谷中オペラ日記

オペラ=作品についての、備忘録のようなもの。

2008年06月

ル・コルビュジエ高校@オーベルヴィリエ

91795d8e.JPGオーベルヴィリエのコンセルバトワールの前にある高校の名前は、ル・コルビュジエでした。どうしてこの建築家の名前がつけられているのか、由来は良くわかりません。

5年ぶりに国立ギメ東洋美術館へ

817b286b.JPG5年ぶりにギメ美術館に行きました。ちょうど北斎展が開催中で、このあとは芸大でも展示があった金比羅さんの展示が続くようです。北斎も見なきゃいけないと思いつつ、骨太な常設展示に彷徨いこんでしまうと、体力は消尽しつくされてしまいます。なので、足早にみるしかありません。
6月30日まで、フランス政府はいくつの美術館の無料開放にする政策を行っているようで、パリではクリュニー美術館も無料のようです。ユーロ高の現在、6ユーロは1000円ですから、無料公開はありがたいです。

ジンガロ劇場@オーベルヴィリエ

5e36c9f1.JPG 以前、このブログでも話題にした、騎馬オペラ「ジンガロ」の本拠地を、思わず発見しました。場所は、パリの隣町オーベルヴィリエ、今日は用事があり、ギメ美術館、建築と文化財都市の図書館のあとに、わざわざこの街まできたのですが、結局無駄足となり、がっくりしているところ思わずこの劇場を発見したのでした。
 この劇場を設計したのは、Patrick Bouchain 以前この人の展覧会を、ボルドーで観たことがあり、その記憶がよみがえりました。パトリック・ブシャンは、グルノーブルの現代美術施設マガザンや、ナントのリュー・ユニックの改修も手がけている人なのですが、ウィキで検索すると、なんと昨日訪問した国立移民の歴史都市の改修までしていたことを知りました。うーーん もう一度じっくり見直す必要があるかもしれない。
ところで、ジンガロ来年1月に再来日するそうで、場所は同じ騎馬だけに木場公園らしいです。

アンドレ・シトロエン公園の現在

1f365151.JPG1992年にパトリック・ベルジェ + ジル・クレマン組と、ヴィギュール&ジョドリィ + アラン・プロヴォ組によって作られたアンドレ・シトロエン公園に久しぶりに行きました。ここで二つの組に分かれるのは、公園の北側を前者、南側を後者が担当した合作だからだ。それで、この公園で一番気になるのは、北側でペイザジストのジル・クレマンによる創意に富んだ庭といえよう。特に「動きの庭」は、都市の中に自然そのものを回復させるような試みで、一種のビオトープのようでもあり、また本来の意味でのワイルドフラワーのような印象を与えるものだった。開園してすぐに訪問して、それから15年以上の月日が流れ、公園はメンテナンスの時期にきているようだった。問題の「動きの庭」は、赤白のテープで立ち入り禁止地域になっていたが、かまわず中に入り込み、その荒々しい状況の中に入ると、確かにここはパリの中心地なのか?と思わせるほど自然に満ちあふれているが、かといって快適な空間ではなかった。殆ど放置していく手法は、人間が考えるほど甘くなく、自然の方が一枚上手だったといった印象を受けた。

国立移民の歴史都市へ

92cd0bd8.JPGパリの美術館は、80年代ミッテラン大統領の治世におけるグラン・プロジェによって、現在のルーブル、オルセーといった大きな美術館の体制が整いました。それから20年すぎ、美術館や博物館の再編が進んでいます。例えば、前に紹介した歴史的モニュメント美術館は、同居していた映画博物館をベルシー地区の旧アメリカンセンターに移動させ「建築と文化遺産都市」Cité de l'architecture et du patrimoine を立ち上げました。ここで、都市としているのはLa Cité Internationale Universitaire de PARISを国際大学都市と訳すのに倣っているだけなのですが、今日行った。国立移民の歴史都市もCité nationale de l'histoire de l'immigrationと表記されていますが、どうも都市と訳すとしっくりきません。それは、音楽都市La cité de la musique でも一緒かもしれませんが、とりあえず都市と訳すことにしておきます。
この移民の歴史都市は、もともとはアフリカ・オセアニア美術館だったのですが、ジャン・ヌーヴェルによって設計されたケ・ブランリー美術館ができたため、そこにコレクションを移し、移民大国のフランスの現在を意識しつつ、その歴史を展示する博物館をつくったというわけです。この背景には、政治的な取引が見え隠れしますが、移民に対して寛容でない現在のサルコジ大統領の下で、この博物館がどれだけ機能していくかが注目されます。
さて、その移民の歴史都市では、現在「1931年植民地博覧会の時代における外国人」という展覧会が開かれており、この展覧会のポスターをメトロの駅で見かけたとき、是非行こうと思っていました。また、今日は月初めの日曜日で、入場無料になるので、ポルトドレまで足を運びました。
先に、アフリカ・オセアニア美術館だったと書きましたが、実はこの博物館は展覧会が指し示すように、1931年の植民地博覧会の会場のために作られたものでした。設計はアルベール・ラプラードらによるもので、アール・デコ様式の内装と、ファサードに彫刻家アルフレッド・ジャニオによる植民地主義の図像のレリーフが圧巻です。ここで、フランスの植民地主義は正当化される一つのプロパガンダとして機能したのです。


ここでは、特別展と常設展示があり、その常設展示では、主に写真家なのですが、アーティストの作品と展示資料のコラボレーションといった感じでした。ルーブルにおけるヤン・ファーブル、あるいは狩猟と自然博物館の事例とも重なります。ここ数年の博物館の再編に、様々な現代アートが取り込まれていく様が興味深かったです。
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