2009年10月04日
10月4日 Stage1 Cairo-Baharija (Total stage 409.82km SS 329.10km Tranfers 80.72km)
今年は、昨年以上に、参戦前からラリーのリアルな夢を見ていました。夢の中でさえ、“これって、もう本番? もう今年のラリーは始まったの? ” と、夢だか現実だか分からない様な事が、幾度となくありました。そういう状態で本番を迎えましたので、イマイチ実感が沸かない反面、 “もう夢に魘されずに済む… 。ようやく、ラクになれる… 。 ” という安堵感がありました。実感もなければ、いよいよ本番が始まるというワクワク感もなく、何の感情も持たないままで、本番を迎えました。
例年通り、ピラミッドの前でスタート前に写真を撮り、ポディウムを通過しました。昨年までの様に、 “これからの7日間でどんな思い出が出来るのだろう” とか “沢山の経験を積んでこよう” といった意気込みもなく、 “この淡々とした雰囲気が、何か落とし穴がある様で怖いなぁ…。 とにかく、初めてのつもりで、慎重に丁寧にいこう” と自分を戒めていました。
「お昼12時頃の砂丘は、本当に本当に柔らかいから、注意してね。12時頃の砂は、凄く凄く柔らかいからね。」
と、繰り返し注意がありました。
ポディウム通過後は、56km のリエゾンでSS スタート地点へ向かいます。これも、3年間通り慣れた道で、カイロ市街を抜けてコマ図の通りに道を進みました。SS スタート地点では、相変わらず実感の沸かない自分と心の準備が出来ていない自分に、少しでも現実味を与えようと、発破をかけてみました。
“本当に本当に、本番が始まるんだよ~。これから過酷な
世界が待っているんだよ~ 。 ” と。しかし、自分自身を現実に追い付かせようとするものの、一向にその効果はありませんでした。かくして、実感の沸かないままに、とりあえず前のゼッケン番号の競技車両に続いて、プラドをスタートラインに並べました。
スタート後は、例年通りの土漠です。 “慣れた道” ではありますが、1つ1つを確認する様に、慎重に走行をしました。スタートより32km 地点にて、早速の砂丘越えです。1年振りの砂丘越えという事もあり、少し緊張感を持って、越えていきました。
「何だ、全然大した事なかったね。 」
と、ナビさん。
「そうですね、毎年この辺りで、最初の小さな砂丘越えがありますね。慣らしとして… 。 」
と、私。
その後は、再び土漠が続きました。途中、単なる土漠にも関わらず、数台の競技車両を抜かしていきました。他の競技車両がコース脇で止まっているにも関わらず、CP1、CP2 と順調にコマ図を進めていく自分に、逆に違和感を抱いてしまう程で、自分の状況が少々信じられなくもありました。しかし、思わぬところで突然に、 “その時” は、やってきました。
土漠から砂丘地帯へと突入、やや緊張感をもちながら進んでいた時の事です。砂丘と砂丘の間に、CP3 がありました。1つ目の砂丘を下りて、ふと前方を見ると、次の砂丘の上り途中にCPがありました。コントロールゾーン入口の黄色時計は通過したものの、砂丘の上り途中にある赤時計の真横で止まるのは無理! (埋まってしまう! ) と思ってアクセルを緩めた瞬間に、スタック… 。
これは、完全に、オフィシャルの罠でした。経験豊富でラリーに熟知した選手であれば、赤時計の真横でなくても、その近くであれば、自分の止まれる場所で止まって良い、というのは常識的な事であると思います。しかし、生涯のコントロールゾーン通過回数が50回に満たない私は、まだまだ、それらを熟知していませんでした。スタンプを持つオフィシャルの真横で止まらなければならないと思っていました。
