June 13, 2005

ベアテ・シロタ・ゴードン語録

ベアテ・シロタ・ゴードン語録
 
"I was lucky to have been at the right place at the right time on many different occasions."
 
Beate Sirota Gordon (25 Oct 1923 - )
 
- The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel
 
■ 憲法をめぐって
 
* On February 4, 1946, I was at the right place at the right time. MacArthur ordered the Government Section, where I worked, to draft a new constitution for Japan in seven days. (The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999)
 
* When assigned to help draft the Japanese constitution, I was the only one who immediately went in search of source materials. I got into a jeep and told my Japanese driver to find any libraries still standing in Tokyo, where I found the constitutions of many countries--German (Weimar), Russian, Scandinavian, French, as well as the U.S.--to serve as examples. (TKR Spring 2000 - Life Outside Academe)
 
* ケーディス大佐は、あなたが書いた草案はアメリカの憲法に書いてあるもの以上ですよと言いました。私は、それは当たり前ですよ、アメリカの憲法には女性という言葉が一項も書いてありません、しかしヨーロッパの憲法には女性の基本的な権利と社会福祉の権利が詳しく書いてありますと答えました。私はすごくこの権利のために闘いました。涙も出ました。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* Colonel Kades said, `My God, you have given Japanese women more rights than in the American Constitution'. I said, `Colonel Kades, that's not very difficult to do, because women are not in the American Constitution.' (New York TimesA voice from the past speaks up for women, May 29, 2005 @ Taipei Times)
 
* And they looked at my draft and Colonel Cadeys said the fundamental rights you have written are fine. But all these social welfare rights, we don't even have those in the American constitution. You've gone way beyond the American constitution. And I said Colonel Cadeys, if they are not included in the constitution the bureaucrats who are going to write the civil code of the Japanese constitution will not write those into the civil code. They will not write it into law because I know the bureaucrats in Japan and they are certainly not for women's rights. And Colonel Cadeys said don't worry and the other two men with him agreed. And I burst into tears because I was very emotionally involved in the women's rights. (The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999)
 
* ケーディス大佐は、私が書いたいろんな社会福祉とかそういう点については本当に反対していなかったんです。それはケーディスさんが亡くなる前に私に言いました。でも、憲法には入れたくなかったんです。それは憲法には合わないです、民法には合うと、そういう考え方です。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* ケーディス大佐は、フランス憲法のように何でも書いてしまうというのは、避けたかったようだ。簡単明瞭に書く、詳細はそれぞれの法に委ねる、というポリシーの持ち主だった。『1945年のクリスマス』
 
* 私はね、日本の男性はとても保守的だから、女性の権利をちゃんと憲法に書いておかなければ、民法に書き入れられないと思ったのです。そういう仕事をするのは、男性ですからね……。でも運営委員会のケーディス大佐は、こういう細かい条項は民法にいれるべきもので、憲法に書くべきではないとカットしたのです。そのとき、私はとてもエモーショナルになっていたので、泣いてしまいました。『私は女の幸せを憲法に書いた〜ベアテの新ニッポン日記』(朝日放送のテレビ・ドキュメンタリー番組/『1945年のクリスマス』「あとがきにかえて」)
 
* It was 2 a.m. and we had been negotiating in secret for the entire day. They were furious, sputtering with rage. --- Women's rights? They really objected to that. --- they were as angry about women's rights as they were about changes in the emperor system. (Newsweek [Japanese Version] 10 July, 1993).
 
* 日本側は、こういう女性の権利は全然日本の国に合わない、こういう権利(註:男女平等による女性の権利)は日本の文化に合わないなどと言って、また大騒ぎになりました。天皇制と同じように激しい議論になりました。もう随分遅く(註:午前2時)、みんな疲れていたので、ケーディス大佐は日本の代表者の私への好感をうまく使いたいと思いました。そして、こういうことを言いました。ベアテ・シロタさんは女性の権利を心から望んでいるので、それを可決しましょう。日本側は、私が男女平等の草案を書いたことを知らなかったので、ケーディス大佐がそれを言ったときに随分びっくりしました。そして、それではケーディス大佐が言うとおりにしましょうと言いました。それで、第24条が歴史になりました。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* It was about 2:00 AM when we got to the women's rights. We had worked from 10:00 AM the morning before and now it was 2:00 AM the next day. And we came to the women's rights and they were furious, the Japanese representatives. There were three of them. This does not fit into a Japanese constitution. This is against our culture, against our customs. And I think Colonel Cadeys thought my god, this is going to go on for hours again and it's so late. And he said to them, gentlemen, Ms Sirota has her heart set on the women's rights. Why don't we pass them? And I think they were stunned, the Japanese, first of all that he would say such a thing in this top secret, very important meeting and secondly that it was I who had written the women's rights. They had no inkling about it. They thought I was just an interpreter. And I think they were so stunned that they just passed it. And thus history is made and thus the women got their rights in the Japanese constitution. (The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999)
 
