2019年10月31日

2019年10月16日

最近読んだもの・買ったもの(『氷属性男子とクールな同僚女子』他)

・『チェーザレ』12巻。コンクラーベ開幕。
→ 約4年5ヶ月ぶりの新刊。しかも始まったと思ったコンクラーベが遅々として進まず。10巻と11巻の間が2年弱であったので,次は9年後ということは無いと思いたい。作者が死ぬまでに完結するかどうか以前に,1494年にイタリア戦争が勃発するかも不安になってきた。さすがにコンクラーベが終わったら2年スキップして1494年まで跳ぶのではないか。そこで髭が生えるとかなら面白いが。
→ 状況を整理しておくと,ナポリ王国はスペイン系のアラゴン王家がフランス王家から乗っ取ったため,しかも教皇領とは領土問題もあったために教皇庁としては難敵であった。そこで教皇庁はイタリア内の五大国のはぐれ者ヴェネツィアと,乗っ取られた側のフランスをバックにつける。一方,ナポリは残りの五大国のフィレンツェとミラノと三国同盟を組み(背後にスペイン),これで勢力均衡が成り立っていた。しかし,ローヴェレ枢機卿の外交的切り崩しにより,教皇が危篤の中,教皇庁はナポリのアラゴン王家継承を承認して和平し,さらに同盟すら成立する算段をとった(ナポリはスペイン本国と逆の側につくことになるので,外交的にはかなりのウルトラCであるが,継承権を盾にとられるとそうせざるをえない)。さらにフィレンツェでロレンツォが亡くなると,長子ピエロはナポリに追随に追随する。つまり,ローヴェレが教皇になれば教皇庁・ナポリ・フィレンツェの同盟が成立して背後にフランスがつくことになり,ヴェネツィアの局外中立が予想され,ミラノが孤立してしまう。そこでローヴェレと教皇選で敵対するボルジア家はミラノ派を主軸に,ヴェネツィア出身枢機卿を切り崩して教皇選を乗り切ろうとする……といったところ。
→ 史実から予想されていたこととはいえ,アンジェロとジョヴァンニ・デ・メディチがチェーザレの敵側につくことになってしまって困惑しているのはかなりかわいそう。ボルジアが勝てばミラノ・教皇庁の同盟が成立してフィレンツェは挟まれることになるから(こう考えてもやはりピエロの寝返り外交は悪手であった),彼らにとってもこの教皇選は乾坤一擲の大勝負であった。まあ結果は史実が示している通りなのだが。


・『火ノ丸相撲』26巻。童子切・大包平戦,冴ノ山・刃皇戦,童子切・鬼丸戦。
→ 相変わらず対戦カードを利用して登場人物の心情を動かすのが上手い漫画で,大包平がアレな方向に振り切れるには童子切を負傷させるしかなかったし,それで刃皇が動揺・激昂して冴ノ山に負けるという展開もこれしかない。何より,ここまで鬼丸の目立たない先輩という役割しか与えられてこなかった冴ノ山に一花咲かせるにはここしか場面が無いわけで,よくこの本割を思いついたものだ。自分より優秀な弟弟子ができた時,兄弟子はどんな背中を見せることができるか。周囲の反応も良い。取組直前の駿海さんの「熟したな長谷川」なんて長谷川という本名で呼んでしまう辺り,昔から見てきた駿海さんの心情が出ていて完璧,直接の親方柴木山は静かに泣く。そして堀ちゃんは数ページ離れたところで号泣しているという余韻も良い。完結した本作であるが,これをベストバウトに推す人がいても不思議ではないし,鬼丸がかかわらないあるいは2話未満で終わった一瞬の勝負という条件なら私もこれをベストバウトに推すと思う。現実にこんな取組があったら,事情が知れ渡っているだろうことも加味してTwitterの#sumoが大変なことになっていそう。
→ 一方,童子切・鬼丸戦はその犠牲になったところが大きい。展開上仕方がないと納得しているのは前提として,ガチのこの二人の取組も読みたかった気も。


・『氷属性男子とクールな同僚女子』1巻。
→ Twitterで話題になって単行本化したもの。この作者,最近は週刊少年ジャンプにも読切が載っていた。これが出世作になるか。
→ 内容はタイトルの通り,雪女の末裔の男性社員の氷室くん(感情が高ぶると雪系統の異常気象を起こす)と,クールビューティーな同僚女性社員の冬月さんによるクールなラブコメ。ヒロインの冬月さんがクール属性(厳密に言えばクーデレ系統)を突き詰めたキャラ造形になっており,軽く天然ボケが入っていることもあって,この系統のキャラが好きなら主人公と一緒にノックアウトされること間違いなし。なお,主人公・ヒロインともに天然ボケなので,ツッコミ不在のボケ倒しで話が進んでいくのもなかなか面白い。もう完全に特定の属性をねらった漫画ではあるので,自分のことだと思った人にはお勧めしたい。


