2007年10月31日

ある意味修学旅行で正しい

京都旅行続き。「修学旅行コース」ということで、京博を出た後は一路清水寺へ。図らずもらき☆すた21話(リンク先は検証サイト)でついこの間見た場所に行くことになったわけだが、だったら開き直ってその後を追ってみることにした。

まず弁慶の鉄杖。こなた達四人ではちっとも持ち上がらなかったわけだが、我々四人で同時に持ち上げたら楽勝に持ち上がってしまいちと拍子抜け。やはりめったに上がらないらしく(チャレンジするアホが少ないとも言う)、持ち上がった瞬間周囲から微妙に喝采を浴びたがあんまり嬉しくない。

清水の舞台から京都を一望。小雨が降っていたので市内全域が若干のもやがかかっていてこれはこれで風流。地主神社に立ち寄るも、例の「目をつぶって歩いて、たどり着いたら恋がかなう」、恋占いの石は観光客多すぎ&道狭すぎで、ネギまの再現は出来ず。ちょっともったいない。その周囲の絵馬を見たらこれはひどい。ヲタ自重しましょう。あと、縁結び成就のお礼をした人たち一覧が張り出されていたが、外国人多すぎ。いまどきの日本の神様は外国人の願いもかなえているらしい。がんばれ。

そこから三年坂を下り八坂神社へ。誰も転ばず。八坂神社でも真っ先に絵馬を調べてみると案の定の惨状が。お前らスサノオに怒られるぞ。ただし「煩悩成就」と書いたお前、正直でよろしい。そこで恋愛みくじを引いた燕が半吉を引き、しかもちゃんとかがみと同じ場所にくじを結んでいた。そこからさすがに京アニに行く気力も欲求も無かったので旅館に撤収。夕飯の湯豆腐はうまかった。皆に湯豆腐のおいしさが伝わったので嬉しい。夜は酒を入れながらgdgdトーク。

翌朝は北野天満宮でお守りを買う子がいたので北山へ。まずは金閣。看板が「金閣寺」と開き直っているのには苦笑。昔は中途半端な中二病で金閣は好きになれなかったが、今は正直に言って金閣はけっこうアリだと思う。庭込みで見ればけばくはないし、調和は取れている。

その後はそのままお決まりのコースで竜安寺へ行って石庭を眺める。これも当時は「何この小宇宙……」とむやみに感動したもんだが、今見るとやたらあざとく見える。それよりは各岩のごつごつ感がひょうげていて実に良い。最後に北野天満宮へ。目の赤い牛を見て「真祖だ」と騒いだのはもう5年も昔か。歳食ったもんだ。


思うに、やはり景観は大事だと思う。金閣の裏に高層ビルが見えたら萎える。東京はこれを平気でやっている。皇居くらいあからさまに周囲が高層ビルだとこれはこれでありかなと思うが、浜離宮庭園とか後楽園とか、京都と比較して庭園周囲の景観ぶち壊し度がありえないわ。東京もいまさらながら、何とかすべきだ。  

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2007年10月30日

画風広すぎ

檜図屏風先週末、友人たちと京都に旅行した。目当ての狩野永徳展はめちゃくちゃ混んでいて入場40分待ちだった。こんなに待たされたのは、このブログ書き立ての頃のゴッホ展、そして去年のダリ展以来だ。まあそれだけの価値があるものだと思うが。

狩野派といえばオフィシャルな絵師たちであり、しっかりとした描線、整った構図、中国系の画法が特徴だ。その中にあって確かに狩野永徳は《唐獅子図屏風》のように豪放な障壁画が多いが、しかし彼もやはり狩野派だと思う。山水画を見ても、やはりロマン主義的というよりはロランやプッサンのような感覚しか受けない。

そして同時に思ったのは、自分が思っていたよりも中国的な様式で描いていたということ。やはり自分の中でも、永徳=豪快な松のイメージが強かったということらしい。あんな山水画が永徳作だと違和感があるような、狩野派らしくて安心するような、なかなか複雑である。ただ、自分はああいう整った風景画も好きなので別にたいした問題でもない。

植物を描き散らした屏風もいくつかあったのだが、あまり感動できなかった。自分でも良くないとは思うのだが、やはりこういう細画では伊藤若冲や円山派の絵画が網膜にちらつく。そしてそれらに比べたら狩野永徳の花鳥にはリアリティが足りないということは、時代が違うということを考慮に入れなければ、認めざるを得ないだろう。
そして網膜レベルで若冲がちらつく自分に、時代を考慮に入れるなんてことはできるわけがない。

おそらくこの展示最大の目玉である《洛中洛外図屏風》は間近で見るためにはさらに列を並ぶ必要があったため、遠目から見て我慢することにした。正直そこまで惹かれるものでもないし。ただ、やはり単眼鏡を購入する必要性を自分に再認識させることになはなったが。

それよりもその裏側に展示してあった《吉野山風俗図屏風》のほうが見るべきところが多いと思う。DiL曰く「この絵に対して違和感をぬぐいきれなくなったら絵を理解している証拠」だそうだが、まったくもって同感。やはり吉野山はやまと絵で描いてほしいだなんて、(伝)永徳の思う壺にはまってしまった形。さすがだ。