* 日本の国民は、日本の憲法がマッカーサー元帥のスタッフによって書かれたということは知りませんでした。しかし、1952年に占領軍がアメリカに帰ったときに、ある日本の学者と新聞記者はそのことを知って、この新しい憲法は日本に押しつけられたものであるから改正すべきだと主張しました。マッカーサー元帥が憲法を日本の政府に押しつけたということが言えますでしょうか。普通、人がほかの人に何か押しつけるときに、自分のものよりいいものを押しつけませんでしょう。日本の憲法はアメリカの憲法よりすばらしい憲法ですから、押しつけという言葉を使えないかもしれません。特に、この憲法が日本の国民に押しつけられたというのは正しくありません。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* ある方は、この憲法は外から来た憲法であるから改正されなければならないと言います。日本は、歴史的にいろんな国からずっと昔からよいものを日本へ輸入しました。漢字、仏教、陶器、雅楽など、ほかの国からインポートしました。そして、それを自分のものにしました。だから、ほかの国から憲法を受けても、それはいい憲法であればそれでいいではないですか。若い人が書いたか、年とった人が書いたか、だれがそれを書いたということは本当に意味がないでしょう。いい憲法だったらば、それを守るべきではないですか。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* この憲法は50年以上もちました。それは世界で初めてです。今まではどんな憲法でも40年の間に改正されました。私は、この憲法が本当に世界のモデルとなるような憲法であるから改正されなかったと思います。日本はこのすばらしい憲法をほかの国々に教えなければならないと私は思います。平和はほかの国々に教えなければなりません。ほかの国々がそれをまねすればよいと思います。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 私は、人権をカットするということは非常に危ないことだと思うんです。だから、そのために今度憲法を改正するのはまた危ないと思います。だから、こういうことについては、どうしても、法律をつくることはできるので、民法か何かの中にそういうことを決めてもいいんじゃないかと思うんです。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 私は、ほかの国々は、アジアではまだずっと戦争のときの日本の軍国主義を忘れていないと思います。今この平和憲法があるから安心していると思います。しかし、それを今度改正すれば、そこから何が出るかと疑うと思います。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 私は、一つは、ほかの憲法も参考にしたので、その憲法を書いた人も多分自分の憲法について随分考えたと思います。だから、そういう憲法から一番いい点を私たちはこの憲法に入れたんです。だから、私たちの考え方だけじゃなくて、ほかの世界じゅうのいろんな人の考え方が入っています。そして、もちろん日本の憲法研究会というのが随分いい草案をケーディスさんに渡したんです。社会党もすごくいい草案をつくったんです。それはみんな運営委員会の方がよく知っていましたので、私たちに教えてくれました。だから、日本の考え方が入っていないということは、本当にそういうことは、そうじゃないんです。ちゃんと入っています。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* Many things happened to me through my education, through my parents, through the women that I met in my life to enable me and enabled me all along to do the kind of work that I did. Oh, I don't feel like an icon. I think I just, I feel that in my life I was very lucky in that I was at the right place at the right time. (The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999)
 
* (憲法)改正の動きにはとても驚き、心配しています。24条をなぜ今、変える必要があるのでしょうか。(米国の)歴史家、ジョン・ダワー氏はつい最近も、24条など日本国憲法の国民の権利について『これが当時の一番進歩的な権利だった。そして今でも多分そうだろう』と書いています。『毎日中学生新聞』2005年5月2日「あすは憲法記念日:男女平等 日本に贈る」
 
