2021年02月28日

2021年02月25日

きらきらでん(螺鈿)展の感想

樹下人物螺鈿硯屏根津美術館のきらきらでん(螺鈿)展に行ってきた。漆器や蒔絵・沈金の企画展はたまにあるが,螺鈿だけの企画展は珍しい。螺鈿は漆器に貝殻から剥いだ欠片を埋め込む技法のことで,貝殻が使われる工芸品という時点で世界的に珍しく,概ね東アジア・中国の文化圏でのみ発達した。FFTの刀の最強武器で覚えた人も(このブログの読者には)多いと思われる。貝殻は夜光貝を使うのが有名だが,夜光貝は南洋にしか生息せず,日本だと鹿児島が北限ということで入手経路が極めて限られるため,実際にはアワビやアコヤ貝など他の貝も使われた。本展では冒頭に制作過程や技法が示され,その後に中国・朝鮮・琉球・日本各国の螺鈿漆器が展示された。

陶磁器が中国・朝鮮のイメージが強いのに対して漆器は日本・琉球のイメージが強いが,実際に古代や中世初期の日本で螺鈿漆器は中国人からしても異常なほど発達を見せたようで,宋代には中国人が「螺鈿は本来日本の産品」という勘違いが生じていたほどであったそうだ。しかし,中国の漆器の生産が止まったわけではなく,むしろ中世後期に日本漆器は姿を見せなくなったらしい。これは知らなかったのでちょっと驚いた。中国では新たにより薄い剥片を使う薄貝の技法が編み出されてこれが進化していく(日本で発展した既存の技法は厚貝と呼ぶ)。薄貝の方が繊細で,沈金の金銀のように螺鈿で線を描き,ひいては絵を描くことが可能になった。本企画展でもそうした中国の作品が展示されていたが,明・清期の超絶技巧螺鈿は確かに螺鈿とは思えぬ細かさであった(今回の画像はその一例)。しかし,日本等の周辺諸国が厚貝にこだわった(薄貝の技法が入ってきても厚貝を捨てなかった)理由もわかる気はして,螺鈿の良さである光の当たる角度による色のゆらめきが薄貝ではどうしても小さく,はっきり言ってしまうと白から色が変わらないので象牙象嵌と見分けがつかない。もっとも,日本の場合は薄貝の技法が発達した時期がちょうどその日本漆器が国際市場から姿を消していた時期に当たるので,より単純に技術の伝播・継承自体にそんな余裕が無かっただけなのかもしれないが。

琉球の螺鈿は豊富に夜光貝が使えるだけあって贅沢な仕様。朝鮮は日本以上に適した貝殻の入手が難しかった環境であると思われるが,中国から技法を導入して高麗螺鈿・李朝螺鈿と呼ばれるそうな。ただし,やはり数が少なく,本展に出品されたものも(特に高麗螺鈿は)かなり貴重なものであったようだ。ちょっとおもしろいのは高麗螺鈿の方が表現が繊細で李朝の方が文様が大ぶりということ。イメージだけで言えば時代が逆である。

最後に日本の螺鈿。ここはさすがの質・量で,特に江戸時代の螺鈿はすごい。見る角度によって緑・紫・銀と色彩が移ろう螺鈿の特質を見事に活かした作品が多く,見応えがあった。一品,金継ならぬ”螺鈿継”で陶磁器を修復したものが展示されていてちょっと笑った。そりゃできなくはないだろうけども。なお,本展の展示品は根津美術館の所蔵品と個人蔵や東博等からの借り物で構成されていたが,琉球漆器は全品個人蔵,朝鮮漆器はやや借り物が多かったのに対し,中国と日本の漆器はほぼすべて根津美術館の所蔵品であった。これだけ持っていて今まであまり表に出ていなかったのは少々もったいない。全て見終わって思ったのは,自分は螺鈿が好きな割に螺鈿を全然知らなかったなという感想が第一に来た。奥が深すぎる。

展示を見終わった後は庭をぐるっと一周してきたが,さすがに冬であるので人が少なく,ほぼ独占状態で良かった。梅が早くも綺麗に咲いていた他,椿も見頃でこの時期は意外とありかもしれない。  
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2021年02月17日

ニコ動の動画紹介 たべるんご特集(中編2)

4月中旬から5月中旬。選挙の投票期間となり,たべるんごの歌作品が本格的な選挙活動と化していく時期。



おさしみ氏。ニコ動でなにかブームになったら作られるやつ。



ビリーバンバン菅原進氏。上半期20選ノミネート。著名人乱入シリーズでは一番予想できたやつ。情感あふれる「んごー」の響きがすごい。



tosuga 氏。ブームの悪魔合体である。



らすくP3つめ。山形は新大陸だった……?



らすくP4つめ。朝ごはんに山形りんごを食べないと(使命感)



らすくP5つめ。語呂が微妙に悪いけど,ティンパニを叩いてるあかりが楽しそうなので何でも良いです。



Crazy7氏。タイトルで落ちがわかるやつ。



わんさかP。最終盤に「りんごろうえかきうた」のメロディーが入るのが熱い。



屋良斗P。上半期20選ノミネート。見事な替え歌。屋良斗PもわんさかPと同じく,このブームの前からの熱心なあかりP。



テープ糊氏。がくっぽいど使用のちょっと珍しいもの。歌詞が割と面白い。



浅丘ヒートン氏。落ちが強すぎるw



バチP3つめ。上半期20選ノミネート。選挙に対してブーストをかけにいった感じ。よし,これでりんごろうも辻野あかりも描けるな?



