2009年07月28日

来場所で双葉山に並べ!

白鵬優勝はけっこう喜んでいる。だって、今年に入って本割57-3で優勝回数1回なんてことになったら、過去に例のない勝負弱い横綱ということになってしまう。実際には、白鵬は数字ほどには勝負弱くない。彼がそんな汚名をかぶらなくて済んだなら、それは喜ばしいことだ。

とは言いつつも、白鵬の相撲内容に関しては言うところがない。先場所や先々場所の相撲振りと何ら変わるところはないからだ。時折突然慢心するという弱点まで含めて、進化も退化も無い。まさに、優勝するべくして優勝した。ちなみに今回の「双葉山」発言は別に驚くところではなく、彼は以前から「いまだ木鶏たりえず」を引用してみたり、過去の大横綱のDVD鑑賞が趣味だったりで、大相撲に関する知識は相当に深い。相撲雑誌上でも何度かインタビューや対談が掲載されているが、どれを読んでもよく研究してるなと。

朝青龍はなんだか寂しい。順調に衰えていっている。立会い、張り差しになんとも力が無い。K-1のピーター・アーツのように、ここから復活できるか。やはりファイトスタイル、相撲振りの変更が必要不可欠なのではないか。それでも、千秋楽の白鵬戦はすごかった。差し出争いの厳しさ、巻き替えの速さが異常で、やはり彼は魅せてくれると思う。日馬富士戦で見せたやぐら投げも圧巻。負けた五番のうち、魁皇に負けた一番だけは擁護できない。魁皇に腕を極められたら終了のお知らせなのは百も承知であるのに、よりによってテーピングを巻いている左腕(魁皇にとっては右腕!)がまるで無防備であった。この油断も含めて、弱っているということか。

今場所元気だった、佐渡ヶ嶽部屋の大関二人。盛り上がった要因には違いないのだが、琴光喜はハナから期待していなかった。相変わらず立会いが汚かったりまともだったり。そのじらしはガラスのハートのなせる技か。しかもそのじらしは大して功を奏していない。特に、十三日目の安美錦戦の立会いが最悪。それでも12-3はすばらしい成績で、来場所二桁ならちょっと見直す(とブログに書いて二桁だった試しがないが)。琴欧洲は非常に良かった。やはり次の横綱は彼か。今年に入ってから10-5,10-5,9-6,13-2は十分に安定していると言っても良いだろう。(その前二場所は両方8-7なのではあるが……)

日馬富士はまだまだ精神が脆い。猛稽古すれば改善されるものでもないし、どうしたものか。勝った取組だけ見れば、いい圧力で前まわしを取る形ができているのだが、負けた相撲を見ると前につっかけすぎていたり圧力が足りていなかったりする。特に負けが込んでくると焦りからか、不用意な投げを打って逆に崩されるという場面が増えていくのは悪癖と言ってもいいだろう。典型的なのが十四日目の白鵬戦。あんな首投げで白鵬を崩せると思っているのなら、先場所の優勝は忘れて出直したほうがいい。

千代大海大先生は、CSPのキレが異常だった。初日からいきなり綺麗に決まったし、何より九日目の朝青龍に決めた引き落としと、十一日目の琴欧洲に極めた叩き込みが神がかっていた。特に、十一日目の琴欧洲戦で見せたCSPは芸術的といっていいレベルで、あれが恒常的に打てるなら彼はまだ幕内で大関を張るだけの価値がある。そういえば今場所、五日目に組んで栃煌山に勝ってて吹いた。実況板も大揺れですよ。決まり手小手投げとかなんなの。ありえなくね。あと、十年前の名古屋場所の映像で、すでに大関でしかも角番だったのを見て腹筋崩壊した。十年前から何も変わってない。

魁皇は……彼もまた、右上手が取れるかとったりが打てる状況まで持っていければ必勝、という形がとれる以上は存在意義があるのかも。でも、やっぱり互助会は老害だ。ところで、十四日目千代大海戦に勝ったのは、千秋楽の琴光喜と話が付かなかったのか、それとも逆に千代大海の側で鶴竜と話がついていたのか。それとも、ひょっとしてガチ?


