2017年03月31日

2017年02月25日

2月に行った展覧会(都美ヴェネツィア・ルネサンス展,サントリー美術館新所蔵品展)

ティツィアーノ《フローラ》都美のヴェネツィア・ルネサンス展に行ってきた。最近やたらとよく来るなというイメージだったが,去年はこの1回だけか。ボッティチェリも頻繁に来ているイメージがあるし,三大巨匠以外も見ろよ日本人というイタリア当局の攻勢だろうか。今回の構成は去年のものとほとんど変わらず,早期のベッリーニ兄弟から,盛期のティツィアーノ,そしてティントレットやヴェロネーゼへという流れの紹介。ヴェネツィア・ルネサンスの流れや特徴については前出の拙文から付け足すことは特に無いので省略する。

展示された作品は,去年がほとんどヴェネツィア・アカデミア美術館のものであったのに対し,所蔵元が北イタリア各地に散らばっていて,そこで差別化は図られていた。ジャンルとしては肖像画が多く,次に歴史画。また,会場がかなり広い都美の企画展示室を使っていた割には作品数が約70点しかなく(油彩画はうち約50点),1品1品が大きかったとはいえ,ゆったりしとした贅沢な空間利用となっていて,それなりの人数が入っていたにもかかわらず混雑は感じなかった。キャプションでは「線のフィレンツェ,色のヴェネツィア」という美術史学上のポイントを強調していて,これを機会に覚えて帰ってほしいポイントを絞っていた感じ。しかし,フィレンツェ側の作品が展示されていたわけではないので,対比としてはわかりにくかった気も。

今回の目玉はティツィアーノの《フローラ》で,花の女神と称されるだけあって華やかさを感じる作品である。ただ,ふくよかな肉体に比して小顔すぎるような気はしていて,顔を見てから身体を見ると,さすがに豊満すぎるだろうと感じてしまうのは現代人の感覚だからだろうか。ともあれ画面中央のはだけた肌がやはり一番の見どころであり,胸に向かうなだらかな曲線を強調するための小顔と豊満さであろう。その他のティツィアーノの作品としては《ダナエ》や《マグダラのマリア》,《教皇パウルス3世の肖像》等が来ていた。良い物をたくさん見たという率直な感想はあるものの,それ以外の感想はあまりない。



デルフト焼「染付唐草文大壺」サントリー美術館の新収蔵品展。二人のコレクターから寄贈されたものを展示。一人は野依利之氏で,ご存命。美術商であるが,この度自らのコレクションの一部を寄贈した模様。本業はアール・ヌーヴォーの美術品の収集・売買だが,今回の寄贈品のほとんどは15〜17世紀の陶器である。ヨーロッパ陶器勃興の時期で,最初にスペインのマジョルカ島で誕生したためにマヨリカ焼と呼ばれる製法は,イタリアで発展して全欧に広がった。錫釉をかけることと二度焼きをすることで白く見えることを発見して生まれたこの製法は,それまで金属器の食器が主流だったヨーロッパを席巻した。

しかし,その直後ともいうべき大航海時代に,はるか東方から優れた陶磁器が入ってきたものだから,ヨーロッパ人は驚いた。言うまでもなく,中国や日本の焼き物である。そして,オランダのデルフトを中心に,今度は目指せ東洋の神秘という運動が始まる。ヨーロッパ人にとっての,オランダ人にとっての不幸は白く輝く磁器にふさわしい土がなかなか見つからなかったことである。マヨリカ焼の白さではまだくすんでいて,磁器には勝てない。そこで,土の種類のハンデを覆すべく,製法の革新に向けた涙ぐましい努力が行われた。その成果がいわゆるデルフト焼である。本展覧会は,こうした歴史を語るとともに,マヨルカ焼からデルフト焼の流れを紹介し,デルフト焼の精華が展示されていた。……とまあ紹介しておいてなんだが,個人的にはやはり「その努力は認めるが」という感想で,やっぱり磁器の方が好きだ。デルフト焼は確かに真っ白に近いのだけども,それでも日本や中国・マイセンの磁器の輝く白さを頭に浮かべて比較すると,まだ“足りない”。ただ,美しさは横に置いといてみると,確かにこれはひょっとして磁器なのでは……と疑ってしまう程度には再現度が高く,技術的にはとてもおもしろい展示であった。野依氏からの寄贈品の最後に,エミール・ガレの陶器という珍しい作品が4つだけ置いてあって,これはこれで興味深かった。ガラスのイメージが強いという人はぜひ。