展示の最後のほうは全部金碧画。金箔のべた塗りは嫌いじゃないが、緑のべた塗りはあんまり好きじゃなかったり。正直に言って冒頭の山水画に比べてあんまりすごいとは思えない。それでも会場の外に出て、京博の庭に生えてる松を見ると「葉にはダイナミックさが足りないし、幹の曲がり方も物足りない」とか文句つけたくなるんだから不思議。だからあれはあれでいいのかなと思っておくことにした。京都まで行きながらあんまり褒めてない気もするが(カタログも買ってないし)、いろいろ見れたので実は十分満足している。  
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2007年10月29日

このタイミングで主題歌公開とかGJすぎる

いつかネタにしようと思いながらめんどくさくて放置していたんだが、京都に行くのでその関連で。つうか書き始めたあとに検索かけてみたんだけど、ブログやHPでやってるサイトは多分無かったけど、アカイイト本スレではすでに既出だったのね……こんな絵出てくるし。あれ?俺の勘違い?ってのは避けられたけど、新鮮味は薄れた。まあいいや。

東方Projectとアカイイトは相当元ネタが似ている。そりゃ両方元ネタが日本神話に近いところからとってるんだから当然といえば当然なんだけど、なんせ日本神話も広いのでこれだけ重なると両方のファンとしてはおもしろい。(以下、双方の作品の超ネタばれを自重しない)


最初に気づくのはおそらく誰でもそうだが、藤原不比等の娘だろう。東方だと妹紅。アカイイトだとノゾミ(とミカゲ)。どっちも藤原不比等の家計図のうち、五女だけ名前が明らかになっていないところから発想を広げたもの。妹紅の場合は親の恨みを晴らそうと、富士山の山頂で燃えるはずだった蓬莱の薬を飲んじゃって不老不死に。ノゾミは双子の妹だから名前が与えられなかった、という理由付けをし、野垂れ死ぬところを主(日本神話の天津甕星、アマツミカボシ)に助けられて妖怪になった、という設定。

天津甕星が出てきたのでついでに話を広げるが、国譲りがシナリオの根幹にかかわってくる(むしろそのまま)なのはアカイイトも東方風神録も一緒。もっとも、天津甕星は常陸国(今の茨城県)の国津神で、風神録は諏訪の神様なのではあるが。まあどっちも最後まで抵抗した最強の国津神たちってことで。

その風神録の神様二柱の能力といえば「乾を創造する程度の能力」と「坤を創造する程度の能力」なわけだが、アカイイトではこれは一言主神の能力なわけで、尾花の能力を吸収した葛が使いまくっていた。乾は天を、坤は地を表す。ついでに、葛ちゃんがてゐに似てるって本スレの指摘はもっともだと思う。腹黒で守銭奴で(ry

そこでまあ当然話は竹取物語に進むわけだが、かぐや姫にコケにされた貴族の一人が不比等で、かぐやは月人というのが東方永夜抄のスタンス。逆にかぐや姫は本当に竹取の長者の娘で、初代贄の血持ちにして「主」を封印するための初代人柱。結局不比等の娘に恨まれることには変わりないのではあるが。

最後に触れるべきは反魂の儀式。アカイイトでは少しうがって槐の木で、東方では桜の木だった。どっちも曰くが多い木ではある。まあアカイイトのアレを反魂というのは少々はばかられるが、まあやってることはほぼ同じなので良しとしよう。どっちも花びらを蝶に見立てているのは興味深い。魂の運び手としてはこれ以上無いってことなんだろう。柚明さんと幽々子様の造詣が似てるというのは、木の精の一般的和風擬人化はあれが標準ってことか。性格は全然違うけどね。

紅魔郷はさすがに共通点無いなあ。どっちにも咲夜さんはいるけど設定全然違うし、そもそも吸血鬼の設定が全然違う(アカイイトの人外は基本的に全員吸血鬼)。でもまあ、そもそも経見塚と幻想郷は雰囲気似てるよねってことで、この比較を閉めておこうかと。また何か思い出したり指摘されたら追記する。  
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2007年10月28日

エロゲ私的傑作選(2)

説明が長くなったので分割。やはり「知る人ぞ知る」よりは信者もアンチも多いゲームのほうが説明責任が大きいなと思う。その意味で、前回よりもプレッシャーあるわ。


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2007年10月27日

エロゲ私的傑作選(1)

好評だった企画の二匹目のドジョウ、というわけではないが、前回作ったエロゲ名作選?にはあまりに広まりすぎたがゆえの誤解が多く、また自分としてもこれが絶対の基準ではないことを示すために、もう一つリストを作る必要性を割とずっと考えていた。簡単に言えば、前回のリストというのは「エロゲらしさ」「マイナーさ」にこだわったものであって、真なる意味で「傑作選」ではなく「名作選」であったのだ。

ここまで書けば今回のリストは何をやりたいのか目的がはっきりしてくると思うが、ずばり「ADV形式のPCゲーム、いわゆるエロゲ(ノベルゲー)」ということ以外に何の制限を加えず、主観的に「これは芸術作品」(※)と感じた作品を列挙してみたい。それによってエロゲ名作選?で生じた誤解を解くとともに、私のアイデンティティの発露としたい。前回のリストは出てくるゲームが人によっては必ずしも名作とは言えないものもあったので最後に「?」をつけたが、今回は逆に傑作であっても漏れているものも当然あるので、「?」をとって代わりに「私的」をつけることにした。

