2014年07月31日

おめでとう豪栄道

序盤は相撲内容があまり良くなく,期待の持てない場所になるのかなと思われたが,終盤は優勝争いが過熱するにつれて内容もよくなった。いざ記事を書いてみると個別評がかなり長くなり,印象に残った力士が多かったと言える。中の中か中の上くらいあげてもいいだろう。

ただまあ,優勝争いがおもしろかったかと言われると,あまりわくわくしなかったというのが個人的な感想になる。併走していたのが日馬富士や鶴竜,せめて稀勢の里ならまだ期待感があったのだが,高安と琴奨菊では,決定戦になっても白鵬がなぎ倒してしまう可能性が高い。白鵬が落とした星2つは,因縁の相手稀勢の里と先場所も負けている豪栄道と不思議な黒星というものではなく,まあそういうこともあるだろうというものであった。しいて言えば,日馬富士が好調なら千秋楽落として3敗目があったかもしれないが,その日馬富士はむしろ不調であった。かくのごとく,なかなか白鵬の牙城を崩すのは難しい。しかし,もう何度も書いている通り,2年以上前に比べれば白鵬は衰えが明らかであり,優勝ラインが下がった結果が今回の13勝2敗であると思う。今場所の優勝争いを「白熱した」と言っても良いのであれば,当分,というよりも白鵬が引退するまで,このような展開になる場所が続くと思う。

それよりも今場所最大の目玉は新世代の台頭であって,遠藤・大砂嵐以外にも照ノ富士という第三の巨星が見いだされ,来場所にはとうとう逸ノ城が新入幕を果たす。もちろん千代丸・千代鳳兄弟も忘れてはいけないし,先駆者高安もいる。実は今の横綱・大関陣は昭和59〜61年生まれで固まっており,現在28〜29歳である。30代のベテラン勢を除き,昭和62年生まれの栃煌山を除くと,次のめぼしい人材が平成2年生まれの高安と遠藤まで飛ぶ。昭和63年,平成初年世代は谷間なのかなぁとか,ふと思った(一応常幸龍と千代大龍が昭和63年生まれだが)。


個別評。まず優勝した白鵬から。相撲内容自体はさして変化がないものの,少し前から所作の乱れが指摘され始め,今場所の前半戦は特にどこかいらいらしている様子が見受けられた。具体的に述べればだめ押しが増えていること,懸賞金を取った際にふりまわすこと,横綱土俵入りに勝手なアレンジが加えられていること(ある程度個性を出すのは良いことだが,歩数や順番まで手を加える権利は無い)。そしてこれはかなり前からだが,意図的に汗をふかず,相手のつっぱりを滑らせるようにしていること。汗をふかないことについては,今場所とうとう協会から直接注意が入った。そのほかの点については,功労者であることもあってか内部から批判はしづらいらしくおとがめがなかったが,こういうときこそ横審の数少ない出番であろうに,場所後の会合では全く指摘が入らなかった。まじめな話,成績不良の横綱を批判するだけの組織であったら不要なので,解体した方がいいのでは。かわって白鵬を批判したのはデーモン閣下であった。

日馬富士は可も不可も無い。足首のケガが思わしくないのだろう。ここでどうでもいいデータを出すと,今場所までの横綱在位成績が111勝39敗15休で,休場を除けば平均11勝4敗である。鶴竜はもう1つ星が欲しかった,というよりも大砂嵐に負けた一番が不用意すぎた以外は特にけちをつけるところはない。10勝5敗は十分とは言いがたいが横綱として最低限の仕事はしただろう,3横綱ということを考えると。

大関陣。琴奨菊はこんなに勝つとは本人すら予想してなかったようで,誰もが驚いた。立ち会いの当たりが強く,一気にもっていけたため,ケガが悪化しない短期決戦が多かったのが好調が続いた要因だろう。ただまあ,ケガがひどすぎるだけで万全ならこれくらい取れる地力はあるのだろうという気も。というか,好調時に12番勝てないような地力では,そもそも大関に昇進できないわけで。そこが平均が9勝でも好調時なら14勝できる鶴竜との違いではある。そういう意味では12勝もした割に語るところはあまり無い。稀勢の里はこんなもんだろう,やや調子が悪い(が絶不調というわけでもない)ときの稀勢の里であった。腰が高い。

三役。豪栄道はお見事で,今場所一番字数を費やす価値がある。3場所合わせて32勝ではあるが,14場所連続関脇でいい加減上に上がれというのと,白鵬を3場所連続で破っている点は評価されてよく,32勝でも十分であると判断する。某識者が「出たとこ勝負の相撲」「技の連続性がない(にもかかわらず強い)」と書いている通りで,一つ一つの技が磨かれているし攻撃力もあるのだが,それらが必殺技というほどのことでもなく,さりとて全体としての戦略性が全くない。にもかかわらず勝てるのは,それだけ一つ一つの技が強いということであり,かつセンスが抜群に優れているということであろう。土俵際の逆転劇というと鶴竜と安美錦が脚光を浴びているが,豪栄道も多い。現在の三人の横綱が皆戦略性の高い相撲を取っているだけに,ギャップが激しく,その意味ではどうなるかわからないので見ていておもしろいところはある。それで大関まで上がれてしまったというのもすごい話だが,横綱となるとどうか。弱点が少なく,数少ない弱点が立ち会いの遅れであったが,今場所はそれもあまり見られなかった。ただ,豪栄道の立ち会いが良いのは隔場所現象であるので,来場所どうなるか。

残りの三役のうち,栃煌山は左肩を直してくれ,安美錦は膝を直してくれで事足りる。碧山はよくわからない。先場所・先々場所は覚醒した感があったのだが,今場所はもっさりした動きの碧山に戻ってしまった。


前頭上位。勢と松鳳山は単純に家賃が高すぎての大敗。松鳳山は横綱相手に善戦するのだが,なぜかその強さが平幕相手に出ない場所が続いている。15日間のペース配分を考えてはどうか。決して横綱戦で手を抜けと言っているわけではないが。豊真将は早い回復を祈っておくことしか私にはできない。ただ,毎回こらえ方が悪い気はする。豪風はここ数場所好調が続いており,遅咲きといえる。嘉風と並んで尾車部屋の関取の共通点だが動きが機敏かつ果断で,躊躇なく変化も使い,突き押しもそれなりに強い。上位には勝てないが取りこぼしも少なかったが,35歳にして初の金星を手にし,角界の記録にその名を刻んだ。来場所はおそらく新関脇だが,三役はなんと6年ぶりのこと。35歳3ヶ月での新関脇も角界新記録になる(これまでの1位は34歳7ヶ月の青葉城)。年長三役としても,高見山・出羽の花・安美錦(今場所)に続く4位という記録。そしてよくよく調べたら年長最高位更新自体が史上2位である。実は相当にすごい昇進と言ってよい。

さて,遠藤と大砂嵐に触れないわけにはいくまい。遠藤は身体がそれほど強くなく,特に押し相撲のパワープレイや立ち会いの当たりに弱いという弱点が露呈し,先場所からその点を突かれて大きな苦戦を強いられていた。しかし毎日改良を重ねて何とかしようという努力が見られるのが遠藤で,立ち会いの弱さについては諸手突きでいってカバーする,押されたら腰を低くしてぐっとこらえる等の対処はうまいことはまっていた。特に終盤,豊響・碧山と立て続けに押し相撲の力士とあたったが,どちらもよけるでなくしっかり受け止めてからの反撃であり,成果が具体的に出ている。努力する天才なのだから好感も持たれよう。ただし,この非力さ自体を解決しなければ根本的な解決にはならず,1・2年のうちに鍛え直さないと大関すらあやうかろう。

大砂嵐は逆に,かち上げからのパワープレイに甘んじてしまい,今場所は成長が鈍化したところがある。あのかち上げはエルボーだからグレーゾーンとは角界内からも相撲ファンからも出ており,場所中のうちに親方から禁止令が出た。実際,技巧的な成長の意味でもあれは一時封印した方がよい。7−8という成績はともかく金星2つは単純な幸運であって,成長の証と見てはなるまい。なお,ラマダーンが名古屋場所と完全にかぶるのは今年が最後のようだ。


前頭中盤。まず,今場所最大の収穫は照ノ富士であろう。先場所の勝ちっぷりから言って今場所も相当やるのではないかと思っていたので,予想通りである。今場所の活躍は,遠藤・大砂嵐に並ぶ三番手の名声を今場所確固たるものにした。とにかく大柄でかつ腰が重く,前頭中盤であれば力勝負でほぼ負けなし。特に腰が重いのは貴重だ。それでいて押し相撲ではなく右四つの本格化なのだから,型としては白鵬が最も近いが,投げは未熟である。もう一つ弱点を挙げると組むまでがやや遅く,速攻が自慢の北太樹にはあっさりとやられてしまった。間違いなく大器であるので,来場所の上位総当たりが楽しみである。