■ フェミニズムをめぐって
 
* 私は、六歳のときから日本の社会に入って、日本のお友達と遊んで、虐げられた女性の状況を自分の目で見ました。私は、奥さんがいつでも主人の後ろを歩くことを自分の目で見ました。私は、奥さんがお食事をつくって、だんなさんとだんなさんのお友達にサービスして、会話には参加しないで、お食事も一緒にとらないで、全然権利がないことをよく知っていました。好きな人と結婚できない、離婚もできない、経済的権利もない、それもよくわかりました。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 戦前の女性には財産権すらなく、男性と同じように働く権利も勉強する権利もなかった。経済力もなく、自分に自信を持てなかった。『毎日中学生新聞』2005年5月2日「あすは憲法記念日:男女平等 日本に贈る」
 
* I saw the women walking behind the men in the street. I saw how the mothers prepared the food when the husband came home with his friends from the office. She would serve them dinner, without even talking, then go into the kitchen with the children. (New York Times, Fighting to Protect Her Gift to Japanese Women. May 29, 2005)
 
* Women walking on the street behind their husbands, women preparing dinners that the husband had arranged for his friends, preparing the dinner, serving the dinner but never entering into conversation with the men and eating dinner by herself in the kitchen. That is the Japan I knew as far as women were concerned. Women never came to my mother's parties. The men came. The Japanese men came. They didn't bring their wives. I knew a little bit also about the Geisha and the mistresses Japanese men were keeping, sometimes in the same house as their wives. (The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999)
 
* 私の大学ミルズ・カレッジ(Mills College)は進んでいた大学であって、フェミニズムがまだ流行ではないときにフェミニストでありました。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* Since Mills was a women's college and had a woman president who was a feminist, I learned early on about women’s rights and the discrimination women faced. (CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2)
 
* We had a very forward-looking woman president at Mills, Aurelia Henry Reinhardt. She wanted women not only to get an education and have a family but also to have a career. She felt that educated people had an obligation to contribute to society. When she found out that the government needed me as a translator (recruiters who came to the campus said that only 60 Caucasians in the United States spoke Japanese, and the Nisei couldn't be used in San Francisco because they had been interned), she gave me permission to complete my degree by exam and term-papers. Because I'd gone to summer school and always taken the maximum number of credits, I needed only 1 more to graduate. (TKR Spring 2000 - Life Outside Academe)
 
* 日本の進歩的な男性と少数の目覚めた女性たちは、もう19世紀から国民の権利を望んでいました。そして、女性は特別に参政権のために運動をしていました。この憲法は、国民の抑えつけられていた意思をあらわしたので、国民に喜ばれました。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 私は知っていたんですよ、日本に女性がもう前からいろんな運動をしていた、そういうことを知っていましたけれども、そう詳しくは知らなかったんです。それは後で、私が市川房枝先生の通訳だったときに、それは1952年だった、そのときにいろんなそういうことを教えてくれました、先生は。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」 
 
* 日本の女性は、私の書いた条項をフルに活用してくれるだろうか。奥さんや娘にいばりちらす男性は、本当に少なくなるのだろうか。主婦は財産の権利を持つようになるのだろうか。国が復興していけば、まただんだんと保守的な勢力が強くなって、女性は端に追いやられるのではないだろうか。ケーディス大佐は、私生児の権利や妊婦や子供を持つ母親の権利は、民法に書かれると言ったけれど、民法に法令として書き込まれるのだろうか。それは何年先のことなのか?『1945年のクリスマス』
 
* 女性の人権がテーマで、聴衆も女性ばかりという講演会で、私は憲法に関するスピーチを依頼された。この講演でも削られた女性の権利や児童の権利について話すと、ある女性が立ち上がって言った。「私は、今、私生児の問題で裁判をおこしているのです。ベアテさんが書かれた『私生児は法的に差別を受けず』が憲法に書き込まれていたら、裁判をおこさずにすんだと思うと、とても残念です」。すると別の女性が立ち上がった。「私も非嫡出子の問題で闘っているんですよ」。この女性たちの話を聞いた時、私は四七年前のあの時、ケーディス大佐にもっと泣いてでも抗議し、ねばるべきではなかったか、とふと後悔したのだった。『1945年のクリスマス』
 
* Through my work, I have come to hold one other firm belief, that, in time, women can and must play an equal role with men. (CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2)
 
