2006年05月30日

第62回「西洋絵画の主題物語1・2」諸川春樹監修 美術出版社

1が聖書編で2が神話編である。一冊2800円と少々値は張るが図版が多くフルカラーなので納得できるだろう。が、図版が多すぎて文が少ないという欠点はある。ゆえにこなれた文体もあってとても読みやすい。聖書編はまず旧約、新約聖書の記載順にのっとって物語を押さえ、後半は聖人たちの描かれた絵画に関する説明となっている。そのため知識が整理しやすい。

大方のエピソードや聖人が紹介されていて知識を得るにはいいだろう。神話編は有名な順番で神やそれに付随する人々の紹介となっている。神話は時系列がいまいちいい加減だからだろう。有名な人は大体抑えてあるので問題は無い。どころか紙面が余ったのか、後半には突如として寓意画の説明をし出したり、歴史や文学とかかわりのある絵画を挙げだしたりしている。

この本二冊の特徴的な点は、解説のシュールさ、シニカルさだろう。なぜだか知らないが、こういった美術解説系の本にしては珍しく解説がユーモアの意味で時々おもしろい。「画家にはひどいが、悲しみを誘うというよりむしろ笑える。」とか普通に書いてあるのが、非常に意外だった。そしてこういった指摘が現代の感覚からすればまた的確なのだ。これが読者への読みやすいようにという配慮だとしたら、賛否両論であるだろうが、個人的には賞賛したい。

値段が高いということと、その割りに文が少ないということ以外はお勧めの本である。お堅いのを求めている人には向かないかもしれないが。


西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
  

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2006年05月25日

健康診断2006

1年に1回の健康診断に行ってきた。去年も同じ時期だったからブログに書いてるはずだと思って、昔のこの時期の投稿を探してみたが……載ってない。当時はそこまでネタに困ってなかったということか、というか慣れてなかっただけか。

まずは血圧。初回、緊張して140/80をたたき出す。「いつもこんなに高い?」と聞かれたので「いつもは100ちょっとくらいなんですけどね……(去年は105/64)」と答えたら、そっちに驚かれた。今年は結局平凡な124/71に落ち着く。ネタにならない、つまらない。脈は78と書いてあったが、これって分じゃないよな……単位がよくわからない。ちなみに分だと、さっき自分で測ったら55/分だった。ますますよくわからない。

次に身長と体重。身長は一昨年が173.8、去年174.2だったのだが、今年は174.7になっていた。成長したのか誤差範囲かは定かではない。成長しているほうだと、プラス思考しておくことにする。

体重は57kgでやや太ったか。去年の55kgというのがやせすぎで、今回の結果でさえも標準体重からは10kgくらい離れてるんだけどね。まあ高校の時の53が、人間としてまずすぎるのだが。

体脂肪率は13.5%。ここ2年くらいは常に11〜15の間をうろうろしてるので、自分の中では標準といったところか。高3の頃は毎日自転車投稿していたせいか、体脂肪率一桁だった。こっちも今考えると恐ろしい。運動部でもなかったのに。

X線をとって検査は終わり。どうせなら血液検査とか尿検査もやって欲しいと思うのだが。ところで、修士の2年だけは「精神検査」があるらしい。ストレスが一番たまる学年に配慮、ということなんだろうか。

最後に検査結果を学生証のICチップに書き込む。便利な時代になったもので。十分健康的なデータではあるのだけれど、目標は高く、もうちょっと筋肉が欲しい。体脂肪率はそのままで、今の体重から3kg上乗せして60kgを目指したい。がんばって飯食うかな。
  
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2006年05月24日

第61回「神曲」ダンテ著 山川丙三郎訳 岩波文庫

(旧題 神だって眠いはず)

『神曲』を読み終えた。感想を一言で書くなら「眠かった」。これほど自分を眠らせた本は、小説か否かを問わず初めてだ。

正確に言えば、地獄編はそこそこおもしろかった。地獄の刑罰の様子が次々と紹介され、ダンテとともに周遊する。そこには歴史上の人物も多数登場し、これは死後の世界の醍醐味と言える。当時日本の地獄草紙について調べる必要があって、この本を読み始めたという事情もあり、興味があって読めたのも大きい。

