2014年05月30日

かいぼりは最後まで追う予定です

・井の頭公園の池をかいぼりしたら(3) 清掃は続く(Togetrer)
・井の頭公園の池をかいぼりしたら(4)大雪が降って雪原になった(Togetter)
→ (3)はあまり大きなトピックがないが,(4)は大雪の時の写真が多く,見所がある。これは一度目のときの大雪。
→ そういえば今年の東京は大雪降っていたことを思い出した。大雪の井の頭公園というだけで珍しいのに,池に水がないとは。池の底に直接雪が積もるというすごい光景。
→ 「かいぼりは井の頭公園の開園百周年にむけて、二年後、四年後にあと二度やるそうです。今回だけで全ての決着を付けるわけではない、という前提で。」というのは知らなかった。


・「ももクロ」分析本で話題…安西信一氏が死去(読売新聞)
→ すっかりももクロの人状態だが,私的にはイギリス式庭園の授業おもしろかった。ご冥福を祈ります。


・【艦これ】舞鶴で行われた艦これオンリーイベント、地元が本気だった 100円で牡蠣/サザエ等の海産物が振る舞われる(艦これ速報 艦隊これくしょんまとめ)
→ 大洗メソッドがどこまで活かされるか,という話としてとても興味深い。俺も同人誌買って牡蠣とサザエ食いに行きたかった。大湊はホタテだったらしい。
→ ただし,大洗メソッドは狙ってやったわけではないらしいので。どちらかというと,自然とあんこう鍋やほしいもと結びついたというか,ガルパンの場合は作中に登場するので。そこら辺の自然さを醸し出せるかが鍵なのかなーと。


・中越戦争は教科書に載っていない……ベトナムの「歴史教科書問題」(いまじゅん)(KINBRICKS NOW)
→ 個人的には批判すべき案件。政治的に危うくとも,自国の重要な史実を教えないのはダメでしょう。事実を教えた上でどう判断するかは国民一人一人が考えるべきことであって,世論の方向性を定めるために事実自体を隠すというのは,それは現在起こっていることであれ,歴史上の出来事であれ,隠蔽には違いない。ここら辺がまだ民主国家ではないベトナムなのだろう。


・ロマンシング 佐賀 SAGA生誕 25周年
→ よくネタをつかんでると思う。「・・・・風が、・・・・くる!・・・・」を使ってくるあたりわかってる。
→ いろいろあって行かなかったのだけれど,記念の有田焼完売してるというのがすごい。  

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2014年05月27日

舞の海講演会について(文字起こし有)

・“昭和天皇万歳”集会で――舞の海氏が排外発言(週刊金曜日)

この週刊金曜日の記事が物議を醸したが,本当に舞の海がそんなことを言うのか疑問であったので,映像を紹介されたこともあり,そちらを視聴してみた。以下の動画の45分頃からが舞の海の講演。



結果から言えば,週刊金曜日の記事はひどい発言の改竄である。舞の海氏が気づいて訴えたら弁解の余地がないレベルだと思う。一応言っておくと,舞の海氏の講演内容に残念な点が無いわけではない。しかしそれは非常にダメな俗流若者論であったり精神論であったりする面であって,週刊金曜日の言うような点での問題点ではない。


“「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語ると、参加者から拍手が湧いた。“日の丸”旗を手にした男性が「頑張れよ」と叫び、会場は排外主義的空気が顕著になった。”
→ 確かに「蒙古襲来」の発言はあったが,それはハワイ勢が登場した時に「黒船襲来」と言われたのになぞらえるならば,という文脈である。追い返さなければならないというニュアンスは皆無であった。また「外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」発言は,舞の海氏はそれを否定するために出した枕詞であって,氏の意見とは正反対である。それどころか,「今大相撲を支えているのは,実はモンゴル人」,「モンゴル人がいるからこそ,私達は横綱の土俵入りが見れる」,「高見山さんがやって来たその瞬間から,もう後戻りできないと思う」と発言しているわけだが,これのどこらへんが排外主義なのか説明してもらいたいもんだ。
→ ついでに言うと,外国出身力士と(民族的)日本人力士の違いについてハングリー精神の差と,「日本人は技を磨かずに体重ばかり増やそうとする」という点を指摘し,外国出身力士を褒めて日本人力士を叱咤する内容の講演なわけだけども。この「日本人は身体を軽くして,技で対抗せよ」というのは舞の海の持論である。

ちなみに,幕内は外国出身力士ばかりになっていっているというのは事実として誤りで,むしろ流入は止まっている。新弟子が来なくなったわけではなくて,むしろ海外の相撲エリートはバンバン来日しているわけだが,出世できていないのである(例外は大砂嵐くらいで,逸ノ城が次来るかどうか)。これは単純に幕内の平均レベルが上がっているからであって,その辺を知らずに発言すると変なことになりますよ,とは。これは舞の海氏にも言えることだが。


・舞の海氏が「天覧相撲の再開が必要だ。日本に天皇がいたからこそ、大相撲は生き延びてこられた。天皇という大きな懐の中で生かされていると感じる。皇室の安泰を」と結ぶと、大拍手が起こっていた。
→ これは大相撲の歴史を振り返るに,特に明治天皇と昭和天皇の相撲愛によって大相撲という興業が復活したという歴史的事実を話した文脈上での発言である。半分くらいはただの舞の海氏の右派的な信仰告白ではあって,そこが鼻につく人はいるだろう。しかし,「だから大相撲は国粋主義でなければならない」というニュアンスは一切無かった。で,何? 排外主義がなんだって? 