何はともあれ、砂丘の上り途中にCPがある事に驚いた私は、反射的にアクセルを緩めてスタックをしてしまいました。今年初めての砂堀りです。とりあえず、スタックをした私達を見て、オフィシャルの方が駆け寄ってくれて、CP通過のスタンプを押してくれました。
脱出作業の掟通りに、まずはタイヤ周囲の砂を掘り、ジャッキで車両を上げてサンドラダーを敷いた後に、脱出を試みます。ところが、1m 進んだと思ったら、再スタックです。もう1度、気を取り直して同じ作業を行いますが、やはり、1m 進むとプラドは再び砂の中に沈んでしまいました。
周囲をよくよく見渡すナビさん。それまで、上り斜面で、サンドラダーを敷いては少しずつ前進をしていましたが、
「これ、少しずつ上って行くのでは無理だから、左方向に回って旋回して上って行く感じだね。だから、左方向に向かって行って。 」
と、脱出の方向が変わりました。その後、脱出方向を左へと変えて、再々度砂堀りを行いました。
度重なるスタックに加え、脱出をするものの、1~2m ずつしか進まない状況。同じ視界内で、何度もスタックをする状況。正に、昨年、何度も同じ場所でスタックをしていたシーンが、そのまま蘇ってきました。
“全く昨年と同じ状況だ… 。全然、自分は成長していないのだろうか… 。 ”
そんな事を考えながら、砂堀りをしていました。
ふと、タイヤのエアは幾つだろうと思い、ナビさんに聞いてみました。つい少し前に、タイヤのエアを抜く音が聞こえましたので。すると、1.8キロのまま、スタート時と同じで変わっていないとの事でした。
「抜こうと思ったけど、大分時間が掛かるから、やめたんだよ。 」
と、ナビさん。
“このフカフカの状況で、1.8キロでは出られない! そりゃあ、タイヤは潜ってしまうでしょう! ”
そう判断し、エアを下げる事にしました。
一応、ナビさんの立場もありますので、断りを入れてからエア抜きをする事にしました。
「タイヤのエア、下げますよー! 」
そう言って、エアを1.2キロまで下げました。
場合により、0.8キロ程度まで下げる事もありますが、あまり下げ過ぎても後で入れる手間がありますので、とりあえず、1.2キロまで下げる事にしました。その後、ナビさんと再度脱出方向を確認して、 “今度こそ! ” の願いと共に、アクセルを踏みました。
“動いた! ”
プラドが何とか前進を始めた後は、ナビさんの指示通りに左方向に向かい、その後、勢いを失わない様にそのまま旋回をして、そのフカフカエリアを抜けました。
スタックをしてから、1時間半が経過していました。ようやく、プラドを脱出させる事が出来ました。とりあえずプラドを固い路面に停めた後に、脱出道具とナビさんのお迎えに行きました。
CP にいたスタッフが、
「 Good job! 」
と言って、ペットボトルの水を差し出してくれました。まるで、数日間水も食べ物も口にせず、砂漠を彷徨い続けた動物の様に、ゴクゴクと飲んでしまいました。
「行き過ぎだよ! すぐそこの上った所で止まればいいのに… 。移動するのに大変じゃん。 」
と、ナビさん。
私がプラドを停めた位置が、かなり遠かった様です。だって… またスタックをしたらイヤだから、走りながら、 “ここでは埋まる、ここでは埋まる… ” と思いながら走っていたら、停まった時には、かなり離れた場所になってしまいました。
何はともあれ、最初の脱出作業を無事に終えて、再びプラドに乗り込みました。その後は、本格的に砂丘地帯での走行がメインとなっていきました。それまで軽快に走っていたプラドも徐々にハンドルが重くなり、また、エンジン回転数も上がり、時に、今にも止まってしまいそうな程にスピードが落ちる事もありました。
しかし、昨年までであれば明らかにスタックをしていたと思われる場面でも、何とかスタックをせずに順調に進んで行きました。最初こそ、1時間半の大埋まりをしてしまいましたが、その後はやや危ない (スタックをしそうな) 走りながらも100km 以上を走行し、気付くとCP4、CP5 を通過していました。