それ以下の番付について。鶴竜はせっかくの東関脇なのにここぞというところで勝てない。まあ彼は長い目で見たい。稀勢の里は五日目に魁皇を破った内容を見て、今場所こそは二桁いける!と思ったら9-6だった。場所前にブログで書いた及第点ギリギリの成績。琴奨菊と旭天鵬が鬼門すぎる。中日の朝青龍戦は良かった。あれは立会いで決まっていたわけだが、あれを土俵際で逆転された朝青龍油断、とか書いている各社スポーツ新聞記者はセンスがなさすぎる。今まで何を取材してきたやら。

旭天鵬はエレベーターお疲れ様です。阿覧と豪栄道、豊響はまるで良いところ無し。それでも豊響と阿覧は経験不足と擁護できるが、豪栄道がそれじゃあねぇ。栃煌山は先場所の豊真将を見ているかのような。段々、豪栄道と栃煌山は残念という声も聞こえつつある。

岩木山は内容が悪くなかったが、家賃が高すぎたか。把瑠都の成績はあんなもんだろう。帰り小結は確実。今場所はやたらとクレーンにこだわってたなーwと。何人釣り上げられたんだ?二日目、四日目、七日目、十三日目、千秋楽。自分のメモに残ってるだけで五人。高見盛、17時よりも遅い登場はちょっと重役出勤すぎたか。来場所はまた17時きっかりの男に戻りそう。

安美錦はエレベーターで元の位置へ。来場所の琴欧洲南無。栃ノ心はいい加減ふんどししっかり締めなさい。翔天狼は大勝しているがそんなに印象に残っていない。山本山は、ケガを治すついでに痩せて肌も治すべき。朝赤龍はようやく勝ち越したけどまだまだらしくない内容が続く。エレベーター化するか?

出島は本当にお疲れ様でした。ガチで幕内在位75場所は、単純に偉大だと思います。正直に言って最近の「出ない出島」か「出すぎた出島」の印象のほうが強いんだけど、それでもケガとうまく付き合いながらどう取るべきか、老獪でかつまっすぐとはいかにあるべきか、そういったことを体現した相撲振りだったと思う。


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2009年07月23日

さくらシュトラッセ レビュー

冒頭からいきなりルーデルさんが急降下して主人公が死ぬ新感覚恋愛ADV。いや、冒頭がそんなんなだけであって、内容は軽めの普通の恋愛ADVである。「ジエータイだし、撃ってこないと思う」とか口走るキャラも登場するが、断じて戦争物ではなく、壮絶な出オチでもバカゲーでもなく、至って普通のエロゲである。


本作のシナリオライター、NYAONの描くキャラは、独特である。私は本作以外では『もしらば』でしか知らないが、これは断言してもいいだろう。文章が独特であるのではない。描かれたキャラの内部での葛藤や論理展開が、他の人とは異なる。それゆえに、一癖も二癖もあるキャラが誕生し、しかもその癖は紋切り型の言葉で落とし込められないものであり、「こんなやついねーよ」と「いや、エロゲなら許容されるのか?」の境界線上をさまよっている。だからこそ、強烈な魅力と拒絶反応の両方をもたらすことになるのだ。

というわけで、本作は『もしらば』からは大きく離れて単純な萌えゲー、キャラゲーの体裁をとってはいるが、その独特の論理展開においては『もしらば』となんら変わることはない。単純な萌えゲーであってシナリオゲーではないのは確実だが、しかし前者には不必要なほどの癖を持ち、むしろシナリオゲーマー御用達なのではないかという感覚がする。とりわけ本作なら、マリーとかりんのキャラ付けとシナリオに対し、不快に感じたプレーヤーはさぞ多かったのではないだろうか。とりわけ、批評空間のレビューでは自分の予想よりも大きくかりんのキャラが叩かれていてた。その一方で、本作のシナリオは実にエロゲらしい甘さ、ラブラブいちゃいちゃ(死語)をも内包している。実に、不思議である。

くすくすの絵に関しては、本作の出来ならば現状のエロゲ界において最高に近い評価を与えてもいいだろう。少なくとも自分の中ではべっかんこう、こ〜ちゃに次ぐ(みやま零やカーネリアンはやや評価軸が違うので除外とするなら)。音楽は思った以上に良かった。OPの橋本みゆき、EDのWHITE-LIPSにしろ鉄板だが、BGMも非常に良かった。プログラムも軽いし、戯画システムと比較さえしなければ使いやすい部類に入る。


さて、やや冒頭のネタバレになるが、体験版部分である上に本作の重要部分であるのでこちらに書く。本作は過労で倒れた母親に代わり、実家のドイツ料理レストランを経営するためにシェフ見習いの主人公が帰郷するところから始まる。ところが、彼は故郷の海岸沿いを歩いていると自衛隊の戦闘機が墜落してきて生死をさまよう重傷を負う。その原因は魔法使いマリー・ルーデルが日本領空に不法侵入し自衛隊に追っかけまわされていたので、彼女が振り切るつもりで曲芸飛行した結果、自衛隊戦闘機が急降下に失敗して墜落したためである。