それはそれとして,週刊金曜日がこの記事で何をしたかったのかがさっぱりわからない。舞の海氏個人に排外主義者のレッテルを貼っただけのような。それともなんですか,大相撲嫌いですか。加えて,こちらのデイリースポーツの記事でも,北の富士氏の「モンゴル人には何の罪もないんだけれどもね」という枕詞をわざと削った上で彼の発言を引用しているんだけれども。世の中のマスコミには,大相撲関係者は排外主義でいてもらわないと困る理由とかあるんですか。


以下は,主要部分(59:00〜1:19:00)の文字起こしである。できれば動画を全部見て欲しいが,時間のない人は。または確認用にどうぞ。

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2014年05月26日

それでも白鵬が優勝する(4場所ぶり2回め)

今場所は内容のある相撲・熱戦が非常に多く,おもしろい場所であった。優勝争いも千秋楽までもつれた。総合的に言って「上の中」の評価を与えてもよかろう。特に後半戦,9・10・11・12日めの四日間は文句の付け所がない。より具体的にどの取組がどう熱戦だったかを羅列すると長くなるので,名だけ挙げておく。別館の方で詳述しているので,気になる方はそちらで。3日目の魁聖・高安戦。4日目の照ノ富士・貴ノ岩戦。5日目の徳勝龍・照ノ富士戦。7日目の常幸龍・貴ノ岩戦。9日目の嘉風・稀勢の里戦。10日目の舛ノ山・双大竜戦,豊真将・貴ノ岩戦。11日目の豪風・碧山戦。13日目の蒼国来・豊真将戦。

「上の上」にしなかった理由を一つに絞って挙げておく。髷の問題である。今場所,好取組となるべき取組が数番,髷をつかんだかどうかの審議によって死んだ。どれも判定自体は妥当だっただけに難しい。「故意に」というルール上の規定であるが,故意に髷をつかむ奴なんておらんわけで,条文が死んでいる。実際には「髷を引っ張ったことで有利になったかどうか」の一点だけで髷の反則認定は行われている。認定されれば即反則負けというのも厳しい話で,北の富士が言っていたように,“故意でなければ”同体取り直し扱いでもいいのではないか。無論,そうすると「情勢厳しいから,同体にすべく髷を引っ張ってしまえ」と考える力士も出てくるであろうが,それは「故意」なので,躊躇なく反則負けにしてしまえばよい。


個別評。横綱大関。優勝した白鵬は今場所も見事な省エネ相撲であった。このまま行くと,どうやら2014年も昨年並みには成績を上げそうである。11日目以降の4日間は鬼神であった。本音を言えばあれを15日間通してみたいのがファン心理ではあるが,無茶は言うまい。なお,継続観察している横綱通算勝率は.896。ところで,12日目,白鵬が鶴竜・豪栄道戦に物言いをつけたが,関取が物言いをつけたのは18年ぶりの珍しいこと。1996年の初場所で,貴闘力―土佐の海戦,物言いを付けたのは貴ノ浪。しかもこの場所の貴ノ浪は優勝している。今場所白鵬が優勝したことで,このジンクスは定着するかもしれない。なお,この貴ノ浪のときは他の勝負審判も手を挙げていたが,今回は白鵬単独であった。力士単独の物言いとなると何年ぶりになるかはちょっと調べがつかない。「横綱単独で」という条件となると,おそらく史上初である。こんなところでも白鵬は歴史に名を残すのか。

日馬富士は調子良さそうに見えたが,6日目までに2敗して気持ちが切れていたところはあるかもしれない。終わってみれば11−4だが,印象は悪くない。鶴竜はこんなもんでしょう。昇進した場所はどの横綱も大体実力が発揮できないので。稀勢の里は白鵬戦での敗北が全てと言えばそうなるか。あの二人の立ち会いが常に合わないのだが,それにしても今場所は稀勢の里の立ち会いがひどく,結果として三度目の立ち会いは白鵬の張り差しでK.O.なんだからどうしようもない。あとは碧山に負けているが,これは完全に取りこぼしである。勝った13番については良い内容だったのではないか。琴奨菊は初日から休場して,来場所にかけたほうが良かったのでは。下位はともかく上位に取れる身体ではなかった。実力が衰えたわけではないようにも見えるので,しっかりいたわってほしい。

三役。豪栄道は琴光喜を超越した記録を打ち立てたが……まあそれについてはノーコメントで。ところで,白鵬の省エネ相撲の弱点を完全に見抜いて,地味に白鵬戦の戦績を向上させているのは,実はすごいんじゃないかと。直近6場所で2勝4敗である。もっとも,それを言うなら白鵬もそろそろ「豪栄道は省エネスタイルじゃ勝てない」ことに気づいてほしいところではあるが。栃煌山は10勝。実はここ3場所は三役で30勝しており,実は豪栄道よりも大関に近かったり。来場所覚醒して13勝くらいしたら,琴奨菊と入れ替えで大関なんてこともなくはない。地味すぎて誰も指摘してないが。嘉風は動きこそ悪くなかったが家賃が重かった。この点は豪風も同じ。千代鳳も以下同文なのだが,彼には奮起を期待したい。彼が上位で生き残らないと,本当に遠藤と大砂嵐しか残らなくなってしまう。二人についていってもらいたい。

前頭上位。碧山は本当に良い突き押しをするようになった。腕が伸びており,膂力がきっちりと前に伝わっており,見ていて気持ちがいい。はたかれると案外弱い点が少し改善されれば三役定着可能だろう。琴欧洲が引退した今,君がブルガリアの星だ。がんばれ。遠藤は人気に嫉妬されているのか,相手が全力で向かってくるので,すっかり名勝負製造機になっている。7−8で終わったことで周囲からやや失望の声も聞かれるものの,私は十分成長が見られたと思う。少なくとも先場所よりは立ち会いの一瞬で負けることが少なくなり,負けるにしても負け方がマシになった。それが星一つ分にしか反映されないあたり,幕内上位という環境の厳しさを感じるものの,来場所はやや番付が下がって上位戦が少なくなるし,さらに成長しているだろうから,けっこう勝てるのではないか。勝手に失望した連中を見返してやれ。

豊ノ島は本当に衰えたなと。身体が軽いし,動きの機敏さも以前ほどではなくなった。一方,安美錦は,あの両膝の状態であの相撲が取れるんだから奴は妖怪という評価が固まり,土俵際の魔術師っぷりを魅せつけるとTLが「これは妖怪」というコメントで埋まったのがおもしろかった。一方,膝は本当に悪そうで心配である。勢は好調で,押されてもはたかれても崩れず,勢の攻撃は通るという感じであった。ただ,じゃあ地力が伸びたのかというと今ひとつよくわからない。よって,今場所の評価は難しい。松鳳山も良い突き押しであった。今の角界では碧山と双璧であるが,碧山は「いかに強い腕力を活かすか」であるのに対し,松鳳山はひたすらに上手い。

