2009年10月

2009年10月11日

ファラオラリー2009 を終えて

 直ぐに達成可能な目標ではなく、少しレベルの高い事にチャレンジをして、数年間でその目標を達成させたいと思い、始めた 『ファラオ4年計画』

ゴールに向けて疾走中 モータースポーツをやっていながら矛盾する事かもしれませんが、もともと、私はスピードを出す事が好きな訳ではなく、道なき道を走る事が好きで、四駆に関わっていました。ファラオラリー参戦も、砂漠を高速スピードで疾走したいからではなく、常に変化して行く路面を、ずっとずっと、四駆で走っていたいからでした。

 

4年前から昨年まで参戦をしていた自分は、明らかにそのスキルを身に付けておらず、競技の中でも、 “最後のおまけ” 的な存在で走っていました。昨年7日間走った事で、ようやく他の選手と近いレベルにまで上達し、ようやく同じスタートラインに立つ準備が整ったという状態で、2008年のラリーを終えました。

 エジプトの広大な大地

 そして、今年。自分がある程度のスキルを身に付けた状態で、砂漠でのラリー経験が豊富なナビ・メカさんと共に、参戦をしました。昨年の自分から、どの程度成長したか、非常に楽しみな部分がありましたが、いざ競技が始まってみると、 “ビックリ! の連続でした。昨年は、レースの最後尾集団を2台程で走っていましたが、今年は、一競技者として、他の選手の中に混じって走る事が出来ました。勿論、私のスキルもほんの少し上達したとは思いますが、今回の成績の8割は、現地でナビゲーターとして、メカニックとして、全面的にサポートをして下さった佐伯さんのお陰でした。 

 

『佐伯ライン』 は、常に自分のスキル以上のものを引き出してくれ、また、佐伯メカさんのサポートもあり、自分の力+ α の物を出す事が出来ました。昨年までは、その走りの内容から、全くリザルトには興味がなく、また、その見方もよく毎日のリザルト分からない状態でいました (ペナルティ時間が多く加算されている為) 。ところが、今年は、順位争いはしていないものの、ペナルティの付き具合や、競技中にすれ違った他の選手との時間関係、また、自分の順位… 等々、毎日リザルトを見るのが楽しみになっていました。

 

サーキットの様に、コンマ何秒を競うのではなく、毎日の積み重ねや、如何に車両トラブルなく走り続けるか、また、WPM を通過していかないとペナルティが加算されるという、 “単に瞬間的に速ければ勝てる” という競技ではないからこそ、自分の性格にも合っているのだと思います。 

  

内容的には、まだまだ発展途上のレベルです。走りに関して言えば、6日目の走り方はかなり卑怯ですし、7日目も全然内容がなく、本当に素人が走っているのも同然でした。プラドが壊れなかっただけ幸いで、内容的には、完全にダメダメ自分が出ていました。内容的には不甲斐ないものばかりでしたが、自分の力+ α を出せた事、4年前の自分と比較して、ある程度スキルアップが出来た事に、満足をしています。

 砂丘の下りはゆっくりと

 今年、ようやく一競技者としてラリーに参戦出来た事で、ラリーという競技そのものを楽しく感じる様になりました。相変わらず、砂漠を高速スピードで走りたいとか、土漠を速く走りたいという気持ちは、これまで同様にありませんが、単に “オフロードを走るのが楽しかった自分” から、 “ラリーという競技そのものが楽しいと思う自分” に変化しました。

 

今年はナビさんへの遠慮から、自分自身がコマ図に触る事は皆無でした。本当は、自分自身で翌日のコースに関して押さえておきたいポイントがありましたが、とりあえず今年は、ナビゲーターの全てを一任しました。もし次回があれば、きちんと自分の中でその組み立てを行う事で、レースへのモチベーションも変わるのではないかと思います。

 

とりあえず、今年で4年後の完走を目標にした 『ファラオ4年計画』 が終わります。何とか4年間 (実際に完走をしたのは、3年目) で完走の形にする事が出来て、良かったです。

先端の尖った砂丘 これまでの
4年間、参戦に際しお世話になったスタッフの皆さん、関係各社様、個人サポーターの皆さん、本当に有難う御座いました。皆さんのお陰で、無限大の自分にチャレンジし、その夢を叶える事が出来ました。



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2009年10月10日

10月10日 Stage7 Baharija-Cairo (Total stage 395.54km SS 300.74km Tranfers 94.80km)

7日目の朝 最終日の朝を迎えました。気持ちは毎日のスタート前と同様で、 “今日も初日のつもりで、慎重に走ろう” というものでした。また、毎年のコース状況より、最終日はそれ程難しい砂丘越えはない事、後半は土漠メインとなる事、更に、昨年も制限時間内にゴールをしている事より、油断せずにマイペースで走っていけば、きちんとゴール地点に辿り着く事が出来ると分かっていました。

 

 しかし、 『何かが起こる最終日』 。ゴール目前で完走が逃げていく事は、よく聞く話です。自分の中でも、容易に想像が出来てしまいました。よって、とにかく慎重に、後悔をしない様に走ろうと、気持ちを引き締めてスタート地点を切りました。

 

 “最終日はそれ程難しいコースではない” と分かっていても、昨年、砂丘越えが怖くて、敢えて亀になり、そのまま砂堀りをして前方へ越えていく事や、越える際にやや躊躇する場面がありました。いずれも7日目で自分のスキルが上がった事もあり、5分程度の砂堀りで容易に脱出出来ました。よって、 “今日も最終日とはいえ、ちょっとした難易度の砂丘越えはあるのだろう… 。一体、今年は最終日にどんなコース設定をしたのだろう… と、これから向かうべき未知の場所に対して、ちょっとした期待と不安がありました。そして、常に、 “この瞬間の判断ミスで、取り返しのつかない事になるかも知れない。だから、後悔しない様に走らなければ。 と、戒めながら走っていました。