一方,栃乃若は大関の器を感じていたがスランプが長すぎる。そろそろ見切りをつけたくなってきた。何度でもいうが,無理にもろ差しにいこうとして自滅する癖を直せ。妙義龍は強い妙義龍が戻ってきたと言える。立ち会いの当たりの強さに差し身の良さで一気に持っていく相撲である。来場所は照ノ富士ともども上位で暴れて欲しい。常幸龍と千代大龍と豊ノ島は二桁勝っているが,これは単純な上昇エレベーターと見るべきで,地力がついたわけではあるまい。高安も基本的にはその類であるが,この人は低迷期間が長かったので素直に嬉しい。北太樹は持ち味の速攻に磨きがかかっているが,一方磨きすぎて長引くと脆い悪癖も出てきたように見える。その結果が負け越しであろう。

前頭下位は特に語るところがないが,一つだけ。旭天鵬は来場所はとうとう40歳幕内である。当然史上最年長幕内在位であり,偉大だ。

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2014年07月28日

なぜイスラーム国は預言者ヨナの墓を破壊したか,と聖遺物崇敬の話

・預言者ヨナの墓、ISISが破壊 キリスト教などの聖地(CNN)
武装勢力に破壊されるイラクの文化遺産―預言者ヨナの墓も(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)

イスラーム過激派のISIS(自称「イスラーム国」)は,預言者ヨナの墓廟とされる建物を破壊した。これに対するリアクションで多く見られたものは,「狭量な過激派がまた異教の宗教施設を破壊したか」というものと,ヨナが『クルアーン』にも登場していることを知っている人たちの「イスラーム教での聖人であるはずのヨナの墓をなぜ」というものであった。後者の疑問については,実はかなりいいところを突いている疑問だと思う。ちなみに,2年ほど前にもアルカーイダ系の組織がイスラーム教の聖者の墓廟を破壊している。つまり,これはISIS独自の行動というよりも,過激派にある程度共通する行動といってよい。ここら辺について,ちょっとした解説を試みる。


まず,根本的な話をすると,聖人信仰はキリスト教とイスラーム教に共通した現象である。キリスト教の方が身近であるので,先にこちらから扱っていく。さて,聖人信仰に関して真っ先に抱く違和感は一神教への抵触であろう。これについては初期から問題となっていたが,キリスト教徒はある教義(概念)を生んでこれを解決した。その概念を「崇敬」という。どういうことかというと,信徒は一見すると聖者を拝んでいるように見えるが,これは聖者への信仰を捧げているのではなく,聖者の信仰の篤さを忍び,聖者への敬意を通して神を拝んでいる。つまり「崇拝」(拝んでいる)しているのではなく,「崇敬」(敬っている)という理屈である。

この崇敬の理屈から守護聖人も説明されうる。もちろん神は全知全能なので,多神教のように「○○に特化した神」を乱立させる必要は本来ない。しかし,ありとあらゆる物事を漠然とした唯一の神に祈れと言われてもイメージが難しく,やはり「○○に関連する願いなら××」という分類があったほうが祈りやすかった。そこで,「個々の聖者は,それぞれの分野の願いを神に通しやすくする道である」という理屈が付けられ,願いを叶えるのは神だが,願いを聞いて神に「とりなし」,取り次ぐのは聖者の役割,という分業が成立した。

キリスト教はさらにここから,「聖者の死体や遺品は聖なるオーラを帯びており,これに向かって祈れば聖者に願いが届きやすくなるし,オーラを浴びれば奇跡が起きやすくなる」という理屈を打ち立てた。こうして中世には熱狂的な聖遺物“崇敬”が始まる。このためにわざわざ墓を掘り起こしたり,聖者の死体をバラバラに引き裂いて小分けにして分配したり,いざ掘り出してみたら灰になってたので,灰を袋に詰めて盗掘した等,想像するにグロい所業が繰り返された。もちろん,詐欺も横行した。全世界にある仏舎利を集めたらブッダ何人か分になるというネタが仏教界にはあるが,キリスト教の諸聖人も似たようなものである。この辺の学問的な話は以下の書が大変参考になり,おもしろいので勧めておく。





さて,イスラーム教である。多くの人には意外かもしれないが,理屈はキリスト教とほぼ全く同じである。おそらく,ムハンマドはユダヤ教やキリスト教をかなり研究した上で,アラブ人商人に最も適合する形の教義を整えていったと思われる。ゆえに,「崇敬」の概念も「とりなし」の概念も単純に直輸入したと考えるとしっくり来る。その意味では,後出しでこれらの教義をひっつけたキリスト教よりも,元の教義に近い位置にこれらの概念が存在している。唯一キリスト教と根本的に違う点は,カトリック教会に代表されるような公的で大規模な列聖制度がなく,ただ漠然とした地域ごとの聖者認定があるだけである。

その上で言うと,イスラーム教における聖者は「ワリー」と呼ばれる。そして,ムスリムはワリーを崇拝しているわけではなく,ワリーを通してアッラーとの交流を図っているのだということになっている。ワリーは大きく分けて種類に分類するのが一般的である。このように,イスラーム教における聖人の範囲は広い。キリスト教では(1)はそもそも存在してないし,異教徒は聖人扱いしないので(4)もない。

(1)ムハンマドの血族(これを「サイイド」と呼ぶ)
(2)正統カリフや初期のウラマー,サラディンのようなイスラーム史上の偉人
(3)イスラーム以前の預言者。イーサー(イエス)や今回のヨナはここに入る
(4)異教徒の聖者,ジン(精霊)に取り憑かれた狂人などのうち,崇敬に値する人物。征服王イスカンダル等。ネタ的に言えばアブドゥル・アルハザードもここに入るんだろう,多分。
(5)スーフィー教団の開祖や偉大なスーフィーと目されている人々

そして聖遺物崇敬も存在する。聖遺物にはやはりオーラが漂っており(イスラームでは「バラカ」と呼ぶ。「ムバラク」とは「祝福された」の意),奇跡を呼び起こす力を持つとされた。意外なほどに知られていないが,やっぱり仏舎利やキリスト教の聖遺物のようなことは起きていたようで,なぜだか知らないが「ムハンマドの髪と髭」が最高の聖遺物と考えられており,その激しい取り合いや詐欺は横行したようだ。なんで髪と髭なんだろう……今回調べた限りではわからなかった。そして遺体の眠る聖者の墓所は,ワリーを偲びやすくする場所であるとされ,参詣が奨励された。ただし,メッカへの巡礼「ハッジ」,参詣「ズィヤーラ」と呼んで区別する。


しかし,当然こうした「屁理屈」に反発する人々が出てくる。「『聖書』/『クルアーン』に直接書かれた教義ではない。ゆえにでっちあげの理屈である」と言って,聖像破壊運動や聖人信仰の排斥を行った人々は歴史上存在した。これを原理主義と呼んでよいかは議論のあるところなので,ここでは過激派と呼ぶことにしよう。有名なのは8世紀の一部のギリシア正教徒,16世紀のプロテスタントの過激派,18世紀のワッハーブ派である。

しかし,先程「キリスト教よりも,元の教義に近い位置にこれらの概念が存在している」と書いた。にもかかわらず,ワッハーブ派はなぜ聖人信仰や聖遺物崇敬を排斥しようと試みたのか。

・ワリーが聖者であるかどうかは,『クルアーン』で明言されていない。『クルアーン』ではあくまで「敬虔な(神の)友」という意味でワリーという言葉が用いられている。「とりなし」を認めれば厳格な一神教が崩れるため,ワッハーブ派神学では「とりなし」は『クルアーン』で述べられていないと見なす。
・仮に「崇敬」や「とりなし」は『クルアーン』にある概念としても,「聖遺物崇敬」については完全な後付であり,『クルアーン』に存在していないから,もっての他である。偶像崇拝に完全に抵触する。たとえメディナにあるムハンマドの墓廟であっても,参詣してはいけない。
・上記の分類の(1)〜(3)は聖者として認めるとしても,(4)や(5)は無理筋である。特にワッハーブ派はもともと反スーフィズムを目標として成立した運動であるから,(5)は絶対に認められない。

というのがワッハーブ派の理屈である。なお,より正確に言えば「とりなし」の概念にも複数種類があって難解な神学的議論があるので,厳密な議論を知りたい方は自分で調べてほしい。そして,こうしたワッハーブ派の主張に対しては18世紀以来,スンナ派の正統派のウラマーたちから反論されており,特に聖遺物崇敬については『ハディース』(ムハンマドの言行録)に書いてあるとされている。言うまでもないが現代でも(1)〜(5)まで全てワリーであり(つまりスーフィーも含めて),聖遺物崇敬も正統的なスンナ派神学において概ね認められている。また,非常に意外かもしれないが,シーア派神学でも聖遺物崇敬は認められており,むしろスンナ派以上に参詣を奨励している。なお,これも一応書いておくがイスラーム教では正統と異端の区別がキリスト教のように明確に存在しているわけではないので,注意を要する。