前頭中位。豊真将は良い時の豊真将が戻ってきたのかなと。逆に妙義龍は戻ってこない。攻撃力はともかく,脆すぎるのが勝ち星があがっていかない理由である。なぜにあんなに軽いのか,ちょっとわからない。高安は前にも書いたが,日毎の調子の違いが激しすぎるのはなぜなのか。照ノ富士は怪力無双という感じで,組んで力を発揮できれば相当に強い。終盤の怒涛の5連勝が記憶に残っているので,実は9−6でしかないというのが驚きである。序盤実力が発揮できてなかったのは,それもそのはず,場所の前日まで入院していたからで,稽古を全く取っておらずぶっつけ本番だったそうだ。であるからこそ,来場所に期待しよう。上位でもけっこう取れるのでは。新入幕の先場所では全く印象に無かったが,化けた。

さて,大砂嵐である。今場所の10勝はすばらしかった。大砂嵐は確かに一つ一つの動きは雑だが,技をきちんとつなげているという点では技巧的ですらあると思う。特に千秋楽,それまで続けていたかち上げをしないフェイントの立ち会い,右差しで立ち会うとはたいてから左上手投げ,最後に寄り切りと完全に技がつながっていた。相撲を覚えていないと言ってしまうのは,果たして正しいのか。 技の展開の早さは鶴竜を彷彿とさせるところがあり,技の雑さが抜けたら瓜二つの相撲ぶりになる可能性さえある。

前頭下位。臥牙丸と豊響は,それぞれ星は上がらなかったが,良い圧力の押し相撲を見せていた。北太樹は速攻がうまくはまれば圧勝するが,長引くと負けていた。蒼国来は見事な技巧相撲で,よく幕内に戻ってきてくれた。千代の国はひたすらにケガが心配である。最後に佐田の海。史上初の親子新入幕敢闘賞は文句なく,技能賞もついでにあげても良かったくらいである。ここから始まる新たな足技伝説という感じで,特に時天空にも足技で勝ったというのはすごい。

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2014年05月21日

3でこそ実現を>オオスナアラシヌス・アラブス

・ミケランジェロの雪だるま。(Togetter)
→ 溶けずに残ってたら彼の代表作になっていたに違いない(無理)
→ ルネサンスの芸術家たちも雪で遊んでたんだなぁと思うと,若干なり親近感はわく。


・曙&琴欧洲が剣闘士に! 相撲協会が『テルマエ』全面協力で総勢17人力士出演(マイナビニュース)
→ 琴欧洲はコトオウシュヌスよりもカロヤヌスにしたほうがそれっぽかったのではないか。これに対して某人が「カロヤヌス・トラキアヌス・エウロパヌスとか書くと「欧州の支配者」っぽくなる」と書いていたが,剣奴どころではなく五賢帝に入ってそうな名前である。
→ 旧ローマ帝国版図で考えると,該当するのはブルガリアとエジプト。とするとダニエルやオオスナアラシヌス・アラブスは出てないのか,大変気になります。それで気づいたのだが,ダニエルはラテン語でもダニエルのようだ(碧山の本名)。なお,実際の軍人皇帝にフィリップス・アラブスなるアラブ人の皇帝がいた模様。オオスナアラシヌスも皇帝即位いけるで。
→ もっとも,その理屈で言うと曙はハワイなのでおかしいやろ,という話に。しかし,その曙がものすごくしっくり来ているという。
→ また,隆の山はチェコなのでギリギリアウトだが,一応スラヴ系の剣奴もいたはずなので,セーフと言えなくもない。舛東欧の場合,厳密な出身地がドナウ川の東側な上に,名前が「アティラ」なのでむしろローマ滅びそう。残念ながらテルマエ・ロマエには生かせそうにない。
→ なお,Wikipediaのラテン語版には極少数ながら大相撲力士のページがある。こちらが朝青龍。ガチでAsashoriusと書いてあるのが笑える。大相撲の説明のページに「古事記に書いてある」とあって,真実ではあるのだけれど忍殺くささがヤバイ。


・東京組織委の語学力に厳しい質問 森会長らがソチで会見(47NEWS)
→ 無理にジョークを言おうとせんでもええかったんやで……
→ まじめな話,森さんの失言の半分は滑ったギャグだと思う。身内受けしそうなジョークを無理にひねり出した結果,そもそも聴衆が身内ではなくてちっとも笑えないという。近年というよりも極最近という単位で,こういう「どこまでか身内かわからなかった」系の失言は目立つ気がする。もっと言えば,いわゆる「昭和のおっさん」的な身内が社会の中で狭まっているのでは。だとすれば良い傾向ではあるのだが。


・なか卯が牛丼を販売終了へ 12日からは「牛すき丼」投入、他メニューも強化(産経新聞)
→ 一週間に一回以上のペースでなか卯の牛丼食っていたので,個人的には大ニュースであった。
→ 見た感じ今までの牛丼とあんま変わらなそうだったので,ジャスト60円分高級にしただけかなと思っていたのだが,実際食べてみるとかなり違う。これは改悪である。豆腐やきのこは邪魔でしかなく食べづらくなり,肉が減り,味も変わってしまった(肉の量が減っていないという宣伝が嘘なのかどうかはわからないが,少なくとも体感的には減ったように思えてしまう)。結果として,めっきり行く回数が減ってしまった。
→ あれなら正直に値上げしますと宣言して,味も量も変えないまま60円値上げしてくれたほうがよっぽどよかった。それなら60円値上がった牛丼を食べ続けたのに。残念極まりない。  
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2014年05月19日

