2009年10月09日
10月9日 Stage6 Sitra-Baharija (Total stage 431.04km SS 431.04km)
例年以上にラリー期間を “長い長い” と感じていましたが、 『ようやく』 6日目の朝を迎えました。 『ようやく』というよりは、すっかり体がラリーの環境に慣れて、調子が出てきた頃でした。 “今日は、前半勝負なので、何とか少しでも多くの事を吸収したい” そういう思いを抱きながら、6日目のスタート地点をきりました。
昨夜、メカさんに対処して頂いたブレーキ関係ですが、やはり、昨日よりは少し良いものの、頼もしいブレーキは期待出来ませんでしたので、やや慎重に走行をしました。
この日は、自分の予想通り、スタート直後より砂丘地帯での走行が始まりました。前日、初めて走る砂丘のシチュエーションでかなり苦労をしましたので、本日も昨日の走行を復習しつつ、かなり気合を入れてハンドルを握っていきました。ところが、昨日は、かなり短いタイミングでのハンドル・アクセル操作が続きましたが、本日の砂丘は、柔らかいながらも上るまでに少し時間がありましたので、その間は細かいハンドルコントロールのみで、少しラクをしてしまいました。
埋まったら再び地獄の砂堀りが待っていますので、その辺りの緊張感は変わりませんでしたが、ふと、運転をしながら、 “こんなにも必死にハンドル操作を行う事はないだろうと” と思う程に、かなり必死になっていました。そんな緊張感と集中力もあり、また、神の声 『佐伯ライン』 の誘導もあり、1~2回の軽いスタックのみで、前半の難所を通過しました。運転をしながら、かなり成長した自分を感じる事ができて嬉しく思う反面、実際には、この “軽いスタック” の陰には 『佐伯ライン』 の存在があり、決して自分のスキルが上達した訳ではない… という思いもありました。
前半からかなりフカフカな路面での走行が続きましたが、 『佐伯ライン』 及び、スタックをしそうになった時の対処法、また、今回ナビさんから言われ続けた “行く先が分からないのだったら、一度高い所で停まって” という指示により、きちんとライン取りを確認しながら進む事により、スタックを回避していきました。
途中、その指示通り、砂丘の尾根で停止をすると、その底で1台の車両が苦戦している姿が目に飛び込んできました。完全にスタックをしていた訳ではありませんが、お椀の底から抜け出せず、何度か旋回をして勢いをつけながら斜面を上っていきます。しかし、何度トライしても、その底から抜け出せずにいました。
その様子を黙々と見続けるナビさん。暫くして、ライン取りの指示がありました。
「あのラインで行くとダメだから、ここ下りたら勢い付けて、そっちの方を回ってあのラインで上っていって。 」
と。
ナビさんの指示は、よく分かりました。しかし、目の前に、お椀の底で苦戦をしている車両がいます。これから、自分もその底に突入しようとしています。そして、その後には、引き続き急斜面を上って頂上の尖った砂丘を越えていかなければなりません。どのポイントでも失敗が許されませんが、そのポイントの全てが、自分のスキル不足の領域です。きちんとしたライン取りの指示があり、その内容もきちんと理解をしましたが、失敗をする可能性大です。
思わず、ナビさんのライン取りのままに行って、自分がスタックをする姿が容易に想像出来てしまいました。これは、ナビさんのライン取りに問題があるのではなく、それに応えるだけのスキルを身に付けていない自分に問題がありました。
“多分ムリだよ… 行きたくない… 。だって、ゼッタイに埋まるもん… 。 ”
かなり躊躇しました。ナビさんに早く行くように急かされる事はありませんでしたが、その砂丘の尾根から再スタートをするまでに、かなりのためらいがありました。
“行きたくないよぉ… 。ムリだもん… 。お椀の底で埋まるか、その先の斜面で上れなくて失敗する事くらい、分かっているじゃん… 。 ”
何度かそう思いながらも、意を決して、そのお椀に入っていきました。結果は… 見事 『佐伯ライン』 を有効利用して、その難所を失敗する事なく、通過していきました。
“ふぅ~っ… 。無事通過… 。失敗しなくてヨカッタ… 。 ”
この頃には、1つ1つの事がプレッシャーとなっていました。それだけ 『佐伯ライン』 が素晴らしいものでした。
その後もハンドルとアクセルに全神経を集中させながら、フカフカ砂丘を越えていきました。何とかスタックをせずに走っていましたが、突然、ズボッ! とお椀の底でプラドが沈み、動きが止まってしまいました。
