2011年01月31日

リリカルなのはと不幸属性

・「内田弘樹さんとかいとさんのなのは対談(?)」(Togetter)

これについてつぶやいたことを転載・追記。twilog便利ですね。実は最近登録した。

ここの分析は非常に正しいと思う。ただ,決定的なことに,フェイトもはやても自分を不幸だと思っていなかった節がある。フェイトは母の役に立っているというのが最後の心の拠り所として機能してた。そして,それがたたき折られるとぽっきりと折れちゃった。だからこそ,1期ラストの復活劇は非常に美しい。母親から初めて自立したわけだから。

はやてはもっと極端で,彼女の場合は最初から不幸だったから,不幸を不幸と認識してない。だからこそ,大概の他人の不幸を受け入れるような,あれだけ懐の広い人間になれたわけで,これも同様に2期ラストの「ヴォルケンリッター復活」のシーンで短く凝縮されている。やはりA'sは名作だった。ちなみに,なのはとはやての違いについてはご本人の発言通り,「なのはVSはやて」という同人誌で書いているので,気になる人は読むといいと思う。

比較として正しいかはおいといて,これは同じ不幸属性でも,アイマスの千早や,『パルフェ』の里伽子あたりとは全く違う点。千早も里伽子も,自らの不幸を自覚してるし,千早はそこから脱却しようとしてあせっている。里伽子はむしろあきらめの境地に達しつつある。しいて言えば『SHUFFLE』ネリネが近いが,そもそもネリネも病弱なので設定までかぶっていたのであった。病弱といえば『そして明日の世界より』の御波もそうで,やはりキャラがかぶっている。病弱というとこうなるんだろうか。(ちなみにこれらはすべて俺の嫁だが,じゃあ病弱萌えなのかというとそれは違う。『加奈』の加奈あたりはちっとも萌えなかった。あくまで自分は不幸萌えと認識。大事なのは不幸の描写。)


「なのは」を『とらハ』の延長線上として見るか,すぱっと切って見るかってのはけっこう大きな問題かもしれない。実際のところ,目だってないけどなのはさんもそれなりに不幸なんですよ,特にとらハ設定だと。親父死んでるし,兄も姉も危ない家業継いでるし。母親は喫茶店経営で忙しくて,割とほったらかし(あとは居候が二人)。その中でも健気に育ってきた末の妹。ほったらかしなので,機械が得意。家族居候含めて皆武闘派過ぎて機械が苦手という事情もあるが。

ついでに言えば,兄と姉とは直接血が繋がってない。兄は母親違うし,姉は正確に言えば従姉妹だったはず。家庭内で,「父親の家業」について知らないのはなのはだけだし,「御神」の血を継いでて剣術の心得が無いのもなのはだけ。けっこう孤立している。士郎さん(父)がなのはには危ないことをさせたくないと言っていたから教えなかったという話だったはずだが,逆になのはが家庭内で孤立したというのは皮肉な話である。

「眠い」「フェイトが出てきてからが本番」「さくらのぱくり」と言われがちな1期の4話くらいまでだけど,ここら辺の前情報があるかどうかで評価が変わってくると思うし,同時になのはと,フェイト・はやての比較も際立つような気がする。ファンサービスの面もあって,槙原愛さんの動物病院が1話で出てくるなど,『無印なのは』はいろいろ『とらハ』を引きずっている,設定としてもテーマとしても。そこからよくA'sに向けて舵を切ったなと,今考えると思う。

そこへ行くと,やはりStSはテーマが拡散しすぎたのだろう。やりたいことは今までの延長線上で,ヴィヴィオにせよキャロにせよスバルにせよ(ティアナはちょっと例外だろう),それぞれ何かしらの不幸は抱えていた。それは敵側にしても同じであった。にもかかわらずああなってしまったのは,単純に登場人物の数と話の規模の割に尺が足りなかった,ないし序盤をゆっくり進めすぎた。そして作画もひどかった。ナンバーズの数を減らすなり話をヴィヴィオに絞るなりすれば相当解決したであろう。いろいろ惜しいアニメだったと思う。

  

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2011年01月30日

ほんとあいつらよく嘘つくしな

・「先の戦争、反省する必要ない」98% 世論調査(虚構新聞)
→ 一瞬ぎょっとするというか,虚構新聞とわかってても何言ってんだこいつと思わせられるタイトルだが,読んでくと最後の行で分かる人には分かるオチ。どうにもわからない人は「京都 先の大戦」でぐぐってみよう。けっこう有名なジョークである。
→ 「他国民」からすると余計なことしやがってというか,これのせいで悲惨な時代が始まったのだから,反省してほしいところであある(キリッ


・「【完全】教授語録セレクション【自分用】」(Togetter)
→ とあるアメリカの美術史教授。超長いので興味湧いた人だけどうぞ。
→ 個人的に笑った語録を書き連ねていってみる。「そういえば今日教授がゴホゴホ咳しながら「ちょっとペストが…」って言ってた。」
→ 「ルネサンス画家の全員が遠近法に目がなかったわけじゃないからねw」
→ 「そのうち、絵からDNA検出してルネサンス画壇のクローンを作り、レオナルドやミケランジェロがニューヨークに降り立つ、芸術家版ジュラシック・パーク的な映画が作られても私は別段驚かんね」
→ 教授「まぁルネサンスとかマニエリスムとか研究してると現代美術研究するひとは作家に直接アタックして質問とかできるし羨ましいとか思っちゃうんだけど、実際どうだろうね。アーティストとか、あいつら嘘吐くからな」
→ 教授「予算はフィオリーノかギルダーで考えてねっ」
→ うちの美術史の教授も笑える発言をよくしてくれたが,やはり美術史の教授は基本的にエンターテイナーなんだろうか。