中巻の煉獄編から、苦痛が始まる。煉獄は和訳が誤訳に近く、地獄というよりは天国の一部である。本当は天国に入れる資格があるのだけれど完全にきれいな体ではない人々が、天国に入る前に罪を清めるための場所である。罪の種類に対応して罰が用意されている点は地獄に似ているのだが、登場人物が皆心清すぎて、つまらない。

ひどいのは下巻。いや、ひどいと言ってはダンテの顔が立たないかもしれないが。天国なので大量の聖人が出てくるのだが、どいつもこいつも説教臭い。おまけに、それだけダンテが博識だったのだとは思うのだが、どうでもいい神学論争が続く。現代人には注がついていたところでさっぱり理解できない。

致命的だったのは、岩波文庫の『神曲』は文語調だったということだ。まあ口語調でも理解できた自信は無い。420ページ中220ページが注という異常事態が、3冊続く。そして注は本文以上に理解不能だった。

ルネサンスは一応この本あたりから始まったことになっている。なぜならこの本はラテン語ではなくイタリア語で書かれた、初の本格的な文学だったからだ。しかし出版当時、ペトラルカを始め多くの文学者には「内容的にラテン語で出版したほうが良かった」と言われている。自分はペトラルカに同意する。これは大衆向けの本ではない。この本の神学論争が理解できる人なら、ラテン語を読めただろうに。


一つだけ、ダンテと意気投合した箇所があった。それは永遠の淑女、ベアトリーチェの描き方。美しい理想の女性の持つ至高性は理解できるところであり、「萌え」に限らず人類普遍にあるものじゃないかと思う。(※)


神曲 中 岩波文庫 赤 701-2
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2006年05月23日

第60回「ローマ人の物語13 最後の努力」塩野七生著 新潮社

ローマがローマでなくなっていく。この本の売り文句だが、まさしくその通りだ。ディオクレティアヌス帝、コンスタンティヌス帝という二人の皇帝を扱った本だが、二人に共通していえることはローマを抜本的に改革したことだ。そしてローマは今すぐ滅んでもおかしくないほど朽ちかかっていたところを、150年延命することになる。その意味で、この二人は名君といえるかもしれない。

しかし、その後の歴史を知っている者が読めば、この改革は中世へのレール引き以外何物でもないと思いながら読み進めることになるだろう。1巻からよんでいる者は、自分がそうだったのだが、無性に悲しくなっていると思われる。これは自分の知っているローマではない、と。塩野七生自身巻末に「ここまでしてローマは存続しなければいけなかったのだろうか。」と書いている。いっそ滅んでしまったほうが、という思いだったのかもしれない。

何より自分がショックを実感したのは、この巻の挿絵である。2世紀、黄金の時代に彫られた見事な彫刻と、4世紀、コンスタンティヌス帝の命令で彫られた石像が同じページに載っていたのだが、見比べて愕然とした。4世紀の彫刻には何の写実性も無く、彫りが荒い。見るに耐えない。まさしく暗黒の中世の作品と言える。技術は時代が経れば必ずしも進化するものではない。この比較を知っていれば、進歩主義者にはなれないだろう。

コンスタンティヌス帝も抜本的改革によって延命はできたが、完全復活させることはできなかった。そしてローマは自らの半身切り落とすことになる。いよいよ千年以上の歴史を語り継いできたこの長編もあと2冊、150年である。


最後の努力
  
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2006年05月18日

ただし喘息には注意

今日からとうとう博物館実習が始まった。学芸員資格のために必要な単位だ。そうでなくても興味のある仕事で、とっていたとは思うが。

実習先は東大総合博物館小石川分館だったのだが、まず場所からしてわからない。茗荷谷から歩いて10分弱、意外と遠かった。さらに参加メンバー5人中4人が美術史で、博物館実習は5限なのだが、4限が美術史のゼミなので全員当然のように遅刻。別にとがめられることは無かったが。

