2007年02月27日

WASCOの皆さん、お疲れ様でした。

今日(日付的には昨日)はネ右と某ドラマーのバンドラストライブを聞いてきた。これが彼の東京ラストライブにならないよう祈りたいところだ。

彼は相変わらずドラム叩いてるときだけはかっこいい。それはもう別人の如く。今回はスティック落とさなかった。さすが文字通り2年間を棒に振っただけはあって、J高校時代と比べ素人目にも段違いにうまくなっていた。ただ、ライブ終了後に本人にも言ったが、ドラムとしては目立ちすぎかな。ベースも随分目立ってたバンドだったから、逆にギターが何やってるかイマイチぱっとしない。

MCで笑ったのは、DiLが留年していることに触れられたとき。「メンバーでこいつだけ就活してなくて……」とボーカルに振られていたので、タイミングよく「来年も二年生ー?」と叫んでやったら「2年生だったらまだいいよね」と素で返された(ここで会場が沸いたので叫んだかいがあったというもの)。これで彼に来ている事を伝えられたかなと思ったら、終了後聞いたところ「(叫んだのが)誰かわからなかった、ステージ上で一種のトランス状態だったから」と言われた。ここからわかることは二つ。割と独特な俺の声だが、叫び状態だと一般的な声になるらしい。もう一つは、DiLが早稲田の中でも留年キャラ扱いになっているということだ。


そんな感じでライブそのものはとても楽しかったのだが、ライブ会場までが苦難の道のりだった。私にとって渋谷とはハチ公側のみを指す。渋谷駅の南側なんぞ、WINS(場外馬券売場)目的以外で足を踏み入れたことが無いし、西口ってどこですか?という状態。ネ右が渋谷に詳しいはずも無い(というか夏冬の祭典時、我が下宿への通り道で通ったことがあるだけだった模様)。迷うことを見越してライブ開始1時間前に集合したにもかかわらず、最短距離なら渋谷駅から5分であるにもかかわらず、結局到着したのはライブ開始直後という事実と、以下のネ右の名言を以って我々の苦難の印としたい。「次やるときはもっとわかりやすい場所で頼むわ。武道館とか。」  

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2007年02月25日

総合図書館に全集が存在

ブックレビューに書いたが、意外とこの神話はマイナーらしい。ほんとに誰も知らない。びっくりした。少なくともヲタなら、必修とは言えないが、選択科目くらいだと思っている。仕方が無いからここで布教しよう。

クトゥルー神話のポイントはまず「宇宙的恐怖(コズミックホラー)」という奴である。言葉での説明は難しいが、まったく未知なる存在による物量的恐怖、とでも言えばいいだろうか(※1)。こいつらのことを「旧支配者」と呼ぶ。人間以前に、地球を支配していたものどもである。しかし彼らはあるいは自滅だったり、あるいは共食いだったりで、地球の奥深くか、宇宙の彼方へ退避していった。しかし人類が科学で文明を「復興」させると再び地球に関心を寄せ始めた。

ポイントのその2として、この旧支配者たちの姿である。たとえば表題にもなっている旧支配者の邪神の一人クトゥルー(※2)は巨大な蛸の姿に近い。そのほかにも巨大な三葉虫みたいな奴だったり半漁人だったり、グロと触手とぬめっとした液体にあふれていて、ホラー要素たっぷりである(※3)。

神話なので、ギリシア神話や北欧神話のように同じ設定上の物語の複合体である。大概のストーリーはある好事家が考古学の発掘品か親の遺産だかから旧支配者由来のものを発見してしまい、それを調査していくうちに段々気が狂っていって、最後は発狂して死ぬ。旧支配者に操られて、その復活の手助けをしてしまう人もいれば、魔道書を手に入れて旧世界者と対決、再封印を試みる人々もいる(※4)。

そしてやたら発音しにくい固有名詞があるのも、ある種の魅力だろう。ブックレビューにも書いたが、設定好きにはたまらない。「ウェンディゴ」(※5)や「アトラク=ナクア」「ネクロノミコン」辺りはRPGでもけっこう使われていて有名なんじゃなかろうか。簡単に流用が許される懐の深さも、クトゥルー神話ゆえである。