・流転の頭部、仏国王アンリ4世の「本物」と断定(産経新聞)
→ 新聞記事につきブクマページ。画像はこちら。
→ フランス王アンリ4世というと,最期の王朝であるブルボン朝の開祖であり,40年近く続いた国内の宗教戦争(ユグノー戦争)を終わらせた人物。その沈静化のために発令した「ナントの勅令」も当時の欧州では(世界的にも)非常に早い個人の信仰の自由を認める画期的なものであった。もっとも,ナントの勅令はルイ14世に廃止されるわ,フランス革命ではキリスト教そのものが否定されるわでふんだり蹴ったりなわけだが,
→ そういうわけで割と功績のある人物なわけだが,画像を見ると全く威厳がない……。なお,絵画ではこんな感じである。歴史上の人物の残っている彫像や肖像画はかなり美化されたものということはわかっていても,やはり基本的に美化された画像で脳が認識しているわけで,こう科学の力で提示されると違和感あるもんなんだなぁと思った。
  
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2011年01月25日

陛下の翌日に閣下

いろいろあった昨年から切り替わり,すぱっとスタートしたい今年の初場所であったが,今ひとつぴりっとしない場所ではあった。全体の雰囲気としては序盤に栃乃洋と若の里が引っ張り,魁皇の調子も悪くなく,おっさんががんばる場所なのかと思わせたが後半三人が失速。後半は隠岐の海,稀勢の里,豪栄道が存在感を見せ,むしろ若い力士が躍進するという,前半と後半でまったく雰囲気の違う珍しい場所となった。相撲内容としては可も不可もない程度で,先場所同様に中の中としておく。良い日と悪い日の差が激しい。特に立ち会いの待ったが連鎖した印象がある。やや物足りないところである。

場所中のイベントとしては,初日に天覧相撲,二日目にはデーモン閣下が来場した。両陛下が来られたのは大変喜ばしいことだが,一方愛子様が大相撲にあきちゃったのかどうかが気になるところである(彼女は琴光喜ファンであったため)。で,閣下のほうはNHKの放送で「琴田宮」の名前を出す暴挙。許可したNHKも懐が深い,と言っていいのか。私個人としては,琴光喜復帰はなくてよいと思っているが,夢番付として復帰願いを表明したその勇気には敬服したい。


書くことがあまりないので,早々に個別評に入る。白鵬については連勝が23で止まり,本人自身「稀勢の里は苦手」というまでになってしまった。これは将来的にどうなるか気になるところである。あの一番に関して言えば,誰もが指摘している通り白鵬は仕切りの時点で様子がおかしく,取組は冷静さを完全に欠いていた。白鵬の立会いは鋭かったが稀勢の里がうまく左に逃れていなすと,白鵬の上体が崩れ落ちそうになり,白鵬あわてて上体を上げながら引くと稀勢の里追撃,そのまま押し出してしまった。最初に稀勢の里にいなされた時点で落ち着けば立て直せたのに,立て直さないうちに攻めに行って自滅した。あせりが出た。これが敗因である。

ただし,前兆がなかったと言えば嘘になる,というよりも前兆にあふれていた。今場所の白鵬は先場所の不調をやや引きずっており,九日目の豊真将,六日目の阿覧,五日目の嘉風あたりは際どいところで星を拾っている。一歩間違えば大崩していた可能性がある。が,むしろ責めるべきはそのような不調の横綱に対しまるで歯がたたない稀勢の里以外の上位陣であることは言うまでもない。

大関陣。琴欧洲はいつもの尻下がり病。得意な力士と苦手な力士の差が激しすぎる。今場所は初日安美錦で「終わったな」と2ch・twitterに書かれ,ふたを開けてみれば逆転勝ちに「行けるんじゃないか」という雰囲気も出たがそんなことはなかった。脇が甘いのと足がそろうのはいかんともしがたい悪癖である。似たような成績ではあったが,把瑠都のほうはまだ擁護できる。膝が不調だったのか,ある種の試行錯誤している様子は見られた。休場明けの日馬富士はカド番脱出くらい楽勝だろうと思われたが8−7であった。膝がまだ治りきっておらず,一旦下がるととことんブレーキがきかない。場合によっては,彼の相撲人生は終わったんじゃないかと思われるレベルである。魁皇は普通すぎて書くことがない。

両関脇勝ち越すという珍しい事態。稀勢の里についてはようやく開花したかという印象もありつつ,まだ信用できない。稀勢の里は腰が座ってきたのとやや落ち着いた攻めがみられるようになった点が進歩。あとは阿覧との張り合いに乗ってみたり,適当に立ち会って魁皇のはたきにあったりと,相変わらず無策っぷりが目立つのをなんとかすれば,まさかの今年中に新大関もありうる。琴奨菊のほうは予想外の出来で驚いた。まさか本当にがぶり寄りだけで天下をとるつもりか。千秋楽で豪栄道に負けたのが画竜点睛を欠く。

小結は両者不調であったが,勝ち越したあたりが鶴竜の地力である。ただし,今場所の鶴竜は苦し紛れでなんとか技を放つ姿勢が目立ち,まだ昨年の停滞感からは抜け出せていない。栃煌山は前に出る姿勢は買いたいのだが動きがワンパターンで,かと言って必殺の威力もなく,突撃したはいいが土俵際突き落とされるかはたかれるかというパターンを何度も見た。それでも今の日本人力士では大いに期待をかけてよい方だと思う。

