2015年04月29日

この春に西美に入ったフェルメール帰属の作品について

フェルメール?《聖プラクセディス》この春の上野の西美の新収蔵品に,フェルメールに帰属するという説のある作品があり,美術ファンの間でちょっとだけ話題になった。直接見に行ったら,現地ではかなり詳細な説明が配布されていた。これを読むと作者の同定論争がかなり興味深かったので,はしょって紹介しておく。

フェルメールの真作は最小数でおおよそ35点(本当に疑い深い人なら33点)となっており,そこから41点までは幅がある。本作は疑わしい方の6点の一つだ。疑わしいなら公的な美術館で買うなよ,と思うかもしれないが,それは勘違いである。本作は西美の購入品ではない(よく見ると「新規展示作品」としか書いていない)。本来は個人蔵であるところ,研究者及び美術ファンに検証の機会を提供するため,寄託されたものだ。所有者には感謝の意を捧げたい。

ぱっと見で本作がフェルメールらしくない最大の理由は,これが宗教画だという点だ。タイトルにもなっている「聖プラクセディス」はキリスト教の聖人の一人だ。美術ファンの多くの人が知っている通り,フェルメールといえば風俗画の人であり,真作35点のほとんどが風俗画になる。しかし,一応宗教画がないわけではない。最初期の駆け出しの頃には《マルタとマリアの家のキリスト》のような作品も描かれた。本作も若い頃の作品と考えれば否定する材料にはならない。しかも本作はフェリーチェ・フィケレッリなるイタリア人画家が1640年頃に描いた全く同じ主題・構図の作品があり,本作はフィケレッリの作品の模写と考えると,なおのこと画業の最初期の作品としては納得が行く。

その上で,フェルメールの真作か否かの論拠(というよりも論点)を並べておく。

[積極的に真作と認める方向の主張]
・画面左下に「Meer 1655」と書かれた署名がある。MeerはVermeerまたはフェルメールの本名Van der Meerの省略,1655年と読める。1655年制作するとフェルメール23歳となり,まさに駆け出しの頃に合致する。後世足された署名ではないか,という疑念も呈されていたが,科学調査の結果,「書きなおされたものではない」と証明された。
・画面右下に「Meer N R[…]o[…]o」と書かれたと思しき文字があり,これを“Meer Naar Riposo”と読むなら,「Riposo(フィケレッリのあだ名)にならったMeer」という意味になり,模写であることが示される。
・科学調査の結果,本作はふんだんにラピスラズリが使用されており,単純な模写・習作としては異例に高価である。こんなもったいないラピスラズリの使い方をするのは,長く広い西洋美術史といえどフェルメールくらいしかいない。
・これまた科学調査の結果,顔料の一つ鉛白が当時のオランダ・フランドルに特有のものであり,少なくとも1655年頃の低地地方で描かれた可能性は高い。


[真作認定には否定的な方向の主張]
・画面左下「Meer 1655」は,“Meer”という名前が部分的につくオランダ人は多いので,Vermeerとするのは強引な解釈である。同時代のMeerの名の付いた画家の作品という可能性が高い。たとえば,同姓同名のファン・デル・メールという画家もいる。
・Meerの筆跡が,真作のVermeer作品のものとはあまり似てない。
・画面右下「Meer N R[…]o[…]o」に至っては,文字としての判読性が低く,そもそも文字ではないと思われる。
→ これについては実物を見た私の意見としても同意で,とてもじゃないが文字としては読めないものだった。
・これが最大の致命傷だが,おそらくVermeerは人生でフィケレッリの作品を見たことがない。フェルメールはイタリアに旅行した形跡がないし,フィケレッリの作品が当時のオランダに存在したという記録もない。よって模写できる機会はなかったと推測できる。前述の同姓同名のファン・デル・メールはイタリア留学経験あり。
・根本的にフェルメール作品にしては筆致が荒くないか?
→ これについては「修行期なので……」と言えばそれまでなのでは。少なくとも疑わしい6点の中で言えば,本作の筆致は整っている部類で,真作のフェルメールに近い。少なくとも《赤い帽子の女》よりはフェルメールに近く見える。



