2011年10月27日

道でも国でもないなら何?(暴言)

・今期のアニメ。Fate/zeroとイカ娘。ギルクラはアイマスと時間かぶった(関東圏は全部そう?)&評判イマイチで1話すら見てない。イカ娘はイカちゃんかわいい以外の感想を言いようがないのでそれ以外2つ。
→ アニマス。いやー,15話は神回でしたね。最初から最後まで全部良かったけど,ゆうパックが出てきて何かを振り切った。後日,実はゆうパックを出すためにあのシーンを中心にいろいろ進んでいったことを聞いて納得すると同時にスタッフの愛を感じた。PS3版も出るしミクも出るし,いい流れだなぁ。
→ zero。実は未読なのだが,ストーリーは知ってるという中途半端な状態で視聴開始。今のところはよくできている。意外かもしれないが4次の参加者に限ればアイリスフィールが一番好き……というかセイバーとの絡みが好きという,おそらく視聴者にほとんどいないであろう百合フィルターがかかった状態で視聴中。3話はとてもわっふるわっふるでした。


・ベルギーはもはや国ではない(JBpress)
→ そして入る「国じゃなくて道だもんな」という総ツッコミ。ベルギーかわいそうです。
→ 私的には,これは同君国家連合という制度の復活フラグに違いない!と信じていたが,その後の続報的にそんなこともなかった。残念である。もうさっさとワロンとフランドルに分ければ?
→ それはそれとして,実際には行政府は前内閣が事務処理内閣として居座っていたので,そこまで無政府的だったわけではない。政府がある程度機能不全であっても,現代の完成された官僚制さえあれば,国って動いてしまうもんだなぁと。ある意味理想的な鼓腹撃壌なのかもしれないが……
→ 実は,日本的政治不信もこれに近いものは感じる。政治が機能不全でも今日も経済は回ってる的な。東日本大震災で「そうでもない」と殴られたような感覚もする。
→ でもこれ,EU圏内でかつ小国だからできるんだろうなぁ。そうでもなければ,無政府的地方分権が達成できるのは,まだまだ人類には遠い理想郷に見える。


・究極の対決? 「ストリートファイターvsハローキティ」(仮)は2012年秋登場(MSNトピックス)
→ 昨今の仕事を選ばないキティちゃんのカオスっぷり(迷走とはあえて言わない)が目立つ。feitaさんの「ファンシーキャラ界のガチャピン」というコメントが的を射ている。
→ が,「鬼帝だからね,しょうがないね」とブコメしたが星が一個もつかず,むしろ「覇王鬼帝」ネタで攻めているブコメが予想以上に少なかった。昨年のKOTYは意外と広まっていないらしい。「レベルを上げて,物理で殴」るだけがKOTYじゃないんだぜ。参考:クソゲーwiki「ハローキティといっしょ! ブロッククラッシュ123!! 」,及びニコニコ大百科の同ゲーム項目
→ ただ,このネタを積極的に拾う層はKOTYも拾ってると思うので,本当に格ゲー化したら案外ヒットするんじゃないかな。ネタ的な方向で。


・探偵ナイトスクープで1番おもしろかった依頼って何だと思う?(まめ速)
→ ナイトスクープネタ。意外とこのブログで取り上げてなかったようなので一度は取り上げておく。
→ 爆発卵と林先生シリーズは鉄板過ぎる。個人的に好きなのは,アンディフグに自己流格闘術で少年達が勝負を挑む話。笑わなかったアンディフグはマジでかっこいい(参考:Wikipedia「アンディ・フグ」)。泥舟やボート出勤も傑作だった。「マネキンと結婚」はホラー。
→ たまに見るとおもしろいんだけど,東京だと深夜すぎて見るタイミングがない(放映してるだけマシとも言う)。今度傑作選でもツタヤで借りてこようかな。  

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2011年10月26日

楽しみ方についての雑感

・課すべきハードルは自らへ(三毛猫艦橋)

これに先立つ自分のtweetと,これを受けたtweetを再掲。

入り口と本来の楽しみ方というのが違うというのは,娯楽一般によく見られる現象であり。入り口でとどまってるから「にわか」と叩かれる傾向はある。ただ,「にわか」的つまみ食い娯楽消費は正直楽しいので,私は否定しない。自分の場合,スポーツ観戦に限って言えば,大相撲以外はほぼ入り口だけで楽しんでいる。もっと言えば,野球とサッカーと競馬は見方がわかるが,それ以外のスポーツは入り口にすら入っているかも怪しい。野球と競馬は,がんばって深入りしようとしたこともあるけど途中でちょっと飽きた。サッカーは逆に,最近になってようやく見方がわかってきた感じ。見てることは2002年のワールドカップから見てたけど,よくわからないまま見てた期間のほうが長いと思う。

双方が入り口の楽しみ方と本来の楽しみ方を認識しないまま批評しようとすると,揉め事のもとになる。無論,入り口にいる人でもやっちゃいけない言動はあるので,「にわか」叩きの全てが悪いとは断罪できないし,一方で,詳しい人でも「本来」に外れた楽しみ方をしている例外もいるから,難しい。そういう例外の人の批評のほうが,むしろおもしろかったりすることもよくある。