もうお一方,辻清明氏は本業が陶芸家で,2008年に亡くなられている。そして寄贈品はガラス器中心で,今回の寄贈者はお二人とも本業以外からの寄贈となっており,見事にクロスしている。父親は実業家だったが,その父親に買ってもらった野々村仁清が陶芸家になる契機だったというから,豪快なエピソードである。

辻氏が集めたガラス器は古代ローマ・ササン朝以降のイラン・中国・ヴェネツィアングラス等多種多様だったようで,こちらも時代が新しくなるとガラスの透明度が増していくという技術的進化が見られる。その中で,あえて逆行して透明度ゼロのガラスを追求していた乾隆帝時代のガラス器もおもしろかった。コレクションで一番多かったのは日本のガラス器で,江戸後期から幕末にかけて進化した江戸時代の色ガラス・切子が豊富に見ることができ,完全に目の保養であった。

なお,今回の展覧会は事実上常設展であったためか,写真撮影OKである。私が行ったタイミングでは一眼レフ構えたカメラガチ勢は全くおらず,皆スマホでパシャパシャ撮っていた。そういうわけで今回の画像は自分のスマホで撮影したもの。デルフト焼のうち,染付再現度が特に高いなと思ったものをピックアップ。  
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2017年02月22日

鹿と猫の太刀と鎧

ようやくここから今年行ったもの。赤糸縅大鎧東博の春日大社展に行ってきた。春日大社が約20年に一度の式年造替を行うので,その間に神宝が外に出てきた形である。展示物は春日大社を描いた掛け軸や彫刻,過去に奉納されてきた品々や,神事・祭儀に用いる道具類が主であるが,奉納された品々では勇ましいことに太刀や鎧が多いのが特徴的である。主祭神が武甕槌であるので,武具が多いのであろう。おそらく,企画展の目玉の一つが鎧というのも珍しい話ではなかろうか。

春日大社を描いた作品群は,見渡す限り鹿しかいないという様相で(ダジャレではない),これは春日大社創建の由来による。武甕槌が鹿島から春日大社のある御蓋山の移動する際に白鹿に乗ってきたという伝説から,春日大社は鹿をシンボルとしている。現在の奈良公園に連中が跋扈しているのも,こうした事情から丁重に扱っているためである。なお,奈良県としても鹿が増えすぎていて食害等の被害が大きくなっているので,きっちり狩猟区域・狩猟期間を設けていて,その制限の中では狩猟を奨励していたりする。それはそれ,これはこれ。鹿以外では,大社の全景を描いたものが多かった。これは現在の観光案内パンフレットや土産の役割を果たしたので,多く描かれたという事情がある。所蔵元も多種多様で,これを機会に一堂に会したということなのだろう。

奉納武具では金地螺鈿毛抜形太刀が最もピックアップされていて,目立つ位置に。鞘が見事な金粉に蒔絵と螺鈿で装飾されており,当時としては珍しい意匠で,猫が竹林で雀を追っている様子が描かれている。これ自体見事な細工で保存状態も良く見応えがあったのだが,おもしろかったのはこれを今回の企画展がゆるキャラ化してしまったことでキャラクターグッズのところにいるニャデンとチュン),弱肉強食の場面がゆるくなっているのが最高にシュールだった。ぬいぐるみなんて完全に捕食のシーンなのだが……何をとち狂ってこの場面をチョイスしたのか。他にも何本か国宝・重文の太刀が展示されていた。そして目玉はやはり鎧で,実際見事なものである。ぶっちゃけて言うと同じようなものは常に東博の常設展で見れるのだけれど,奉納品ゆえか保存状態が良い。フライヤー等で前面に出して宣伝するだけのことはあった。

あとは文献史料が多めに展示されていたところはいかにも東博の企画展で,『延喜式』(いわゆる延喜式神名帳),『続日本紀』(768年の創建について),『小右記』『御堂関白記』『栄花物語』(藤原道長関連),『中右記』(式年造替の記述がある)等。展示されたところで結局ほとんど読めないのだが,あーこれが高校日本史で習ったり古文に出てきたあれ,という気分にはなれるので,気になる人はぜひ。
  
