10月5日 Stage2 Baharija-Dakhla (Total stage 433.47km SS 386.47km Tranfers 47.00km)10月7日 Stage4 Abu Mingar-Baharija (Total stage 428.71km SS 4/1 229.96km SS 4/2 86.30km  Tranfers 112.45km)

2009年10月06日

10月6日 Stage3 Dakhla-Abu Mingar (Total stage 356.03km SS 339.11km Tranfers 16.92km)

3日目の朝 2日分の睡眠を充分に取り、すっかり気分をリフレッシュして、3日目の朝を迎えました。 前夜のブリーフィングの際に、オフィシャルより、本日は CP2 周囲の砂が非常に柔らかいというインフォメーションがありました。それを聞き、日本チームの中でも自分の中でも、 “とにかく今日は、CP2 までが勝負。CP2 さえ越えれば、あとは楽勝。3日目は終わった様なもの” という雰囲気がありました。ナビさんからも、 CP2 までが勝負だから” と、何度も発破を掛けられて、その度に、緊張感が高まっていきました。

 

 今回のナビさんは、ライン取りの指示が非常に的確で、砂丘越えのスキルのない自分でさえも、そのライン取りの指示のままに行くと、何の問題もなくクリア出来てしまう状態でした。前日も、とっさの迂回路の指示や、後半の砂丘地帯での走行では、砂丘の難易度は高くないとはいえ、プラドが重い砂に取られて勢いを失いかけた時には、ナビさんの助言でスタックを回避出来た事が、何度かありました。

 

 インカムを通してナビさんの指示を聞きながら、 “このライン取りはスゴイ! このライン取りのままに行けば、必ずスタックをしないで進める” と、思う私。次第に、その思いが、 “失敗をしてはイケない” “スタックをしたら、それは自分のスキルに問題がある” というプレッシャーになっていきました。

 ドクターヘリ

ナビさん自身は、私のレベルや今回の参戦の本質を充分に理解して頂き、最大限のサポートをして頂いていました。どんなに自分がクダラナいスタックをしても、ミスをしても、決して怒る事なく、黙々と砂を掘り、また、ナビゲーションを続けてくれました。プレッシャーを与える人でもないですが、逆に、その事が自分の中で無言のプレッシャーとなり、自然と車内の雰囲気が、 “スタックをしてはイケない” という気にさせていました。自分の中では、 “スタックをしたら、この世の終わり” くらいの緊張感がありました。

 

そこで、スタート前のビバークで、ナビさんとコミュニケーションを取ってみました。

 

CP2 の柔らかい砂丘に入る前に、 (スタックを未然に防ぐ為に) ギアをlow に入れたいんですけど…

 

と。

 

それを聞いたナビさんからは、

 

「それじゃあスピード乗らないでしょう。ライン取りだから。もし止まっている車がいたら、下りてその先を見に行くから。

 

という答えが返ってきました。

3日目スタート前のビバークで 予想外の答え、そして、神の声の様な非常に頼もしい答えに、思わず感動で涙が出そうになってしまいました。そうこうしているうちに、バイク選手から、

 

「じゃあ、夜に!

 

とか

 

「夕食を一緒に食べましょう!

 

という激励の言葉をもらい、先にスタート地点に向かっていきました。

 

私も、 “ナビさんのライン取りを信じていこう。とにかく無事にCP2を通過する事を目標にしていこう”

 

そう思い、3日目のスタート地点に向かいました。

 

本日は、8番手スタートです。トップから10番までは、2分おきのスタートとなります。参加台数がそう多くないとはいえ、ラリー初心者の自分が、一ケタの順位でスタートをしていく状況に、少々信じられない気持ちでいました。

 

 毎日スタート30分前にはスタート地点へと向かい、待機をしています。スタート直前、あと10分もなく、そろそろヘルメットを被ってスタートの準備をしよう… と思っていたところ、突然オフィシャルが近付いてきて、サバイバルキットの抜き打ちチェックに入りました。エジプトの地図やライフハンマー、牽引ロープ、ライター、発炎筒、水タンク… 等々。タダでさえ、スタート時刻が迫っているにも関わらず、それらの装備品は車内の色々な場所に収めてありました。オフィシャルに装備品の提示を求められる度にあっちこっちそっちへ移動して提示をして、本当に慌ただしかったです。特に、ラチェットでしっかりと固定されているボックスを開けて中身を出す作業は本当に時間がなく、かなり焦りました。

 

 “スタート時刻が迫っているし、そんな事をしている暇はないんですけどー!