予想外に順調にコマ図を進め、 “もしかして、時間内に
完走… !? ” と思っていましたが、やはり、そう簡単にファラオの優しい神様は現れませんでした。ナビさんの指示の下、コマ図を進めていきましたが、ふと前方の砂丘下でスタックをしている4輪と、その砂丘の尾根で誘導をしているバイク選手が目に入りました。
「下で埋まっているねぇ。 (バイク選手も) 誘導してくれているし。ちょっと見てくる。 」
そう言って、ナビさんはプラドを降りて、バイク選手の方へ歩いて行きました。暫くして戻ってくると、
「この下はフカフカで、皆埋まっていたって。下へ下りて行ったら出られないから、この尾根伝いに行って、左方向へなら行けるって。 」
自分でもその方向をイメージし、プラドに “止まらないでね” の思いを込めて、アクセルを踏みました。しかし、私の思いも虚しく、折角ライン取りを教えて貰ったにも関わらず、その尾根の途中でスタックをしてしまいました。自分の気持ちは、正直にプラドに伝わるものです。少し、左方向へ向かっていく際に尾根が狭くなっていて、その進行に躊躇してしまった部分がありました。
何はともあれ、ゴール手前40km 地点にて、本日2度目の脱出作業です。初回と同様の要領で脱出を試みますが、やはり、1m 進んでは、再びプラドは砂の中に沈んでしまいます。
「ここはフカフカだから、1m ずつでも少しずつ進んで行くしかないよ。 」
と、ナビさん。
再び、根気よく砂堀りをしては少しずつ進んで行く作業を繰り返しました。
“随分順調にいっていると思ったら… 。今年は、小さなスタックはないけれども、埋まると本当に大変だなぁ… 。全然出られないじゃん… 。でも、小さなスタックをしなくなったという事は、自分の腕も少しは上がっているのだろうか。他のバイク選手はどうだったのだろう、今年の初日は易しかったのかなぁ、それとも、難しかったのかなぁ… 。 ”
そんな事を考えながら、砂堀りをしていました。ふと、進んできた方向を振り返ると、先程のイタリアのバイク選手が、砂丘の陰で休んでいます。どうやらマシントラブルにて、カミオンバレー待ちをしている様です。
「 (彼の方を向いて) もう水ないんじゃないの? こっちやっているから、水あげてきて。 」
ナビさんにそう言われ、飲みかけのペットボトルを渡されました。フカフカの砂に足を取られながら彼の元へ向かい、大丈夫かと聞くと、大丈夫との答えが返ってきました。ペットボトルを差し出すと、それを受け取るや否や、そのまま一緒にプラドの方へ向かってきてくれました。そして、何と、砂堀りを手伝ってくれました。
最初のスタック場所から3回目の脱出でしょうか、尾根伝いにプラドを進ませたいものの、プラドのリアはズルズルと斜面方向に向かってズレ下がってしまいました。自分ではそうしようという気は全くありませんが、自分の意思とは関係なく、プラドはどんどんと悲惨な体勢になってしまいました。それでも、ナビさんは根気よく、次の進行方向を指示してくれました。そして、気付くと、先程まで砂堀りを手伝ってくれていたイタリアのバイク選手の姿が見えなくなっていました。
周囲は徐々に暗くなり、ナビさんが指示する方向の路面も暗闇で見え辛くなっていきました。4~5回の脱出作業を要したでしょうか、時間にして約2時間半。何とか、プラドはそのフカフカエリアから抜け出す事が出来ました。
既に周囲は真っ暗で、真ん丸い満月だけが、自分達とプラドを照らしていました。暗闇の中での砂漠走行です。プラドのライトで照らされた轍を追いかけるものの、時に、進行方向が分かり辛い状況になりました。途中までは上手く走れたものの、程なく行き場が分からなくなり、砂丘の斜面途中で車両を一時停止しました。再びナビさんが車外に出て、周囲の状況を見に行きました。