“あぁ… 。また埋まっちゃった… 。しかも、お椀の底… 。これ、相当出るのに時間掛かりそう。また夜になっちゃうかな… ? ”
そんな思いが頭の中を過りました。すかさず周囲を見渡すナビさん。先行車両の轍は、砂丘を下りて左方向へ上がっていくものでした。しかし、ナビさんの指示は、
「これ、左方向だと出られないから、とりあえずバックして出来るだけお尻上げて。それで、あっち方向から出るから。 」
というものでした。
“あっち方向” とは、沢山の轍がある左方向ではなく、正反対の右方向でした。数本の轍しかありませんでしたが、ナビさんは、バックで下がった後に、右方向から脱出をする指示を出しました。
“何で多くの轍がある左方向ではなく、右方向に行くのだろう… ? ”
内心、そんな疑問を持ちつつも、この6日間で 『佐伯ライン』 により何度も佐伯マジックが起こっていましたので、黙々と砂堀りを開始しました。2回程の脱出作業で、プラドをバックさせてお尻を上げる事が出来ました。
「そのまま右方向に行って。この辺りフカフカだから、停まれる場所でいいから停まって。 」
と、ナビさん。
“そうなんだ~。この辺り、ずっとフカフカなんだ~。また埋まらない様に気を付けないと… 。 ”
そう思いながら、運転席へ乗り込みました。そして、
“右方向へ行くのは分かったけれども、その、上る途中で失敗しませんように。何だか失敗しそうだなぁ…。もし失敗したら、いい加減、恥ずかしいよぉ… 。 ”
そんな事を思いつつ、ナビさんの指示通りに右方向へと脱出をしました。私の心配をよそに、プラドは2つ3つ、砂丘を越えてくれました。そして、ようやく固い路面と確実に判断出来る場所で、プラドを停めました。
“さすがナビさん! スゴいライン取りだなぁ…。ホント、神様みたい。お椀の底で、かなり抜け出すまでに時間が掛かると思ったけれども、あっという間に抜け出しちゃったよ。 ”
そんな事を思いながら、脱出道具の回収の為に、プラドが埋まっていた場所まで戻りました。
「まだまだ先は長いよ。明るいうちに砂丘は出ないと。 」
と、ナビさん。
素敵なナビゲーションがあっても、それに応える事が出来ないのが、今の私の実力です。常に足を引っ張り続ける自分を、ただただ、申し訳なく思っていました。
その後、気を取り直して、再び全神経を集中させてコマ図を進めていきました。
“次スタックしたら、もう時間的にも、今日は全コースを走れないだろう… 。 ”
そう思いながら、その後はスタックをする事なく、当初の目標であったCP3 に到着しました。
ナビさんは、この5日間のレースの流れで、明るい時間帯に砂丘地帯を抜けられない事に、強い懸念を抱いていました。それが、現在の私のスキルへの評価であり、現状であり、また、安全に競技参戦を続ける為の判断でした。そこで、昨夜、6日目のコマ図を貰った際に、ナビさんと作戦会議をしました。
万が一、時間的に前半の砂丘で手こずる様であれば、CP3 まで行って、その後、舗装路でCP5 まで移動して、CP5 から再びコースに入るか… 或いは、CP3 まで行って、そのまま舗装路でビバークへ戻るか… とりあえず、CP3 で1つの判断をしようと、話し合いをしていました。
私は、全コースを走れない事や、走る前から走れない状況を想定して会話をする事に関しては、何とも思っていませんでした。逆に、 “何が何でも全コースを走ってやる! ” という意気込みもありませんでした。常に、目前の状況に感情を持つ事なく、淡々と対応をしていました。しかし、 “1つの判断ポイント”となったCP3 を13時に通過する事ができ、そのままCP4 へと向かいました。
CP3 通過後は、再び砂丘地帯へと入っていきました。
“今日は、前半勝負。難しいのは前半だけで、後半は、それ程苦労せずに行けるハズ。 ”
そんな事を思っていましたが、後半もフカフカで、今にもプラドの勢いが失われそうになりながらも、何とかスタックをせずにCP4 に到着しました。遠くにCP4 が見えた時、ナビさんが言いました。
「オフィシャルが誘導してくれているから、そっちの方へ行って。埋まりそうだから誘導してくれているのだから。 」
と。
その、コントロールゾーンに入ると、それまでとは一気に砂質が変わって、あれよあれよと止まりそうな程に、プラドは勢いを失って、沈んでいきました。広いコントロールゾーン内では、オフィシャルが手招きをして、こっちこっちと誘導をしてくれています。
“初日の様に、コントロールゾーン内でスタックをしたら、どうしよう… 。ナビさんが、『スタックをしない為に誘導をしてくれているのだから』 と言ってくれているにも関わらず埋まったら、もう会わす顔ないよ… 。しかも、ここ、フカフカで、また出るのに相当大変そうだし… 。しかもしかも、CP 通過のスタンプを貰う時には一時停止しないとイケないから、その瞬間に埋まるんじゃないの? 停まりたくないよ… 。こんな場所で、どうやって停まるのさ… 。 ”