要は、前回のリストは「エロゲマでやるエロゲが無いと思ったらこれを推薦しておく」and「これらが好きなら、管理人と趣味が似てるから今度語り合おうぜ」という目的だったのに対し、今回は「メジャー作品も含めて俺が好きなのは絶対評価的にこんなランキング」という確認のリストってことで推薦リストですらない。だって、皆プレイ済みでしょ。

ゆえに、名作選と重なっているものが多い一方で、名作選のときには条件で省かれたものも多い。番号ははっきりとはしていないものの、おおよその順位。ただし、一部区間を除いてほとんど差が無いのであまり気にしないでほしい。また、名作選のほうの番号は単なる番号に過ぎないので、ご注意願いたい。

名作選を作ったときに「条件から省いた大作と、その関連作品を加えれば50くらいになるはず」と書いた。今回のリストは15作品しか挙げていないが、関連作品が多いので、名作選とあわせるとやはり50くらいになると思う。


※ 最近、「Fateは文学(笑)AIRは芸術(笑)CLANNADは人生(笑)」というテンプレがはやっているが、(笑)をつけて斜に構えてる(まあそれが特にニュー速の文化なんだけど)ほうがよほど阿呆であることは言うまでも無い。まあ、Fateが文学というのはどうかと思う、Fateという作品の質の問題では無く、文学という言葉の定義として。その意味で、このテンプレと同時によく見かける「Fateが文学なら、絵・音抜きで読んでみろよw」という揶揄に関しては、この揶揄のほうが100%正しい。私が言う芸術の定義や、このテンプレがいかにナンセンスであるかについては、このブログのカテゴリCriticismを古いほうから6/27くらいまで読んでいただければ、わかるかと。  続きを読む
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2007年10月23日

第118回「文学を旅する地質学」蟹澤聰史著、古今書院

文学作品の中に地質学的な要素を見出し、それを分析しようという本。知っている人は知っている通り、ゲーテが地質学に詳しく地質学の勃興に貢献しているのだが、そのことも詳しく書かれていた。そこで自分の研究分野ともつながるなと思い購入。

著者が地質学の偉い人のようなので当然地質学よりの話が多く、どちらかといえば「この文学の舞台の地層は」という話が多かった。それはそれでかまわないのだが、地質学者に「文学も読もう」という意識で書かれているために私が読むには地質学の専門用語がさっぱりわからず、とてもハードルの高い本であった。というわけで、文学部の人間よりは理学部の人間に、「俺たちの研究はこんな風に全然遠い場所でフィーチャーされてるんだ」というのを確認する目的で読むことを勧めてみたい。

ゲーテの部分と宮沢賢治の部分が一番おもしろかった。それ以外の部分は、さすがに地質学と文学はかけ離れた分野すぎたか、という感じ。まあ地質学側の人間から見れば、もう少し感想が違うのかもしれないが。あと、出典元の文学はかなりあっちこっちに飛ぶので、網羅しようと思うのなら相当広範に読んでいる必要があることを付記しておく。まあ、各々の原作を知らなくても読める本ではあるが。


文学を旅する地質学
  
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2007年10月22日

やっぱりスペース料が高すぎるのか

国立新美術館のフェルメールとオランダ風俗画展を見に行った。フェルメールの《牛乳を注ぐ女》に釣られて行かざるをえなかったが、正直行く前から「実はこれしかフェルメール来てないんじゃね?」という疑念はあった。でもさすがにねぇ……本当にフェルメール一品とは……

まあフェルメールは別にしても他のオランダ風俗画に期待したかったところだったんだが、それも微妙。まあオランダ風俗画の特徴なんだから仕方が無いんだが絵が小さすぎるし構図も似通ったものが多い。有名な画家が少なく、普通の人ならフェルメールとレンブラントしか知らない展示だっただろう(少し詳しくてヤン・ステーンがわかるかどうか)。質としても首をかしげるものが多かった。作品数も80点足らずでヴォリューム不足だ。

土日に行ったのが失敗だったのは認めざるを得ないが、それにしても《牛乳を注ぐ女》の周囲に人いすぎ。レオナルド・ダヴィンチの《受胎告知》並の状態で、そこまでの他の作品の微妙さもあいまってすっかり見る気を失っていて、結局これもあんまり見ずに帰ってしまった。もう一人の有名人レンブラントも、まあ予想のつく人には予想のつく通り、版画しか来ておらず(それも微妙な版画)なんともいいがたい。

なんかもう、いろいろぼったくられたなあという感想しかない。会期はまだまだだいぶ長いが、見に行かないことをお勧めしておきます。よほどフェルメールの《牛乳を注ぐ女》がどうしても見たいという人は、平日の空いてる時間帯に行くことが必須。まあ後は、あんまりオランダ風俗画を見たことが無いって人には見る価値があるかも。  
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2007年10月20日

必殺クーゲルシュライバー!!

