2012年10月28日

いろいろ完結

・『猫神やおよろず』6巻(完結)。5巻を読み終わったときに「これは6,7巻くらいで完結だな……」と書いていたのだが,本当に6巻で終わってしまった。正直に言えば7巻までは行くと思っていたので,少し残念である。
→ さてその最終巻。駆け足で完結させた感は強いけど,うまいことまとめたと思う。最低限の風呂敷はちゃんとたためている。しかしまあ駆け足には違いなく,こよりのキャラ描写もラストバトルも,もっと綿密に描いてほしかったというのがファンの本音である。こよりはまだしも,スサノオさんは本当に何をしたかったのやら詳しいことはわからず。描写しようと思えばできたんだろうなーというのがかいま見えるだけに,悔しくなる終わり方であった。

・『ダンスインザヴァンパイアバンド』14巻(完結?)。こちらは事前に,だいぶ前から今巻で完結することが発表されていた。しかし13巻の時点で終わる気配がまったく無かったのでどうするのかと思っていたら,一区切りして第一部完だったようだ。ですよねー。根本的にはなんも解決してないですもんね。
→ で,表面的には大団円で終わったわけだけれども,こちらも若干駆け足だったところは否めず。姫様どうやってスイスから日本に移動したんですかね。スパランツァーニさんとかドクトル・ファウストが何をしたかは読みたかったところであった。何より,ヴェラさんは第二部のほうで何かしら救済措置があると信じたい。
→ 本作ではあからさまな社会・政治風刺があるわけだが,あれで良かったんじゃないかな。全体主義とはああいうものだし,14巻の前半は胸糞悪くなるくらいリアリティがあった。


・ツタンカーメンのコスプレでツタンカーメン展に一番乗りしてみた(Togetter)
→ 定番といえば定番だけど,笑った。
→ これ3千円の入場料が高すぎて,しかもツタンカーメンのミイラ以外に目玉が乏しく,行く気がしないんだよなぁ。上野公園で何度か博物館の前を通りがかっているのだけれど,一度も行列になっているのを見たことがない。中身も気になるが,集客状況も気になる。


・これすごいかも…ABC順に並べたアルファベットを全て「線対称」にしたアート(らばQ)
→ 「イルミナティの陰謀。」というブコメをつけたが,誰からのリアクションもなかった。わりとショックである。つい最近読んだ自分が言うのもなんだが,『天使と悪魔』は『ダヴィンチコード』ほどネタが伝わらないようで。少なくとも,この文字のギミックは宗教関係ないしおもしろいので,ぜひに。映画のほうはこの文字のギミック成分が減っているので,その意味ではお勧めしかねる。
  

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2012年10月25日

あえて選ぶなら北斎のアレなんだろうなー(多数決的に)

・ジョルジョ・ヴァザーリ (vasari) on Twitter
→ 第二弾来ていた(第一弾はこれ)。相変わらずヴァザーリ先生のデマッターっぷりが光る。オチ的には第二弾であり最終回ということなのかな。
→ けっこう使ってあるネタがマニアックで,ルネサンス美術に詳しくないと知らないものが多い。無論のことながら私もわからないものが多かったが,作者本人が解説しているのでそちらを参照のこと。
→ あるあるw>パルミジャニーノをパルミジャーノに空目


・姉殺害に求刑超え懲役20年判決 発達障害で「社会秩序のため」(47NEWS)
「市民感情」を投影した判決?( ベムのメモ帳V3)
→ はてなで物議をかもした裁判判決。下はその良まとめ。
→ 受け皿・理解のない社会自体の問題,刑務所は受け皿ではない,判決理由がひどい,裁判員裁判自体の問題と論点は多いのだけれど,じゃあ直近で家族の負担はと言われるともにょる。
→ これだけ反発されたのは,やはりナチスの影がちらつくからではあるだろう。とはいえ,ユダヤ迫害が一番ひどかったのは認められるところだろうが,これがあまりにも有名すぎて,ナチスのその他に対する迫害(ロマ,精神病患者等)が知られていないような気はする。私自身,小中学校の教育で習った覚えがない。


・「外国人が紹介する自国の秀逸な絵画」海外のまとめ(暇は無味無臭の劇薬)
→ 私の(はてなとtwitterの)アイコンの絵がいた!ドイツといえばやっぱりこの絵。ドイツ随一の画家といえばデューラーかフリードリヒになるであろうし,デューラーはルネサンスなので民族主義的ではない。フリードリヒならばこの絵だろう。そして,峻厳で堅物そうなドイツ人のイメージにぴったりである。
→ イタリア・フランス・スペイン・イギリスあたりは無数にあるだろう。本邦と中国も困らない。
→ 逆にマイナーどころがおもしろい。ブルガリアの「ドナウ川を渡るアスパルフ」は第一次ブルガリア帝国の建国者。アメリカは初期のアカデミズム(orハドソンリバー派風の)か20世紀かで割れている。それぞれの言わんとするところはわかる。
→ 出てないところでは,デンマークだとハンマースホイかな。スウェーデンはカール・ラーションでないの?国民的画家というと彼のイメージが強い。  
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2012年10月24日

アメリカの意地なのか何なのか

アルバート・ビアスタット《マーセド川,ヨセミテ渓谷》都美のメトロポリタン美術館展に行ってきた。基本的にはよくあるオールスター系・全時代系の展覧会で,今回は古代オリエントから現代アメリカまでと非常に幅広い。一応のテーマは設定してあって,自然の風景や動植物を題材・意匠としたもの,ということになっている。その関係で,絵画では風景画や静物画が多く,私の好きなジャンルが多くて楽しめたところはある。動植物がテーマとしているだけあって,工芸品も多い。