前頭上位。見所があったのは豊ノ島と徳瀬川くらい。豊ノ島は前半不調であったが後半回復し,千秋楽に勝ち越してしまった。九日目から途端に動きがよくなったのはなぜであろうか,よくわからない。徳瀬川は番付的に来場所は横綱・大関に当たるが,予言しておくと大敗する。まず間違いなく。ひいきの力士なのでもちろん頑張って欲しいとは思っているのだが,組まないと勝てないが組むまでに工夫が足りない,組んでも必勝というわけではなく琴欧洲や把瑠都にはおそらく歯がたたない,特に立ち会いの悪さは改善されていないなど,想像がつく。むしろ再来場所以降にその経験が生かせるかに注目したい。

栃ノ心は今場所も華麗に負け越したわけだが,右四つにさせてもらえないか,右四つになっても相四つでは勝てないか(琴欧洲や把瑠都)のいずれかであり,完全に対策をたてられきっている。似たようなタイプの徳瀬川にさえ負けているようでは……。嘉風についても今場所は良さが出なかった。撹乱型なのにまったく撹乱出来ていない直線的な相撲が目立った。


前頭中位。豪栄道は大勝したがこれでようやく地力通りの番付に戻ってくるだけ。豊真将はなんとか勝ち越しているが相撲に変化がなく,特に書くことがない。臥牙丸は見事に地力の壁に跳ね返された感じ。勝った相撲は電車道,負けた相撲も組まれないように工夫する努力は見られたので,何場所か期待して様子を見たい。北太樹は星の割にうまさが光る相撲が見られ,印象に残った。彼はまだまだ上で取れるはずである。白馬は少し小兵らしい動きが戻ってきており,何番かは印象にある。立ち会いで変化多用しすぎなのは気になる。若の里は前半連勝,後半連敗で調子の波が極端であった。後半実は隠岐の海と栃乃洋に寄り切られた以外はすべて押し出し(それも速攻)で負けており,明確にスタミナ切れである。一方,雅山は前頭10枚目であるにもかかわらず負け越した。もう上位に上がってくることはなさそうだ。

前頭下位。基本的に書くべきは隠岐の海と栃乃洋だけであろう。ただし今場所の両者の大勝は,運によるところが大きく,星のままでは過大評価になる。隠岐の海は来場所大きく番付が上がり,大関陣と当たるか当たらないか際どいところまで来るが,稀勢の里にも徳瀬川にも完敗したというところで地力は計れる。まだまだ前頭中位レベルであろう。これだとかわいそうなので褒めておくと,右四つの本格派と見られているが,実は左四つでもかなり取れるし,今場所はもろ差しも外四つも見せている。栃乃洋は往年の得意技が随所に見られおもしろかった。後半はやはりスタミナ切れであろう,押し出されての負けが多かった。

以下は一応触れておく。デーモン閣下に期待された若荒雄はそのかいあってか9−6,はたきにセンスは見られるが,閣下が期待するほどのものでもないような気がする。逆に私が期待していた木村山は,今場所ははたきに切れがなく6−9で負け越した。番付的に十両に落ちてもおかしくはない。最後に黒海。押し相撲なのにまったく馬力がなく,どうしたのかと思ったら糖尿病の疑いがあり,15kgも痩せた上に,右ひじを負傷していたらしい。新入幕以来一度も落ちず43場所も守った幕内陥落で,視聴者としても大変寂しい思いである。
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2011年01月20日

うみねこのなく頃に EP8 Twilight of the golden witch レビュー

手品に決まってんだろそんなもん。


もしくは,別の方のレビューにあったが「愛があっても見えない。」という言葉がふさわしいゲームであった。まさかこのような事態になるとは,発売前に予想できていたプレイヤーは少数派であろう。今,本作の周辺は賛否両論で済めばよいが,名高きシリーズの最終作としてはあまりにも「否」とする声が大きい。実のところ,私自身本作には落第点(35点)をつけざるをえない。世間で本作が「否」とされる理由は,おおよそ以下の3点である。


1.事件の真相が明かされなかった。各種EPの各トリックの種明かしが具体的になされなかったことも不満点ではあるが,これはある程度EP7で解決されている。しかし,各EPとは基本的に"偽書"であり,事件そのものの真相ではないこともまた明らかである。であるのならば,作者は事件の真相を明かすべきであった。
2.読者をあまりにもバカにした態度であった。曰く,探偵のように(あるいは野次馬のごとく)事件の真相に至ろうとする態度は無粋であり,知的強姦者であるという。逆に真相に至らなければよい,好きに妄想させてもらう,という態度は魔女に屈したものであるという。そして推理も妄想もパスし,従順にストーリーと文章だけを楽しんでいる読者は,与えられたものを喜んでいるだけの思考停止した豚なのだそうだ。これでは読者に逃げ場がない。
3.EP8のストーリーがつまらない。前からその傾向はあったが,今回は特に何言ってるのかわからない,ちゃぶ台を返しているというよりもちゃぶ台をぶん投げている。メッセージが前に出すぎていて展開が適当である。それでもひぐらしは祭囃し編がしっかりしていたので信用しようと思いがんばったが,今回はどうしようもなかった。