しばしば教養主義と感覚主義は衝突する。教養主義の弊害は三毛招きさんが述べているように,すでに周知のことであろう。結局くだらないマウンティングに利用されるだけというケースはしばしば耳にするところだ。一方,感覚主義の悪しきところは,間口を広げているようで実は狭めている点である。大体の人間は,教えられずに楽しみ方を学べるほどセンスが良くない。ときどきセンスがずば抜けて良い人はいて,すぐつかんじゃったりするが,まあ例外である。あと,そもそも生得的に他人とは違った回路を持ってる人もいるが,これも例外で参考にはならない。だから,親切な作品は自らが間口になろうと,快楽回路を切り開くような構成になっている。あまりにも有名な例がスーパーマリオブラザーズの1−1やドラクエ1の序盤。やっていくうちに自然と操作が学べ,楽しみ方がわかるという。

というところがあって,教養主義と感覚主義の戦争は「んなもん中庸だよ中庸。でもそのバランスが難しいから誰も結論出せないんよ」にしか行き着きえないといえばそうなると思う。とすれば先達のするべきことは「快楽回路がうまく開くような,触れるべき古典の厳選・体系化」なんだろうが,これが相当難しい。どう選んでも他の古参から批判されるし。西洋美術史なんかだと,歴史も長いし人口も多いから,かなり整理されていて,その意味での間口は広いのかな,と思う。ただ,まあ,代わりにキリスト教やギリシア神話自体への馴染みのなさetcが奥への道を大きく狭めているような気はするが。

美術史によらず,古典小説などの学問化される領域まで達したものは,むしろ整備されていてお勧めがしやすい。今度は範囲が膨大すぎて,どんな先達でも完璧な網羅は物理的に困難という別の問題は立ちはだかるが(だからこそ学問化しているとも言える)。また,歴史の非常に古くて巨大なジャンルは他ジャンルとの競合や自然淘汰がなされているので,有名なまま生き残ったものがそのまま古典,という点でも推薦がしやすい環境になっていると言えるかもしれぬ。逆に言えば,小さくて歴史の浅いジャンルほど,先達の存在が重い。
  
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2011年10月24日

マイナー動画発掘(ニコマス編)

条件は前掲の通り。

・現在自分のマイリストに入っているもの
・投稿後,一ヶ月以上経過しているもの
・ニコマス動画に関しては,週マス基準で500pts未満(再生数/20+マイリスト数:おおよそ再生数5000+マイリス250)
・再うp等の事情で満たしているだけで,一度はメジャーになった経験がある動画や,続き物でpart1などが条件を超えているものは除外

これらに加えて,なるべく1Pに1作程度の紹介にしたい。でなければ,自分の場合カルミナPやいちじょーPで埋まってしまうような気がするからである。また,ニコマスの場合,必然的に過去の企画参加や20選と大きくかぶることになるが,これらについては全く気にせずチョイスした。「前にこのブログで紹介されたことがあるような気がする」のは,気にしないで見ていただけると幸いである。

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2011年10月22日

マイナー動画発掘(非ニコマス編)

このブログで紹介する動画が,ニコマス保管庫関係を除けば大概メジャーな動画ばかりである。これはひとえに私にミーハー傾向があるからなのだが,であるからこそ,私がマイナーな動画を勧めることにはある程度意義があるのではないかと思う。そこにこそ,私の個性が現れるのではないかと思うというのも無論あるが,一方で,万人受けするような気がするのに埋もれているのはもったいないと感じている動画がいくつかあるのもまた確かであり,少しでもそうした動画が広まっていけばよいと思う。

前口上はこれくらいにして,選別の基準としては,

・現在自分のマイリストに入っているもの
・投稿後,一ヶ月以上経過しているもの
・ニコマス動画に関しては,週マス基準で500pts未満(再生数/20+マイリスト数:おおよそ再生数5000+マイリス250)
・非ニコマス動画に関しては,1万再生未満orマイリス500未満

の条件を満たし,今回紹介したいと思えたもの,とする。ただし,これらに該当していても再うp等の事情で満たしているだけで,一度はメジャーになった経験がある動画や,続き物でpart1などが条件を超えているものは除外する。

今回は非ニコマス編。
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2011年10月20日

ゆるゆり考察

『ゆるゆり』単独で語ろうとしたが,他のこと書いてたらずるずると遅れて時機を逃した感。

原作にしろアニメにしろ,序盤ははっきり言ってつまらない。1巻の最初半分とかアニメ1話とか,後の片鱗がまったく見えない駄作にしか見えない。これはなもり自身のギャグが磨かれてなかったのと,『ゆるゆり』のギャグは後述するように重ね芸なので,序盤ではテンプレを踏襲しているようにしか見えないためである。逆に言って原作2巻後半やアニメ4話くらいからは乗ってきた。これは多くの人が指摘していることだが,ギャグのテンポが良く,百合とのバランスも良い。調子よくギャグが進んでいるところですっと百合が入ってくるので思わぬところで顔がにやける。一つ一つのギャグがどっかんどっかん来るわけでないのだがテンポがいいので読めるし,適当なところで百合ネタと交代するので飽きが来づらく,気がつくと単行本丸々読み終わっている。

