2011年02月26日

非ニコマス定期消化 2010.11月下旬〜12月上旬

たろう発掘と,海老蔵の時期。




なぜか最近になって金爆中毒になった。PCの前で窓拭きしちゃうわ。実力派エアービジュアルバンドの爆笑PVをご覧あれ。






後に武士語で大ブレイクするたろう。自分の場合,「翼をください」で発見してファンになり,過去作を一気にさかのぼった。16bit(ギャグ作品)ばかり注目されがちだけれども,真っ当に歌ってるほうもすごい。「レット・イット・ビー」が和訳職人に注目したい。




こんなんやってたんだったら駒場祭行けば良かったw。五月祭のときよりも相当パワーアップしている。探せば一人くらい後輩いそうで怖い。



元ネタも大概ふざけた謝罪会見だったが,このMADはうまい。どっちもセリフが少ないが,マッチする言葉が多かったのが幸いした。ぴっちりと融合している。



これは本当にすごい。Lat式あざt(ry。映像の綺麗さに目を奪われがちだが,実はダンスも相当高度で硬さがかなり少ない。



EP8までやると,「いやもう本当に譲治が犯人でいいよ」としか言えなくなる。次回予告あるけど,まずその前にうみねこ散がアニメ化しないと素材がないわけで,しかしアニメ1期の評判とEP8の評判を鑑みるに,アニメ化があるのかどうかが微妙。

  

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2011年02月25日

千早誕生祭祝い・ニコマスPV36選

【如月千早誕生祝い】ニコマスPV百選、やります【参加者募集】
ニコマスPV百選!〜千早誕生日おめでとう!〜 まとめエントリ

というわけで,damehumanoidさんの企画に乗っかってみた。かと言って真っ当に100選ぶのは骨が折れるし,すでにこういうマイリストを作っている以上,何の縛りも無しに選出するのはあまり意味が無いのではないかと考えた。そこで,「千早がメインのPV」で厳選に厳選を重ねるという条件で選出した結果,到底100には届かず36にとどまった。曲かぶりPかぶり上等でやっているので,複数選出されているPや曲が多い。だが,絶対的な自信を持ってお勧めできるものばかりである。(最初は架空戦記・ノベマスも混ざってて45になってたのは内緒の話)。まあちょうど72の半分だから切りが良い(ry

さすがに数が多いので,単品のサムネを貼るのはやめておく。コメントは頑張って全部付けた。最後のはアイマス2のエディテッドPVなのでネタバレ注意。




  
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2011年02月24日

ラノベ書評もおりまぜてみる実験

・ドラクエ8はなぜ話題にならないのか?(もみあげチャ〜シュ〜)
→ 「二周しておいてなんだけど,エフェクト過多でテンポ悪いのと,ラスボスがしょぼすぎたのが原因だと思う。/個人的には,錬金術はFF的救済要素なのでドラクエにはそぐわなかったと思う。/ゼシカは全力で評価する。」
→ ……とかブコメに書いたけど,実際のところ記憶に残るイベントが少なかったというのが一番大きいかも。語れるところがあんまりない。直近二作だと,6ならやたら強い真ムドーとメラミとか,テリー=引換券だとか。7なら序盤のデスマシーンの話だとかレブレサックの殺したくなる村長だとか。
→ 8はバトルおもしろかったし,フィールドは間違いなく美しかったんだけど,お使いイベントの内容が思い出せない。ぼんやりともぐらと戦った記憶くらいしか。ああ,ドルマゲスは強かった。
→ ゲームバランスが実は割とシビアで,スキルは使えるものと使えないものがはっきりしていたあたりは周回プレー向きなんだけど,その分バトルのテンポが悪く周回する気が起きなかった。本当,二周しておいてなんですが。


・クオリティ高すぎ!「高校2年生」が作った“テスト”動画がすごい(はてなブックマークニュース)
→ 最初見たときは高校生でよく作るなーなどと感心してしまったが,よく考えたらうちの高校にもこのくらい作れるやつは学年に一人か二人くらいいた。文化祭で発表してた。
→ 約○年前でそうなのだから,今ならもっといてもおかしくないし,もっとクオリティが高くてもおかしくないのかな,と二度目見たときは思ったのだが,逆に言えば一般的な高校生のクオリティというとこのへんが限界なのかなーとか。いや,いずれにせよ十分すごいですが。


・草食系ブラック企業に入っていたんだが限界になった(ハム速)
→ 声を大にしては言えないが,こういう会社や部分的にこうなってる部署はけっこうある。いろいろあって極短期間そういう空間にいたこともあるが,部外者としては非常に居心地が悪い。
→ しかもこっちは部外者・若手・微妙に門外漢と三点セットそろっているので「どう見ても遊んでいます,本当にありがとうございました」でもまったくつっこむ余地が無いので余計にいたたまれない。本人たちは楽しそうだったり眠たそうだったり。
→ あ,あと「若手が活躍するというのは一見いいことのように思えますが、それだけ中堅がダメってことの証左でもありますから」これはガチ。そして中堅どころが空洞・元気がない会社の未来は暗い。



以下,『ブラクラ』2巻と『狼と香辛料』ネタバレ。
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2011年02月21日

第8回東方シリーズ人気投票分析(音楽部門・投票者アンケート)

・音楽部門
こちらも保守的傾向が強いが,実はキャラ部門に比べると変動が激しい。はっきり言うと上位陣以外の音楽部門は水物で,上昇理由・下降理由がまったく想像つかないものが多い。

『セプテット』連覇。2位には『感情の摩天楼』が食い込んだ。『摩天楼』はこのまま定着するような気がする。私も投票したが,これはストーリー込みで本当に心に来る曲である。無性に泣きたくなる曲は,東方曲だとこれと『幽雅に咲かせ』の2つ。その『幽雅に咲かせ』が3位,3位だった『オーエン』が4位になった。『神々が恋した幻想郷』がとうとうトップ10入り。道中曲としては不動の地位だが,この曲と『上海紅茶館』は少々特例ではある。他の道中曲は,やはりボス曲よりも低い場合が多い。これに押し出されて,前回から唯一トップ10から漏れたのが『信仰は儚き人間の為に』。早苗のランクダウンと連動しているが,そう心配するものでもあるまい。

