2006年11月
2006年11月20日
基礎教養の底上げを
先日私を激昂させた、腐ったプレ審査が終わり、ほぼ方向性が決定して来月までユルユルと進めて行こうか……という今日この頃で、比較的ゆとりをもった毎日を過ごしている。
残り少ない学生生活を学生らしく送るために、ここは一つヘーゲルの『精神現象学』とかを読むべきなんだろうけれど、作品の完成と言うという(ある程度先が見えてきているとは言え)不確実な未来を抱えた脳は、左様なものを受け止めることなどできぬ「ザル」以外の何物でもなく、結局基礎教養の底上げということで、小説などを読みふけっている。
週末はサブカルの基礎教養と称して、アニメを見ていた。1995年に碇シンジ君に同一化し最終審級を求めた当時14歳世代は、テレビ版最終話における庵野秀明の「裏切り」(今思えば最終審級を求めたヲタクがアホなんだけど)のショックでアニメから距離をとってしまった。だからベタな動物予備軍たる14歳は95年から数年間、「近代的」なモノに救いを求めてしまって(まぁそれも不毛なんだが)、綾波レイが食パンをくわえて走って行く「あの極点」を引き受けた上で、サブカル(あるいはリアルタイムの「文化系」では)では何が起っていったのか良くわかっていなくて、今改めて概観すると「萌え」の急浮上もそうだけれど、一瞥すると「萌え」の流れと近いように見えてその実、それとは一線を画した(もしかすると対極)の地殻変動が起きていた様な気がする。
で、まぁそれとどう関係づけられるのか分からないが、(後者の地殻変動と近い位置にありそうな)「lain」の後の「灰羽連盟」を一日で全話見て、久しぶりに大変質の高いアニメーションを見られて満足している。こういう「誰も悪く無いのに哀しい出口無しな話」というのは、本当に美しい。まぁ好みの問題だけれど。安倍吉俊って東京藝大なのね。
残り少ない学生生活を学生らしく送るために、ここは一つヘーゲルの『精神現象学』とかを読むべきなんだろうけれど、作品の完成と言うという(ある程度先が見えてきているとは言え)不確実な未来を抱えた脳は、左様なものを受け止めることなどできぬ「ザル」以外の何物でもなく、結局基礎教養の底上げということで、小説などを読みふけっている。
週末はサブカルの基礎教養と称して、アニメを見ていた。1995年に碇シンジ君に同一化し最終審級を求めた当時14歳世代は、テレビ版最終話における庵野秀明の「裏切り」(今思えば最終審級を求めたヲタクがアホなんだけど)のショックでアニメから距離をとってしまった。だからベタな動物予備軍たる14歳は95年から数年間、「近代的」なモノに救いを求めてしまって(まぁそれも不毛なんだが)、綾波レイが食パンをくわえて走って行く「あの極点」を引き受けた上で、サブカル(あるいはリアルタイムの「文化系」では)では何が起っていったのか良くわかっていなくて、今改めて概観すると「萌え」の急浮上もそうだけれど、一瞥すると「萌え」の流れと近いように見えてその実、それとは一線を画した(もしかすると対極)の地殻変動が起きていた様な気がする。
で、まぁそれとどう関係づけられるのか分からないが、(後者の地殻変動と近い位置にありそうな)「lain」の後の「灰羽連盟」を一日で全話見て、久しぶりに大変質の高いアニメーションを見られて満足している。こういう「誰も悪く無いのに哀しい出口無しな話」というのは、本当に美しい。まぁ好みの問題だけれど。安倍吉俊って東京藝大なのね。
2006年11月14日
メモ:微熱少年
きわめて独善的なおかつ感傷的な詞論
以前、ぼくがまだ岡林氏のバック・ミュージシャンで彼と一緒に地方廻りをしていた時、彼と詞の話などを行き帰りの車中で交わしたことがある。彼は「見る前に飛べ」と言いぼくは茶化して「飛ぶ前に見る」と言ったことがあった。それは単なる笑い話に終わらず、ぼくはぼくなりに「風を集めて」と言う作品にして、それをまとめてみた。つまり、「飛ぶ」という動詞を風景の中に内包させてみたい、と言うのが、あの詞を書いた動機だった。