 

5日目の前半にブレーキが効かない症状が出始めたものの、その後は和らぎ始め、昨日は、その不具合を感じる事なく、1日走る事が出来ました。しかし、本日、ギャップ越えの多い路面になってブレーキを多用する様になると、再びブレーキが抜ける症状が出始めました。ギャップ越えの際にブレーキを踏んで減速を試みるものの、スコンと突然ブレーキが抜けてしまいました。 “あれっ!? と思う間もなく、プラドの勢いは落ちる事なく、そのままのスピードで段差に突っ込んでいってしまいました。

 

“うわっ、またブレーキが効かなくなった。これ、これからギャップだらけの路面になっていくのに、全部走れるかなぁ…。怖いなぁ…

 土漠を黙々と走行

そんな事を思いながら、速度を2段階落として走る様にしました。 “ここまできたら、制限時間内に走れなくても、とにかく無事にゴールに辿り着きたい” という思いがありました。その後も、ギャップ越えでコントロールをつける事の出来ないプラドは、幾度となく真正面から段差に突っ込んでいき、その度に、プラドのフロントにドカーン! という衝撃が走りました。

 

傍から見ると、完全に集中力の切れたドライバーか、自暴自棄になりながら走っている状態です。勿論、自分の中では、全ての瞬間を悔いのない様に、大切に過ごしていましたので、決して気持ちが切れた訳ではありませんでした。しかし、いつ車が壊れてもおかしくない、という程に、見るも無残な走りをしていました。

 

「車、壊れちゃうよ。

 

と、ナビさん。

 

「ブレーキが効かないんです。

 

と答える私。

 

かなりペースを落としながら走るものの、やはり、コントロールがつかずに段差に突っ込んで行く状況は、何度もありました。そうした体当たりの走行をしていると、ふと、ハンドルが重くなりました。

 

「タイヤ、パンクしていない?

 

と、ナビさん。

 

「んん。多分…

 

と答える私。

砂漠疾走中 すぐさまプラドを停めて、タイヤの確認をしました。案の定、左フロントタイヤをバーストさせていました。
4日目にリアタイヤをバーストさせた時には、その感覚の変化には気付きませんでしたが、今回は、明らかにハンドルが重くなった事でその変化に気付く事が出来ました。あれだけの勢いで何度もタイヤに衝撃を加えていましたので、当然の事かと思います。逆に、2本ではなく1本だけで済んだ状況に、安心をしました。

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2009年10月09日

10月9日 Stage6 Sitra-Baharija (Total stage 431.04km SS 431.04km)

 

6日目の朝 例年以上にラリー期間を “長い長い” と感じていましたが、 『ようやく』 6日目の朝を迎えました。 『ようやく』というよりは、すっかり体がラリーの環境に慣れて、調子が出てきた頃でした。 “今日は、前半勝負なので、何とか少しでも多くの事を吸収したい” そういう思いを抱きながら、6日目のスタート地点をきりました。

 

 昨夜、メカさんに対処して頂いたブレーキ関係ですが、やはり、昨日よりは少し良いものの、頼もしいブレーキは期待出来ませんでしたので、やや慎重に走行をしました。

 

この日は、自分の予想通り、スタート直後より砂丘地帯での走行が始まりました。前日、初めて走る砂丘のシチュエーションでかなり苦労をしましたので、本日も昨日の走行を復習しつつ、かなり気合を入れてハンドルを握っていきました。ところが、昨日は、かなり短いタイミングでのハンドル・アクセル操作が続きましたが、本日の砂丘は、柔らかいながらも上るまでに少し時間がありましたので、その間は細かいハンドルコントロールのみで、少しラクをしてしまいました。

 

 埋まったら再び地獄の砂堀りが待っていますので、その辺りの緊張感は変わりませんでしたが、ふと、運転をしながら、 “こんなにも必死にハンドル操作を行う事はないだろうと” と思う程に、かなり必死になっていました。そんな緊張感と集中力もあり、また、神の声 『佐伯ライン』 の誘導もあり、12回の軽いスタックのみで、前半の難所を通過しました。運転をしながら、かなり成長した自分を感じる事ができて嬉しく思う反面、実際には、この “軽いスタック” の陰には 『佐伯ライン』 の存在があり、決して自分のスキルが上達した訳ではない… という思いもありました。

 プラドの車内

 前半からかなりフカフカな路面での走行が続きましたが、 『佐伯ライン』 及び、スタックをしそうになった時の対処法、また、今回ナビさんから言われ続けた “行く先が分からないのだったら、一度高い所で停まって” という指示により、きちんとライン取りを確認しながら進む事により、スタックを回避していきました。

 

 途中、その指示通り、砂丘の尾根で停止をすると、その底で1台の車両が苦戦している姿が目に飛び込んできました。完全にスタックをしていた訳ではありませんが、お椀の底から抜け出せず、何度か旋回をして勢いをつけながら斜面を上っていきます。しかし、何度トライしても、その底から抜け出せずにいました。

 

 その様子を黙々と見続けるナビさん。暫くして、ライン取りの指示がありました。

 

 「あのラインで行くとダメだから、ここ下りたら勢い付けて、そっちの方を回ってあのラインで上っていって。

 

 と。

 