* 私は、日本の女性をすごく尊敬しています。日本の女性は賢いです。日本の女性はよく働きます。日本の女性の心と精神は強いです。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* 女性参議院議員四十三人が今活躍していることは、本当におめでたいです。アメリカのセナト(註:上院)よりずっといいです。アメリカで女性はセナトに九人だけです。ですから、日本の女性たち、おめでとうございます。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
* Compared to 56 years ago, it is phenomenal what women have achieved. I urge all women to be active and help to bring about peace. (ASIJ American School in Japan,  Lindi Geisenheimer, Japanese woman tells of life as a civil rights activist)
 
* 日本の女性の声を聞いていただきたいのです。私の耳に入っているのは、日本の女性の大数が憲法がいい、日本に合う憲法だと思っているということです。「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号(2000年5月2日)」
 
■ 日本をめぐって
 
* Tokyo became my home town rather than Vienna, and thanks to “culture shock,” I forgot Vienna quickly and completely. (CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2)
 
* I was only five-and-a-half years old. My mother told me that the first thing I said upon arriving in Japan, when I saw all the men and women, all with black hair and black eyes, was, “Are they all brothers and sisters?” (CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2)
 
* 船を降りても、私の興味は人間にしかなかった。女性は陶器のようになめらかな肌をしていた。のっぺりとした起伏のない顔に、穴があいたように細い黒い眼があった。髪は男も女も黒かった。「ねぇ、ママ、この人たちはみんな兄妹ですか」。私の質問に両親は顔を見合わせて、微笑した。「黒い髪で黒い眼だから、兄妹だと思ったんだね。日本人はみんなベアテと同じように黒い髪をしているんだよ」。父は私の頭を撫でた。日本についての私の最初の印象である。『1945年のクリスマス』
 
* I think that remark made my mother determined that I become part of Japanese society and learn something about the country. So I played with Japanese children, went to their homes, heard Japanese music, and saw Japanese dance. Thus it was my mother who brought me into close contact with Japan, and I thank her for it. (CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2)
 
* 日本についてのあまりの無知さと失礼な質問に、私自身が侮辱を受けたような気持ちになった。人は異国にいる時、愛国者になる。日本での10年間の滞在で、自分が半分以上日本人になっていることに気づいた。『1945年のクリスマス』
 
* 日本人というのは、本質的に封建民族だと私は思う。権力者の命令ならば、たとえ気が進まなくとも実行する。戦争の末期に、特攻隊の志願者を募った時、そのほとんどの若者は死にたくなかったのが本音だったと思う。でも、一歩前に出る勇気よりも、一歩前に出ない勇気の方が日本では難しいのだ。また、日本の道徳は、犠牲的精神を発揮する人物を、必要以上に美化する。その中のヒロイズムを感じる人も、他の民族より多いように思う。日本人に人権という概念を話しても通じない。わがままとか、個人主義とかいう悪意のあることばに置きかえられてしまうからだ。『1945年のクリスマス』
 
* 八月一五日の戦争が終わった日の夕方、九州の鹿屋(かのや)飛行場から特攻隊の飛行機が飛び立ったという。もちろん一人も帰らなかった。その人たちには、お母さんも、奥さんや子供さんもいたかもしれないのに……。でもそうした日本人の忠誠心と行動は、私には理解できるものだった。また、あとで触れることになるが、あの乃木坂に住んでいたころに、雪の日に起こった二・二六事件を実際に見ていたからだ。日本人は本当は優しいのに、集団になるとどういう訳か過激になってしまう。『1945年のクリスマス』
 
* 日本では親や祖父母たちが、若い女性たちにあまり戦争について伝えてこなかったように感じたんです。講演中、年配の人は笑ったり泣いたりしているのに、若い人たちやただびっくりするだけ。もう少し若い人たちに歴史を教えなければと思いました。『毎日中学生新聞』2005年5月2日「あすは憲法記念日:男女平等 日本に贈る」
 
■ ユダヤ人をめぐって
 
* 私たちユダヤ人にとって、家族のいるところが祖国なのである。だから私にとって、両親のお墓があり、子供たちがいるアメリカが今は祖国である。『1945年のクリスマス』
 