 

 心の中でそう叫びつつも冷静に対応をして、一応、全ての検査をクリアして、慌ててヘルメットを被ってスタートの準備を行いました。

 

 “落ち着いて、落ち着いて” と、何度も心の中で言い聞かせ、気持ちを集中させた後に3日目のスタート地点をきりました。

 3日目スタート待ち

 自分の頭の中は、とにかくCP2 を無事に通過する事で一杯になっており、この事が、本日の最大の目標となっていました。スタート直後より、砂丘メインのコースでしたので、緊張感をもちながらアクセルを踏んで行きました。

 

途中、大きな砂丘越えや、かなり柔らかい砂丘越えがありました。前方の高い砂丘の頂上付近では、砂壁にへばりついている小さな車両が目に飛び込んできました。

 

 “えっ!? あんな高くて直角の所、上るの!?

 

 自分が躊躇するかしないかの間に、

 

 「あそこ上ってくよ。あの車の左側通っていって!

 

 と言うナビさん。

 

 私も迷わずナビさんのライン取りのままにアクセルを踏んだところ、何と、非力なプラドながらグングンと上っていき、あっという間にスタックをしている車両の真横を通って、スンナリと越えていきました。

 

 “スゴイっ!

 

 何の問題もなく越えてしまった自分にビックリし、また、ナビさんのライン取り指示にも感動し、改めて、四輪に於けるライン取りの大切さをつくづく感じた瞬間でした。こういった感動と柔らかい砂丘でスタックをしてはイケないというプレッシャー、緊張感の中で、難なくCP1 を通過しました。

 

3日目疾走中 1 いよいよ、 “本日の肝” と言われているCP2 周囲に近付いていきます。自分の緊張感も更に高まり、集中力も増していきました。今までに増して砂が重くなり、ハンドル操作が重くなると同時に、プラドの状態も息絶え絶え、何とか止まるか止まらないかの速度で前進を続けてくれました。自分もプラドも非常に苦しい中での走行が続きましたが、当初、 CP2 の手前の砂が非常に柔らかく、そこまでがヤマ場” と言われていましたが、気付くと苦しいながらもスタックをせずに、順調にCP2 に辿り着いてしまいました。



3日目疾走中 4“あれっ!?!? 本日のヤマだの肝だの言われていた最大の難所は、もう通過しちゃったの!?!?

 

 そう思いながら、CP2 を通過しました。

 

 ふとオフィシャルのトラックを見ると、その前でスタッフと話をしている日本チームのアシスタンススタッフを発見! 私が、これ程早い時間にCP を通過すると思っていなかったのでしょうか、スタッフとの話に夢中になっていて、全然プラドの存在に気付いてもらえませんでした。慌ててホーンを鳴らしてみましたが、結局気付いてもらえず、そのままCP3 へと向かいました。

 

 “CP2 までがヤマ場” と言われていながら、そこまでを難なく通過してしまい、少し拍子抜けの状態でしたが、実は、CP2 の先に、オフィシャルが前日のブリーフィングで言っていた “本日のヤマ場” が待っていました。

 

CP2 の通過と同時に、それまで柔らかかった砂質が更に柔らかくなり、非力なプラドは、いよいよ勢いを失いそうになりました。その度に、ナビさんから

 

 「ハンドル大きく右に切ってごらん… 。左に大きく切ってごらん…

 

 と、スタックをしない為に、細かな指示が飛びました。

 

 “プラドも自分もキツイ… 。もう力がなくて、止まりそう… 。でも、ここで止まったら終わりだ… 。苦しい… 何とか止まらないで…

 

 そんな事を思いながら、ナビさんの指示受けに必死になっていました。高い砂丘を越え、急勾配の砂丘を下りたと思ったら再び上り… そんな事が、何回か繰り返されました。

 

 “これが、本日のヤマ場なのね…

 

3日目疾走中 3 そんな事を思いながら走っていました。

 

 このフカフカエリアは2.5km 程続いたでしょうか、何とかスタックをせずに、無事にその一帯から抜け出す事が出来ました。その一帯を抜け出した事は、砂質が変わった事で分かりましたので、思わず、