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2017年02月20日

非ニコマス系動画紹介 2016.10月下旬〜2016.11月上旬



まさかの0歩。まさにこれ以上無い完全な極限低歩数攻略である。5193歩を達成して驚いていた頃,誰がこの結末を予想し得ただろうか。52回全滅バグの可能性は無限大であった。なお,コメントでも指摘されているが,やりこみ爺さん基準ならタイムも0:00で最速である。



こちらは追加のお遊び。






part1が始まった時の「何言ってんだこいつら……」からの納得の展開。「伝説の始まり」タグの名に恥じない,笑いの神に見出された動画となった。全自動卓だから山から拾っても大して意味はないだろうと思いきや,これだけ上がれているのを見るに,単純にツモ回数が増えるだけでも効果が大きいということだろうか。ハイライトは東2局の手牌強奪だろうw。



二次創作が基本OKながらニコニコ動画上の作品の扱いが不明瞭だった東方だったが,「神主が親作品をアップロードし,二次創作やプレイ動画はその子作品に登録する」ことで,クリエーター推奨プログラムを利用して,子作品のあげた利益の一部がきっちりと神主のところに行くことになった。これにより,制作者は多少なりとも心の呵責が軽くなって投稿できるようになった。ただし,親作品登録が「神主公認二次創作・プレイ動画」になるわけではないので注意が必要。





今更聞いた。こんなに重度なプロデューサーさんだったとは……
  
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2017年02月19日

小田野直武と秋田蘭画

これもとっくの昔に会期が終わっているが,サントリー美術館の小田野直武展。小田野直武は江戸後期に活躍した秋田藩出身の画家で,『解体新書』の挿絵を担当したことで有名な人物である。この展覧会では小田野直武を中心に,彼が滞在していた当時の江戸の蘭画受容やその秋田への伝播,藩主を通じた藩同士の文化交流等に焦点が当てられた。

驚くのは小田野直武の早熟っぷりで,24歳の頃に,秋田藩に鉱山調査に来た平賀源内の紹介で江戸へ。そこで杉田玄白らと知り合って,翌年には『解体新書』の出版に携わっているという。蘭画に本格的に習熟したのはその後になるから,『解体新書』がきっかけだったと言えよう。今回の展覧会では江戸に行く前の頃の作品も展示されていたが,普通に上手い狩野派である。上手いには上手いが,ここから『解体新書』に抜擢された理由は人のつながりとしか言いようがないのだな,と思う程度には特徴がなかった。ともあれ,そこからの小田野直武は蘭画家として大きく開花し,江戸と秋田を往復しつつ作品を増やしていくことになるが,なんと32歳で夭折してしまう。実質的な活動期間が8年間ほどしかないのである。駆け抜けた人生であった。

小田野直武の特徴は,蘭画,というよりも西洋絵画から線的遠近法や陰影の技法を上手く学び取っていることで,全体としては和風・狩野派の作品ながら個別の物体にものすごい写実性や立体感があるという不思議な作品に仕上がっているという点にあるだろう。これは代表作である「不忍池図」を見るとよくわかる。

小田野直武《不忍池図》


かっちりとした堅実な描写はどう見ても西洋画ながら,作品の雰囲気は確かに和風で,ともすれば明治期の絵画に見える。しかし,これが高橋由一の「鮭」のジャスト100年前というのだから,大いなる先駆けと言えよう。連想したのはカスティリオーネこと郎世寧で,あちらは若い頃に西洋画の技法をマスターしてから中国に来て,中国人に受容されるために,嫌われる陰影を捨てた。結果的に高い写実性に陰影のない立体感という不思議な絵画が完成したが,小田野直武などの蘭画と好対照と言えよう。ちなみに,この小田野直武「不忍池図」がサントリー美術館に来たのは約2年半振りで,そう考えると意外と間隔が短い。

小田野直武が夭折したこと,また本拠地が秋田であったこと等からその直接の影響を受けた流派はすぐに途絶えてしまうことになるが,おそらく影響を受けたであろう人物として司馬江漢が挙げられる。司馬江漢の銅版画は高校日本史でも必ず取り上げられるので,一般的にはこちらの知名度の方が高かろう。この展覧会でも司馬江漢を取り上げて締めとしていた。