11位に『ハルトマンの妖怪少女』が上がってきたが,これもこいしと連動だろう。これは『ラストリモート』の大幅な上昇(43→30→20)でも現れている。逆に文ちゃんリバイバルにもかかわらず,連動しなかったのが『風神少女』で,代わりに『妖怪の山』が急上昇した。文の場合,テーマ曲が複数あるため,票が分散したのではないか。『恋色マスタースパーク』が急落しているが,これを魔理沙と連動した結果と見るなら,さらに魔理沙クラスタが嘆き悲しみそうである。そうすると理由がわからないのが『砕月』の急上昇だが,萃香の側は全くの現状維持で,他の要因も思いつかなかった最近なんかあったっけ?新曲としては『メイガスナイト』が19位に入った。これはキャラ部門の三月精や魔理沙がそれほど変化がなかったことに比べると大健闘と言える。ゲームはプレイされずとも曲は聞かれたということか。

中位では,『廃獄ララバイ』『有頂天変』『天空のグリニッジ』『少女綺想曲』が急上昇した。このうち『廃獄ララバイ』『有頂天変』『少女綺想曲』はV字回復である。リバイバル投票ブームか何かだったんだろうか。逆に大きく下がったのが『the Grimoire of Alice』『リーインカーネイション』だが,旧作は前回急上昇した曲が多かったのでその反動という面が強く,特に『the Grimoire of Alice』はそれでも2回前の60位と比べると高い順位を保った。このまま「旧作の中の人気曲」を保ちそうである。星蓮船曲は『摩天楼』以外ほぼ全部大きく下がったが,これは新作曲にありがちな傾向で,地霊殿の曲も6回から7回で大きく下がっているものが多い。


・投票者アンケート
ここも新作がなく新規参入も少ないため,大きくは変動がない。男女比は9:1のまま変わらず。年齢層は極めて少しではあるが上昇した。作品プレイ率,プレイ数もあまり変動がないが,プレイ数で「全作」が大きく下がっているのは,ダブルスポイラーと妖精大戦争に手を付けていない層が,古参やヘビーユーザーでもそれなりに多いということであろう。形態が特殊なので仕方がない。

「シリーズ中気に入っている作品3つ」では,如実に思い入れの差が出た。1位から順に妖々夢→風神録→紅魔郷→永夜抄ということは,明らかに「自分が初めてプレーした作品」に票が集まっている。興味深いのは『非想天則』の位置で,意外なほど高い。比較すると『萃夢想』は4桁に票が届かなかったわけだが,格ゲー(弾幕アクション)の場合,皆最新作ばかりプレーしてしまうということなのだろう。『儚月抄』は意外と低い,というよりも『茨歌仙』を除くと書籍組最下位である。まじめな話,もうちょっと全国のボウゲッシャーの皆様が投票するかと思っていたのだが。まあボウゲッシャーの数自体が多く無いよねという身も蓋もない結果が出た。

「年間で東方関係に使用している金額」はお前ら過少申告良くない,と申し上げる。え,嘘だろ?皆もっと使ってるんでしょ?この結果を見るに,東方は意外と金かけずに長く続けられる趣味の一つなのかなぁと思った。僕は上から4千人のどこかです。


そういえば今回「東方を知った時期」という設問がなかった。あれは残してほしかったかな。
  
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2011年02月20日

第8回東方シリーズ人気投票分析(総評・キャラ部門)

・総評
ずばっと一言で言わせてもらえば,前回から大きな変化が無い,ほとんど現状維持というのが今回の特徴であった。もちろん,随所随所では何かしらコメントできるような変化は見られるのだが,総評というと言葉に詰まる。今回の人気投票は従来のものと異なり,特に新作が発表されたわけでもないのに開催されたため,そもそも新規に登録されたキャラや音楽があまり多くなかった。特にキャラ部門に関しては,まともな新キャラがはたてと華扇の二人しかいない。

さらにキャラ投票ベースで,第4回4千,第5回1万2千,第6回2万2千,第7回3万3千と完全な右肩上がりで増えてきた投票数も,今回は3万6千に微増したに過ぎない。むしろそれでも増えているという事実に驚きではあるのだが,新規流入が少なかったことも,新作がなかったことに加えて界隈が保守化した大きな原因であるだろう。新規流入の減少に関しては,ニコニコ動画における東方プレゼンスの低下が挙げられる。ちょっと古いがデータとしてはこんなものがある。知名度としても,もはや伸びきって伸びしろがないとも言える。なお,投票者アンケート部門ベースでは,第7回から第8回にかけて投票数が下がっている。


・キャラ部門
上位陣では,霊夢の1位は極めて順当。6位の早苗はフィーバーは一段落して,所定の位置に戻った感じがある。不可思議なのは2位の咲夜と5位の魔理沙。咲夜上昇の理由も,魔理沙の大幅な下落の理由もよくわからない。特に咲夜は公式でほとんど出番がなく,逆に魔理沙は妖精大戦争で大活躍であった。二次創作層が主体すぎて公式の動きがあまり影響を及ぼさないのか?そう考えると逆に納得できるのが妖怪二人で,幽香もレミリアもpixiv等では非常に根強い人気をほこっている。それにしてもここで幽香が妖怪の天下を取るとは思わなかったけど。魔理沙クラスタにとっては忘れられない日になったようだ。確かに衝撃だっただろうと思う。2位か3位が定位置というのが,矜持になっていただろうから。

トップ10は前回と比べて文が入って妹紅が抜けただけで,妹紅は11位に下がっただけである。トップ20でも,こいしとにとりがランクインして美鈴と諏訪子が抜けた形だが,その諏訪子が21位で美鈴が22位だった。人気はほぼ完全に固定化している。順位が上昇するときは一気に上昇するが,下降するときは緩やかというのも,多くの人の投票先が固定化しているからこその特徴であろう。大きな境目としては16位のお空と17位のパチュリーの間に約500票の差があり,お空までは現在の東方の顔と言ってもよいであろう。