周囲の人間にはけっこう愚痴という形でこぼしているが、フリードリヒの文献がドイツ語以外でなかなか無い。というか英語が少ない。日本語文献なんて数が知れているわけで、二ヶ月ほどずっとドイツ語と格闘する日々が続いている。

そんなこともあって最近ようやく見知らぬ不規則動詞が出てきてもひるまなくなった。なんとなく現在形が推測できるというか。unterworfenを見て「これ元はunterwerfenじゃね」と当てたときにはちょっと天才かと思った。それ以前の問題として、werfenが見知らぬ単語扱いってやばいだろ……ドイツ語的に考えて……単語が頭に入ってなさすぎる。(werfenは英語のthrow、投げるの意。ついでにunterwerfenは「従属する」という意味の重要動詞。)

もう一つ、ドイツ語が若干読めるようになったかなと思えることとして、精読(=日本語の逐語訳をノートに作りながら読む)をしなくても本の内容が頭に入るようになってきた。これはけっこうなスピードアップ。頭の感覚が英語に若干近づいたということか。まあ内容がフリードリヒの何かってことはわかってるのもかなり大きいのではある。

英語と全然違うのは、上述のように単語量。これが圧倒的に足りてないから、英語並の速度では読むことができない。基本的に単語帳とか作らずに「文章で読みながら覚える」タイプなので(受験の単語帳も速短ともえたんしか使ってなかった)今回もとりあえず量だ、と思ってそういう努力はまったくしてないのがやっぱダメなのか。まあ英語で10年間かけてやってきたものを、たったの3年半で追い抜こうとするほうが無理がある。


そういえば今まで何の気なしに読んでいたが、考えてみると語学のためor授業のため以外の理由、つまり本に書かれた内容が目的で自主的に外国語を読むのは人生で初めて。そう考えると新鮮かもしれない。でも正直語学の勉強の領域は逸脱していない気もするね。上のような感想ってことは。

タイトルはこの間、こめとDiLと「ドイツ語の単語ってむやみにかっこいいよね」って話から。Kugelschreiber、ボールペンのことです。  
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2007年10月17日

大名物《大高麗》も忘れずに

初花ムンク展が見終わったところでまだ元気が有り余っていたので、ついでに東博の大徳川展を見に行った。「大」がつくだけあってか、はたまた朝日新聞が気前が良かったのか300点もの品々が集まっていてしかもけっして小物による数合わせはしていないのはさすがといわざるを得ない。もったいないくらい国宝の投売り状態であまりありがたみを感じなかった。ルーヴルで似たような感覚にされたことを思い出したが、そう考えると今回の展示はやはりすごいのかもしれない。

それだけにというべきか、とんでもない人の数だった。道理でムンク展が空いてるはずだ。展示品はとりあえずまっ金金。侘びも寂びも、茶器ゾーンを除けばありゃしない。徳川の金余りっぷりがよくわかるものだ。それにつけても、蒔絵は確かに人の目を引く。漆器は日本の心。あの黒を見ると、心が落ち着く。そして金の装飾は不思議と主張せずうるさくない。

漆器と並んで特に人だかりができていたのは、刀。というか、皆正宗(打刀)と来国光(太刀)の前で止まりすぎ。やっぱ知名度がワンランク違うんだなあ。三池光世はそんなに混んでなかったということは、そんなに知名度が高くないのか。柳生十兵衛の使ってた名刀ですよ、大光典太「三池」光世。

そして茶器ゾーンは嘘のようなガラガラ。お前らは侘び寂びの心を忘れたのか。おかげで《新田》も《初花》もゆっくり見れた(画像は初花)。しっかり目を開いて「これが大名物《新田》《初花》!!!」と古田織部を再現してきましたよ、小声で。自分はそんなに茶器は詳しくないし、きっと偽物が飾ってあったとしてもわからないと思うが、それでもなんというか、オーラは感じた。私的には《新田》のどっしり感もいいが、《初花》の優美さのほうに軍配を上げたい。そうなると、《楢柴》が見たいな。行方不明(という名の焼失)なのが惜しい。


あとは、常設展東洋館の、中国絵画が今ならけっこう良い物が出ていてお勧め(自分もみっちーに教えられて知って行ったんだけど)。貴重なものが見れるという意味では、今一階の刀剣コーナーで《七星剣》が飾ってあった。こっちもそのうち《丙子椒林剣》も見に行かねばなるまい。  
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2007年10月16日

ミュンヘンのことじゃありません

Munch先週末、こめが東京に遊びに来てDiLと三人でいろいろやったのでその報告を一つずつ。まず、西洋美術館のムンク展に行ってきた。3人の集合からして西洋美術館だったあたりで、今回のこめの東京旅行の目的を察してほしい。事前にノルウェーの絵画史を調べちゃったりして自分としても割りと気合が入っていたのではあるが。一番気合入ってたのはDiLだろうしね。

ムンクに関して、好きは好きなんだが、一方でやはり現代芸術だなと思うところはけっこうある、というのが今回の感想。彼の傑作で私が好きなのは《叫び》《不安》《絶望》三部作だと思うのだが(うち《叫び》だけ今回来てなかったのが残念、やはり最近盗まれ続きで保険料が高くなったのか?)、これらの作品は割りとムンクが若い頃の作品であり、19世紀の作品だ。年を食って抽象度が上がっていくのは美術史としては当然だと思うのだが、自分の趣味からはどんどん離れていく。