結果、
「この下 (左下のやや柔らかい砂地) に下りていくしかないね。埋まっちゃうから、勢いつけて行ってね。 」
そう言われ、そのまま左下の斜面に向かって下りていきました。
“そのまま勢いをつけて… ” そう思った瞬間に、 “ズボッ! ”
……… 。
自分の思いも虚しく、プラドは突然勢いを失って、砂の中に沈んでしまいました。
“またまた埋まった… 。これは、本当にトドメだねぇ… 。 ”
この時、初めてカミオンバレーの存在が頭を過り、また、昨年の初日の状況が頭の中で重なりました。それでも、何とか砂堀りをして、ゴールへ向かおうとしました。
「ここフカフカだから、ちょっとずつ掘って進んで行くしかないよ。 」
と、ナビさん。
真っ暗闇の中でも、脱出作業を続けました。しかし、決して、諦める… という訳ではありませんが、時間的にも、カミオンバレーの存在が強く頭の中をちらつき始めました。そうこうしているうちに、オフィシャルカーが砂丘の上を通って行きました。彼らの話によると、この近くにカミオンバレーがいるとの事でした。しかし、そのカミオンバレーが自分達の救助に来てくれるかどうかの確認は、出来ませんでした。
“カミオンバレーは近くにいる。でも、それが自分達の所に来てくれるかは、分からない。自分達がここで埋まっている、という事も、知っているかどうかは分からない” という事で、昨年の初日の経験を元に、イリトラックを使って、カミオンバレーが来てくれるかどうかの確認をしてみる事にしました。
ところが、何度本部と連絡を取ろうにも、一向に応答がありません。時刻は、20時を過ぎていました。“ご飯でも食べているのかなぁ… ” そんな事をナビさんと話しつつ、何度かイリトラックのスイッチを押してみました。しかし、応答はありませんでした。
「多分、来てくれるとは思うんですけど… 。それか、明日の朝ですかねぇ… 。いや、今晩のうちには来てくれると思うんですけど… 。 」
と、私。
「来てくれるか来ないかは分からないけど、一応、今晩は来ない事も想定して、両方の可能性を考えて、少しずつでも進んで行こうよ。 」
と、ナビさん。
“いつになったら来てくれるのだろう… 。確か、去年は23時半頃カミオンバレーが来てくれたから、その時間までは見込みがあるだろう… 。イリトラックで自分達の場所は分かってくれているから、きっと来てくれるハズ… 。 ”
不安を抱えつつも、そんな希望が、自分の心の片隅にありました。まさか、翌日スタートする事を目標に、暗闇の砂漠の中でカミオンバレーを待つとは思いませんでした。それも、2年連続… 。
少し砂堀りの手を休めて、プラドの横で横になっていた時です。遠くで、かすかにエンジン音が聞こえました。
「何か、音がしません!? 気のせい!? 」
そうナビさんに問いかけてみました。
音はするものの、車のライトは見えません。もう少し確信を持ちたいと思い、更にその音を聞こうと、集中してみました。ところが、何も聞こえません。
“空耳だったのかなぁ… 。そんなに直ぐには来ないかぁ… 。 ”
少し落胆しつつも、再びプラドの横で寝転がりながら、星の散らばる夜空を眺めていました。すると、暫くして、再び遠くでエンジン音がしているのが聞こえました。今度は2度目ですので、前回よりも確信を持つ事が出来ました。
「やっぱり、カミオンバレー、来ていますよねぇ… 。 」
と、私。
「来ているけど、遠ざかっているんじゃない? 」
と、ナビさん。
昨年もそうでしたが、カミオンバレーが来た事を確信するのは、砂丘の頂上から、眩し過ぎる程のライトで自分達を照らされた時です。
“早くカミオンバレーのライト、来ないかなぁ… 。 ”
そんな事を思いつつ待っていると…
来ました!