総じてマイナーではあるが,歴史の一瞬に現れて輝き,輝きが強かったからこそ何とか埋没しきらずに残ったという感じの作品群であり,良い物・珍しい物を見たという満足感が高く得られた。サントリー美術館らしい良い展覧会であったと思う。  
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2017年02月18日

妖艶・マスプロ・判子絵

クラナハ《正義の寓意》随分前のことになってしまったが,西美のクラナハ展に行ってきた。クラナハはルネサンス期のドイツで活躍した画家で,一時期は埋没していたが,マスプロに特化した工房で作品の大量生産に成功していたことにより20世紀後半になって知名度が復活した画家である。この特徴が,個性がないというレッテルが貼られて埋没した原因であったが,工業発展による大量生産,とりわけ複製技術が進化した20世紀後半においては注目を浴びやすい特徴であったと言えるだろう。本展覧会でも,この大量生産という点に注目してクラナハを扱った現代アートが展示されていた。今回展示された実物を見ると,確かに同時代のデューラーやティツィアーノ等と比べると明らかに描き込みが少なく,短時間で仕上げているのがわかる。これを工房で大人数の弟子でやれば,もはやマニュファクチュアである。マスメディアが無い(あるいは版画くらいしかない)時代,一品物を大量に流通させるにはこれしかなかった。16世紀前半では革新的な工房経営だったと言えよう。

工房経営者ではなく画家としてのクラナハの特徴は女性がエロティックというのがよく言われるところで,確かに妖しげな雰囲気漂う女性が多い。前述の通り描き込みが少ないのでのっぺりした肌の描写になっていて,かつ比較的貧相で貧乳という体格,そして技術的にはちょっと拙くやや崩れたデッサン,にもかかわらず達観したかのような表情というパターンがクラナハの女性では確立されていて,このミスマッチがかえって妖艶に見えるという仕掛けだろう。こうした萌えパーツの組合せ,パターンの確立は完全に現在の判子絵師の先祖で,あの人とかあの人とかはクラナハを祀っておくとよいかもしれない。逆に言って,Cuvieが『ひとはけの虹』でクラナハを扱おうとして今ひとつ上手くいかなかったのも,まあ納得できるところ。Cuvieも速筆だとは思うが。

この題材と画風の組合せという問題は,当然クラナハ自身にも大きくつきまとっている。たとえばユディトやサロメ,ルクレティアといった題材ではこの画風がすごく映えるのだけれど,聖母マリアの作品や一般人の肖像画では,売りのはずのミスマッチが,おもしろくない単なるミスマッチになってしまっている。デッサンの崩れと重なると「この人はヘタウマが売りだったのかな?」という感想すら誘発しそうである。美術館に展示してあるものはおしなべて上手いという固定観念を破壊してくれるという意味で,一周回って新鮮だったかもしれない。

また,大体において女性が全裸であり,全裸にアクセサリーだけとか,全裸でなぜか剣は持ってるとかいうパターンも多い。このフェチ度の高さも妖しげなエロスと言われる要因であろう。しかも美術館でクラナハ展という環境だとこれがどうなるかというと,周り一面見渡す限り,全裸にワンアクセントという女性の絵という異様な環境ということになり,ふと我に返ると,以後違和感しかなくなる。いろいろと“魔力”の高い展覧会であった。  
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2017年02月16日

目立たない公式グッズ欲しい

・ミドリムシ(ユーグレナ)は本当に健康食品?効果、栄養、関連技術を客観的に解説してみる(レコメンタンク)
→ 東大ベンチャーの(比較的評判の悪い)代表例であるユーグレナであるが,世間的にそこまで流行しているわけでもなく,実際に売っているところを見るのはほとんど文京区と台東区だけである。この販売範囲を見るとまさに東大本郷ベンチャー(笑)感が強い。バイオ燃料等で実用化されれば脱健康食品もできるのだろうけど,その可能性も現在のところ薄そう。
→ ただ,それでただの健康食品詐欺であって全く意味がない食料と言ってしまうとちょっと早計である。記事中にもある通りミドリムシ自体は味がほとんどなく,緑色が強いため,物珍しさ+緑色という付加価値というだけでもてはやされていて,販売範囲の狭さもあって,詐欺的健康食品ではなく単なる文京区・台東区名物として受容されているとは言ってよいと思う,とは地元住民として証言しておく。ラーメン山手本郷のミドリムシラーメンは美味いので,本郷にふらっと立ち寄ってラーメンが食べたい気分だったら食べてみてもいいかも(もっとも,ラーメン屋は何軒もあるしラーメン山手の他のメニューも美味しいので,その中であえてミドリムシラーメンをチョイスする意味もあまりないのだが……)