小石川分館だが、はっきり言って置いてある物が雑多すぎて、整理されてない。しかも東大関係のものしかおかれておらず(何か古い器具やら史料やら)、客としてここに来るのはお勧めできない。ただし、眼前が小石川植物園で理学部植物学科の手入れを常に受けているので状態は非常によく、分館の建物自体も明治の洋館風で雰囲気は非常にいい。

さて作業に入ったのだが、ここで毎年博物館実習をやっているのにもかかわらず、まったく所蔵品の整理が終わって無い理由がよくわかった。表に出ている以外にも、とてつもない量の所蔵品がわらわらと。考えてみるとこの所蔵量は当然かもしれない。東大の不必要になったゴミから、資料的価値がありそうなものを全部引き取っているのだから。歴史ある大学である、そんなものはいくらでもある。

今日は医学部から引き取ってきた掛軸約100本の整理整頓。見た目の形状や中身から分類して今後を考えるという作業。これがまた難物で、全部戦前。超ぼろぼろで、かびてるのは当たり前。黒ずみすぎて読めないなんてこともしばしば。開くことが困難なものさえあった。ほとんどが細菌の図像が描かれた掛軸で、そんなものを掛軸にするなよと思うが、昔はこれで勉強したのだろう。

中でも我々を驚かせたのは、まずとある掛軸に描かれた年号。製造1904年って。かなりかびていたが、100年以上前のものだと考えると、案外保存状態としてはマシなほうなのかもしれない。次に発掘されたのが旧大日本帝国の東シナ海周辺地図の掛軸。仏領印度支那なんていう表記が当然出てくるし、台湾は大日本帝国領になっていた。なんでこんなものを医学部が持ってるんだ。

そして作業終盤、トドメのごとく現れ、我々を震撼させた掛軸がある。中を開くとあられもない女性の下半身が。そこにはVaginaくらいしか読めなかったが、くそマジメに女性器に関する医学的説明が載っていた。医学部なんだからあっても別におかしくはないのだが、それまでの細菌の掛軸とのギャップが激しすぎてねぇ……

そんな感じでほこりまみれになりながら、何とか分類だけは終了。すでに7時を回っておりここで解散。こりゃ時間かかるわ……このペースであの倉庫の資料を全て分離整理するかと思うと、ぞっとする。でも楽しい仕事だ。何が出てくるか分からないどきどき感と、貴重品を扱っているという達成感があって、とてもいい。また来週もがんばろう。
  
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2006年05月16日

第59回「エロティシズム」ジョルジュ=バタイユ著 酒井健訳 ちくま学芸文庫

わかりやすいバタイユの思想も、さすがに本人の主著となると重厚で難解となる。内的経験、禁止と侵犯、聖性、供儀、そしてエロティシズム。バタイユの全てが詰まっている。そしてそれぞれのタームについて、いまいち説明がされてない。

この本はともかく厚かった。量、質ともに充溢していてなかなか先に進ましてはくれない。このブックレビュー初、読み終わるのに一ヶ月を要した。『論理哲学論考』以上に、なぜ大学生協で売れているのか疑問になる。バタイユに相当興味が無い限り、読まなくていいと思う。入門ならエロスの涙か宗教の理論からどうぞ。

ともかく自分においては、細かなところは別にして、根本的な理解は十分にできたとように思う。訳者は以前紹介した本『バタイユ 魅惑する思想』の著者なので、心配なく読めた。というよりも、この人の後書きという名の解説が非常にありがたかった。

結局バタイユの言いたかったところは、この後書きから引用するに以下のようなことになるだろう。『エロティシズムは動物性への回帰であるとか、禁止の無い世の中が来るのが理想だといった浅薄な理解を退けて、「エロティシズムとは死におけるまで生を讃えることだ」という「序論」冒頭の困難な生への賛歌を、バタイユとともに、そしてバタイユ以上に、掘り下げて言ってほしい。』


エロティシズム
  
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2006年05月14日

久々の珍客

今日の日中の出来事。自分は黙々と部屋の掃除を続けていた。するとふと、ドアをたたくこんこん、という音が聞こえてきた。最初は空耳かと思い無視して掃除機のスイッチを入れなおすと、ややあって再びドアを叩く音が。なぜチャイムを鳴らさないのだろうと疑問に思いつつも、応対してみることにした。

ドアを開けると、見たことも無い女子高生二人。割とかわいい。日曜日なのに制服を着ているところもポイントだ。ん?何のエロゲの真似だ?とか思いつつ向こうが渡してきた紙を受け取る。

スピリチュアルボランティア?


