2016年05月31日

2016年05月25日

小学校の円周率計算問題問題

・算数の問題「円周率を3.14とするとき、半径11の円の面積を求めよ」の解を379.94とするのは誤り?(Togetter)
・「379.94でいいじゃん」派がこんなに多くて驚いてる(増田)
→ これは後追いで読むのがしんどいほど短期間で議論があったが,つまるところの論点は2つに絞られる。まず,採点上の方針・配慮である。以下,一々「近似値に近い数字」等を繰り返すと冗長になるので,上記の議論の数字である「半径11の円の面積」の解答としての379.94,380,380.13で代用させてもらう。

1.379.94だけが正解
この採点態度の問題点は明確で,採点上380や380.13等の本来数学的により正しい(近い近似値)解答をハネることになる。しかも,380.13はまだしも,380は「円周率を3.14として」きっちり計算しており,咎は「問題文に四捨五入せよと書かれていないのに勝手に行ったこと」に絞られる。しかし,四捨五入の論拠である「数学的に考えて有効数字3桁は自明である」という主張は,「習っていないことは使ってはいけない」あるいは「そんなものは自明ではない」のどちらかで反論される。でまあ,前者は論外としても,後者は小学校の教員一般が絶対に知っているべきレベルで自明なことでもないと思うので,私には判断材料がない。

380.13については「円周率を3.14とする」なら絶対に出てこない数字であり,数学的には正しくとも国語的には誤りであると判断しうる。これは,算数は純粋な数学の準備科目というわけではないと考えるなら,主張の筋は通るし,それへの反論は「算数は純粋な数学の準備科目である」しかない。しかし,その反論をするなら,中学・高校の数学で似たような有効数字のごまかしが行われていないことは確認されるべきだろう。私は調べてません。

2.380または380.13だけが正しい
純粋に数学的に考えればそうなのかもしれないが,私はさすがにラディカルすぎて無理筋だと思う。理由は明白で,有効数字の概念は小学校で習わないからである。問題の不備として指弾するのは正当だが,現行の小学生にまでは要求できない。

3.だったら全部正解として拾えばいいのでは
という選択肢が出てくるのは当然のことであるが,これはこれで別の問題がある。採点が非常に煩雑になる。教員はそういう小学生がいたら,ありうる正解を計算して確認することになる。そんくらい教員がんばれよというのは簡単だが,混乱が小学生に及ぶ程になるならやらない方がよいだろう。この辺は私も小学校の教員経験があるわけではないので,全くわからない。また,小学校の教員が小学生に対して面と向かって教えている状況なら一対一で適宜対応可能であり,できない子には単純な説明しかしないというところまで個別で処理できる。しかし,これが業者販売のドリルやテスト等でどこまでカバーすべきかは別問題として浮上することになる。「説明して理解できる子の解答は広く取り,一方で説明するとかえって混乱する子には説明を省く」という個別対応ができない一律の出題・解答・解説になるからである。


その上でのもう一つの論点が,じゃあその上でどういう問題文にすれば小学生が困らないかという改善案だが,実はこちらはさくっと結論が出ていると思う。円周率のかかわるすべての問題に「◯桁で四捨五入せよ」と1文足す。小学生に有効数字を理解させるのは難しかろうし,数学的に誤った解答を出させるのもまずいとなれば,問題を作る側が一工夫加えるしかない。その上,この文くらいは大した手間ではないし,加えて言えば四捨五入の練習にもなるので一石二鳥なような。なんなら問題を2点満点にして,計算過程で379.94が出ていることで1点,ちゃんとした正解の380で1点と振り分ければよい。そこで「なんで一々四捨五入せにゃならんの?」と疑問に持つ小学生が出てきたら,それこそ小学校の先生の出番であり,個別に説明してあげれば解決するだろう。

さて,作問上の手抜きが原因ではないかというところでこの件は掛け算順序問題に衝突するのだが,あれとは少し違うと感じるのは,掛け算順序問題の焦点が圧倒的に“大人の都合”だったのに対し,“教育上の配慮”が焦点だった点にある。上述のごとく379.94だけが正解とする説にも一理はあり,数学的に間違っているから絶対にダメとは言えない。この点,掛け算・足し算順序問題は数学的誤りを乗り越えるだけの理屈がない。

ところで,そもそもなんで小学生の算数で3.14が出てくるのかと言えば,おそらくながら単純に小数点二桁を含む複雑な計算練習を手軽に出題できるからという側面も大きいと思われる。私は比較的算数の好きな小学生だったが,そのおかげで14の倍数は暗記してしまった。似たような経験をした人はそこそこいるのでは。  
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2016年05月24日

最近読んだもの・買ったもの(咲関連)

・『立-Ritz-』(1巻完結?)。まあ,これ描く人選は大和田さんで大正解だよなぁw
→ 初回の雑誌掲載は2009年だそうで,実は初のスピンオフがこれというのを最近知って驚いた。私が『咲-Saki-』を知ったのが2012年の夏,阿知賀編のアニメがやっていた頃であるから,その前にはすでに始まっていたのである。それが今になってストックが溜まって単行本になったというのはちょっと感慨深いものがある。私がこの作品を知ってから4年近く経ったというのは,長いようで短かった気もする。
→ ついでに言うと,私は知った時期の関係で咲界隈のネタは大体全部後追いで知ったのだけれど(これについては2006年に知った東方も同じ),2009年の時点でリッツ女性説(というより女子高生説)が公式にピックアップされるレベルだったことにも割りと驚いた。そんな連載初期からあったネタだったとは。
→ 2話のリッツが右腕骨折した話は2013年のことだから,私もリアルタイムで覚えている。というよりもリッツが休載理由にこれを日記に書いてて,その後の『立-Ritz-』で「まさかこれ拾うんかいw」と思った覚えが。まあ『立-Ritz-』まで読んでるようなコアなファンは概してリッツのHPくらい読んでるだろというのは間違いではないが……w
→ 悟沢空子と植田佳奈の戦い,さりげなく両側もクラリスとサザエさんなので超大物なのではw
→ 単行本,とりあえず巻数とか入ってないのだけれど,普通に2巻とか続きそうで怖い。『咲-Saki-』本編が続く限りネタは湧いてくるだろうしなぁ。