今回の特徴としては,メトロポリタン美術館展というだけあって,アメリカのものがちらほらと出展していたことである。あたかも,美術は旧大陸のものだけじゃない,我が国だって芸術の担い手・継ぎ手であるということをこっそりアピールしているかのようであった。風景画のところではクロード・ロラン,リチャード・ウィルソンときてハドソン・リバー派のトマス・コールが登場する。同じように,ライスダール,サルヴァトール・ローザと来てなぜかエドワード・ホッパー,そしてジョージア・オキーフが出てくる。古代からの工芸品がずらっと並べば,その掉尾を飾るのはティファニーである,というように。その意味では,よくある「とりあえず豪華に全部並べてみた」だけでは終わらせない工夫がしてあるように見えて楽しめた。もっとも,展覧会の挨拶や宣伝,キャプションでこうしたことをアピールした文面は見られず,私が勝手に読み取っているか,本当にこっそりアピールしたかっただけなのか,いずれかではあるのだろうが。

まあ,見たいものは見れた感じで,特にハドソン・リバー派の作品は日本での知名度不足もあり,HPで強調されていなかっただけあって,来ていること自体を全く知らなかった。これが見られたのは僥倖であった。今回の画像は,代表的なハドソン・リヴァー派の画家のアルバート・ビアスタットのもの。そういえば,イスラーム世界の羅針盤の原型であるアストロラーベの実物を初めて見た。あとはまあ,ミーハーだけどゴッホの糸杉はやっぱりすごかったかな。

深いことを考えなくても,普通のオールスター系としてもまずまず価値のある展覧会ではあると思う。ただまあ,そういうのに飽きてる人には素直には勧めがたくもあり。その意味では,いっそのこと本当に大テーマを「旧大陸VSアメリカ合衆国」にしてくれたほうが,美術ファンとしては行きやすかったし勧めやすかった。作品数は130点ほど。写真や工芸品がやや多いものの,油彩画だけでも十分な量があり,見応えはあった。
  
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2012年10月23日

まどマギ劇場版と今期のアニメ

・まどマギ劇場版。前後編を,昼ごはんを挟んで一日で見た。基本的には総集編でしかないので,あまり新たな感想というものはない。その中でまあ2つほど。以下ネタバレ注意。
→ TVアニメ版,BD版と同じシーンを見るのは3回目で,漫画版に脚本本も含めれば都合5回も同じシーンを味わっているはずなのだが,やっぱり9,10,12話は涙腺破壊ポイントなわけでして。何度見ても耐えがたい。三箇所ともこっそり泣きかけたのだけど同行友人は気づかなかったか気づかなかったふりか。
→ 前編は1〜8話,後編が9〜12話。なので,前編はカットが多め,後編は逆に追加がある。前編は丸々カットされたシーンもあったが,基本的には話のペース自体が巻き気味で,会話の間も微妙に狭くなっていた。TVアニメ版が頭にあるとちょっと違和感があるかもしれない。そんな前編は要するにさやかの魔女化まで進むわけだが,4〜8話まで一気に駆け抜けるためにジェットコースター感がTVアニメ版よりも強い。逆に後編はほとんどTVアニメ版そのままで,追加された部分もさして重要ではないものであった。その意味では,劇場版としての見所は前編のほうがあるのかもしれない。
→ 後編の最後に,三作目の予告。改変後の世界の話。とても気になる引きではあったのだけど,うかつなことは言えない感じ。期待して待ちましょう。


・今期のアニメの1話の感想。
→ 中二病でも恋がしたい。中二病というよりは邪気眼だよね,と言うべきなのだが作中の言葉自体が邪王真眼なのであった。ここで中二病定義論争をしてもしょうがないので黙っておく。1話の痛々しさは割と好感触で,六花もかわいいので良かった。2話まで見たが,先がどう進んでいくのかさっぱり読めない。とりあえず視聴継続で,それほど期待値が高いわけではないが多分最後まで見ると思う。
→ さくら荘のペットな彼女。設定はまずまずおもしろそう。1話はあまり期待してなかった割りにはおもしろかった。ダメなヒロインはよく見るものの,"要介護系ヒロイン"レベルまで来ると確かに新鮮かもしれない。ニコニコで見れる気軽さは強みで,意外と切らずに見続けるかもしれないが,凡百のハーレムものになりそうな雰囲気もあってちょっと怖い。
→ リトバス。まあこれはよほどのことがない限り最後まで見るだろう。2話まで見たけど,どうも個別ルートは一本道に再編成し,鈴ルートを基本につまみ食いしていく感じらしい。確かにあの個別ルートをだらだらとやってもしょうがないし,世界についての細かい説明もめんどくさそうなので,これでいいのだと思う。
→ サイコパス。2話まで見たところ,まどマギの手前素直に褒めるのはやや悔しいが,おもしろい。設定もストーリーもベタこの上ないのだが,どちらかというとまどマギが例外的で(だからこそあれはカルテット作品ではある),こちらの「どっかで見たことあるけどおもしろい」というほうが虚淵らしい。期待して見ることにしたい。
→ ロボティクス・ノーツ。2話まで見たけど,正直に言って微妙。主人公がああいうやる気に欠ける感じなので,動き出せば違うのだろうけどそこまで耐えられるかどうか。前評判では綯さんが出てきたところくらいまでは我慢という話も聞くので,そこまではがんばりたい……けど無理かもしれん。


・淫蟲猟域クリア。エロゲレビューとして単体で投稿するほどの感想もないので,日記の一部として。エロとしては快楽堕ち,痛めつけて殺すの2パターンで,無論のことながら全部触手。ストーリーはHシーンを除くと極めて短いが,HPに書いてある設定と,ライターが和泉万夜,登場人物に夢美がいる,という時点で大体想像のつく感じ。
→ (『EXTRAVAGANZA』ネタバレ注意)久しぶりに会った蟲クンはやっぱりかっこよかった。ただ,右腕に合体したエンドだと,蟲クン死んでない?ファンサービスだから気にしないほうが良いとは思うけど。  
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2012年10月19日