 ナビさんの指示は、よく分かりました。しかし、目の前に、お椀の底で苦戦をしている車両がいます。これから、自分もその底に突入しようとしています。そして、その後には、引き続き急斜面を上って頂上の尖った砂丘を越えていかなければなりません。どのポイントでも失敗が許されませんが、そのポイントの全てが、自分のスキル不足の領域です。きちんとしたライン取りの指示があり、その内容もきちんと理解をしましたが、失敗をする可能性大です。

 

思わず、ナビさんのライン取りのままに行って、自分がスタックをする姿が容易に想像出来てしまいました。これは、ナビさんのライン取りに問題があるのではなく、それに応えるだけのスキルを身に付けていない自分に問題がありました。

 

6日目スタート前 “多分ムリだよ… 行きたくない… 。だって、ゼッタイに埋まるもん…
 

 かなり躊躇しました。ナビさんに早く行くように急かされる事はありませんでしたが、その砂丘の尾根から再スタートをするまでに、かなりのためらいがありました。

 

 “行きたくないよぉ… 。ムリだもん… 。お椀の底で埋まるか、その先の斜面で上れなくて失敗する事くらい、分かっているじゃん…

 

 何度かそう思いながらも、意を決して、そのお椀に入っていきました。結果は… 見事 『佐伯ライン』 を有効利用して、その難所を失敗する事なく、通過していきました。

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2009年10月08日

10月8日 Stage5 Baharija-Sitra (Total stage 381.29km SS 381.29km)

プラドとテント 今年は、例年になくラリー期間が長く感じられ、前半から非常にシンドい毎日が続いていました。しかし、体力的にはようやく昨日辺りより、本調子になり始めました。クラッシュの影響か、深夜は頸部に強い痛みを感じていましたが、不思議と朝には、その症状は消失していました。

 

 本日からは、いよいよ今年のヤマ場が始まります。過去のコース設定や実際に走った感覚より、今年のラリーは、今日・明日が勝負になると思っていました。そして、昨日のクラッシュ。一度はリタイアを覚悟しましたが、幸いな事に、プラドは走行を続けてくれています。

 

“もう神様は、次のチャンスはくれないだろう。今日からは、本当に厳しいコースが待っているだろうし、とにかく今まで以上に大切に、昨年の初日の様なつもりで走ろう… そう思い、5日目のスタート地点をきりました。

 5日目スタート地点 2

前夜、ひび割れたフロントガラスにスコッチテープを貼りましたので、明らかに、視界不良の状態になっていました。それでも、 “自分のやった事だし、これからは、我慢の走りをしなければならない… そう思っていましたが、視界不良ばかりか、全くギャップが見えない状況になっていました。暫く我慢をして走っていたものの、これではギャップが見えずに危ないと思い、

 

「全然前が見えなくて危ないです。

 

と、ナビさんに伝えました。

 

スタートをして5km 程進んだ場所で一旦車両を停めて、自分の視界周囲のスコッチテープを剥がしました。本当はイケない事ですが、安全に競技参戦を続けていく為には、致し方ない事でした。

 

 その後、再スタートをして15km もいかないところでしょうか、プラドのブレーキに違和感を抱き始めました。ギャップ越えの際にブレーキを踏むものの、きちんと減速出来る場合もあれば、踏んでいる割に減速しない場合があります。最初は、 “気のせいだろう… 。ナビさんに余計な心配を増やさない方がいいだろう… と思い、ナビさんにその事実を告げる事は控えていました。 “きちんと、その事実が確実なものになった時に、伝えよう” と。

 

5日目最初の丘登り その後も、ギャップ越えの際にブレーキを踏みますが、やはり、ブレーキが抜けてしまう事がありました。挙げ句の果てには、ブレーキが効かずに、そのまま小さなギャップに突っ込んでいってしまう状況です。この時に、 “気のせい” と思っていた感覚が確実なものとなり、ナビさんに伝えました。

 

 「ブレーキが効かないんです。

 

 と。

 

 これは、 “ブレーキが効かない症状を何とかして欲しい” という意味合いではなく、ギャップ越えにも関わらず、そのまま減速をせずに突っ込んで行っている状況を、 “ギャップを見逃したり集中力が途切れたのではなく、ブレーキが効かずに突っ込んでしまうんです” という自己アピールがメインでした。ブレーキが効かないとなると、途端に様々な恐怖に襲われます。

 

“ギャップ越えが続く状況、そして、これから始まる砂丘越えの際に、どうしよう… 。もしかして、途中で舗装路にエスケープするしかないのかなぁ… 。やっぱり、今年は完走は無理かなぁ…

 

そんな不安を抱きながら、ハンドルを握っていました。そして、とにかくプラドにこれ以上の衝撃を与えない為に、速度を2段階ほど落としてダラダラ~ っとした運転をする様にしました。

 荒野に向けて

いつまでプラドがもつか分からない不安、 “一体、自分はいつまで競技参戦出来るのだろうか、いつリタイアの現実と向き合い、気持ちを整理する事になるのだろうか… そして、 “自分に優しい目を向けてくれていた神様が、いつ厳しい顔を見せるのだろうか、いつ、神様はこの現実を取り上げようとしているのだろうか…

 

そんな不安を抱えながら走っていると、コース脇で止まっている先行車両を抜かし、気付くと CP1 に到着しました。

 

CP1 は通ったけれども、今後いつまで走れるか分からないよ” そんな覚悟をしつつ、CP2 へと向かいました。

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2009年10月07日

10月7日 Stage4 Abu Mingar-Baharija (Total stage 428.71km SS 4/1 229.96km SS 4/2 86.30km  Tranfers 112.45km)

4日目の朝 前夜は23時頃から眠りに就きましたが、早朝よりかなり風が強く、テントがパタパタ、時にバタバタとなびき、その音で目覚めてしまいました。

 