事故に気付いたマリーはとっさに主人公に治療の魔法を施すが完璧ではなく、責任を感じて主人公のレストランで働くようになる。元々主人公の技量が彼の母親に遠く及ばないためレストランから客足は遠のいていたが、マリーの料理が非常においしかったため評判は上々であった。自分の才能や努力の至らなさを悔やむ主人公だったが、ある日マリーの料理は「魔法」によるもので、だからこそ絶品の料理になっていたのだということを知ってしまい、激怒する。二度と厨房で魔法を使うな、と。結果的にマリーは厨房では魔法を決して使わないと約束し、その翌日から主人公とマリーの未熟なシェフ二人で、レストランは再開することになる。


なぜこのように長々と冒頭の展開を書いたかと言うと、私は、このマリーが魔法使って料理を作ってたのが発覚したときの、主人公の気持ちを理解しうるかどうか、で本作品の評価は大きく変わってくるのではないかと思うからだ。この設定はおもしろい。真剣に何かに打ち込んだことがあって、しかもそのことでリアルチートとしか思えない同僚や先輩がいて、強い敗北感や挫折を味わったことがある人は、何かしらの強い感情が生まれるのではないだろうか。

少なくとも私は主人公にかなり共感した。オチ自体は予想がついたが、マリーさんそりゃないよ、と。この主人公を器の小さい人物だと思ってはいけない。裏では理不尽な怒りや仕打ちをマリーにしてしまっていることを悔やんでいるし、基本的に素直に謝ったり改めたり出来る子である。しかし、人間には侵してはならない聖域というものも、やはりある。


他の特記事項として、二つほど。ルゥリィの破壊力がとてつもない。本作のヒロインの中では比較的まともな言動の持ち主(あれで?w)ということもあり、通常のエロゲのロリ枠と比べても随分とルゥリィに人気が集中しすぎているような気もするが、ともかくルゥリィはかわいい。攻略中、ブログのサブタイトルを「今日からここはルゥリィを愛でるブログになりました」に変えようか思ったけどとどまったくらい。なんだろうな、古参エロゲーマーにとっては、黒猫ででっかいリボンは遺伝子レベルで刻まれているんだろうか。抵抗は無意味だ。

もう一つ。自分はまったく知らない業界なので気にならなかったが、飲食業に従事している人間から見たら設定が崩壊しているらしい。言われてみれば、設定上けっこう大きいレストランなのに、従業員が3〜5名というのは……ラーメン屋やファーストフードだってもうちょっと人数が要るのでは? まあ、リアリティを犠牲にして物語としてのコンパクトさを取ったということか。無駄にキャラの数を増やしても煩雑になるだけだしね。専門家がエロゲに関してぶちぎれていた例で一番記憶に残ってるのは、『そして明日の世界より―』でボーリングの描写がおかしいってレビュー。これほどのレアケースは、多分あんまりない。

総合して、75点前後かなぁ。キャラに癖がなければ80点枠という、通常のエロゲとは逆パターンな欠点を持つ作品であった。


以下、ネタバレ。攻略順。
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2009年07月18日

「我々はどこから来たのか」ってセクハラ(ry

我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか近代美術館のゴーギャン展を見に行ってきた。友達(DiL)と集合し昼飯を食べてから行ったのだが、そういう事情でおおよそ五ヶ月ぶりくらいに毎日新聞社の社屋に入った。蕎麦屋うまかった。わさびはやはり生が良い。その後チケットを買うときに、またもやDiLに「お前が学生なのはやっぱ詐欺」と言われてしまったが、まだ僕は学生です。今年度終了までにあと3回くらいは言われそうな気がしてきた。

さて、混んでいるだろうと予想されたゴーギャン展だがそうでもなかった。土曜日の日中だというのに、これはゴーギャンの知名度のせいか、それともたった約50点のスカスカ具合がばれているからか。一つ驚いたのは、公式HPを見るといかにもゴーギャンは1点のみで、残りは全部周辺の画家という構成のように思えたのだが、そうではなくて、逆に50点全部ゴーギャンだった。ただし、一品豪華主義であるという点が覆されたわけではなくて、版画や見るからにの習作が半分を占めていた。たった50点であることを考えるに、これは逆に快挙なのではないかと思う。

しかし、そんな半分以上あきらめの境地で、「アレ」だけ見られればいいやという心持で挑んだのが良かったのか、案外と満足できた。短いなりに一応ゴーギャンの個人史的なものをたどる構成にはなっていて、描き始め、ブルターニュ期、アルルでのゴッホとの共生、その破綻後からタヒチ前、第一回のタヒチ、第二回のタヒチ、そしてさらなるへき地へと、非常に駆け足でまとめられていて、わかりやすかったというのはその一端である。その意味では、限られた資源でも展示順やキャプションによる誘導次第では化けなくもないという、近美学芸員の努力の成果なのかもしれないし、ひょっとしたら私はとんでもなく的外れな評価と満足をしているのかもしれない。