非ニコマス定期消化 2012.6月下旬〜7月下旬





案の定な人が案の定な原因で,案の定な金額に。それ以外もなかなかすごい金額。がんばれ聖堂教会。



DXアゾット剣シリーズの最後。すっかり壊れたこの玩具は,どういう結末を迎えたのか。原作を知っている人ならバレバレだが,必見。これでFate/ZeroMADは大体終わり。




二期になってもやっぱり消される。1話放映直後とは仕事が早い……が,一箇所どうにも消しきれなかった模様。



半ば風物詩的に。



MMDではなくBlender。おおよそ原作再現ではあるが,グングニルぶっぱなしたりもしている。弾幕がものすごく綺麗で,既存の3D再現系の一個上を行ったのではないかと思う。



アクセル踏まないでどうやってクリアするのか,は既プレイヤーなら疑問に思わないポイントだろう。そう,燃費は悪いけど簡単に300km/hが出せる,アレである。燃費の悪さをどう解消するかは,無駄なく運転するTASさんのうでの見せ所でありまして。TASさんの敗北タグがついてるのは,1レースどうしても勝てなかったから。ともあれ,ワンダフォーは名作なのでレースゲーが好きな方は是非に。




ロリロリしい声質大集合。とは言いつつもそれぞれちょっとずつ特徴が違うので,おもしろい。よくこれだけのメンバーを集めたというか,ななひらの人徳すごい。聞いていると変な感情が芽生えるのでこの動画危ない。



某アイマスMADに採用されて。ちょっと不安定なのは確かだが,nayutaらしいかわいい・綺麗な声がとてもあう曲。

  
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2012年10月18日

アメリカの画家のほうは関係ない

クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像国立新美術館のリヒテンシュタイン公国展に行ってきた。リヒテンシュタインはヨーロッパ有数の(というよりも世界有数の)小国として有名で,名前の通り君主制が残っている数少ない国でもある。それも王国ではなく公国なのだから,いかにも古き良きドイツの残滓という感じがする。ところで,今回のこの顔,宣伝などにも最も使われている顔だが,この少女は実はリヒテンシュタイン家とは何の関係もないルーベンスの娘である。彼女がビラなどで「ようこそ,わが宮殿へ」なんて言っているものだからすっかり勘違いしてしまっていた。

元はオーストリア(ハプスブルク)に仕えた貴族で,神聖ローマ帝国が死亡してから数えてもかなり経った1719年になってようやく領土の主権が認められた。もっとも,それ以前からハプスブルク家の重臣の家系ではあり,美術品収集でも有名であったらしい。リヒテンシュタイン公国が誕生した後も彼らの居住地はウィーンであり,現在でも市内に2つの宮殿が残っている。所蔵品の多くもそのうちの夏の離宮に長らく展示されていたのだが,アンシュルスによるナチスの接収や第二次世界大戦の戦禍を避けるべく公国の首都ファドゥーツの宮殿に移された。戦後,ウィーンに戻そうとするが今度は冷戦が勃発,そのうちに公爵家の財政も危うくなり,延々と延期されて21世紀,2004年になってようやく収蔵品は夏の離宮へのカムバックを果たし,ウィーン市民に再公開される運びとなった。今回の巡回展も,このように収蔵品がようやく落ち着いたために可能になったのであろうし,またこれからの運営費のお布施を募りに来たようなものであろう。これであれば喜んでお布施したい。

展示としてはバロック美術中心。絵画だけでなく彫刻や工芸品も多く来ていた。今回の野心的な展示と言うべきか,新美術館らしい展示は宮殿の可能な限りの再現で,内装は相当にがんばっていたと言える。まさか天井画を持ってきて本当に天井に展示するとは思わなかった。首は疲れたが雰囲気の出る良い演出であった。調度品も趣味の良いものが多く,さすがは歴史ある貴族の家系だと思ったのだが,一点,染付を金装飾でゴテゴテに飾るのは趣味が悪い。これで器の側も伊万里でゴテゴテだとか,そこまで行かなくとも文様が動植物だけとかならまだ許せるが,思いっきり山水画が書いてある染付の壺をキラキラ系で装飾されては,一言「悪趣味」とでもいいたくなる。まあ,そういうのがはやったのが18世紀くらいのヨーロッパだよあきらめろと言われたら,私もあきらめるしかない。

絵画はバロックを中心に,ルネサンスから19世紀のアカデミー絵画・ビーダーマイヤーまで。ルネサンスのものは一点ラファエロのものが来ていたもののそう大したものはない。バロックはさすがに充実しており,宣伝文句に使うだけあって特にルーベンスはすごかった。しかし,私的に最もおもしろかったのは19世紀のゾーンである。そもそもビーダーマイヤーというくくりを使う事自体にも少し驚いたが,数は少ないものの良い物がそろっていた。その中でも,やはりフランチェスコ・アイエツは抜群にうまい。イタリアのアカデミー(ロマン主義)の大家といえば彼であろう。こういうのとても良いと思うので,誰か19世紀の非自然主義・非印象派のアカデミー・ロマン主義縛りで企画展やってくれないですかね。

というわけで盛りだくさん,約130点の展覧会で,見るのに軽く2時間はかかる。じっくり見れば2時間半〜3時間かかるかもしれない。割とお勧めできる展覧会である。  
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2012年10月17日

屁をこいて失敗して出家する

酒伝童子絵巻(狩野元信)サントリー美術館の「御伽草子」展に行ってきた。鎌倉時代から江戸時代にかけての本邦の物語をめぐる展覧会である。必然,絵巻物が展示の大半を占める。ただし,タイトル通りの御伽草子しかないわけではなく,物語全般を扱っているため鼠草子絵巻や百鬼夜行絵巻なども展示されていた。