作品別に見ると紅魔郷:現状維持,妖々夢:微減,永夜抄:現状維持,風神録:微増,地霊殿:微増,星蓮船:微減。ただし,妖々夢は主要キャラが現状維持で,1・2・4ボスが減少している。風神録は逆に主要キャラは現状維持だが,神社の外で伸びた。にとりも雛も椛も上昇している。永夜抄は妹紅一強で変わらず。地霊殿の伸びは想定の範囲内である。こいしが急激に伸びているが(35→22→15),こいしのポテンシャルからするとむしろ最初(第6回)の35位が低すぎた。星蓮船は今回上昇するだろうと思っていたが,むしろ全体的に下がってしまった。小傘の下落は予想できていたが,それ以外はちょっと理由がわからない。冬コミでも相当同人誌が出ていたとは思うのだが。三部作の三作目は人気が出ないジンクスでもあるのだろうか。このまま永夜抄化していきそうな……

それ以外では萃香・天子・衣玖・小町・メランコが現状維持の中,映姫様が大きく下げた。確かに出番は無かった。まあ実は格ゲー・花・文組は前回大幅に順位を下げているので,その上での現状維持は当然と言える。ここからさらに下がることはあまりあるまい。はたての42位はこんなもんじゃないかと。ちなみにネタキャラとしては,ヒソウテンソクが現状維持に対し大ナマズは急落。まあ彼(?)は完全な一発ネタだよね。


華扇ちゃんの62位は他の書籍組の順位と知名度を考えると,非常に善戦したと言えるだろう。書籍組優勝は蓮子の45位で,49位の霖之助と二人飛び抜けている。60位のルナチャイルドを挟んで4番目なのだから,大したもんだ。まあ人気の出そうなキャラではあるけれど。単行本に期待ということなのかな。何年後かわからんけどw。比較して,三月精は意外と伸びなかった。魔理沙含め,そんなにプレーされてないってことかもしれない。投票者アンケート上では約60%ではあるのだが,あまり繰り返しプレーするようなものでもないし。依姫・豊姫・レーセンはまとめてほぼ現状維持。


音楽部門・投票者アンケート部門に続く。

(追記)
後日談的にtwitterで盛り上がったので, togetterでまとめておいた。主に魔理沙の話。
  
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2011年02月16日

大相撲八百長騒動について

八百長の何が問題か?

‖臍衙个魘酋函ε租芸能として見た場合,八百長は自らの施行細則(大相撲の場合「寄附行為」)に反する行為である。
大相撲をスポーツとして見た場合,八百長はスポーツマンシップにもとる行為であり,建前として真剣勝負を売りにしていた道義的責任がある。
F本相撲協会は文科省管轄の財団法人であり,税制面で優遇されている。ゆえに,世論の批判を背景にした文科省の指導を受ける責任がある。


私自身が,鉢△領場の折衷なので,,ら見ていく。ちなみに,寄附行為第3条にはこうある。「この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨し、その指導普及を図るとともに、これに必要な施設を経営し、もって相撲道の維持発展と国民の心身の向上に寄与することを目的とする」。ひっかかるのは太字部分であろう。八百長行為が相撲道,すなわち武道の精神に反するのは言うまでもない。

しかし,この視点で見ている多くの好角家は八百長が存在しないなどということは建前であることを認識しており,それを含めて大相撲だと思っているため,この寄附行為は実際と大きく乖離がある。ゆえに,この視点から大相撲を観戦している人は今回の騒動をすごく冷めた目線で眺めており,「いいからほっといてくれよ」とさえ思っている。本場所中止に至っては世間に対し怒りさえ感じている。


そうして見ると,△領場から見ている人で,かつ今まで「本気ですべて真剣勝負だと思っていた」ピュアな層が今回最大の被害者と言えるだろうし,これには大変同情する。今回の私的な最大の収穫は,twitterや2chなんかを見ていると,意外とこのピュアな層が熱心な好角家の中にも多くいたということだ。彼らの悲しみようを見ると,相撲協会は必死に反省してもらいたいと思う。

一方で,大相撲をプロスポーツとして観戦するのであれば,重要なのは技巧であり,勝負のおもしろさではないかと思う。そして,仮に八百長が減ることでつまらない相撲が減るのであればそれは歓迎すべきことであろう。この指摘はもっともで,私自身「今回の騒動を契機に大関互助会追放しろ」と思っている。しかし,現実問題として八百長が減ることで大相撲全体のスポーツとしてのおもしろさが向上するかと言われれば,一部をのぞけばさして変わらないのではないかと思う。なぜなら,大相撲の八百長はちょっとやそっとでは見抜けないレベルまで到達しており,もはやそれ自体が一種の技巧レベルになってしまっているからだ。

それでも長年見ているとなんとなく・ある程度わかるもので,私と一緒に大相撲観戦したことある人は私が「これ八百長」「これ互助った」と言っているのを目撃していると思う(もちろんそれでも見抜けてない取組もたくさんあるだろうが)。その点某週刊誌の「朝青龍はほとんど八百長」という馬鹿げた主張は「お前メンタマついてんのか」レベルの暴言だと思うのだが,それはまあ横においておく。しかし,そういう相撲は八百長とわかってもおもしろいものだ。最悪なのは演技力が足りず,八百長なのが見え見えの相撲であり,次に悪いのは真剣にやっていてもつまらない相撲だ。その意味で,△領場からでも八百長をそこまで強く批判できない。ただし,前述の通り純粋なファン層を納得させるだけのパフォーマンスは,今後必要になってくるだろうし,相撲協会はそれをなさなければならない。


よって,,鉢△寮淬錣任△觧筝では,ここ最近の騒動での重要度は

時太山暴行殺人事件>大麻>野球賭博>八百長騒動

となる。時太山事件のとき・大麻騒動のときに,なぜもっと厳罰を下せなかったのか。あの頃はまだ危機感が薄かったし,北の湖理事長の指導力にも相当疑問があった。世間の反応も「相撲だから仕方ない」的な空気があったが,なんてことはない。世間ごと感覚が麻痺していたのだ。(なお,大麻を野球賭博よりも上に置いたのは,どちらも裏社会とつながる行為には違いないのだが,大麻の場合は他の薬物と異なり,スポーツ選手が使用することに意義があるため,より重いと感じた。そこら辺の事情や批判は以前記した。