・『咲日和』5巻。内トビラのサトハさんが超かわいい。
→ 獅子原爽さん,行動がまんま『ゆるゆり』の京子だということに気づいてしまった。なんだかんだ言って有珠山が爽中心に動いていることも含めて。
→ 佐賀の巻が実家あるあるすぎる。大学の時,実家に帰るし東京に帰るで両方帰るだったし,実家帰るとやることがなくなって堕落してたし,そして田舎っぷりに安心するという。
→ 慕さんが10年後への自分への手紙でさらっと「おかーさんと仲良くしていますか」とか入れて泣かせに来る。これ,『シノハユ』や『咲-Saki-』本編で拾われたら泣いてしまうな。
→ 大人の巻イ老莨〜位襪(準決勝Bの夜)。すこやんの夜の行動がスピンオフ同士でどんどん暴かれていく。


・『シノハユ』6巻。秋冬を猛スピードですっ飛ばして中学進学,麻雀部入部,市大会スタート。
→ 本編で名前だけ出ていたニーマンさん初登場。そしてさらっと出る「魔法」とかいうワード。『咲-Saki-』は能力麻雀だけど実は極力能力って言葉を使うのを避けていて,しかも『シノハユ』はここまで能力麻雀色も薄い展開だったので,けっこう驚いた。
→ ほのぼの家族なのに,突然「初恋の子思い出したとか?」とか聞きだす慕さん油断も隙もない。
→ 中学大会は市大会があって,次に県大会,最後に全国大会らしい。高校は県大会からなのに。学校数の問題だろうか。あるいは高校になったら競技人口が減って麻雀部がある学校が減る? しかし,市大会から描くとは。麻雀描写が少ないとはいえ,リッツは本気で100巻までやる気なのだろうかw
→ 湯町中は先輩方があまり強くないという意外な展開。そして部活動ブラック職場問題は現実と変わらず,咲世界にも存在しているようだ。世知辛い話である。


・『咲-Saki-』15巻。1巻全部準決勝大将戦。
→ 爽さんの戦術はカムイ召喚。効果は絶大なんだけど,回数制限があるせいで仕掛けるタイミングがどうしても親番とか要所と決まってしまうので,対策も取られやすい。そう考えると,今まで咲世界にいそうでいなかった能力かも(枕神怜さんも回数制限があったけど,あれも少し方向性が違うので)。
→ 末原さん,こんだけ早上がりできるなら何か持ってるのでは。ついでに。私は以前「末原さんは全ての点数移動にかかわる性質を持っている」説を唱えたことがあるのだけれど,前半戦は全局までこれが生きてて,後半戦は東二局三本場で上がりにはかかわってないけど末原さんリーチ棒支払いまでは生きてたけど,東四局で咲さんがネリーから上がっていて途切れた。あと南二局でネリーが爽から上がっていてこれも末原さんが絡んでいない。でも例外になったのはこの2局だけで,能力とまではいかなくても末原さんがやたらと得点移動に絡むのは間違いなく,加えて末原さんが意図的に能力麻雀を妨害する意図で打っていたことも明らかになったので,そう外した読みではなかったかなと,意外と満足している。
→ 咲さんの麻雀の流れを読む力は,相手が非合理的な選択をすると弱体化するというのはおもしろい。もっと超人的なものかと思ってたところもあった。それを取り戻したのは特訓の成果というのは普通だけど,そもそも普通に打っても普通に上がれる&嶺上開花の機会が巡ってくるあたりが部長のおっしゃる通り真に牌に愛さているってことなんだろうと納得する展開であった。ハイブリットになって進化した咲さんの決勝に期待したい。
→ それはそれとして「お姉ちゃんの学校の大将を叩き潰せば 私の心がお姉ちゃんに伝わるかもしれない」って本気で考える咲さんはやっぱり思考の何かが常人とはずれている。このずれは決勝のうちに明かされるのだろうか。
→ すごくどうでもいいですが,フリカムイは中国麻雀だと便利かも。こんな役があるので。12点はなんだろうな,3役か4役くらいの感覚かな。混一色と複合させやすく,暗刻や槓子とも複合させやすいので,底点含めて30点くらいまでは簡単に伸びるのでは。  
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2016年05月22日

稀勢の里スマイルに始まり終わった場所かも

今場所は久しぶりに土俵の外が騒がしくなく,揉め事が全く無かったわけではないにせよ,安心して見ることができた場所であった。そのせいか,土俵の内容が文句なく良かったかというとそこまで質が高かったわけではない気がするものの,ゆったりした気分で最後まで楽しく見れたように思う。終わり良ければ全て良しというか,最後三日間の上位陣の相撲内容が濃かったので,15日間の記憶が塗り替えられているような気がしないでもないが,深く考えてもしょうがないので,気分が良いまま終わっておきたい。