それでも、《絶望》《不安》の本物が見れたのはやはり嬉しい(掲載画像が《不安》)。《吸血鬼》のうちの一作を持ってきたのもすごいと思う。それだけに油彩の《マドンナ》、《思春期》が無かったのは、《叫び》が無かったのと同様にいただけない。まあそこまでフルセットで見たかったらオスロ行けってことなんだろうね。

ムンクの絵画でもっとも褒めるべきは、やはり色遣いか。「北欧のゴッホ」とはDiLの評価だが、ゴッホが補色にこだわったのに対してムンクはよりフリーダムに暴走している。特に朱色へのこだわりは異常。吸血鬼の女性の髪の薄塗りが目に焼きついている。あと、今回のムンク展のテーマはムンクの装飾性についてだったが、そこは正直よくわからなかった。


むしろ今回新鮮だったのは、こめのリアクションだ。普段自分は現代嫌いで、逆にDiLが現代評価ではあるが、二人とも、そしてほぼ全ての西洋美術を専門にしている人間にとって「現代芸術とは何か」ということは共通理解があるわけで、まさにundoubtedlyなものだった。そしてムンクが現代と近代の境界線上にいる画家であることも。

しかし考えてみるとこれまでこめを連れ回した美術館というと近代はおろか前近代の芸術が多かったわけで、こめに現代芸術に近いムンクの絵画を指して「これはどこを楽しめばいいんだ?」と聞かれると、DiLとの共通感覚ゆえに改めて言葉にするのが難しい。そして往々にして現代芸術というのは、Don't think, feelなわけで、感覚を言葉にするのはなおのこと難しい。

特にフリードリヒなんかは崇高を感じさせるという意味では確かに純粋感覚的な絵画だが、彼はそれを鑑賞者に感じさせるための計算をものすごい理詰めでやっているので説明は容易な部類に入ると思う。ムンクがうまいこといえなかったのは、そういう弊害かもしれない。

  
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2007年10月15日

何もこの時期じゃなくても

昨日未明、我が家のPCが三年と半年とちょうど二週間の天寿を全うした。死因はおそらく寿命によるマザーボードの破損。最後の二週間は常に病との闘いであった。以下は医師(持ち主)によるカルテの記録である。

二週間前、PCが起動しても突然再起動しだす病にかかり、ネットにもつながりにくくなる。とりあえずバックアップをとった後、少し様子を見ようと思っていたら悪化、電源を入れても起動しなくなる(HDDはシークするのにXPが起動しない)状態となり、ここで自力の回復をあきらめ燕に相談。燕より「それはHDDが故障した典型的な症状だから、ソフマップに持っていって相談してみればいいんじゃないか」とのアドバイスを受ける。

そこで、生まれて初めて内蔵HDDを外すという手術を行い、ぶち抜いたHDDを持ってソフマップのPCクリニックへ。フォーマット&クラスターチェックをかけてもらったところ、「HDDが物理的に問題が起きている可能性は極めて低い。もしOSが悪いならこれで再インストールすれば直るはず。それでもダメならメモリかマザボの損傷を疑うべき」と指摘を受ける。帰宅してXPを再インストール、するとXPは正常起動したものの、音が出ないしネットにつながらないしマウスが死んでる。

今度はなんぞや、ドライバの不調か、とデバイスマネージャーを開いてみたらそもそもハードが認識されてなかった。この時点でおおよそのオチがわかってしまった、マザボが逝かれている、と。グラフィックが生存しているのは、オンボードではない(RADEON)からだ。音とLANとマウスはオンボードである。マウスはひとまずUSB接続に切り替えて対処。音とLANはどうしたものか。

加えてマザボの不調となるともう自分の手では負えないので、リアルの知人友人ではもっともPC改造に詳しいこめに相談。実地検分してみないとなんとも言えないといわれたので、暇なら東京に来ないかと要請。(結局、こめが来る前に死亡診断が下されたので関係なかったが、こめは東京に遊びに来た。)

ここで、我が家のPCは無駄に拡張性が高くPCIスロットが5つも空いてることを思い出す。だったらということでサウンドボードとLANボードを秋葉原で購入し、差し込む手術を行った結果(当然PCIスロットに何かを差したも人生初)、見事に音とLANは復活した。これで全ては一件落着かと思われた。

しかしネットを使っていると今度はGeneric Hostなるプログラムが誤作動しXPごと再起動する病に陥る。調べてみるとこれ自体はよくある話らしく、Microsoftから修正パッチが出ていた。ところがこの修正パッチがSP2用だったので仕方が無くSP2をダウンロードしてインストール。今度こそこれで解決かと思いきや、SP2を入れるとネットがつながらなくなる。

今回はLANボードはどう考えても正常、一応PCIスロットとの接続を疑って差し替えるなんてこともしてみたが同じだった。試しにpingを飛ばしてみるときちんとリアクションがあったのでIPアドレスは取れている。接続のプロパティを調べたところ原因判明、デフォルトゲートウェイとDHCPサーバーが接続できてなかった。この問題に関してはいろいろ試してみたが、結局謎は解けず。ひょっとしたら、新設したLANボードと今のマザボの相性が悪かったのかもしれない。