  
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2019年10月15日

『mono』1巻&『ゆるキャン△』5〜7巻

・『mono』1巻。『ゆるキャン△』の作者あfろ氏によるカメラ漫画。
→ ……なのであるが,抑制の効いた『ゆるキャン△』とは全く逆に冒頭の3ページで「憧れの先輩に近づくためだけに写真部に入った主人公と,先輩が卒業して腑抜けになった主人公に『今こそチャンス』とアプローチする幼馴染の親友」という巨大不明感情が複雑にもつれる設定の説明を詰め込み,かつこの3ページのうちに親友の子が「私はさっちゃん(主人公)が大好きだ」と明言するという,明らかにこれは奥ゆかしい『ゆるキャン△』ではないぶっ放されたなにかということが自然と察しがつく親切設計。いいのか。我々はこんなものを摂取してもいいのか。
→ もっとも,『mono』はこの後で百合要素は後退する。しかし,『ゆるキャン△』が作品名通りストーリー展開がゆるくゆったりと進行するのに対し,『mono』は主要なキャラがさっさとそろってトップスピードで1話完結のストーリーを駆け抜けていく点でやはり大きく異なる。特に主要キャラの一人の漫画家が出版社から依頼を受けたという形で主人公たちが『ゆるキャン△』の聖地巡礼をするというメタネタをやっており,にもかかわらず別の回ではしれっとぐび姉や各務原一家が登場する等,メタネタすら超越するやりたい放題である(なお,本作の舞台も山梨県)。
→ また,『ゆるキャン△』は普通のコマ割りがある漫画だが『mono』は4コマで,主人公たちがカメラで大写しにした風景だけ大ゴマを使っているという違いもある。大ゴマのインパクトが大変すばらしい。漫画として『ゆるキャン△』に劣らず純粋に面白いので,2本連載は疲れると思うが,是非『ゆるキャン△』の隙を見て描き続けてほしいところ。こんなにパンチが効いてて『ゆるキャン△』との関連性も深く,オタクの好きなカメラが主題なのに(まあカメラあまり出てこないけど),あまり話題になっていないのがかえって不思議である。
→ ところで,『mono』にはバイク乗りも登場するので,これでアウトドア・カメラ・バイクとオタクがはまる趣味が勢揃いした感もある。あとは自転車かね。
→ 先に言っておくと皆さんの予想通り敷島さんが好きです(聞かれてない)






・『ゆるキャン△』5〜7巻。
→ 『ゆるキャン△』という作品は,百合のフックだけが描かれた抑制の効いた作品であり,解釈は読者に大きく委ねられていた。あえて言えば,巨大不明感情が飛び交っているという解釈は可能であるものの,かなりの二次創作脳が必要であり,割と勇気の必要なものであったと思う。そういう前提であったので,1〜4巻はこういう感想になった。しかし,(アニメ1期と)『mono』を経た結果として,世界は一変してしまった。もちろん,それ以後も抑制の効いた話として読んでもよいのであるが,解釈の幅は大きく”そちら”が許容されるように広がってしまったのである。大変なことが起きた。
→ それで本編がそれまで通り進むのでもよかったのであるが,あfろ先生はそうしなかった。(『mono』より前の出版ではあるが)5巻では浜松に里帰りしたなでしこに付いていって,志摩リンとなでしこの旧友が会うというエピソードがあり,7巻では桜さんと志摩リンがなでしこを見守っていたら合流してしまう体でデートするという回があり,どんどんと素材が増えていった。特に7巻は巨大な爆弾として界隈に多大な影響を与えた。なお,この7巻の直後に『mono』が出版されている。改めて読み返してみても,ソロ旅好きでクールな二人の静かな秘密の保護者旅,余りにもカップリングも状況も完璧すぎて頭がおかしくなる(※ 普通はなりません)。
→ 解釈は自由であれ幅が広がったものではあれ,少なくとも「そう読んでいい」という発想の元で作者が仕掛けていることはわかったので,これからは堂々と百合として楽しんでいきたいところ。というよりも,よくもまあこれだけ高級素材をぶん投げておいてむしろ百合として読まない筋が残っているものだ。かえってその方がすごい。