カミオンバレーが、プラドの救出に来てくれました。昨年の経験もありますので、それ程の “やっと生還出来る” という感動はありませんでしたが、きちんと助けに来てくれた事、そして、これで翌日のスタート地点に立てるという事を確信して、安心しました。カミオンバレーが到着をしたのは、夜11時45分頃。それから、周囲の状況を見つつ、プラドをフカフカの路面から出す事になりました。
まずは、牽引ロープとカミオンバレーのウインチを繋いで、少しずつ、そのフカフカエリアから引きずり出してもらいました。その後、カミオンバレーは先程のイタリア選手のバイクを引き上げてくるので、その場で待っていて… 戻ってきたら、一緒にビバークに戻ろうと言われました。
暫く待っていると、カミオンバレーが戻ってきました。バイクが停まっている周囲の砂は柔らかく、今夜はバイクを引き上げる事が出来ないとの事。とりあえず、2台でフカフカエリアを抜け出して、固い路面へと移動しました。そして、カミオンバレーは砂丘で1泊し、翌朝、バイクを引き上げに行くとの事でした。
「自分達はここで1泊して、翌朝バイクを引き上げてからビバークに行くけど、一緒にここで泊まっていく? 」
と、聞かれました。
すかさず、自分は翌日もスタートをしたい、だから、ビバークへ戻りたいと伝えました。すると、再びカミオンバレーは私達を残して暗闇の中へと消えていきました。どれ程の時間が経ったでしょうか、ナビさんと会話をする事もなく、沈黙の時間が流れました。
“カミオンバレー、何処行っちゃったのだろう… 。 ”
そう思いながら待っていると、ようやく、戻ってきました。
「ここから舗装路まで30km だから、このままビバークへ向かって。もう固い路面だけだから、大丈夫だよ。柔らかい砂地はないから。 」
そう言われました。
しかし、GPS の所持はレギュレーション上も禁じられていますので、所持していません。オフィシャルのGPS を解除する事も、出来ません。すると、オフィシャルがGPS を貸してくれ、それでビバークに戻るように言われました。時刻は、2時半を過ぎていました。
カミオンバレーの2人のスタッフにお礼を言い、GPS とナビさんの指示の下、プラドでの移動を再開しました。
“明日、スタート地点に立つ為に、早くビバークへ戻らなければ… 。 ”
焦りはありませんでしたが、当時の自分の頭の中は、 “早くビバークに戻って睡眠を取る事” に集中していました。カミオンバレーの轍を逆走で辿り、ビバーク方向へ向かうものの、暗闇と日中の砂堀りの疲労で、次第に眠気が襲ってくる状況になりました。
“眠い、眠い… 。 ”
目をシバシバさせつつ、必死に睡魔と闘いますが、眠くて眠くて辛い… 。疲れではなく、睡魔が辛い状況になりました。
「あとどれ位ですか? 」
ナビさんに向かって、そう聞き返す事が多くなりました。自分の中でも、そう聞く事によって、自分がシンドイ状況にある事をナビさんに悟られてしまうと思い、ずっとずっと、その言葉を発するのを我慢していました。しかし、自分の眠気もピークに達していました。
“眠い、眠い… 。でも、明日スタートをする為に、頑張ってビバークに戻らなければ… 。 しっかりしなきゃ! ”
そう言い聞かせながら、走っていました。ところが、ナビさんの指示の下、ビバーク方向に向かうものの、暗闇で、安全なルートが見出せません。睡魔と闘いつつ、黙々と暗闇の中でプラドを進ませますが、一向に舗装路に突き当たりません。次第に、GPS と轍を追いかけていくと、断崖絶壁にぶち当たる状況になりました。GPS でビバークの方向は分かるものの、その眼前は丘の上で、その先は断崖絶壁です。誤ってそのまま進めば、プラドごと、数10m 落下します。すぐにUターンをして来た道を戻るものの、その方向は、ビバークとは反対です。
既に、お約束の “舗装路まで30km ” は、とっくのとうに過ぎている状況でした。それでも、何とかビバークに戻らなければ… と、ナビさんの指示の下、プラドのアクセルを踏みました。周囲は真っ暗で、唯一、進行方向をプラドのライトが照らしています。日中の度重なる砂堀りで、体力的には問題ないものの、やはり、頭の中は眠気で一杯でした。周囲の暗闇も、自分の睡魔を増幅させていきました。
“眠い… 。でも、ビバークに戻らないと… 。あと10km だから、頑張ろう… 。 ”