メカP4つめ。ヤマガタケーンがやりたかったんだろうなぁw



もすもす氏。星野源PはみくにゃんPじゃなかったっけ? と思っていたらちゃんとネタにされていた。


最後の後編に続く。  
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2021年02月15日

シャニマスのウェットさはすごいと思う

・『アイドルマスター』15周年記念開発スタッフインタビュー、小山順一朗氏×坂上陽三氏×中川浩二氏。プロジェクト誕生の経緯や15年間の思い出などを語る(ファミ通.com)
→ いろいろとざっくばらんに語られているが,後半に出てくるニコマスについての言及が面白い。「いまだから言えますが、おもしろがって見ていました。」は確かに今でないと公にできない発言だろう。まあ,わかむらPをヤングビレッジPとして登用したりしていたので,見てはいたのだろうと思っていたけど。また,ニコマスによる二次設定拡大を危惧したのがTVアニメを制作するきっかけになったというのは驚きである。そこにつながるのか。
→ あとは「『蒼い鳥』を作曲した椎名(豪)が、僕の確認を取らずにオーケストラで録音してしまったんです。」というのもすごい話で,椎名豪は今でもやりたい放題作曲している感じがするが,最初からだった。結果的に『蒼い鳥』はアイマスの名曲として定着したので良かったのだろうが。


・アイドルゲーム「シャニマス」に登場するオタク・ベストテン|品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)(note)
→ もう一つアイマスネタ。シャニマスは他のブランドに比べると明らかに作品の雰囲気がウェットでエモさを押し出してきていると思われ,とするとオタクの造形もリアルになるということだと思う。デレマスもなかなかだけど,あちらはもうちょっとアイドルもファンもファンタジー寄りかなと。実のところ,シャニマスのサービスが始まった時にデレマスやミリマスとどう差別化していくのか,今更3Dモデルのステージが無いサービスで他ブランドに対抗できるのかと思っていたのだが,こういう形できっちり差別化してきたのはすごい。
→ 放クラ率5割なんだけど、実際に放クラが一番限界オタク多そう(偏見)。対抗は「さなぴー」のインパクトがあまりにも強い愛依と自身が限界オタクである黛冬優子がいるストレイライトか。


・ラファエロ作「ガラテアの凱旋」、失われた古代エジプトの青色を再現していた(Call of History ー歴史の呼び声ー)
→ イタリア=ルネサンスは形態の正確さや構図の美しさを重視する「線」のフィレンツェ派と,色彩の美しさを重視する「色」のヴェネツィア派に分かれ,本作は発注者のキージが両者を競わせるべく,隣り合わせの壁画をフィレンツェ派のラファエロとヴェネツィア派のセバスティアーノ・デル・ピオンボに発注した。先にセバスティアーノが《ポリフェモス》を完成させ,後からラファエロが《ガラテアの勝利》を完成させたそうであるから,ラファエロが強い危機感を持って彩色に臨んだのは疑いえない。そのラファエロの側がエジプシャン・ブルーを復活させたというのは興味深いところだが,ラファエロがエジプシャン・ブルーの存在を知っていてねらって復活させたのかはちょっと疑わしい。確かにラファエロは教養豊かで古代地中海世界のことはかなり詳しかったと思われるが,「九世紀頃までにほぼ使用されなくなり、十九世紀に古代エジプト研究が大きく進展して製法が解明されるまで失われた色」まで知っていたかは疑ってかかる必要があるだろう。
→ なお,この対決の後,セバスティアーノ・デル・ピオンボはミケランジェロと協力してラファエロとの共闘を図るようになり,ミケランジェロがデッサンを描いてセバスティアーノが塗る合作を世に送り出した。当時のローマでいかにラファエロが警戒されていたのかわかる話である。なお,この辺の話は以下の書籍に詳しい。

ルネサンスの世渡り術
壺屋めり
芸術新聞社
2018-05-25




・麻の種類(増田)
→ 昔の日本人,繊維質の植物にとりあえず「麻」ってつけがち。見事に植物科名がバラバラ。
→ ジュートはそのまま書くことが多く,黄麻は初めて知った。逆に苧麻のカタカナがラミーというのは知らなかった。ケナフは存在自体をよく知らない。
→ これだけそろっていてマニラ麻(アバカ,バショウ科, 植物の葉)が無いのは不自然だろうと思ってググってみたら,情報元はここだろう。増田でも出典はちゃんと書こうね。ちなみにマニラ麻はバナナより前のフィリピンの主要なプランテーション作物で,現行の高校世界史では不思議にも用語集頻度イ發△襦これに並ぶ「麻」は無く,次点でジュートがインドのプランテーションの説明に登場するくらい。まあ,大麻・亜麻あたりは常識だから収録していないだけだと思うが,昨今の高校生はこれらも知らない気がする。それこそ大麻は麻薬のイメージしかないのでは。  
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2021年02月12日

書評:『世界哲学史』7・8巻(ちくま新書)

5・6巻の書評はこちら。

7巻「近代供ー由と歴史的発展」
19世紀を扱った巻。よく19世紀が1冊に入りきったなというのが読む前の印象で,やっぱり無理があったかなというのが読後の印象である。サブタイトルの通り,大テーマはほぼヘーゲルとマルクスであって,その通りに論じているのはテーマ紹介の第1章の他,2〜4章まで。それもヘーゲルとマルクスを直接扱っているのは4章のみだった。後述するが,本巻のサブタイトルは「啓蒙思想・観念論からの跳躍」とした方が実態に即していた。なぜこのサブタイトルになったのか,第1章を読んでも理解できない。