ギャグは重ね芸と言ったが,「百合妄想して鼻血吹く半メタキャラ」にしろ「影が薄い主人公」にしろ「腹黒淫乱ピンク」にしろ「ツンデレ百合カップル」にしろ単体ではテンプレでしかなく,ちっとも笑いにつながらないキャラ付けである。原作1巻を読み終わった時点では「テンプレ漫画かー失敗したかなー」などと考えたものだ。にもかかわらず巻が進むごとにギャグがなんとかなっていくのは少しずつテンプレを超えていくからであり,シュール系のギャグとともにそれなりのそう来たかという展開が用意されていくからである。非常にわかりやすいのは千鶴の「よだれ」で,あれは先にテンプレとして「鼻血」が用意されていないと成立しない。千鶴の登場で恩恵を受けたのは,先行する千歳のほうだろう。萌えるカップリング先も吹き出すものも異なるキャラが出てきたことで,むしろ鼻血が特権化され,修学旅行で目から血を出してみたり茶道部室を血で染めてみたりと様々な展開がよりインパクトを持つようになった。(もっとも,場面としてはいずれも千歳を必要としないのだが。なお,原作では千鶴登場回の次がウィスキーボンボン回,さらに直後に修学旅行回。アニメで8話が千鶴登場回→10話が修学旅行回→最終話に千歳無双を持ってたのは好判断で,あの茶道部室に千鶴を登場させたのも好判断。より伏線がわかりやすい。)

あかりも影が薄いところからボンボンが本体になり,さらにファンネルとして機能し始め,驚くと勝手にはがれる,と比較的早期に進化していった。こうなるとテンプレ的ギャグではない。京子にしたって最初はただのウザキャラだったがどんどんキャラが立っていき,天然女たらしの非常に魅力的なキャラになっていった。バクマン用語で言うところの「1話完結でない1話完結」で回してるギャグ漫画だといえよう。


百合としてはどこがゆるいんだよって話で,単行本が進んでいくとこの傾向は加速していくが,こちらもギャグのおかげで描写の割に濃すぎないように感じさせている。逆に百合百合しい話が進むときは,そのまま終わらないようにギャグで落とすというように,あまり偏り過ぎないようになんとかしているところは見られる。

カップリングの妙も指摘すべき点で,主要登場人物8人では夫婦レベルの組み合わせがいくつかある一方で,あかりを含めてかなり多様に作れてしまう。これは百合作品として非常に重要なことで,無論『マリみて』のごとく固定されているのもそれはそれでありなのだが(これ書いてて『マリみて』のほうも語りたくなってきた),どのキャラも多くのカップリング先があることで話が広がり,作品の雰囲気自体を極めて百合百合しい雰囲気にすることに成功している。本作は誰のハーレムかって言ってしまえば京子のものではあるのだが,誰に視点をおいても複数のカップリング先があり,主人のいない多角形ハーレムと化していると言ったほうがより適切かもしれない。

一方で,ガチ勢が多いのをあかりがノンケとしてバランスを取り,作品が振り切れ過ぎないようにおもしとして機能している。上述の通り,あかり自身の絡みがなくてカップリングが成立しないのではなく,百合時空には十分すぎるほど「巻き込まれている」のだが,それゆえにあかりは常に受けであり天然であり,ガチ勢同士とはまた一つ違った百合になっているのであかりが絡むと若干の新鮮味がある。また,ちなつに押し倒された事件のときのように,時折彼女でもおもしになりきれないほど振り切れたネタが飛んでくることで,シリーズとしての緊張感を保っている。毎回あかりがストッパーでもおもしろくなかったであろう。ゆえに,あかりはノンケであり,ある種の被害者なのだが,彼女の持ち前の明るさと天然さがそうは感じさせない。要するにあかりちゃんマジ天使なわけだが,これは作品構成上の要求の産物と言えるかもしれない。言うまでもないことだが,ガチ被害者だったらギャグにできないわけで。なお,あかりの天使さ具合といえば7巻の電車に乗り遅れる話が非常に秀逸だと思う。

それだけ多角形にフラグが乱立していると,それぞれのつながりの理由が差異化がされていなければマンネリ化し,8人も主要キャラをそろえる意味がないのだが,これもうまいことつながりの意味合いを変えている。大枠としては娯楽部と生徒会,そして学年で四分できるのだが,差異化は形式ではなく感情面で行われている。

京子を中心に見ると,結衣は無論のこと本妻だし,ちなつは偏愛相手,あかりはいじり先,櫻子は似た者同士で,綾乃には愛されているという点でちなつの裏返し,千歳には綾乃との仲を応援されており,千鶴には嫌われている,とちょっとずつずれつつほぼ全員と何かしらのつながりがある。向日葵とだけは何もつながりがないままいくのかとおもいきや,単行本7巻で「櫻子とよく似てるけど,しっかりしてるところもあって尊敬できる先輩」というフラグを立ててしまった。これも一方で,向日葵が櫻子を「アホの子だけどほっとけない幼馴染」と認識しているからこそ,彼女は裏返しで京子をそう認識したのであり,ひまさくが夫婦であることを読者が十分に理解しているからこそ,わずか1話の3ページで作ることができたつながりであった。この伏線は5巻のBonus track8で張られており,百合でも「1話完結でない1話完結」方式が取られている。巻が進むごとにこうした仕掛けはどんどん巧妙になっている。一番多いから今回は京子に視点を置いたが,結衣だろうと千歳だろうとそれぞれ相関図は非常に作りやすい。