業を煮やし、再々フォーマットしてXPを再々インストールしてみたところ、冒頭の状況が復活する、すなわち、突然再起動する病が再発したのだ。加えて、Generic Hostの問題も併発した(SP1に戻ったため)。腹いせにゲームでもやろうかとVictoriaをインストールしてプレイしようとしたところ、exeファイルをダブルクリックしても起動しない。試しにコマンドプロンプトから起動を命令しても無理だった。

これはあまりにもおかしいと思い、手元のエロゲだのなんだのを適当にインストールして同じようにしてみたが全くHDDがシークする様子すらない。結局のところ、exeファイル全般が読み込めなくなった模様。断言しよう、Victoriaの起動しないPCに、我が下宿における存在価値は無い。インストールした直後のXPが悪いわけはないので、99%物理的損傷だろう。HDDとメモリが悪い可能性も非常に低いので、マザボだと診断を下す。


ここまでやって、ようやく諦めがついた。もう買い換えます。たぶん、マザボを交換すれば復活するんだろうけど、自分にその技術も無いし、はっきり言ってマザボ以外の部分も相当ガタが来てる。それでもメンテナンスしながら使い続ける自信と需要があるなら、その人に引き取ってもらおうと思う。ほんとにタイトルのとおりで、何もこの卒論でくそ忙しい時期じゃなくても、とは思うがソフト面、ハード面ともにずいぶん詳しくなった。いい経験だったと前向きにとらえたい。


そんじゃ、秋葉原に行って新PC買ってきます。次の更新は、何かしらの失敗が無ければ新PCから。といっても明日から三日分はすでに書いちゃったから(週末こめとDiLと遊んだ話で)、四日後のブログがきちんと更新されていれば、もしくはメッセに出現したら、PCが新しくなったと思ってください。  
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2007年10月14日

第117回「風景画家フリードリヒ」ヘルベルト・フォン・アイネム著、藤縄千艸訳、高科書店

これも日本語版の初版は91年だが、ドイツ語版は1950年初版、執筆はなんと1938年のすごく古い本。フリードリヒの知識を得るためというよりは研究史を抑えるために読んだ。日本語版の本の紹介にもそう書かれているが、よくナチス政権下でこれだけの本を書けたものだ。戦後の執筆と言われてもまったく違和感が無い。

こういう古い研究書を読むとおもしろいのは、現在の基本的な解釈との違いが見えてくることだ。具体的にはこの本だと、現在では《氷海》と判断されている絵がこの本だと《難破した希望号》という、《氷海》の準備段階の絵画と判断されている。これは後に《希望号》のほうらしきものが発見されたからなのだが、いかに美術史が物に依存した学問かよくわかる事例だと思う。

それでも、歴史的状況やフリードリヒの伝記的な記録、作品の基本的な解釈などきれいにまとめられており、大変読みやすかった。ロイスダールやルンゲとの比較はおもしろい。案外、研究の時系列にそって、これを一冊目に読んでみるのも損ではないかもしれない。上記の《氷海》のように大幅に現在と解釈が違う場合は訳注がついているので、勘違いする心配はあまり無いだろう(とは言っても、現在カールス作疑惑がかけられている作品も、普通にフリードリヒ作として紹介されていたりはするが)。



……amazonに該当書なし。117回目にして初めて。まあ、今までけっこうマニアックな本も含めて全部あったことのほうがおかしいんだけどね。  
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2007年10月13日

絵画という勝負

水面の絵は大きく分ければ、きっちり描いてある(自然主義的な)絵とゆらめきを重視して描いてある(印象主義的な)絵の二通りあると思うが、どっちが好きだろうか。全然違う二つではあるが、私は両方好きだ。しかし、どっちのほうがリアルと感じるか、と言われればかなり難しい。確かに一見、自然主義的な描き方のほうがリアルなのだが、水面らしいと感じるのは印象主義的な描き方だと思う。別に水面に限らず、岩の絵でも木の絵でもそうなのだが。

同じような葛藤を生むのが裸婦の皮膚に関する描き方。これもアカデミックな病的なまでの質感も、(前期)ルノワールのふわふわした質感もどっちも真だと思うし、どっちもある種の偽者くささはぬぐえない。これにも優劣をつけるのは非常に難しい。このまったく正反対の表象に対して、ほとんど同じ尺度で、しかも優劣つけがたい評価が下せてしまうというのは、人間の感性を考える上で単純におもしろいことだと思う。

絵画というのは所詮二次元であって、人間の五感(もしくは六感)のうちで一つの感覚しか選挙することはできない。しかし我々は普段感覚器官をフルに使って生きているのだから、絵画のリアリティには限界がある。しかし、その限界を乗り越えようとするからこそ、表象の方向性も一方向ではなくなったのではないだろうか。我らが秋山氏は「視覚的な意味で現実に似ているということを言いたいなら『迫真的』という言葉を使ってみるべし」とおっしゃっていたが、その含意はなかなかに深い。