優勝争いが千秋楽まで引っ張られていればさらに盛り上がっていたとは思うが,稀勢の里を責めるのはちょっと筋違いで,日馬富士と鶴竜がどちらも早々に脱落したことの方が責任が重かろう。そもそも13日目の時点で白鵬と稀勢の里までほとんど絞られていたのであるし。質については立ち合いの正常化という名のもとに何度も相撲を止められたことにも影響があると思う。立ち合いの手付きについては私はノーコメントで。にしても止めすぎだろうとは思うけど。

稀勢の里の綱取りは継続だそうで。私は13-13-15(14)で直近3場所合計41(40)勝の優勝1回ならあっさり昇進を認めてもいいと思う。鶴竜は9-14-14の合計37勝の優勝1回で昇進しているし,日馬富士は直近2場所だけ見ればどちらも全勝優勝だが,その前の場所が8勝であるから,3場所合計だと38勝になる。同じように見ていくと,実は白鵬も朝青龍も38勝,武蔵丸に至っては34勝しかしていない。もっとも,武蔵丸は連続優勝2回である上に,それ以前に3回の優勝がある(大関で通算5回優勝)。白鵬・日馬富士・朝青龍は文句なしとして,条件ギリギリでの横綱昇進は鶴竜のパターンと武蔵丸のパターンがあると思われるが,稀勢の里の場合は鶴竜のパターンになるだろう。常に優勝争い可能な安定性が材料とはいえ,やはり優勝が1回はないと厳しい。ゆえに,来場所14勝でも優勝を逃したら無しである。厄介なのは13勝で優勝してしまった場合で,合計39勝はそれでも大したもんだが,通常の優勝は14勝が普通で13・12勝は棚ぼた感があるという印象がどうしても強く,議論が紛糾すると思う。ただまあ,白鵬が存在して優勝ラインが13勝まで下がることは多分無いので杞憂だと思うが。ところで来場所13・14勝で優勝出来なかった場合,綱取りはまた九月場所まで延期になるわけで,ここまで来たら連続綱取り場所記録でも作って欲しい気もしてきた。過去にどこまで延びたことあるんだろう。


個別評。全勝優勝した白鵬は,前半は省エネ相撲・ラフプレーで最後三日間だけ本気モードといういつものやり方。今場所は特にラフプレーのエルボーについて批判が集まっていたように思うが,それについては先場所書いたので詳細には書かないが,大砂嵐が注意されたのなら横綱だって注意されるべきという公平性の担保と,危険行為ではあって大相撲がスポーツでありたいなら公的な見解が出されるべき,とは改めて簡潔に記しておく。ところで,白鵬のアレが効果的なのは左の張り差しの直後に飛んで来るからで,左の張り差しに気を取られていたら右のエルボーが顎に来てるからノックアウトする形で当たってしまう。なんというか相撲のルールの想定外を突いたバグ技に近く,やる奴が出てくるどころかできる奴が出てくること自体想定されていなかったように思われる。鶴竜と日馬富士は可も不可もない出来。

大関陣。稀勢の里は謎の微笑み(アルカイックスマイル)とともに白星を積み重ねた場所で,年齢を重ねて精神的な余裕が出来てそうなったのか,何かしらの努力があって積極的に微笑んでいたのかがよくわからない。ともあれ精神的にブレることが少なくなり,15日間全力で取れる用になった結果が2場所連続の13勝ではあった。鶴竜戦は前日の白鵬戦で足を痛めていたそうで,負傷が無ければ14勝だったかもしれず,もったいなかった。実のところ最初の5日間はちょっと不安定かなと思ってみていたのだけど,次第に良くなっていったように見えた。

琴奨菊と豪栄道は意外と好調だったのではないかと思う。稀勢の里と白鵬を上回れなかっただけで。それぞれ10勝と9勝なら及第点かと。豪栄道は前に出る圧力があり,苦し紛れの連発ながらなぜか12勝できてしまった先場所よりも内容があったと思う。そういえば今場所の決まり手に一回も首投げがなかった。照ノ富士は「なぜ休まなかったのか」と皆に言われているところだが,本人曰く「休むと余計に相撲を見失いそう」とNHKのインタビューに答えていたので(中日か九日目かだったと思う),本人がそう言うなら仕方がないかな。

三役。琴勇輝は序盤,やっぱりホゥ!を止められて調子が狂ってたように見えたが,その中で7−8なら十分な星では。突き押しは十分に上位で通じている。勢は正直残念な結果で,もうちょっと勝てるかと。右差しからのすくい投げ,または右からの小手投げが強烈でここまで上ってきたが,さすがに対策され,右が使えないと何も出来ず,封じ込まれて大敗した。器用に何か出来る人ではないと思うので,それでも右から打開するしかなかろう。魁聖はそれほど相撲が変わった印象はないが,小結で初の勝ち越しはすばらしい。隠岐の海はノーコメントで。

前頭上位。正代はさすがに上位に通用しなかったが,6勝はまずまず立派であろう。右四つ得意ではあるが勝った相撲は大体もろ差しであった。しばらくエレベーターしそう。逸ノ城は多少マシになったか。なんというか,勝てる相手と勝てない相手を見極めて,勝てない相手とは当たったら適当に負けているようにも。似たようなことは旭天鵬もやっていたが,あちらはベテランになってからの話で,逸ノ城はケガをしない範囲で挑戦していって欲しい気が。もったいない。栃ノ心は4枚目で10勝というとすごそうに見えるが,実のところ上位で当たったのは照ノ富士と日馬富士だけ(今場所の照ノ富士はノーカウントだろうし),二日目の安美錦戦は誤審で拾った星なので,高い評価を与えていいものかは疑問である。つりの技能を評価しての技能賞受賞で,つりの技能自体は妥当ではあるのだが。碧山は5場所連続7−8というどうでもいい記録がかかっていたが,千秋楽負けてこれを逃した。