なんと言っても数が膨大なので簡単にはお勧めできない。しかし、少し知っておくとサブカル系のものに触れるときかなり元ネタやストーリーの影響の受け方がわかっておもしろい。まずは概説書を触れてみるのがいいだろう。デモンベインはいい入り口だと思う。

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第95回「クトゥルフ神話ガイドブック」朱鷺田祐介著 新紀元社

クトゥルフ神話と言っても、自分の親しいほうから100人にアンケートしてみたとして、まず名前を聞いたことがある人が100人中5人くらいで、そのうち読んだことあるのは2人くらいなもんだろう。こんなものを知っているのは80年代以降のサブカルに詳しい人か、マニアックな英文学者だけだ。

だが、クトゥルフ神話はその知名度以上に影響力を持っている。この本にも書いてあるが、クトゥルフ神話は非常にサブカルやエロスと相性がいいのだ。設定好きが喜びそうなかっこいい単語羅列に、触手やグロの連発。「コズミックホラー」という言葉には、想像力をかきたてられる。まさに制作者のための神話と言っても過言では無いだろう。グノーシスに追いつく日も、遠くはないだろう。「大人のための中学生的妄想小説」と言い換えてもいいかもしれない。

この本の売り文句は「実際にはクトゥルフ神話の原典に読んだことがなくても、読んだかのような知識がつく」であり、優れたガイドブックである。よくぞこれだけ広範囲にわたるクトゥルフ神話の世界をまとめあげたものだ。デモンベインを載せている辺りには感動を覚えた。難点を挙げるならば想像力が重要なクトゥルフ神話のガイドブックで挿絵が少ないというのはあまり良くないことであり、その点で類書「図解クトゥルフ神話」に負けているかもしれない。まあ、どちらかを読めばガイドブックとしては十分だろう。


クトゥルフ神話ガイドブック―20世紀の恐怖神話
  
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2007年02月22日

今更ながらハルヒ論(3)

ラスト。ここが尻切れトンボなんだよなあ。  続きを読む
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2007年02月21日

今更ながらハルヒ論(2)

続き。今日の内容はライプニッツの汎神論とかデカルト、クローチェ辺りの思想に詳しいなら読む必要が無いかも。  続きを読む
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2007年02月20日

今更ながらハルヒ論(1)

今学期も一つくらいは暴れたレポートを書こうと思い、某美学の授業のレポを涼宮ハルヒで書こうとしたがどうにもこうにもネタが続かない。指定字数の6千字に届かずおじゃんになった。というか、よく考えたら展示論のレポを秋葉原VS浅草で書いているわけで、今学期はすでに十分暴れていることに気づいて自重することにした。結局すこぶるまともなネタでレポートは出した。

でもまあお蔵入りのままにしておくのはもったいない出来なので、未完ではあるけども公開してみんとす。正直穴だらけなので、ツッコミ感想大歓迎。涼宮ハルヒの憂鬱か、西洋哲学のどっちかを知ってれば楽しめると思う。両方を知っている必要は、多分あんまりない。

例によって例のごとく糞長いので、三分割。


それでは「現代アニメにおける世界の創造性と西洋哲学についての試論」をどうぞ。今日の内容は涼宮ハルヒの憂鬱を知っているなら、回避しても大丈夫。  続きを読む
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2007年02月18日

今が春休みでよかった

人と感情が共有できるということは、素晴らしいことである。特に笑いや感動といった場合は、それが顕著だ。はっきり言ってコンテンツ産業の楽しみの半分は作品そのものではなく、その作品に出会えた喜びを他人と語り合うことである。喜び一人でおもしろいものを見ても十分笑えるが、他人がそれに対してうまいつっこみを入れているのを見ると、さらにおもしろいものだ。

これをうまく利用したのが、ニコニコ動画だと思う。YouTubeの動画に自分のコメントが流せる。ただそれだけなのに、元の動画の魅力が2倍にも3倍にも膨れ上がる。これは中毒性が高い。