個々の章で面白かったのは第3・4章。3章はショーペンハウアーとニーチェについて。ショーペンハウアーの思想は全然詳しくなかったのだが,本章で得た理解だけで言えば,本章自身でそう触れられている通り,ものすごく仏教思想に近くて驚いた。ショーペンハウアーがどの程度インドに触れていたのかは研究途上だそうだが,こういうものが西洋哲学の文脈から出てきたというのはちょっと面白い。同じく3章,ニーチェの「永遠回帰」の概念について,初めてはっきりとした解説を読んだ気がする。なるほど,人生や世界が何度繰り返されようとも,その生は肯定されなければならない――そこにどんな悲劇が含まれていようとも。広島に原爆が落ちようが,2011年3月11日に大規模な地震が起きようが,世界線は固定されて(つまりニーチェ的世界観では並行世界などあり得ないしループで別の行動はとれないのである),人間は何度でもそれを繰り返して観賞し,耐えて耐えて,世界のあり方全てを肯定するに至らなければならない。なるほど,そこまで達観できれば確かに「超人」だろう。ショーペンハウアーが「人生とは苦である」と見なし,ニーチェはその否定から哲学を始めたが,ニーチェはさすがにかっ飛んでいる。

第4章は,マルクスと「マルクス主義」のズレ・違いについて論じたもの。なるほど,マルクス主義とはマルクスとエンゲルスの合作であって,必ずしもマルクス本人の思想とは合致しない。マルクスは自らの思想の普遍化を拒否し,その意味で哲学や経済学という学問そのものを批判・否定していた。しかし,エンゲルスや後世の「マルクス主義」信奉者によってマルクスの思想の普遍化が目指されて,マルクス主義は経済学となっていく。エンゲルスひどいやつだな。

以降,第5章は功利主義の一般的な説明で,特徴的な説明ではなかったが,簡明でわかりやすかった。ミルの正確な警句は「満足な豚よりも不満を抱えた人間の方がよく,満足な愚か者よりも不満を抱えたソクラテスの方がよい。(中略)比較されている相手方は両方の側を知っている」であって,豚とソクラテスは直接比較されていない。また,ソクラテスは豚や愚か者の快楽も知っているからこそ質の高い快楽を選ぶことができるという指摘であることは,もっと知られてよさそう。第6章は19世紀の数学史と哲学の関連について述べているが,内容が高度すぎて全く理解できなかった。想定読者層を間違えてないだろうか。この章の内容,他の章の著者は理解できたのか。第7章はプラグマティズムについての,これまた簡明でわかりやすい説明。第8章はフランスで勃興したスピリチュアリスムについて(これはいわゆるスピリチュアリズムではなく,最終的にベルクソンに行き着く思想潮流とのこと)で,第6章ほどではないが私的にはこれもよくわからなかった。というように,3〜8章は既存の西洋哲学の伝統から何かしらの形で逸脱しており,こちらの方がサブタイトルに値する大テーマとして統一性があったように思われる。

最後の第9・10章が本シリーズの中世以降でないがしろにされている東洋史のパートであるが,この第7巻も2章分しかなく扱いが悪い。第9章は近代インドの神秘思想についてで,「神秘の国インド」というオリエンタリズム的に与えられたイメージを逆手にとった「肯定的(アファーマティブ)オリエンタリズム」として近代インドの神秘思想を捉え,スピリチュアリズムという英単語自体も積極的に使い出したのはインド人の側だったという説明は面白かった。第10章は「文明開化」という語を切り口にした近代日本の思想について。個人的にはいまいちで,思想史というよりも言葉の歴史に終始してしまったように読めた。

最後に,pp.224-225の「19世紀後半のアジア」の地図は誤りが多くてあまりにひどいので,注意喚起しておく。決定的な誤りは次の通り。
・英領マレー全体が(ボルネオ島北部含めて)「マレー連合州」になっている
・香港が汕頭(スワトウ)の位置に示されている
・インドの西海岸(スーラト・ボンベイ付近)が不思議な形をしている。このカッチ湾でもカンバート湾でもない湾は一体何。カチャワール半島が2つある……?

また,「19世紀後半」となっているものの,台湾が日本領になっていて,かつ朝鮮が「朝鮮」になっているので1895〜96年と限定できる。とすると誤りと見なせるのは次の通り。ただし,本地図は「いわゆる長い19世紀」の後半にあたる時期の,列強の侵略過程を大雑把に示していると考えるなら,気にしないことにできなくはない。
・イリ地方がロシア帝国領になっている(イリ条約により1881年に返還済)
・シベリア鉄道&東清鉄道が完成している(シベリア鉄道は1897年時点でイルクーツク・ハバロフスク間が未開通,東進鉄道はそもそも敷設権を得たのが1896年・開通が1903年)
・仏領インドシナが完成している(ラオスの保護国化は1899年)
他にもまだありそうな気がするが,そこまで細かく見る気力はない。pp.68-69のウィーン体制のヨーロッパの地図やpp.174-175のアメリカ合衆国の地図は正確なことに比べると,どうしても「本書の東洋史は手抜き」という本書そのものの印象と重なってしまい,非常に印象が悪い。


8巻「現代 グローバル時代の知」
20〜21世紀を扱った巻。本編は大きく二分されて,第1〜5章は西洋史,19世紀の近代哲学を乗り越えようとする動き。とりわけ二元論から脱却すべくあれこれ手を尽くしてみる様相が描かれる。第1章の分析哲学は,私は分析美学を含めて全く知らないところなので勉強しながら読んでいったが,こういう反応もあるようで。