  
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2019年10月09日

ジョン・ケイとか吉田茂とかが本当に混ざったやつなのかも

・詩人のウマル・ハイヤームと数学者のウマル・ハイヤームは別人(極東ブログ)
→ これ,随分と前になにかで読んで「そんな説あるんだな」と思ったものの,ソースを探る余裕もなく忘却していたところだったので,今回書かれている論文(pdf,激重注意)がわかってちょっとうれしかった。今度はどの程度定着し,認められている説なのかが気になるところで,論文内ですら「「ウマル・ハイヤーム」という名のふたりの人物がいたことが事実であるとしても」と書いているように定着した説としては扱っていないように思われる。どうなんだろう。


・週刊少年ジャンプでサッカーと野球は鬼門なのか?(増田)
→ おもしろデータではあるが,増田内で出ている結論に反してむしろ,
>ただし「ミスフル」以降の直近3作品に限れば打ち切り続きで平均15週となる。
>ただし2000年代以降の直近9作品に限ると、打ち切り続きで平均16週となり、
>これが近年の「鬼門」とのイメージを生んでいるのだろう。
→ ということであれば,全体の平均の20週を割っていて,やはり鬼門なのではないかと思う。読者のイメージは長くても直近10年程度であろうし。近年の野球・サッカー漫画は過去の名作でやり尽くされていて,ちょっとやそっとの工夫ではオリジナリティが出せないし,変な方向に振り切れると「野球・サッカー」漫画ではないなにかになってしまってネットで叩かれるし,難しいのだろうと思う。マガジンの「ブルーロック」くらいの振り切れ方でも案外(少なくともマガジン読者には)受け入れられているっぽいので,ジャンプでもあれくらいやってしまってもいいのかも。


・【東方】事案発生(2ch東方スレ観測所)
→ 言われるまで気づかなかったのだけど,確かにこの組み合わせは東方史上最大級の倫理的な危険がある。これマジであかんやつ。実際あかんやつすぎて何でも何とか処理してきた東方界隈でもいまだもってこのネタおおっぴらには全然見ない。見なさすぎて怖い。
→ 神主,過去は割と振り返らない主義なので,霍青娥のことなんて全然気にせずに(というかヤンシャオグイのスペカ作ったこと自体忘れてそう)戎瓔花を出したのだろう。神主らしさあふれるエピソードとして東方の歴史に残りそう。


・研究活動上の不正行為に関する調査結果について(東洋英和女学院大学)
・東洋英和女学院院長が論文でねつ造した“存在しない神学者”「カール・レーフラー」さっそくネタ化される(Togetter)
→ 宗教学者による架空の神学者カール・レーフラー創作事件。あまりの中二病くささにネットの一部界隈が大いに盛り上がった。カール・レーフラーさん,確かにミスカトニック大学にいそうだし。民明書房で出版してそうw。  
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2019年09月30日

「表現の不自由展 その後」について

なんとなく思ったことを書いておく。言うまでもなく私自身は「表現の不自由展 その後」はちゃんと公金が支出されて妨害無く展示されるべきだったと思う,というのを前置きした上で。

「表現の不自由展 その後」はあいちトリエンナーレの(国際現代美術展の)一部であり,つまりは現代アートの祭典である。したがって当然「表現の不自由展 その後」も現代アートの文脈で理解する必要がある。そもそもそのHPに行けば説明されているので読めばわかるのだが,要するに何らかの理由で展示を拒否された作品が集められ,排除された理由を説明するキャプションが付されたことで,これは「表現の自由について考える」文脈に改めて載せられた作品群ということになる。

すなわち,この時点で個々の作品が持つ芸術性については後退していて,少なくとも前面には出てきていない。一番わかりやすい例で言えば,ここに展示された「平和の少女像」は東京都美術館での企画展で排除された経験を持つ。いかなる政治力学でその排除に至ったのか,排除は表現の自由という観点から言って適切であったのかを鑑賞者に考えさせるために展示されたのであって,少女像が持つ本来の意味ーーすなわち従軍慰安婦や戦時性暴力について鑑賞者に考えさせるという企図は副次的なもの,あるいは鑑賞者の自由の範囲でしかない。無論のことながら,作家は鑑賞者に本来の意味も伝わってほしいと考えて出展しているだろうし,企画展の趣旨である排除の持つ政治力学が問題にしているのは従軍慰安婦に関する曲解であるからどうしても関連はしてしまうのだが,重要なのは作品固有の芸術性の側が後退しているということであって,これはこの展覧会の問題を考える上で欠くべからざる要点である。