■ 伝統芸能をめぐって
 
* 一回観せること――そこから物事は始まる。観れば人々は二回観たいと思うだろうし、その国の文化に興味を持つからだ。『1945年のクリスマス』
 
* 大事なことは、古いものと新しいものを何の法則も持たせないで混ぜてしまってはならないということだ。それをすると、どちらの長所もなくなってしまうからである。『1945年のクリスマス』
 
* 宝物を見つけると、自分だけ独り占めはできなかった。アメリカの人たちにも見せ、宝物の素晴らしさを讃えたかった。それは私が父のように一流ピアニストにも、ダンサーにもなれなかった分だけ、芸術への憧憬が強い人間だったからだろう。『1945年のクリスマス』
 
* 現場にいつも自分を置くことで、一流の芸を見分ける目も磨かれる。そして一流の芸ばかり見ていると、贋物が混じると、すぐわかるようになるのだ。『1945年のクリスマス』

* The Story of Beate Sirota: Nightline, by Ted Koppel, February 10, 1999
* TKR Spring 2000 - Life Outside Academe (The Phi Beta Kappa Society)
* 第147回国会参議院憲法調査会第7号(2000年5月2日):参考人発言(江田五月 新たな出発)
* 「第147回国会 参議院憲法調査会 第7号」(参議院)
* New York Times, A voice from the past speaks up for women, May 29, 2005 @ Taipei Times (New York Times, James Brooke Fighting to Protect Her Gift to Japanese Women. May 29, 2005)
* CULTURE SHOCK, Japan INFO August/September 1998 Vol.6 NO.2
* ASIJ American School in Japan, Lindi Geisenheimer, Japanese woman tells of life as a civil rights activist

* ベアテ・シロタ・ゴードン(構成・文:平岡磨紀子)『1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』柏書房 ISBN: 4760110771, Webcat Plus, blogmap
* 1997年11月新装版『1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』 ISBN: 4760110771, Webcat Plus
 Beate Sirota Gordon. THE ONLY WOMAN IN THE ROOM―A MEMOIR, Kodansha International, Jan 1997, ISBN: 4770021453, Webcat Plus, blogmap

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:ベアテ・シロタ・ゴードン
書評Wiki:ベアテ・シロタ・ゴードン

  • 柏書房:ベアテ・シロタ・ゴートン(『1945年のクリスマス』版元による著者紹介)
  • 週刊医学界新聞:健康は平和の道具(2005年5月30日、聖路加看護大学学長・井部俊子)
  • STOP!憲法24条改悪キャンペーン:ベアテ・シロタ・ゴードンさんからのメッセージ(2004年11月5日)
  • 聖教新聞:女性の幸福が世界平和の基盤(2004年11月2日インタビュー)|ドキュメンタリー映画「ベアテの贈りもの」(2005年4月26日インタビュー)
  • たむ・たむ(多夢・太夢):シロタ・ゴードン(憲法起草家)(外国人@偉人・賢人・粋人・軍人・愛媛県人・外国人のページ)
  • 北陸中日新聞 こちら富山支局 NPO通信:「ベアテさんの会」【1|2|3|4|5|6
  • Biography: Beate Sirota Gordon (by Kuniko Fujisawa @ Temple University Japan)
  • Biography: Beate Sirota Gordon (by Kuniko Fujisawa @ Temple University Japan)
  • Sunshine for Women: Beate Sirota Gordon
  • Creation of the Japanese Constitution (1945-1946) @ PBS.org - The American Experience | MacArthur | People & Events
    ★★家族の重視で何が変わるか 憲法24条の意義★★(どう改憲されるのかを福島大学助教授・中里見博さんが解説)@STOP!憲法24条改悪キャンペーン /資料・改憲に関するうごき@STOP!憲法24条改悪キャンペーン内カテゴリ(日付は降順)

    ★福島瑞穂の人権いろいろ「ねらわれている憲法24条・25条」(『部落解放』2004年11月号)@JINKEN BOOK(解放出版社)