・「2000年問題って大したことなかったですね!」と当時小学生だった自分の感想を述べたらSE陣がざわつき始めた(Togetter)
→ 自分も当時そうしたことに全く実感のわかない年頃だったので,あ,やっぱり裏ではめちゃくちゃ大変だったんだなというのを今頃知る。当時は今ほどコンピュータが社会に定着していなかったというか,IT革命真っ只中だったので,当時の大人でも「よくわからんままに何事もなく終わった」という感触の人は多かったのではないか。


・研究者の皆様へ (衆議院議員 河野太郎公式サイト)
→ これはシリーズ化していて,すごい勢いで大学関連のあれこれに手が入っていっているのが,半ば他人事ながらおもしろい。特に科研費に関するローカルルールの問題と,アカハラの問題はかなり明るみになっていて進展を期待してもよさそう。科研費の各大学のローカルルールは,当然不正会計は厳にして取り締まるべきではあるので手続きが厳格になるのは当然なのだけれども,教育・研究分野となると煩雑すぎてはいけないのでバランスが難しい,という極めて基本的な話に帰着するのだろうなと。
→ 一方,科研費自体の問題は,結局のところやはり,諸外国の研究費との相対的な問題,競争的資金による偏り,一時代前の博士課程増員の悪影響という根の深い問題にぶち当たっていて,今回でも何ともならなそうなのがつらい。


・「キモオタがCHANELのリップバーム買ってんじゃねーぞ!!」と言ってる人達に見て欲しい、シャネルJP代表の言葉(Togetter)
→ 他のブランドならともかく,よりによってシャネルとは。日本法人代表の言葉を持ち出さずとも,女性解放にかかわるシャネルの歴史を知っていればそんな暴言ははけないはずで,創業者が化けて出てきそうな話である。
→ それはそれとして,末尾の「グッズ会社さんへ」は完全に同感。見る人が見たら完全にファングッズとわかる(同好の士吸引力が高い)けど,知らない人が見たらただの柄物という程度の物体が一番使いやすい。「作中でキャラが使っていた,しかしキャラグッズではないもの」にファンが集まる理由は,自然と上述のような“同好の士しかわからないファングッズ”になっていてカモフラージュできるからという点は大きいと思う。これは男も女もオタクなら変わらない心理だろう。  
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2017年02月13日

日本の戦国時代に関するifいろいろ

・戦国時代の到来を防ぐにはどうすればよかったのか(歴史的速報@2ch)
戦国時代とは何かと言えば,中央の実力と権威が失墜してしまっていて,法令の効力の届く範囲が極めて縮小しており,地方で土地と軍事力を持った中小勢力が自立し,その上相争っている騒乱状態である。

スレ内で指摘されている通り,応仁の乱勃発時点ではすでに戦国時代に入りかかっているので,応仁の乱だけを原因にはできない。室町幕府が崩壊したのは幕府本体の経済基盤が小さすぎ,有力守護大名同士の闘争を制御するだけの実力を欠いたからという点に起因する。つまるところ室町幕府と守護領国制という構造自体に欠陥があった。当時の人々も気づいてはいたし,義満や義教はなんとかしようとしていた。一番可能性があったのはやはり義満の時代で,彼が明徳の乱・応永の乱等の過程で足利氏の直轄する領国や権益を増やせていれば,展開は大きく変わっていたかもしれない。

そうした将軍の努力にifを見出さないなら,守護領国制が成立する前,せめて南北朝時代あたりから歴史をやり直さないとどうしようもない。いやまあ,建武の新政がどうあっても上手くいったとは思えないし,鎌倉幕府倒幕に別のあり方があったとも思えないので,多分南北朝時代でもダメで,鎌倉幕府が永続した可能性(あるいは後述するような足利朝鎌倉幕府が成立した可能性)を探ったほうがまだしも建設的かも。