前頭中盤。貴ノ岩は前半良かったが,スタミナが切れたか,後半は相手のいいようにやられる相撲しかなかった。この人も技能はあるのだが,どうも身体が追いついていないのでは。大砂嵐は本来もっと勝てていたように思うのだが,十一日目に突然相撲が狂って戻すのに5日かかってしまった。それ以外はケガの状態もよく,諸手突きから左上手というパターンで上手く勝てていたのではないかと思う。来場所の上位挑戦は楽しみである。そういえば今年のラマダーンは6月6日から7月5日だそうなので,名古屋場所に全くかからなくてよかった。御嶽海は11勝で敢闘賞。順当に出世していて来場所はおそらく小結になる。突き押しが強いし相撲勘もあるが,まだ上位挑戦は難しそうな印象。

前頭下位。松鳳山と遠藤が暴れていて他はボコボコだった印象が強い。松鳳山は上りエレベーターではあるのだが,ただ突き押すだけでなく,中に入れればもろ差しで寄っていくことを覚えたので,ちょっと相撲が変わったかもしれない。遠藤はようやく膝が完治したようで,来場所も期待してみたい。それ以外だと,新入幕錦木は思っていたよりも幕内に適応できていた印象がある。案外と身体ができていてそれで対応していたところはあり,あとは技術の問題か。


今場所は十両が大激戦で,取組は全然見てなかったのだけれど,星取表だけ見ても大変なことになっていたのはそれなりにわかる。幕下に落ちるのが5人て。しかも天鎧鵬やら常幸龍やら元幕内力士が落ちていく。その中で勝ち上がった宇良と佐藤は大したものだ。優勝した千代の国は2014年五月場所以来の幕内復帰となりそうだが,この時もケガで0-2-13であり,まともに最後に幕内で取ったのは2013年七月であるから,ジャスト3年ぶりということになる。おかえりなさい。(ところで,ネット上でのアダ名チヨスランドを命名した人はセンスあるよね。)
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2016年05月21日

最近読んだもの・買ったもの

実はようやく「最近」が嘘ではない状態になってきた。ずっと「二,三ヶ月前に読んだもの」だったのが追いついてきたので。この辺のものはゴールデンウィークあたりに読んだものです。


・『火ノ丸相撲』9巻。個人戦の続き,潮VS部長,決勝の潮VS金盛。新マネージャー堀さん登場,焼肉回,名古屋へ,大典太登場。
→ 個人戦3位大河内くんwwwwww確かにこういうトーナメントの妙はある。真田や國崎が行ってもおもしろかたとは思うけど。決勝の金盛戦は1・2話使うのかなと思ったら,火ノ丸が低い立ち会いから潜って百千夜叉堕で一気に決めてしまったのは意外だった。つくづく展開の早い漫画である。
→ ところで,作中で「10年以上日本人力士の優勝はない」と書いてしまった直後に,ジャスト10年での優勝を琴奨菊が決めたという不運なのか幸運なのかよくわからない事態に陥ってしまった本作だが,作者がカバー折り返しコメントで「浮かれすぎて今日の大相撲を支えてきた外国出身力士への感謝と敬意も忘れてはならない!」と書いているのは良いコメントだと思う。
→ 優勝した相撲部メンバーが一気に有名になる描写があるが,ユーマさんと國崎がいる関係で優勝抜きにすでに有名な部なのではという気もする。表彰式で自分が一番活躍したかのように万歳して目立っている國崎くんはさすがだw
→ 焼肉回,思わず某テニヌを思い出さざるを得なかったが,ギャグ回は焼き肉は一種の伝統芸能なんだろうか。
→ 堀さん可愛いです。まさかの火ノ丸くんに惚れている女の子登場はニヤニヤせざるを得ない。
→ さて,これで鬼丸国綱・三日月宗近・童子切安綱・大典太光世と天下五剣が4本出てきたが,数珠丸恒次も近々登場するんだろうか。10巻・11巻の内容まで含まれると思われるジャンプ掲載分でもまだ出てきていないので,五人目だけやけに登場が遅いのかな。それとも数珠丸恒次だけ重要文化財だからダメなのかも(もっとも,それを言い出すと厳密に言って鬼丸国綱も国宝ではないのだが)。現状の登場人物(高校生)で最強が童子切または草薙と思われるが,なるほど神格化頂上決戦であるなぁ。割って入るとすると大包平か布都御魂あたりになるか。このあたりもそのうち出てくるのかも。