まあ,こんなにいろいろ考えなくても脳天気に読める漫画なのだが,むしろ脳天気に読んでても楽しませるためにこれだけ工夫を施しているという点が一番賞賛すべき点,と言えるかもしれない。

アニメに関しても少しだけ。仕掛けはうまかったなと。5話がまどマギでいう3話にあたるわけだが,しいて言えばあの仕掛けはもう少し早くても良かったかもしれない。生徒会長の無口ネタは声優当てないもんだと思ってたら音量大きくすると聞こえるという仕掛けも良かったし,目立ちすぎない程度に海水浴に参加しているという描写も原作ファンを満足させるものだったし,アニメ組を「影の薄いあかりが見切れてるだけ」と思わせることで巧妙に騙すという点では原作に近い重ね芸を発揮していた。若干あかり影薄いネタが濃すぎてくどかった気はするし,そのせいで2年生組に偏ったシリーズ構成になってしまって不満点がないわけではないが,そのあかりいじりにしたってくどくなる前は強烈にシリーズを引っ張っていたのは事実だ。7話の結衣と綾乃の相互パートナー自慢に代表されるように,原作をよく研究してたと思うし,原作の再構成という点では十分に及第点をあげられると思う。おもしろいアニメをありがとうございました,と。
  
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2011年10月19日

仙冖義

仙僉峙款于荵拭出光美術館の大雅・玉堂・蕪村・仙囘犬帽圓辰討た。この展覧会は「これまで日本人の文人画も中国画と同じように,政治的しがらみから逃れるための手段として捉えられがちであったが,官僚制の存在しない日本ではもっと別の文脈から捉えるべきではないか」という観点から,「笑い」を軸に開いたものである。もっと言えば,元々職業画家=技巧的=院体画(北宗画)に対する,士大夫(科挙官僚)の余技=画意中心=文人画(南宗画)という対比から「南画」という言葉が使われるようになったわけだが,日本では士大夫という階層が存在しないため,南画であるか否かは流儀・画風の問題でしかない。挙げられている四人では蕪村が俳人・仙僂倭領靴箸聾世┐襪發里痢ぢ舅箸埜れば全員職業画家ではあるだろう。

まあ,そもそもこれまでの江戸時代の文人画が中国画と同様の文脈で捉えられてきた感じもあまりしないのだが,本展のコンセプトはおもしろかったし,キャプションもそれにそって書かれていたため読み応えがあった。江戸時代後期の絵画といえば洒脱さが前面に出てくるため,何もこの4人でそろえる必要もなくおもしろおかしいと思うのだが(たとえば鈴木其一の作品だって相当に),そこは南画で固めたかったのであろう。大雅の瀟湘八景をはじめとする山水画からは確かに無邪気な中国山河へのあこがれを感じるし,玉堂の力強い山水からは人生に達観した高みの余裕のようなものを感じる。一方,それぞれそれでもなお滲み出る人生の難しさ・さびしさのようなものも感じさせられ,改めて山水の与える印象の複雑さについて考えさせられた。(蕪村については,あの洒脱さを笑いと表現するのは難しいようにも思った。作品数も少なかった。)

さて,しかしこと「笑い」というテーマであれば表題の通りとなってしまうのは,表現がストレートなだけに仕方が無いことだとは思う。いっそのこと仙囘犬任睥匹ったのではないか。めちゃくちゃ線が乱れてたり,失敗作を失敗した後を残したまま完成させてしまったり,なんていうかカオスすぎだよアンタ。「笑い」が重視されたのは仏教的達観の一種とされたからだそうだが,確かにどう笑えばいいのかわからないスレスレな感覚からして,仙兌身の人柄が想像できる。そういえば《百寿老画賛》は以前どこかで見たことがあるのだが,あれはどこだったかな。あれが一番インパクト強く,個人的には仙僂箸い┐个△虜酩覆箸いΦいする。「寿老」は笑いと双璧をなす仙僂離董璽泙箸い┐茲Α2菫は仙冑「来年のことを言えば鬼が笑う」の図。これも非常に仙僂蕕靴ず酩福
  
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2011年10月17日

非ニコマス定期消化 2011.7月下旬〜8月中旬

夏アニメMADゾーン,というかゆるゆりな日々。



何かと話題になった傷林果。こちらの記事とともにどうぞ。




いじめられてなお輝くあかりんはさすが主人公やでぇ……ちなつの髪が最大の加害者。



みるみるうちに増殖した例のシーンにBGMシリーズ。妙にマッチしてるこれに一票。




ショスターコヴィチ交響曲第10番第2楽章にあわせて。なぜか曲調と動画がシンクロしている。この恐ろしいまでにくだらない緊張感。すばらしい。



分かる人にはわかる野生のイマイタグ。業者も途中で諦めればいいのに,と毎回思う。



ウサテイは2011になってもウサテイ。



非常に高い再現度。3Dカスタム少女の素体が原作のポリゴンに雰囲気が似ているのが良い。

  
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2011年10月16日

よく考えたら俺も空手やったことなかったわ

・「ケンシロウ」が「ラオウ」下す 大相撲名古屋場所(朝日新聞)
→ しこ名って大事だなと思った。このノリがいけるならもっと他のネタも使えそうである。名付けた親方もすごいが,発見して追っていた朝日新聞の記者もすごい。
→ そういえば右肩上さんはどうなったのかと思って調べてみたら,こうなっていた。名前通りとは言えないものの,改名前は三段目をふらふらしていたのが最近になって幕下に定着したから,全く無意味でもなかったのかな。