主要に取り上げられていた物語は浦島太郎と酒呑童子である。とりわけ酒呑童子を描いた作品は,数自体が多いこともあり今回の展覧会でもかなり多く展示されていた。お陰で頼政公も大暴れである(画像は狩野元信による)。一方,頼光の冒険譚は全く取り上げられていなかった。御伽草子から漏れた影響がこんなところに。そして,この2つに限ったことではないが,バリエーションが多いなということは改めて感じた。「これ」という原典があって成立した物語群ではなく,「これ」という物語が整理されるまでに(それが江戸時代としても)かなり時間がかかっているので,こうした事態になったのだろう。登場人物の立ち位置や話のオチが全く正反対だったりすることもあるので,どうしてこうなった感が強い。

御伽草子のような諸物語が成立したのは鎌倉時代から室町時代にかけてのことで,これは政治の主体が公家から武家に移り変わったこと,商工業が発展して民衆の活力が増してきたこと,そして下克上の風潮が現れてきたことに起因する,と説明されていた。すなわち,恋愛劇よりも活劇であり,難解な思想よりもわかりやすい説話である。元をたどれば『日本書紀』にいきつく浦島太郎はやや例外的としても,酒呑童子はなるほどいかにも武家が好む話であり,ものぐさ太郎や一寸法師は完全に成り上がりのストーリーである。恋愛要素はないわけではないが,「恋愛劇」というよりは美女に一目惚れ的なものが多く,機微に触れたものではない。こうした特徴の最たるものが圧倒的な下品さで,ご先祖様たち屁好きすぎるだろと。屁で妙音が出せるようになって成り上がるとかどういう話だよ。

多種多様な物語がある一方で,よく言えば中世らしい,悪く言えば中世の発想の限界か,どうしてもオチが偏る。とりあえず何かあれば出家する。まあ,知ってた。高校で古文の授業を受けてても同じ事を思ったもんな。現実でも都合悪くなると出家するとはいえ,物語でもとりあえず爆発オチのノリで出家する。出家すれば全部丸く収まる。ここは平安文学からまったく変わらないところで,本邦における仏教の重さやら都合の良さやらに感じ入るところである。途中からサントリー美術館の学芸員も吹っ切れたのか面倒になったのかしてキャプションをつけていたのではないかと思うのだが,「〜〜があって,出家する。」とキャプションの文体が統一されていたのがとても印象的であった。
  
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2012年10月14日

白衣性恋愛症候群リセラピー レビュー

工画堂の作った百合ゲー……のはずなんだが,フタを開けてみるとなんというかカオスであった。なお,百合ゲーであることは間違いないのでその点は大丈夫である。

タイトルからも分かる通り,舞台は病院。主人公及び攻略ヒロインの過半数は同じ看護師である。残りのヒロインもすべて患者であり,完全に病院の内部で完結している。物語は主人公が新人看護師として病院で働き始めるところから始まるが,その後の決して短いとはいえない共通ルートは,百合ゲー的いちゃいちゃというよりも「使えない新人の成長物語」兼「看護師の仕事紹介」がその大半を占めている。主人公の沢井かおりは新人ゆえにしかたがないとはいえ,あまりにも看護師として未熟であるため,序盤は割りと叱られっぱなしである。その姿は多くの人が通ってきたであろう世間一般の職場の新人の姿を彷彿とさせられ,社会人ゲーマーにはなかなか心に鈍痛を与えられた人も多かったに違いない。

それにしても本作の主人公は看護師知識が乏しく,よく国家試験通ったなと思わないでもなく,そりゃこんだけ叱られるわなとは思った。これが多くのプレーヤーは医療知識に乏しかろうから,シンクロさせるための配慮としてこうなったのだとしたら,正直余計なお世話であった。せっかく辞典を実装していて,ある程度詳しい説明はそちらに任せているのだし,もう少しでいいから沢井かおりが最初からできる子でも良かったように思う。あまりにも叱られすぎてプレイ中にややフラストレーションが溜まったところがあったのは否定出来ない。医療現場の描写としてはとてもおもしろく,さすがにライターさん自身が現役看護師というだけはある。

一方で,社会人(労働者)が主人公・ヒロインの作品自体が少ないこともあり,こうした職場組織がADVで再現されるとこうなるのか,という点自体がかなり新鮮な体験であった。新人がいて,1年上の先輩がいて,若手のまとめ役がいて,主任(リーダー)がいる。私事ではあるが,私の実生活がまさに若手のまとめ役(やすこ)のポジションではあって,割りと共感するところは多かった。もっとも,私はあんなに叱れてないが(基本甘やかし主義なので)。

後半になると,ルート分岐の兼ね合いもあってかやや百合的な雰囲気になるが,一方で病院や主人公にまつわる謎にも切り込んでいく形になり,こちらも割りと物語が急展開する。ルートによってはファンタジー的な要素も入り,カオスに磨きがかかっていく。ここまで展開が急激だと場面ごとに雰囲気が違いすぎ,一つの物語の筋として崩壊していそうなものなのだが,本作では不思議とそれが少ない。まあ,まったく無かったわけではなくて,仕事でミスしてわんわん泣いてた次のシーンではけろっと別の患者さんといちゃついてたりするので,おいお前さっきまでのシリアスはどこいった!という。いずれにせよ,百合+医療物+社会人物にさらに様々な要素をつっこんだ闇鍋状態というのが良くも悪くも本作の姿である。個々の味も悪くないし妙な調和も感じるのだが,カオスには違いない。エンディングもぶっ飛んだものが多い。本作を「怪作」と評し,エロゲーの領域でやっていたらもっと話題作になっていたかも,と言っていた人がいたが,割りと同感である。