スレ内で出ているが,建武の新政が成功したとするとそれは朝廷が直属の常備軍を持ち得たということで,すなわち絶対王政の到来である。これは江戸幕府に近い体制が想定されるが,江戸幕府は典型的な社団国家であるが宗教的権威が分離している点で絶対王政とは少し違う。しかし,天皇自身に権力が集中するなら,純然たる絶対王政と言えるだろう。国土の多くが公領あるいは皇室の荘園となり,武家は御家人であるか否かは問われず禁軍に再編成されて幕府は二度と開かれず,あるいは武家と公家の区別が消滅して「廷臣化」するかもしれない。何かの間違いでそうなったらロマンがありすぎる展開だが,中世・近世の日本史は天皇の権威と武家の実力が分離したことで展開したので,この場合の15世紀以降の日本史が全く予想できない。

根本的な話をすると,やはりスレ内でも指摘がある通り,日本の社会経済が平安末の「王朝国家」になった時点で,その帰結としての戦国時代は既定路線であり,どうあっても一度は“ああ”なる,というのは一理ある。鎌倉幕府・室町幕府という重しがなくなって地方勢力同士の騒乱が拡大したのが南北朝時代だったり戦国時代だったりするが,むしろ両幕府が重きをなせた一時期を除けば日本の中世とはすなわち騒乱状態が平常であった,と言った方が適切な見方なのかもしれない。

ひるがえって戦国時代の到来自体は仕方がないとして,足利氏の存続だけ考えた場合,スレ内で出ている「第二鎌倉幕府」案(あるいは“足利朝”鎌倉幕府案)はかなりおもしろいifで,「政治の東国・経済の西国」という切り分け,東国が武力で西国を押さえつけて商工業の発展による利益だけ吸い取る形での武家政権の存続は,存外上手く行きそう。中国だと明朝がこの形に近く,華北が北方民族防衛を理由に華南を押さえつけて経済的に吸い上げ,王朝を維持した。ただこれは明朝の北京が強烈な求心力を持っていて,集権的な中央政府と,地方の有力者である士大夫層に科挙を通じて王朝に奉仕する志向を持たせたことで自立を妨げる構造が完成していたからこそ実現した形ではある。日本の場合はスレ内>>286-288の言う通り,第二鎌倉幕府にそこまでの求心力はないから,どこかのタイミングでの西国の守護大名の離反・自立は避けられそうにないし,西国大名が自立した時に,第二鎌倉幕府が経済的に立ち行くのか。それでも少なくとも史実の室町幕府よりは実態のある期間が長そうな気はする。

最後に,もう戦国時代の到来も室町幕府の崩壊も仕方がないとして,大内氏か細川氏あたりの有力守護大名による乗っ取りという解決があるかどうか。私は戦国時代初期は全く知らないので,ちょっと何も言えないのだけれど,まあなさそうかなと。大内氏や細川氏が,後の織豊政権クラスの実力に成長しえたかどうか(そのifを想像しうるだけのポテンシャルがあったかどうか),にかかっていると思う。  
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2017年02月08日

佐藤ひろ美引退によせて

正直に言ってそんなに熱心なファンでもなかったが,C91の某所にて「佐藤ひろ美Fanbook 引退ライブ特別版」なる冊子をいただき,読みながら知っている曲を聞いていたら感慨深くなったので一筆。ちなみにこの冊子,片岡ともさんと後藤邑子さんが寄稿しているすごい本だったりする。

自分の場合,佐藤ひろ美というと「ねこねこソフトの人」であり「ギャラクシーエンジェルの人」であった。この2つはそれぞれ佐藤ひろ美ファンのよくあるパターンではあるが,この2つが重なっている人は比較的珍しいのではないか。ねこねこソフトを追っかけていた人はギャラクシーエンジェルは全然触れていないイメージがある。かく言う私も別に佐藤ひろ美が歌っていたからギャラクシーエンジェルをやり始めたわけではなくて,無印・ML(2作目)をプレイしていたらEL(3作目)で主題歌が偶然佐藤ひろ美だった,というだけの話だ。自分の中ではPCのゲームもコンシューマのゲームも地続きであったので,「ギャラクシーエンジェルを契機に活動のフィールドが少し変わった」というのは前出の同人誌を読むまで全く意識にないことだった。最近露出があまり無いなと思っていたら社長業(というかプロデューサー業)がメインになっていて,2015年8月に引退発表,2016年12月に歌手現役引退となった。発表当時はさすがに驚いたが,むしろ16年間ずっと歌ってきたわけだから,見事走りきったというべきだろう。