・俺空手やったことないけど質問ある?(ぶる速-VIP)
→ ありそうでなかった発想。逆に言えばそれだけ「質問ある?」スレが氾濫した結果だとも。
→ 仕方がないから,俺も覚悟決めて空手やらないことにするよ!


・文学部のひと(佐藤康宏) - 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科
→ 美術史学研究室,日本美術史教授。貴方普段はサングラスかけてないじゃないですかwwwwwwwww
→ 内容は佐藤先生が普段から言っていること。美術史学は偏愛だと。学問はなんでもそうだと言われればそこまでだが,美術史学はその学問の性質上,どうしても偏執的な愛にならざるをえないのではないか。物体への愛,フェティシズムだからなぁ。
→ 他の教授のものも必読。みんな文学部らしくひねくれている。定義論に持って行ったり。まともに答えないところが実に文学部。


・なでしこジャパンとスポーツの未来(Meine Sache 〜マイネ・ザッヘ〜)
→ スポーツによらず,趣味の細分化ってこういうことなんだろうなと。個々人が自らの感性にあった趣味を選択できることはもちろん良い事で,これも多様性の拡大・維持の一部ではあるんだろうけども,一抹の寂しさも含む。
→ 一つ一つの世界の人口が減ればそれだけ維持が困難になる。無論,情報技術の発展とグローバリズムによるパイそのものの巨大化はある程度それをカバーするけども,物理的制約もあってそれですべてが救えるわけではない。多様化の結果として個々の世界が立ち行かなくなる境まで進んでしまったらジレンマの発生である。実際のところ,マイナースポーツではすでに……


・ナチス幹部ルドルフ・ヘスの墓撤去、遺灰は海に(読売新聞)
→ なんというか,ヘスで良いのって感じが……祭り上げられればなんでもいいってところがネオナチっぽくはある。
→ やる夫がフューラーになるようです"のイメージが強すぎて、ヘスの名前を見るとちゅるやさんが浮かんでしまう人が自分以外にもいたようで。スターを見るにもう二人。影響力ありすぎだろ……


・ロシアで事実上、清涼飲料水だったビールをアルコール規制へ (産経新聞)
→ 「5%なんて薄いものは水も同然」という通俗的なネタは日本にもあるが,ロシア様は地で行きすぎであった。実際には,裏のウォトカとビール企業の争いがあるようだが,こういうのこそ政府が仕切るべきだわなぁ。  
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2011年10月14日

まどマギ最終話から約半年が経って。

思ったことをつらつらと取り留めもなく。BDでもう一度見なおしたりしてみて,やはりこの作品は自分にとって衝撃的だったのだなと改めて思う。以下,ネタバレ注意。

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2011年10月11日

ニコマス ブログ大喜利第1回 『疾走感』 に参加

gouzouさんの企画に乗っかって。

どうせなのでブログ内検索で「ニコマス 疾走感」で引っかかった中から選別していくつか載せてみる。今回検索してみて,けっこう疾走感って言葉使ってるんだなぁ俺と思った。使いやすい言葉ではあるのだが,単純な高速m@sterにあたる作品には使っていなかったので少し自分で驚いた。ダンスの早さというよりは,作品そのものの雰囲気が走っていると,自分にとっての「疾走感」なのかな,というわけで5つほど紹介・推薦。




ツナマヨP。「12分間、駆け抜けます。」という投稿者コメントの通り,12分という長さを感じさせないための「疾走感」。良い意味で,いつの間にか12分経っていた。その邪魔されない心地よさはしっかり聞くのにも作業用にもどちらにも使える。でもこれニコ生では紹介しづらいなぁw




うんこうP天才。これもある種の疾走感ということで……個人的には「住んでるとこブラジル辺り」がツボって何度も聞いてしまった。ギャグにおいて,視聴者を飽きさせない疾走感というのは非常に重要なことで,その意味で「疾走感」をテーマにすると案外とギャグ物が集まるのではないかなーとこれを書いてて思った。他にもギャグを何個か挙げようかとも思ったが,まあ私からはこれを。




矢夜雨P,Voc@loidM@ster祭り2参加作品。骨盤Pアレンジを用いているので曲自体がもう走りまくっている。それにちゃんとついていくアイドルたちのダンス。要所要所でダンスがストップするのだが,だからこそそれ以外の部分が,実際のところ高速ダンスをしているわけでもないのに,曲とシンクロして走っているように見える。やよいちゃん凛々しい。