北イタリア美術礼賛

ポッライウォーロ《貴婦人の肖像》文化村のミラノ ポルディ・ペッツォーリ美術館展に行ってきた。聞きなれない名前の美術館だが,19世紀後半に貴族のジャン・ジャコモ・ポルディ・ペッツォーリが建てた個人美術館である。日本での知名度は高くなくても当然であろう。邸宅自体もそのまま美術館になるだけあって美しいもののようなので,本当は現地で見たほうがよいのであろう。

実際の展示物を見ると,確かに知名度は高くないが,趣味は良いと感じられた(と書くと偉そうだが)。コレクションは多岐に渡り,今回の展覧会でも最初の展示室がルネサンス期の武具甲冑であった。武具甲冑といえば確かに北イタリアの名産品である。またルネサンス期の絵画も展示に多く,今回の目玉展示もポッライウォーロの横顔の貴婦人であった(今回の画像)。しかし,展覧会会場では本作の周囲に人だかりができておらず閑散としており,むしろ他の作品の方が人が多かった。私の印象としても目玉としてはインパクトに欠けており,ポッライウォーロの知名度も今一つであると思う。そういえば彼の代表作ってなんだっけ? と考えてみると,私自身《アポロとダフネ》くらいしか思いつかなかった。また,個人的には横顔の貴婦人というとピサネロの印象が強いのだが,どうか。いずれにせよ,横顔(プロフィール)はこの時代の貴婦人を描く一般的な表現方法であって,本作はその中の優品の一つには違いないので,見ておいて損はなかろう。

その他にいたルネサンス期の画家としてはカルロ・クリヴェッリ,マンテーニャ,ボッティチェッリ,ラファエロ等。ボッティチェッリの作品は,彼がサヴォナローラの魔の手にかかって謎の悔悛を遂げた後のものであり,非常に硬い描写の絵である。そこに《春》や《ヴィーナスの誕生》で見られる輝きはない。狂信的な信仰心と引き換えに,絵画の冴えを失ったかと,非常に残念な気分になれるという意味ではお勧めである。ラファエロの作品はほとんどデビューしたてに近い時期のものらしく,貴重といえば貴重だが,小品でもあるし,ラファエロらしさは感じなかった。あとはヴェネツィアン・グラスがいくつか。そして美術作品ではないが,珍しいところではカスティリオーネの『宮廷人』が展示されていた。宮廷人としてあるべき姿について書かれた本であり,当時の大ベストセラーである。

さらにマニエリスム,バロックと続く。こちらではソフォニズバ・アングイッソーラ,ルカ・ジョルダーノ,カナレット,フランチェスコ・グァルディ,ティエポロ等。見る人によってはこちらのほうが豪華で見応えがあったのでは。私もその一人で,こっちをメインに宣伝したほうが良かったのではないかと思った。カナレットとフランチェスコ・グァルディのカプリッチョはどちらも優品である。最後にイタリアで唯一有名なロマン派としてフランチェスコ・アイエツと,フォンタネージという意外な人選と(明治期のお雇い外国人)で締め。こうして見るといずれの時代もイタリア人だらけだが,リソルジメントの時期に収集を行っていたからということであろうか。  
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2014年05月14日

非ニコマス定期消化 2014.1月上旬〜2014.2月上旬



やっぱJさんすごいわ(古参並みの感想)



TASさんらしい,すごい接待だった。必ず最後の最後まで見ること。なお,正着を打つとsenseのポイントが上がり,ミスると下がるシステムの模様。ここにも注目して見ていくとさらにおもしろいかも。



稀勢の里の美しい塩撒きを数学的に考察する動画。稀勢の里本人に見せてみたい。



とうとうRTAでも無を取得するように。



このTASはすごい。武器はハンマーで,ルートはドラゴンキラー編。冒頭の問題提起には私も賛同します。



始まったおやつさんの新シリーズ。FF5に比べて工夫するところが少ないように思われるが,どうやって攻略していくのか,期待。



これはおもしろいモデル(衣装)とステージ。カメラワークは,咲夜さんの顔を見せないように動いてたのが演出だとすると,逆にうざったかったかな。



これはエロい。後ろのテトさんもしっかり見たかった。



タイトルで落ちてる。毎回同じようなことをやってるなぁとは思ってたけどw



野生動物を洗いで食べて大丈夫? とはちょっと思った。
  
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2014年05月13日

例大祭11参加記録

前日,最後のサークルチェックをしたところ,チェックをつけているサークルのうち約4割が「新刊ありません」という異常事態が発覚。じゃあ重役出勤でいいんじゃないか? ということで起きたとこ勝負にし,適当に就寝。

当日,結局それなりの時間に自然と起床。7時過ぎに出発し,8時過ぎに国際展示場着。りんかい線の駅を降りると西館に流され,東西連絡通路を通って東駐車場へ。ここで一度止められたので今回はここで定着かな,と思ったら再度移動が始まって東3ホール内へ。結局東3ホールの真ん中くらいに,8時20分頃に定着。結局9時手前くらいで東3ホールが埋まったと思われる。つまり,入場待機列の位置は例大祭10と同じ方式であった。今後もこの方式で固定するならわかりやすくて助かる。

毎年このくらいの時間帯に来ている人たちなら同意してもらえると思うが,年々ペナルティ組が減ってないか。

・例大祭9:ペナルティの対象は東1ホール全体の待機列。自分は7時半到着で,ホール内にはギリギリ入らなかった。10時50分頃入場。
・例大祭10:ペナルティの対象は東3ホールの前半半分。自分は7時50分に到着で,ホール内にはギリギリ入らなかった。10時45分頃入場。
・例大祭11:ペナルティは実施せず。自分は8時20分に到着で,3ホールの真ん中くらい。10時40分より少し前に入場。

というわけで,ペナルティの対象者も減ると同時に,年々到着が遅くなっているはずの自分の待機位置も年々良くなっている。これは単純にペナルティが知れ渡って避ける人が増えているとも言えるが,一方で確実に安全な7時半〜8時のタイミングで来場する人が減っているのも確かだろう。自分自身も年々到着が遅れているように。とすると参加者全体としてはどうなのか気になるところだ。参加サークル数で言えば,例大祭9から10は現状維持(約5000),10から11は減少(約4300に)だったはず。ここ3回は書類不備以外での落選なしだそうだ。東方シリーズ人気投票の票の減少を見ても,やっぱり界隈縮小してんのかな。寂しい限りである。