実のところ,世間様が怒ってらっしゃるのはのみであろう。加えて,寄附行為の内容なんて,もっといえば寄附行為の存在自体をほとんどの人は知らないのではないか。要するに,金の問題である。この税金の高い中,優遇されやがって。それも優遇された金で賭博なんぞしやがって,ということだ。しかし,文科省を動かしている世論の根本が嫉妬だなんていうことが知られると恥ずかしいので,皆「普段から大相撲見てたけど八百長なんて知らなかった,大変ショックだ(棒読)」と振舞っている。好角家からしてみればお前ら全員恥知らずだ,だったら嫉妬だよ嫉妬とはっちゃけてくれたほうがまだ腹立たしくなくて済む。

そして,何か勘違いされているようだが,現在の相撲協会は公益法人ではない。2008年以前は財団法人であればすべて公益法人であったが,2008年12月から2013年の移行期間を経て,これまでの公益法人は一般財団法人と公益財団法人に分けられる。移行期間中で,まだ移行措置をとっていない法人はすべて特殊財団法人という区分にあてられる。今の日本相撲協会は移行措置をとっていないため,特殊財団法人である。むしろこれから公益財団法人資格を取得する上で,大麻や野球賭博や八百長騒動が障害になっているという状況である。

公益法人となれば税制面で大きく優遇され,国技館を含む施設は協会の所有物となる。一般財団法人となると施設は協会のもとに残るが,税制面での優遇措置はかなり減額になってしまう。そもそも財団法人格が剥奪となれば,株式会社として再出発せざるをえなくなり,そうなると国技館は国に返上しなければならない。まあ現状,公益財団法人になるのは相当困難であり,かと言って株式会社化もまずないであろうから,一般財団法人に落ち着くような気がする。

ただし,別の角度から見れば八百長騒動もの視点から強く批判することができる。すなわち,大金の授受による本業の続行は賭博行為に波及し,結果として裏社会とのつながりが濃くなる可能性が大いにあるという点である。反社会的組織とつながりがある集団が文科省の管轄であるとなれば,これは言い訳できないほど体裁が悪い。ここまで踏み込めば,八百長も大麻や野球賭博同様の大罪となる。しかし今のところ,これを理由として今回の騒動を批判している人・マスコミをほとんど見たことがない(いないわけではない)。

もう一つ別角度からの批判として,理由や勢力はどうあれ監督官庁から叱られ,財団法人取り消しがかかっているのだから,危機感をもって対処すべき,というものがある。つまり,ここで大相撲が一般財団法人化・株式会社化すれば財政的に苦しくなり,興業としての規模は縮小するだろう。すると人材集めも次第に苦しくなり,優秀な力士が減ればおもしろい相撲も少なくなる。それは好角家としては避けたい,という意見だ。このような主張は他のの視点からの批判としては筋が通っていると思うし,主張している人も比較的多い。



放駒理事長こと元大関魁傑は,現役時代ガチガチのガチ力士で八百長嫌いであった。その理事長が先代以前の理事長の言を覆すわけにはいかないという理由で「八百長は無気力相撲の一部」などと発言しなければならないのは,心中を察して余りある。彼自身はそんなこと微塵も思ってないだろう。彼の果断な決断力には結構期待しているのだが,それでも全面調査,徹底解剖は不可能であろう。本当に襟を糺すのであれば,まず千○の富○からしてクビにしなければならないわけで,それはおそらく不可能だ(実際にやったら一部の好角家は喝采するだろう……私の周囲にも何人かはいる)。

ではどの程度まで「粛清」すればいいのかと言われると,これは極めて難しい問題だ。なぜなら,世間様がたたいているのが今回の原因である以上,世間様が納得する水準でなければならないわけだが,世間様には「相撲なんていう尻丸出しで男がぶつかり合う野蛮な行為など滅びるべき」というサルコジレベルの認識を持ったホモソーシャルたちが決して小さくない勢力で存在しているため,どこまでやっても完全な収拾は不可能だ。言葉は悪いが,幕内・十両の1/4程度をクビにしたところで,世間様には納得してもらうしかないのではないか……というのが,悲観的な私見である。別に,上位陣が白鵬と稀勢の里と豊真将と安美錦だけになってもいいのよ?俺はそれでも相撲を見る。


最後に。某相撲識者が「そもそも大相撲というのはどの角度から見てもおもしろいという懐の深さがあるもので,それが失われるようなことがあってはならない」と言っていたが,まさにその通りである。スポーツなのか興業かという峻別は,あまり意味のない行為であろう。
  
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2011年02月15日

エロゲ終末物と崇高論

・理想の終末と崇高(エロゲ文化私観)

おもしろい話なので,個別に取り上げる。いろいろエロゲネタバレ注意。


カントに則る古典的な定義では,崇高は数学的崇高と力学的崇高に分けられるが,「終末的崇高」は力学的崇高の一種であり,進化系・分家とも考えられるだろう。もっとも,廃墟を扱うのはロマン主義にとって常套手段であり,これまでの権威の破壊に伴う恐怖と畏敬については,崇高概念誕生の当初から存在していた。こうなってくると先祖探しをしてもしょうもないのだが,明確に結びついたという点ではやはりサルヴァトール・ローザが欠かせないだろう。正直な話,ジョン・マーティン一人に帰するのは違和感が大きい。

18から19世紀の変わり目に,ナショナリズムとともにヨーロッパ中で流行した崇高的ロマン主義は,非常に政治に近い概念であった。ゆえに,その芸術はウィーン体制下において抑圧された。美術の状況をそれぞれ見ると,イギリスでは政治から遊離し,ターナーらによって風景画と結びついた。アメリカでもハドソン・リヴァー派が有名である。フランスは当事者だけあって革命の熱気が収まらず,1830年の七月革命を題材とした《民衆を導く自由の女神》に代表されるように,歴史やオリエンタリズムがその題材となった。一方,ドイツは抑圧が激しかったために,崇高は打ち捨てられ,題材は同じなのに雰囲気の違う「感傷的(センチメンタル)」な作品が流行するようになった。この時期をビーダーマイヤー期と呼ぶ。