トカチP,秋月プロ律子ユニットシリーズ。めちゃくちゃダンスシンクロが気持ちいい。正直トカチPは割りと何を推薦しても疾走感には当てはまるような気がするのだが,思い出補正込みでこれを。疾走感という意味でもこの曲は非常に思い出補正が強い。曲聞いてダンス見てると,ぼろいワンボックスカーに機材積みながら東名高速をつっぱしるゲーム中の光景を思い出す。バンド物は雰囲気が青春的な向こう見ずの疾走感になることが多いが,曲は当然,PVもその雰囲気をよく出していると思う。




かよーP。 M@STERSPECIAL合作からの単品。表現が非常に多彩で,その点を指して当時「疾走感」と評した模様。実際には表現だけではなく,場面も多彩でやよいが動画内をところ狭しと飛び回り,カメラもそれに追って動きまわる。最大の見せ場は1:50から始まるMMDを使用したロケット,文字通り「疾走」しているやよい,じゃないかな。

  
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2011年10月08日

「柴犬」という略称はどうなんだろう

・まどかが白いドレス姿になった時、ほむらとの擦れ違いは最も大きくなった。 (Togetter)
→ ほむらはまどかしか見てなかったが,まどかにとっては友達の一人に過ぎなかったという話。「最高の友達」と言っても,友達には過ぎないわけでして。
→ 一方,完全に「特別な存在」だと見ていたほむらにとっては,概念化はすれ違い以外何者でもなく。作中では,世界改変後のほむらが,まどかを会えない絶望を自分の中で受け入れていく過程をざっくりと省いた。指摘のある通り,視聴者にとってはCM含みで数分,CMがなければわずか数秒の間である。ほむらはまどかに会えない寂しさ,前世界を唯一知っている寂しさを紛らわせるために,魔女を狩り続けた……と脳内補完すると個人的には非常に萌えるところである。
→ ついでに言えばロリババア好きとしては「置いて逝かれる」物語も非常に来るものがあり,ほむらちゃんマジほむほむ。まどかの幻影を追いつつもどこか整理のついたほむらは,マミや杏子とも親交を結び共闘していくがいつしか彼女らも亡くなり,何百人もの魔法少女の死を見届け,そのたびにまどかの活躍を胸に刻みつけて生きていく……ほむらは最後の生き残りであらねばならんのです。
→ 一方で,二次創作にまど神様が現世降臨するものの多いこと。それはそれで萌える展開ですが……あとたつほむは正義。下段,AIRについての指摘は秀逸。「失ったことを受け入れて生きていく」物語とすると,とりわけ美凪・佳乃ルートはしっくり来る。「失ったことを受け入れていく物語」は他のエロゲでも類型がありそうであり,これは独立して一筆かけそうな気はするが(『ONE』とか),ちょっと時間がない。


・宮城県の復興計画/野村総研が全面関与/知事「地元の人 入れない」|しんぶん赤旗
→ ブコメが非常に興味深い。復興計画というよりも都市計画の問題。
→ 地元・田舎の人間だけでやれば革新的な計画は立てづらく,また地元特有の談合が生じやすい。地元権力者の横やりも入りやすい。一方,東京・大企業だけで話を進めれば都市による田舎の搾取になりかねず,また地元を無視した頭でっかちな計画になりやすい。どっちがいいのかねぇ。理想論を言えば,地元の要望を調査しつつ,クリーンに,地方にも金が落ちるようにやっていくことなんだろうが,ないものねだりだよなぁ。無論,赤旗は反権力の立場から地方の味方だが,それも近視眼的な話で,「復旧」した結果経済も社会も沈滞する,とは言えるかもしれない(特に社会の沈滞は共産党の望むところではないのではないか?)。


・『シュヴァルツェスマーケン』1巻を今頃読み終わり,2巻を買ってきて積んでいる状態。某放送が原因である。実はトータル・イクリプスを相当序盤で放棄しているおり,最近のアンリミテッドアフターも買ってないので,マブラヴ派生作品としては触れるのが私的に非常に珍しい事例だったりする。
→ まー,末期も末期で非常に良い感じ。BETAと戦い物資も欠乏という中で,ゲシュタポもうざいし政治将校もうざい。仲間割れしてる場合じゃない状況に追い詰められるほど権力闘争が激しくなるというのは王道だが,その王道を貫いてほしいところである。キャラ的にはアイリスディーナが一番好き。「覚悟が決まってる女は美しいね」というカーネリアン御大のおっしゃる通り。
→ 私的にマブラヴ世界で一番見たい派生場面というと,あえてのオルタネイティヴアフター。オリジナルハイヴを失って以前よりは圧倒的に烏合の衆になったと思われるBETAどもを,人類がボコボコにしながら地球圏から追い出すのは大変カタルシスがあると思うし,一方戦後世界をにらんで暗躍するアメリカというのは描きがいがあると思う。同人で探せばありそうな気はするが,ここは公式にやってもらいたい。

・『猫神やおよろず』5巻。何やら6・7巻あたりで終わりそうな雰囲気が漂う。そもそも本編が半分しかなく,残りは番外編である。いかにも本編を終わらせる前に小ネタを全部片付けましたという感じ。ここまでネタ切れ感はあまりなかったのだが,アニメ化したし一区切りということなのか。
→ さてその本編だが,お鈴師匠が大変かわいかった。あそこで「ずっとお慕いしておりました」は反則だろう……愛は種族の一つや二つくらい超えるこの世界観は非常に居心地がよく,このセリフが不自然じゃないよう積み上げられた雰囲気が本作の良さと言えるだろう。  
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2011年10月07日