なお,今回のペナルティについては,ペナルティ対象者があまりにも少なかったこと,加えて「ペナルティ対象者がペナルティを避けるべく,列に並ばず会場周囲で様子見していたことが原因」という説明が現地であったそうだ。又聞きなので深入りした言及は避けたいが,本当だとしたら確かにペナルティを実施する意味は薄い。一方で,コミケは「会場の周囲で様子見されるのが一番困る」からこそ嫌々徹夜組の管理をしていたはずで,例大祭も同じ状況に突入してしまったのなら,イタチごっこも末期だなぁと。


さて,10時40分に入場し,東456から攻めて11時半頃にこちらは終わり。DNALabが列が全く無かったのが功を奏した。葉庭の出店のコピ本が完売してたのだけミスったが,そのうちオフセットに収録されるだろう。carchariasは更新がなかったが,行ったら新刊があるといういつものパターンであった。Gewaltは当日のtwitterで「土下座マシーンEXCEL」と書いていたが,行って「ペーパー持ってっていいですか」と聞くと本当に「申し訳ございません!」とか謝られて吹いた。ノリがいい人である。

11時半から東123へ。並んだのはくらっしゅハウスの15分ほどだけで,残りのサークルはやはり列がなく,さくさくと進んで12時ちょうどに終戦。その後は紅魔館ゾーンをふらふらと立ち読み&衝動買いをして30分ほど使い,完全終戦。現地で実感したが,やっぱり何も置いてないor既刊のみってサークルは多かったと思う。これは自分がチェックをつけたサークル以外も含めて。原因はなんだろう。艦これの春イベってことはないと思いたいところだが,正直それくらいしか思いつかない。

通路に出て戦利品を読みながら休憩。12時50分頃から2階のレストランで昼飯を食べた。この時,実は神主も同じレストランにいたらしきことを後から知ったのだが,全然気が付かなかった。13時20分頃に会場を離脱して帰宅。


戦利品をいくつか。
・しぐれえび「その日 星は生まれて」:パチェ咲という割と珍しいカップリング。良い話でした。
・WIND MAIL「Petite fatal 7th」:やっぱこの人はんぱなくうめぇ。今回のイラスト本で一番良かった。
・えふえふえふ「心地良い嵐の中で」:衣玖天出会い編という,ありそうでなかったジャンル。
・まりおねっと装甲猟兵「それなりにおおさわぎ」:最初のページで大爆笑したんだけど,これ東方と太鼓の達人がコラボしたことと,例大祭11の会場でもプレイ可能だったことを知らないと厳しいかも。ちなみに,会場の「走らないで」の注意書きまで太鼓と化した霊夢だった。あと一番笑ったコマは「バンドもできるアイドルをめざそう」「それになるの船舶とか調理師とかクレーンの免許必要だぜ」のコマ。
・ヘルメットが直せません「稗田65535」:半永久的に転生し続ける御阿礼の子。65535代になるような,遠い未来にはどうなってるか。おもしろいオチだった。
  
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2014年05月11日

例大祭11 チェックリスト

遅ればせながら公開。何か割としゃれになってない数のサークルが新刊落としてるんだけど……

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2014年05月08日

『たまこラブストーリー』

最初に劇場版のキービジュアルを見た時に「ビジュアルとタイトルから,ストーリーが全く想像できない」と書き,事前情報も「こっ恥ずかしい」「もち蔵ががんばる」ということだけ聞いて見に行った。前情報通りの,実にこっ恥ずかしくなるど直球の青春劇であった。というよりも,「たまこまーけっとでラブストーリーなんてできんの」という意外性を完全に逆手に取られた形であり,できてしまった上にその意外性で90分も引っ張られ,まっとうに感動させられては,参りましたと頭を下げるほかない。

まず,主にTVシリーズを見てない人へ。本作は『たまこまーけっと』というTVシリーズの劇場版であり,その設定とストーリーが下敷きになっている。人によっては「TVシリーズの方は見てなくても大丈夫」というが,私はできれば見てから見に行ったほうがいいと思う。一方,TVシリーズと劇場版では,作品の雰囲気は全く別物なので,TVシリーズがつまらなくても劇場版が楽しめる可能性はある。これは,TVシリーズを見たけどあっちはつまんなかった,ということで劇場版に二の足踏んでいる人にも全く同じことが言える。ぶっちゃけて言えば私の『たまこまーけっと』に対する評価も微妙であった。しかし,「たまこまーけっとでラブストーリーなんてできんの」と思っている人ほど,案外楽しめるのではないかと思う。

じゃあ,何がおもしろかったのかというと,単純に映画としてうまい。脚本も映像も実に丁寧に作ってある。ストーリーは単純に言ってしまえば,進路を決めなくてはならない高校3年生としての成長・変化と,恋愛を経験することによる成長・変化が絡んで話が進んでいくというありがちなものだが,進路の決定と恋心の絡め方が実にうまい。周囲の仲間たちは皆,何かを見つけて変わっていくのである。それに対して,たまこはどうするのか,どうしたいのか。彼女も90分かけて少しずつ変化を受け入れていく。彼女が詰まれば,周囲の変化がそのヒントになる。史織やかんな,何よりもち蔵の行動が,たまこのヒントになる。モノローグ少なく,なるべく映像に任せて進んでいくのでとても心地よい。お餅もバトンも糸電話も,実にいいキーアイテムであった。その他具体的に語るには,とても一度見ただけでは足りない。BD買ってから,メモ取りながらじっくりと観察したい。

さて,主要な登場キャラたちの中で少し立ち位置が違うのがあんことみどりの二人だ。なぜならこの二人,TVシリーズの方で先に話が終わっているから。あんこは高校3年生という点が強調される話の展開上,妹として影から見守っているという立ち位置が多い。しかし,みどりの方は違う。今回のみどりはTVシリーズであったあれやこれやが下敷きになって,狂言回しの役割を与えられているからだ。そう,なぜ彼女が狂言回しなのかが,TVシリーズを見てないと理解できないし,彼女が司会進行だからこそ本作は一層切ないのである。だから,私は見てから行くことを勧めたいのだ。鑑賞者の多くが感想で「みどりちゃんこそ幸せになってほしい」と言うそうだが,さもありなん。
  