私自身,1〜3のすべての点において,納得がいかない。が,やはり最も納得がいかないのは1だ。その前には2と3など大した話ではない。

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2011年01月18日

夏休みポスターは狂気

・ニコニコ動画ジャンル趨勢グラフ
→ ここではニコマス以外の話を。
→ 東方界隈はようやく落ち着いてきた印象。公式の動きが鈍いことに加えてIOSYSの動きも鈍い。そもそも拡大しきったために,いい加減新規参入者も少ないだろう。
→ また,「コンテンツの寿命は基本3年」の原則から言ってニコ東方も08年スタートとして3年目なので,いい加減飽きられつつあり,アイマス同様沈滞する可能性もある。もっともニコ東方はアイマスと違い,あくまで東方界隈の出先でしかないので,本体には影響しないだろうけど。
→ 逆にボーカロイドはどこまで伸びるんだろうなぁ……歌ってみた・踊ってみたあたりと連動するからまだ伸びしろがありそう。
→ このデータは昨年10月までなのでそれほど影響が出ていないが,ここ半年に限れば確実にアニメが伸びている。昨年はアニメが豊作でMADが復調したのに加え(特に超電磁砲MAD),公式のアニメ放映も始まったため。今年3月まで待ってデータをとったら大きく結果が違いそうな気がする。


・週刊ストーリーランドって良作アニメ揃いだったよな(妹はVIPPER)
→ 昔はお茶の間で全部見た。今見たらいくつか覚えていて,意外と忘れないものだなと思った。
→ その後ようつべで時間を浪費したことは言うまでもない。
→ 挙がってみるものだと「天国からのビデオレター」「はやくなるサングラス」「出世食堂」「私になりたい女」は大体覚えていた。記憶に残っている話は皆共通するものということか。
→ ただ,今見てみるとオチが即読めてしまったり,あまりにも超展開なものが多い。このへんは,自分が小学生だったか中学生だったかといった年齢だから,当時はすんなり見れたのだろう。


・原子力ポスターコンクール、その狂気の世界 - 俺の邪悪なメモ
→ こうした夏休みの美術の宿題は当時大嫌いだった。ポスターを何かしら提出しなくてはいけないのは美術の成績をつける上で必要だからというのは納得できた。しかし,それをこうした意義のわからないテーマを選ばせた上で描かせるというのはやる気をなくさせた。当時「どのテーマでも描きたくないんだよ,写生ポスターで済まさせてくれ」と毎年のように思っていた。
→ そもそも,原子力にしても他のよくあるテーマとして環境問題にしても,知識のない子供だからこその「純真な視点」なんてものがそうそう生まれると思ったら大間違いである。そういう子は最初からそういうセンスを持っている。
→ この記事のポスターたちにはひと通り笑わせてもらったわけだが,シャレになってないと言えばそうである。「原子力はCO2を出さないからエコなんですよ」という詭弁による洗脳と言って差し支えない。
→ さらにそれをよくわかってない大人が選別するからこういう狂気になる。ここに教育的効果なんてない。超税金の無駄。さっさとやめればいいのに。


・裁判:消えた権利〜知的障害者と裁判 女性の訴え「門前払い」 一般人も即答無理(毎日新聞)
→ 毎日新聞の記事自体が後追い取材なので,事件自体は2009年12月に起きていたもの。かいつまんで話せば,知的障害のある女性がわいせつな行為をされ,地検が告訴したところ,地裁が被害者女性の知的障害を理由に「告訴能力なし」と判断し棄却した。
→ 一見して地裁の判断が冷酷のように思えるしこの記事もそれを批判していたのだが,ことはそう単純なものでもないらしい。裁判所は「門前払い」をしたわけではなく,障害者の人権を蹂躙したわけでもなく,「法定代理人なり告訴権者なりを指定しろ」というのが裁判所の指示らしい。むしろ,それに対して検察が「告訴人が知的障害者でも大丈夫」とタカをくくって勇み足をした,と。争っているのが親告罪(=性犯罪被害者が法廷に晒される覚悟か確認する )なので,裁判所も慎重になる。加えて"疑わしきは被告人の利益に"により刑事裁判では冤罪回避が重視されるため,刑事は民事のようにはいかない。
→ おまけに検察は本来代理としての告訴権者を指定できる(というよりも,「行為能力」が欠けてて(年少者、知的障害、認知症等々)法定代理人もいない場合,検察が適切な告訴権者を選定して告訴をさせることができる),にもかかわらずしなかったという検察側の手落ち。
→ というところで正しいのだろうか。法律に詳しい人お願いします>特にカシンの化身
→ ちょっと情報が欠けるだけで責めるべき相手が変わるという好例。勘違いしかけた自分への自戒とする。今回ブコメが大変勉強になった。

  
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2011年01月17日

第178回『印象派はこうして世界を征服した』フィリップ・フック著,中山ゆかり訳,白水社

原題は"THE ULTIMATE TROPHY How the Impressionist Painting Conquered the World"で,直訳すれば『究極のトロフィー 印象派絵画はいかにして世界を征服したか』である(本書の訳者あとがきより)。現代の美術市場において,印象派がなぜ特権的な地位を得たかについて,画商・競売人の立場から考察する。筆者自身がクリスティーズ及びサザビーズに勤めていた競売人であり,画商でもある(そして小説作家でもある,多才である)。