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    NHKスペシャル「日本国憲法 誕生」を再度見た。 今日10月7日の放送は2007年4月29日(日)の再放送でした。 これについては前にも書き案下が改めての思いがありますので再度書きます。
    「日本国憲法 誕生」を再度見た【大津留公彦のブログ2】at October 07, 2007 19:09
    この記事へのコメント
    TBありがとうございます!
    すごい充実資料ですね!
    「ベアテさんの会」では、2005/6/25に、行政と共催で、映画「ベアテの贈りもの」を上映しました。
    私は直接会には入っていないのですが、会員の方々を良く知っています。
    ベアテさんは、22歳で憲法に24条、個人尊厳と男女平等を入れ込んでくださった。このことがなかったら、今の日本はどうなっていたのかな・・
    昔の結婚制度や「家」って、今じゃ考えられないようなものだったらしいし。でもまた現代において24条を変えようという動きもあるということで、http://blog.livedoor.jp/savearticle24/archives/cat_397178.html
    全く安泰ではない、戦争においても・・・、ちゃんと虎視していないといけないですね。
    Posted by toyama_live at September 08, 2005 15:07
     私たちは、1999年にベアテさんを富山に招いたことをきっかけに会を立ち上げました。その後、憲法についての調査や演劇「真珠の首飾り」を上演したりしてきました。
     昨年は、国会へ行き「憲法調査会」を傍聴し院内集会を開きました。
     富山弁で、憲法9条・24条を朗読しています。
     これからも、いろいろ教えてください。ネットワークが広がっていくのが嬉しいです。全国の仲間にも、このサイトを紹介しますね。
    Posted by ベアテさんの会 at September 08, 2005 16:39
    TBありがとうございます。
    実をいうと、この映画は自分から調べて見に行ったわけではなく、たまたまお世話になっている方からチケットを頂いたのでした。
    内容に関しても、全く事前知識も無く、憲法のお話、ということで「9条関係のドキュメンタリー」らしい・・・と聞いておりました。
    全く、自分の無知さが恥ずかしいです。
    しかし、思いがけないめぐり合わせで、この映画を見ることとなったのですが、もともと女性の権利や自立について興味を持っていたこともあり、非常に感銘を受けました。
    現実社会の中に浸りきっていると、真実が多々見えなくなってしまうことがあり、社会の矛盾に流されて日々生きていることに気づきます。
    ベアテさんの存在を想う度に、真実を見る目とそれを表現する勇気、強さを奮い立たせなければ、と思います。
    Posted by Sue at September 08, 2005 21:41
    TBありがとうございます。こちらからもさせてもらいますね。
    先日クイズ番組で市川房江の言葉「○○なくして真の普選なし」の穴埋め問題があった時、私はすぐにこの映画を浮かべました。
    出演回答者に正解はひとりだけで、婦人参政権が普及している証拠なのかなぁと複雑な思いになりました。
    9.11の選挙、ベアテさんの贈り物を大事にしなくては、と思います。
    Posted by MNO at September 08, 2005 23:34
    TBありがとうございます。
    「ベアテの贈りもの」を観て、『1945年のクリスマス』を読んで、そして、こちらの記事を読ませていただいて、改めて思いました。日本国憲法は、草案作りに携わった人々がみなそれぞれに、自分の考えられる限り、一番いいものを残そう、自分の理想を込めよう、と努力をしたのだ、ということを。
    ベアテさんの言うように、世界中のいろんな人の意見が入っている、いろんな人の理想が織り交ぜられているこの日本国憲法が、むやみに、あっけなく、変わってしまいそうで、こわいです。
    Posted by at September 09, 2005 00:34
    トラックバックありがとうございます。記事が富山の女性たちが立ち上げた「ベアテの会」の話で、涙が出てきました。
    女は勉強ができるよりも、働き者の方が褒められ、仕事を残して新聞を読むのは気が引ける。発言しても、「女のいうこと、嫁のいうこと」と、人括りにされる雰囲気。かつて育った地域は、そんな風潮だったような気がして、富山県を離れて30年以上。今は昔ですね。
    熱心な社会の先生の与えた課題だったのか、憲法は結構暗証するほど記憶しました。そして、判断に迷った時など、記憶の引き出しから引っ張り出したり…。ずっとココロの支えです。
    そして、憲法が家訓のような家庭になってしまいました(笑い)。
    今度の日曜は選挙です。
    卒業して初めての選挙で市川房江さんに投票したのは遠い昔です。