 

 「あぁ~っ… 。緊張したぁ~… 。怖かった… 。本当に、怖かった…

 

 思わず、本音が出てしまいました。

 

 このエリアを通過する際には、今までにない程の緊張感がありましたし、集中力もありました。しかし、細かな 『佐伯ライン』 のお陰で、何とか無事に通過する事が出来ました。昨年までの自分だったら、間違いなくスタックをしていましたし、数時間、抜け出せなかったと思います。ここを抜け出せた時には、『佐伯ライン』 にちょっと感動をしていました。

 

 しかし、初心者の自分には、 “本日の肝” 以降にも、23つヤマ場があると思いましたので、ナビさんにもそう話していました。

 

 「本日の肝は越えたけど、自分の場合は、この後にも23つヤマ場があると思います。

 

 と。

 

 自分でも、一瞬緊張感が解けましたが、再度気を引き締めて、コマ図を進めました。自分の “初心者なので、そう簡単に上手くいく訳はない。これから23つヤマ場があるハズ” という予感はその通りで、スタートから約150km 地点にて、本日最初のスタックがありました。

 プラドにつられてスタック

高い砂丘を越える際に飛んでしまう恐怖があり、少し早めにアクセルを緩めてしまい、亀になってしまいました。この場面は、ナビさんのライン取り指示ではなく、完全に、自分のスキル (度胸) 不足でした。

 

 “申し訳ない…

 

 『佐伯ライン』 をもってしても、きちんと走る事が出来ない自分に、ナビさんに対して申し訳ない気持ちで一杯でした。

 

暫く脱出作業をしていると、私が高い砂丘のトップで亀になっているのを後続車両が見てビックリしたのでしょうか、次々に、私の横、少し下 (上り斜面の途中) 、砂丘を下りた先… 、私の周囲で次々に四輪がスタックしていきました。56台はスタックしていたでしょうか。連鎖反応ですね。

 砂堀りをしながらナビさんに、

 

 「私のスタックを見て、みんな埋まっていきましたね。

 

 と話をしたところ、

 

 「ヒトの不幸を笑うでないの。

 

 と、言われてしまいました。

 プラドの周囲でスタック発生

 特に、何かをけしかけようと企んだ訳ではありませんが、昨年は、自分は常に後方集団を走っていましたので、競技中にすれ違う車両も、限られていました。しかし、今年は、自分が四輪の中でも真ん中辺りを走っていましたので、スタックをしていると、他の競技車両に抜かされていく事がありました。今回も、自分がスタックをしていたら、次々に後続車両が集まってきましたので、 “自分のスキルも、他の選手と同じ位に上達してきた” と感じる事ができ、その事を嬉しく思っていました。

 脱出の前には、ナビさんと、脱出後のライン取りとプラドを何処で停めるかを入念に確認します。自分達が向かう進行方向でスタックをしている車両も
3台ほどいました。

 

「あそこで1台埋まっているから、あそこには行ってはイケないから… 。そっちの方も、1台埋まっているから、相当フカフカだから。でも、あのラインで行くしかないから、あの辺り、気を付けてね。でも、とりあえず下で停まって。 

 脱出後に再スタック

ナビさんは周囲の状況を確認の後、砂丘を下りた下でプラドを停める様に指示がありました。何とか亀さんプラドを脱出し、ナビさんの指示通りに下で停めたところ、何と、再びその場でスタックをしてしまいました。この一帯が相当フカフカな様で、再度脱出作業を行った後に、プラドを脱出させました。

 

ナビさんからの指示は、

 

「停まれる所で停まって。この一帯、ずっとフカフカだから、行ける所まで行っちゃって。

 

というものでした。

 

何とか最初のスタックから1時間ちょっとで、このエリアを抜け出す事が出来ました。炎天下での脱出作業は、非常に多くの体力・根気を必要とします。砂がサラサラ過ぎて、掘ったそばから次々に、また元の位置に砂が戻っていく状況です。プラドの真上から太陽がジリジリと照り付け、風が吹く事もありません。昨年も、数えきれない程のスタックを経験し、その度に根気よく砂堀りを続け、ゴールへ向かいました。昨年は、これ程までに砂堀りがシンドイと感じた事はありませんでしたが、とにかく今年は、砂堀りがシンドくてシンドくて、たまらない状況でした。しかし、ひとたび脱出作業を終えて再び砂漠での走行を始めると、非常に快適で楽しいひと時が待っています。