春・夏アニメつらつら

・春アニメは日常・シュタゲ・DOGDAYSを見ていた。DOGDAYSは正直可も不可もなく,二期に続く感じで終わったのでなんとも言いようがなく,日常とシュタゲは2クールなので何かを語るタイミングのないままここまで来てしまったのでここで。

・シュタゲは全体的にあんなもんだろうと。11章+序章で実質12章だから1章2話ペースで順当である。実際には1話で終わったり3話使ったりもしたが,最大の焦点は1章を1話で終わらせてしまったことだろう。しかし,1章は確かにあそこでしか切る場所がないというのは確かであり,また23話後に1話を見直す時まとまってたほうが楽だというところまで考えて,ああなったのであろう。ニコニコで1話だけは無料配信しているという事情も,ひょっとしたら影響していたのかもしれない。
→ 他に1話で終わらせられた犠牲者というとルカ子とフェイリスだが,ルカ子はまあ1話で話が綺麗に収まったのでいいとして,フェイリスは完全に犠牲に……意外と複雑な話な割に,本筋としての要点は「他の登場人物たちも,実は感度の低いリーディングシュタイナーを持っている」ということしかないので,圧縮するならフェイリスのところくらいしか無かったのはわかる。しかし,あの話だけは原作やってても「こんな話だったっけ?」と首をかしげてしまった。実際13話が終わった折り返し時点で「終わりまで間に合うのこれ」という声も原作組からはちらほらと聞こえており,がんばって圧縮した結果がこれだよ!という感じではある。
→ 一方,あそこで詰めたからこそ前半の13話にゆとりが生まれ,Dメールやタイムリープの説明をじっくりできたし,逆に19話以降の緊迫感が生まれたとも言える。スタッフも非常に気をつかっていたのだろう,19話以降はとてもテンポが良かった。

・日常は多くの人にとって「悪くはないけど,BD買うほどのものでも」というラインにとどまったからこそ,評判と売上に差異が出てしまったのではないかと思う。私自身がまさにこの感想である。
→ 5話くらいまでは紛れもなくギャグがかっ飛んでおり,このペースで行けば神ギャグアニメになったような気がしたが,私的には一番笑ったのが校長VS鹿のまま最後まで行ってしまい,10話あたりでどうにも失速した感じがあった。ネタかぶりのせいもあるかもしれない。原作に文句を言ってもしょうがないのだが,「それギャグにするの」とちょっと心がとがめるネタが何個かあり,純粋に笑えなくなってしまった話もあった。そういう際どいネタがスパイスになっているのは,まあわかるし,ギャグアニメにそういうことを言うのは野暮ではあるのだけど,そうは言っても個人的な限界というのもまたあるのである。
→ 狙ったのかそもそもそういう予定だったのかは知らないが,後半中途半端に感動系の話が入ってきて強引にまとめた感もある。前半から中盤にかけて際どいギャグが乱舞していただけに,そしてBDの売上が芳しくないという話が流れ始めた頃だっただけに,方針転換が急激に感じられてしまった。
→ 作画的に京アニががんばっていろいろしかけてたのはよくわかったのだが,いかんせん「がんばってるな」という感想以上は持てなかった。このへんは私が元来アニメ中心に戦ってるわけではないからこその感想かもしれないが。ただまあ,ここで書いている通り,そもそも原作だと笑えてもいないので,そこはアニメ化の力かもしれない。いずれにせよ,半年間そこそこ笑わせてもらったアニメとしては割りと高く評価している。


・夏アニメはゆるゆり,アニマス,猫神。ただ,ゆるゆりは別個に語りたいので後日。

・まずは爆死した猫神からでも。これは予想以上に売れなかった。作画は最後まで崩れなかったし話も原作に忠実で,声優も豪華と当たる要素はあったのだが,まったく話題にならなかった。敗因はそもそも原作がアニメに向いてなかったという致命的な点ないし原作の知名度そのものではないかと……自分がアニメのおかげで原作全巻買った分際でえらそうな話ではあるのだけれど,事実原作のほうがおもしろい。アニメもつまらないわけではなかったのだが,話題になるほど光るところがあったかと言われると……いくつか改悪もあったし(話の順番とか社長のコンビとかぽろり押しとか)。
→ 原作についても,東方原作が好きな人は間違いなく好きだろうという感じがする。作者が東方好きというのもあるが,話のネタの方向性が東方の同人誌とおおよそ同じで,要するに『猫神』自体の雰囲気が幻想郷に近い。八百万の神が人間と同居しているという設定そのものはありふれているが,その中では設定をうまく使っていると思う。が,それゆえに幻想郷チックになってしまったかなという。百合だしね。基本ゴン太除けば女の子同士でしかフラグ立ってないし。
→ 最新刊を読むと原作も終わりに向かっているのかなという感じがするが,いずれにせよこの作品と出会えたことだけはアニメ化に感謝したい。

