2008年05月28日

時々こういう場所はある

振り返ってみるとあまりにも今月更新してなさすぎな気がしてきたので(5日くらいさぼってる)、あまり時間が経っても話題が風化するし、自分の記憶からも映像が薄れていってしまうので、大相撲のことをまとめておこうと思った。というか、例大祭と大相撲両方興味ある人は少ないだろうという意味もこめて。もちろん、両方興味あるぜという人はぜひ。共通点は「神事」かな。


今場所はほとんど誰しもにとって意外な展開、意外な結末で幕を閉じたが、仮に琴欧洲が活躍していなかったらどうなっていたやら、という思いもある。仮に琴欧洲が今場所の成績から両横綱との対戦2番を含め3番落とし、11勝4敗だったとしよう。朝青龍も白鵬も別に琴欧洲戦が原因で崩れたというわけではないから(タイミング的にはほぼ琴欧洲戦から崩れているのだが)、一番ずつ勝ち星が増えるだけで12勝3敗だったことになる。つまり、3敗同士の横綱による相星決戦になっていたわけで、こんなにも盛り上がらない場所はない。残りの大関も8−7が二人と負け越しが一人、三役は稀勢の里除いて二桁無しという、ぼろぼろというかもはや最悪に近い場所になっていた可能性がある。琴欧洲に全部救われたと言ってもいいだろう。

琴欧洲が今場所異常な強さをほこった理由は、単純に体格が良くなって、その違和感に誰もついてこれなかったという点。本人曰く、チーズとヨーグルトで太ったらしいが、ヨーロッパ出身の力士らしくてほほえましい。そして増えた体重が足腰に固まっており、大概の圧力なら組み止められる、そして琴欧洲の得意な組み相撲にもっていけるようになったという点。今場所の琴欧洲の決まり手を見ていくとレスリングの技が多いが、これはそういうことなんだろう。これは言われてみて気づいたのだが、某大相撲サイトに「二歩目が内側に出るという癖が消え、踏み込みが適正になった」と書かれていたが確かにその通りだ。踏み込みが内側に出るとどうしても相撲が小さくなるし、足もそろいやすくなって圧力をもろに受けやすくなる。それが改善された。

琴欧洲の綱取りに関して、横審は「(二場所連続優勝という)内規はあくまで内規。先場所までの成績があまりにも悪すぎるため、全勝優勝でもない限り可能性はかなり厳しい」と否定的な態度をとっているが、今場所の相撲が来場所も取れれば全勝も見えてくるんじゃないかと思う。後は来場所もほぼ確実に当たる、安美錦に対する苦手意識をなんとかすれば。でも、そこでなんともできないのが佐渡ヶ嶽さんちの大関なんですけどね。

千秋楽の横綱同士のダメ押しとにらみあいに関して。個人的には北の湖理事長と同意見で、あれは一方的に白鵬が悪いと思うんだが。前から自分は「世間の皆様が期待をかけるのは自由ですけど、白鵬も朝青龍と同じ穴の狢ですよ」と言っていたが、それ見たことかという感じ。品格ある横綱がほしい人は稀勢の里の横綱昇進まで待ってください。あと三年くらいかかると思うけど。

朝青龍に関して。今場所の不調はよくわからない。中日辺りでスタミナが切れたようだが、「尻上がり」調子の今までの朝青龍にはありえない光景。場所前の稽古は普段以上にやっていたようだし、まだ歳とは考えられないし、不明。白鵬は稽古不足でしょう。あとケガ。腰痛がもはや慢性的で、強いときはぶれないが一度砕けるとその場所終了というギャンブルをやっているようなもの。いっそ休場でもして、しっかり直したほうがいいんじゃなかろうか。今の強さならば、腰をしっかり治してそこそこ稽古すれば文字通り無敵だと思うのだが。

琴欧洲以外の大関に関して。琴光喜はかける言葉が無い。8−7関脇時代の相撲と全く変わらない弱さ。確実に言えることは、猪突猛進過ぎること。もったいない星がいくつかあった。ただ、白鵬を倒して弟弟子の援護をした点だけは評価できる。魁皇は今の実力からしてこんなもん。毎場所言ってるが引退しろ。千代大海は不憫。右腕なぁ……バンナの左腕状態だよなぁ。