 

“ようやくラクになれる…

 

そんな事を思いながら、走行を始めました。

 

2009年亀さんプラド 最初のスタックから120km ほど進んだところです。それまで、大きな砂丘、小さな砂丘、11つの砂丘をスタックしない様に、集中して越えていきましたが、再びスタックをしてしまいました。状況は、1回目のスタックと同様で、高い砂丘を越える際に頂上での幅が分からず、そろそろ下りになると思いアクセルを緩めたところ、そのままスタックをしてしまいました。

 

 実は、頂上はなだらかになっていて、そう早くアクセルを緩めなくても、充分に幅がある状況でした。しかし、プラドの外に出て確認をすると非常に良く分かりますが、運転席からの限られた視界では、頂上にどれ程の幅があるのか、頂上の先がどの程度落ちているのかは、全く分かりません。同じ様なシチュエーションで2回も連続して同じ失敗をした事に、自分の成長のなさを実感した瞬間でした。

 

 とにもかくにも、早くゴールに向かいたいですので、再び脱出作業をして、10分で再スタートをきりました。再スタートをしてからも、依然、砂丘地帯が続きました。その度に、インカムから聞こえる 『佐伯ライン』 に誘導されて、11つ、丁寧に砂丘を越えていきました。

 下りられないプラド

 30km ほど進んだところで、オンコース上の砂丘で止まっている2台のクワドが目に飛び込んできました。

 

 「あれっ!? 進めないじゃん。クワドがいて通れないねぇ。

 

 と言うナビさん。すぐに、

 

 「ちょっと見てくる。

 

 そう言い残し、クワドの方へ近付いていきました。そして、彼らと何か話した後に、クワドが上りきれずにいる砂丘の頂上まで上って、周囲を見渡していました。助手席に戻ってくると、すぐに指示がありました。

 

 「あそこ通れないから、このまま真っ直ぐ行って、そこ越えて。

 

 と。

 

3日目疾走中 2 目の前を小さな砂丘の壁で遮られていましたので、その先をどう進むのか、自分の中では全く分からず、半信半疑でやや不安を抱えた状態で、ナビさんの指示通り、小さな砂丘を越えました。越えた先では、もう1台、四輪がスタックをしていました。全然隠れて見えない状態でしたので、この光景が目に飛び込んできた時には、一瞬、ビックリしました。そして、越えた先をどうするのか (どう行くのか) 分からない私は、

 

 “でっ!? でっ!? で、どうするの!?!?

 

 状態で、アクセルも踏めずにいましたが、ほどなく、

 

「そのまま右行って。で、そこ越えて。

 

 というナビさんの指示通りに、プラドを進ませました。

 

 ナビさんの指示は非常に分かりやすく、常にナビさんがどう誘導をしたいのか、どこのラインを通らせたいのかが分かる状況でしたが、唯一、この時だけは、ナビさんがどういうルートを考えているのかが分からず、不安な状態でアクセルを踏む事になりました。この場面では、よく分からない状態でアクセルを踏んでいましたが、結果的にはナビさんの素敵な迂回路のお陰で、難なく次のコマ図へと進む事が出来ました。

 通ってきた道を振り返って

 その後も順調にコマ図を進めていると、ふとサンチネルが鳴りました。

 

 “もしかして、追い越し車両が来ている?

 

 そう思い、サイドミラーを見てみましたが、後続車両の姿を確認する事は出来ませんでした。サンチネルは、前走する車両を追い越す際に、安全な追い越しをする為に鳴らずブザーで、追い越しをかけようとする車がブザーを押すと、それが前走車に反響するシステムになっています。或いは、クラッシュをしたり、周囲から見えない場所でスタックをしてしまった場合には、指定ボタンを2個同時に押すと、その車両の半径500m 以内に近付いた車両のブザーが鳴るシステムになっています。

 

 “ 後続車両が見えない… とすると、前方で競技車両が止まっている???