百合物としてどうかという話をすると,まず本作は女性同性愛が一般的な社会として描かれており,そこら辺の葛藤は全くない。当然のものとされているため,悩むだとかそれ以前の話として異性愛と比較する描写自体がまるで存在しない。描写の質・量としては,共通ルートでは前述のように別の要素に押されてやや少なめ,後半は多いものの物語自体のカオスさと百合要素を,プレーヤーの側がうまく切り分けられるかどうか。具体的な描写としては,18禁ではないので必然的に下着姿,キスシーン多めになっている。攻略ヒロインの年齢層は,過半数が看護師ということもあって高め。「三十路との百合なんて見たくない」という方には決しておすすめできないゲームである。楽しんでクリアした側としては,それがおもしろいゲームなのよ,とは言っておく。

プレイ時間としては20時間ほど。共通ルートがその半分以上を占めると思う。個別ルートは,ルート別で大きく分量が異なることを注記しておく。本作はPSP版からPC版への移植を兼ねたリメイクであるが,元からヒロインであった3人(なぎさ・はつみ・さゆり)は分量が多く,かつかなり多めにシナリオが追加されている。一方,新規ヒロインの3人(やすこ・あみ・まゆき)は分量が少なく,上記3人の半分もない。攻略順としては,物語の中核にかかわってくるまゆき,及び他の全員をクリアしていないとそもそもルートに入れないはつみの2人を最後に回すべき,という以外は自由である。個人的には,さゆりのシナリオが一番出来が良かった。点数としては75点強。
  
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2012年10月13日

「入試問題の正解(解答例・講評)は公開されるべきか」について

・入試問題の正解は公開されるべきか? (Togetter)

これは論点が多岐にわたるので,じっくりと。私はTogetterの大勢の意見と同様に大学入試の正解(解答例・採点基準・講評)は基本的に公開されるべきと考えている。その理由について以下に3つ挙げる。

1.最大の理由として,入試の透明性確保のため。
→ Togetter中段にある「入試の場合、特に論述問題は、公表されていないルールを手探りで探しながらゲームに参加しているようなもの」というのは本当にうまいことおっしゃる,という感じなのだが,このような現状があるから。入試が筆記試験でなされるのは不透明性の低さ,公平性の確保という観点からであるが,その筆記試験の採点基準が不明瞭なのはメリットを減らしている。最難関国公立・私立大の問題だと,指導者間で解答が大きく割れることもあり,しかもそれぞれに一理あるので,完全な正解例は大学側でしか把握されていない,という現状はどの程度理解されているのか。

2.出題ミスを減らすため。
→ これもTogetter序盤に「出題ミスを見つけるのが目的なら悲しい」「トップの大学がそんなんになると終わりかな?」というやりとりがあるが,現実的に話すと少なくとも難関大学の社会科はミスだらけである。世界史についてはこのブログで検証している(→ 受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2012 その1(上智大・慶應大)(早稲田大)その2)。悲しいが,とっくの昔に終わっているとも言える。
→ 一つ擁護すると,受験生のレベルが高く標準的な問題を出題しても差がつかないため,難問を出題せざるを得ないという大学側の事情はある。練られた難問というのは作題が難しく,ちょっと手を抜くと簡単に悪問,そして出題ミスにつながってしまう。また,論述問題のほうが難問かつ良問は作りやすいが,マーク式・短答記述はさらに作題が困難になる。しかし,当然ながらそれが悪問・出題ミスを乱発してもよいという完全な免罪符にはならない。
→ また,上に挙げた悪問集を見ていただければ分かる通り,難問化させるためではなく明らかな手抜きの結果としての悪問・出題ミスがあまりにも多い。しかも,これも悪問集で書いているが,多くの悪問・出題ミスの指摘に対し大学側はあまり謝罪・訂正をしない(少なくとも社会科の場合)。Togetter末尾にあるが,「論述問題はともかく,私大のマーク式の問題など「問題ミスではないか?」と指摘しても,黙殺される場合が多い。言い訳する大学はまだやる気のある大学。全国模試なら完全にアウトのレベル,というか,全国模試なら検討会議の段階で改善してますが。」は本当にその通りすぎて。これらの失態には,大学の教育機関としての姿勢を疑う。しかし,現実としてこのような不誠実がまかり通っている。

3.採点の姿勢自体がアドミッション・ポリシーの体現にかかわるから。
→ Togetterにも出てきている意見「入試問題はアドミッションポリシーを体現しているべき」というのは全面的に同意する。アドミッション・ポリシーとは入学者受入れの方針のことで,現在重視されている事項であり,それだけに今なら大概の大学でHPで公開している。無論のことながら大学入試とは一般入試(筆記試験)だけではないので,推薦や,まんまなAO入試もあればセンター利用もある。ゆえに,アドミッション・ポリシーが必ずしも一般入試だけを指した内容になっているわけではないものの,一般入試の内容はアドミッション・ポリシーの方針に沿ったものであるべきだ。
→ ほしい人材に沿った入試問題を出題してほしいと心から思うが,記述式の問題の場合,採点基準そのものがアドミッション・ポリシーの体現になるという観点は忘れられがちではあると思う。たとえば,Togetterでも出ているが,受験数学の範囲を超えた解法を採点するか否かなんてのはその大学のアドミッションポリシーを如実に示しているわけで。漢字・年号・計算ミスの減点具合も大学によって大きく異なり,姿勢の違いが見えておもしろいところだろう。この観点において,採点基準や解答例の公開は大学側にとっても有益であると考える。