その上で見ると,現代のイスラーム過激派であるところのISISがヨナの墓廟を破壊した理由も,ワッハーブ派の神学に則っていることが理解できよう。なにせカリフを自称するような勢力である。実は前述の通りの聖像破壊運動もありアラビア半島では墓廟参詣があまり盛んではなかったが,シリアやエジプトやトルコでは盛んである。シリアやエジプトはもともとキリスト教徒が多く,トルコはスーフィズムが盛んであったこと,オスマン帝国の諸スルタンが聖遺物収拾に熱心であったことが理由として挙げられる。そしてイラクのモスルの場合,WSJの記事中にもあるように「住人のほとんどはスンニ派だが、モスルは宗教の多様性と寛容さを象徴する都市だった。モスルがあるニナワ州は数千年前(原文ママ)からキリスト教ネストリウス派の中心地だ。」だからこそ,ヨナの墓廟も生き残っていたのであろう。

ところが,ISISの立場からすると,「ヨナは聖者であるかもしれないが,聖人信仰や聖遺物崇敬は異端である。墓廟は参詣を誘発するから,存在自体が許されない」となり,墓廟は積極的な破壊の対象となる。これがWSJにある「ISISなどスンニ派の超保守的な組織は、寺院や墓を敬うことは神聖な行為ではないとしている。多くの組織にとっては、ムハマンド以外の預言者を崇めることも非難の対象になる。」の補足説明となるだろう。このような背景において今回の一件はバーミヤンの大仏の破壊とは意味合いが大きく違うということは,覚えておいても損はなかろう。

こちらも参考文献を一冊だけ挙げておく。これが一番わかりやすくておもしろかった。同書には聖遺物崇敬や,聖廟で行われる祝祭(「マウリド」と呼ばれる)についても具体的に言及されている。



  
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2014年07月24日

フェリペ諸王を適当に振り返る

ばたばたとしているうちに時期を逃した上,戴冠式が非常に地味でほとんど日本で報道されなかったように思えることもありすっかり忘れられかかっているが,スペイン王国のフェリペ6世が即位した。そこで,歴代のスペイン国王の「フェリペ」をざっと振り返ってみて,即位の祝賀としたい。Wikipediaへのリンクをそれぞれつけておき,適当に個人的なコメントを。正直2世以外ろくなのがいない。


・フェリペ1世(位1506年)
いきなり「誰だコイツは」感が半端無いが,狂女王フアナの夫であり,皇帝マクシミリアンの息子。こいつがぼんくら&若死にだったせいで,カルロス1世が若くして即位する羽目になった。このカルロス1世が偉大なる人物であったのは,スペインにとってはむしろ幸いであった。

・フェリペ2世(位1556〜98年)
間違いなく全フェリペの中で最も有名なフェリペ。「フィリピン」の語源でもある。カルロス1世は長くヨーロッパを股にかけて活躍したが,「日の没することなき国」を一人で統治することの無理を悟り,引退した際には弟に神聖ローマ皇帝を,息子のフェリペにスペインとその植民地,そして低地地方を継がせてハプスブルク家を分割した。カルロス1世自身はこれらのうち,スペインは母親から,残りは父親から受け継いでいる。ゆえに低地地方はこの段階でオーストリア側からスペイン側へ宗主権が移動した形になる。豊かな低地地方を息子の側に渡したのは,やはり弟より息子の方がかわいかったという説を聞いたことがあるが,どうなのだろう。

カルロス1世が過労を考えて分割したハプスブルク家であるが,フェリペ2世は父親の美徳を受け継ぎ,極めて献身的に働いた。後の失敗しか紹介されない関係で,低能で情けない君主のイメージが強いが,実際には,有能であったかは置いとくとしても情けない君主ではない。ただし,カルロス1世がありとあらゆるところに親征して暴れまわったのに対し,本人はWikipediaにもあるように,マドリードに引きこもっていた。彼の治世は豊かな低地地方と銀で溢れかえる新大陸に支えられていたが,いかんせんカルロス1世が敵を作りすぎ,その収拾に追われてしまったところがある。

新大陸産の銀などの国内の資本は,低地地方の産業に投資された。なぜなら,スペインはカスティーリャ王国時代の内政上の失敗から国内産業(特に農業)が未熟であったからだ。そこで膨大な銀を外国商品の輸入に費やし,その商品(特に低地地方産の毛織物)を新大陸の植民者に転売して利潤を上げようとした。この正統な重商主義はカルロス1世・フェリペ2世の時代にはうまくいっていたが,一方で国内産業の未熟は解消されないまま放置されることとなった。結果的にフェリペ2世の治世では飢饉が頻発したが,これは後の没落の予兆と言える。

その低地地方で新教を弾圧したところが最初のつまづきだったか。オランダ独立戦争にオスマン帝国とのレパントの海戦,フランスのユグノー戦争への介入等々に忙殺され,そのオチがイギリスとのアルマダ海戦というのは少々同情する。一応,実際のところアルマダ海戦一発で極端に劣勢となったわけではなく,フェリペ2世在位頃はまだ戦えていたらしい。こうして膨大な富は,まず投資されたオランダがごっそりと持って行き,残りも戦費で消尽し,フェリペ2世のうちにスペインは破産を繰り返した。こうしてスペインは斜陽の時代に入るのである。


フェリペ3世(位1598〜1621年)
フェリペ2世の息子。なお,5人生まれて唯一生き残った子供である。これは当時の医療技術の問題もあるが,フェリペ2世の妻はオーストリア=ハプスブルク出身であり,夫婦は伯父と姪の関係であったから,すでに近親相姦の欠点が出始めているとも言える。ここからスペイン王家はどんどん短命になっていき,アゴもとがっていく。

フェリペ3世即位時のスペインは領土広大ではあったものの,一方国庫は破産しており,国内産業は荒廃,しかも相変わらず周囲は敵だらけという,直前まで絶頂期だったとは思えない状況であった。そんなこともあってかフェリペ3世は父とはほど遠い怠惰な国王であった。だからこそ1618年にオーストリアが三十年戦争を起こした時には「勘弁してくれ」という心境だったのではないか。同じハプスブルク家であり,対抗宗教改革の旗手であったスペインとしては参戦せざるをえないが,場所はドイツでありスペインの国益から考えると全く益がない戦争であった。フェリペ3世は開戦から3年後に死ぬ。

フェリペ3世の最大の「事績」はモリスコの追放令であろう。スペインは15世紀末にすでにユダヤ人を追放していたが,そこから100年経って今度はモリスコの追放に乗り出した。モリスコとはキリスト教に改宗した元ムスリムとその子孫のことであり,砂糖や米の大農場を経営していた人々が多く,数少ない生き残っていたスペインの国内産業の担い手であった。しかし,改宗してもムスリムはムスリムということなのであろう,その数約30〜50万人という巨大な人口をまとめてモロッコ(一部はフランス・イタリア)に追い出してしまう。結果的に,ルイ14世がユグノーを追放したのと全く同じ現象がスペインを襲い,ただでさえガタガタだった農業にとどめを刺すこととなった。同時期にはキリスト教徒にはユダヤ人やムスリム・モリスコの血が混じっていてはいけないという「血の純潔」がさらに重視されるようになり,排他的な社会が形成されていく。要するにただの民族浄化である。

さらに言えば,フェリペ3世・4世の時代に官僚制が形骸化し,国王お気に入りの寵臣が牛耳るようになっていた。これにあわせて政治が停滞し,次第に地方が中央から自立し,スペインは封建社会に戻っていく。スペイン初代のカトリック両王やカルロス1世が整備した頃にはヨーロッパ有数の中央集権化が進んだ国であったスペインはいまや中世に取り残された側の国にまで立ち後れていた。それはそうであろう,停滞していたのではなく,時代の流れに逆行していたのだから。形態は絶対王政・啓蒙専制・立憲君主制と多岐に渡るにせよ中央集権化が既定路線であった近世欧州において,これだけ「後退」した国は珍しい。というよりもスペインしかあるまい。(ポーランドはこうした直線的な史観で判断できない特例として。)

このフェリペ3世の妻もまたオーストリア=ハプスブルク出身であり,妻のいとこがフェリペ3世の母にあたる。現時点で何を言ってるかわからないが,今後さらにわからなくなっていくのだからハプスブルク家の家系図はむごい。子供は8人授かり,少しは遠い血縁だったせいか夭折は3人とかなり生き残った。このうちの一人がルイ13世のアンヌ・ドートリッシュとなり,ルイ14世を生む。


フェリペ4世(位1621〜65年)
フェリペ3世の息子。フェリペ3世と同様に怠惰な国王であった。この時期のスペインにとっての大きな出来事というと,ポルトガルの離反・独立,三十年戦争の最終的な敗戦,さらにフランスとの国境紛争の敗戦とピレネー条約の締結であろう。負けてばかりである。