そう思い、必死に睡魔を取り払おうとするものの、自分の想いよりも、周囲の暗闇の方が完全に勝っていました。そのシンドイ状況をナビさんが察したのか、
「大丈夫? 少し休んで行く? 」
と、言われました。
最初はその言葉を否定する気力があったものの、次第に自分の眠気も限界となり、何度目かの問い掛けの際には、遂に肯定をする事となりました。
「10分間だけ休みを下さい。 」
そう言って、プラドから下りて、そのまま横になりました。
何分横になっていたかは分かりませんが、少し仮眠を取った後に再びプラドに乗り込んで、ビバークへ向けて出発しました。本当に本当に、長い長い30km (実際には、それ以上の距離を移動していましたね) でした。
その後もナビさんの指示の下にプラドを走らせるものの、やはり、一向に舗装路には辿り着きません。少し仮眠を取ったものの、やはり、暗闇の中では人間の生理現象として、睡魔が襲ってきます。何度も何度も、Uターンをしては断崖絶壁にぶち当たり、再びUターンをする状況… 。同じ道を、何度も何度も往復をして… 。
この状況に、最初に音を上げたのが、私です。
“頭の中は眠気で一杯、でも、何とか明日のスタートには間に合わせて、ビバークに戻りたい… 。でも、暗闇の中で、道が見えない、行く方向すら、分からない… 。明日1日走る為には、仮眠も取りたいし… 。この、周囲が見えない状況の中で、無駄にプラドを走らせても、燃料の無駄だし、体力の無駄… 。少しでも体力を温存した方がいいし、周囲が明るくなるまで仮眠を取って、周りが見える様になってからビバークへ向かう方がいいんじゃないかなぁ… 。 ”
そう思いつつも、暫くその想いは口には出さずに、黙々とナビさんの指示の下、プラドを走らせました。しかし、遂に、自分の想いを心の中に留めておくよりも、口に出す方が勝る状況になりました。
「このまま移動していてもよく分からないから、明るくなるのを待って、それから移動するのではダメですかぁ…? 明るくなれば、周囲も見えるでしょうし… 。あと2時間くらいすれば、明るくなるだろうし… 。 」
と、少々遠慮気味に話してみました。
暫くの沈黙の後、ナビさんが、
「うーーーん… 。でも、GPS のバッテリーがいつまでもつか分からないし… 。これ ( GPS ) がなくなったら、本当に方向が分からなくなるし… 。 」
と。
そう言われては、返す言葉もありませんし、2人で競技をしている以上、それに反論をするつもりもありませんでした。そのままナビさんの指示の下、再び黙々とプラドを走らせました。それからどれ程の時間が経ったかは分かりませんが、遂に、ナビさんが言いました。
「明るくなるのを待ってから移動しようか… 。 」
ようやくナビさんがそう決断をし、ようやくよくやく、プラドのエンジンを止めて休む事が出来ました。時刻は、明け方4時半を過ぎていました。
“仮眠を取りたい” などと言っても、普段から眠りの浅い私が、爆睡出来る訳もありません。隣りでは、ナビさんが寝息を立てて寝ています。私は非常に浅い眠りながらも、ほんの一瞬だけ、眠りに就く事が出来ました。
ふと目を覚ますと、周囲はうっすらと明るくなっていました。時刻は、5時20分。40分程の仮眠でした。隣りで寝ているナビさんを起こしてみました。
「少し明るくなってきましたけど… 。もう少し明るくなってから出発しますか? 」
と。
「うーーーん… 。Zzzzz … 。 」
暫くしてナビさんも目を覚まし、再びビバークへ向けて出発しました。明るくなると、周囲も良く見えますので、程なく前方に舗装路を見付ける事が出来ました。
“おぉ~っ …。 やっと舗装路だぁ… 。 ”
長い長い30km でした。舗装路を見付けた時には、ようやくこの世に生還をした様な気分になりました。
“今日もスタートをしたい。自分のスタート時間は、一体、何時だろう… 。スタート時刻に間に合うかなぁ… 。 ”
そう思いながら、一路、ビバークへ向けてプラドを走らせました。
ビバークへ着いたのは、午前6時半。遠くにビバークのテントが見えた時には、ようやく戻ってきたという安堵感がありました。
こうして、昨年以上に長く、そして、沢山のドラマのあった初日が終わりました。しかし、安心したりホッとしている場合ではありません。2日目のスタート時間に間に合うように、諸々、準備をしなければなりません。今度は、時間との闘いが始まりました。