三役。稀勢の里は来場所・再来場所もあんな感じで。若ノ鵬への不用意な立会いだけは惜しかった。あれが無ければ11番勝ててたのに。琴奨菊はなんとか勝ち越したが、もはや誰しもが彼に対しては対策ができてしまっており、不利な体勢からでしかがぶれなくなった(と思って自分の先場所の総評見たら、「そろそろ対策される気がする」とか書いてあった。まあそんなもんだ)。今後は上位陣のメンバーが大きく変わらない限り苦しいかも。個人的にはああいう何かに特化したタイプが好きなので(千代大海然り)がんばってほしい。安馬、太れ。

黒海はありえないくらい不調だった。まさに満身創痍。それに大して把瑠都は、今の地力じゃあんなもんでしょ。3−12くらいだと思ってたから、思ってたよりは良い成績で幕内上位に残った。あとはまあ、豊ノ島とか安美錦とか星を伸ばしたけれども別段書くことが無い。というか、場所全体の印象が薄すぎて記憶に残ってない。ほんと、決して相撲内容が悪い場所ではなかったけども、見ごたえという意味では琴欧洲関連を除いて最悪に近かった。



  続きを読む

Posted by dg_law at 14:25Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月26日

天気がころころ変わったのも「らしい」ので良し

というわけで例大祭に行ってきた。以下、わかる人向けのダイジェスト。


  続きを読む
Posted by dg_law at 01:17Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月24日

こういうセンス欲しいなぁ

たまたま発見して腹筋ぶっ壊れたもの。世界史マニアであればあるほど笑えると思う。2chの世界史板辺りで作られたものだと思うが、さすがによく読むとこれはかなり秀逸なネタが仕込んである。有名なものからマイナーなものまで、よくもまあこれほどの与太話ばっかり集めて、しかも一見何のことだかわからないようにしたもんだと感心した。

たとえば

紀元前496年 夫差、薪の上で寝る健康法考案
紀元前494年 勾践、獣の胆を嘗める健康法考案

この辺りは普通に有名だと思うが


296年 某カルト宗教司祭殉教。後世のモテない男が憎悪する年中行事のはじまりとされる

これとかなんのこっちゃって話ですよ。まあ聖バレンタインの話なわけですが。その真下の行がまたいいコンボ決めてくれている。

313年 ローマ皇帝、神が一人しかいない新興カルトに染まる。

当時、一神教がどれだけ珍しい例だったのかというのを踏まえて皮肉ってるところがいい。似たようなコンボでは

671年 大海人皇子、「おにいちゃん、ぼくたち兄弟だよ!」と叫ぶ。
1185年 今度は源義経が「おにいちゃん!!ぼくたち兄弟だよ!!」と叫ぶ

なんていいセンスしてる。日本史における兄弟喧嘩って、あと何かあったかな、特に弟がいじめられるパターンで。その他に、特に秀逸だと思った行。近代多めなのは俺の趣味。


1004年 遼の聖宗、「おにいちゃん」と呼ぶだけですごいお小遣いを貰う約束をする。
1534年 バスク出身の中年学生ロヨラ、自ら開発したイメージ学習法にハマったキャンパスメイト6人とモンマルトルで「いつかエルサレムに行こうぜ!」「世界中行っちゃおうぜ!」などと大いに盛り上がる。
1650年 ルネ・デカルト「女王の教室」で極寒の真冬に「朝5時に教室に来なさい」といわれ風邪をひいて死亡。
1724年11月 ピョートル大帝冬のフィンランド湾に飛び込む。
1740年 王、巨人軍を解散する。
1791年 ルイ16世一家、オーストリアへピクニックに出かける