 本日は、 Egyptian Grand Prix と呼ばれる横並び一斉スタートの日です。四輪が横一列に並んで一斉にスタートをし、28.65km のループコースを2周して、そのままSS に入るというものです。私は、他の競技車両とのスピード競争が好きではなく、横並びをしている時には、他車に先に行って欲しいという気持ちになります。本日も、たかだか最初のスタートで競争をするのではなく、428km という長丁場が待っているので、その距離を無事に走りたいと思っていました。

 

 スタートは、右側から前日のリザルト順に並んでいきました。私の右隣は、ゼッケン306 のエジプトお友達チームです。スタート位置に着くと、まずは大手を振って、お互いに今日も元気にスタートが出来るという合図、そして、お互いの健闘を称え合う挨拶を行いました。スタート直前、昨日のサバイバルキットの抜き打ちチェックに続いて、HANS をきちんと装着しているかのチェックがありました。オフィシャルが寄ってきて、窓越しにシートベルトの下に手を入れて、その確認をしていきました。一瞬、ドキリとしましたが、きちんと装着をしていましたので、事なきを得ました。

 4日目スタート地点より前方を見据える

 そして、いよいよ、一斉スタートの瞬間です。他の競技車両とは競わない、周囲の状況に惑わされず、自分のペースを貫く… とはいえ、やはり、緊張するものです。オフィシャルの発煙筒を合図に、スタートをしました。ところが、いざスタートがきられて、自分の左右の車両は一斉に猛スピードで走り去って行くかと思いましたが、意外にノロノロスタートの状態でした。そこで、 “えっ!? えっ!? と周囲の状況に戸惑いながら、アクセルを踏んでいきました。

 

4日目一斉スタート ガソリン車とディーゼル車が混在した状態で並んでいましたので、その速度差で、自分よりも遅い車両に対して戸惑ったのだと思います。とにもかくにも、自分が最後方にいなければならない理由はありませんので、自分のペースでSS1 をスタートしました。

 

 最初は土漠メインのコースが続きましたが、ほどなく砂丘メインのコースへと入っていきました。重い砂の中で、今にもプラドが止まってしまいそうな程に勢いを失いながらも、何とか前日までにナビさんに教えて頂いた方法でスタックを回避しながら、順調に進んでいきました。しかし、そういった走行も騙し騙しだったのでしょうか、砂漠初心者の自分にはまだまだ学ぶべき事が多くあり、103km 地点にて、本日初めてスタックをしました。

 

 砂丘の下りからややなだらかな路面を通った後に、再び次の砂丘を越えていく時です。轍のままに進んだものの、フカフカの路面でプラドは勢いを失って、そのまま沈んでしまいました。脱出作業をするものの、2m 程進んだところで、再び砂の中に埋もれてしまいました。再度気を取り直して砂堀りを行い、2回目の作業でこのエリアを抜ける事が出来ました。この脱出作業の間に、3台ほど、後続車両に抜かされていきました。

 4日目砂に埋もれたプラド

 後続車が先を越していく際には、単に彼らに無事の合図をするのではなく、彼らがどのラインで通過をしていくのか、その場所場所での車の挙動やスピードの乗り具合をみて、その先の路面状況を判断し、自分が越えていく際のイメージを作りました。20分程でこのフカフカエリアを抜け出して、次の砂丘地帯へと入っていきました。

 

本日は、ずっとフカフカ砂丘 高い砂丘の組み合わせでしたので、上りきるのにちょっとした勢いが必要な場面が何度もありました。いつも、高い砂丘越えの際には、勢い余って飛び出してしまう事はありませんが、頂上手前でアクセルを早く緩め過ぎてしまい、越えられない事がありました。昨日も、砂丘の頂上で亀になってしまったのは同じ理由で、 “いつも早くアクセルを緩めてしまう” 自分の悪い癖を直そうと、目の前の高くて頂上が柔らかい砂丘越えの際に、いつもよりもコンマ数秒、長くアクセルを踏んだ時です。意外に頂上にスペースがなくて尖っていて、そのままダイブしてしまいました。

 

顔面から着地したプラド 一瞬宙に浮いて目の前が白くなった次の瞬間、  “ドカン!   と共に、私の頭の中には、 The end の言葉、そして、 “ナビさん、大丈夫かなぁ…  

 

 その次は、自分の口の中に、血の味を感じました。

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2009年10月06日

10月6日 Stage3 Dakhla-Abu Mingar (Total stage 356.03km SS 339.11km Tranfers 16.92km)

3日目の朝 2日分の睡眠を充分に取り、すっかり気分をリフレッシュして、3日目の朝を迎えました。 前夜のブリーフィングの際に、オフィシャルより、本日は CP2 周囲の砂が非常に柔らかいというインフォメーションがありました。それを聞き、日本チームの中でも自分の中でも、 “とにかく今日は、CP2 までが勝負。CP2 さえ越えれば、あとは楽勝。3日目は終わった様なもの” という雰囲気がありました。ナビさんからも、 CP2 までが勝負だから” と、何度も発破を掛けられて、その度に、緊張感が高まっていきました。

 

 今回のナビさんは、ライン取りの指示が非常に的確で、砂丘越えのスキルのない自分でさえも、そのライン取りの指示のままに行くと、何の問題もなくクリア出来てしまう状態でした。前日も、とっさの迂回路の指示や、後半の砂丘地帯での走行では、砂丘の難易度は高くないとはいえ、プラドが重い砂に取られて勢いを失いかけた時には、ナビさんの助言でスタックを回避出来た事が、何度かありました。

 