それにもう一つ、絵画には二次元の「静止画」であるという欠点もある。こっちの限界を乗り越える方法も画家たちは多様に生み出してきた。我々はしばしば静的な絵画、動的な絵画という評価の下し方をするが、こういった評価の言葉があること自体がすでに、絵画というもののおもしろさを示しているように思う。


こう考えていくと、やっぱリアリティを放棄した時点で絵画は負けだと思うんですよね、といつもの現代芸術批判でお茶を濁して閉めてみる。  
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2007年10月12日

第116回「ドイツ・ロマン主義絵画 −フリードリヒとその周辺」ハンス・ヨアヒム・ナイトハルト著、相良憲一訳、講談社

84年初版の若干古い本ではあるが、サブタイトルの通り、フリードリヒを中心として、その前後の画家たちの略歴、画風、フリードリヒとの関連について、ほぼ時系列的に書かれている。こうして読んでいけば、フリードリヒやルンゲが登場する下地はそれなりに準備されていたのだなあということは確認できる。と同時に、フリードリヒとダールやカールスの違い、フリードリヒ以後の画家へはフリードリヒ的画風がいかに「廃れていったのか」も確認できるだろう。

フリードリヒは旧弊したバロック的風景画の駆逐には成功したが、その強すぎる近代性ゆえに自分も駆逐してしまった。その結果フリードリヒの跡を継いだ風景画家たちが描いたのは、フリードリヒの香りをほんの少し残しながらも、基本的には古典主義や自然主義であり、感傷趣味の強い絵画だった。

しかし、これらがまったくロマン主義じゃないかと言われるとそれは違うと思う。むしろフリードリヒの絵画はロマン主義の中でも「象徴主義」すぎるのであって、彼のみを真正なるロマン主義に据えるのも何か間違った話ではないだろうか。と同時に、センチメンタリズムの強いポスト・フリードリヒ絵画も、十分ロマン主義の範疇に入れてしまっても、大枠の分類としては間違っていないのではないだろうかと思うのである。


ドイツ・ロマン主義絵画―フリードリヒとその周辺
  
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2007年10月11日

「冬の国」から

卒論の勉強とムンク展の予習を兼ねてノルウェー絵画を調べていたが、実はムンクはC.D.フリードリヒの直系の子孫なんじゃないかという気がしてきた。フリードリヒを含めて多くの画家がロマン主義に分類されてはいるが、19世紀前半の古典主義やバロックとはいえない雑多な画家たちをくくってロマン主義と言っているだけの話であって、ロマン主義は共通性がきわめて薄い。その中でフリードリヒといえば象徴主義の走りであるわけで、ムンクとのつながりを主張してもおかしくはないだろう。

おもしろいのはその経路で、まずフリードリヒの盟友J.C.C.ダールがノルウェー出身であり、画業をなしてからも何度かノルウェーに帰国して現地の風景を描き、現代にいたるまでノルウェーの生んだ巨匠として扱われていることから始まる。ダールはロマン主義の中ではかなり自然主義寄りの画家で、象徴主義的というよりはセンチメンタルな画題が多かった。

その後ダールを経由してフリードリヒ風の象徴的風景画が流行した後、ダール風の自然主義的風景画が主流となる。しかし1890年代、ロマン主義リヴァイヴァルが起こり、これがそのまま象徴主義の隆盛へとつながり、そこへ登場したのがムンク、というわけだ。

一方でドイツ本国では、フリードリヒの死後すぐに彼の絵画は廃れ、やはりセンチメンタルな絵画が流行した後、1875年には(最後の画家ルードヴィヒ・リヒターの死をもって)ロマン主義的風景画は死滅したとされる。確かにベックリンのようなドイツ的象徴主義画家はいるし、彼にフリードリヒの系譜を見るのも大いにありだが、ドイツという地域内で系譜が探せるのはある種当然のところもあるだろう。それよりはやはり、ノルウェーで見つかったことのほうがおもしろい。

フリードリヒは生前、アイスランド渡航を計画したり、スウェーデンを応援している(と解釈されうる)絵画を描くなど、北欧嗜好は強かった。ノルウェーに自らの画業が伝わったとすれば本望じゃなかろうか。まあムンクへの系譜は言い過ぎとしても、かなり明確にフリードリヒを意識されて描かれた絵画は多く、ノルウェー画壇への影響を指摘してみるのもおもしろいかもしれない。  
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2007年10月10日

第115回「C.D.フリードリヒ 《画家のアトリエからの眺め》 −視覚と思考の近代」仲間裕子著、三元社

割と長めのサブタイトル通り、フリードリヒの近代性について論証している。すなわちそれは断片と全体の問題であったり、幾何学的な構図による視覚性や抽象性の問題であったりした。フリードリヒの絵画はどうしても(カタログレゾネを制作したBörsch-Supanの方針以来)象徴性ばかりが強調される中、近代性に着目する新しい流れはおもしろいと思う。しかし、通常の画家というのは逆に、「美術史とは抽象絵画へ向かう発展史観」であるという思想の下で近代性ばかり注目され、ほかの部分はおざなりにされることが多いのに、その逆を行くフリードリヒ研究は、さすが埋もれていた画家とでも言うべきところだろうか。