何が言いたいかといえば,崇高が飽きられるとセンチメンタリズムに流れるのは自然なことであり,あまり不思議なことではない。ただし,その変遷がエロゲで起きたのはおもしろい現象だ,ということ。私自身はそうした視点でエロゲを鑑賞していなかったので,『eden*』と『そして明日の世界より−』に関する指摘は目からウロコが落ちた。なるほど,言われてみればあの2作品はかりそめの崇高と,その後に訪れるセンチメンタルを描いた作品だ。この視点は非常に美学的でおもしろい。両作品とも,かりそめの崇高のために一応既存の権威を借用しているのは指摘しておくべき点で,『そして明日の世界より−』のほうは言うまでもなく主題歌が『Amazing Grace』。『eden*』のほうは「アスタリスクは赤い星で、マルスの星」という説明がなされているが,これはedenというタイトルがユダヤ・キリスト教系の由来であるため矛盾している。

挙げられていないところでは『SWAN SONG』が終末物だが,あれはセンチメンタルとは相当程遠く,むしろ崇高ではあるだろう。一方,『ネコっかわいがり』は崇高でもセンチメンタルでもなく,絶望感しかない。こうしたもの違いは,崇高とは極めて感覚的なもので,特に視覚に拠った概念だからということで説明できる。『SWAN SONG』は猛吹雪に閉ざされた環境に,廃墟となった教会(既存の権威)という描写があるからこそ,崇高である。『ネコっかわいがり』は世界壊滅の原因が病原菌にあるため,視覚的に弱い。さらに,世界の滅亡が最後の最後まで秘匿されるため,感傷的でもない。終末物としてはかなり特異であり,本作の特徴と言えるだろう。

あとはまあ,厳密にはエロゲではないけども『planetarian』も終末物でかつ崇高ですかね。『天使の二挺拳銃』もある意味終末物なんだろうけど,あれはゲーム自体の出来がなぁ……
  
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2011年02月14日

急造国歌

・第8回東方人気投票
→ キャラ部門はさくさく決まり,パチュリー(一押し),レミリア,八意永琳,聖白蓮,最後によっちゃんにいれといた。紅魔館から二人,BBA枠二人,ネタ枠一人とバランスの良い構成。
→ 曲部門は悩みに悩んだ挙句,いつもの千年幻想郷と優雅に咲かせ,墨染の桜。道中曲枠で遠野幻想物語。秘封枠兼格ゲー枠でDemystify Feast(グリニッジが対抗馬だった)。ここまで割と古いので,比較的最近のから残りは選ぼうかということで,ネイティブフェイス,小さな小さな賢将,感情の摩天楼。
→ どうでもいいけど,今回の人気投票って突発的じゃない?いつも新作が出たら人気投票があるので,今年は無いかと思ってた。そのせいで直前まで知らなかったし。


・女の子が歯磨きされてる画像を集めるスレ(妹はVIPPER)
→ 読んでない僕が言うのもなんですが,このジャンルを開拓したのは,間違いなく西尾維新だろう。
→ 正直あまり好きな作家ではない(言葉遊びがそんなに好きではないので)のだけれど,これは評価する。絶妙な変態具合である。


・「王にとっては小さな国家だが、軍事クラスタにとって大きな道路である」(Togetter)
→ ベルギーは通り道(キリッ
→ 発言自体はWW1のものだけど,WW2のときも同じように道にされてしまったからなぁ。実際,低地で平坦なのと,長らくヨーロッパ随一の豊かさを保っているせいでインフラが常に最先端なことが重なって,非常に通りやすいんだと思う。
→ 同様の通り道国家って他にどこかあるかな。ちょっと思いつかない。意外と軍事的要衝であるにもかかわらずそこ自体の占領は全く政治的・軍事的目的ではない地域って少ないような気がする。


・青木が総合格闘技ルールで自演乙に失神KO負け…Dynamite!!(痛いニュース)
→ 書くタイミングを逸していたのでここで。
→ 実際青木の1R目はひどすぎた。タイトルかかってたりするなら話は別だけど,ダイナマイトなんて相撲でいうところの花相撲なわけで。魅せないとダメでしょう。正直ざまぁwとしか。
→ 自演乙はミルキィホームズが声優さんたちご本人でとても嬉しそうというのと,本当に試合前にホーリーランドを読んでいたということ,そしてパンツのVisual Artsの宣伝のほうが気になった。今年もがんばってください。


・『君が代』の話(Red Fox)
→ 君が代裏話。非常におもしろかった。
→ こうして比較して聞いてみると,もちろん今の『君が代』が一番聞きやすい。また,今の『君が代』同士で比べると,NHKのものが一番良い。ここに書かれている通り,日本語が生きているし,かつ和洋折衷なのが近代日本らしさが出ている。
→ こう言っちゃなんだが,雅楽版は無理やり歴史を掘り起こした結果,曲調と楽器があってない感が出まくっている。長野五輪のもなんかなぁ……。やっぱNHKのが一番良い。

  
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2011年02月11日

第181回『サイコバブル社会』林公一著,技術評論社

ネット上で林先生と言えば,探偵ナイトスクープ顧問料理人の林先生か,精神科医で「まさかとは思いますが、この「弟」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。」で有名な林先生の二人であると思う。ちなみに,ぐぐると1・2番目に後者が出てきて,3番目に前者が出てくる。本書の著者は言うまでもなく,後者の精神科医のほうの林先生である。本書は現在の精神病を取り巻く状況を描く。具体例として鬱病(うつ病),アスペルガー障害,アルコール依存症,PTSDが挙げられているが,それぞれ挙げられていることに違う意味を持つ。

たとえば,うつ病は近年知名度が上昇し,「うつ病患者をむやみに励ましたらダメ」という程度は誰でも知っているレベルにまで到達した。一方,精神病としての「うつ病」と,巷で言われるうつ病には乖離が存在する。精神病とは脳の機能不全・異常による精神の変調であるから,明確に病気である。しかし,特にうつ病の場合,表面上は正常の落ち込みと見分けがつかないところが困難であるため,正常な落ち込みまでもうつ病と素人判断される風潮が広まってしまった。

なぜ林先生がこれだけばっさり行ったのかについての説明がなされている。何かはっきりした原因で気分が落ち込んでいる状態で,かつその原因をとりのぞけば復調するものは,「正常な気分の落ち込み」であり,うつ病ではない。この方の場合,原因は失恋で明白であり,脳の機能に異常が見られないのだから,精神病ではない,というのが林先生の判断である。