一連のツリーの最後の「事実・価値の二元論が正確にされないまま進んでいくというのが問題なのだけど、その二元論の崩壊の進行を分析哲学史と重なり合うものとして描くという発想にも無理があるのだと思う。」という指摘はこの8巻の前半全体に効く批判になりかねず,かなり手厳しい。第2章はオルテガ・ベンヤミン・フッサール・ハイデガーを取り上げての大衆論・技術論。第3章はフランス中心のポスト構造主義・ポストモダンで,教科書的な説明ながら東浩紀まで拾うので射程は広い。第4章はフェミニズムについてだが,哲学史というよりも運動史な感じはした。確かに本質主義論争は哲学的であるし,多様な性という結論は二元論からの脱却ではあるのだけれども。第5章は「哲学と批評」というテーマだったのだが,何を言っているのかよくわからなかった。私の知っている批評の話ではないようだ。「批評とは解釈学であり,解釈とは聖典の読解である」というのは飛躍であろう。しかも紙幅の大半は井筒俊彦の思想についてであって,批評の話はどこかに飛んでいっている。

後半6〜10章は東洋史で,ここに来て今まで雑な扱いだった東洋史に半分割かれることになり,挽回にしては遅い。ともあれ,地域が散っていて,それぞれの地域で西洋の哲学と伝統の衝突・融合の様相が描かれていて面白かった。第6章では中田考が現代イスラーム哲学を論じているが,中田考の立ち位置の独自性を考えると,別にもう1章設けて別の論者を用意すべきだった気はする。実際に第6章は中田考節がすごいので,文章として一読の価値がある。

第7章は中国の現代哲学で,本書の白眉だと思う。20世紀初頭から現代までの中国(清末・中華民国・中華人民共和国)の西洋哲学受容の流行を追いつつ,その背景となる政治状況や重要な中国人哲学者を紹介していく。醒めた現代の先進国に比べると中国はまだ近代の熱気が残っていて,しかも改革開放の1980年代以後は上手く中国の伝統思想とも向き合えているように感じた。本土以外の中華圏にも触れて,代表的な哲学者として牟宗三を挙げている。第8章は19世紀末〜20世紀前半の日本哲学で,西周・井上哲次郎・西田幾多郎を中心とする。やはり一足早く東西の思想融合を目指した本邦の20世紀前半までの思想状況は独特で面白い。第9章は,第7・8章の背景にクローズアップしたもの。儒学があまり省みられなかった(というよりもキリスト教の立ち位置に置かれてしまった)のに対し,西田幾多郎や牟宗三が仏教と西洋哲学を結びつけている。また,東アジアにおいては大陸系・分析系という区分は意味がないという指摘もあった。ここでは東西という二元論も,西洋の内側の二元論も解消されている。最後に,そういう思想状況に対して「近代はまだ達成されていない」と主張して水を指した丸山眞男がぼこぼこに批判されていたので笑ってしまった。しかしまあ,実態の日本社会の未成熟に対する指摘としての評価はともかく,思想状況への指摘としては本章の筆者の反論の通りだろう。ただし,返す刀でそもそも丸山の批判が意味を失うほどに東アジアの伝統思想から遠ざかってしまった21世紀現在の日本社会も,筆者は戒めている。

最後の第10章は現代アフリカ哲学について。これも非常に面白かった章で,伝統的な思想をどうやって取り出して現代の哲学の俎上に乗せるのかという,アジア諸地域であれば19世紀後半から20世紀前半に経験したことを20世紀後半から現在にかけてやっている苦労が忍ばれる。一点だけ批判しておくと,p.254の地図は2020年現在になっているのに南スーダンが独立していない・エスワティニではなくスワジランドになっているというさすがにまずい部類に近い校正ミスがある。ついでに言うと「カーボナルデ」「チヤド」「ジプチ」になっている。7巻の地図といい,スケジュールがよほど厳しかったのか,筑摩書房の校閲が行き届いていない。またしても非欧米地域だし。中公新書でもそうだけど,大御所・固いところだからと言っても信頼できんのだな……

最後の終章は「世界哲学史の展望」として,サブタイトル通りのグローバル時代の哲学のあり方について論じている。




「別巻」は未入手なので,読んだら別にまた書きます。

  
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2021年02月11日

書評:『世界哲学史』5・6巻(ちくま新書)

1〜4巻の書評はこちら。

5巻「中世掘.丱蹈奪の世紀」
サブタイトルの意味が一番わからない巻。扱う時代が14〜17世紀と4巻に比して広く,第1章で「ルネサンスには重要な哲学者がいなかったと見なされているが,そうでもない」という弁明が書かれているが,この扱う時代の範囲の違いでは説得力がない。そしてどうにも共時性を見いだせるテーマ設定が作れなかったので,仕方なくつけたサブタイトルがこれだった……という雰囲気だが,バロックとは17世紀,拡張するとしてもその手前50年ほどが限界であろう。14〜16世紀の西洋は圧倒的にルネサンスの時代であって,こちらをサブタイトルに持ってこなかったのはルネサンスという語自体が持つ強い意味合いを避けるという意図は理解できるものの,バロックも大概恣意的であるという点はどうしても気にかかる。どうも中世と近世の間に断絶は無かったという意図があったようだが,それを「バロック」の語に仮託するのは無理がある。「中世掘廚盖い砲かるところで,これで本文中に「世界哲学史は概念として近世を置かない」と説明が入るならよかったのだが,そういうわけでもなく,むしろ近世という語を便利に使っている。つまり,「近世」を避けた意味は全く説明されていないし,理解もできないし推測もできない。

とはいえ,本巻の各章は中世でも近代でもないという近世の雰囲気はよく出ていて,第2章「西洋近世の神秘主義」は主にアビラのテレサを扱った章だが,確かに中世でも近代でもありえない特有の現象だろう。第4章「近世のスコラ哲学」でスコラ哲学が中世で死んだわけではないことを示しつつ,第6章「西洋における神学と哲学」や第7章「ポスト・デカルトの科学論と方法論」で近世西洋の哲学者たちがスコラ哲学的なアリストテレスの概念を引きずりつつもそこから離陸していく様子が描かれる。