1848年 マルクスとエンゲルスが幽霊に関する重大な仮説を発表
1857年 大英帝国、インド国内でのラードやヘッドの食用の普及に失敗。
1867年 スワード米国務長官、ロシア製の巨大冷蔵庫を格安で購入。 (※ 「その冷蔵庫には高級キャビアが入っていたわけだが。」)
1868年 明治天皇「江戸に旅行に行く」と言い残して家出する。そのまま帰宅せず
1870年7月 ビスマルク、添削の才能を発揮する。
1871年 ナポレオン3世、イギリスに帰還
1882年 神、殺される。
1887年 イギリスの藪医者、食うに困って、ヤク中のニートを主人公に小説を執筆。

1894年 日本、朝鮮独立戦争を代行
1895年 李鴻章、フグチリの代金に2億両を払う。
1895年 日清戦争に日本が勝利するも露・仏・独の三審判が判定を覆す後味の悪い試合に
1900年 セオドア・ローズヴェルト、「こんぼう」を装備する。
1905年 戦艦ポチョムキンの水兵が「こんな飯が食えるか!シェフをよべ!」と海原雄山する。
1908年 イリジウム加速弾が地球に向けて発射されるも弾着点がずれたため人類滅亡回避 (※ ツングースカのこと)
1917年 ケレンスキー女装趣味に目覚める

1920年 寺のマークをひっくり返してみたらかっこよかった
1936年 ロシアの鉄男氏、たくさんの人々を避暑地にいざなう。
1941年 12月、ワシントン上空にUFO数百機が空襲。
1944年 グアム大かくれんぼ大会開催。優勝者は日本の横井庄一さん(記録28年)
1948年 チェコ外相ヤン・マサリク氏、民族の伝統にのっとり窓から投げ落とされる
1975年 ポル・ポト、「絶対に笑ってはいけない3年8ヶ月の生活inカンボジア」を決行。約30年後、アジア某国にてバラエティー番組のネタとして用いられる。
1989年11月9日 ベルリンの壁、販売開始


現代になっていくほど黒いネタになっていくのはお約束。無粋なので元ネタ解説はつけなかったけど、調べてみるといろいろおもしろいよ。  
Posted by dg_law at 00:17Comments(2)TrackBack(1)

2008年05月10日

エロゲクリエーターは定職なのか?

ちゃんとした職業に就いているエロゲ主人公。スレに書かれているエロゲがやったことないものばかりで悔しいので、自分のやったものの中から考えてみる。

とりあえず、スレに載っているのから。まず、6でファミーユのてんちょは出てるのにキュリオの店長が出てないのはなぜだ。大体(Su-37さんも書いてたが)『ダメ恋』の主人公が出てないじゃないか。何丸戸ジェノってんの。スレ25の『スカレ』の高級諜報員。いなさそうでエロゲ界では割とよくある感じ。スレ81の『セイレムの魔女たち』の主人公、牧師。これは重要な要素だった。あと、ニトロのゲームの主人公は……皆ある意味定職ではあるね。タクシーの運転手とかね。

コメ欄4で『かにしの』の教師が挙げられているが、教師って割りと多いほうなんじゃないかな。『はるあし』もそうだし、Selenの『DEEP2』とか陵辱・調教系も含めればなおさら。コメ29の『とらハ2』の女子寮管理人、『月陽炎』の宮司はおもしろい設定だった。『とらハ3』のボディーガードも一応職業かな、学生兼だけど。

スレに出てないゲームを考えてみる。面倒なのでざっくばらんに。ねこねこソフトの『サナララ』4章の主人公はペンキ塗りだからちゃんとした職業だ。『朱』の主人公たちは皆何かしら手に職を持っていた。時代が学生やフリーターを許していないのではあるが。同様に歴史物ではあるが……あれ、『二重影』の双厳先生は浪人じゃね。

『家族計画』の主人公は中華料理屋のウェイターじゃなかったかな。『きると』の主人公は服飾デザイナー。オービット作品にしては珍しく定職。『わんことくらそう』の主人公は大学生だけど……大学生なのかあれは。オーバーフロー名物、沢越止は医者兼ファミレス経営者なのでちゃんとした職業、なわけないな。『うたわれ』のハクオロさんは統治者。これもファンタジーものだとけっこう多いんじゃないかな、特に陵辱物には。もっとも、ちゃんと統治してる人はハクオロさん含め少数しかいない気がするが。