そう思いながら、必死に、オフィシャルが誘導をする方向へ向かいました。そして、 “こんな場所で停まったら埋まっちゃうよ” と思いつつも、一瞬、スタンプを貰う為にストップ。 “止まるな~止まるな~ 。 ” そう思いながらCP 通過のスタンプを貰い、プラドのアクセルを繊細に操作しました。何とかヨレヨレしながら、また、今にも勢いを失って止まりそうになりながらも、無事にCP4 を通過しました。
その後も暫くフカフカ砂丘で今にも止まりそうな状況が続き、ドキドキしながら進んでいきました。しかし、何とかスタックをする事なく、砂質の変化した次のエリアへ入っていきました。
今度は、急峻な砂丘越えとなだらかな砂丘の連続です。なだらかな砂丘は、路面も平坦ですので、水の上をスイスイと移動している様な感覚で、非常に気持ちが良いです。体力的にも精神的にも、束の間の休息タイムの様な感覚がありますが、油断をしていると、突然直角に路面が切れている事があります。よって、身も心も休ませながらも、 “突然先が落ちているかも知れない” という注意力だけは働かせて、進んでいきました。
そして、暫くコマ図を進めると、私が完全に恐怖心を抱いている “高くて急峻な砂丘越え” が始まりました。どうしても、フカフカ急斜面を越えていく為には、ある程度の勢いが必要です。しかし、今回、4日目にクラッシュをした事、また、昨日の最初の砂丘越えで “大丈夫” と思いながら落ち着いた心境で臨んだものの、その砂丘越えで小さなジャンプをした事で、完全に、砂丘越えの恐怖が蘇ってきてしまいました。
勢いがなければ越えられない事を分かりつつも、どうしてもアクセルが踏めない状態になっていました。通常はHi ギアで勢いをつければ越えられると分かりつつも、どうしても怖くてアクセルを踏めない状況です。そこで、Low ギアに入れて、勢いではなく、プラドの力でゆっくりと越えていく事にしました。プラドの力でゆっくりと上っていく事で、砂丘の頂点からダイブするのを防ごう… と。自分の恐怖心を、プラドの力でカバーしようという作戦です。
また、今回、完全に砂丘越えのリズムが狂った事を実感していましたので、勢いで上って瞬間的に越えていくのではなく、プラドの力でゆっくりと上っていき、その短い間に新しいリズムを身に付けようと思いました。ある程度力があれば、砂丘の頂上付近でアクセルを緩めても、何とかそのまま上ってくれます。よって、Hi で勢いとアクセルコントロールで越えられると分かっている砂丘でも、Low でゆっくりと、プラドの力に頼って越えていきました。何とかダイブする事なく、静かに砂丘を越えていく事が出来ましたが、そんな走りをする自分に対して、罪悪感を抱いていました。
“こんな走りをして、ズルいなぁ…。競技者だったら、こんな逃げの走りをしていてはダメよね。最低だなぁ… 。 ”
逃げの走りをするズルい自分、卑怯な自分を自覚しつつも、どうしてもHi で行く気になれず、ずっと Low ギアで走っていました。お陰で、上手く頂上にプラドを誘導する事は出来ましたが、自分のスキルは全く上達しませんでした。そして、罪悪感を抱きながら走る自分の真横で、その様子を黙々と見続けるナビさんの視線も感じていました。しかし、ナビさんは一言たりとも、何も言いませんでした。
“こんな走りしか出来なくて、申し訳ない… 。 ”
そんなナビさんへの申し訳なさも抱きつつ、そこには卑怯な走りを続ける自分がいて、完全に、私は戦犯の心境になっていました。
CP5 の20km 手前では、同じく急峻な砂丘越えがありました。相変わらずLow ギアで進んでいる状況ですが、プラドの力に頼りつつも、頂上からのダイブが怖くて、最後の一踏みが出来ない状態でした。頂上手前で止まってはバックをし、再アタック。ラインを変えてアタックをするものの、
「何で難しい方、難しい方へ行くの? もっと緩い斜面から上がったら? 」
と、指摘をされる状況です。
私の中では、難しいも簡単も、とにかく “砂丘越えは怖い” と一纏めにされる状況で、その内容を冷静に分析出来る状況にはありませんでした。
“何処か迂回路ないの… ? 早く迂回路に行かせてよ… 。 ”
そんな事を思いつつも、何度か同じ場面での砂丘越えをトライしました。6日間私の横に乗っているナビさんの現状として、また、ナビさんのライン取り判断、迂回路の判断、あらゆる状況に於ける判断のタイミングとして、その場面では轍を追いかけていくしかない… という判断があったのだと思います。しかし、そういった判断以上に私が砂丘越えを躊躇しており、遂に、ナビさんが迂回路を選択しました。