さらにこれらの敗戦に関連して,この頃から英仏蘭の「カリブの海賊」が活発化し,最後の頼みの綱であった「旧大陸商品の新大陸への転売」という産業も途切れがちになっていった。おまけに新大陸の銀産自体が減少し,露骨にスペインの収入が細る。またこの頃になるとヨーロッパとラテンアメリカの貿易が,鉱物資源と手工業品の交換から,商品作物と黒人奴隷の交換(いわゆる大西洋三角貿易)に変質した。結果的に西アフリカに全く伝手がないスペインはさらなる不利に追い込まれ,フランスに奴隷供給を一任することになる(いわゆるアシエント)。それでスペイン本国の経済も財政も回るはずがなく,スペインが「斜陽の古豪」から「ただの没落国家」に変わっていくのがこの時期である。一方,同時期のスペインといえばベラスケス,スルバラン,ムリリョがそろったスペイン・バロック美術の黄金期であった。

このフェリペ4世の最初の妻はフランス・ブルボン家出身のイサベルで,7人の子供を得たが5人は夭折した。生き残ったうちの王子は世継ぎとして将来を嘱望されていたが,結局父親よりも先に亡くなる。もう一人の王女はピレネー条約により,半ば人質的にフランスのルイ14世に嫁ぐ(マリー・テレーズ)。この夫婦直系の孫が後のフェリペ5世であり,スペイン継承戦争の引き金となる。

このようにイサベルとの間には跡継ぎが生まれなかったためフェリペ4世は再婚,この再婚相手が例によってオーストリア・ハプスブルク出身であり(マリアナ),またしても伯父と姪の婚姻であった。この婚姻,年の差29,結婚時のマリアナは14歳(ベアードさんこっちです)そもそもマリアナは息子の婚約者だったことなどから当時からスキャンダルであったが,無理に押し切って結婚した。そこから生まれた息子がカルロス2世であるが,さすがに血が濃くなりすぎたのか奇行が目立ち,またアゴは肥大になりすぎてかみ合わせがあわなかった等で有名な悲劇の君主である。当然カルロス2世に世継ぎを残すことはできず,彼が亡くなるとスペイン・ハプスブルク家の直系は断絶。こうしてスペイン継承戦争が勃発する。


フェリペ5世(位1700〜46)
スペイン継承戦争の結果,フランスの要求が通り,ルイ14世の孫が即位した。このスペイン・ブルボン家初代国王がフェリペ5世である。スペイン継承戦争は国王即位が認められる代わりに多大なる犠牲を払った戦争であり,特にフェリペ2世以来のヨーロッパにおける領土(イタリア諸邦・サルデーニャ・南ネーデルラントetc.)は参戦諸国に引き渡された。言うまでもなく,その大半を受け取ったのは王位をあきらめさせられたオーストリアである。

スペインにやってきたフェリペ5世は長く続いたハプスブルク家の怠惰な統治状況に驚愕し,フランス流の中央集権的な政治を植え付けようと試みた。これはある程度成功し,外交でも失われたヨーロッパの領土を取り戻すべくポーランド継承戦争に参戦,イタリア諸邦の大部分を奪還している。影が薄いわブルボン家って時点で暗君か暴君なイメージあるわで,そんなイメージは全くないと思われるが,内政・外交ともに卒なくこなしたそれなりの名君だったと言ってもよかろう。なおその後のスペイン・ブルボン朝の君主たちも優秀な人物が多く,特にカルロス3世は隠れた啓蒙専制君主の一人である。そのままフランス啓蒙専制路線が続けばスペインは「ただの没落国家」から「復活途上の古豪」くらいになれたかもしれないが,それを全てぶち壊しにしたのもまたフランス人であった。ナポレオンが過ぎ去った後の19世紀のブルボン家は「お前実は中身ハプスブルク家だろ」というくらいダメな君主が続き,20世紀に入ってから王政廃止,そしてフランコの台頭へと至る。

  
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2014年07月23日

徒然草の絵巻物

海北友雪『徒然草絵巻』一巻サントリー美術館の徒然草展に行ってきた。言うまでもなく徒然草とは随筆であるが,挿絵を入れた絵巻物や冊子,ひいては屏風の形態をとっている物も多く,美術史の観点からも見ることができる。とは書いたものの,私もこの展覧会を見るまではそんな視点があることを全く知らなかった。徒然草ってそんなに美術作品の題材になっていたとは。

自分の学んだところも含めて徒然草の歴史を書いていくと,書かれた直後は全く注目を浴びていなかったらしい。こうした場合発掘されるのは数百年か経って近代になってから,ということが多いのだが,ここが徒然草のおもしろいところで,発掘はなんとわずか100年ほどでなされた。つまり,吉田兼好が亡くなったのは1350年頃で,再発見は室町時代後期ということになる。直接の発掘者は正徹である。優れた随筆であり,現代にさえ通じる日本人の心性を突いていることからじわじわ評価され,写本や活字本が作られて広まった。中には小堀宗甫・本阿弥光悦・松華堂昭乗・近衛信尹(=小堀遠州+寛永の三筆)という豪華過ぎるメンバーの写本もあった。そんなコラボありですか。当時可能な最強のメンバーのような。その他,江戸初期に『徒然草』に言及した人物としては林羅山がおり,北村季吟は『徒然草文段抄』という注釈書を書いている。我々のよく知る全244段構成もこの時期に整えられた。

さりとてこれらには挿絵がついておらず,美術史の観点から重要なのは17世紀中頃に登場した松永貞徳作の注釈書『なぐさみ草』になる。俳諧の貞門派を開いた人として名前が残っているが,こんなところでも仕事をしていた。その後に登場する徒然草の美術作品は,多くがこの『なぐさみ草』の挿絵に拠っている。並べて置いてよく似ているのを示した展示もあった。以後,『徒然草』は『源氏物語』や『伊勢物語』のような題材にしやすい古典として美術作品に取り込まれていく。特に『徒然草』を好んだのは大和絵の系譜であるようで,住吉具慶も土佐光起も描いていた。狩野派の作品もあった。

しかし,本展覧会最大の目玉にして,そもそもこれが収蔵されたからこの展覧会が開かれたという,海北友雪(海北友松の息子)作の絵巻物はすごかった。全244段全て収録,それも非常に保存状態がよく,細密に描かれた絵をはっきりと見ることができる。さすがに全部を展示するのはスペースの都合も無理だし,鑑賞にも膨大な時間がかかるということで,本展では一部のみの展示であったが,それでも優に数十段分を見ることができた。なお,図録には全段収録されている。今回の画像はその序の部分。いわゆる「徒然なるままに日暮し硯に向かいて」の部分だ。

さて,冊子や絵巻物であれば全て収録されていることが多いものの,屏風や一点ものの作品の場合はいくつかの場面がピックアップされて描かれることになる。そうすると当然有名な段や人気の高い段が採用される傾向が出てくるわけだが,第52−54段,いわゆる仁和寺の間抜け法師シリーズの大人気っぷりといえば。まさか彼も石清水八幡宮参拝に失敗した程度で後世の日本人からこれだけ嘲笑されることになろうとは,全く思ってなかったことだろう。そう考えると不憫である。あとは第8段「仮に仙人であっても,男性である以上女性の色香には勝てない」も人気が高かった。ヘテロである限り真理だから仕方がない。教科書にほぼ確実に載っている第11段の「あの木が無かったらなぁ」は意外と人気が無かった。  
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2014年07月18日

非ニコマス定期消化 2014.3月上旬〜2014.3月中旬

FF5多め。




アビリティが手に入らんので,代わりに装備で対処。そこで戦略を見出す。制限はぬるめと言いつつ,途中まではかなりの低レベル攻略(ムーアの大森林で13)。アイテムの使いこなし方が神。第二世界に行ってからが本番なので,アイテムのそろってない第一世界は飛ばしてもよい。完結済。なお,ゴゴまで倒している縛りプレーでは珍しい例。



強ジョブで楽な縛りかと思いきや,工夫できるところが少なく意外と苦戦した印象。全体攻撃できない,属性攻撃は少ない,回復はりゅうけんのみ。ジャンプの応用で敵の攻撃回避が一番の見どころかな。



金に糸目さえつけなければチートとよく言われる薬師。そこで金以外を制限したのがこのプレイ動画だが,言葉通りの暴れっぷり。貴重品だけに,竜の牙関連の物は特に効果がひどい。完結済。



特別編。調合を全部掲載。



同作者によるジョブ別クレイクロウタイムアタック。弱すぎるボスで有名なエビこと,クレイクロウ。そのタイムアタックでは,意外なジョブが優勝した。相手が弱ければエフェクトの短さ勝負なんだなぁと。



同作者によるあるある集。いやしの杖を敵に,知らずにつっこんでガルキマセラで全滅,図書館でレベル5デス,ラスボスは長いイベント後に一回戻ってセーブ等々。





か わ い す ぎ る だ ろ 。




かにぱん何踊ってんのwwwwwしかも顔出ししてるという驚き。意外とうまい。



絵もあわせてお楽しみください。なお,歌はフル。


  
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2014年07月17日

二年前の北京に引き続き

人と熊東博の台北故宮博物院展に行ってきた。最大の目玉は翡翠の白菜であったが,これは現地で見ているので,外したタイミングで行ってきた。あの白菜は7/7で台湾に帰っていったが,それまではなんと入場240分待ちだそうで。清明上河図並だったんじゃのう。同行の友人も「240分あったら成田から台北に着いてしまうのでは」とつっこんでいたが,ごもっともである。