 

 と、頭が ??? の状態で、アクセルを踏んでいきました。すると、砂丘の頂上に人が立っていて、誘導をしていました。彼は、 “この線からこっちは、ダメ。そちら側を通って。 というジェスチャーをしていました。その誘導のままにアクセルを踏んでいくと、右手方向で、砂丘が2個連なった谷間に2台の車両が埋まっていて、脱出作業をしている姿が目に飛び込んできました。

 

 “うわっ! 危ない! もしサンチネルがなかったら、知らずにこの車両に突っ込んで行ったわ…

 

 自分が通っていたラインもフカフカで、今にも埋まりそうな状況になりましたが、何とかスタックをせずに、その場所を通過しました。こうして、339km SS を無事に終了し、ゴール地点を通過しました。

 

3日目クラシック部門の車両 この日は、 “本日の肝” と言われていたCP2 周囲の難所をスタックなく通過しましたが、その後、少々埋まってしまいましたので、11番でゴールをしました。まだまだ前半戦ですが、2日目・3日目と全コースを走り、また、制限時間内にゴールをしている状況にちょっと感動し、そして、インカムを通して聞こえる 『佐伯ライン』 には、かなり感動していました。

 

昨年であれば、明らかにスタックをしていた場面でも、今年は、難なく普通に越えて行く事が出来ました。また、競技車両が本コースを塞いでいる状況からの迂回路の指示や、フカフカ砂丘の頂上付近でスタックをしている四輪を避けながら行くライン取りの指示には、本当に感動していました。ナビさんの指示には、自分の運転スキルを遥かに大きくカバーするだけのものがありました。

 

 本日は、走行途中より、プラドのハンドルがやや右向きになっている事に気付いていました。最初は、気のせい… と思っていましたが、何度確認をしても、やはり、ハンドルが少し右に向いている状況は変わらず、走行途中より、その事実をナビさんに伝えていました。

 

 今年は、珍しく3日目終了時点まで、ギャップ越えに失敗をする事なく、また、プラドの足に衝撃を加える事なく、静かに走行をしていました。ところが、激しい衝撃はないものの、連日の悪路走行での衝撃が積み重なり、もともと曲がっていたフレームに更に負担が掛かってしまった様です。

3日目整備前 ビバークへ到着後、冷たいコーラとビールで体を休めた後に、プラドの足回りをチェックして頂く事になりました。整備場所にシートを敷いて、整備の準備を始めた時です。

 

 「燃料を入れるの、明日の朝でもいい? それとも、今日中に入れたい?

 

 と、ナビさん。

 

 過去に、タンクローリーの燃料がなくなって、給油が出来なかった事がありますので、万が一、翌日の朝に慌てるのはイヤだと思いました。

 

 「出来れば、今日中に入れたいです。明日の朝はゆっくりしたいし…

 

 と、私。

 

 「一度バラしたら、明日の朝まで掛かるかも知れないから、今入れに行こうか。

 3日目給油中

 という事で、一度整備体制に入るものの、再度プラドに乗って、燃料を入れに行きました。

 

 その後、タイヤを外して、本格的な整備に入りました。メカニック的な事が何も出来ない私は、とにかくメカさんの近くにいて、必要な物をすぐに取れる様に、また、すぐに対応が出来る様に、スタンバイしていました。

 

 ドキドキの診断結果は、足回りに異常はないけれども、フレームが限界にきているとの事でした。色々色々説明して頂いた後に、ハンドルを真っ直ぐの状態にして頂きました。その後、エンジンオイルの補充とエアエレメントの交換をして、念の為、近くの舗装路を走行しました。プラドが真っ直ぐに走る事を確認し、ハンドルを真っ直ぐの位置に再調整して、1時間ちょっとでプラドの整備を終えました。

3日目整備中 もし、メカさんがいなければ、明日以降も不安を抱えた状態で走る事になります。しかし、こうして現場で可能な限りの処置をして頂いて、翌日以降も不安を残す事なく走行する事が出来ます。こういう状況を、本当に有難いと思いましたし、
“明日も慎重に走行をして、ゴールに繋げたい” と思いました。同時に、まだラリーの3日目が終わったに過ぎないという現状に、 “今年のファラオは長いなぁ… 。まだ半分以上残っているんだ… と、ラリーの長さを感じていました。



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10月5日 Stage2 Baharija-Dakhla (Total stage 433.47km SS 386.47km Tranfers 47.00km)10月7日 Stage4 Abu Mingar-Baharija (Total stage 428.71km SS 4/1 229.96km SS 4/2 86.30km  Tranfers 112.45km)