「これ、右のライン行ってみようか。オンコースと合流するかは分からないけど、一か八かで行ってみようか。 」
と。
当時の私は、一か八かも、オンコースに合流しようが、その後、迷おうが、とにかくその場から逃れられた事に安堵していました。そこには、競技者とは思えない、弱い自分がいました。とにもかくにも、迂回路として、右方向の1本の轍を追っかけていきました。
「急がないと。早くしないと、タイムオーバーになっちゃうよ。 」
と、ナビさん。
そう急かされても、自分自身の中では何も感じる事はなく、黙々と目の前の轍を追っかけていきました。暫く走っていると、
「やっぱりおかしいね。CP は左後ろの方向なんだけど。どんどん離れていくね。 」
と、ナビさん。
「どうします? 戻りますか? 」
と、私。
「ちょっと高い所に上ってみて。 」
と、ナビさん。
“えっ!? あれだけ砂丘に上るのを怖がっているのに、それでも高い所に上らせるの!? ” と思いつつも、全ての原因は自分にある事は明らかですので、ドキドキしながらも、轍のない無傷の砂丘を上って、プラドを高い場所へと誘導しました。暫く周囲を眺めるナビさん。
「CP 見えないね、全然見えないや。戻ろうか。 」
と、ナビさん。
U ターンをして、今来た轍を戻っていきました。戻る事自体は、轍がはっきりとしていましたので、簡単でした。しかし、みるみるうちに、周囲は暗くなっていきます。
“もうこの辺りなんじゃないの? ” と、右方向への迂回を始めた場所付近まで戻りますが、先程砂丘越えをしていた轍を右手方向に見る事が出来ませんでした。
「あれ? 戻り過ぎたかなぁ… 。もう1度、U ターンをしてみようか。 」
結局、同じ場所を大きく3往復程したでしょうか。
「あっ! あっちあっち! 」
と、ナビさん。
ナビさんが指さす方向を見ると、丁度、私が躊躇をしていた砂丘を越えてきたクラシック部門の数台のパーティが見えました。
「あっち方向に行って。 」
と、ナビさん。
何とか、本コースに合流をする事が出来ました。たった1つ、私の砂丘越えの恐怖心がなく、きちんとしたスキルがあって、アクセルをもう一踏みする勇気があれば、何の問題もなく、タイムロスもなく、次のコマ図へと進めている状況でした。しかし、 “たった1つのその部分” がなく、ナビさんに多大な神経を使わせ、何10分という時間を費やしていました。でも、それが自分の現実です。ただただ、ナビさんに対して申し訳なく思っていました。
「急がないと間に合わないよ。 」
と、ナビさんに急かされつつ、CP5 を目指しました。
ゆっくり走っているつもりはありませんが、それも、私の実力です。何とかやっとこさの思いで、CP5 に入りました。
“タイムオーバーかなぁ… 。このまま舗装路でビバークへ向かう様に言われるかなぁ… 。 ”
そんな不安を抱きながら、タイムカードをオフィシャルに手渡しました。案の定、
「この先はclosed だから、このまま舗装路でビバークへ向かいなさい。 」
と、言われました。
CP は全て通過したものの、タイムオーバーでその先のコースは走れない状況です。少し落胆しながらも、それが自分の実力であり、何よりも、 “今日はダイブしなくて良かった… ” そう思いながら、舗装路でビバークへと向かいました。同時に、後半の逃げの走りをしていたズルい自分、卑怯な走りをしている自分の姿が、しっかりと脳裏に焼き付いていました。前半は成長した自分を感じる事が出来ましたが、後半は、全然成長していない自分がいました。1日の中で、両極端な自分を感じた1日でした。
ビバークへ到着すると、CP5 後のコースがclosed された状況に関して、舗装路でアシスタンススタッフの死亡事故が起きた為に、その後のコースがclose されたと聞きました。そのニュースは、自分の事の様にショックで、かなりガックリしました。思わず、 “明日は走るのをやめよう” と思ってしまいましたが、色々な思いがありながらも、 “オフィシャルがGo サインを出す以上は、走らなければならないんだ… それが、競技者なのだろう… ” そう思い、亡くなったスタッフへ黙とうを捧げました。
1日1日が長く、7日間も長く感じられていた今年のラリーですが、 “明日が最終日” という実感もありませんでした。
“最終日は、必ず何かがある。目前で完走が逃げていく可能性は充分にあるから、とにかく大切にアクセルを踏もう” そう思い、最後の寝袋に入りました。