ざっくりと切ってしまえば,印象派が特権的な地位を得た理由はまず「古典主義からは脱していたが前衛すぎない絶妙な位置にあったこと」。この点は自然主義も同じであり,確かにミレーやコローといったバルビゾン派も印象派と同様に現代において非常に高値をつけている。しかし,自然主義の絵画は中途半端にサロンに認められてしまったため,新興ブルジョワからすればあっち側の存在であった。そこへ行くと印象派はまさに「わしが育てた」の状態であり,それでいてこれまでの規範から外れすぎてもいなかった。ただしその評価は極めて相対的なものであり,印象派の評価はポスト印象派や次の前衛が登場した頃に,急激に上昇した(1880〜90年代)ことは注視しなければならない出来事であろう。

新興ブルジョワとはわがままなのだ。片方では既存の上流社会に立ち入りたいと思いながら,もう片方で貴族社会などカビの生えたものだと感じているのだから。印象派の絵画はうまくそこにマッチしていた。初期の印象派の多くは中産階級出身でどちらかと言えばおぼっちゃまが多く,絵が売れなかった生活苦は「若い時の苦労は買ってでもしろ」的なものであったということは,これらのことと全くの無関係ではない。


また本書で特に注目しているのは,印象派は各国によって受容のされ方,経緯が全く違うということである。これはフランスとその国の歴史的関係や,その国の持つ芸術観と密接にかかわっている。ある意味フランス本国よりも早く印象派を受容したアメリカは,まさに上記に挙げた条件にぴたりと当てはまる国であったがゆえに印象派の絵画を熱望した。歴史が浅いという劣等感と優越感の入り交じった矛盾は「歴史ある国フランス」への羨望をたぎらせ,そのフランスで生まれた新しい絵画を,彼らは熱狂的に買いあさった。

一方で統一が遅れ,同時に社会基盤の整備も遅れていたドイツは,アメリカと同じような羨望をフランスに対して抱きながらも,歴史の古さでは劣っていないという葛藤となり,遅れたドイツを自覚してフランスから印象派を積極的に輸入しようとする層と,反フランスの立場から印象派を排斥する層にくっきり分かれた。その葛藤は近代の鬼子であるファシストにも受け継がれ,ナチスは一方で印象派を退廃芸術の走りとして批判しながら,押収したものを私物化する高級幹部もいた。結果的に先進国では最も受容の遅れた国はイギリスだが,これは本書に挙がっている反フランスというナショナリズム的な問題以外に,同じようなポジションの集団としてラファエロ前派がいたことは影響しているのではないか。

やがて印象派はその経済的な価値が遊離し,投機の対象となっていく。1990年代前半になってようやく崩れたアートバブルは1950年頃から長く続き,その間絵画の値段は上がり続けた。それを牽引したのは印象派の作品であった。またこれは,絵画の売り手が作家と直接つながりがあり,己の審美眼にかけて作品を売る画商から,ともかく高値で売って手数料を稼ぐ競売人に,印象派の売り手が移り変わった時期でもあった。とりわけサザビーズが興隆したのは1950年代であった。この流れにはバブル崩壊前の日本もかかわっている。斉藤了英の名前は,日本のなした悪しき歴史として美術史上に刻まれ続ける。


本書は当時の人々の記録や手紙を用いて,意外なほどストイックに書かれている。受容史というのは難しく学者でもあまりやりたがらないのだが,筆者は学者ではないがゆえに,逆にやりやすかったのだろうか。小説家であるだけに文章もおもしろく,これは翻訳の力もあるように思われる。原文はまったく参照していない立場ではあるが,日本語だけ読んだ感じでは名訳のように思われる。美術史に関心のある人には何の問題もなくお勧めできる本。


印象派はこうして世界を征服した印象派はこうして世界を征服した
著者:フィリップ フック
白水社(2009-07)
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2011年01月14日

第177回『赤と黒』スタンダール著,野崎歓訳,光文社古典新訳文庫

冒頭と最後はおもしろかったが,中盤はやや中だるみしているという印象。

で,レビューを書こうとして,その前に世間の評判はどうなのかというのを調べたら出てきたのが,誤訳問題である。事前に知っていたら避けたと思うのだが,恥ずかしながらレビューを書く段になって気づいた。これに関しては書評の中身ともかかわってくるので,後から述べる。

物語の筋としては,理想に燃え才気にもあふれる主人公の道を誤った出世ストーリーで悪くはないのだが,まず出世の方法が「お前は島耕作か!」というほどいざという場面で女性頼りであり,その才気にあふれるという設定はどこに飛んでったんだと思わせられる(島耕作も,語学が天才的にできて雑務も得意だが,危機的状況は他人の手で助かることが多い)。というか,島耕作もこうであることを考えると,意外とこういった「才気あふれる」描写というのは難しく,ある種の作家にとっては鬼門なのではないだろうか,などと余分な発想にさえ至った。まあ,ジュリヤン・ソレルの場合は,島耕作と比べて脇が甘いので,女性に裏切られて身を滅ぼすわけだが。

そのジュリヤン・ソレルの心情描写は割とおもしろかったし,納得のいくものも多かった。しかし,スタンダールの文章の肝は「心理描写の詳しさ」にあるらしいのだが,それはすなわちライトノベルにありがちな「心情描写を一から十二まで説明してしまうせいで,字数を稼いで物語のテンポを悪くしている」という欠点にまんま当てはまる。これでテンポが悪くならなかったら感嘆するところなのだが,残念ながら眠くなるレベルである。特に,本書はジュリヤン・ソレルの出世物語であるので,彼の出世にあわせて場面が変遷していくわけだが,最後にたどり着いたラ・モール侯爵邸の場面からが冗長である。その心理描写何回目だよ,心情変わってないんだったらわざわざ繰り返しで説明しなくていいよ,と何度心のなかでつぶやいたことか。その割にラノベほど物語が軽くないので,別に読み易くもない。