大きくバランスが変わったのが東洋史で,「イエズス会とキリシタン」の第5章をカウントするなら8・9・10章も東アジア史なので,東アジア史は計4章分あってかなり扱いが良い。その中で第8章「近代朝鮮思想と日本」は珍しい内容で非常に面白かったのだが,8章冒頭でいきなり「世界哲学に対して朝鮮哲学はいかなるインパクトを与えたのか。残念ながらこれまでのところは,インパクトはほとんど無かったといってよいだろう。」という強烈な自虐から入り,内容の7割は政治思想史であったので,本巻の収録内容としては疑問が残る。一方,第9章「明時代の中国哲学」はイエズス会宣教師が士大夫に与えた思想的なインパクトが論じられ,第10章「朱子学と反朱子学」は日本の江戸時代の儒学と清朝儒学(ほぼ考証学)の関連性・交流が語られていて,なるほどこれは世界哲学史にふさわしい。

さて,お気づきの方もおられると思うが,なんと本巻は東洋史に割り当てられた4章が全て東アジア史で占められていて,インドやイスラーム圏の話題が一切無かった。確かに近世のこれらの地域は保守化が進んで,科学革命を起こした西欧との水をあけられていく時期ではあるのだが,それに反旗を翻して「いやいや,近世イスラームにはこんな思想家がいたんだよ」とやるのが本シリーズの真骨頂ではなかったか。3巻に空海を入れた勇気が本巻にはない。





6巻「近代機〃写悗反祐峇蕎靉澄
18世紀を取り扱った巻なので,必然的に話題の中心は啓蒙思想となる。啓蒙思想は理性主義を突き詰めた思想・学問と思われがちだが,理性を突き詰めるというためには必然的に理性と感情の境界を定める必要が出てくる。そうして啓蒙思想家たちの研究活動を振り返ると,思いのほか感情についての研究も分厚いことがわかってくる……というコンセプトを持った巻。しかしながら例によって,コンセプト通りに啓蒙思想家の感情論を追った章(第1・2・6・7章)と,純粋に啓蒙思想を追った章(第3・4章),「啓蒙と宗教」という独自のテーマを立てた第5章というようにやっぱりまとまりがない。とはいえ,コンセプト通りの4つの章は上手くかみ合っていて,道徳は感情に由来するのか理性に由来するのかという啓蒙思想家たちを悩ませた一大テーマがリレー形式で進み,最後にカントの『実践理性批判』に行き着く流れは,他の章同士のかみあわなさと比較すると圧倒的に美しかった。そのカントによる「道徳を司るのは(実践)理性である」とする論証は必ずしも説得力を持たず,バトンは現代思想に受け継がれているという終わりからも,本巻のコンセプトは世界哲学史という大上段に上手く応えたと言えよう。

しかし,例によって東洋史が3章分しかなく,しかもこの8〜10章は大問題を抱えている。まず,第8章は「イスラームの啓蒙思想」という章題の通り扱っている時代が完全に19世紀である。これは6巻が「世界の啓蒙思想」という単純なくくりであるなら問題なかったのだが,本巻は第一に18世紀を扱うことを銘打っていて,イスラームの啓蒙思想をここに置くのはルール違反である上に,この並びだとどうしても進歩史観を意識せざるを得ない。しかも本筋の西洋史のテーマ設定は一ひねり加えた「啓蒙思想と感情論」になっているのに対し,この第8章はイスラーム側の啓蒙思想の受容史に終始しているため,尚更「受容する側」という視点が強調されてしまっている。この章は7巻に置いた上で,受容する側の100年の遅れが中東の思想史にどのような影響を与えたのか,またそれはたとえば東アジアの受容とはどこに共通点と相違点があるのか,という論じ方にしておけば意義深かったと思う。あるいは逆に第9・10章をその東アジアにおける啓蒙思想の受容史とするのも良かっただろう。実際に7巻に近代日本の「文明」概念の受容史をやっているので余計にイスラームだけ6巻に入れた理由がわからない。

第9章・10章は第8章とは逆で,感情論を論じてはいるが啓蒙思想とのつながりが全く無い。8章までとの断絶が深く,6巻の中では宙に浮いてしまっている。加えて,この第9・10章は5巻の第10章と関連性が深く,しかしなぜか相互に言及が無いという不自然な現象も起きている。伊藤仁斎と荻生徂徠,清朝考証学にそれぞれ面白い言及をしているのにもったいないことだ。前置きの説明も重複していたし,これらを同じ巻にすればもう少し別の話題に紙幅が裂けたのではないか。第8章はともかく,第9・10章は内容がすばらしかったので惜しい。


長くなったので7・8巻は別に。  
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2021年02月10日

配信はながら見以外だと時間も食われるのよな

・旅館で見かける青い固形燃料。アレって何でできてるの?調べてみた(メシ通 | ホットペッパーグルメ)
→ これは良い調査。どこの旅館・ホテルに行っても出てくるので見飽きた感もあり,「いや別にここでアトラクション性を求めてもないんだが……」と思ってしまうこともけっこうあったが,この記事を読んでちょっと反省した。思っていたよりも技術の塊で革新的な商品だった。ありがたく使わせてもらって温かい鍋物・焼物を食べよう。
→ 誤飲防止のため「固形燃料の中に苦み剤を入れているので、普通ならとても飲み込める味ではない」というのはガスに匂いがつけてあるのを思い出した。
→ ところで,この記事は2018年の記事であり,つまりコロナ前である。観光業の大ダメージとともにこの会社もダメージが大きそう。体力はありそうだし,キャンプ用とかでは売れているだろうから,この1・2年で死ぬことはなさそうだけど。