    Posted by 街中の案山子 at September 09, 2005 07:12
    ざっくりとした感想しか書いてありませんが、TBさせていただきました。
    教育基本法も、その流れを受けて個を尊重していると、かつて教師に就任する当時は捉えていたものです。
    昨今は「もう古い」とが言われたりして、私としては、まだこの国が、憲法や教育基本法の掲げところまで、行き着いていないのではないかと思うのですけれど。
    Posted by 街中の案山子 at September 09, 2005 07:32
    ◆toyama_live(いっぺんきてみられ −富山−)さん

    「すごい充実資料」との賛辞をどうもありがとう。でもね、エントリーの日付を見て下さい。6月13日なんですよ。ブログスタイルとして、日記のように書き流すのではなく、時間を掛けてエントリーを成長させていく方法をとっています。少しずつ充実させ、読み応えある記事になってからトラックバックを送るわけ。エントリーが読み流しされてしましまうのではないか、との思いがあるんです。リンクを多用することも重要だと思います。ウェブとは蜘蛛の巣のことですね、蜘蛛の巣のようにリンクを張りめぐらさないと、単なる独りよがり(独り言)になりかねない、そんな思いで書いていますから、書く頻度は少ないというのが現状です。高岡といえば、

    >昔々の女性が差別されたりすっ旧民法を忘れたらあかんちゃ!
    >わしらっちゃの力で憲法改正をさせんがっ!!

    こんな感じ、ですか?
    Posted by Devlin at September 10, 2005 01:42
    ◆ベアテさんの会(山下清子)さん

    コメント、ありがとうございます。ちょっと恐縮しておりますが、多くのご活躍に敬意を表します。「ネットワークが広がっていくのが嬉しい」とおっしゃいましたが、インターネットによってネットワークの広がりは、使いようによっては従来と比べて格段の可能性を持つ時代となってきたことを痛感しています。

    たとえば寝たきりの人、障害者の人、活動時間が限定される人などが、空き時間を利用して情報のネットワークの媒介を務めることができるようになった、ということです。リンクを多用するのも、関心事項について誰かが検索し、検索で得られたリンクをまとめて呈示することで、そのページを見た人が検索することなくリンクを使える。これがウェブの醍醐味だと思います。
    Posted by Devlin at September 10, 2005 01:44
    ◆Sue(うらうら日誌)さん

    「現実社会の中に浸りきっていると、真実が多々見えなくなってしまうことがあり」というのはその通りだと思います。でも、それはたぶん、「見える」人が「見えなくなってしまった」人に指摘することで補うことができるのではないでしょうか。あなたの映画との出会いがそれを可能にした、とも言えると思います。本を読むことでも、ブログでもそれは可能でしょう。

    「勇気」とおっしゃいましたが、ベアテさんの場合は特別で例外と言えるかもしれません。ふだんの生活の中では、葉書、電話、ブログと表現手段はたくさん。5〜6人にそういった手段で思いを伝え、それがねずみ算式に広がるならば、状況を変える力になるはずだし、第二の権力となってしまったマスメディアを乗り越える力となる可能性はある、と確信します。そういった表現ならば、「勇気」はさほど必要ではないと思います。
    Posted by Devlin at September 10, 2005 01:51
    TBありがとうございます。ブログやっていて、初めて手ごたえを感じたという感じです。同じテーマで、こんなにいろいろな人たちの意見を聞けたことがうれしく思いました。、『1945年のクリスマス』ぜひ読んでみたいと思いました。情報ありがとうございました。
    なお、「メデイアF」女性のためのメディアの会http://mediaf.fc2web.com/ 
    もぜひ一度、覗きに来てください。
    Posted by momo at September 10, 2005 01:54
    ◆MNO(徒然読書感想記)さん

    「みなそれぞれに…自分の理想を込めよう、と努力をした」。そうですね。そう思いますが、ちょっと違うんじゃないかと思う点。起草したのはニューディール信奉者が多く、理想に燃えていた人々だったことは確か。でもベアテさんはそうではなく、自分の身の回りの日本女性―自宅に住んで勤めていたお手伝いの小柴美代さん含め多くの知人の現実を変えようとした。ベアテさんは、自分を育ててくれた人々の顔を思い浮かべながら起草にたずさわったわけですね。ほかの起草者はそうではなかったわけです。この差は大きいと思います。自分の起草文が削除されて涙したベアテさんの思いは、いかばかりものだったでしょう。