なぜぼくがこれほどまでに、風景とか、そこに隠された人間関係(つまりはラブ・ソングということになるのだが)に固執するのか。残念ながら、ぼくには(そしておそらくぼくの世代には)原体験と言うものが欠落していると思っているからである。(……)ドストエフスキーの死刑未遂事件や、戦後派のものかき達の戦争体験を、ぼくがどんなにうらやましそうな眼つきでながめることか。ぼくらにはほめたたえる何ものもなく、信じられる何ものもなく、同時に失望する何ものもない時代に育った。ぼくらは彼らの豊饒な青春を読み、ぼくらの前にひろがっている風景を、自然に捐うことなく見つめているだけだ。
以前、ぼくがまだ岡林氏のバック・ミュージシャンで彼と一緒に地方廻りをしていた時、彼と詞の話などを行き帰りの車中で交わしたことがある。彼は「見る前に飛べ」と言いぼくは茶化して「飛ぶ前に見る」と言ったことがあった。それは単なる笑い話に終わらず、ぼくはぼくなりに「風を集めて」と言う作品にして、それをまとめてみた。つまり、「飛ぶ」という動詞を風景の中に内包させてみたい、と言うのが、あの詞を書いた動機だった。
なぜぼくがこれほどまでに、風景とか、そこに隠された人間関係(つまりはラブ・ソングということになるのだが)に固執するのか。残念ながら、ぼくには(そしておそらくぼくの世代には)原体験と言うものが欠落していると思っているからである。(……)ドストエフスキーの死刑未遂事件や、戦後派のものかき達の戦争体験を、ぼくがどんなにうらやましそうな眼つきでながめることか。ぼくらにはほめたたえる何ものもなく、信じられる何ものもなく、同時に失望する何ものもない時代に育った。ぼくらは彼らの豊饒な青春を読み、ぼくらの前にひろがっている風景を、自然に捐うことなく見つめているだけだ。
2006年11月13日
ここ4〜5年の間で一番の
作品のプレ審査が終わった。久しく激昂している。これほどの感情の高ぶりは、ここ4〜5年の間で一番であることは間違いない。その原因は、明らかに研究の審査が不適切に行われたことにある。
私が社会学的分析から出発し、美術史を分析し、建築史と写真史を批判的に考察し、2年間を費やしてそれらの難題に対して必死に構築した方法論によって制作した作品が、その方法論に対する一切の言及すら無く、結局「なんかつまんない」「誰かのマネっぽい」「大学生レベルぽい感じに見える」「作品性がない」という印象論によって切って捨てられたのである。これが研究した人間に対する侮辱ではなくて、何だと言うのだろう。
だいたい、「大学院は、ただの美大ではなく、制作の一切に論理が求められるし、それによって評価が行われる」と明言したのは、大学院側である。だからこそ、私はここで学ぶ事を決めたのだ。従って、この掌を返したような評価基準の転換は、大学院側の主張を真に受けた人間に対する、明らかな裏切りと言わずして何と言えば良いのだろう。
そもそも、私は「作品性」だの「芸術性」だのを一切信じていない。作品が語りかけてくることなどないと思っている。当然普遍的な「美」など、あろうはずもない。そんなことは無いと言う人はいるだろう。「素晴らしい作品は、見ればわかる」と。しかし、少なくともそれが普遍性を持たないことは確かだ。なぜなら、私は作品そのものから「何か」を感じた事がないし、作品が語りかけてきたことなど無いのだから。決して少なく無い量の天才、巨匠などと呼ばれた人の作品の鑑賞体験を含めて、である。だから少なくとも世界に一人は「作品性」や「芸術性」などが届かない人間が一人はいるのだ。
だから、届かない人間を無視した作品にはひどく疎外されている様に感じるし、その「わからないヤツにはわからなくて結構」という態度がお高くとまっていて腹が立つ。コンセプチュアル・アートが好きなのはその敷居の高さが無いからで、その批評性に論理的に迫れれば作品を楽しむ事ができる点において多くの人に開かれているからだ。
ある時代のある文脈において、ある「もの」や「ことば」がある意味を持つ。その「もの」や「ことば」が作品と呼ばれているだけに過ぎない。だから作品の価値は、その「もの」や「ことば」に課せられた役割の妥当性と、課せられた役割を果たす上でのその「もの」の形態の妥当性だと思っているし、だからこそ作品の価値が作品からだけで伝わるはずが無い、と思っている。作品はその批評と共にあって機能する。