・最後にアニマス……まだ終わってないので短めに。1・2話見たところでは大丈夫かこのアニメ,と思ったが3話からはおもしろくなっていった。キャラの数が多い中,それぞれ個性を出してうまいこと動かしていると思う。ゲームでは(特に無印では)難しく,CD等でも数が少なかった多人数での絡みがよく出ており,今までちょっと想像しづらかったアイドル同士の交流が描けているのでとても楽しく見れている。アイドルとしての成長も両立して描いているし(この点で5・6話は評価高い),このまま続けばいいと思う。
→ 細かいところでは,やらおんなんかでも指摘されていたが売れるに連れてホワイトボードの予定表がどんどん埋まっていくだとか(3話の時点では落書きがしてあった),キャラごとで私服のバリエーションが違うだとか。私服についてはゲームや書籍などでも描き分けられており,以前から知れていたことではあるが,アニメでも再現してくれたところが嬉しい。
→ しいて言えば千早の影が薄い気もするが,彼女を掘り下げるのはしんどいと思うので仕方がない。どっかでやるとは思うが,後に回せば回すほど話が重くなり過ぎそうなので,ちょっと心配している。そろそろ済ませるべきかなぁとか。
  
Posted by dg_law at 15:00Comments(3)TrackBack(0)

2011年10月06日

リハビリ的に本郷の話でも。

・以前は「時間はあるけどネタはない」だったが,就職してからは「ネタはあるけど時間がない」になり,そして現在は「ネタはあるけど気力がない」に進化した。順調に悪化しているので,そろそろ文章を書くリズムを取り戻していきたい。実際のところtwitterでつぶやくとネタが減るというのは確実にあるわけだが,もはやネタかぶりを気にしている場合ではないし,はてブのまとめと同じで字数にしばられず二度書くことも大事かなと自己弁護。

・8月上旬に焼けてしまった我らが本郷のバンビだが,先週とうとう解体されて更地になってしまった。これは復活は無理か……店をやるには間違いなく一等地ではあるので,またすぐに新しい店が入ると思う。焼ける直前に行っておけたのが不幸中の幸いか。

・一方,8月下旬頃に誕生した豚汁屋。こちらは立地が東大正門目の前の,地元住民なら知っている「数ヵ月ごとに頻繁に店が変わる呪われた立地」である。3年ほど前まではそうでもなく,確か老舗の文房具屋だったと思うのだが,その後しばらくは空き家で,最初に入ったのが白たいやき屋だったと思う。これはそこそこ繁盛して一冬は越したが夏は越せず,半年ほどで別の店に変わった。その後,自民党の選挙事務所や幾つかの店を経て,今回登場したのが豚汁屋である。この店はちょっと予想してなかった。
→ 二度ほど食べに行ったが,味は良いものの量が普通で680円は高いんじゃないかな,というのがネックである。今回もまたダメかなーなんて思っていたのだが,開業一ヶ月,今のところ物珍しさもあって続いている。というか,通り掛かるとそれなりに人が入っているのを見るし,一度目食べに行ったときは自分一人だけで寂しかったが,二度目食べに行ったときは,20時過ぎであるにもかかわらず,滞在20分の間に新たに客が3人入ってきた。18時から21時まで仮にこのペースで入っていたとすれば,原価率や地価の都合もあるもののひとまず軌道に載っているんじゃないだろうか。案外続くかもしれぬ。
→ しかし,開業一ヶ月でいまだ店長の手つきが危なかっしい。おそらく脱サラ組だと思うのだが,開業前は何をしていたのかちょっと気になるところである。
→ ところで,かくのごとき「呪われた立地」というのはしばしばあるもので,生まれてから長らく転勤族であったが,どの都市の町内でも一箇所くらいは存在した。あれはなぜできてしまうのか。思われてるほど立地が良くないのか地価が高いのか,はたまた偶然か。案外住民の側に「今回もダメだろう」的意識があって,寄り付かれないのかもしれぬ。

・ついでに,何ヶ月かぶりに母校に行ったら,すでにやや銀杏くさかった。そして工学部が何やら建替工事をやっていた。安田講堂の裏側左,小柴ホールの真北にあたる。赤門横の工事とあわせて二箇所で大規模工事をしていることになる。
→ というか小島ホール完成したんじゃないの?あの赤門横は何作ってるの?最近赤門付近によりついていないので全く知らない。
→ ところで工学部はあそこ建て替えるのもいいけど,西片門からドーバー海峡に広がるよくわからないゾーンもなんとかしたほうがいいのでは。だいぶ無駄スペースになっているような。まあカオスなトマソンがそこらへんに無造作にころがっているのは,本郷キャンパスの良いところではありますが。

・もろもろあわせて,この間東大生を集めて飲んだところ「大分変わってるなー」とか言われてしまった。中には山手ラーメンができたことも知らない人がいた(が,さすがにバンビの焼失は皆ショックを受けていた)。普通に卒業して数年経過してればそんなもんだと思うが,住民からしてみると街の変化に気づかないものだという,よく言われることに思い当たり,改めて自分がここに住んでからの年月を噛み締めざるをえなかった。  
Posted by dg_law at 15:30Comments(3)