白菜以外の展示となると普通の豪華な中国美術史総覧ということになるが,核となるコンセプトを北宋の徽宗と清朝の乾隆帝としてしまった関係で,特に後者が清明上河図の時の北京故宮博物院展とだぶってしまったような気がする。しかも,乾隆帝の御物のお披露目としては北京の時の方がコンセプト通りの物が展示されていて,今回はやや外し気味であった。展示物自体の豪華さは変わらず,古代〜北宋の展示では台湾の物の方が豪華であったのに,展示のまとめ方であちらに負けていたような気がする。もっと別のコンセプトがあったのではないか。

基本的な感想は台湾の現地で見たときと同じで,第一に中国は玉石・珍玩の文化であり,この日本には今ひとつ伝わらなかった文化については敬意しか感じない。第二に,書画・陶磁器は確かにすごいものの,日本の美術館の所蔵品も捨てた物でもないなと。第三に,乾隆帝をはじめとした皇帝・士大夫の皆さんは鑑蔵印押しすぎ。絵の中の「意味のある空白」に押すのは本当にやりすぎ。本当に絵の意味をわかっててやってるのか大変に疑問である。あとまあ,当たり前の話だが,見るのが二度目のものがそれなりにあったので目新しさはあまり無かった。

その上で言及すべきものをいくつか。まず一番手に展示されている散氏盤。前9〜8世紀の作例とされ,西周の金文が書かれた巨大な青銅製の水盤だが,台北故宮にはその上を行く毛公鼎とかいうとんでもない物体があるので,そっちを知ってると「さすがにこっちは現地で見てね」というメッセージなんだろうなぁと思う。

次が徽宗コレクションと,宋代の書画のゾーン。徽宗本人の作品も書と画の両方あり,書についてはなるほどこれが痩金体と。確かに「痩」せているのが確認できる。画は「溪山秋色図」。普通に美しい山水画である。そもそも東博は「桃鳩図」を持っているわけで,花鳥画では意味が無かろうというチョイスなのだろう。徽宗コレクションでは王羲之の原本があり,書に全くの無知でもさすがにちょっと驚いた。北宋代の書では,蘇洵・蘇轍の書はあるのになぜか蘇軾がないので片手落ち感がはんぱない(後期展示では存在している模様)。かわりに趙孟頫の手による蘇軾の肖像画があったが,あれはむしろ哀愁が漂っていた。そして蔡卞はオチ要因か。あんなんでも北宋の士大夫には違いないんだよなぁ。画の方は書ほど豪華でもなく。徽宗以外では馬遠・馬麟・李崇・関同・巨然といて何が不満なのかと言われればその通りなのだが,各1品でそれぞれがそう代表作というものでもなく,書に比べると微妙というのが正直な感想である。

その次が元代の書画。趙孟頫から高克恭,元末四大家と続く。公式HPには武元直の「赤壁図巻」があったはずなのに展示されてないなと思ったら,あれは高克恭と交代で後期展示(8/5から)らしい。あれは好きな作品だったので惜しい。とはいえ高克恭の「雲横秀嶺図軸」も元代の山水画らしい作品で大変良かった。元末四大家はなぜか黄公望だけ不在。蘇軾といい,狙ってやってんのか。これで前半終了。

後半はまず,明清工芸品ゾーン。陶磁器よりも刺繍がすごかった。そういえば刺繍も玉器同様,日本ではあまり流行しなかった。というよりも,ヨーロッパやイスラーム圏でも刺繍は人気商品なのに,なぜに日本だけ。これはけっこうな謎である。あとは『永楽大典』があった。私自身は現地で見たので二度目だが,「ああ,受験生時代に名前だけ覚えたのはこれか」という気分には浸れると思うので,高校世界史をやった方にはお勧めしておく。その次が古代の玉器と青銅器ゾーン。「玉」を持ってきたのはナイス。これは一度も見たことがない人には非常に強いインパクトがあると思う。

最後が清代の作品と,乾隆帝のお気に入りゾーン。ここにある明清期の陶磁器はさすがに超絶技巧,透かし彫りマニア垂涎の品々である(そんなマニアおるんか)。「載湉入承大統詔」は詔勅の実物だが,ちゃんと漢文と満州文字の二通りで書かれていて,ああ清朝だなぁと。そしてこちらには『四庫全書』が。しかも『貞観政要』の部分なので一粒で二度おいしい感ある。『永楽大典』と並んでお勧めしておこう。最後を飾るのは「人と熊」。確かにかわいいのだけれども,白菜・豚の角煮に続けるかというと微妙クオリティだなぁと言わざるを得ない。


全部で約180点,見るのにはたっぷり3時間半ほどかかった。なお,本展覧会で一番笑ったのは,ミュージアムショップにあった「肉形石形肉」なる,ただの豚の角煮である。同行友人が「まるで《髭を剃ったL.H.O.O.Q》だな」と言っていたが,まさに本当にそうで,これはこれで一種の芸術品なのではないかと。買わなかったけど。  
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2014年07月16日

Deutschland ist Fussball-Weltmeister!

ワールドカップの記事はもう少しこまめに書く予定だったが,書く機会の無いまま終わってしまったのでここでまとめて。各国ごとに総評。と言ってもサッカーに詳しいわけでもなければ全試合見たわけでもないので(というより日本戦とドイツ戦以外はあまり見てない),記憶に残ったチームの印象という感じだけれども。順番は日本以外,大会から消えていった順。したがって最後がドイツ。


・日本
1戦目が全てだったなと。1戦目の感想はこちらに書いた通りだが,どうもコンディションがあまり良くなかったらしい話を聞いた。そこら辺の根回しは大概のスポーツで上手な印象のある日本にしてはやってしまった感がある。そしてこの初戦で負けたからこそ,2戦目は余計に硬くなりスコアレスドロー。3戦目は1・2戦目に比べるとようやく本調子になってきたのかなという動きだったが,勝利条件ゆえに前掛かりにならざるをえず,カウンターをバカスカ食らって,そもそも地力に違いのあるコロンビアに1−4と大敗した形になる。1戦目は,いつもの日本の動きであれば,客観的に見て勝てていた相手だったと思うし,あそこで最低限引き分けていれば,ギリシア戦でのプレッシャーも違った。コロンビアにはいずれにせよ負けていたような気がするが4点も取られるわGK交代のような舐めプを食らうわなんてことにはならなかったと思う。

1勝1分1敗で突破,という事前の予測は本調子の日本ならば夢物語ではなかったのでは,と今でも思っている。少なくとも0勝1分2敗という戦績だけを見て「まるで太平洋戦争前の日本のような誇大妄想だった」等と言うのは早とちりに過ぎるのではないか。奇しくも8年前のグループリーグと全く同じ予測・展開となり,得失点も当時が2−7,今回が2−6と本当に似通ってしまった。しかし,対戦相手の格を見ても試合内容を見ても8年前よりは前進しており,案外と8年で減った1点分の失点は重いのではないかとも思っている。そういうわけで世間ほどには悲観していない。4年後の日本にまた期待しよう。その前に,また予選を勝ち抜いていかないといけないわけだが。

あとまあ,今回ドン引きカウンター戦術の国が多かった反面,我が国惨敗したとはいえ「自分たちのサッカー」としてパスサッカーを通した点は評価してもよろしいかと。実際ペナルティエリアまでは,パスミスが多かった割には運べていたわけで,中盤は悪くなかったと思う。問題はペナルティエリア内での創造性で,改めて香川が機能してればなぁと。


<グループリーグ敗退勢>
・スペイン
どうしてあんなことに。その後のブラジルがああなったので印象が薄くなったけど,逆に言ってスペイン・オランダ戦は二番目に衝撃の大きな試合だった。1失点目まではまだがんばれていたが,2点目を失って精神が崩壊していたように思う。スペインにとっての真の誤算は,チリが思っていたよりも強かったことではないか。普段のスペインならまだしも,オランダに虐殺されて精神的に弱っているスペインには荷が重かった。ブラジルもそうだが,王者というのは一度守勢に回るとガタガタになるメンタルの弱さがあるものらしい。万年優勝候補「無敵艦隊(笑)」たるスペインが帰ってきた,と茶化して笑い飛ばすことくらいしかできない。

・コートジボワール
日本との試合内容を見た上での判断だと,まさかギリシアに負けるとは。実際,ギリシアとの試合は極めて紙一重だったと思うし(というか決勝点のPKは誤審),ベスト16の資格は十分にある国だったと思う(もっともコスタリカにはちょっと勝てそうもない)。前線の攻撃力が高く,見ていておもしろいサッカーだったのもコートジボワールだったから,本当に惜しい。

・イタリア
大期待はずれその2。初戦でイングランドに勝ったときはそこそこ行けるんじゃないかと思ったがそんなことはなかった。コスタリカの出来が非常に良かったために3位というのはあるが,あれではいずれにせよベスト16で終わっていただろう。敗退要因は結局点を取れなかったことに尽き,何よりバロテッリがイングランド戦だけでスタミナが切れたかのごとく動けてなかったのが敗因だろう。かと言って代役もおらず。まあ,全く印象に残っておらず書くことがなくて項目自体立てられないイングランドよりはマシだったかな。