・京都のギリギリ駐車コレクション(デイリーポータルZ)
→ うちの近所もこういう止め方をしている車を多く見る。「天井型」は実物を見るとかなりインパクトがある。ついでに言うといけず石もちょくちょく見かける。ブコメを見ると鎌倉や大阪でもよく見られるようなので,京都に限定せずとも,道が狭くて古い家が多い都市で車を持つとこうなっちゃうのかも。


・ウニ養殖、エサはタケノコ 荒れる竹林対策との一石二鳥(朝日新聞)
→ ウニは過去に廃棄キャベツでの養殖,また記事中にも書かれている通りクローバーでの養殖が報道されており,ウニは何でも食わされてるな……という印象が強まる。よく読むとクローバーの記事中にタケノコも実験中とあるので,それも上手くいったのだなと時系列が辿れる。実験している主要な研究者の一人に3つとも栗田喜久氏がいるので,この人がキーパーソンっぽい。


・YouTubeの投げ銭機能「スーパーチャット」の累計金額ランキングが発表、上位7人を日本のVTuberが占める(GIGAZINE)
→ スパチャを投げるのが楽しいのは正直割と理解できてしまうので(追ってるサークルの同人誌を買うのもお布施の一種と考えているくらいなので),そこに嫌悪感は無いというのを前置きした上で。その金どこから湧いてきたとは思ってしまうのがまず一つ。貯金が切り崩されているとは思われず,他の産業,特にソシャゲ・スマホゲーへの課金やアニメの円盤等からちまちまと削られてこちらに向かっているのだろうなとは予想されるのだが,この予想が正しいなら他の産業からするととんでもなく巨大な脅威が出現したものだ。
→ 次に,VTuber業界の二大巨頭というとホロライブとにじさんじだと思われるが,スパチャに限定するとこれだけホロライブが突出するというのが二つ目。このあたりはほぼ全く追っていないので無知であるから,有識者のコメントを待ちたいが,おそらく収益構造が違うのであって規模にそれほどの差は無いのではないか。傍目から見ていてもにじさんじ勢はそれほど登録者数やスパチャにこだわりがないように見える。
→ ここからは単なる自分語りになるが,私はスパチャを投げたことがなく,理由として大きいのが配信をリアルタイムで見るのが苦手だからである。テレビになくネットにある優位性は,コンテンツを受容する時間帯がバラバラでも各自のリアクションを保存したりやりとりしたりできることにあって,この点でやはりニコニコ動画のコメントは革新的だった。濱野智史氏がこれを「視聴体験の《疑似同期》」と命名していて,この優位性は現在でも(日本では)ニコニコ動画のオンリーワンだと思う。配信が主体というのはネットの持つこの強みを自分から毀損しているように思えるのだ。何が悲しくて配信者の側に視聴体験の日時を指定されねばならぬ。もちろん配信のアーカイブ化によってある程度は疑似同期できるのだが,自分が後追いでコメントを打てないのは半分しか同期できていない。  
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2021年02月09日

ロッキード事件とNPT批准がクロスするのは面白い

・ノモンハン 大戦の起点と終止符(朝日新聞)
→ 様々な史料も挙げつつビジュアルも見やすく,ノモンハン事件について深く掘り下げた充実の内容。一読の価値がある。むやみに戦線を広げたはいいが物資が足りず,おまけにドイツと歩調が合わずに停戦,おまけにスターリンに不信感を植え付けて日ソ中立条約破棄の布石になったという。関東軍や陸軍指導部の無責任体制もひどい。戦闘そのものは被害を見るに意外と善戦していたことが明らかになっているが,双方の余力を考えると痛み分けというには厳しい。


・NPT批准、天皇発言で「議長やる気に」 メモで裏付け(朝日新聞)
→ これは天皇の示唆がいい方向に作用した現象だが,立憲君主としての振る舞いからはやや逸脱しているように思われる。戦後でもこういうのがあったのだというのは不思議な感覚になるところで,一応は大日本帝国憲法でも天皇は直接的な発言を避けるべき立場にあったはずだが,いわゆる田中義一の辞任しかり「御聖断」しかり戦前は天皇の意向が出てしまう体制だったのだろう。その名残としての本件を見るに,昭和天皇は戦前と戦後を貫き通す存在であると改めて思った。
→ ところで,1968年発効のNPTについて,日本は署名が1970年,批准が1976年とかなり出遅れていたのだが,そういえばその理由を知らないなと思って調べてみると,非核保有国に対する安全保障とIAEAの査察が技術の漏洩になるという疑念,米ソの核軍縮への不信感の3点で自民党・外務省内部でも揉めていたし,野党からの反対も大きかったようだ。1972年のSALT気猟結,1973年のパリ和平協定とデタントに向かっていた時期ではあったが,冷戦中の緊張感を感じる話ではある。しかしながら,日本の批准の最後の決め手になったのが昭和天皇の意向とロッキード事件でそれどころではなくなったからというのは,こう,国際的な緊張感に釣り合わない国内事情で歴史の面白さとやるせなさを同時に感じる話ではある(ロッキード事件の発覚が2月,批准が6月)。


・女性同士の愛を描く――歴史に埋もれかけた英ビクトリア朝の絵画(CNN)
→ この画家のことは知らなかったが,画風は完全にラファエル前派で,記事中の経歴を読んでもそれは裏付けられる。とすると歴史画を主体としたのは理解できるところで,あとの題材選択はやはり本人の出自(ユダヤ人)や性的指向によるものなのだろう。晩年の画風は象徴主義に近いし,実際に象徴主義の詩人とはつながりがあったようだから,西洋美術史全体の様式の変遷に影響を与えているだろうし,ジェンダー美術史が発展するにつれて扱いが重要な画家になっていきそう。
→ サムネにもなっている「ミティリニの庭園のサッフォーとエリンナ」は,弊ブログでも取り上げた傑作短編漫画の『うたえ! エーリンナ』の主人公のエーリンナである。ミティリニはレスボス島の主要部の地名。サッポーはともかくエーリンナが描かれることは稀なので少し驚いた。