なお、意外なことにDiLは驚いていたが、この時代の画家で、ポスト印象派からエコール・ド・パリに至るまでの画家たちというのは、自分に合う画風を探しているかのようにそれぞれの様式を一通り描いていることが多い。ピカソがころころと画風を変えているのは有名な話だし、藤田嗣治も若い頃には古典的であったりキュビスム的な作品も残している。その意味で、ブルターニュ以前の描き始めの頃のゴーギャンが驚くほど凡庸な印象主義フォロワーでしかないのは、驚くに値しない。


「アレ」こと今回の一品である大作《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》は、確かに大作であったし、皮肉込での逆説で一品ものたるだけの価値がある作品ではあった。ゴーギャンの人生の集大成であり、意味や意図に富んでいるが、読んでみるとその内容は極単純なものであり、だからこそこれだけのパワーを持っているのかもしれない。にもかかわらずその画面構成は古典的で非常にぴっしりとしたもので、離れたところから見てもすんなりと画面全体が脳に入り込んでくる。おもしろい作品である。

  
Posted by dg_law at 23:41Comments(0)TrackBack(0)

2009年07月13日

私がエンドレスエイトはあれで良いと思う4つの理由。

言うまでもないことだが、「私が」なので。

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2009年07月12日

名古屋場所展望

今場所は場所直前にちょろっと。

最注目は日馬富士であるが、彼自身は綱取りにそれほど興味はなく、むしろ名大関を目指したいということは割と以前から言っていた。確かに彼のような取り口は横綱向きというよりもそういう感じがする。今場所も主役というよりは引っ掻き回す側として活躍してくれるだろう。それでも一応は横綱目前ということを気にしてか、稽古の画像を見たところ先場所よりもやや太って見えた。これが功を奏すと今後おもしろい。

そうすると今場所も主役はやはり白鵬、この男ということになるだろう。というよりもいい加減優勝させてやらないと不憫である。もちろん本人の詰めの甘さということもあるが、それにしたってねぇ。もう毎場所書いてるが、あとは慢心しないこと、腰高にならないこと、立会いに注意の三点に尽きる。一方朝青龍はそれに比べるとやや力量不足が目立ち始めてはいるが油断はできない。奴はボロ負けすると言われた初場所で優勝を飾った男だ。日馬富士に当たるまで一度も負けてなかったらわからない。

琴欧洲の人は始まってみないとわからないが、いつも通りそこそこは期待したい。魁皇はなんだかんだ言って今年の九州場所までがんばりそうだが、千代大海と琴光喜はいよいよ負け越すだろう、と予言しておく。なぜなら、いい加減互助会でカバーするのも限界なほど前半で負けることが多くなってきているから。

稀勢の里は稽古の様子を聞いている限り調子は悪くなさそうだが、前半に上位陣と当たりやすい関脇という地位でどこまで気力を落とさず闘えるか。白鵬、朝青龍、日馬富士のうち一人は倒して9-6以上の成績、を及第点として観戦してみたい。初日からいきなり、その日馬富士戦である。鶴竜は新関脇というのが意外である。もうずっと上位にはいたような。大負けせず大勝ちしないからそういう印象だったのだろう。彼に関しては把瑠都同様、長い目で見たい。

小結の二人、旭天鵬と琴奨菊には悪いがさほど期待していない。エレベーターの予感がする。豊響は大関・横綱と初めてぶつかるので単純に楽しみだが、彼もエレベーターな気がするなぁ。家賃が払えるのか。岩木山、雅山、高見盛にもやや高めの家賃となる位置かもしれない。あー、ここまで大負けしそうな人が多いと大関陣から角番が出なさそうで、それはそれで嫌だな。マジでがんばれ前頭上位陣。阿覧は未知数。ここで勝てれば本物。識者(笑)にまた外国人か、とか言われてしまいそうだけれども。幕内下位では、普天王と豊真将は大勝の予感。特にFOMAにはさっさと元の位置まで戻ってもらわないと。


あとの注目は、山本山の肌が治ってるかどうかかなぁ。あと1時間ほどで判明するわけですが。
  
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2009年07月05日

2009年上半期ニコマス20選!

2009年上半期ニコマス20選ポータル(卓球P)

参加します。このために四日程更新が止まっていたと言っても過言ではない。以下、投稿日順に。


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Posted by dg_law at 18:50Comments(0)TrackBack(0)