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2014年05月05日

第233回『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』塩野七生著,新潮社

塩野七生による神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の評伝である。同じ時代を何度も扱っている塩野七生なだけあって,彼もすでに何度も登場している。『十字軍物語』,『ローマ亡き後の地中海世界』,そして『ルネサンスとは何であったのか』。前二つはフリードリヒ2世というと第5(6)回十字軍がハイライトであるので当然だが,最後は意外かもしれない。これは塩野七生の定義するところでは,ダンテに先駆けるルネサンス人としてアッシジの聖フランチェスコとともに挙げられているからである。神ではなく,人間愛にあふれた人間として。

では,すでに何度も描いてきたフリードリヒ2世をわざわざ再度取り上げる意味はなんだったのか,というときちんと意味はある。本書はそのルネサンス人・近代人としてのフリードリヒ2世の姿を中心として描いており,特にフリードリヒ2世が両シチリア王国で法治国家・中央集権的な官僚制国家を作ろうとしていた点を際立って取り上げている。確かにこの方面でフリードリヒ2世を書いた評伝は珍しかろう。一方,彼の人生のハイライトである第5(6)回十字軍については,本書では驚くほど記述が少ない。塩野七生が大好きなエピソードであるにもかかわらず。それこそすでに何度も描いていることだから避けたのだろう。

そんなフリードリヒ2世が作ったメルフィ憲章が歴史にほとんど名を残しておらず,同時代のマグナ・カルタが歴史に名を残したことについて,塩野七生はいかにも苦々しい表情がにじみ出ている文体で「ホーエンシュタウフェン朝は滅んだが,イギリスは残ったから」と書いている。加えて,フリードリヒ2世は自分の死後も統治の安定する国家を志向して法治国家の建設に邁進していたのに,実際には行政の実行者としての自らの役割が大きくなってしまい,結果としてはむしろフリードリヒ2世個人に寄りかかった国家になってしまったから,彼の死後早々にシュタウフェン朝が滅んでしまったことも指摘している。このあたりの指摘は的確であろう。結局のところフリードリヒ2世は偉大ではあれど,時代の状況があまりも悪く,改革も性急に過ぎた。そしてそれらを排して押し通すほどの,つまりカエサルやアレクサンドロス大王級の力量となると,さすがに持ち合わせていなかったのである。その限界も含めて,評するにはおもしろい人物とは言える。

あとはまあ,いつもの塩野七生である。帯で「古代にカエサルがいたように,中世にはこの男がいた!」とあおっているように,彼女はフリードリヒ2世が本当に好きなんだなぁというのが強く伝わってくる。ただし,世評にも見られる通り,本書には重複した文章が目立つ。それは本作内だけでほとんど同じ文章が何度も出てくるということもあるし,過去の小説に見られた文章とほぼ同じ文章があるということでもある。これは上記のごとくフリードリヒ2世を扱うのがもはや4度目というのもあるし,そもそも同じ内容の文章を何度も繰り返して強調するのは塩野七生の文章の昔からの特徴でもあるから,ある程度は仕方がない。しかし,今回はそれにしても多い。amazonに「重複した文章をすべて削ったら上下巻じゃなくて1冊に収まったのでは」というレビューがあったが,私も同感である。ほとんど全文章を二回ずつ読まされたような感覚がある。


さて,いくつか見つけたミスを指摘しておく。まず上巻pp.124-125。現代の国境線が引かれた地中海地方の地図が掲載されているが,コソヴォが存在していない,パレスチナがない(イスラエルがパレスチナ地方全域を支配している)あたりは政治的な問題が絡むからまだいいとしても,セルビアとモンテネグロが分裂していないのは完全にアウトだ。これ,現代じゃなくて2006年以前の地図なんじゃないか。

次,これが一番致命的だと思うが,上巻pp.212-213。フリードリヒ2世が1230年代の両シチリア王国で,地方統治の一環として各都市に身分制議会を創設し,聖職者・封建諸侯・市民が三分の一ずつを占めた議会であったことを述べた後に「この三部会がわれわれの前に再び姿を現すのは,これより五百七十年が過ぎたフランス大革命を待たねばならない。」とある。これは二重におかしい。まず,1230年代に570年を足せば1800年代になるが,言うまでもなくフランス大革命は1789年であり10年の開きがある。単純に算数が間違っており,「560年」が正しい。次に,フランスの三部会が誕生したのは1302年のことであり,フランス大革命のものはむしろ最後の三部会である。こんな中世ヨーロッパ史のところで塩野七生がミスをするか? とかなりいぶかしんだが,よくよく考えてみると塩野七生はなぜだかカペー朝のフランスが大嫌いなので(フィリップ2世もルイ9世も本書や『十字軍物語』でかなりけなされている),フィリップ4世のこともすぱっと頭から抜けていたのかもしれない。

下巻p.95,イブン・ルシュドのことをアヴェロール,もしくは「ヨーロッパではアヴェローエ(Averroe)の名のほうで有名だが」と紹介しているが,正確にはラテン語名の「アヴェロエス(Averroes)」の名で有名であった。アヴェローエは現代イタリア語の表記であり,この表記が中世イタリアに存在していたか不明。また,イブン・ルシュドの著作の翻訳が進んだのはイベリア半島のトレドなので,いずれにせよイタリア語にする必要性は感じず,やはり一般的なラテン語が良かろう。なお,現代スペイン語でも英語でもAverroesのようだ。アヴェロールはどこの表記なのか不明。

下巻p.108,1180年と1223年のフランス王国の地図があるが,フランス王領の範囲がおかしい。どちらもフランス王国のうち,イングランド王領でない領域はすべてフランス王領になっているが,もちろんそんなことはない。当時のフランスにはイングランド王領でもフランス王領でもない,自立した封建諸侯の領土が存在していたのだから。こんなにフランス王の直轄領が広ければ,フィリップ2世は苦労していない。