だから、昨日友達と3人で騒ぎながらニコニコ動画巡りと麻雀・花札だけで徹夜してしまったとしても、誰も責めることはできまい。以下、お勧め動画。徹夜被害者が増えても管理人は知りません。


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2007年02月14日

第94回「絵画の発明 ジョルジョーネ「嵐」解読」サルヴァトーレ・セッティス著 小佐野重利監修 晶文社

謎の絵画、ジョルジョーネの《嵐》解読本。手がかりがさっぱり無く画家もダヴィンチほどには有名でない分、《モナ・リザ》よりも謎が多いと言えるかもしれない。タイトルの《嵐》からして謎であり、見た目通りのタイトルをつけるならどっちか言うと「嵐の前の静けさ」なんじゃなかろうかと思う。雷雲は遠い。

本書ではまず著者のスタンスを述べ、その次に研究史(解釈史)を説明した後、独自の解釈を書いている。その研究史もいろいろあるもので、ジョルジョーネの家族に始まり、ギリシア神話は当然にしてもゲルマン神話だの聖家族だの、ヨーロッパの象徴表現で一組の男女が登場するものなら何でも良しという状態になっている。しかしどの解釈もどこかしら無理があって、ばっちり決まらない。

20世紀にはX線照射の結果、下絵の時点ではもう一人女性がいたことが発覚。これにも何かしらの意味を付与すべきことからさらに混沌としてきているようだ。別の有名な美術史家アンドレ・シャステル曰く「《嵐》の新しい解釈が出ない年は無い」。

著者は結局(ネタばれにつき伏字)アダムとイヴではないかと言っているが、監修者あとがきで巻末に小佐野先生自身が「《嵐》の主題解釈史に決定打が出され、決着を見たとは、残念ながら到底言えない」と述べているように今一説得力には欠けた。しかしこの本で重要なのはもちろん《嵐》の研究史もそうだが、著者のスタンスである「図像解釈はジグソーパズルのように」ではないだろうか。整合性のある図像解釈を目指して、本書は重要な指針となるだろう。


絵画の発明―ジョルジョーネ「嵐」解読
  
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2007年02月03日

ある意味腐女子向け

「へうげもの」をみっちーが研究室に置きっぱなしにしたので、追加で自分も『チェーザレ』を置いてきた。モーニングつながりで。

へうげものも手放しでほめたけど、チェーザレもすばらしい。タイトルの通り、15世紀末、もっともイタリア統一に近付いた男チェーザレ・ボルジアの伝記を漫画化したものであるが、主人公はチェーザレに憧れる一般人となっている。視点を読者にもあわせるためであろう。これがうまく行っていて、感情移入しやすい。

物語は大変おもしろい。チェーザレの人生自体がおもしろいのもあるが、描き方に工夫がされている。登場人物もこの時代設定を生かし、出てくるだけでインパクトのある有名人物がどんどん登場しつつある。レオナルド・ダ・ヴィンチ、クリストファー・コロンブスに加え、最新の話ではとうとうマキャベリが登場した。今後出てくるだろう、カテリーナ・スフォルツァがどう描かれるのかが、個人的には最も楽しみだ。

そして、当時のイタリアの文化、社会状況がよくわかるのも良い。繊細な絵で細部まで描いてあって、学者が監修についているだけあってよく調べてあるなという印象を受ける。特にシスティーナ礼拝堂が出てきたとき、まだミケランジェロが《最後の審判》を描く前だったので、ちゃんとペルジーノの聖母子が飾ってあって驚いた。そしてコミックスの巻末に参考文献がずらりとあって、自信のほどをうかがわせる。


まあ欠点は、もう随分連載してるのにまだ単行本にして2巻しか出ていないこと。モーニングが週刊誌なのに、チェーザレは月に一回しか載らない(へうげものも隔週か)。確かにこれだけ調べて描くだから、時間はかかるんだろう。

仕方の無いことだが、終わりまでに何年かかるのか心配になる。連載開始時チェーザレは16歳でまだ17歳になってない。彼が死ぬのは31歳で、当然人生の密度的にはこれからどんどん濃くなる一方である。打ち切りにならなければ、後10年は続いてもおかしくない量だ。無事完結することを期待している。  
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