私的にこの本で一番おもしろかったのは、その関連もあってか第二部のフリードリヒ再発見と受容の歴史をまとめたものだ。現在仲間裕子教授のもっとも関心のある分野だったと思うが(そして確か大原まゆみ先生の最近の関心もそうだったと思うのだが)、国家の表象としての美術館をどうとらえていくべきかという問題は、自分も大変興味がある。美術と社会の関連が今後の美術史の研究分野として広がっていくものと思うが、その際もまたフリードリヒのような特殊な変遷をたどった画家はおもしろい一例として挙げられていくことだろう。

とまあ書けばわかるとおり、専門性の高い本なので、『フリードリヒ【氷海】』と比べて一冊目としてはお勧めできない。


C.D.フリードリヒ―〈画家のアトリエからの眺め〉-視覚と思考の近代
  
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2007年10月08日

第114回「カラー版 西洋建築様式史」美術出版社

西洋美術史をやる上でどうしても避けて通れなかった本だと思う。近代以降は職業の専門化、視覚芸術の抽象化が進んだ結果、画家と建築家のスキルが分離し兼業するものも減ったように思われるが(もちろんル・コルビジェのような例外はいる)、前近代では兼業はまったくおかしなことではなかった。C.D.フリードリヒも建築の覚えがあり、そういったスケッチが何枚か残っている。兼業の画家としてはほとんど最後の世代だろう。

建築の様式の変遷も、絵画の様式変遷とさして大きな流れはない。しかしやはり建築特有の問題や革新というものが細部にはあり、それらを確認する上でなかなかおもしろい本だった。カラー版と銘打ってるだけあって、図版が多く、様式の違いがページをめくれば簡単に確認できたのは褒められるべきだろう。

どの建築史の本でもそうなのだが、やはりこういうものは実物の質感、引いたアングルで見た視点が無ければ本当には味わえないものだ。この「実物を見なければわからない」度は絵画や彫刻よりもよほど高いと思われる。初めてヴェルサイユを見たときは、その仰々しさにやはり圧倒されたものだ。この本に載っている建築を全部見るくらいの旅行を、いつかしてみたい。



西洋建築様式史
  
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2007年10月07日

薄味こそ正義

今月に出たマリみての最新刊で、祐巳の妹問題が解決した。これでこの作品もひとつの区切りを迎えたと思う。『マリア様がみてる』は自分を百合に目覚めさせた、偉大なる作品だ。一時期ほどの熱狂的なはまりっぷりはもうなくなったが、大学1年の頃の自分は、確かマリみてなら何でもよかった覚えがあるくらい、どっぷりこの世界に漬かっていた。

自分の中での熱が冷めていくあたりで世間の熱も冷めていったと思うが(今からちょうど2年前)、その頃「『マリみて』は百合が不足していた業界人が無理やり萌えを創出していたにすぎない」という論調が主流となっていたが、熱が冷めた今でもやはり乃梨子には萌えるわけで、「無理やり」って程でも無いと思う。

一番いえることは、普通におもしろいってことだ。超常現象は排除してあるし、百合も(約一名を除いて)過激な部類にまでけして行かない。あくまで百合の範囲内で暴れてくれるから、おもしろいのだ。こんな作品は今だってなかなか無い。(我が四大教典、『カタハネ』、『少女セクト』、『アカイイト』のうち、厳密に年齢制限が無いのはマリみてだけ。)その意味で、やはり偉大なる作品と言えるだろう。



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2007年10月06日

適切な言葉を使おうとすると……

10月1日の無料の日を使って、損保ジャパン美術館のベルト・モリゾ展を見に行った。いつもはガラガラの損保ジャパン美術館だが、今日はさすがにやや混んでいた。皆知ってるもんなんだね、無料デー。去年の無料デーはガラガラだった気がするんだけど、単に今回はモリゾ展だからか。

さて、今まで実物をあまり見たことの無かったベルト・モリゾの作品だが、その独自性に驚いた。カンヴァスの地が見えるほどの塗り残しや、ほとんどポスト・印象派ともいえるような極端な筆触分割は、同時期の他の画家には見られない。かなりメタ・ピクチャー的なところがあると思う。展覧会の説明では晩年のモネに似ているという指摘がされていたが、それはきっと正しい。発展史観的な見方をすれば、彼女は相当先見の明があったということになる。ただ、最近きちんと塗られた(そこら辺に関しては極めてオールドマスター的な)C.D.フリードリヒの絵しか見ていない自分の趣味には、若干合わなかったのではあるが。

モリゾといえばやはり女性像だと思うが、これに関してはルノワールとは別方向にすごいと思う。エロティックというわけでもなくて美しいというわけでもないんだけれども、なんとなく萌えてしまう。というか、萌え以外の言葉がなかなか見当たらない。というのはやはり女性が描く女性の魅力ってことなんだろうか。無理やりたとえていうなればのいぢ絵に近い印象。

さて、展覧会に文句を言うならば、やはりあの短さは致命的だと思う。代表作といえそうなものは何点かあったが、それも足りていない。後半は素描でスペースを埋めた感があり、配置を散らしてしまったほうがまだ見やすかったような気がする。まあ、無料で見てるからあまり文句を言っちゃいけないんだけどね。
  
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