  
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2014年05月04日

来年の自由研究にも期待

・A大学のA君はなぜ大学を退学したのか(とある法学部教員ブログ)
もちろん別の見方もあるわけだが,このブログの問題意識として「現在の大学の教育状況が問題」という観点からの例示なら納得できる。
退学者問題というのは、多面的に考えるとなかなか難しいのが実態です。ただ、大学側にいる人間としては、「教育改善によって退学者問題を解決する」という考え方をとる以外の選択肢はありえません。
という言葉はなかなかに重い。
→ 高校(もしくは大学入試)と大学の授業が接続していない,だから授業がつまらない,という話は割とよく聞くところで。自分の場合そうでもなかったのは,東大の配慮だったか,それとも取った授業の先生がたまたま配慮してくれていたか。
→ このブログ,他の記事も大学の教育問題に関心があればおもしろい。お勧め。


・「選挙違反の歴史―ウラからみた日本の一〇〇年」季武 嘉也 著(Kousyoublog)
→ これはおもしろい。暴力的な選挙から現金が飛び交う選挙へ。選挙の清浄化が大政翼賛会につながり,戦後には社会の複雑化にともなって莫大な資金を必要とする現在の選挙に変わっていく。
→ 「『選挙の純潔』を追求しすぎた結果『選挙の自由』が失われ、『選挙の自由』に制限を加えなければ『選挙の純潔』が穢され、ひいては『選挙の真正』も損なわれ、逆に『選挙の真正』を求めて行く過程で『選挙の自由』『選挙の純潔』とは対立することにもなる。」なるほど。純潔・自由・真正のそろった選挙制度というのは理想だが,それぞれ矛盾するという困難さ。
→ 現に日本の選挙は純潔を求めすぎて,自由と真正さに欠いている。私的には,特に不自由さの弊害は強いと思う。改善されていってほしい。


・「メロスの全力を検証」(理数教育研究所)
→ 理数教育研究所が行っている自由研究コンクールの受賞作品。小学生・中学生・高校生の部に分かれているが,本作は中学生の部である。
→ なんともすばらしい着眼点である。発想の勝利であり,かつ検証も適切。受賞もうなづける。
→ あまりのメロスの遅さにセリヌンティウスは激おこぷんぷん丸。しかも,古代ローマの1マイルはもっと短いので,もっと遅く走っている可能性が微レ存……?
→ ただまあ,約40kmとなると現代人では普通に歩くのも困難で,いかに現代人よりも健脚な古代人でも軽い気持ちで歩ける距離ではあるまい。小説の内容の通り地形的な厳しさや山賊のアクシデントもある。走ってはなかったかもしれないが,がんばっていなかったわけでもない,とは言えるかも。
→ URL削ると出てくるが,高校生の部の大賞は「本当に最強打者を4番に置くべきなのか」を数学的に分析したいる。こっちもおもしろかった。
→ これは2013年が初めての試みのようだ。2014年もおもしろい自由研究が出てくるといいなぁ。
  
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2014年05月03日

『リンカーン』(映画)

これは傑作。本作はアメリカ合衆国第16代大統領リンカーンを描いたものだが,生涯すべてを扱っているわけではない。どころか作中にゲティスバーグの演説のシーンもなければ,奴隷解放宣言のシーンもないのである。1865年1月のわずか1ヶ月間だけを極めて濃密に描いたのがこの映画だ。奴隷解放を法的に根拠づける憲法修正第13条の下院可決が1月31日のことで,南北戦争の終結は4月9日のことである。リンカーンがこの2つの難題に対してどう挑んだのかが,本作の焦点である。

作中でおおよそ説明されるものの,これらがいかに難題であったか列挙しておく。
・憲法修正には出席議員の2/3以上の賛成が必要だが,共和党が全員賛成したとしてもまだ20票足りない。
・共和党も一枚岩ではなく,解放は参政権を含めない法的平等にとどめたい保守派と,参政権なども含めたラディカルな解放を望む急進派に分かれていた。
・戦争終結してからゆっくり通せばいいのではないか,というとそれも違う。南部と妥協的に講和すればなし崩し的に奴隷制は残ってしまう可能性が高く,民主党のみならず共和党保守派も戦争が早期に終結するためなら憲法修正は必要ないと考えていた(奴隷解放をすれば南部が徹底抗戦に向かうため戦争終結が遠のく)。逆に言って,リンカーンにとっては南部に徹底抗戦してもらう必要があり,途中講和なんてもってのほかであったし,戦争中の可決でなければ意味が無かった。
・ところが戦争は北部の勝利で終結寸前であり,実際南部から和平交渉の特使が来てしまっていた。
これらには,南北戦争は実際には奴隷制が焦点というよりは,北部と南部の経済体制の違いに起因したものであったという背景知識があると理解しやすい。作中でも南部の政治家が「戦争と奴隷解放が南部の経済を破壊した」とリンカーンをなじるシーンが出てくる。ゆえに奴隷制の有無が戦争終結と直結してはいなかったのであり,勝利とは別に憲法の修正が必要だった理由もここにある。また,憲法修正第13条に先立って発表されていた奴隷解放宣言には国内における法的根拠が全くなく,諸外国に対して北部の正当性を喧伝したものに過ぎなかったため,国内の議論に対しては全くの無力であった。このことも知っていると,なおのこと憲法修正第13条の必要性が理解できよう。

これらに対してリンカーンはどうしたのか。急進派には「主張を抑えろ,今は法的平等で我慢してくれ」と説得し。保守派には「戦争終結には憲法修正が必要だ」と説得し,南部からの和平交渉特使を隠蔽。民主党には多数派工作で切り崩しを図る。次の選挙で落選濃厚な議員に対して,直接の実弾は使っていないが,落選後の職は斡旋するというグレーなやり方で。