・『ひとはけの虹』2巻。引き続きウォルター・シッカート,モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール,レオナルド・ダ・ヴィンチ(とサライ),ルーベンス。
→ 表紙はカルロ・クリヴェッリの《マグダラのマリア》。本作は名画が登場しても全部Cuvieの絵になってしまう,とは1巻の感想に書いたが,この表紙絵は比較的本物とよく似ている。妖艶な美女が得意な画家なら似やすいのだろうか。同じ理屈で言えばポントルモあたりも似るのかも。
→ シッカートの話は,シッカート=切り裂きジャック説を上手く使ったエピソードだった。
→ モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールの話は完全にポンパドゥール夫人が乗っ取っていた。話にラファエロが一切かかわらないという乗っ取りっぷりである。あの人は史実通りでもキャラが濃すぎるからね……なお,このエピソードはフィクションだと思うが,ポンパドゥール夫人と政争していたリシュリュー公爵自体は存在する。実はこの人,Wikipediaの記事にあるように,ポンパドゥール夫人の亡くなった後に,デュ・バリー夫人を掲げて政治的な復活を遂げている。ポンパドゥール夫人がもうちょっと長生きだったら,歴史は大きく変わっていただろうにと思う。最後のコマに出てくる彼のポンパドゥール夫人像はこれ。紛れも無く名画ですわ。机の上にある百科全書は,本作のみならず,この絵画を取り上げる際にはほぼ必ずクローズアップされるポイント。
→ レオナルド・ダ・ヴィンチはドラえもんじゃないんだぞ。確かに西洋美術史上の便利屋,日本史の平賀源内と同じポジションではるけれど。
→ ポンパドゥール夫人からルーベンスへのつなぎに《マリー・ド・メディシスの生涯》を使ったのは上手い。またルーベンスはベラスケスのところでもこっそり登場しているので,実は二度目の登場である。ルーベンスは大のラファエロファンだからなーと思っていたら,やっぱり一悶着あったという。100年前に亡くなっている超絶リスペクトしてる人が突然目の前に現れて「  私  で  す 」って言い出したら,そりゃねぇ……w
→ そしてルーベンスに対する「いくらなんでもヴィーナスが太すぎるだろ」という当然のツッコミを入れるラファエロ。いいぞ,もっと言ってやれ。なお,本作に登場する「ヴィーナスとマルス」は該当作品がちょっとわからない。ルーベンスはヴィーナスもマルスも無数に描いていると思うけど,ウルカヌスに見つかるシーンはあったかな……


・『ゴールデンカムイ』6巻。キロランケの合流,札幌の殺人迷路ホテル編,茨戸のヤクザ抗争編。
→ 同物同治の変態である家永だが,結局死んでいないし,刺青人皮もはがされていない。一応は土方陣営に入る形になるのかな。
→ 谷垣が完全にアイヌに溶け込んでて笑った。今後,杉元一行は東へ進んで小樽近郊のアイヌからは離れるので,代わって谷垣がその紹介役になるか。また,谷垣は杉元一行と第七師団の中間にいるし,白石も土方陣営との二重スパイのような状態だし,この巻で土方陣営にも元第七師団の兵士が入ったし,各陣営の間に人が存在するようになってきた形である。
→ 尾形は登場三回目,初登場の頃には想像できないほどキャラが立ってきた。父親とされる花沢幸次郎中将は架空の人物で,日露戦争時の第七師団の師団長は自刃していない。後の乃木希典から採用したエピソードか。調べてみると,あるいは伊知地幸介がモデルという説を唱えている人もいた。こちらだとすると,下の名前は「幸」で合わせた形になる。ちなみに,ゴールデンカムイが正確に西暦何年なのかはよくわからないが,1908年とすると,この時の第七師団の師団長はあの上原勇作である。
→ 巻末おまけで鶴見中尉がベートヴェンの「熱情」を弾き,これに二階堂(双子)がラッパ節の歌詞で歌って怒られていたが,合うんかいと思って「ラッパ節」でググると,検索候補に「熱情」が出てきて笑った。皆発想は同じだったようだ。「熱情」の方が第何楽章かわからないので何とも言えないが(一応聴き比べると第一楽章かなぁと思う),どの楽章でもあわないだろ……w

  
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2016年05月17日

ピンダロスの名をそこで見るとは思わなかった

・第六天魔王信長と悲運の勝頼〜ようするに信玄と謙信が悪い(Togetter)
→ 武田信玄と上杉謙信が外交下手というのは,戦上手過ぎて自らの力で何とかなってしまうがためのものかなぁとか。信長も洒落っ気で中二ネームを名乗ってみたら,後世に本気と取られてあたかも本当に中二病だったかのような扱いになっているのはおもしろいところだw。
→ ところで「真田丸」,実は私は最初全然見てなくて,私のtwitterのTL上の評判の良さに釣られて15話くらいから見てるんだけど,評判の良さにこの人のtwitter考証解説が一役買っているところはあると思う。自分ではフォローしてないんだけどRTで必ず誰かから(あるいは複数から)解説が流れてきて,これが面白い。諸説ある部分ではどういう理由で作中で描かれたような説を取ったかとか,史実と違う流れになっている部分はどういう理由で許したかとか。歴史物ドラマと歴史考証の関係はかくあるべしと体現してらっしゃる。


・「日本料理屋で皿の底に謎のギリシャ文字が。解読できる?」からの解読&特定の流れ(Togetter)
→ 藤村一味はいつも楽しそうでいいよな。
→ 織部っぽいし,多分2004年のアテネ五輪に関連して焼かれたものだろうなーとTogetterをスクロールしたら一瞬で特定されてて笑った。探偵の力を物ともしないグーグル先生強すぎです。
→ 本題とは全然関係ないけど,ピンダロスがオリンピア競技祭の祝勝歌の作者というのは一応高校世界史の範囲内になる(用語集頻度は2/7なので高くはないし,実際入試にはほとんど出ない)。個人的には高校世界史で教えるべき内容かどうかに疑問を持っている部分だけれども,現行の高校世界史が良くも悪くも教養主義なのであるなぁと思わせられた一件でもあった。


・ゴッホの「アルルの寝室」に泊まれる、米美術館が再現(AFPBB)
→ これ超楽しそう。私がアメリカ在住だったら確実に申し込んでいた。しかし,泊まったら気が狂ってしまう不安に襲われて眠れないかもしれないw
→ なお,格安の宿泊費の10ドルは「ゴッホの絵の具代」という設定とのこと。