そして,これに誤訳問題がひっかかるのである。なぜなら,誤訳・訳文の欠落があまりにも多く,丁寧なはずの心理描写が中途半端に欠け,その美点さえも失われているように感じるからだ。以下は誤訳を記したスタンダール研究会の会報である。

http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/kaihou18.pdf
http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/appendice18surRNdeSIMOKAWA.pdf

ただし,翻訳論に詳しい某友人に聞いたところ「誤訳はどんなにプロでも起こりうる物」だから,翻訳者本人よりもチェック体制の問題かもしれない。その意味で責任を追うべきは野崎歓ではなく光文社であろう。これは似たような仕事をしている私自身もひしひしと感じることで,文章は世に出す前に必ず他人の目を入れるべきであり,かつそれでも最後の最後で見つかるのは極単純ながら重大なミスである。「なんでこれ誰も気づかなかったんだよ」って言いながらそこを直すのは日常茶飯事であり,校正とはそんなものだ。加えてその友人は「そもそも野崎歓の脳内で完成している『赤と黒』だから,思い込みでやっちゃった部分も多いんじゃないか」とも言っていた。実は同様の"思い込み問題"は亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』でも起きており,だとすればもはや光文社は確信犯であろう。また「野崎歓は多忙すぎるので"ちぎっては投げ"方式で仕事してしまった可能性」及び「学者仕事として請け負ったわけではないので,そもそも緻密な翻訳は最初から捨てていた可能性」を指摘していた。というところで,誤訳問題を深く追求するのは差し控えておく。いずれにせよ,本書に感じられる文章の悪い意味での軽さは,原文によるものかそれとも訳のせいかは,判然としない。

実はその某友人が『パルムの僧院』を褒めていたので,『赤と黒』次第では読もうかなと思っていたのだが,すっかり気力が萎えてしまった。積み本も多いので,おそらく当分の間読まないと思われる。


赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
著者:スタンダール
光文社(2007-09-06)
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赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)
著者:スタンダール
光文社(2007-12-06)
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2011年01月13日

非ニコマス定期消化 2010.10月上旬〜10月下旬

10月開始アニメと,エルシャダイの時期。





お約束のPV。Making付で紹介。まさかの吉村作治だが,ご本人は非常にまじめに演じてくださったようだ。お疲れ様でした,ありがとうございました。



誰かやるだろうと思ってはいたが,あんたかい!という。



CCO蝶といいアゲハ蝶はMADに使いやすい曲だと思う。直接関係無いが,エルシャダイの盛り上がりの一端(というか中心?)は腐女子で,男女共通で話題になるから持続してるんだろう。



1年以上にわたって続いたobasanのミンサガ実況がとうとう完結。落ち着いた声に,手慣れたゲーマーらしい機知に富んだプレー,そして毎回爆笑のあらすじと三点セットそろった実況だった。次回にも期待。今度からは短いものをやりたいそうだ。あと,クローディアかわいかったです。



こうして見るとカラスもかわいい。



ここからなんとなく掘り出したゾーン。まずはこれ,ごく一部の人間にだけ懐かしいCM。



もういっちょ懐かしいものを。実は勢いで『ぽんぽこ』借りて見てしまった。環境破壊云々というよりも,一つの理不尽の物語として,なんともやるせなくなる作品。前見たときよりも感動したような気がしたが,前見たのが思い出せない。最初に見たのは映画館なので,16年前というのはわかっているのだが。というか16年前かぁ……  
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2011年01月10日

大相撲:昨年のまとめと今年の展望

大相撲初場所も二日目が終わったところだが,デーモン閣下が夢番付をやっていたので,私も各力士個別に去年の総括と今年の展望でも書いてみたい。ノーコメントな力士は単純にコメントが思いつかなかったか,そこまで注目していないということで。


・横綱・大関陣
白鵬:彼に関しては書くことがあまりない。誰が書いても同じことしか書けないからである。それでも一応書くならば,「春場所からずっと一人横綱であったが,それを磐石に勤め上げた。まだまだ若いので今年も記録に期待が出来るだろう」となる。最近あまり持病の腰痛について聞かれないが,状態が良いのだろうか。今年に関してはまず通算優勝回数20回への到達は達成してもらわねばなるまい(現在17回)。先場所は稀勢の里に負けた後かなり試行錯誤をしていたようだが,それでも優勝するくらいの余裕があったというのが恐ろしい。今場所はここまで元の相撲に戻してきている。やはり,あれはあくまで試行錯誤であったということだろう。
魁皇:先場所はまさかの12勝で相撲ファンを驚かせたが本人が「なぜこれだけ勝てたかわからない」と語っている通り出来過ぎた結果だろう。今場所も早々に一敗し,いつもの8−7,9−6に戻っていきそうである。ただし魁皇は「買い王」のブラックなあだ名とは異なり,これまで売る方が多かった。千代大海・琴光喜が踏み倒して引退したことを差し引いてもまだ貯金があるはずである。本人の調子はもちろんだが,互助会の調子次第では今年の九州場所まで生き残るかもしれない。まあ1045勝達成した場所で引退するのが最高の花道のような気はするが。
把瑠都:大関昇進後は日馬富士同様ぱっとしない成績が続き「こいつもか」と相撲ファンにため息をつかれてしまった。「すぐに横綱に昇進する気はないし,ここで無理してもどうせ白鵬に勝てないからむしろ怪我するだけ」という彼の心理が透けて見えるので,私はあえて批判しないことにする(事実その通りだと思うし)。相撲の型についていまだ試行錯誤中であり,成果が見えるのは今年中かどうか。
琴欧洲:気が付けば大関になって5年経過していたらしい。一応10勝することが多く安定はしている。ただし,昨年一年に関しては尻下がり病が激しく,優勝争いを期待させるだけさせておいてつぶれていくパターンが多すぎた。精神的な問題なのだろうか。加えて特定の力士に弱すぎるという欠点が年々悪化し,安美錦・豊ノ島に加えて栃煌山も苦手になってきた(逆に稀勢の里はやや克服した)。どこかでなんとかしないと,もう27歳で若手とは言いがたいことも考慮するに,大関陥落もありえない話ではない。
日馬富士:膝の故障に泣かされどうしようもない昨年であったが,九州場所を休んだのは良かったのではないかと思う。膝が治ってさえいれば,今年は案外やってくれるんじゃないかという期待をいだいている……のだが,とりあえず初場所はまだ相撲勘が戻っておらず二日目で黒星,まだダメらしい(しかし初日の相撲はすばらしかった)。春場所以降に期待しよう。綱取りとは言わないから,一回くらいは優勝して白鵬の年間完全制覇(=11場所連続優勝)は阻止してほしい。できるとしたら日馬富士か把瑠都しかいまい。