本件はキュレーションがまずかったのが最大の原因とは散々指摘されているところであるが,より具体的に言えば個々の作品が持つ芸術性が後退していて,展覧会名の通りに表現の自由について再考するのが趣旨であるというのが伝わりづらい,個々の作品のインパクト重視の構成になっていた点がまずかったとされている。だから本展は税金を投入して従軍慰安婦を喧伝している展覧会はけしからんという抗議が入ってしまった時点である種の敗北を喫している。世の中には困ったことに何をどう説明してもわからない人たちはいるので全員が説得できるとは全く思わないが,堅牢な説明のある展覧会になっていれば,あるいはもう少し排除の理由のバリエーションが豊富なラインナップの作品群になっていればこれほどには問題化しなかったというのがキュレーション批判をしている人たちの総意であろう。また,それはそれとして,そういう全く意図が通じない理解する気もない困った人たち対策は厳重にしておく必要があった。それこそ一度は何かしらの理由でリジェクトされている作品群なのである。案の定「荒れる内容の展示が含まれることが事前に申告されていなかった」等と文化庁が公金を支出しない口実にされてしまったのは大失態と言って差し支えない。

一方で,抗議者もお門違いの批判をしてしまっている。河村たかし市長からしてそのお門違いの批判を繰り返しているので頭が痛い。本展に反感を持つ鑑賞者の”正しい”感想は「それでも平和の少女像を東京都美術館の企画展から排除したのは正しい判断によるものだった」というものであるべきだった。その人たちはこの判断の材料になった本展には感謝すべきであって,本来は抗議による閉鎖などもってのほかなはずである。これとは別に「税金を使って『表現の自由』を考えること自体が税金の無駄遣いである」という方向の批判も正当に成り立つが,ここまで来ると完全に全体主義者の発想だろう。いやまあ,本件で抗議した人の中にはそこまで染まっている人もいるかもしれないけど。(私自身は従軍慰安婦や戦時性暴力について鑑賞者に考えさせるという企図の展示であっても公金を投入する展覧会から排除してはならないと考えているのは冒頭と重なるものの念のため改めて書いておく。)  
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2019年09月23日

関脇のまま二度目の優勝

鶴竜の連覇が堅いとされた始まりから一転,最近のトレンドである混戦模様となり,こうなると関脇以下の力士が初優勝するのが最近の展開であったが,今回はそこまでは荒れなかった。優勝決定戦が貴景勝と御嶽海となり御嶽海が優勝したというのは,落ち着くところに落ち着いたのかなと思う。豪栄道がここに入らなかったのが残念なところではあるが。

トピックらしいトピックに欠く場所ではあったのだが,しいて言えばやはり誤審・わかりにくい判定に振り回された場所の一つではあるといえ,2016年には多かったが近年はそのショックからか少し減っていたように思われていたところ,今場所はまたしても頭が痛くなるような判定が多かった。十四日目の遠藤・隠岐の海戦が最もひどく,直接の誤審ではないが十二日目の豪栄道・竜電戦が四度もやり直しさせられたのもよくわからなかった。こうなると立ち合いの正常化に励むべきなのは行司と審判も同様なのではないか。

御嶽海の大関取りについては,16場所連続三役に優勝2回という実績,ついでに現在の横綱・大関の力士寿命がさほど長くなさそうなことも考慮するとハードルを相当低くするのが当然と思われ,33勝の目安通りだったら十分に上げてよく,稀勢の里の事例を考えると32勝でも審議はすべきと思われる。八角理事長は当然チャンスと言っているが審判団は先場所が9勝だからならないと言っており,協会内の意思が一致していないのだが,これは八角理事長の意見が正しく,起点が9勝ではダメというのは過去の事例を見ても通らない(照ノ富士なんて起点が8勝だったわけで)。すると現在は9+12=21勝であるから,来場所は12勝必要,最低でも11勝はほしい。白鵬・鶴竜・高安が戻ってくるが,実際には戻ってくること自体よりも彼らが万全の相撲をとれるかどうかの方が重要で,私はけっこう怪しいと思っている。白鵬・鶴竜はまた途中休場もありうるだろう。次の九州場所は本当にチャンスと思われ,御嶽海には成功させてほしい。一方,栃ノ心の10勝復帰チャレンジは,誰しもがそう思っている通り非常に厳しく,勝ち越しまではできても10勝は難しいのではないか。


個別評。鶴竜の不調は本当に読めなかった。一度崩れると立て直せず,気力が持たなかったということだろうか。序盤危なっしくても際どく勝っていけばなんとなく14勝にはなっていて優勝している,というパターンが多い横綱なだけにもったいない途中休場であった。豪栄道は10勝したものの,休場者の顔ぶれを見ると優勝次点がノルマだったと思われ,褒められる相撲をとっていたわけではない。豪栄道らしからぬ負け方がちらほら見られ,星数の割には評価できない。栃ノ心はまあ……膝が悪くて後退すると脆いのだが,その状況下では粘る努力を見せる相撲が多かったかとは思う。しかし,はたきの際に髷をつかんでしまう悪癖はどうにかならんのか。あれで不運を呼び込んでいるところはある。