だから作品の制作は論理的な思考のみで成立可能だと思っているわけで、非常に価値のある主張を論理的に組み上げ、その主張を実現すべく妥協の無い方法を用いて作られたラディカルな作品は非常に感動する。だから「芸術性」だの「作品性」だのだけの作品は最悪だし、作ろうと思っても作れない。
そういうことは二年前からずーっと言い続けている訳で、しかも表向き大学院はそれを認めるとしている。それにも関わらず、この時期になって「芸術性が……」とか言ってきたので非常に憤っているのだ。私の二年間と決して安く無い学費をどうしてくれるのだ。で、こりゃぁもうこの怒りが尋常ではない事をブチまけてやるしかないと、初めて感情的に教授に直談判しに行ったら、(当然ながら)私の主張の正当性は認められて「作品性云々という評価は、押し切ろう」ということになってくれて、本当にヤレヤレ。
気付けば多分ストレスが原因で週末ひどかった胃痛もおさまって、便利な「やれやれ」という言葉がぴったりの気分である。
私が社会学的分析から出発し、美術史を分析し、建築史と写真史を批判的に考察し、2年間を費やしてそれらの難題に対して必死に構築した方法論によって制作した作品が、その方法論に対する一切の言及すら無く、結局「なんかつまんない」「誰かのマネっぽい」「大学生レベルぽい感じに見える」「作品性がない」という印象論によって切って捨てられたのである。これが研究した人間に対する侮辱ではなくて、何だと言うのだろう。
だいたい、「大学院は、ただの美大ではなく、制作の一切に論理が求められるし、それによって評価が行われる」と明言したのは、大学院側である。だからこそ、私はここで学ぶ事を決めたのだ。従って、この掌を返したような評価基準の転換は、大学院側の主張を真に受けた人間に対する、明らかな裏切りと言わずして何と言えば良いのだろう。
そもそも、私は「作品性」だの「芸術性」だのを一切信じていない。作品が語りかけてくることなどないと思っている。当然普遍的な「美」など、あろうはずもない。そんなことは無いと言う人はいるだろう。「素晴らしい作品は、見ればわかる」と。しかし、少なくともそれが普遍性を持たないことは確かだ。なぜなら、私は作品そのものから「何か」を感じた事がないし、作品が語りかけてきたことなど無いのだから。決して少なく無い量の天才、巨匠などと呼ばれた人の作品の鑑賞体験を含めて、である。だから少なくとも世界に一人は「作品性」や「芸術性」などが届かない人間が一人はいるのだ。
だから、届かない人間を無視した作品にはひどく疎外されている様に感じるし、その「わからないヤツにはわからなくて結構」という態度がお高くとまっていて腹が立つ。コンセプチュアル・アートが好きなのはその敷居の高さが無いからで、その批評性に論理的に迫れれば作品を楽しむ事ができる点において多くの人に開かれているからだ。
ある時代のある文脈において、ある「もの」や「ことば」がある意味を持つ。その「もの」や「ことば」が作品と呼ばれているだけに過ぎない。だから作品の価値は、その「もの」や「ことば」に課せられた役割の妥当性と、課せられた役割を果たす上でのその「もの」の形態の妥当性だと思っているし、だからこそ作品の価値が作品からだけで伝わるはずが無い、と思っている。作品はその批評と共にあって機能する。
だから作品の制作は論理的な思考のみで成立可能だと思っているわけで、非常に価値のある主張を論理的に組み上げ、その主張を実現すべく妥協の無い方法を用いて作られたラディカルな作品は非常に感動する。だから「芸術性」だの「作品性」だのだけの作品は最悪だし、作ろうと思っても作れない。
そういうことは二年前からずーっと言い続けている訳で、しかも表向き大学院はそれを認めるとしている。それにも関わらず、この時期になって「芸術性が……」とか言ってきたので非常に憤っているのだ。私の二年間と決して安く無い学費をどうしてくれるのだ。で、こりゃぁもうこの怒りが尋常ではない事をブチまけてやるしかないと、初めて感情的に教授に直談判しに行ったら、(当然ながら)私の主張の正当性は認められて「作品性云々という評価は、押し切ろう」ということになってくれて、本当にヤレヤレ。
気付けば多分ストレスが原因で週末ひどかった胃痛もおさまって、便利な「やれやれ」という言葉がぴったりの気分である。




