で,実物を10分ほど眺めてみた私自身の感想としては,真作とはあまり思えないなと。皆さんはどうでしょうか。ぜひ実物を見て考えてみてください。
  

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2015年04月26日

インドの仏像展とグエルチーノ展

グエルチーノ《ゴリアテの首を持つダヴィデ》東博のインドの仏像展と,西美のグエルチーノ展にまとめて行ってきたので,報告をまとめておく。

東博のインドの仏像展はコルカタ博物館所蔵のもので,英領インド帝国時代の収集物が大半のようだ。私の評価はあまり高くない。まず,展覧会全体の構成が仏教自体の紹介が半分,仏像の様式史が半分という形で,そこに中途半端さを感じた。特に後者,古拙さが感じられる最初期の仏教美術から,ガンダーラ美術とマトゥラーの仏像の紹介がされたところまでは良かったのだが,その後グプタ美術の紹介もそこそこに仏像の種類だとか経典だとかを紹介する章に行ってしまい,しかもそれらの章ではガンダーラ美術とグプタ美術以降のものが混在して展示されていたものだから,ちぐはぐである。

展覧会の最後に「仏教信仰の広がり」としてビルマの仏教美術が展示されていたが,これもなぜかコンバウン朝のもので,パガン朝やそれ以前のものではない。しかも,ビルマ以外のものはほとんどなかった。元々のコルカタ博物館自体に収蔵されていないのか,それとも貸してくれなかったのかは知らないが,少なくとも「仏教信仰の広がり」という章題は微妙だし,そもそも今回の展覧会全体を見渡したときの異物感がすごいので,ビルマの仏教美術の展示自体が不要だったのではないか。

また,これは中国や朝鮮の陶磁器を中心とした展覧会でも同じことは思うのだが,東博の常設展に優れた作品が展示されている以上,相当なものを持ってこないと企画展の意味があまりないというのは一抹の真理ではあると思う。今回の展覧会はその意味でのインパクトをほとんど感じなかった。


西美のグエルチーノ展はまずまず良かったが,こちらもインパクトは薄かった。グエルチーノ自体が飛び抜けて有名な画家というわけではないように,同時代のルーベンスやジョルジュ・ド・ラトゥール,グイド・レーニらと比べると,普通のバロック期の画家という感想になる。しかし,グエルチーノ展の場合,開催したこと,そして行くこと自体に意味があったと思う。2012年に北イタリアで大きな地震が発生した。マグニチュード6.0なので日本人からすると大したことのない印象を受けるが,エミーリア地方ではかなり大きな被害が出たようだ。グエルチーノという画家は地元のエミーリア地方を中心に活動しており,あとはローマに行ったことがあるだけなので,作品は彼の生まれたチェント市美術館が多くを所有していた。この美術館も地震による被害を受け,現在は休館している。要するにこの展覧会は,休館で遊んでしまっている作品の外遊と,開館再開に向けての集金を兼ねてのものであるから,意義深い。西美の場合,常設展でグエルチーノを1つ所有しているという縁もある(今回の画像)。そういった事情からか会期が長く,まだまだやっているので,寄付のつもりで気軽に訪れて欲しい。

と書いといてなんだが,やっぱりバロック期の画家としてはよく見る感じというか,上手いしすごいと思うんだけども,その中の水準で言えばどうしても「普通」という評価になってしまう。これは展示の見せ方も影響があると思うのだが,隣にグイド・レーニの作品を置いたら余計に平凡さが際立ってしまうし,というか展覧会のキャプションにもそう読み取れなくもない文章が書かれているので,薄々そう感じていた人にも「やっぱりそうなんだ」と思わせてしまうことだろう。一応一つの展覧会の主役を張っている身ではあるのに,その展覧会でその扱いというのも少しかわいそうな気もする。


さらに,この春の常設展には,フェルメールに帰属する可能性が指摘されている作品が収蔵されたのだが,文章が長くなりそうなので,これは記事を分けたい。  
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2015年04月23日

むしろよく150年ももったものだ>天保暦

・パイロット殺害:ISが支配地域住民に「教義に反せず」(毎日新聞)
→ 原典と変わりゆく現実の衝突や,原典同士の衝突による矛盾を解消するために,信徒の側で「解釈」する余地があるわけで。原理主義が根本的に無理があるものである所以が噴出した感じがある。こうして原理主義は崩れていき,自らの正統性の足下を揺るがし,より強固な独裁的・閉鎖的傾向を強めていくのよな。


・Shinzo Abe's government plays down historians' concerns over South Korea's 'comfort women' in WWII(Sydney Morning Herald)
→ "Professor Ziegler said, two officials showed up in his university office during office hours, when the door was open, and "just came in and sat down and starting telling me how wrong I was. It's a very strange game that they're playing here," he said." とあるので,アメリカの歴史学者のところに日本の外務省の役人が押しかけて抗議した模様。いやぁ……仮に日本政府の主張が正しいとしても普通に野蛮で失礼な行為だと思うんですが。しかも正しいとは言いがたいないようなので,国辱物の自殺行為じゃないですかね……当時,もっとニュースになってよかったと思う。
→ ところで,これを報じているのがオーストラリアの報道機関というのもおもしろいというか不思議。偶然はてブが集まったのがこのサイト,というのはあるにせよ。