・同志社大入試、世界史で出題ミス 1153人全員正解に(朝日新聞)
→ これは「16世紀後半,(空欄)はサマルカンドを拠点として,西アジアにまたがる大帝国を築き」みたいな文章の空欄補充だったので,問題文を見て一瞬で出題ミスに気づいた。ティムールさんがタイプスリップしている。いつか訂正発表が来るだろうなぁとは思っていたけど,思っていたより圧倒的に早く来た。同志社大学良い対応である。当然,2冊めが出ればそちらに収録します。
→ それより,この件はやけに大々的に報道されていたのが印象的で,マスコミの判断基準がよくわからない。早稲田大も(世界史によらず)同じような出題ミスは何個も出していて,当局が発表しているのだが,マスコミが大々的に報道した様子は全く無い。おそらく記者が気づいたかどうかで変わってくるか,または大学側がわざわざマスコミに通達しているかいずれかであろうと思う。前者だとすると非常に運の要素が強い話になるし,後者だとすると今の状況は正直者バカを見るに近い状況のような気も。事情を知っている方がおられましたら是非教えて下さい。


・郷土の「英雄」華国鋒氏の銅像撤去に反発、数千人集結(朝日新聞)
→ 華国鋒というと文革を終わらせた人であり,小平との権力闘争に負けて降りた人物であるから,現政権からするとさほど不都合な人間ではないだろうと思われる。また,いずれにせよすでに“歴史上の人物”であるようにも思われるのだが,現地ではそうでもないらしい。
→ もっとも,「県や省政府が約1200万元(約2億円)で墓園を建造。「まるで皇帝の陵墓」と批判された。」そうなので,どの程度目に余る豪華さだったのかはよくわからないが,華国鋒がどうというよりも一種の倹約令にあたる撤去命令だったのかもしれない。どちらのニュアンスが強いのかは,朝日新聞の記事だけだとよく読み取れない。  
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2016年05月16日

2016:伊藤若冲

動植綵絵「老松白鳳図」都美の伊藤若冲展に行ってきた。生誕300周年である。実はゴールデンウィーク前に行ったので40分待ちで済んだが,現在は入場までMAX280分待ちだそうで,案の定である。また,私が行った時には入場が40分待ちながら,中は厳しい混雑ではなかったのだけれど,280分待ちまで伸びているとそうもいくまい。


伊藤若冲がブレイクしたのは2000年の京博での大回顧展だそうだが,この時私はまだ全く関心がなかった。その次の波である2006年のプライスによる若冲展は私も行ったが,混んではいなかった記憶がある。その次の若冲の大規模な展覧会は2009年の皇室の名宝展になるが,この時は若冲以外も豪華だったこともあり,めちゃくちゃ混んでいた。とはいえ,この時もまだ入場制限がかかっていなかったと思われる。それからも伊藤若冲展はいくつかあったが,大規模な展覧会はこの2009年以来の7年ぶり,名前にはっきり伊藤若冲と付く大回顧展としては10年ぶりということになる。

この2000年・2006年・2009年・2016年という展覧会の間隔を使って,世間の伊藤若冲受容と,私にとっての伊藤若冲をちょっと振り返ってみたい。2000-2006年の期間だと私はまだ中高生で,この頃の高校日本史での伊藤若冲での出題頻度は低く,早慶上智受ける人ならという扱いだった。加えて言うと,この頃の高校日本史の江戸時代の文化の区分けは「二つ」で,「元禄文化」と「化政文化」であった(無論,「寛永文化」もあったが,あれは安土桃山文化の延長という扱い)。今考えるとこの区分は相当におかしくて,たとえば18世紀の画家である鈴木春信や円山応挙がなんで化政期の文化になるんだよ,とは当時のうちの高校の日本史の教師にもつっこまれていたのだが,よくもまあその区分で戦後何十年か続けていたものだと思う。これはここ5年ほどで急激に改善されて,最新の課程ではおおよそどの教科書でも「宝暦・天明文化」という新区分を作っていて,鈴木春信も円山応挙も与謝蕪村もそこに入っているはずである(この辺がまだ化政文化になっている参考書は古いので破り捨ててよい)。

この高校日本史の急激な変化は,2009年までの社会における「奇想の系譜」受容の影響も背景にあったものと思われる(ただし,伊藤若冲は相変わらず入試でマイナー用語であるが)。2006年頃は私がちょうど大学生で,まじめに日本美術史を勉強したのが2005-6年頃であったが,この頃の美術史の一般書ではすでに伊藤若冲・曽我蕭白は大家の扱いであった。しかし,高校日本史では上述のようなマイナーな扱いであったので,そのギャップに驚くと同時に,改めて真面目に鑑賞した伊藤若冲の緻密な表現に瞬く間に惹かれていった。そこに来た2006年の展覧会は,私に強いインパクトを植え付けるのに十分であった。このギャップを体験した人は,私以外にもかなり多いのではないかと思っている。

そして2009年の展覧会の頃には,現代における伊藤若冲の名声はすでに確固たるものとなっていたし,あわせて長沢芦雪や曽我蕭白あたりの再評価も固まっていたように思う。思えば2009年から今年に至るまで大きな展覧会が無かったのは不思議といえば不思議で,またこの7年の間に,すでに固まっていた名声がより踏み固められていて,溜まっていた熱気がこの展覧会で噴出したのではないか。