三役。優勝した御嶽海は,抜群の圧力がある押し相撲に判断の良い引き,組んでもまずまず取れてメンタルも強い。特に実は突き相撲の力士に強く,密着してしまえば彼らが突けなくなるのを上手く使っていると思う。ただし,たまに致命的に立ち合いで当たり負けるのと,完全に組まれるとどうしようもなくなるという傾向はあり,立ち合いの失敗がいわゆる「調子の良い日と悪い日の差が激しい」と言われてしまう原因になっている。以前よりはツラ相撲ではなくなってきたように思われるので,来場所は上手く連敗しないようにとってほしいところ。

貴景勝は順当に10勝のハードルを突破して大関に復帰したが,優勝決定戦で左胸の筋肉が断裂したようで病院に直行となった。稀勢の里の悪夢が蘇るような痛がり方をしていたので,極めて心配である。最悪,来場所全休で初場所カド番というパターンもありうるのでは。阿炎は今場所もよく突いていた。千秋楽で右膝を強打していたのがやや気がかり。遠藤は,今場所実は好調だったのではないかと思われ,彼の技巧がよく出ていた。栃ノ心に思わぬ変化をされたのと14日目の誤審疑惑で8勝止まりと考えると,10勝まで伸びていた可能性もあり,普通に不運だったのでは。

前頭上位。北勝富士も貴景勝・御嶽海のように良い突き押しを見せていたが9勝止まり。ほぼ綺麗に上位総当たりが大敗でそれ以外から白星を回収しての勝ち越しというのは,前頭上位の力士としては順当な勝ち越しの方法であるのだが,それでは大関が取れない。もうひと工夫ほしいところ。碧山は序盤がひどい惨状でケガがあるなら休場した方がいいというような出来だったが,後半にエンジンがかかってきて5勝にまとめた。調子が上がるのが遅すぎたのだが,ケガが治ったようにも見えず,何だったのか全くわからない。朝乃山は右四つになった時の強さが突出しつつあり,周囲のそうさせない対策にも対応できつつあり,10勝は立派な成績。やはり初優勝で一皮むけた。来場所にも期待したい。

前頭中盤。まあ隠岐の海は挙げざるをえない。隠岐の海は元々恵まれた巨体で懐が深く,にもかかわらずなぜかそれが活きないもろ差しにこだわって負けてきていた。今場所の隠岐の海は離れて取る押し合いやそこからの引き技,あるいは左四つ・右四つで取った相撲が多く(力士プロフィールには右四つとあるが実際には差がなさそう),まさに懐の深さが活きる大きな相撲で見応えがあった。中盤以降は初めてのこうした展開に緊張したか,固くなって動きが鈍くなっていたのが残念である。照強は先場所の活躍から一転して大敗。先場所の圧力が無かった。四つ相撲をとろうとしたり変化の失敗もあり,かなり迷いが見られたが,押し相撲でやっていってほしい。明生は先場所の上位挑戦で「4勝止まりの大敗ながら悪い印象がなく」と書いた通りで,前頭中盤なら10勝はできるのを証明した形。強く当たってからいなして崩すのが上手かった。

前頭下位。炎鵬は今場所も目を瞠るような技巧相撲であった。潜った後は押し込むか左下手であるが,どうも押し込む方が機能しているように見える。負けるとすると潜れないか,下手をとったが攻め手がなくなって逆に寄り切られるかという形で,どうせなら後者になるのは避けた方がいい。阿武咲は9勝で,当初の期待から言えば大勝してほしかったところで,このままエレベーターにはなってほしくない。新入幕の剣翔は10勝で敢闘賞。あれだけインタビューで「三賞がほしい」という力士も珍しい(個人的には嫌いじゃない)。ただ,勝ち星の大半が引き技で,さすがにもうちょっと攻めてくれないと真価がわからない。来場所注視したい。豊山の10勝は当然と思いたいところで,押し相撲ではあるが今場所は四つでも相撲を取れていた。石浦は8勝でなんとか勝ち越していたが,照強と炎鵬の小兵旋風には今ひとつ乗り切れておらず,出遅れている印象。栃煌山は6勝に終わりとうとう十両に落ちることになりそうで,完全に脆かった。しかし,まだ十両でなら取れるだろうと思う。