加えて,あまりにもうつ病が特権的地位を得てしまったため,擬態うつ病などという現象まで登場した。うつ病と診断されれば,周囲の人がいたわってくれる。だから皆,気分が落ち込んだ時にはうつ病と診断されたがる。しかし,擬態うつ病患者に薬を投与しても,治らないどころか悪化する可能性がある。林先生はこれを大きく危惧している……といった具合である。


共通して言えることは,精神病の場合「正常」と「異常」の境界があいまいで専門家にも判断が難しく,患者本人や社会の要請により境界はしばしばゆらめく。ではグレーゾーンをひとまずすべて異常と判断し,治療するほうが良いのではないか?とする意見も多い。しかしそのためには膨大な精神科医が必要で医療費も膨れ上がる。実際,近年の精神科医の開業数や,抗うつ剤の売上は完全に右肩上がりである。ゆえに,サイコバブルは製薬会社の仕業という陰謀論まで存在する。

一方,前述のうつ病のように,必ずしもなんでもかんでも異常と判断することが良いとは限らない。うつ病と擬態うつ病の関係に限らず,それぞれの精神病にはそれぞれ特有の問題がつきまとう。そもそも,誰かしら人生のどこかのタイミングで大きく落ち込んだり,何かに依存することや,たまたまその集団の空気をまったく読めなかったりすることはある。それらを含めて,なんでもかんでも異常として診断いたら,冗談抜きで,むしろ健常者が消滅してしまう。これがサイコバブル社会の正体である。その根底にあるのは,精神病の生半可な知識の流布と急激に成長する精神病世界に社会が追いついていないことだ。安易な診断をしてしまうことを,林先生は精神科医にも世間にも警鐘を鳴らしている。

だが,本書はその予測を立てているだけで,解決策は提示していない。まあ問題が巨大すぎて簡単に解決策を提示できるようなものでもないが,何かしら言ってほしかったとは思う。また,段落変えが多く,「だ・である」調と「です・ます」調が統一されていない部分があるため,ちょっと読みづらかった。しかし,誰しもが言いづらい内容をずばっと言い切った本書の挑戦心は大きく買いたいと思う。本書の内容を主張しにくい風潮そのものが,サイコバブルを生んでいる原因であり,本書が出版されたこと自体に意義があるのではないか。


サイコバブル社会 ―膨張し融解する心の病― (tanQブックス)サイコバブル社会 ―膨張し融解する心の病― (tanQブックス)
著者:林 公一
技術評論社(2010-06-25)
販売元:Amazon.co.jp
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2011年02月09日

東南の風が吹く

・「【現場から】無条件に「生涯学習はいいことだ、社会に必要だ、税金使ってでもやるべき」と信じている人は一度常識を疑ってほしい」(Togetter)
→ 表題に同感。
→ もっと反論が多くまとめられているtogetterもあるが,反論が読むに耐えない内容なのでこちらを取り上げた。
→ 要するに,大学の運営が火の車で,ただでさえ日本の大学教授は雑用が多すぎて批判されているのに,金とマンパワーを割いて無料の公開講座をやる意義はあるのか。有料にしたり,別の機関に受け持ってもらってもいいんじゃないのか。
→ しかしこれが曲解され,生涯学習の全否定のように受け取られ反論を受けた。生涯学習も大概マジックワードである。そもそも,大学でしょっちゅう(ほぼ)無料の公開講座開いているの,知らない人もけっこういるんじゃないのか。
→ リタイアしてからでも学ぶ意識のある人がいるのは大変素晴らしいことだが,そのしわ寄せが若者に来るという現実は考慮されなければならないし,ましてやその老人が学びに来ているわけではないとなれば,この教授の怒りはもっともだろう。反論している人は,そこまで考えているのだろうか。
→ ブコメにもあったが,ユーキャンがあんだけぼろ儲けしてるんだから,公的機関も有料にしてしまえばいいんだよなぁ。
→ 東大でさえ,ときどき真っ当に学位を求めて学士入学で入ってくるご老人がおられる。入試はあんなに難しいのに。金を出してでも本気で学習したいリタイア組は案外と多いと思う。
→ ただまあ,いろいろ読んでくとこの大学教授も,別のところでとんでもない発言してたりするので,それはそれでげんなりした。
→ 最後に自分のブコメを再掲。「若者も老人もないことだけど,皆勉学の苦労なしに,知識と箔が欲しいだけ。しかし,実際には学術的素養の習得は時間と気力が必要。そのバランスのわからない人が案外と多い。」だからこそ,老いてから本気で学び始めた人には本気で尊敬します。


・ 動画のコメントが消えにくくなる対応について(コニコ動画 開発者ブログ)
→ これはけっこう影響のある変更だった。10分未満の動画だと(大規模にコメ欄を埋めるコメントアート職人以外)さして影響がないが,長い動画はこれによって圧倒的に保持できるコメントの量が増える。30分くらいの動画だと,1000コメ程度ではところどころスカスカになる。けっこうコメント読んでる人としては,あれは寂しいので,改善されるのなら嬉しい。
→ ゲーム実況系だと,一本が20分とか30分とか。で,盛り上がるポイントも一動画に一箇所というわけではなくて何箇所もあるので,盛り上がりポイント同士でコメントの奪い合いになり,「あれ,ここ案外とコメント少ない」という事態がしばしば起きる。これからはそういうことが少なくなるであろう。
→ しかし,100分超えの作業用BGMの老舗を開くと,10000ものコメントをロードしようとして一瞬ブラウザがフリーズした。逆に言って,ニコニコ動画のサーバー負担が心配である。


・違法操業の中国漁船団、合体して取り締まりに対抗 写真16枚 国際ニュース(AFPBB News)
→ なんという連環の計……これはまさか孔明,いや龐統の仕業か(キリッ
→ この写真見た人で,三国志知ってる人なら確実に連環の計を連想するだろう。実行者が中国の違法漁船団というのがまた。取締が韓国ということは,漁民は華北の人間か。だったら一応魏の領土ではあったが。
→ 韓国の海洋警察署警備隊はこいつらを火計にしてしまえ。というか,韓国での三国志普及度ってどんなもんなんだろう。実は本家本元中国より日本のほうが熱いって話も聞く(中国人は岳飛あたりのほうが人気が高いという話)。