ここでようやく彼女らの目的を知る。若いのにだまされちゃって。その青春はもっと有意義なところに使いなさい。宗教勧誘を断ったことは多々あるが、下宿に直接、それも女子高生からの勧誘は当然初めてなので、興味深く聞いてみることにした。


儲「ええと、私たちスピリチュアルボランティアは、手をかざして相手に光を送ることで霊的な力が向上して、幸せになれるのですよー」

ほほう、手かざし系か。今となっては絶滅したと思っていたが、いまだに残っていたとは。

儲「ではあなたのために、1分間祈らせてもらってもいいですか?」

断る理由も無いので了承。おお、ほんとに二人して手をかざして瞑想し始めた。想像していただきたい。こんな玄関先で、二人の美少女がいい加減な格好をした男子大学生に対して目をつぶり手をかざしている……すごく嫌な光景だ。とてもなんともいえない気分になった。1分立つと、彼女らは問うた。

儲「ほら、心が温かくなってきたでしょう?」

嘘をついちゃいけないと思ったので、正直に答えることにした。

「いや、全然」
儲「え………そんなことは無いはず……」


おお、意外と簡単に引き下がった。おそらく勧誘活動を命じられて間もなく、こういったからかいに慣れていないのだろう。かわいそうになったので、

俺「まあ効く人と効かない人ってあると思うから、適当にがんばって」

と心にも無いことを言って、ドアを閉めた。「おかしい、誰でも聞くはずなんだけど」という声が聞こえてきたが、知らない振りをした。


なんというか、珍しい体験だった。皆様もお気をつけて。

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2006年05月06日

第58回「ローマ人の物語12 迷走する帝国」塩野七生著 新潮社

ローマが滅亡した理由は複合的なものであって、一つに断定できるものではない。しかししいて一つ上げるなら、全帝国民にローマ市民権を認めたアントニヌス勅令しかないだろう。これらもろもろの問題が顕在化しだしたのは3世紀初頭であり、そしてその端緒はアントニヌス勅令にあるからだ。

正確に言えば、アントニヌス勅令が無ければまだ他の問題の解決がうまくいったかもしれないからである。歴史にifは禁物とはいえ、アントニヌス勅令によってそれまでの解決方法が効かなくなっていったことは、アントニヌス勅令がローマ滅亡を加速させたことの証明にはなる。そして、各皇帝はこの諸問題を根本的に解決することができず、対処療法に努めることでローマ帝国の延命を図った。

しかしその間にも、ローマは内部からどんどん、ローマではなくなっていくのである。ユリウス・カエサルの名言に「どんなに悪い結果となった行動でも、そもそもは悪意からではなく善意からの行動であることが多い。」というものがあるが、彼はこの時代まで予測してこの言葉を残したのだろうかと、疑いたくもなる。まことに皇帝たちの行動は空回りしていた。

ところでアントニヌス勅令は、世界史の教科書だと歴史として当然の流れだとか、政治史としてなんだか肯定的に書かれている。現代の啓蒙主義的な視点から見れば万人平等を謳っているのだから肯定するべきなのだろうが、それは歴史の教科書としては間違った見方だろう。こういったところにすら歴史への無理解があると、なんだか悲しくなってくる。

なお、皇帝の名前がころころ変わる時代なので、そういう意味では読みづらい。そして11巻のときにも思ったのだが、やはり衰亡史よりも興隆史のほうが読んでいて楽しい。


ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国
  
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