以下,1曲ずつの思い出語り。全15曲。思い出語りなので曲のレビューではないし,だいぶ曲とは関係ないことも書いている。GA作品を固めた以外は大体発表順だが,厳密には調べていないのでずれてたら申し訳ない。

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2017年02月05日

「投入堂,破損なし」の方がニュースバリューがあったのでは

・参院の合区解消「憲法改正が必要」 自民・高村副総裁(朝日新聞)
→ 今の選挙制度では衆院と参院の差異が小さすぎて,参院が単なる小さい衆院になってしまっていてもったいない。解散がない,任期が多少長い6年,半数改選による安定性・良識の府たる抑制装置という特質は,現状の日本の政治的風土ではほとんど機能していないように見える。参院は1票の格差を是認する地域の代表とすれば合区の解消は可能だろうが,そうなると確かに改憲が必要であろう。また,参院の権限を現在よりもさらに縮小・変更する必要もある。
→ もちろん,参院の定員を増やして,増えた分を人口の多い場所に当てれば改憲の必要なく1票の格差を縮小しつつ合区を解消できる。しかし,これは世論の賛同が得づらそう。また,個人的には1票の格差の問題よりも,参院の存在意義の方が根本的な問題としては深いと思っているので,いずれにせよ改憲して解決させた方が意義深いと思う。まあ,それを言い出すと,世論は1票の格差問題に実は関心がないのではないか,という疑問もある。


・チェスにおけるコンピュータ不正行為の歴史
→ 先行事例のチェスはものすごかった。トイレは鬼門。これは将棋も今後は厳しい。
→ 最後に書かれているが,「これを機に、(どこも経営が苦しいはずの)新聞社がタイトル戦のスポンサーから降りるのではないかと心配だ。一つ降りたら皆降りるのではないか。」は本当に今後出てきそうで怖い。降りる口実をうかがってそう。


・葛飾北斎の作品と判明。オランダの博物館員「西洋人が描いたと思っていた」(huffingtonpost)
→ まだ確定はしていないが,北斎なら可能性はあるだろうし,本物なら相当な貴重品・重要な史料になる。今後の研究を期待したい。
→ 向こうの人々はこちらの線的遠近法を使わない構成に驚いたようだが,こちらは陰影をつけることによる立体感の描写に驚いたのである。この絵も西洋画にしか見えず,北斎が描いたのなら,彼は陰影の付け方を貪欲に学んでいたことがわかる。
→ なお,江戸後期の西洋画技法の受容については,同時期(あるいはやや先行して)に小田野直武・司馬江漢・亜欧堂田善らによる蘭画ブームが起きていたことを考えるに,別段不思議ではない。本格的な油彩画の導入となると,さすがに幕末明治初期を待つことになるが。


・国の重文「文殊堂」土台に亀裂 立ち入り禁止に 鳥取(NHK)
→ 行ったことがある場所なので,少し気になっていた。投入堂は無傷という。文殊堂も建物は無傷で,土台の岩に亀裂が入ったとのこと。この鎖のところの建物である。
→ ところで,このブログを発見したことによりNHKのニュースでも文化・科学系なら保存されていることがわかった。積極的に活用していきたい。


・徹甲榴弾抱きまくらなど、「同人界の狂人(原価計算的に)」こと@EXCEL__ さんのビッグサイト結婚祝賀会の様子(Togetter)
→ 何年か前にZUNが結婚したし(現在は二児の父だったか),2016年はEXCELさんが結婚し,ビートまりおも結婚した。なんというかこう,同人の頂点を極めたオタクたちが“ある種のゴール”を迎える光景(not卒業)が続いていて,おそらく世代的には私の1つ上の人々もそういう人生のステージなんだなぁと。そしてオタクを卒業しないまま“ゴール”すると,結婚式がこうなるという。ZUNさんの結婚式もビートまりおの結婚式もすごかったので,これはそういうものであり,オタクを極めた人たちの特権なのだろうと思う。楽しそう,以外の感想がわかない。ビートまりおの結婚式はここからさらに一段と,あまりに感慨深かったので,また別個に取り上げると思う。  
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