 インカムを通してナビさんの指示を聞きながら、 “このライン取りはスゴイ! このライン取りのままに行けば、必ずスタックをしないで進める” と、思う私。次第に、その思いが、 “失敗をしてはイケない” “スタックをしたら、それは自分のスキルに問題がある” というプレッシャーになっていきました。

 ドクターヘリ

ナビさん自身は、私のレベルや今回の参戦の本質を充分に理解して頂き、最大限のサポートをして頂いていました。どんなに自分がクダラナいスタックをしても、ミスをしても、決して怒る事なく、黙々と砂を掘り、また、ナビゲーションを続けてくれました。プレッシャーを与える人でもないですが、逆に、その事が自分の中で無言のプレッシャーとなり、自然と車内の雰囲気が、 “スタックをしてはイケない” という気にさせていました。自分の中では、 “スタックをしたら、この世の終わり” くらいの緊張感がありました。

 

そこで、スタート前のビバークで、ナビさんとコミュニケーションを取ってみました。

 

CP2 の柔らかい砂丘に入る前に、 (スタックを未然に防ぐ為に) ギアをlow に入れたいんですけど…

 

と。

 

それを聞いたナビさんからは、

 

「それじゃあスピード乗らないでしょう。ライン取りだから。もし止まっている車がいたら、下りてその先を見に行くから。

 

という答えが返ってきました。

3日目スタート前のビバークで 予想外の答え、そして、神の声の様な非常に頼もしい答えに、思わず感動で涙が出そうになってしまいました。そうこうしているうちに、バイク選手から、

 

「じゃあ、夜に!

 

とか

 

「夕食を一緒に食べましょう!

 

という激励の言葉をもらい、先にスタート地点に向かっていきました。

 

私も、 “ナビさんのライン取りを信じていこう。とにかく無事にCP2を通過する事を目標にしていこう”

 

そう思い、3日目のスタート地点に向かいました。

 

本日は、8番手スタートです。トップから10番までは、2分おきのスタートとなります。参加台数がそう多くないとはいえ、ラリー初心者の自分が、一ケタの順位でスタートをしていく状況に、少々信じられない気持ちでいました。

 

 毎日スタート30分前にはスタート地点へと向かい、待機をしています。スタート直前、あと10分もなく、そろそろヘルメットを被ってスタートの準備をしよう… と思っていたところ、突然オフィシャルが近付いてきて、サバイバルキットの抜き打ちチェックに入りました。エジプトの地図やライフハンマー、牽引ロープ、ライター、発炎筒、水タンク… 等々。タダでさえ、スタート時刻が迫っているにも関わらず、それらの装備品は車内の色々な場所に収めてありました。オフィシャルに装備品の提示を求められる度にあっちこっちそっちへ移動して提示をして、本当に慌ただしかったです。特に、ラチェットでしっかりと固定されているボックスを開けて中身を出す作業は本当に時間がなく、かなり焦りました。

 

 “スタート時刻が迫っているし、そんな事をしている暇はないんですけどー!

 

 心の中でそう叫びつつも冷静に対応をして、一応、全ての検査をクリアして、慌ててヘルメットを被ってスタートの準備を行いました。

 

 “落ち着いて、落ち着いて” と、何度も心の中で言い聞かせ、気持ちを集中させた後に3日目のスタート地点をきりました。

 3日目スタート待ち

 自分の頭の中は、とにかくCP2 を無事に通過する事で一杯になっており、この事が、本日の最大の目標となっていました。スタート直後より、砂丘メインのコースでしたので、緊張感をもちながらアクセルを踏んで行きました。

 

途中、大きな砂丘越えや、かなり柔らかい砂丘越えがありました。前方の高い砂丘の頂上付近では、砂壁にへばりついている小さな車両が目に飛び込んできました。

 

 “えっ!? あんな高くて直角の所、上るの!?

 

 自分が躊躇するかしないかの間に、

 

 「あそこ上ってくよ。あの車の左側通っていって!

 

 と言うナビさん。

 

 私も迷わずナビさんのライン取りのままにアクセルを踏んだところ、何と、非力なプラドながらグングンと上っていき、あっという間にスタックをしている車両の真横を通って、スンナリと越えていきました。

 

 “スゴイっ!

 

 何の問題もなく越えてしまった自分にビックリし、また、ナビさんのライン取り指示にも感動し、改めて、四輪に於けるライン取りの大切さをつくづく感じた瞬間でした。こういった感動と柔らかい砂丘でスタックをしてはイケないというプレッシャー、緊張感の中で、難なくCP1 を通過しました。

 

3日目疾走中 1 いよいよ、 “本日の肝” と言われているCP2 周囲に近付いていきます。自分の緊張感も更に高まり、集中力も増していきました。今までに増して砂が重くなり、ハンドル操作が重くなると同時に、プラドの状態も息絶え絶え、何とか止まるか止まらないかの速度で前進を続けてくれました。自分もプラドも非常に苦しい中での走行が続きましたが、当初、 CP2 の手前の砂が非常に柔らかく、そこまでがヤマ場” と言われていましたが、気付くと苦しいながらもスタックをせずに、順調にCP2 に辿り着いてしまいました。

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2009年10月05日

10月5日 Stage2 Baharija-Dakhla (Total stage 433.47km SS 386.47km Tranfers 47.00km)

 ビバーク到着後、2日目のスタート時刻に間に合わせる為に、ナビさんと手分けをして作業を行いました。プラドに燃料を入れる為に、タンクローリーの前でプラドを停めて、お財布をナビさんに預けました。私は、前日のタイムカードをオフィシャルに渡し、2日目のコマ図を貰う為に、プラドの元を離れました。オフィシャルトラックを探している最中に、偶然にも、日本チームの拠点を発見しました。チーム2輪の皆さんは、既に、スタートの準備をしており、遠くから両手を振って近付くと、その中の1人が気付いてくれました。

 

午前様でビバークに戻って 「おぉ~っ! 帰ってきたよ!