・江戸時代のスイカはどのようにカットしていたのかというお話(太田記念美術館)
→ 非常に面白い話なのだけれども,「当時描かれた絵を見れば,当時の人々の風習がわかる」と早とちりされると美術史学の危機なので注意は促しておきたい。画家は描写の美しさを優先して嘘を描く。また貴族や富裕層はしばしば趣味として当時普通ではなかった格好や趣味を行う(たとえば近世の西欧貴族は絵画の中だと古代や中世の服装に扮するーーそれも当時の雑な考証の下に)。だから,絵画作品から当時の風習を読み解いた場合に,研究者の精査抜きに信用するのは怖い。
→ 本記事の場合は,あまり疑うに足る状況の作品群ではないのと,記事中に「江戸時代のスイカの切り方については、あくまでいくつかの浮世絵を眺めた上での印象にしか過ぎません。しっかりとした調査はまだしておりませんので、何か情報がありましたらご教示下さい。」とあるのでかえって信頼できるのだが,微力ながら私もこれは言い添えておきたくなった。  
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2021年02月07日

大相撲における関脇・小結という地位について

・豊ノ島の引退で考える「関脇」問題。初昇進から1年の成績が未来を占う?(西尾克洋,Number)
この記事に,非常に興味深いデータがある。昭和33年以降の入幕で関脇に昇進した経験がある力士136人のうち,
1.関脇で勝ち越し経験が無い力士:38名
2.関脇で勝ち越し経験はあるが二桁勝利経験が無い力士:22名
3.関脇で二桁勝利経験はあるが大関に昇進していない力士:16名
4.大関に昇進した経験のある力士:60名
とのことだ。大関昇進率は60/136であるから,関脇まで来れば半数弱は大関に昇進することになる。私の実感としてもそのくらいで,関脇昇進は大関昇進に片腕届いていると言っていい。小結は番付運が良ければ上位戦の無い前頭中盤で好成績をあげるとなれてしまう。また小結は初日に横綱と当たって前半は上位総当たりになるため,前半で負けがこむとそのまま調子を崩して後半も勝ち星をあげられないというパターンが多く,好成績を残しにくい地位である。その小結で勝ち越さないと関脇になれないわけだから,関脇になれた時点で実力はかなり保証されるのだ。まあ,小結をすっ飛ばして関脇に二段階特進する強運の持ち主もたまにいるが,これについては後述する。

しかも関脇は小結と違って,その場所の横綱・大関の数にもよるが,上位戦は中盤か終盤に回ってくるので小結ほど調子の維持の面で厳しくない。にもかかわらず,上述のパターンで4に次いで多いのが1,つまり勝ち越し経験が無い力士というのは意外である。豊ノ島も小結は在位8場所で3度勝ち越している。しかし関脇は5場所在位して一度も勝ち越していないーー前述の通り,関脇の方が良い環境であるにもかかわらず。大関に片腕がかかっているというプレッシャーゆえか。

以上の説明からすると,「初めての関脇昇進から1年以内に二桁勝利を挙げるケースが多く、その割合は実に81%に上る。関脇で勝ち越しを経験した力士の68%が、昇進した最初の場所で勝ち越しを決めている。」というデータはすんなり納得が行くところだろう。やはり,関脇という地位にプレッシャーさえ感じなければ,小結で勝ち越せた実力があれば関脇で勝ち越すのは容易であり,そのまま大関への足がかりも作っていく。逆に小結で勝ち越せておいて関脇で勝ち越せないのは,その力士は実力以外の点で”何か”ある。

最後のページの指摘も示唆的で,私も「横綱・大関世代表」の記事で指摘したのだが,2020-21年の大相撲は前頭上位・小結・関脇に若者が少なく,2021年初場所で言えば横綱の平均昇進年齢25.7歳よりも若い人が琴勝峰と阿武咲しかいないというのはかなり悲観的な状況と言わざるを得ない。2017-19年頃によく言われた「世代交代」は2021年現在,完全に止まってしまっている。


このNumberの記事に対する反応として自分は「同じようなデータを小結でも見たいところ。」と書いたものの,ネットにそんなデータが落ちてなかったので自分で数えてみた。母集団は「昭和33年初場所以降に入幕し,かつ小結以上の地位に昇進した経験がある力士」で計204人。このうち最高位が大関以上が62人,関脇が78人,小結が64人である。まずこの数を比較するとわかることだが,実は最高位が小結のまま引退する力士は少ない。小結まで昇進した者の約7割は関脇以上に昇進できる。小結・関脇・大関以上で概ね1:1:1になるのは面白い。その上で以下のデータを見てほしい。

1.小結で勝ち越し経験が無い力士:53人
2.小結で勝ち越し経験はあるが関脇に昇進していない力士:11人
(最高位が小結の力士小計:64人)
3.小結で勝ち越し経験が無いまま関脇に昇進した力士:24人
 このうち小結未経験のまま関脇に昇進した力士:4人
4.小結で勝ち越して関脇に昇進した力士:54人
(最高が関脇の力士小計:78人)
5.最高位が大関・横綱の力士:62人