嘉風が引退した。初場所に豪風,先場所に安美錦が引退していたので,ここに来てベテランが一気に減ってしまった。嘉風は突き押し相撲ながら,押し切って勝つわけでも途中ではたくわけでもなく,立ち合いはまっすぐぶつかった後に横に動いていなすが得意で,機敏に丸い土俵を活かす「撹乱型」の取り口であったから,どちらかというと小兵の闘い方に近い。現在の石浦の取り口などは明らかに嘉風の影響がある。しかしながら嘉風は身長177cmであるから比較的小さいが小兵というわけでもなく,あんこ型で体重も大きかったから,むしろあの体格で膝も壊れず,よくあれだけ機敏な立ち回りができたものだ。それでも三役定着といかなかったのは力でねじ伏せられる相撲に弱く,また組まれると何も出来ない押し相撲力士特有の弱点もあった。2006年から引退した2019年までのほとんどの期間で幕内にいて,悪く言えばエレベーターではあったのだが,二桁黒星の大敗を喫することもめったになく,ベテランと呼ばれるまで勤め上げた。2014年5月に新小結,2016年初場所で新関脇で,30代になってからの方が強くなったのも特徴的で,同時期に玉鷲も上り調子であったから,2015年頃はベテラン奮起の印象がある。年齢を重ねてから身体のケアに気をつけるようになったから力士寿命が延びたとは本人の弁で,真に効果があったのか,本人が力を入れていたマニフレックスの宣伝はおしゃれなイタリアの寝具メーカーとのギャップもあって異様なインパクトがあった。

誉富士が引退した。良い突き押し相撲であったが幕内中盤以上で通用する威力ではなかった。2015年に6場所すべて幕内にいたのが全盛期で,同時期に横綱の日馬富士,照ノ富士は大関に昇進した年であり,さらに前頭上位に安美錦と宝富士がいたため,この年の伊勢ヶ濱部屋は幕内に5人いたことになり,部屋自体が黄金期であったと言える。どちらかというと,伊勢ヶ濱部屋黄金期を支えた一角としての印象の方が強い。両名ともお疲れさまでした。  続きを読む
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2019年09月21日

庭園隠者ならぬ「ゲーセン隠者」

・デレステの久川凪は俺たちを知っているかもしれない(ヌートン)
→ わかる。趣味が「マンションポエム」であの古めのネットスラングをさらっと挟み込む口調,完全にインターネットおじさんホイホイ。これでかえって趣味に「インターネット徘徊」そのうちブロント語も使ってきてもおかしくない。twitterのアカウントはあるけどTikTokとインスタはなさそう(颯が持ってるからまあいいかとか思ってそう)。はてなのアカウントは流石に存在自体を知らなさそう。「真顔で変なことを言えばいいと思ってる」というキャラづくり,デレマススタッフは確実に意識している。そういうわけで,個人的に久川凪さんはここ最近のデレマスキャラでは最大のヒットだった。


・格ゲー業界騒然!パキスタン人が異様に強い理由、現地で確かめてみた(withnews)
・話題騒然「ゲーセンの宗教指導者」は何者?記者に聞いた(朝日新聞)
→ ちゃんと現地取材に行った朝日新聞は偉い。電気が安定供給されるようになったこと,若年層人口が多いこと,にもかかわらず他にろくな娯楽がないことで一気に普及したという社会的な背景が面白い。スポーツもクリケットくらいしかないとのことだが,運動が得意でなければやらないだろうし,ゲーセンに流れるのはわかる。同じように欧米ににらまれていて,かつ電力は通っている程度の発展途上国・人口大国だと,同じ現象が起きているかもしれない……と思ったけど,全然思いつかないので,パキスタン特有の奇跡的な現象かもしれない。
→ 朝日新聞の補足記事の方は有料記事になってしまっているが,公開直後は無料で読めた。ゲームセンターにいるそれっぽい老人は本当に「それっぽい老人」で,『うるさがたビジネス』であり,「大所高所からそれらしいことを言い、お茶をただでごちそうになる。ご本人はゲームはしません。」 とのこと。ちゃんと精神的な支柱になって役に立っているっぽいが,それでも庭園隠者を連想させ,古今東西こういうそれっぽい老人ビジネスは発生する土壌があるのだなと,一連のニュースで一番興味深い部分だった。ちゃんと「それっぽい」格好をしてくる老人,偉い。


・国旗が好きだ。国旗の話をしよう(デイリーポータルZ)
→ 国旗というといかにも高校世界史の入試問題の問題文の元ネタに使えそうなイメージがあるが,実はそれほど多くない。この記事にはけっこう有用なヒントがあるように思われ,高校世界史の目線から見ても面白い。汎アフリカカラーの三色が旧宗主国で違うというのはこの記事で気づいて目から鱗だった。