・その他の論点について
何を公開するべきか?ということについて。マーク式は単純である。最低限,正答一覧はつべこべ言わずに公開して欲しい。採点講評もあればなお良い。一方,記述式(論述)の場合,解答の多様性が失われる危惧は確かに存在するので,確かに「正答(模範解答)」の非公開もありうる。やるのであれば採点基準,そして採点講評という形になるだろう。無難なのは採点講評で,大学側で考えて公開/非公開のラインを設定できる。言及したくない問題については言及せずに済む。逆に作題者の意図と受験生の解答の乖離が激しかった場合はそこに字数を費やせば良い。出題ミスや悪問の指摘に対しても反論の場が与えられる(大概の場合は平謝りしか無いだろうけど)。

デメリットとして。こちらで指摘されていることはもっともで,正答や採点基準を公開すれば間違いなくクレーマーは増えるし,その結果として入試の「安全化」という残念な現象は起きうる。採点基準公開の関係上,突飛でおもしろい問題は出しづらくなる。このデメリットの解決法は難しいが,「明白な出題ミス以外の問い合わせは一切返答しない」とするか,やはり採点講評の公開に留めるかあたりが落とし所になるような気はする。
  
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2012年10月12日

夏アニメとか契丹文字とか

・夏アニメまとめ。とは言っても継続して見てたのは2つだけ。もやしもん2期。発酵蔵始動から農大祭,フランス編まで。うまいこと原作を処理した感じ。この辺が原作も一番ノッてた時期ではあるので,その意味では十分おもしろかった。が,何かしらアニメ化したことによるプラスアルファがあったわけではなく,感想を述べにくい感じ。ただまあ,個人的にマリーは大好きなので,動いてる白ゴスとブルゴーニュの丘が見られただけでも割りと満足だったりする。マリーは本当にかわいいと思うのだけど,賛同者は少ない。3期はやるとしたらビールの話だろう……というフラグを最終話のCパートで立てていった。あれも見たいな。
→ ところで,切ったところが悪かったせいか,今回は11話通して武藤さんは飲んでいただけであった。2クールぶっ続けでビール編までやってくれれば活躍するシーンもあったのだが。まあ,こういうこともある。

・ゆるゆり2期。1期のような目新しさはなく,ややパワーに欠けるところはあったものの,バランスのとれた作りで悪くなかったのではないかと。1期はいろいろなインパクトが好材料としてあったことを考えるに,2期はプレッシャーの中よくやったと思う。始まる前はあかりいじめに頼るのではないかという不安もあったが,ふたを開けてみればそうでもなかった。むしろひまさくの夫婦漫才で時間をつぶしていたところはあるものの,そうめくじらを立てるものでもなかった。原作は順調に消化したし,オリジナル回も1話はどうだろう……と思うものの,6話や11・12話はおもしろかった。ゆるゆりアニメはこれでよい。
→ 円盤の売れ行きからすると3期をやるだろうし,原作もぼちぼち溜まってきているので,またまるっと1年後くらいに期待して待っておこう。

・今期は某所に書いたが,確定:リトバス,サイコパス,多分見る:ロボティクス・ノーツ,とりあえず1話:中二病,さくら荘くらい。もうリトバスと中二病は始まっているが,1話録画しただけでまだ一つも見てない。見た感想はぼちぼちtwitterか次の日記くらいで書くと思う。


・中国で成立しなかった経済学の謎 (Togetter)
→ 無論のことながら,西洋の学問分類が東洋にそのまま当てはまるわけではない。しかし,政治学や哲学に当てはまるものはあれど,やはり経済学に通じるものは見出しづらい。
→ 『塩鉄論』のように,その萌芽はあったように思う。政治学から分離せずに終わってしまった。やっぱり社会科学への関心が薄かったのかなぁ。
→ イスラーム世界とか,どうなんだろうな。勉強不足で知らないが,無かったように思う。逆に大航海時代以後の西欧特有の学問なのかもしれぬ。


・人類史上最も無謀な政治的実験(himaginaryの日記)
→ 読んでもらえばわかる通り,タイトルは現代インドのことである。確かにインドが分裂していないし,その兆しが見えないのは不思議なところで。
→ 民主主義が機能しているのか機能していないのかもよくわからない状態であったが,これを読んで考えてみたところ,そもそもまだそういう領域までたどり着いていないままで,民主主義を上から植え付けられている状態なのかなぁと。インド国民自身,そのメリット・デメリットを理解していないものの,他に選択肢を知っているわけではないので従っている。植民地時代も長かったし,分裂とか民主主義以外の選択肢とかが見えてないのかもしれない。ある意味では明治維新のような。


・契丹文字:貴重「契丹文字」の本、ロシアで発見 解読研究に光(毎日新聞)
→ 契丹文字の良い史料発見の報。しかも西遼時代のものというから期待も高まるところである。
→ 契丹文字は大文字と小文字があり,漢字の影響が色濃いもののアラム(ソグド)文字系統からの影響もあり,文字の形態はかなり複雑である。現代の日本人の目線からは「誰が読むんだこれ」状態だが,一方で西夏文字よりはマシかもしれない。契丹文字の大文字は表意,小文字は表音と見られる。完全未解読ではないが,完全解読にはほど遠い状況。
→ かく言う私は契丹文字Tシャツを所有しているが,同じところが西夏文字Tシャツも作っているらしい。なんだそのTシャツメーカー。調子に乗って遊牧民の文字を制覇してほしい。

  
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2012年10月10日

ホテル・ルワンダ

ようやく見た,という感じがする。本作はルワンダ虐殺における実話をもとにした映画である。アフリカ版「シンドラーのリスト」という説明が一番しっくり来るか。

こう言ってはなんだが,虐殺・ジェノサイド自体は現代史で全く珍しくない現象である,悲しいことに。この映画に対して言えることはいろいろとあるだろう。単純にジェノサイドのひどさだけではない。民族差別の虚しさを挙げてもよい。しかもルワンダの場合,帝国主義の都合がツチ族とフツ族の対立を生んだのだから,その根は元からあったわけではない。その分悲劇性は高かろう。資源のない小国に対する国際社会の無関心もある。とりわけこの点はルワンダ虐殺の特有点であり,事態を決定的に悪化させた原因である。作中でも中盤に強調される。