・ポルトガル
初戦でドイツの虐殺に遭い,その後いい試合を見せたものの得失点差で脱落。ただし,初戦で虐殺された原因がぺぺの頭突き&退場なので今ひとつ同情できない。地力で負けてても際どく踏ん張るアメリカとは対照的なチームだった,と言ってしまうと悪く言い過ぎか。

・ガーナ
今大会唯一ドイツと引き分けたチームであり,ノイアーから2点取ったチームでもあるのだが,あの試合のノイアーは不調だっただけではないかと。アメリカ戦・ポルトガル戦では印象がない。

・韓国
サッカーによらず概して国際大会というものは国家的経験値というものが大事で,それがゆえに優勝回数を重ねる国とそうでない国に分かれがちなところはあるのだが,アジアの場合韓国が一番経験値が高いわけで,何が言いたいかと言えばアジア勢総崩れの中では最後の希望だった感があった。まあダメだったんですけど。敗因は不思議と日本と似たところがあり,全体的に普段より動きが鈍かったように見えた。あんなにミスの多いチームでしたっけ。あとまあ,ロシアに勝ってアルジェリアは引き分け,3戦目のベルギー戦は0−1とかで負ければ1勝1分1敗でもベスト16の望みはあるはず,という戦略だったと思うが,ロシアに引き分けて戦略が崩壊,アルジェリアには前がかりになり虐殺,ベルギーには相手に退場があるという幸運も生かせず10人相手に負ける始末とオチまで日本と一緒だった。そんなとこで似ないでも。


<ベスト16>
・チリ
ちゃんと見た試合がベスト16のブラジル戦くらいしかないのだけど,あの試合は今大会の名勝負ベスト3に入る死闘だったと思う。攻守のバランスがよく,ブラジルに見事に渡り合った。勝負がおもしろくなるかどうかは互いの相性によるところが大きいが,その意味ではフィールドのどこでもマッチして潰し合うブラジルとチリは名勝負を演出するにばっちりな相性であった。

・アルジェリア
グループリーグの印象だけで言えばベスト16に上がってきたチームの中では一番弱い部類じゃないかという感じだったが,そのベスト16のドイツ戦は異様なまでに強かった。守備が硬く,あのドイツが攻めあぐねに攻めあぐねて延長までもつれ込ませた。特筆すべきはGKのエムボリ。あれだけ止められるとドイツだって辛い。

・アメリカ
国内人気はアメフトや野球に比べて低い,と言われつつも4年ごとに強くなってないですか。ぶっちゃけて言って守備がボロボロだった感あるが,どれだけボコボコに打たれても間一髪のところで耐えて勝機をつかむ名勝負製造機っぷりは,なんというか他国と比較するとあまり良くない国内環境から生まれたハングリー精神なのかもなぁとか。国内人気が上がってきたことだし,そろそろベスト8に上がるところが見たいなぁ。一つだけケチをつけると,ドノバンの姿は見たかった。年齢に加えて実戦から遠ざかっている,しかも監督との確執があったとはいえ,前述の国家的経験値から言えば必須の選手だったと,私は思います。


<ベスト8>
・フランス
ドイツ戦以外はあまり見てないのだけれど,なるほど隙のない良いチームとして仕上がってるなと。ドイツ戦では何度もディフェンスを崩しており,ノイアーが神がかってなかったら危ないところだった。

・コロンビア
前評判より強いじゃないか,と思っていたら実は優勝候補だったという。真面目な話,ファルカオがいたら準々決勝でブラジルに勝っていたのでは。結局準決勝でドイツに負けていたとは思うが,そしたらネイマールのケガやブラジルのあの惨劇は避けられていたと思うと,全てはファルカオの欠場から始まっていたのかもしれない。サッカーの神様は気まぐれすぎる。そのファルカオに代わってチームの得点源となったのは期待の新星ハメス・ロドリゲス。ただし,実際には大会前から十分に評価されていた選手で,「新星」と呼ぶのはちょっと違うということをサッカーに詳しい人から聞いた。にわかとしては,4年後まで覚えておきたい。

・コスタリカ
誰もが認める今大会最大のダークホース。今回の大会,終わってみるとドン引きカウンター戦術のチームばかりだったわけでは決して無いのに,そういうイメージがあるのはコスタリカの躍進とオランダのせいだと思う。その両チームが衝突したらどうなるかという非常に興味深い試合があったわけだが,案の定PKまでもつれこんだ挙句,コスタリカのシュート本数はなんと120分で6本という。対するオランダもPK専用GKを出すなど珍妙な試合になった。結果的にはここで敗退となったものの,堅守には違いなかった。


<ベスト4以上>
・ブラジル
グループリーグの戦いぶりからして前評判ほど強くないという印象を受け,次第に化けの皮がはがれていった感じ。結局のところ中盤・守備はまずまずながら攻撃は戦術ネイマールで,フレッジやフッキの出来は正直悪かった。ところがネイマールが大ケガで負傷したのが運の尽き,攻撃力が下がるだけかとおもいきやチーム全体に影響し,特に一番縁遠いはずの守備が完全に崩壊してしまった。ウルグアイもそうだが,ワンマンチームってそういうものらしい。前述した通り,王者というものは一度崩れると元に戻らない精神の持ち主らしく,そういえば4年前も似たような雰囲気でオランダ相手に崩れたなぁと思いだしたものだ。しかしそう考えてみると,4年前よりは明らかに弱体だったのに,ベスト8で終わった前回よりは上のベスト4という成績は立派といえるかもしれない。

・オランダ
まさかの5バックドン引きカウンター戦術を採用し,妙な強さを見せて3位入賞である。サッカーについてはにわかとしか言いようがない私でも分かるファンハール監督の名将っぷりが目立ったが,アルゼンチン戦は采配ミスと言っていいだろう,この試合だけ神通力が消滅してしまったようであった。ロッベンの出来は大会MVPでもいいほどすさまじかったが,三枚看板であるはずのファン・ペルシーは初戦のスペイン戦だけ,スナイデルも終始ダメで,結果的に戦術ロッベンとなってしまった感がある。大会前の低い評価に比べればいいところまで行った,というのが識者の評価のようだが,三枚看板がきちんと全部機能していればアルゼンチンに勝てたんじゃないかなぁ,というのはにわかの評価だろうか。

アルゼンチン
戦術メッシと言われつつも勝ち上がっての2位。ただし,こちらもオランダ同様,イグアインとアグエロが今ひとつだったがために戦術メッシのような状態にならざるをえなかったのではないかと思う。また,言われていたほど戦術メッシではなく,中盤にはディ・マリアとマスチェラーノがいて案外と攻め手が多かった。逆に言って中盤が厚かったからこそオランダのようなロングボール放り込みにならず,カウンターながら戦術に幅があったからこその2位とは言える。その意味で,オランダとの準決勝はPKまでもつれたが,決勝にふさわしかったのはアルゼンチンであった。決勝がオランダ対ドイツだと,ドイツが虐殺して終わりだったように思う。決勝ではディマリアを欠いたが,その分イグアインがここまで不調だった分動いており,熱戦になった。メッシは随分気落ちしていたが,ドイツとの地力の差はうめがたく,むしろアルゼンチンとして上出来の結果であろう。


・ドイツ
ドイツの戦術は明確であった。とにかく高い位置でプレスをかけてボール奪い,パスをぐるぐる回して相手の中盤〜ディフェンスラインを引き裂き,崩壊したところでゴールに叩きこむ。ラームやシュヴァインシュタイガーがボールを奪うと,エジルとミュラーが引っ掻き回して相手組織を破壊し,最後にはミュラー自身やクローゼが決める。ゲッツェやシュールレも輝いていた。これらがピタッと合わさるとブラジル戦のような殲滅戦になる。特にエジルとミュラーが自由に暴れまわると手がつけられない状態になるが,ワンマンチームではないがゆえに封じるのは困難であった。

一方,高い位置でボールを奪うためディフェンスラインは上がりっぱなしにならざるを得ず,結果的にディフェンスラインを抜かれると無人の広野がGKまで一直線という巨大な欠点があり,打ち合い覚悟の戦術になるはずであった……本来なら。にもかかわらず,今回のドイツがむしろ鉄壁であったのは,フンメルスとボアテングの二人が好調だったというのもあるが,何よりもがんがん前に出るGKノイアーの存在が大きい。なんすかヒートマップだけ見ればCBて。かくのごとく最強に見えるドイツだが,実は欠点もいくつかある。まずノイアーの調子に大きく左右される戦術であり,「実は戦術ノイアーなのでは」という意見もtwitterでは見られたが割と同感である。実際ガーナ戦はそれで大分危なかった。とはいえガーナ戦以外では全く見られなかったのだが。