 

 と言い、無事の帰還を迎えて頂きました。

 

 「今、帰ってきた。また埋まっちゃったよ…

 

と、手短に数時間前までの事を説明し、24時間ぶりに、日本チームの面々との再会を果たす事が出来ました。色々と積もる話は沢山ありましたが、とりあえずスタートの準備をしなければなりませんので、話半分で、タイムカードをオフィシャルに渡しに行きました。オフィシャルにも、

 

 「たった今、戻ってきました。今日もスタートします。

 

 と、話をしました。

 

 その後、2日目のコマ図を受け取り、スタート時刻を確認、ランチパックと水を受け取って、2日目のスタート準備を行いました。とりあえず、オフィシャルの大テント内で紅茶を1杯もらい、日本チームの拠点に戻りました。そして、初日開けず仕舞いだった大きな荷物の中から歯磨きセットを取り出して、歯を磨いて、気分をリフレッシュしました。

 1時間半のビバーク滞在

 そして、日本チームのスタッフより、前夜、日本チームの間で私の門限を決めるという話が出た事を聞きました。2年連続午前様 & 朝帰りの私に対して、 “夜遅くまで砂遊びし過ぎ! とか “嫁入り前の娘なのに… と。余りの素行の悪さに、 “こうなったら、門限決めるか” という話になった様です。そんなこんなで、1時間日本チームのビバークに滞在した後に、2日目のスタート地点に向かいました。

 

スタート時刻は、819分。翌朝6時半にビバークに戻ってきたにも関わらず、19台中11番目のスタートでした。かなり、慌しかったです。しかし、慌しいながらも日本チームの皆さんと話をする事が出来て、少し気分をリフレッシュさせる事が出来ました。

 

 とりあえず、スタート地点近辺にプラドを並べて、2日目のスタートをきる体勢を整えました。深夜ほどの睡魔の到来はありませんでしたが、全体的に、やや放心状態になっていました。そんな自分とは対照的に、ナビさんは車内周りを整えたり窓ガラスを拭いたりと、2日目のスタート準備をしてくれました。

 

 “今日こそは、早くビバークに帰ってきて、早目に寝よう。そうしないと、どんどんと辛くなっていくから… 。でも、昨年も、2日目はスタックせずに全コース走れたから、きっと、今年も大丈夫なハズ。

 

 と、自分の中では、根拠はありませんが、幾らかの自信がありました。そんなこんなで、ほぼ前日からプラドを走らせたままの状態で、2日目がスタートしました。プラドには前日の朝から乗ったままの状態ですが、気持ち的には2日目の新しいスタートが始まったと思い、つい数時間前までの事は全て忘れて、全てをリセットして臨みました。

 

 スタートをして7km ほど進んだところでしょうか、左手に大きな砂丘があり、そこをトライしている車両が見えました。その様子を左目で見ながらコマ図と前方を確認、再度左手を見ながらコマ図と前方を見て、

 

 「このまま真っ直ぐ行って!

 

 という、ナビさんの指示。

 

ファラオラリーのワンシーン とっさに迂回を指示しました。コマ図では、大きな高い砂丘を上る事になっていましたが、敢えてそこを越えなくても、前方に迂回と思われる轍が何本もありましたので、ナビさんはコマ図や周囲の状況を判断し、とっさに迂回路を選んだ様です。このお陰で、砂丘越えや無駄なスタック等のリスクが回避され、次のコマ図へ進む事が出来ました。

 

 スタートから100km 地点では、今ラリー初めてのドクロマークが出ました。ドクロマークは、 “非常に危険だから、気を付けて行きなさい。さもないと、命が危ないよ~ という印です。

 

 「この先、ドクロマークだから。

 

 と、ナビさん。

 

 “ドクロマーク” という指示には、いつも以上に慎重になります。かなりの緊張感を持って、その先を走る事になります。

 

 “一体、どんなドクロなのだろう…

 

 そう思い、かなり慎重に運転をしていきましたが、非常に可愛い崖下りで、一瞬で終わってしまいました。

 

 “何だぁ… 。可愛いドクロだなぁ…

 

 ちょっと拍子抜けをしながら、次のコマ図へと進みました。

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2009年10月04日

10月4日 Stage1 Cairo-Baharija (Total stage 409.82km SS 329.10km Tranfers 80.72km)

2009年スタート前のパルクフェルメ 私の3度目のファラオラリー参戦が、いよいよ始まります。

 

 今年は、昨年以上に、参戦前からラリーのリアルな夢を見ていました。夢の中でさえ、“これって、もう本番? もう今年のラリーは始まったの? と、夢だか現実だか分からない様な事が、幾度となくありました。そういう状態で本番を迎えましたので、イマイチ実感が沸かない反面、 “もう夢に魘されずに済む… 。ようやく、ラクになれる… という安堵感がありました。実感もなければ、いよいよ本番が始まるというワクワク感もなく、何の感情も持たないままで、本番を迎えました。

 2009年スタート前のピラミッドにて

 例年通り、ピラミッドの前でスタート前に写真を撮り、ポディウムを通過しました。昨年までの様に、 “これからの7日間でどんな思い出が出来るのだろう” とか “沢山の経験を積んでこよう” といった意気込みもなく、 “この淡々とした雰囲気が、何か落とし穴がある様で怖いなぁ…。 とにかく、初めてのつもりで、慎重に丁寧にいこう” と自分を戒めていました。

 