ここから知ることができること,考えることができることも多かろう。何か行動を開始する人もいるかもしれないし,とりあえず知ることが大事だと言う人もいるだろう。これらを安い一般解だと言うつもりは全くない。しかし,私が本作から感じたのは,絶望的な無力感だった。私が本作で一番うちのめされたシーンは,国連がいよいよルワンダを見捨てて撤退し,外国人居留者だけがとぼとぼとホテルから出ていくシーンである。その際,必死で虐殺発生の事実を報道しようとしていたジャーナリストは,雨の中ホテルマンに傘を差し出されて「(こうやって逃げ帰るのに)傘なんて差さされても恥ずかしいだけだ」と言う。同じグループのジャーナリストは,その前の晩に「この報道がされれば国際支援が届くはず」という主人公に対し,「(先進国の)人々はニュースで見ても「怖いね。」と言うだけで,またディナーに戻ってしまうだろう」と返事をしていた。残念ながらその通りである。

先進国の人間として言い訳しておこう。支援をするのだって安くはないのである。特に軍事介入を伴う場合は,自国民の生命がかかっている。このあたり,PKOという観点では微妙な働きしかできていない我が国の国民としてはやや心苦しい(とはいえ私は自衛隊の戦争参加を支持しているわけではない)。ともあれ,ルワンダ内戦の前年のソマリア内戦で,アメリカは実際に手痛い被害をこうむっている。だからこそルワンダでは及び腰であった。しかし,前世紀から先進国だったお前らにはそういう義務があるだろうと言われれば,まあ否定はできまい。特にルワンダには前述のような,帝国主義の明白な爪痕が存在する。しかし,それで自国民の支持が得られるかというとまた話は別で,政府にも国内の都合があり,さらに言えば金だけで解決する問題と生命がかかる問題では重みも違う。また,変に介入すれば内政干渉を疑われ,戦後処理を間違えれば泥沼化する可能性もある。そうやすやすと道義的責任だけで通る話でもない。ましてや,英仏ベルギー以外の国際社会は無関心にもなるだろう。


結局のところ,私は「歴史とは特殊な事例の積み重ねであって,普遍的教訓で簡単に片付けられるものではない」としてこの悲劇を消費することしかできなかった。完全に無責任な立場から意見を言うことが許されるのならば,このような悲劇を作ったのはやはり国連の身勝手な撤退であった。あそこで何かしらの介入があれば,主人公ポール達はあれほどの苦痛を味わうことはなかっただろう。少なくとも,あのシーンで自らの無力感にうちひしがれないような,枯れた人間ではないし,今後もそうなるつもりはない。  
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2012年10月07日

映画版『天使と悪魔』

原作を読んだので,映画版もと見てみた。原作はおもしろかったが,『ダ・ヴィンチ・コード』の映画版の出来からして不安であり(そういえばこちらはレビューを書き損ねている),しかしあえて事前に評判を聞かずにレンタルして見た。結果としては及第点ギリギリという感じである。正確に言えば,「見せてほしいものはちゃんと映像化してくれた」からとりあえず点はあげられるというのがまず先にあるから及第点なのであって,物語としては改変によりひどく薄っぺらくなっている。破綻していると言われても,強固には反論できまい。

原作の忠実な再現などは最初から望むべくもなく,『ダ・ヴィンチ・コード』よりも長いストーリーを,『ダ・ヴィンチ・コード』でさえ失敗したわずか2時間半で収めようというほうが無理がある。だから改変・省略があるのは仕方がないが,あまりにも多くのエピソードをカットしたため,かなり重要な要素までもが消えてしまい,物語の根幹部分でさえも改変されてしまっている。とりわけ悪役の背景事情をばっさりカットで,本作の大テーマである「宗教と科学の対立と調和」は映画版では無いも同然である。それでも出来が良ければ「別の物語」として評価可能なのだが,中途半端に原作に拠ったがために,単純に破綻しただけになってしまった。こうした改変をするならさらに大鉈を振るっても良かった。たとえば,ヒロイン(ヴィットリア・ヴェトラ)は重要度がかなり下がっており,物語上必要ではなくなっている。

しかし,良かった点もある。「見せてほしいものはちゃんと映像化してくれた」わけで,舞台となったローマの教会・芸術作品の再現度は非常に高く,「観光名所で次々と惨劇が起こる」という本作の映像上の肝に関しては不満なく,文字通り「映像化」してもらえた。加えて言って,最後の最後の(ネタバレ注意)反物質が爆発するシーンを天地創造になぞらえた映像として撮ったのはすばらしい。あのシーンは逆に原作が淡白すぎた。ついでに改変も褒められるところは褒めておこう。4人目の枢機卿が助かって教皇になるという展開は,大選皇枢機卿が教皇になるという展開よりもすっきりしていて良い。また,原作とは時系列が入れ替わっているため,ラングドンがダ・ヴィンチ・コードの事件によりすでに有名人であるということを下敷きにした改変も良かった点として挙げられる。これにより序盤が自然な形で相当カットできている。あわせてCERNを舞台としたシーンを作らなかったのも良いカットだった。これをやっていたら3時間でも尺が足りない。(ネタバレ終わり)


映像がすばらしく,その点では原作読者も楽しめるし,原作のテーマ性を知らないほうが楽しめる気もする。見終わった直後にはtwitterで「見なくていい」とか言ってしまったが,冷静に考えると,意外と他人に勧めやすい映画であるのかな,と思った。