さて,展覧会自体について全く語っていないではないかと言われそうだが,逆に問いたい。今更何を語れというのだ。何を見てもすばらしいとしか言いようがなく,それ以外の言葉を持たないのである。今更30幅の《動植綵絵》の超緻密な描き込みを賛嘆すればよいのか。普通には出せない輝きを持つ画面を実現した裏彩色を解説すればよいのか。この世のものとは思えないカラフルさを持った鳥類を賞賛すればよいのか。私自身過去に語ったことがあるし,世の中にあるどの美術ファンのブログでも今回の展覧会は取り上げられ,語られている。これ以上言を増す必要はなかろう。5/24までであるのでもう会期は短いし,長蛇の列は厳しかろうが,見に行く価値は必ずある。  
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2016年05月15日

4月に行った展覧会(安田靫彦展,オートクチュール展)

安田靫彦《孫子勒姫兵》近美の安田靫彦展。安田靫彦というと歴史画の人で,古代・中世の日本史から題材を選んで絵にした人という印象が強い。多くの人は,中学や高校の日本史や国語(古典)の教科書や資料集・便覧で確実に見たことがあるはずである。今回の展覧会は安田靫彦の代表作が結集しており,とりわけ「何かしらの教材で見たことがある」という観点で言うと,かなり楽しめる展覧会となっていた。その観点から言って個人的に最も印象深いのは,意外と国語の便覧に載っていた《孫子勒姫兵》(今回の画像)であったりする。もう一点挙げると,やはり国語の便覧の《額田王》だろうか。そうじて個人的には日本史の人という印象は薄く,国語の人という印象である。

安田靫彦は長命な人で,1884年生まれの1978年死去である。いつの時代の人かというイメージが今ひとつなかったのだが,単純にいつの時代の人でもあるということであろう。また,二次大戦を挟んでいるが,戦時中の戦争協力画は神武天皇や楠木正行,豊臣秀吉であるから,題材選択に影響があったとはいえ,他の画家に比べるとそれ以前と違和感がない。その中で,山本五十六の肖像画が展示されていたのが一番興味深かった。生前のうちに描かれたものと思いきや,依頼された後に五十六が戦死したため,残されていた写真などを見て描かれたものとのこと。

ところで,今回の展示のキャプションはタイトルに全て英語がついていて,その英語の意訳っぷりがなかなかおもしろかった。《相撲の節》を「Yokozuna:the Season of Sumo Wrestling」としてしまうのは正確性の観点から言えばアウトもアウトだが,わかりやすくはあろう。《守屋大連》も「Mononobe no Moriya, a leading opponent of Buddhism」となっていて,もはや英訳ではなく説明であった。中学レベルの日本史を知っている人なら「守屋」だけでピンとくるが,そうでなければ意味不明な絵画であるから,良い配慮であると思う。



三菱一号館のオートクチュール展。行こうかどうか迷ってたけど,『つり乙』シリーズをプレイしててちょっと興味が湧いたのは事実である(エロゲです,はい)。オートクチュールとはオーダーメイドの高級仕立て服のことである。一般的にはパリで仕立てられるものだけを指す。細かな採寸や顧客との打ち合わせを経て,数ヶ月から場合によっては1年以上かけて制作され,にもかかわらず着るのは数度(下手したら1度)のほとんど使い捨て,お値段は目の玉が飛び出る金額と,究極の一点物ファッションである。

世界最大のコレクションを所蔵しているのはガリエラ宮パリ市立モード美術館で,今回の展示はほぼここからの出展になる。オートクチュールの誕生は意外と新しく,またイギリス人によるものであった。19世紀後半にイギリス人のシャルル=フレデリック・ウォルトがオートクチュールの創始者とされる。これは第二帝政下の,フランスとパリを芸術大国として売り出していく戦略とも関連があるかもしれない。百貨店が成立したのも19世紀後半のパリであった。このウォルトを起点に現代までオートクチュールの歴史をたどる展覧会となっている。

私のこの辺の知識は20世紀初頭のコルセットの衰退だとか,それにあわせてシャネルがヒットしたことだとかくらいしかなく,極めて乏しい。その上で見ていって思ったのは,時代ごとのモードの変化があるのはもちろんだが,それ以上にデザイナーの個性の方が圧倒的に強いということだ。復刻的な(あるいはリスペクト的な)デザインがあることもあって,時代の全く異なるドレスが並んで展示されていても,それほど違和感はなかった。時代が現在に近づくと変わる部分としては,素材が増えてデザインの自由度が上がっていく点ではあろう。これは意外と建築と同じ点かもしれない。また,歴史をたどっていく中で,意外だったのは1960年代以降,オートクチュールも既製品(プレタポルテというそうで)との戦いを余儀なくされて,停滞していたことである。そういう知識もなければイメージも無かったので,高級服の世界くらいはオーダーメイドと既製品は全くの別ジャンルだと思っていた。

せっかくなので全くわからないなりにデザイナーの好みを言うと,クリスチャン・ディオールは「女性らしさ」がテーマなだけあって(和製英語で言うところの「フェミニン」だろう),こう露骨ではないエロスがあって,個人的には割りと惹かれるものがあった。デザイナーとか関係なしに好みを言うなら,やっぱりほら,フリフリの多いドレスだよ,うん。秋葉原か原宿に帰れと言われそうだけども,それを言うとそもそもの動機がエロゲなので不純さしかなく。  
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2016年05月10日