ペナルティエリア内でのシュートの正確さが機械並と称されたドイツチームだが,決勝戦だけは少し動きが鈍かった。機械も緊張するようである。それでも難敵アルゼンチンを下しての優勝し,名実ともに今大会最強のチームとなった。しかも主要メンバーがそれなりに若く,特にエジル(とロイス)25歳,ミュラーとクロースが24歳,シュールレ23歳,ゲッツェが22歳と凶悪オフェンス陣があと2大会くらい残りそうなあたり,他国には悪夢でしかない。代役を探すのが難しそうで,かつ次の大会にはいなさそうなのはラームくらいかなぁ(続報にてラームは代表引退を決めたとのこと)。ワールドカップ連覇を期待したい。

  
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2014年07月14日

テルマエ・ロマエ2

テルマエ・ロマエ1が好評だった理由を,そのまま2でも使った感じである。オペラ歌手のおっさんは相変わらずおもしろかったし,ウォシュレットはやっぱり出てきたし,ラテン語を話す日本人俳優に日本語字幕が付くカオスさ。電力を知らないので何でも奴隷がやってると思い込むオチは,原作だとルシウスが電力を知ってしまうのでできないギャグだ。

ストーリーは原作とかなり大きく違う。バイアエに温泉街を作れと言われるところまでは同じだが,原作ではルシウスの日本滞在時間が長く,最後にハドリアヌス帝が死ぬ(もちろんケイオニウスも死んでる)のに対し,劇場版ではルシウスの日本滞在時間は比較的短く,ローマでの陰謀劇に少しかかわっている。そしてハドリアヌスは最後まで健在で,死ぬのはケイオニウスだけである。ただ,死に際はかなりかっこいいので,見てない方はぜひ自分の目で確認して欲しい。

さて,好角家としては相撲の巡業が出てきたことや,力士の皆さんがグラディエーターとして出演していたことに言及せねばなるまい。思っていた以上にコロッセウムに溶け込んでて笑った。特に曙はかなり良い役を与えられていて,あんなにメジャー級の配役とは思ってもなかったので僥倖であった。グラディエーターではなく,本当に力士役として出演された方々としては富士東の演技が光っていたのでここに書いておく。力士というのは,完成された身体を見せるのが仕事という見方もできるので,曙にしろ琴欧洲にしろその他の力士たちにしろ,十全の役割を果たすことができたと言えるだろう。

一つだけ苦言を呈しておきたいのは,座布団を投げるのは禁止行為であるということ。作品中で,ローマのコロッセウムで観客たちが石を投げ込むのを危険な行為としてルシウスが不快に感じ,現代日本の相撲で座布団が投げ込まれるのを見て「これなら痛くない」と,座布団投げをコロッセウムに導入するシーンがある。別記事に書いた文章をそのまま再掲するが,座布団は勝利した力士に対する褒賞の意味合いで投げられるものであって敗北した力士へのブーイングではない。もともとは座布団ではなく,羽織を投げていた。その羽織には家紋が入っていたから,家紋を見て投げた観客を探し当て,後日羽織を返しに行くと,羽織と引き換えに祝儀を受け取った,という風習があった。しかし,普段着の洋装化により代わって座布団を投げるようになった。加えて言うと座布団投げは他の観客に当たると危険なので公式には禁止されている。館内アナウンスでも「大変危険ですから,座布団を投げないでください」と必ず流れる。風習だから黙認されているところがあるものの,国技館の側でも座布団を投げにくいものに変える計画があるし,すでに心ある観客は投げない。私自身投げない。

  
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2014年07月12日

2014春アニメ感想

あまり見てないので短く。

・ジョジョ第三部。恐ろしく作画が良く,かつ荒木飛呂彦の絵とうまいこと調和してるなと思う。すごく進行が遅いと思ったら,4クールだそうで。
→ ところが生粋のジョジョファンからの評判は必ずしも良くないらしく,何が悪いのか今ひとつわからない。私はちゃんと読み通したのは三部・五部・六部だけという,にわかもにわかなので,違和感を感じていないのはそういうことなのだろう。


・ご注文はうさぎですか?。普通の日常系ではあるのだけれど,ギャグがしっかりしてておもしろかった。千夜さんの天然ドSっぷりが原作よりも強かったが,いやらしいほどではなかったし,アニメではテンポよく刺激のあるギャグを挟む役割になってて良かったと思う。鬼畜和菓子なる風評被害も出てるけど,ご愛嬌の範囲と言えるかな。
→ また,これはどちらかというと原作に顕著だが,絵が綺麗な系統によってて,その意味では『ゆるゆり』に近い。さらに『ゆるゆり』との差異で言えば,絵にきっちり色気があるのがおもしろい。アニメでもちゃんと表現されていて,水着回は魅力にあふれていた。リゼさんスタイル良すぎです。


・悪魔のリドル。なんと言えば良いのやら。作画は良かったんですよね。あと晴ちゃんの異能生存体っぷりとか,その理由としての女王蜂設定あたりは素直におもしろかった。が,それ以外は全部ひどい。よくもまあこれだけの素材を脚本で全部ぶち壊しましたね,残念ながらアニメを見ているとよく起きる現象ではあるのだけれど。
→ ネタバレするが,別に全員生存してたこと自体には文句があるわけではない。そこに行き着くまでの描き方がひどかっただけで。何より各話の展開。ピンチの作り方が兎角さんの間抜けってのは本作のメインテーマから逆算して絶対に避けるべきであったが,あまりにもこの安直な展開に頼りすぎた。兎角と晴の二人で助けあって窮地を切り抜けていくのを描写したかったのだと思うが,そもそも窮地に陥る原因が兎角では助けあうもクソもないし,兎角が晴を守らないと女王蜂設定が崩壊する。結果的に「兎角さん必要ないんじゃ」と(ギャグとはいえ)言われてしまう程度に晴が強くなりすぎたのもマイナスだろう。10話で手榴弾ばら撒いたシーンでは大爆笑させられた。そんでもって晴が自立しすぎているので,兎角に惚れるのも説得力が今一つで,特にいきなり呼び捨てになったのは唐突感しかなかった。
→ 各話の終わり方もひどい。最終的に生存エンドになるのなら,各話の終わりもどう見ても死んでる描写は避けるべきだし,最低限なぜ生きてるのか説明すべきであった。6話の毒薬が一番ひどかった。いや,その説明も肋骨にチタンとか言われても困るのだが。(実は肋骨にチタンはマシな部類だと思うんだけど,あまりにも象徴的な説明だったので,今後明け瑠璃におけるキャベツ的な地位になっていきそうな気がする)
→ これらの結果として,ストーリー全体がどうのこうのを語る以前の問題として1話1話が茶番劇でしかなく,シリアスな笑い方向に無理やり転化して楽しむしかなかった。その上で11話や12話でまとめにかかられても,説得力が皆無である。まあ,シリアスな笑い的な意味では大いに楽しめたし,結果として12話まで見ることになったので,その意味では全力で楽しませてもらったのではあるけれども。ほら,愉快さと不快さが同時に襲ってくることってあるじゃないですか。愉快さに惹かれて毎回見に行くんだけど,結局不快さも得るので溜めこんでしまい,こうして全話見終わった後に爆発するというね。全部見ないと批判もしづらいし。


なお,今期はもともと『Free!』の二期しか見る予定のものがなく,かつ『Free!』の二期がニコニコ動画では2話以降有料という話を聞いてしまい,録画してまで見るべきかちょっと考えている。
  
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2014年07月09日

『言の葉の庭』

なぜ新宿御苑でなくてはならなかったのか。「庭」は,特に都会の中の庭園は喧騒の中の憩いの場である。これは新宿御苑の場合,その意味合いはさらに強い。周囲を高層ビルに囲まれているが,新宿御苑自身も木々が多く,高層ビル群に対抗するかのごとく庭園を覆っている。結果的に庭園の中は外界から隔絶された空間となっている。それでも空を見上げると,木々の上から見下ろしてくる高層ビル群が見えてしまい,人によっては「せっかくの庭園の景観を高層ビルが壊している」と批判的であるが,私は逆だ。高層ビルが垣間見えるからこそ,新宿御苑の外界からの隔絶が際立つのである。

都内の他の庭園ではこうはいかない。六義園や清澄庭園では周囲に高層ビルがなく,そこが高評価ポイントではあるが,新宿御苑のような詩情とは別種である。また最近ではスカイツリーが見えてしまうので,そう完璧な景観でもなくなったように思う。浜離宮庭園は比較的新宿御苑に近いが,片側が海に面していて開放的である上に,池が大きすぎて樹木がそう多くない。小石川後楽園も高層ビルに囲まれていて樹木が多いものの,今度は庭園内の景観が充溢しすぎていて,心を休ませる場所というよりは「楽しむ」場所であると言える。芝離宮庭園も同様の理屈で,しっとりと落ち着いた雰囲気を推すのはやや苦しい。以上の理由から,本作の舞台は新宿御苑しか考えられないのである。(大阪や名古屋で探せばまだあるかもしれないが)