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2012年10月02日

日和見も巨匠らしいか

work_pic2文化村のレーピン展に行ってきた。この展覧会は以前のトレチャコフ美術館展が好評だったがゆえに企画されたらしく,であればあの展覧会を見てもっとロシア絵画が見たいと思っていたので,とても喜ばしいことである。行ったかいがあった。前回はクラムスコイにシーシキンにレーピンとオールスター感漂う感じであったが,今回はレーピン縛りである。必然,展示作品の多くは風俗画と肖像画であった。

イリヤ・レーピンは1844年生まれ,19世紀のロシアを代表する画家である。あえて分類するならばアカデミーと自然主義の間くらいに入るのであろうが,ちょうど1870年の半ば頃にパリに滞在しており,印象派にも好感触を得ているようにやや筆触分割がなされている部分もある。見方によってはコウモリ的というか日和見的ではあるのだが,アカデミーに属していながら当時のロシア画壇の革新派「移動派」にも属しており,移動派を一つの様式として見た場合,レーピンもしばしばここに分類されている。ただし,当時の高名な批評家には,やはりこの日和見的な行動を非難されていたようだ。意外なことに没年は1930年,すなわちロシア革命を乗り切ってスターリン時代まで生き残っており,しかも失脚していない。自画像を見るといかついダンディなおっさんなのだが,人付き合いは良く,世渡りもうまかったらしい。美術以外の交友関係にはムソルグスキーとトルストイがおり,彼らの肖像画も今回来ていた。トルストイのほうは他の画家にも肖像画があるが,ムソルグスキーのものはレーピンのもの以外を見たことがない。

とはいえ様式論は彼の場合あまり意味をなさず,ともかく卓越した人間の描写が光り,その意味ではやはりアカデミー的な実直な表現力が一番目立つ。若い頃はレンブラントにかぶれていたようだが,言われてみるととりわけ肖像画にその影響は色濃く見られる。扱って題材も多種多様で,歴史画,肖像画から風俗画まで何でも描いたし,比較的速筆だったようで作品数も多い。肖像画は自らが属した上流階級の人物が多いが,一方で風俗画は「移動派」らしく,下層階級に属する人々を描いたものが多い。どのジャンルのものも評価が高いが,結局のところそれはレーピン個人に由来する抜群の描写力,迫真性であって,ジャンルや題材の妙が所以ではないだろう。本当にうまい肖像画では迫真性以上にその人の内面が現れてくるというが,レーピンのものはまさにそうである。

今回の一枚は《思いがけなく》というタイトルの一枚で,ナロードニキを描いたものだと推測される。レーピンのナロードニキを描いたものだと《ナロードニキの逮捕》が有名だが,この作品もなかなかに過激である。一方で,「逮捕」にしろこの作品にしろそうだが,レーピン自身の政治思想は現れていないどころか,一見しようが沈思しようが,ナロードニキが批判されているのかどうかすらわからない。ただ,淡々とこの1シーンが迫真性をもって描写されているだけであり,寒気さえ覚える。キリスト教絵画の伝統に則れば「放浪息子」の変形のようにも見え,であればドストエフスキーの『悪霊』にも似た雰囲気を感じる,というのが私の正直な感想だ。


帰りがけにミュージアムショップを物色していたら,外語大の生徒らしき女性二人の話が聞こえ,「あーこの本沼キョンだー」「こっちは亀ちゃんだ」と話しており,彼(女)らはそういうあだ名なのかと,妙に新鮮であった。

  
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2012年10月01日

6巻で完結かな

『テルマエ・ロマエ』5巻。この巻はつなぎなので,6巻を読まないことには話にどう落ちがつくのかがわからず,コメントしづらい。
→ 以下ネタバレ。わかりやすい悪役を用意し,奇妙に小道具を配置させながら物語が展開したが,それもこれも「戦車」のため,ということで納得してしまった。
→ そういえば,映画をみそびれてしまった。TSUTAYAで一般扱いになるまで待つと思うので,当分見ないままになりそう。同じように『アレクサンドリア』も『英国王のスピーチ』も見逃しているので,映画に関する腰の重さをなんとかしないといけない。


『シュヴァルツェスマーケン短篇集』。各キャラの過去を振り返る短編が3つと,単行本3巻の国連との合同作戦の時間軸の話が1つという構成になっている。
→ まず,シルヴィアの話。彼女はどうしてああなったのかというエピソードで,大体予想のつく話ではあるのだが,通過儀礼的にこのエピソードはやっておかねばならないところであろう。それにしてもシルヴィアが案外若かった。ああなったのはわずか4年前のことだった,というのは少し意外である。どうせなら,アイリスディーナに拾われたときのエピソードも書いて欲しい。あとp.81の挿絵が半端無くエロかったので,CARNELIAN先生につきましては,ぜひこのエピソードのエロゲ化を(ry
→ 2つ目は,本編だとさくっと殺されたイングヒルトの話。ユンカーというドイツの特殊事情にスポットライトを当てた話で,おもしろかった。3つ目は本編2巻で活躍したクルトさんの話。戦車兵から見た戦術機,そして2巻のクルトの言動の裏側を掘り下げたエピソード。4つ目のアネットとテオドールの話は……まあこんなもんでしょうw


・東方キャラで資産ランキングを作るとどうなるか(2ch東方スレ観測所)
→ 白玉楼と地霊殿は,ともに是非曲直庁の委託業務で食ってるとかいう意外な共通点が妄想できるかな。幻想郷最大の産業はひょっとして冠婚葬祭関連……?
→ 紅魔館以外はなんだかんだで想像がつく。紅魔館は本当にわからん。封建領主ってこともないだろうし。いっそパチュリーの錬金術説でいいや,と最近本気で思い始めている。
→ 某同人誌を読んで,一度幻想郷の経済事情考察をまとめたくなったので,後日気力があればそういう記事で。  
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