・1000年前の金貨約2000枚、地中海海底で発見 イスラエル(AFPBB)
→ 意外なところファーティマ朝の名前を目にしたなと。東方貿易の関連ではなく,集めた税金または軍人への給料だったのではないかとのこと。約1000年前というのがどの程度正確な評価なのかがわからないが,おおよそジャストだとすると,確かに東方貿易はまだ勃興期で,十字軍は未発生(約900年前)であるから,イスラーム勢力圏内の移動であるという推定の法が正しかろう。


・2033年、旧暦の危機 現在使用の「天保暦」破綻(沖縄タイムス+プラス)
→ 『天地明察』が流行した近年であるが,これもおもしろい話。国立天文台による解説はこちら。現実的に言えば,時憲暦に従うのが自然だろう。
→ 他の方のブコメにもあったが,六曜に従って冠婚葬祭をするのは,現代社会としては非現実的になりつつあるので,これを機会に止めればいいのではないかと思う。土日祝日かつ大安を探しているから,日程が決まらなかったり遠くなったりするわけで。


・沖縄県系イゲ氏がハワイ州知事就任 シーサーで歓迎(琉球新報)
→ 全然知らなかったけど,今のハワイ州知事は日系,それも沖縄県系なのね。日本語も話せるようで。
  
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2015年04月21日

別にそんなに急いでない荷物も多い

・モノが運べない!?“物流危機”(NHK クローズアップ現代)
→ あえて話を広げるなら物流の簡易化が世界的なグローバル化を推し進めたわけだが,さすがに物流の進化の側が需要に追いつけなくなったのが,日本で端的に現れた光景なのかなと。そのしわ寄せが運送業者の労働環境に向かうところが,悪い意味で現代日本らしいけども。
→ それはそれとして,最近そんな即日とか翌日に届かなくてもいいのに,速度を押し売りされているような気はする。特にAmazon。もっと言えば不在時の再配送も都内なら不要で,配送所まで取りに行かせればよい。利便を求めるならオプション料金でいいのでは。ほとんどの消費者はそれでも強い不満は出ないと思う。運送会社は需要の読みを再検討してみては。


・中世フランスの農業の変遷 【中世パン図鑑別冊】(Togetter)
→ 古代から中世末の社会経済史の概説としてとても有用。


・コラム:過激派を弱体化させる「難しい一歩」(Reuters)
→ 実際に独裁と腐敗が大きな問題であって,軍部にしろ宗教組織にしろ政治家にしろ,あっという間にこの二つにとりつかれていくからこそ,過激派が伸張する余地がある。もっとも,過激派も政権を樹立すると腐敗していくのだが。
→ 西アジアの上層部の腐りっぷりは一体なぜなのか。多かれ少なかれどこの地域でもそういうのはあるし,発展途上国ゆえの仕方なさはあれど。結局,部族社会を解体しないことには民主主義は定着しない,ということではあるのだろうが。ところで「部族」を中間諸団体と考えると,「近代的な民主主義が定着しないのは,社会段階がまだ近世にとどまっているから」となるわけで,一気に世界史的なテーマとなる。なんのかんの言っても国民国家という発明は偉大だ。
→ 「テロ組織との戦いで腐敗した政府と手を組むのは(米国や西側同盟国は常々そうしているが)、事態をさらに悪化させるだけだ。」というのはその通りで,だからこそテロ撲滅は難しいというのもそうだろう。とはいえ他国が現地の政権を無視するか,現地の政権討伐に動けばそれはそれで非難されるし,放置するというわけにも行かず。結局時間はかかっても,地道に「腐敗した政府の浄化」を勧告し続けるしかないのだろう。しかし,それはそれで「西側の内政干渉」とか言われてしまうんよな……この辺の理屈は「第三世界」運動で組み上がったような印象はあり,あれも本当に善し悪しだったなと。


・まず、性差とされているものにはジェンダーバイアスがかなり含まれている(増田)
→ 実はそうよね。>「「ジェンダーバイアスを除いた正味の性差」なんてものを調べて役に立つ場面というのは、あまりない。」
→ 元記事本文にもある通りだが,「性差」による傾向が明確に存在するとしても,それが「個人差」と明確に区別する必要がない場合って実は相当に少ないと思う。社会制度設計の面で言えば,少なくとも個人の機会の均等について差を設ける意味がある場面はほとんどないのでは。集団的意志・性質を個人的なものと混同して差別が生じるという点では民族差別と同じかねぇ。  
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2015年04月19日