本作のハイライトの一つは,リンカーンは南部からの特使の存在を隠蔽するための電報を打つシーンだ。彼は一度は正確な内容を打電するよう部下の技師に伝えるが,すぐに思い直して虚偽の電報を打つ。このときにリンカーンが「どんな手段を用いてでも憲法修正第13条を通す」という決意を固めたというのが明示される。ここからのリンカーンはすごい。あの手この手を尽くして最後の20票をかき集めていく。

本作は派手な戦争描写もないし歴史上有名なシーンがあるわけでもない。延々と続くのは議会での討議,リンカーン陣営が作戦会議を練っているシーンと,リンカーン本人やスタッフたちが裏工作に奔走しているシーンである。正直に言って地味だ。しかし,どの場面を見ても強い緊張感が漂い,それをリンカーンがジョークを言って和ませたり,叱咤激励してさらに引き締めたりと,硬軟織り交ぜてスタッフたちの士気を保っていく。本作の楽しむべきポイントはそうしたリンカーンのリーダーシップであって,つまるところ本作は偉大なるリーダーによる政治劇である。さすがはスピルバーグ監督というべきか,地味な政治劇がメリハリのある物語として楽しめるよう工夫を凝らしている。


一つ苦言を呈しておく。本作の世評を見るに「前提知識が無いから楽しめなかった」「アメリカ人ではないから,実感がわきづらい」というのがあるが,後者はまだしも前者は信じがたい。煽っているわけではない。実際,本作を楽しむのに必要な最低限の前提知識は
・共和党のリンカーン大統領が率いる北部が南北戦争に勝利し,その末期に憲法を修正して奴隷を法的に解放した。
というごくごく常識的なことだけである。後のことは作中でおおよそ説明される。にもかかわらずこうした世評が出てきたのは,要するに“地味な政治劇”が耐えられなかっただけではないか。もっと言えば,地味な政治劇を地味でなくするための工夫が感じ取れなかっただけではないかと思う。それはそれで正当な批評であって,合う合わないのあるところでもあるだろう。だからこそ,地味な政治劇が耐えられなかったのではなく,「自らの知識不足」に理由をすり替えるのは,あまり美しい行為とは思えない。もっと言えば,「政治劇が耐えられなかったこと」よりも「無知」の方がマシだと考える価値観は,私とは全く相容れない。


リンカーン [Blu-ray]
ダニエル・デイ=ルイス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-02-05

  
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2014年05月02日

第232回『貧しき人々』ドストエフスキー著,安岡治子訳,光文社古典新訳文庫

ドストエフスキーの処女作である。1845年,24歳のときに書かれたものだから非常に若い。彼の他の代表作というと『死の家の記録』が15年後の1860年,『地下室の手記』が1864年で,5大長編は全てその後になるから,かなり間が開いている。その理由は政治活動をしていたりシベリア送りになっていたり軍隊にいたりとせわしなく,小説を書いている場合ではなかったからだ。このシベリア送りの間に大きな思想的転換があり,その思想性への評価が彼を大作家たらしめている評価の一部と言える。一方,若い頃の作品は本作を除くとあまりメジャーではない。この文庫についている年表や解説でも,二作目以降は当時の評価が高くなかったことが書かれている。そういう意味では,この処女作だけが浮いているのである。

それを頭の片隅に置きつつ読むと,やっぱり私のイメージにあるドストエフスキーらしさは感じられなかった。キリスト教オチはどこ? 足の悪い女はいないの? という。特に前者についてはそこがまさにシベリア送りによる思想的転換なので,無くて当然ではあり,後者はひょっとしたら出てくるのかというちょっとした期待はあったが出てこなかった。あっちもシベリア送りの結果身についたものなのか。

そういう観点は横に置いとくと,心理描写の巧みさ,話の持って行き方の巧みさはさすがはドストエフスキーだなぁと思わせられた。解説にある通り,当時の流行の写実主義的な貧しい人たちの緻密な描写が続く小説だが,登場人物の行動や言葉の言い回しなどから,直接には表現されていない細かな感情の機微が見えてくる。特に主人公のマカールは貧しく教養も無く,卑屈ながら妙なところでプライドがある偏屈な壮年の男性である。読んでいくとどこが彼のプライドを傷つけるポイントなのか,読者にも次第にわかってくるからおもしろい。また,マカールは作中の時間経過とともに読書をして洗練した文章が書けるようになっていくのだが,それが日本語訳からでもわかるほどの変化で,これもまたおもしろかった。最初の方の彼の言葉は急き立てられるような感じで話がなかなか前に進まないが,最後の方は幾分すっきりした文章になっている。これはロシア語読める人が原文で読んだらよりはっきりしておもしろいだろうなぁ,とは思った。

ところで,本書は50代手前の男性マカールと,10代後半の少女ワルワーラの往復書簡という形態をとっている。あまりの年の差カップルに「これ,おっさんいつ裏切られるんや」といぶかしんで読んだ私の魂は汚れていた。ネタバレにならない範囲で書いておくと,この二人はともに善良な市民であり,相手を裏切るようなことはしない。ただし善良なだけかというとそうでもなく,前述の通りそれぞれ譲れないプライドがあり,特にマカールは作中とんでもない愚行を犯す。その結果,本作は完全な悲劇とも言えないが決してグッドエンドとはいえない終わりを迎えることになる。ただ単純な「貧しいが善良な人々」にしなかったところが本作のおもしろさではある。しかし,本書の解説いわく「ゴーゴリの『外套』では風刺され笑いのめされた」貧しく愚かな壮年男性を,あえてセンチメンタルな物語の主人公に仕立てあげたのがドストエフスキーの狙いだそうなので,「貧しくて善良だが愚か」からもうひとひねり入っているということで,私の読みではまだ浅い。それを味わうにはゴーゴリの『外套』を読まねばなるまいが,とりあえず今のところ私の読書予定リストには入っていない。

そうして訳者あとがきを読むと,訳者の先輩にあたる文学者の浦雅春氏が「実はこれは主人公の妄想で,往復書簡と見せかけつつ全部一人で書いているのでは」という意見を出しており,なにそれホラーすぎるんですがこわい。


貧しき人々 (光文社古典新訳文庫)
フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー
光文社
2010-04-08

  
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