BlackCYCだと、『マイブラ』は……吸血鬼って皆無職だよなぁ。『闇の声』は誰が主人公かわからん(館の女主人は定職なのか?)。『銃刀』のアレはちゃんとした職業ってよりは奴隷だろう。『蟲使い』は書くだけ無駄ですな。唯一『蟲愛』の主人公は正規ルートならウェイトレス後レストラン経営者だから定職なはず。まあ正規ルート以外はろくな目に遭ってないが。


振り返ってみて、やっぱ圧倒的に学生とニート多いわ。この二つが時間の融通もききやすいし、攻略対象の年齢も下げやすいってことなんだろう。学園物が多いから必然的に学生が多くなる。一つ気づいたのは、陵辱物・調教物は主人公学生の縛りがなくなるから意外と定職に就いている。ファンタジー物も同様。つまりは、萌えゲで非学園物は(需要は知らないが)供給が少ないってことじゃなかろうか。まあ、自分が学園物を食傷気味なだけですが。


タイトルはもちろん『らくえん』のことです。  
Posted by dg_law at 15:54Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月09日

日本風景画の一つの極致

東山魁夷《緑響く》近美の東山魁夷展に行ってきた。平日真昼間であるにもかかわらず、入場待ちが出るか出ないか程度には混雑していて、平山郁夫との差に驚きを隠せなかった。言うまでもなく私自身のの評価としても魁夷のほうが高いのだが、この度の展覧会にて東山魁夷は神に昇格した。以下、信者の発言。

東山魁夷は風景画家であるが、彼の風景は国内旅行好きの日本人なら「どこかは覚えてないけれど、こんな風景見たことある!」と思えるものばかりである。ドイツ・北欧に旅行したことがある人ならなおさらであろう。それもただ既視感があるだけでなく、その場所の最も美しいタイミングの光景が絵の中に切り取られているのだ。この点、やたら空想の世界に飛びがちで、身近な風景だと思ったら都市景観画だったりする近代以降の風景画家とは一線を画しているだろう。彼の代表作はしばしば《道》であるとされるが、私はそれに従いたくはない。《道》はむしろテーマが抽象化されすぎた珍しい作例ではないかと思う。

このように感じさせる画家の特徴として、鮮やかな色彩感覚と、風景の単純化と、明瞭不明瞭の使い分け、の三点を私は挙げてみたい。一つ目の色彩について、暖色系で色鮮やかなのはある種当然としても、緑色であれだけ魅せるというのはすごいことだと思う。森の絵も、紅葉の絵と同様に美しかった。二つ目の風景の単純化については会場でも説明されていたが、私的にはおそらくやまと絵が念頭にあったのではないか、と思った。三つ目の特徴が今回一番感じたことで、くっきりした部分と茫洋とした部分が非常に明確に分かれていて、それによる遠近感や印象の違いが独特でおもしろい。

私的な東山魁夷に対する印象というとドイツ・ロマン主義絵画を日本に紹介した人物であるということだが、やはりそれらの特徴が魁夷自身にも現れている。フライブルクのゴシック様式の大聖堂を中心にすえた作品《晩鐘》は、フライブルクの町並が単純化されている点においては明確に東山魁夷だが、作品全体からかもし出されている厳粛さについては、まさにカスパー・ダーフィト・フリードリヒそのものである。東山魁夷の作品群の中では決して数が多くはないらしいが、今回の展覧会で窓特集がなされていたのも、自分のような種類の来場者にはニヤリとできたに違いない。

図録も買って帰ったが、本物にはある芒洋感や細かな色のうつろいは再現しきれるものではなく、わかってはいたが残念である。もっとも、東山魁夷の場合は日本中に作品があるので、気合を入れればどの作品も二度と見れないというわけではない、と考えれば西洋絵画や古い日本画よりもマシだろう。まあ、今回の展覧会でまとめて見ておくに越したことはない。

  
Posted by dg_law at 17:44Comments(2)TrackBack(0)