・性の6時間を正すために6時間正拳突きをしようと思う(ハム速)
→ これは正真正銘VIPクオリティ。
→ 何がすばらしいってアメリカ村ってチョイスだよな。東京だったらどこが適切だろうか,ちょっと思いつかない。池袋の東西どっちかの公園あたりか?丸の内・銀座・新宿だと警察官すっ飛んできそうだし,渋谷は場所がないし,上野はそもそもリア充が少ない。
→ 来年は本当にTDLでやるのかなぁw。大阪なんだからせめてUSJで勘弁してやって欲しいところである。
  
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2011年02月06日

『三国志 5・6巻』宮城谷昌光著,文春文庫

ある方のブックレビューに,「宮城谷氏の曹操は平凡だったけど,劉備の描写は非凡だった」というのがあった(ちなみにこれ)。8巻読了時点でのものだが,5・6巻まで来て,その言葉を実感しつつある。このかたが挙げている3つの特徴はすべて当たっていて,極めて的確な書評であると言わざるをえない。

5巻は官渡の戦い,6巻は赤壁の戦いで,三国志の二大イベントを両方終えてしまった。官渡の戦いまで来た時点で,曹操という人物はすでに完成されてしまっている。それに対して,劉備が諸葛亮に会うのは5巻末の時点だから,劉備という人格が形成されていくのは,むしろこれからである。もちろん,ここまでの描写でも十分劉備の描写は特異であった。過去になかったわけではなく,全く新しい斬新な物というわけでもない。ああした,無頓着で義侠の人だけれども,決して仁徳の人ではなく,将軍としては大概勝つけど曹操・呂布レベルには全く勝てない中途半端さ,というような劉備像自体は,比較的正史より『三国志』ならば,割とよく見る。『蒼天航路』の劉備も,広い意味ではこの範疇に入る。

宮城谷三国志の劉備が本当にすごいのは,そのうちの無頓着さが序盤からとことん追及されている点で,これは何の伏線なのかと読んでいけば,三顧の礼であった。なるほど,劉備はやるかやらないか,選ばされたのだ。頓着しなければ覇を競えない。領土を持たない群雄など聞いたことがない。しかし,劉備は土地にも物にも他人にも頓着しないからこそ強かった。圧倒的な生存本能が働いた。その生き様は奇跡であろう。そこで諸葛亮が言うのだ。「覇者になりたければ,私の戦略を採用しなさい,荊州と揚州に頓着しなさい」と。


三国志〈第5巻〉 (文春文庫)三国志〈第5巻〉 (文春文庫)
著者:宮城谷 昌光
文藝春秋(2010-10-08)
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三国志〈第6巻〉 (文春文庫)三国志〈第6巻〉 (文春文庫)
著者:宮城谷 昌光
文藝春秋(2010-10-08)
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2011年02月05日

非ニコマス定期消化 2010.11月上旬〜11月下旬

ハリボテエレジー2.0と俺妹ブレイクの時期。



古い曲がこうしてリヴァイヴァルすると嬉しい。ミクさんはLat式以外でもかわいい。ダンスよりもむしろ表情の動かし方がすごい動画。



まさに「時代が追いついた」動画。そしてなぜカ ッ ト し た >公式。




三十のすけさんこんなもん作ってたのかよwwwwww。全作に渡って労力と手間が半端ない動画。ちなみにネタは劇的ビフォーアフター→情熱大陸→古畑任三郎→映画予告風→エルシャダイ。がんばって最後までつくってほしい。




2も酷かったです。超おもしろかったので皆見よう。



発想が天才過ぎた。最後の選手にGJ。



とんでもない出来。神主作って言われても十分違和感がない。



アンディ・フグを見ていたら懐かしいものを発掘。ナイトスクープは神回が多いが,これと爆弾卵,巨大シジミだと思う。さんざん笑わせてくれた後に泣かせるアンディが最高にかっこいい。

  
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2011年02月03日

長友さんがんばれ超がんばれ

サッカーのアジアカップは,割と仕事が忙しい中寝不足をおしてだいたい全部見てしまった。私はサッカーに関しては,ほぼ完全ににわかと言ってもいいだろう。代表の試合くらいしかろくに見ないし,ちらりと海外選手の活躍が気になるくらいである。「代表を盛り上げたいという気持ちがあるなら,Jを見てくださると嬉しいです」という,よくある選手側からのコメントには,毎回心のなかでごめんなさい,でも正直見てる暇が無いんです,と若干の良心の呵責がありつつも答えている。

しかしちょっと考えてみると,最近はスポーツ全般あまり見なくなってしまった。昔は一番見ていたのが野球だったが,野球中継が減少し強制的に見られなくなり,それとともに興味も少し失せてしまった。数年後に森野あたりの世代が引退したら,本格的に見ることが少なくなりそうである。競馬は以前語ったことがあるが,ダイワスカーレットが引退したところからとんと見なくなってしまった。K-1は熱心に見ている部類だが,K-1の興行自体がかなり落ち目であり先行き心配である。そうすると,今本格的に観ているスポーツは大相撲しかなく,比較的サッカーは見ている部類に入るのかもしれない。代表だけとはいえ,ほぼ全部押さえているのだから。

そんなにわかな自分でも,長友がインテルに移籍した件については,けっこうな衝撃をもって受け止めている。それこそ,インテル・ミラノといえば,ドがつくほどのにわかであっても特徴含め知っているクラブだ。タイミングやポジションの差による影響が大きいとはいえ,中田英寿も中村俊輔も達成できなかったことだ。代表だけ見ている身分でも,彼らの苦労は十分に知っている。それらを飛び越えてのインテルである。それも,この世代は長友だけではない。香川然り本田然り長谷部然り(東アジアという枠組みで見ればもちろんパクチソンも含まれる),と布石が十分に出来ていたところで,この長友である。時代が変わったな,と思わざるをえないし,どうしても次も期待してしまうところである。

逆に,ワールドカップの時点でも「最大の功労者は,本田△ではなく長友じゃね?」と言ってる人はかなり多かった。確かに,「インテル入りはエトーとスナイデルの証言があったからだろうw」という冗談も,あながち嘘には聞こえない説得力がある。それでもクロスの精度が……という評判だったのに,アジアカップの間にある程度は修正されていき,多少まぐれとはいえ最後の最後で見せたのが,あの神がかった李へのクロスであった。むしろあれは出来すぎてて,本来は李が一度トラップできるくらいの余裕があったほうが良かったのだろうけど。