前述の通り,小結という地位は序盤に上位戦が組まれるために勝ち越しが非常に難しい。そのため,前頭上位で勝ち越して小結に昇進するわけだから,大関・横綱にも勝てる実力が保証されているにもかかわらず,小結では実力が発揮できずに散っていく力士が多いのである。ゆえに,小結が最高位の力士のうち6人に5人は勝ち越し経験がなく,しかもその内情を見ると小結が最高位の力士のほとんどが3勝12敗や4勝11敗,在位が1〜3場所という結果に終わっている。いかに小結という地位が過酷かわかろう。小結での序盤上位挑戦は,それ以上の地位への試練になっていて,良い選抜として機能している。

ところが,その試練をスルーして関脇になった幸運な者が長い大相撲の歴史で4人だけいる。そのうち2人は平成以降であるので名前を挙げておくと,北勝力と隆の勝である。また,小結での勝ち越しを未経験のまま関脇になった者も20人いて,意外に多い。逆に小結で勝ち越して試練を突破したにもかかわらず関脇に昇進できなかった不運な者も11人いる。しかも小結での勝ち越しで関脇に昇進できなかった11人のうち5人は直近15年に集中している(露鵬・黒海・遠藤・阿炎・阿武咲,まあ後ろ3人はまだ関脇になる可能性があるが)。ちょっと古いところだと旭道山がそう。最近の番付は3人めの関脇(いわゆる張り出し関脇)を極力認めていないが,その弊害がここに現れていると言えよう。この調査内容を踏まえるに,負け越しとの差別化を図るべくもっと寛容に張り出していけばいいのではないか,という提言を本記事のまとめとしたい。
  
Posted by dg_law at 23:00Comments(0)sports

2021年02月06日

かえって西三河の土産が全くわからない

今日はブログの日らしいので,たまには更新しよう……

・人口8万人の市長が「ジェンダーギャップ」に目覚めた理由〜兵庫県豊岡市の持続可能なまちづくり(前編)(治部れんげ)(個人 - Yahoo!ニュース)
→ Uターン・Iターン振興策を取ると,女性は男性よりも若者回復率が低くなるというのは面白い現象だった。ここでは兵庫県豊岡市の事例だが,日本全国的にそうなのか簡単に調べてみると,青森県の研究が見つかったが,やはり女性のUターン率が男性に比べて如実に低い。また,日本どころか世界的に「高度経済成長期には都市部に若年男性が集まりやすいが,先進国では逆に女性が集まりやすい」というデータが出てきて,建設からサービスへの変化がこんなところにも。産業・職業によって男女比が異なること自体がジェンダーギャップがある証拠ではある。ともあれ田舎に帰ると仕事がないのは女性の方が強まる傾向なのだろう。
→ その意味で豊岡市の取り組みは正しく,労働上のジェンダーギャップを埋めないことにはUターン率の男女差も改善されまい。がんばってほしい。


・ビジネスホテルに泊まる楽しさを共有し合いたい(増田)
→  あまり出張がないけど,割とわかる。狭い中に必要なものしかない機能性と軽い非日常感と安息。夕飯を外で食べてから泊まるしほぼ1泊2日で朝早く出ていっちゃうから,軽い非日常感に浸る間もなく出ていくことになるのが寂しい。
→ カプセルホテルも自分の荷物が少ないなら嫌いじゃない。 狭いのが逆に落ち着くし,軽い非日常感はより強い。


・【保存版】勝手に決めよう!全国47都道府県を代表するお土産はこれだ!(ぐるなび みんなのごはん)
→ 「代表する」なので美味いかどうかは別,世間のイメージはこれという企画と理解した。その上で見ていくと異論は少ない。
→ 群馬県はよく行くが,「ハラダのラスク」のイメージは無い。というよりもそういう特定のお菓子のイメージが全然なくて,全然別のものを買っていく気がする。同様の理屈で長野県もよく行くけど「雷鳥の里」は買って帰ったことが一度もない。この辺は難しい。
→ 東京は「雷おこし」でいいんではないかな。仮に東京ばな奈とごまたまごから選べと言われたら私はごまたまご派。あとは東京駅で売っているものなら香炉庵の「東京鈴もなか」とメープルマニアの「メープルバームクーヘン」がお勧め。この二つはそのうちこういう企画で名前が挙がるようになるんじゃないかと思う。
→ 愛知県は,これはブチギレ案件ですよ。最低限尾張と三河は分けてくれ。その上で言えば尾張は「ゆかり」で異論が無い。もちろん「ういろう」でも良いと思うけども。「餡麩三喜羅」は全く知らなかったけど,かなり好評で見た目も美味しそうなので,今度名古屋に行った時に買って帰りたい。三河は西と東でまた分かれ,西はよくわからんのでパス。東三河は「あさりせんべい」に1票入れたい。それ以外だと「あんまき」か「ヤマサのちくわ」。
→ 京都は八ツ橋でいいと思うけど,実際に「茶の果」も美味い。八ツ橋は会社で配りづらいのでこっちになる。


・「近所」というフロンティア――地元観光のすすめ / 吉永明弘 / 環境倫理学(SYNODOS)
→ 近所のマイナー観光地を発掘するのは確かに楽しい。自分の場合は文京区なのでそういうものがあふれているからこそというのはあるのだが,Googlemap片手に適当に歩いているだけでもいろいろ見つかる。東京という日本の中心地たる機能を背負わされているからこそ,そうではない完全ローカルな歴史が垣間見えるのが面白かったり,逆に歴史の流れの中心にいたことを示す史跡なのに全然メジャーじゃなくなってたりするものが見つかったりする。例えば前者だと旧伊勢屋質店,後者なら東大キャンパス内のトマソン群とか,お玉ヶ池種痘所跡とか。確かにwithコロナの社会として近隣の散歩が見直されてもいいかもしれない。  
Posted by dg_law at 23:41Comments(2)diary