解題に近くなるが,「言の葉」は新宿御苑の木々の葉と,言葉のダブルミーニングである。木々は都会の喧騒からの守り手であり,傷ついた二人は木々に守られて言葉をかわし,庭園から巣立っていく。本作は主人公のモノローグがやたらと多く,それが「脚本がひどい」「映像で説明すべきところを全て言葉で説明しており,作劇として下手」と酷評を受けている。これはこれでまっとうな批判ではあるが,二つの点であまり意味がない批判と言えるかもしれない。まず,本作はモノローグである必要性があったとも言える。「幸せ」や「好き」という言葉は心のなかであれ発せられなくてはならなかった。あれらは自らの感情の確認であって,言葉という形で明確に表現される必要があった。それ自体が言葉の強みであり,情景描写で表現されるものではない。

もう一つは,そもそも新海誠の作品とは詩情を風景で描写することに命がかかっている作品であり,人間感情の描写やストーリーラインは二の次であり,詩情あふれる風景に対してかしずくものでしかない。だからそれらがうるさくてはいけないし,風景描写を邪魔することになってはいけないのである。本作の描く新宿御苑は,見慣れたものがこうも美しく描かれるのかと思えるほどに美しかった。ゆえに物語は至極単純で,かつ庭園が「都会の喧騒からの守護者」というのがストレートにわかるものでなくてはならず,かつ詩情を強調するためには詩=言葉そのものをダブルミーニングとして引っ張ってくる必要があった。そういうわけで,私は世間で言われているほど,ひどい脚本とは思わない。


さて,これで『星を追う子ども』を見れば新海誠監督作品はコンプリートなのだが,あまり好きそうな作品ではないのが。



  
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2014年07月08日

ヒトラー辺りまでは常に生き急いでるか

・十八世紀プロイセンの特徴(Kousyoublog)
→ 国家への強い奉仕義務と自由主義の不思議な同居。18世紀プロイセンの生き急いでる感がすごい。三十年戦争の惨禍のせいでああなったわけで,あの戦争のショックは大きい。
→ ドイツ統一の過程で,プロイセンがプロイセンらしさを失っていくのは残念だよなぁ。自由主義が最初に失われたのはフランス革命に対する反動であったので,統一もその延長線上かな。プロイセン的自由主義とは結局啓蒙専制的なものであるので,革命で死んだのも当然かもしれない。啓蒙専制とは,啓蒙と専制が衝突したなら,専制が優先されるのだから。「上からの改革」で従順な国民がついていき近代化に成功したけども,その過程で国民の精神的自由な風潮が失われていったのは日本とよく似てるかも。
→ 考えてみると,1648→1789→1945と考えるとドイツは150年おきに外部からの影響で大変革をしている。その次の変革が1990なわけだが,150年かからなくて良かったし,自主的なものでよかった。


・フットボールと国粋主義と地域密着(増田)
→ ヤヌザイの事例がおもしろかった。コソヴォのアルバニア民族の家系で,生まれはベルギーなのね。


・精子と卵の融合は考えているよりもずっと壮大な話だと思う(Pursuing Big Oceans)
→ 極めて科学的な話なのに,どこの伝奇系創作物だよと思わせられる,ネーミングの妙。


・昔の人はすごかった……互いを屁でぶっ飛ばすバトルを描いた江戸時代の奇想天外な絵巻物「屁合戦絵巻」(DNA)
→ 「放屁合戦絵巻」は割とメジャーなジャンルだったり。前にサントリー美術館で本物を見た。
→ 「福富草紙絵巻」もお勧めしておこう。


・PTA:役員決めは罰ゲーム? やらない人はトイレ掃除も(毎日新聞)
→ 自主参加のものがいつの間にか義務になっているという日本的伝統がこんなところにも。うちの母もよくやらされてたなー。「息子が勉強できたり,学級委員をやってたりすると,親もそういうのが得意or好きに違いないとして押し付けられるが,論理的整合性はない」と愚痴っていたが,その通りである。
→ 学校ごとに本当に必要かどうか見直して,不要なら解体でもいいのでは。労働組合じゃないんだから。


・「京アニ」は何故落ちぶれてしまったのか。全盛期から凋落までを振り返る。(ふわふわスマイル)
→ 批判的反応が多い記事で,私自身も落ちぶれたとは思っていないが,実はこの人の言いたいことはなんとなくわかる。『けいおん!』や『CLANNAD』の成功体験をずいぶんと引きずっていたのは否定しがたく,『ハルヒ』1期から『けいおん!』2期くらいが「絶頂期」で,近年はその時期ほど話題に上らなくなったのは確かだ。
→ これは売り上げ的な意味とか,作品の質の話ではない(関係はしているけど)。『日常』と『たまこまーけっと』はおもしろかったけど売り方は間違えたと思うし,これらが絶頂期ではなくなったきっかけでもあると思う(『氷菓』・『境界の彼方』は見てないので割愛)。そして,売り方を間違えた原因こそ,「『けいおん!』や『CLANNAD』の成功体験」だったんじゃねーかなと。
→ ただまあこの記事の意見と違うのは,『Free!』はやっぱりおもしろかったと思うし,『たまこまーけっと』も劇場版で軌道修正が成功したなと思う。2011〜13年は凋落期というよりも,脱『けいおん!』模索期だったのではないかと。『Free!』と,円盤的には売れてないが『中二病』の二期は,垢抜けてて模索期を脱した印象がある。『Free!』の二期も楽しみです。
→ この記事の論理構成や言い方も悪いが,ブコメの反応も何かヒステリックで。そんなに常に全盛期じゃないとまずいですかね。  
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2014年07月02日

2014上半期ニコマス20選

レギュレーション
ポータル

総評。今回初めて20個使いきらなかった。結果としてほとんど悩まずに書けてしまった。悩んだのは同じPの作品でどちらを選出するかということだけである。この上半期は,劇場版があり,OFAがあった割には正直に言って元気が無かった半期かなと思う。下半期も明るい材料はあまりないが,いい作品を期待して待ちたい。



1.【HoI2DDA1.2ソビエトHQ縛り】速ささえあれば他に何もいらないよね!(象犬p)


HQがこんなに使えるものだとは,本当に思ってなかった。すごい。動画自体も短期決戦で完結済。


2.【CK2】我那覇響はキリストを超える(ForlostP)


CK2というありそうでなかったジャンルを開拓,しょっぱなから自勢力が滅ぶわ主人公死ぬわでメリハリある展開,象犬pフォロワーの見事な演出と非常に楽しい動画。途中で止まっているのが大変惜しい。


3.【手描き】ほんとうの765プロ【紙芝居?】(コキョ氏)


ニコマスの斬新な解釈がすばらしい。仕事を選べない765プロ,とは。22分付近で泣いた。


4.765Production 新コスチュームファッションショー(アルバニアP)


斬新な発想。映像も字幕も音声も手間がかかってる。グーグル翻訳の読み上げで作れるんだなぁと,とても驚いた。


5.【男女】モバマスで女女(ぼちゃ氏)


あえて言えば百合枠? 皆百合かわいい。


6.ニコマス ダンスシンクロ選手権(ぎょP・艦長P・potechiP・怒首領蜂P)


今期一番の意欲作と言えばこれ。一番好きなのを選ぶとするとpotechiPかな。


7.こうのとりたち、ずさんで(**P)


今回のeitei枠。eiteiさんも『咲-Saki-』読んでるのか。


8.【天海春香誕生祭】春香にずーっと恋してたい!!【アイドルマスター】(ぺけ丸P)


ぺけ丸Pらしい,ポップなキュートさ。


9.サンキューユッキ フォーエバーユッキ(フュージョンP)


完結したことで,なんというかニコマスの一つの伝説になった気が。新作もおもしろいけど,やっぱりこっちで。


10.白坂小梅のスリラー 完全版(Twilight_Limits氏)


TwilightLimits枠というか,小梅枠というか。よく動く小梅ちゃんかわいい。半分くらいホラーネタがわからないのが悔しいと言えば悔しいところ。


11.-ハッカ- 北条加蓮 MMDm@ster(狡猾全裸富竹P)


儚げな加蓮がすばらしい。イメージにピッタリ。


12.こんちきちん♪└(^ω^ )┐♫中毒と化した吉幾三(つくーるP)


近年稀に見る中毒性。CD買いましたがな。


13.Call It What You Want(aaa氏)


aaa氏らしいおしゃれなセンスと工夫が随所に見られるPV。


14.『オレンジ』 水瀬伊織(けるまP)


けるまP,とうとうこの曲で来たかーと。けるまPの「踊らないPV」がまたひとつ進化した。


15.【アイドルマスター】雪歩・伊織・美希 Sound of Silence【capsule】(セプタムP)



中田ヤスタカとアイマスの相性の良さは異常。ニコマス続く限り永遠に不滅であろう。


16.真美・美希・雪歩 『ロッタラ ロッタラ』 PV(あとりえP)


今期一番かわいかったPV。ダンスがちゃんとシンクロしているのも好印象。実はファッションショータグがついててもおかしくないほど衣装が変わる。ちなみに今回1P1作縛りで一番苦しんだのがあとりえP。候補が3作あった。  
Posted by dg_law at 22:00Comments(0)TrackBack(0)