実は私自身,インテル入りを聞いていろいろ読んでて知ったのだが,長友はすごい経歴の持ち主で,特に「太鼓の達人」がここ数日のネット上の話題をかっさらった(一番よくまとまってるのはこれかな)。本日,とうとうその証拠となるべき2chの過去ログまで発掘されてしまい,ブログに書いている人までいた。何でも書いておくものだなぁと思う。そう考えると,自分の普段のブログやtwitterでのつぶやきも,何でも書いておくべきなのかなぁと思う。


追伸。大相撲の八百長問題については,もうちょっと落ち着いてから何か書きたい。  
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2011年02月01日

輝く白さとはまさにこのこと

《コンゴウインコ》マイセン磁器サントリー美術館のマイセン展に行ってきた。マイセンに磁器工場が開かれて昨年で300周年だそうで,その記念展の巡回である。日独友好150周年記念でもあるが,細かいことを言えば江戸幕府と国交を結んだ相手はプロイセンでありドイツではない(そもそもドイツ統一が1871年,明治維新は1968年なのだから,意外なことにドイツ統一よりも明治維新のほうが先である)。まあ揚げ足取るようなことはよそう。せっかくドイツ大使館の後援なのだから。

陶器と磁器では材質も違えば焼成のための温度も違い,もちろん完成後の性質も大きく違う。言うまでもなく磁器のほうが様々な面で高度である。そのため,陶器は世界中の文明社会であればいたるところで生産活動が見られるが,磁器は長らく東洋のもの,それもほとんど中国と朝鮮に限られたものであった。しかし,磁器の発明はもちろん中国だが,どの段階をもって磁器と呼ぶかは,実は議論が分かれる。専門的には陶器と磁器の中間にあたるものを炻器(せっき)と呼ぶ。一般に磁器と言えば白磁と青磁が二大ジャンルだが,青磁は厳密に言えば炻器に当たり,完全な磁器ではない。中国がこの炻器の段階に入ったのは6世紀頃,そして完全な白磁が生産できるようになったのは唐末か五代の頃とされる。そして13世紀には染付が誕生した。

ひるがえって,西洋に本格的に磁器が持ち込まれたのは大航海時代の後である。それ以前にも一部入ってきてはいたのだろうが,イスラームの商人経由であまり量が入ってきていなかった。硬く,保温性が高く,決して水漏れしない磁器は実用性に優れ,中でも白磁の優品は輝かしい光を帯びていることから「白い黄金」と呼ばれ賞賛された。あまりにも人気が加熱したため,重商主義の時代であったとこもあり,輸入代替化が模索された。その中でうまく出し抜いたのが,ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト,通称アウグスト強王(Friedrich der Starke)であった。強王の所以は類まれなる怪力の持ち主であり,子を多くなした精力絶倫さから名付けられたものであり,名君だったわけではない。

ザクセンが恵まれていたのは,その鉱物資源の豊富さである。特に銀と錫が財政を支えたが,種類も豊富で,その中に白磁の重要な原料となるカオリンがあったのが幸いした。鉱業の発展により化学が発達しており,条件がそろっていた。その中でベトガーという錬金術師(ニュートンと同様,ほぼ最期の錬金術師であろう)がカオリンに石英と長石を混ぜあわせると,中国の磁器を再現できることを発見した。そして1710年,満を持して西洋初の本格的な磁器工場がマイセンに開かれることになる。


本展覧会はマイセン磁器の歴史をたどっていくものであるため,ベトガーの実験的制作物からスタートする。最初はやはり炻器である。特にマイセン磁器前夜に誕生した赤色の炻器をベトガー炻器と呼ぶらしい。磁器誕生後も,最初期は釉薬の改良不足から色の数が少なかったり,造形的にも中国・日本の模倣であったが,開業20年後の1730年頃から長足の進化を遂げ,西洋化が進んだ。制作物は実に多様で,繊細優美な装飾のなされたティーセットから,巨大な動物の像まで(今回の画像,巨大なインコの陶像)。この動物園が相当にすごく,一見の価値があるだろう。マイセンはロココの時流に乗り繁栄したが,磁器の製造方法が漏れるとヨーロッパ各地で生産が始まり,セーヴルやウェッジウッドの猛追を受ける。特に七年戦争で大きなダメージを負い,ナポレオン戦争でとどめを刺され,倒産寸前まで追い込まれた。

19世紀前半には,新古典主義に作風を変えて復活する。科学技術の発展を大きく取り入れて近代化を図り,また万国博覧会に出店してその成果を宣伝する。市民層向けの小規模なティーセットを生産するなど,抜け目のない経営が功を奏し,再び繁栄期を迎える。個人的にもこの時代の作品が一番好きである。すっきりしていて,それでいて豪奢であるという点は,うまく新古典主義と前近代の王朝趣味が融合している。このあたりが印象派同様,貴族階級への羨望も嫉妬が入り乱れる新興ブルジョワジーによく受けたというのは,如実に想像できる。また,こうした伝統工芸は近代科学技術の発展に乗り遅れて寂れるパターンが多いので,逆に近代科学技術を取り入れていったという姿勢は見事な物だと思う。

20世紀に入るとマイセンも国際的な芸術潮流に乗り,アール・ヌーヴォー,アール・デコの作風が増える。また,ドイツの歴史自体がWW1→ナチス政権→WW2と揺れ動き,東独に属していたマイセンも社会主義のもとで国有化される。それでも独自性,芸術性を失わぬよう制作活動を続けた陶芸家たちには感服するが,やはり20世紀の作品は少々つまらない。芸術性ということにとらわれて奇をてらいすぎているような気がしてならない。ただし,日本の近代工芸にもよくある通り,科学技術の発展からこれまで見られなかったような造形や釉薬が見られるのはおもしろい。いつも思うのだが,牛血紅の強烈な印象はいったいなんなのだろうか。

やはり輝くような白さ(この白さは本家景徳鎮を上回っているとさえ思う)に,スノーボールをごてごてに盛り,光沢金で装飾したのがマイセンらしい陶磁器であるように思うし,自分はその典型にこそ最高点を与えたい。とても目の保養になる展覧会であった。
  
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