非ニコマス系動画紹介 第16回MMD杯+2016.2月下旬〜2016.3月中旬

第16回MMD杯だけでは10個に満たなかったので,他のものも。




今回の個人的な大賞はやっぱりこれ。回を追うごとに工夫が増えていってすごい殺陣になっていく。今回は空中戦もある。下はいつもの解説動画。



こっちも殺陣だが,こちらは無双ゲー風味というかガンカタというか。優曇華はいいとして師匠何遊んでるんですか。



今回のニコニコオールスターズ。元ネタを知らない人は必ず元ネタを先に。



こちらはいつもの艦へちょ。細かい小ネタ多数でよく仕込むなぁ。




これは遅刻組。海風かわいいと思うんだけど,今ひとつ人気がないよなぁ。やっぱり出てこないのが……



見事完走。お疲れ様でした。さすがに無編集版は見る気が起きないw



WiiU版(SFC版)なのでハード別の記録ということにはなるが,それにしても3桁歩数とはすごい。任意コード実行の開いた未来だ。  
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2016年05月09日

最近読んだもの・買ったもの

『火ノ丸相撲』8巻。火ノ丸VS沙田,二回目。そして個人戦のスタート。
→ 「力士とは刹那を生きる者」と煽られているが,実際これだけの決戦がこの巻のうちに終わってしまうという。前にも書いたが,相撲の試合時間が短いだけに,展開が早い漫画である。
→ 火ノ丸と沙田の闘いは持つ者と持たざる者の争いであるが,一方的に火ノ丸(持たざる者)の肩入れをしておらず,沙田に「持ってるもん一生懸命使ってどうして文句言われなきゃならないのさ」と言わせているところは,実にこの漫画らしいバランスの取り方だ。沙田の持っている相撲センスはさしずめ安美錦がモデルか。
→ 相撲で重要なのは技そのものと同様に技が決まる形に持っていくことだが,今回の沙田戦ではその決め手になったのが相撲部屋で学んだ「ただまっすぐぶつかるのではなく,要所で力を抜いて衝突点をずらすこと」であった。ネタバレになるが,これは後に全国大会編でも生きてくることになるので,このシーンはまるごと伏線にもなっている。


・『乙女戦争』5巻。アダム派編。
→ 表紙が大変なことになってるし本編でも大変なことになっているが,このアダム派はびっくりすることに実在した。ただし,英語版Wikipedia等を見ればわかる通り,アダム派は古代からちらほらといた異端の一派であり,ボヘミアにもフス戦争前からいた。どちらかというと,フス派が誕生してから異端同士で合流したものの,フス派の内情がやや好転した際に教義が違いすぎるために分裂して,結局ジシュカが討伐する羽目になった,というのが正しい実情である。本作ではフス派から分派した新興の異端という表現になっているので,その点は注意が必要だ。また,本巻の巻末解説にある通り,実際にはペストとも関連がない。
→ ところで,アダム派によらず,所有を執着と見なし,衣服も所有と見なしてそこからの解放を訴える宗教や思想は時代・地域を問わずにたまに登場するから,人間考えることは似通うもんだなぁと思う。ギリシアのディオゲネス然り,ジャイナ教然り。ただ,そこからさらに性交・乱交を推奨するのはかなり珍しいと思われる。
→ 21話の硝石製造方法は実在したもので,そういえば『もやしもん』でも紹介されていたような。戦国時代の日本は硫黄が自給できたが硝石は輸入だった。これまたそういえばだが,火山があって硫黄の入手は容易だが,硝石はこうやって作るしかなかったのはボヘミアも同じか。
→ 22話でハプスブルク家のアルブレヒトとジギスムントの娘エリーザベトが結婚式を挙げているプレスブルクは,ブラチスラヴァのドイツ語読み……と説明されるし,私もそう思っていたが,今回調べなおしてみたらどちらかというと旧称“プレスブルク”というのが正しく,20世紀まではそもそもチェコ語やスロヴァキア語での名称が確定しておらずかなり揺れている・現在ではドイツ語でもBratislavaと綴るようである。また22話では新婚初夜における公開性交の儀式が描かれているが,これも巻末解説の通り,史実としては存在していなかったものが,中世末にそういった古儀が存在したという誤解が流布しており,「当時ありえた誤解や曲解に基づいて,あえてやってみせた」とのこと。
→ 24話でアダム派が乱交に用いていた薬剤が麦角であると明かされるが,そんな史実は無いものの,創作としてはおもしろい追加要素である。麦角は流産を引き起こす効果もあり,作中では特に解説がないが,ガブリエラが堕胎しているのはその効果によるものであろう。麦角の幻覚作用は『辺獄のシュヴェスタ』でも取り上げられている。


・『アド・アストラ』9巻。「次回はシラクサ落城と第三次ノラの戦い,あとはイベリア半島情勢とマシニッサの登場くらいまでだろうか」と書いたが,大体あってた。第三次ノラの闘いだけ描かれなかったけど。
→ シラクサ陥落の経緯は,岩明均の『ヘウレーカ』よりも史書に残っている通りの展開に近い。本巻と『ヘウレーカ』を読み比べると,それぞれの作家がどこに創意を加えて,何を残したのかがわかっておもしろい。
→ スキピオの将軍就任にあわせてガイウスが副官に昇進しているが,歴史の表舞台に立たず記録も大して残っていないガイウスにこれだけキャラ付けをした漫画は本作が初めてではないだろうか。
→ カルタゴ・ノヴァの陥落まで進んだ。本作では,スキピオがネプトゥヌスを騙ったのはローマ人の信心深さを利用して士気を高揚させるためという説を採っているが,スキピオ本人がアレクサンドロス並に自らの神がかりを信じていたという説もある。どちらの方が作劇上おもしろいかというところで,本作は前者の説を取ったのだろう。  
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