・三役陣(大関への期待順)
鶴竜:この1年謎の停滞感があった力士。把瑠都とともにさっさと駆け上がるかと思われたが,鶴竜の側は三役定着すらままならず,むしろ稀勢の里や栃ノ心とともに埋没し,大きく差をつけられた。昨年は勝ち越し2場所,負け越し4場所。小結2場所に関脇1場所,あとは平幕にとどまる。それでも大関候補としては筆頭であると思う。相撲が巧く堅守であるという点では白鵬に近いのだが(だからこそ白鵬には全く勝てない),中途半端で器用貧乏とも言える。何か必殺技がほしい。
栃煌山:残念ながら先場所は調子が狂い,気合が空回ししての負け越しであったが,上位陣での存在感は見せたと思う。稀勢の里・栃ノ心・鶴竜に停滞感がみられる中では,最も期待をかけてもよい力士。もろ差しに頼る相撲はやや単調ではあるが,相手の腋をこじ開ける力は現在随一であろう。一時期は精神的にもろく完全にエレベーターであったが,先場所7−8で踏みとどまったことはむしろ積極的に評価したい。先場所の総評に「少し精神状態が心配である」と書いたが,今場所の様子を見るに吹っ切れたようで安心である。次の大関は彼,と期待してこの一年観戦したい。
栃ノ心:彼も鶴竜同様,昨年は躍進がほとんど見られなかった。三役には上るし大関も倒せるのだが,なぜか同格の相手を倒せない病気にかかっている。なんだろうねぇ,右四つでしか取れないのを相当研究されてるのか。あと押し相撲に弱いという珍しい弱点もある。大関は遠い。
稀勢の里:デーモン閣下にも「実は厳しいんじゃないかと思っている」と言われてしまったように,私ももう大関取りはダメなんじゃないかと思っている。見所も多いがそれ以上に欠点が多すぎる。特に腋の甘さと詰めの甘さ,攻めの粗さはいかんともしがたいレベル。それでも三役筆頭にいるという地力の高さはもはや恨めしいレベル。まあ白鵬の連勝を止めたことで相撲の歴史に名前を残せたので,このまま若の里コースでもいいんじゃないの,と辛辣な発言をしておく。
豊ノ島:年齢を省みず彼を大関候補に推す人も多いが,その気持ちはわかる気がする。先場所の14勝はそれくらい鮮烈であった。ただいかんせん年齢と(とは言っても実は28歳だが),決して本格派とはいいがたい取り口は大関取りにおいて決定的なハンデであり,私はそこまで楽観視していない。
琴奨菊:もはやがぶり寄り一本でどこまで勝てるのかにチャレンジしていただきたい。
安美錦:太ったのは吉と出るか凶と出るか。あとは今年琴欧洲から何勝できるかに注目したい。


・平幕注目の力士
嘉風:「撹乱型」と評価しているサイトがあるが,的確だと思う。押し相撲にみえて一直線ではない相撲は見ていておもしろい。にもかかわらず上位で勝ちきれないのは単調な相撲になった途端急激に弱くなる点と,腰が軽い点であろう。今年遅咲きになるかもしれない力士として挙げておく。
北太樹:昨年は前半三場所で大きく躍進したが,後半はあまり印象がなかった。組んでも押しても戦える万能な力士でケガにも耐性がある。今年遅咲くというよりも昨年遅咲いた。今年も要注目としておく。
阿覧:三役陣に入れるにはまだ出世が足りない気がしてこちらに書くことにした。着実に力は付けており,特に去年の5,7月場所は活躍した。とてつもない膂力を持ち,その使い方も覚えてきたように思われる。ただし,不用意な動きが多く,はたいた結果髷に手がかかって反則負けというパターンもみられるのが阿覧の嫌な特徴である。精神的にも割ともろい。実はすでに27歳ということも考慮すると,そろそろ苦しい。
豪栄道:彼も三役陣に入れるべきかどうかで迷った。ケガで休場しさらに謹慎休場と,そもそもまともに相撲がとれなかったのが昨年であった。今年中に三役戦線復帰はもはや義務の領域であろう。
木村山:デーモン閣下に「栃の守」と勝手に四股名改名を考えられ「検討します」と答えていた木村山だが,個人的な意見としては彼は「守る」相撲で良いのではないかと思う。叩きこみの切れ味がよく,雅山・千代大海タイプの相撲取りであろう。そのために,必ずしも舞の海の意見に賛同するわけではないものの,減量してはどうかとも思うのだが。
徳瀬川:昨年入幕し即ブレイクした力士。四つ身が綺麗で攻めも良い物を見せるのだが,立会いが下手で組めないと勝てないという二つの欠点が大きい。今年は三役に一度くらいなれるのではないか。さっき知ったんだが,部屋が吸収合併で消滅するらしい。稽古相手が増えるのは良い事だとは思う。
臥牙丸:臥牙丸も昨年ブレイクした力士である。ちびちびと勝ち越しを重ね,とうとう前頭6枚目までは到達した。なかなか下がらない点は賞賛に値し,正統派の突き押し力士としては期待大。やはり今年はまず,一度は三役を務めてほしい。
  