2009年のスタートポディウムの上では、競技統括者のCotto より、

 

「お昼12時頃の砂丘は、本当に本当に柔らかいから、注意してね。12時頃の砂は、凄く凄く柔らかいからね。」

 

と、繰り返し注意がありました。

 

ポディウム通過後は、56km のリエゾンでSS スタート地点へ向かいます。これも、3年間通り慣れた道で、カイロ市街を抜けてコマ図の通りに道を進みました。SS タート地点では、相変わらず実感の沸かない自分と心の準備が出来ていない自分に、少しでも現実味を与えようと、発破をかけてみました。

 

“本当に本当に、本番が始まるんだよ~。これから過酷な2009年スタート待ち世界が待っているんだよ~ と。しかし、自分自身を現実に追い付かせようとするものの、一向にその効果はありませんでした。かくして、実感の沸かないままに、とりあえず前のゼッケン番号の競技車両に続いて、プラドをスタートラインに並べました。

 

スタート後は、例年通りの土漠です。 “慣れた道” ではありますが、11つを確認する様に、慎重に走行をしました。スタートより32km 地点にて、早速の砂丘越えです。1年振りの砂丘越えという事もあり、少し緊張感を持って、越えていきました。

 

「何だ、全然大した事なかったね。

 

 と、ナビさん。

 stand21 をつけて

「そうですね、毎年この辺りで、最初の小さな砂丘越えがありますね。慣らしとして…

 

と、私。

 

その後は、再び土漠が続きました。途中、単なる土漠にも関わらず、数台の競技車両を抜かしていきました。他の競技車両がコース脇で止まっているにも関わらず、CP1CP2 と順調にコマ図を進めていく自分に、逆に違和感を抱いてしまう程で、自分の状況が少々信じられなくもありました。しかし、思わぬところで突然に、 “その時” は、やってきました。

 2009年初めてのスタック

 土漠から砂丘地帯へと突入、やや緊張感をもちながら進んでいた時の事です。砂丘と砂丘の間に、CP3 がありました。1つ目の砂丘を下りて、ふと前方を見ると、次の砂丘の上り途中にCPがありました。コントロールゾーン入口の黄色時計は通過したものの、砂丘の上り途中にある赤時計の真横で止まるのは無理! (埋まってしまう! ) と思ってアクセルを緩めた瞬間に、スタック…

 

 これは、完全に、オフィシャルの罠でした。経験豊富でラリーに熟知した選手であれば、赤時計の真横でなくても、その近くであれば、自分の止まれる場所で止まって良い、というのは常識的な事であると思います。しかし、生涯のコントロールゾーン通過回数が50回に満たない私は、まだまだ、それらを熟知していませんでした。スタンプを持つオフィシャルの真横で止まらなければならないと思っていました。

 

コントロールゾーン内で埋まったプラド 何はともあれ、砂丘の上り途中にCPがある事に驚いた私は、反射的にアクセルを緩めてスタックをしてしまいました。今年初めての砂堀りです。とりあえず、スタックをした私達を見て、オフィシャルの方が駆け寄ってくれて、CP通過のスタンプを押してくれました。

 

 脱出作業の掟通りに、まずはタイヤ周囲の砂を掘り、ジャッキで車両を上げてサンドラダーを敷いた後に、脱出を試みます。ところが、1m 進んだと思ったら、再スタックです。もう1度、気を取り直して同じ作業を行いますが、やはり、1m 進むとプラドは再び砂の中に沈んでしまいました。

 

 周囲をよくよく見渡すナビさん。それまで、上り斜面で、サンドラダーを敷いては少しずつ前進をしていましたが、

 

 「これ、少しずつ上って行くのでは無理だから、左方向に回って旋回して上って行く感じだね。だから、左方向に向かって行って。

 

 と、脱出の方向が変わりました。その後、脱出方向を左へと変えて、再々度砂堀りを行いました。

度重なるスタックに加え、脱出をするものの、12m ずつしか進まない状況。同じ視界内で、何度もスタックをする状況。正に、昨年、何度も同じ場所でスタックをしていたシーンが、そのまま蘇ってきました。

 スタート準備中

 “全く昨年と同じ状況だ… 。全然、自分は成長していないのだろうか…

 

 そんな事を考えながら、砂堀りをしていました。

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2009年10月03日

10月3日 車両引取り・書類審査・車検

 午前5時にホテルを出発し、アレキサンドリアへプラドの引き取りに行きました。

 

2009年アレキサンドリアの港にて アレキサンドリアでは2ヵ月ぶりにプラドと再会をし、つい先程まで通ってきた200km の道のりを戻りました。昨年よりも随分と高速道路の路面が改善し、走りやすさを感じましたね。3時間掛からずにホテルへ戻ってきた後は、ホテルの駐車場へ車を停めました。

 

 車検場周辺の駐車スペースに近付いてみると、昨年一緒に抜きつ抜かれつで、同じ様なペースで走っていたエジプトお友達チームの車両を発見! 思わず、彼の車両の真横に停めてしまいました。彼も、直ぐに私の存在に気付いてくれ、 “隣に停めようよ! ”と、誘導をしてくれました。そして、車外に出ると、お互いに1年振りの再会を懐かしみ、昨年の話で盛り上がりました。

 

 「昨年、お互いに抜きつ抜かれつしながら一緒に走って、楽しかったね。覚えている? 今年も一緒に走ろうね。」

 

 と。

 

 ラリーレイドで自分と同じペースで走る仲間がいる事は、非常に嬉しくもあり、また、楽しみも倍増します。一体、今年は何度、彼とコース上ですれ違うのだろうかと、昨年のシーンを思い出しながら、彼と話をしていました。

 

そんな1年振りの再会を懐かしみつつも、早速に、車検の準備をしなければなりません。まずは、書類審査会場へ向かいました。自分達の書類審査もそうですが、車検に備えてゼッケンを受け取ったり、ラリーの際の安全計器類を受け取らなければなりません。

 

 書類審査会場へ向かう途中で、またまた懐かしい顔に出会いました。今度は、昨年お世話になったエジプト人のカメラマンです。ラリー中の写真が欲しい私は、

 

 「今年は写真は撮らないの?