・パソコンってどのぐらいで買い換えてる?(増田)
→ この増田記事を読んで自分の買い替え歴を思い返してみると,2004年3月から一人暮らしを始めて初代が2004.3〜2007.10で3年半。卒論書いてる真っ最中にマザーボードがショートして死去。急遽二代目を購入。こいつが2007.10〜2012.8で4年10ヶ月。今度は夏コミ直前でHDDがクラッシュし,大慌てで仕事を有休にして買いに行った。三代目が2012.8〜2018.12で,6年4ヶ月。マザーボードとグラボの相性が悪く(初期不良ということに気づいたのは保障期間が切れてからだった),無理して使い続けたらグラボが破損するという事件が起きた以外は大事件もなく,故障しないままスペックが追いつかなくなって買い替え。四代目が現行機となる。
→ というわけで,PC側が頑丈になってきている&自分の使い方が穏当になってきた結果,どんどん買い替え周期が伸びているという。PCスペックの進化も鈍くなっているし,クラッシュしない限り現行機を使い続けると思われ,下手したら7年以上持ちそう。むしろ7年後に家庭用デスクトップPCという文化が残っているかどうかの心配をした方が良さそう……  
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2019年09月20日

ニコ動の動画紹介:MMD杯ZERO



タイトル通り。サビが来るたびにめちゃくちゃ笑うw



「これらのアクションを行うVTuberがいたらナイスファイトと労ってあげてください。」とのこと。



いらすとや風の子が可愛く見えてくるので怖い。



MMD杯ZERO最大の傑作。完全に1本のゴジラ映画。すごすぎて何が何だか。




我らが赤月ゆに様もゲスト選考者として参加。  
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2019年09月18日

最近読んだもの・買ったもの(『ゆるキャン△』1〜4巻他)

・『好きな子がめがねを忘れた』2巻。
→ 小村くんが三重さんにメガネをかけさせるという鉄板イベントをこなしていたので満足した。
→ コンタクトを入手したものの,目に入れるのが怖かったり合わなかったりして使わないの,メガネ族あるある。
→ 小村くんと三重さんのクラスの人,ほとんど全員が二人の様子に気づいていて,遠巻きから見守ったり,あるいは折に触れて小村くんの背中を押す様子がけっこう尊くてよい。特にイケメンの東くん,完全にちょい役なのに性格もイケメンで小村くんの味方なのでインパクト強い。


・『ゴールデンカムイ』18巻。毒殺犯・関谷輪一郎と土方一行の闘い。キロランケ一行によるソフィア脱獄計画,そしてキロランケの回想。
→ 関谷輪一郎の元ネタは複数推測されていて,少なくとも埼玉愛犬家連続殺人事件 の犯人の名字が「関谷」なので,これは一つ間違いないだろう。あとはグレアム・ヤングがよく挙げられているが,あまり共通点が無いようにも。
→ 下駄スケートは帯広で滑るイベントが過去に開催されていたらしい。ただ,発祥については諏訪湖と争いがあるようで(そして諏訪ではゲロリと言わない)。
→ 17巻のところに書き忘れたが,やはりソフィアは元ネタ通りのナロードニキだった。極東に逃げて捕まっていなければエスエルの指導者になっていたか。まあ架空の人物のifを考えてもしょうがないが。
→ キロランケ・ウィルク・ソフィアの3人は逃亡の果てにウラジオストクへ。そこで彼らに日本語を教え,逗留を許した写真技師の正体が,スパイとしてロシアに潜入していた後の鶴見中尉だったという。鶴見はのっぺらぼうの正体がウィルクと知っているだろうから,ソフィアが誤射で射殺してしまった妻フィーナへの私情があるなら,なおのこと金塊への執着がわくだろうし,私情が無いならそれはそれで鶴見の冷酷さが際立つ。


