月も前の話であるが、10月6日にモンセラート・カバリエが亡くなった。1933年生まれと言うことで、85歳で亡くなったとのことだ。当然ながら音盤だけしか知らないのであるが、亡くなる少し前にドニゼッティの《ヴェルジーのジェンマ》を組合で買ったばかりであり、改めてその圧倒的な歌唱に魅了されていた。《ヴェルジーのジェンマ》は秘曲であり、まあ今後上演されることは滅多になく、カバリエで封印されているかのようでもある。1976年のニューヨークでの公演のCDでは、ラストのカヴァレッタ私を非難するものはの後の観客の興奮ぶりが鳥肌ものだ。ご冥福をお祈りします。


齊格飛@台中歌劇院

伊東豊雄設計の台中のオペラハウスには一度行きたいと思っていた。森美術館の建築展でも展示されており、その思いが高まったので、HPをのぞいてみると、なんと10年ほど前に話題になった、バレンシアのリングが上演していることを初めてしった。DVDも持っているので、エンターティメントに徹した演出が気になっていた。ただ、かなりの予算をかけて、それなりのスタッフが必要なので、再演は厳しいのではとも思っていた。ところが、台中でやっているではないか!
早速、スケジュールをチェックして LCCを利用して予算を抑えていざ出陣とあいなった。ということで、演出と指揮者はわかっていたが、歌手は中国語のサイトで 誰かわからないままの参戦だった。これじゃわからない
齊格飛/文森.沃夫史坦納
迷 魅/羅爾.羅塞爾
流浪者/尤卡.拉斯勒能
阿伯利希/內森.貝格
法夫納/安迪亞.席維斯特利
艾 達/張嘉珍
布倫希/蘇珊.布洛
林中鳥/林孟君
樂團/國家交響樂團(NSO)
特技人員/特技空間、戊己劇場
結局 
Siegfried / Vincent Wolfsteiner
Mime / Rodell Rosel
Der Wanderer / Jukka Rasilainen
Alberich / Nathan Berg
Fafner / Andrea Silvestrelli
Erda / Juliana Jia-jen CHANG
Brunnhilde / Susan Bullock
Waldvogel / LIN Meng-chun
タイトルロールのヴィンセント・ヴォルフシュタイナー、なかなか良かった。ミーメは演技力があったし、新国立劇場のラジライネンも相変わらず、すごみがきいている。アルベリッヒも良いが、女性陣は厳しかったかな ブリュンヒュルデ 峠が過ぎたかな オケに関しては、多くを望まず、演出の馬鹿馬鹿しさ エンタメ リングの最高傑作というと褒めすぎかもしれないが それが東京でなく、台中で上演されている事実は凄い。
ところで、会場前にジャージ姿の高校生?が入口で記念撮影している。劇場そのものの見学なんだろうと思っていると、一階3列目ぐらいに座っている!!!もしかして、はじめてオペラ それにジークフリートは重すぎないか?80分×3 休憩含めて5時間の苦行です いくら演出が面白くてもつらくないか?
それと、会場でネクタイしている人私含め2名しか見なかった みんなラフな格好だった。しかも、この劇場 幕間にはアルコール無し  着飾って シャンパン飲んで ちやほやしているのがオペラの醍醐味みたいなところがあるのに どうして?気になった。

2018前半にみたオペラ 備忘録 星取り表

久しぶりに更新 何みたか忘れてしまうので 備忘録的に 更に星もつけよう
2018年度前半期にみたもの ★一つ ☆半分
1/28 藤原歌劇団 マスネ「ナヴァラの娘」東京文化会館 ★★★☆
 2/9 新国立劇場バレエ「ホフマン物語」★★★
2/16 新国立劇場 細川俊夫「松風」大劇場 ★★★
 2/18 SPAC 「宮城能 オセロ」★★★☆
2/21 二期会 ワーグナー「ローエングリン」東京文化会館 ★★★
 2/25 新国立劇場 「ダムタイプ Still」★★
 2/27 MLG ミンコフスキー 「メンデルスゾーン交響曲プロ」オペラシティ ★★★☆
 3/3 東京シティバレエ 「白鳥の湖」藤田嗣治 東京文化 ★★★
3/11 ポーランド国立歌劇場 モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」★★★★
3/12 プラハ エステート劇場 ロッシーニ「チェネレトラ」★★★★
 3/13 プラハ国民劇場バレエ 「雪の女王」★★★☆
 3/14 スメタナホール チェコナショナル管 ドヴォVl協 フランク交響曲 ★★
 3/16 ウィーン国立歌劇場バレエ「バランシン、ノイマイヤー、ロビンズ」★★★★
4/5 新国立劇場 ヴェルディ「アイーダ」大劇場 ★★★☆
4/8 東京のオペラの森 ワーグナー「ローエングリン」東京文化会館 ★★★☆
 4/10 武蔵野市民文化会館 リナ・トゥール・ボネ コンサート ★★★
 4/30 SPAC 「民衆の敵」★★★☆「寿歌」★★★
 5/6  SPAC「ジャック・チャールズvs王冠」★★ 「マーハーバーラタ」★★★☆
5/8 東京フィル定期演奏会 ベートーベン「フィデリオ」★★☆
 5/18 新国立劇場 シェイクスピア「ヘンリー五世」中劇場 ★★★
5/19 二期会 ヘンデル「アルチーナ」目黒パーシモン ★★★
5/30 新国立劇場 ベートーヴェン「フィデリオ」★☆
 6/9 SPAC クローデル「繻子の靴」★★★★
 6/10 武蔵野市民文化会館 ムローヴァ&ジュネーヴカメラータ メンコン ベト8 など ★★★
 7/1 彩の国さいたま劇場 「ジハード」★★
7/15 新国立劇場 プッチーニ「トスカ」★★★

上半期ベストは SPAC 「繻子の靴」 あと中欧旅行の演目 そのなかでも ウィーンの「バランシン、ノイマイヤー、ロビンズ」オケも美しかった

薔薇の騎士@東京二期会

二期会の薔薇の騎士を見た。今回の演出は、グラインドボーン音楽祭と共同制作で、リチャード・ジョーンズの演出。指揮はセバスティアン・ヴァイグレ、で読売日本交響楽団がピットに入った。まず、読響絶好調で ドライブ感があって宜しい。林正子(元帥夫人)、妻屋秀和(オックス男爵)、小林由佳(オクタヴィアン)、幸田浩子(ゾフィー)の初日公演を見たのだが、幸田の絶不調ぶりが際立っていた。2003年にケルンのプロダクション=ギュンター・クレーマーの時は、林と幸田に勢いがあったが、あれから14年経って なんでゾフィーなんだろう 声質も違うだろうし だから泣けなかったのかな
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