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2011年01月08日

C79の中途半端な戦い

今回は3日目不参加の変則参加のため,報告が1回でまとまってしまった。

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2011年01月04日

2010下半期ニコマス20選

2010年下半期ニコマス20選レギュレーション
2010年下半期ニコマス20選エントリー


というわけで今回も参加する。幸か不幸か,それほど迷わずにさくさくと決まってしまったのだが(しいて言うならば同Pでどちらを選ぶかという問題でやや迷った),それほど凶作という感覚はなく,むしろPVに関しては少数精鋭,もしくは成熟を感じた。今回,意図的に本歌取り的な作品をいくつか入れておいたが,こうしたコンテクストの上をなぞりつつさらなる高みを目指す作品は大好きである。公式曲で名作が多いのも,必ずしも9.18ショックによる揺り戻しという影響だけではあるまい。PV系は9.18以後如実に再生数が下がっているが,めげずに作り続けてほしい。

前に07年前半がルネサンス期,07年後期から七夕革命までがバロック〜ロココ期と書いたことがあるが,それで行くならば七夕革命〜09年いっぱいくらいまでが印象派〜キュビスムで,今はさしずめ現代芸術の段階に入っているだろう。本来私は現代芸術的なるものは好きではないが,ことニコマス界隈に関してはこの成熟を喜ぶべきである。

一方,架空戦記やノベマスは元気なことは元気なのだが,正直最近見る時間がなさすぎてついていけてないのと,TRPGや卓マスを意図的に避けているせいでますます追えてないので(ハリアーPも肌に合わないんだよなぁ),言及を避けておく。


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2011年01月03日

2011 賀正

大変遅れましたが,三が日のうちに。明けましておめでとうございます。本年もこのブログをよろしくお願いします。

とりあえずコミケの報告とニコマス20選だけはさっさと書かないと。あとはデンカレのblack boxのレビューをちょっとだけ書きたい。残りの記事はうみねこクリア後になりそうな気がするので,通常更新にもどるのはもうしばらくお待ちください。


去年,新年の更新は何やったかなと思ったら一年の目標を立てていたので,今年はその反省と新たな目標を立てておく。

ネット関係:昨年の目標にブログの有料化と書いてあったが,フォントの巨大化と個別記事サイドバー表示できるようにしたところで満足したので,有料化をする必要がなくなってしまった。あとはアクセス数を地味に伸ばすという目標も達成されたので,正直今年はこの分野の目標がない。一応あと20くらいで,はてブが1000に到達するので,それをひとまずの目標としておく。加えて,下半期は数えてみたら更新頻度が約3日に2回というペースになってしまっているので,もう毎日更新は断念するとしても,せめてこのペースくらいは守りたいと思う。

パソコン:これも昨年の目標にデュアルディスプレイ化と書いてあったが,ぶっちゃけて言えば机の広さが足りないので不可能である。しかし,せめて今のディスプレイがだいぶ画質が危うい&汚れているので,買い換えるだけは買い換えたい。これはなるべく早いうちに。デュアルディスプレイ化については長期的な目標ということで。

エロゲ:昨年はなにやら無謀にも20本という目標を掲げていたようだが,先日書いた通り約14本という悲しい結果に終わったので,今年の目標はせめて現状維持の15本を目標としておく。しかし,今の生活リズムではそれも意外と厳しい気がする。とりあえず1月中にうみねこEP8とDEARDROPSの残り,あとシュタゲかG線のどちらか,という短期目標も掲げておく。

仕事:正規では2年目,実質では3年目となる今年だが,すでに部署の中核メンバーの一人には確実になっているので,正直今年くらいに働けば(残業代的な意味でもボーナス的な意味でも)十分なんじゃないのかなーという気持ちが若干あり。仕事漬けの生活はしたくない。あと,一部の身内には言ったが諸般の事情で長期的には転職しようかなという発想も出てきたので,そこら辺の下地作りもできればなぁ,というのを一応新年の目標としておく。それに伴い,引越し計画も一旦は白紙に戻す。当分本郷に住み続けるのでそのつもりで。(むしろ今の会社に居続ける覚悟を固めたら引っ越す)

旅行:昨年は結局諏訪以外旅行をしなかった。今年も諏訪に行くのは確定として,もう一箇所くらいはどこかに行ければなと思う。やはり出雲か鹿島か。はたまた東方厨関西の旅をいよいよ実現するか。そこは友人たちと相談だが,なんかみんな仕事忙しそうなんだよなぁという一抹の不安。

  
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