・『ゆるキャン△』1〜4巻。
→ やっと重い腰を挙げてこれを書くのであるが,ここで区切るのは2つ理由がある。1つはアニメ化されたのがここまでというのと,もう1つはここまでは人間関係が比較的穏やかということである。いや,5巻以降が荒れてるというわけではないのだが,まあ既読の人には言いたいことが伝わるだろうと乱暴に置いておく。それでも2巻で志摩りんと斎藤さんが会話している場面に出ていけないなでしこがいたり,3巻で志摩りんは千明との微妙な距離を見せつけ,4巻の志摩りんがガスボンベを買いに行く彼氏面っぷりと,すでに片鱗が十分に見えている。斎藤さんがなでしこのお団子ヘアーだけ全然別の形にしたシーンなんて後にあんなに波紋を及ぼすことになるとは。
→ 登山はするがキャンプはしない人なのでその面で言えることがなにもないのだが,それでもキャンプの面白さは十分に伝わってくる作品であると思う。特に景色の良いところでのんびりする点は登山と完全に共通するところで,登山やキャンプやる人がカメラ趣味にも沼っていくのは理解できる。本作が後に『mono』に派生するのは自然な流れであった。まあ,その『mono』が,『ゆるキャン△』ファン層でそんなに話題になってないのが不思議な問題作であるのだが……
→ そういうことを全部うっちゃって一点だけ追加で言うと,着膨れしている女の子の可愛さが本作を底で支えている美点であり,白眉である。クールビューティーでボーイッシュだけど,たまにガーリィな方向に振れて化ける志摩りんを主人公として,小動物系の女の子らしい女の子であるなでしこは良い好対照になっているし,お姉さん系でまとめるあおい,カジュアルな寒色系が基本の千明と上手くファッションが分かれているのも見どころ。特にアニメはフルカラーでこれが動いたからよく映えた。この辺は『ヤマノススメ』の登山服と比べても,本作の方が使い方が上手いと思う。


  
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2019年09月16日

『碧いホルスの瞳』1〜6巻

・『碧いホルスの瞳』1〜6巻。
→ 最新刊まで一気読み。古代エジプト新王国時代の数少ない女性ファラオ,ハトシェプストの生涯を追う。1巻は王女時代,古代エジプトの王族らしく異母兄と結婚し,兄がトトメス2世として即位するまで。2・3巻は宮廷内の政争によりトトメス2世が死ぬまで。ここで第一部完。4・5巻は義子トトメス3世と摂政ハトシェプストの共治が始まり,事実上ハトシェプストの単独統治となるまで。6巻はハトシェプストの治世,平和主義外交・重商主義政策の様子。

本作で描かれるハトシェプストは権力志向が強く,女性であるがゆえにファラオになれないことに反発して政争を勝ち抜いていく……のだが,いかんせん当人が頭は切れるが謀略向きではなく,敵対勢力も微妙に甘いので生き残ってしまったという感じがして,謀略物として読むと肩透かしになると思う。歴史もので主人公が女性となると,どうしても男性社会の打破がテーマになってしまい,しかも女性が現代的な価値観を持っていて微妙な気分になることが多い。本作も割とこれに漏れておらず,奴隷解放のエピソードなんかは不要だった。美男子の臣下センムトとのラブロマンスもありがちで,冷徹な統治に恋愛は不要と突き放す6巻の展開も含めて(個人的には今後の展開としてハトシェプストがファラオであることと人間であることを両立させるとか言い出してセンムトを再び寵愛しだすとかだと面白い)。この辺が大作歴史漫画にしては今ひとつ話題にならない理由と言えそう。

若干話が逸れるが,そもそも現代の少女をタイムスリップさせた『天は赤い河のほとり』はこの点をカバーする設定として完璧だった。魔術でタイムスリップさせられた設定であるのでどんなトンデモが出てきても「あれも魔術です」でごまかせる。主人公が現代の知識を持っているのも自然であるので,ヒッタイトの鉄器との相性も良かった。それにしても主人公が現代日本の女子高生という出自にしては有能すぎるという意味で現在の異世界転生チート主人公物の走りでもあり,よくあんな作品が1990年代に出てきたなと今になって思う。

またファラオになること自体が目標であったので即位後はやることがなくなってしまうわけだが,本作は史実のハトシェプストが平和主義外交であったことを活かし,粗暴だった父や兄への反発という動機を持たせてこれを描いている。しかし,これを民衆と,何より義理の息子トトメス3世が弱腰外交と見て非難し,次第に宮廷でも社会でも二人のファラオを巡って亀裂が深まっていくというのが最新6巻の情勢で,テンプレオブテンプレだった第一部よりもこっちの方が面白いかもしれない。正直7巻の展開が気になっている。歴史漫画の醍醐味と言えば史料の隙間を補完する創造性であるが,ハトシェプストを描くのであれば即位前よりもトトメス3世の治世との違いの方が埋めるべき空白が面白いと思われ,その意味で意外にもこれからの作品であるように思う。

絵は抜群に上手く,何よりもハトシェプストが美しい。古代エジプトの歴史考証も,私が古代エジプトに全く詳しくないのではっきりしたことは言えないが,おそらくとんでもなく頑張っているであろうことは伝わってくる。


  
Posted by dg_law at 21:17Comments(0)diary