    よほどの運動が起こらない限り、ベアテさんが起草したこの憲法24条は、あっけなく改悪されてしまうでしょう。わたくしがこのエントリーを書いた動機は、少しでもそれを防ぎたいという思いからでした。
    Posted by Devlin at September 10, 2005 01:58
    ◆salubia2070(街中の案山子)さん

    「憲法が家訓のような家庭になってしまいました」、すてきなご家庭ではありませんか。

    「今度の日曜は選挙です」。そうです。わたくしはこのことをも意識してエントリーを立てました。憲法改悪を実行する候補者に票を入れるべきではない、と思います。

    ベアテさんは80歳過ぎで、時差の苦しみを乗り越え、500回以上もの講演をこなしています。映画を見た人を含めれば数十万人がベアテさんに触れたわけです。

    憲法第24条が、いまだに実現していないという認識を持ち、何が何でも憲法を変えるわけにはいかないという気迫に満ちたベアテさんの思いを共有し、憲法改悪を何とか止めないといけない、とわたくしは思っています。

    憲法も教育基本法も、その理念が掲げるところに到達していないというのはご指摘の通りだと思います。到達を実現させるのは、誰?
    Posted by Devlin at September 10, 2005 01:58
    トラックバックありがとうございます。
    身の回りにこの映画を知ってる人さえあまりいない状況だったので、
    この作品を意外に多くの人が観ていたことを知って驚きました。
    ベアテさんの言葉は一言一言が深いですね。
    これだけ色々な資料を集められていてすごいです。
    私もベアテさんに関連する本をちゃんと読んでみたくなりました。
    Posted by りーぽん at September 10, 2005 18:42
    はじめまして。TBありがとうございました。
    Devlinさんの記事に比べたら、わたしの記事など拙くて恥ずかしい限りです。
    でも、TBだけではなくて、感想を頂けたら嬉しかったかなあと思います。

    7〜8年前から[クーヨン]という雑誌を購読しています。
    落合恵子さんが責任編集・発行しているものです。
    ベアテさんの話もそこで初めて知りました。
    24条の問題も、今ごろ意識し始めました。
    自民党が今回の選挙で大勝してしまいました。
    空恐ろしいものを感じています。
    Posted by ヤヤー at September 19, 2005 21:36
    はじめまして。TBありがとうございました。

    自民党は、今度の選挙で憲法改正に必要な総議席数の三分の二を獲得してしまいましたね。

    と思ったら、民主党の新しい党首も改憲推進派の方のようで、本当に日本はどうなってしまうのでしょうね。
    Posted by りん at September 20, 2005 21:52
     TBありがとうございました。遅くなりましたが、こちらからもTBさせていただきます。女性の、ひいてはすべての人の人権問題に関心のある方々の参考にしていただければさいわいです。
    Posted by マチオING at September 25, 2005 22:10
    遅ればせながら、TBありがとうございました。

    ・・・選挙結果を重ね合わせ、日本人論を聞く機会が増えました。悲観も楽観もせず、どこに可能性があるのかを考え続けたいと思います。で、私はやっぱり女性と「子どもたち」にかけたいと思っているのです。だから、次の指摘を背筋を伸ばして受けとめたい。

    * 日本では親や祖父母たちが、若い女性たちにあまり戦争について伝えてこなかったように感じたんです。〜略〜 もう少し若い人たちに歴史を教えなければと思いました。『毎日中学生新聞』2005年5月2日「あすは憲法記念日:男女平等 日本に贈る」

    「男たちの物語」「英雄の歴史」ではなく、一般庶民や女子どもの足跡をしっかりと次の世代に伝えたい。毎日のくらしで真剣勝負!です。今後ともどうぞよろしく!
    Posted by tetsu at September 28, 2005 15:01
    トラックバックありがとうございました。

    日本国憲法の真髄は日々の生活や民法などには
    まだまだ反映されていないと感じています。

    選択制夫婦別姓、婚外子差別撤廃。

    これが民法に反映されていない今の状況は
    ベアテさんが望んでいた本当の両性の平等ではないと思います。
    例えくだらないほど小さくても
    自分ができることを少しでもできたらいいなと思います。
    Posted by たっちー at September 30, 2005 16:48
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    Posted by Arnie at February 10, 2007 13:48