 

 と、聞いてみました。

 

すると、彼は、今後ツアーに出なければならないので、今年はラリーには帯同しないとの事でした。ただ、明日のスタートは来るから、また明日会おうね、と言われ、お別れをしました。

 

 そうこうしながら書類審査会場に入ると、最初のテーブルに着くや否や、

 

 「ハマグゥ~チ~!

 

 と、歓迎をして頂きました。

 

 いつも書類審査の際にお世話になっている、イタリアの女性です。3年目にして、顔と名前を覚えて頂けた事を、嬉しく思いましたね。例年通り、パスポートの確認からドライバーライセンス、チームライセンスの確認、メディカルフォームの記入をし、リストバンドやゼッケン、ランチパック券、コマ図… 等々を受け取りました。これで、書類審査は終了です。その後、同じ会場内でイリトラックやサンチネル、バリーズ、GPS等の計器類を受け取り、両手一杯の荷物を持って、プラドの元へ戻りました。

 エジプトお友達チームの横で

 戻ると同時に、車検の準備です。ナビさんは計器類を取り付け、私は、ゼッケンやオフィシャルステッカーを所定の位置に貼りました。隣りでは、お友達のエジプトチームも車検の準備をしています。

 

 私がステッカー貼りをしていると手伝ってくれ、何だか嬉しかったですね。特別、すごく手を必要としていた訳ではありませんが、色々な部分でお互いに助け合って、“こういう状況って、初めて参戦をした時には、なかった事よねぇ…。毎年参戦をしているからこそ、お友達が出来たのよね。” と、異国のお友達が出来る事によりラリーの楽しさが倍増している状況を、嬉しく思いました。

 

 計器類とステッカーを貼った後に、車検会場へ向かいます。車検では、何を指摘されるか分かりませんので、一刻も早く行って済ませたい… というのが、本音です。


車検待ちの列へ 3
年目、3回目の車検という事で、慣れた足取りで車検会場に向かいましたが、今年は、例年以上に車検場の前で車検待ちをしている競技車が多くみられました。とりあえず、最後尾車両の後ろにプラドを並べて、エンジンを切りました。いつもは、暫くすると列が進みますが、今年は、一向に進みません。

 

 “今年は、何でこんなに進まないのだろう… 。一体、車検官は何を見て、何を指摘されているのだろう… ?

 

 そう思い、車検場の中に入って車検中の様子を伺ってみました。実際には、何をしているのか、何を指摘されていているのかは分かりませんでしたが、とにかく今もうすぐ車検年は11台の検査に多くの時間を要していました。

 

 例年以上に待ち時間を要しましたが、いよいよ自分達の順番が回ってきました。

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2009年10月02日

はじめに

プラドとピラミッド 2006年に、4年後のファラオラリー完走を目標にスタートをした 『ファラオ4年計画』 も、あっという間に最終年となってしまいました。

 

 2006年。初めて国際ラリーの舞台でレイド部門に参戦し、ラリーというものを実体験しながら、砂漠走行の基礎を教えて頂きました。

 

 2007年。前年度の教えを参考に、念願の国際ラリーの舞台に立ちました。結果は、自分の経験不足ゆえ、初日に車両に致命的ダメージを与えてしまい、2日目以降、出走する事なく終わってしまいました。

 車検待ち

 2008年。前年度の失敗を最大限に生かすべく、とにかく慎重に走行をしました。11日の参戦をじっくりと味わうかの様に、毎日大切に走りました。その結果、膨大なペナルティはありましたが、何とか毎日スタート地点を通過して、ゴールのポディウムに上がる事が出来ました。

 ピラミッドとヘルメット

 そして、今年。 『ファラオ4年計画』 の最終年。 “自分の精一杯というものをラリーで出してみたい” という想いで、ナビゲーター & 現地メカニックを佐伯直哉さんにお願いし、参戦する事になりました。

 
2009年度 Team Dr.Keiko
 ドライバー 濱口敬子

 コドライバー & 現地メカニック 佐伯直哉

 チーフメカニック 渡辺由喜



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2009年10月01日

目次

はじめにプラドのボンネットとピラミッド


10
3日 車両引取り・書類審査・車検


10
4日 Stage1 Cairo-Baharija
(Total stage 409.82km
 SS 329.10km Tranfers 80.72km)


10
5日 Stage2 Baharija-Dakhla
(Total stage 433.47km
 SS 386.47km Tranfers 47.00km)


10
6日 Stage3 Dakhla-Abu Mingar
(Total stage 356.03km
 SS 39.11km Tranfers 16.92km)


10
7日 Stage4 Abu Mingar-Baharija
(Total stage 428.71km
 SS 4/1 229.96km SS 4/2 86.30km  Tranfers 112.45km)


10
8日 Stage5 Baharija-Sitra
(Total stage 381.29km
 SS 381.29km)


10
9日 Stage6 Sitra-Baharija
(Total stage 431.04km
 SS 431.04km)


ガソリンスタンドよりピラミッドを臨む10
10日 Stage7 Baharija-Cairo
(Total stage 395.54km
 SS 300.74km Tranfers 94.80km)


ファラオラリー
2009 を終えて



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