2015冬アニメ感想(主に艦これとモバマスとSHIROBAKO)

・艦これ。最終話見た直後に別個に一記事立てて書こうと思ってたが,冷静になろうと思って一週間ほっといた結果,そのまま一ヶ月経ってしまった。しかし,良いこともあった。冷静になって一ヶ月ほど寝かせてから再度考えてみた結果,冷静になって考えてもやっぱり駄作だったという結論しか出せないことがわかった。それはそれとして,後出しで感想を書くと先人の知恵が活かせるという利点がある。




おそらく,本当にこうだったのではないかと。自分もドーリットル空襲があったあたりから,似たようなことは考えていた。
→ ついでに言えば,割りとガチで『マブラヴオルタネイティヴ』(因果律量子論)をやろうとしてたのではないかと考えている。少なくとも,「アニメ艦これ世界には史実に向かわせる強制力が働いている」という設定があったのは確実で,その上で「提督と何人かの艦娘は,(因果律の中心たる吹雪に近いため)史実の結果を予知できていたか,何回目かのループを経ていて前回をぼんやり覚えている」。なので提督は史実からそれるために活動しており,その内容は上掲の動画のように補足できる……と考えるとかなりスマートな解釈になる。ついでに,巷でキモいキモいと言われている「夢で吹雪と結婚した」話も,『オルタ』でいうところの鑑純夏が吹雪である(因果律の中心である)とすると,吹雪が不快にならないことも含めて辻褄が合う。どうだろうか。
→ で,本当にこれらの推測が当たっていたとして名作扱いできるかというと,決してそんなことはありえず,これをやろうとしていたなら「史実の強制力(と因果律量子論)」の説明は1話と2話で済ませてしまうべきで,アニメ艦これがダメだった要因は複数あれどもこれが最大だったと思う。全体の構成さえしっかりしていて,世界観の説明が最初に済んでさえいれば,”雑な”原作台詞の挿入だったり“雑な”二次創作ネタの混入だったり,提督不在による不自然な映像等は致命傷にならずに済んだはず。全体の構成がボロボロだったところに,決して浅くない傷が何箇所もあれば,それは合わせ技で途方も無い駄作になる。6話がマシだったのは,ギャグ回だったからというよりも全体の構成と関係のない話だったからだと思う。実際,6話でも足柄さんが浅くはない傷を負ったわけで,あれ単体では許せない人もいよう。


・幸腹グラフィティ。今期の何も考えずに見ていられる枠。良い食いっぷりと良い百合でした。長年のブログ読者には言うまでもなくわかっていることだと思いますが,椎名さんと露子さんが好きでした。二期があるなら多分見る。


・実在性ミリオンアーサー。後半もいろいろな仕掛けで笑わせてもらった。
→ 結局,裏設定としては冒頭のラーメン屋らしき場所はアーサーたちの時代からは遠い未来で(20万年後?),不老不死の妖精たちだけが残り,ニムエに封印されたマーリンがもうすぐ復活するor復活済みであり,放送されていたのは「アヴァロンネットワーク」の検閲が入ったものだが,放送内容をめぐってマーリンとニムエたちの裏のバトルがあり,21話の次回予告では完全にマーリンに乗っ取られていた(ので妖精言語になって映像内容もバグった),ということでよろしいんじゃろうか。ラーメン屋にいるような一般人まで騎士になっている,アヴァロンがあれば騎士はすべて操れる,「アヴァロンネットワーク」というようにアヴァロンはアーサーたちの努力むなしく存在している模様,アヴァロンに介入できるマーリンがもうすぐ復活する……とすると,むしろバトルはこれからなのでは。どこかで真相を明かしてほしいなぁ。


・冴えない彼女の育てかた。最初にビジュアル見た時はちょっと不安もあったけど,全くの杞憂であった。結果的に作画の崩れは全くなく,むしろ黒タイツフェチっぷりが遺憾なく発揮されたアニメであった。脚本も丸戸本人がやっただけあって原作に忠実で,かつFD(という名の短篇集)で後から補完した内容を取り込んだ「完全版」仕様だったのも,原作ファンに嬉しいところである。原作未読の人のために言うと7話で,えりりが夏コミの原稿のネタ出しと称して倫也になりきりプレイをさせるシーンとかは,原作だと短篇集で補完されたシーンだ。
→ しかし,アニメで見ても原作1巻の内容はやはりテンポが悪く,倫也が一方的に話しまくってたのと,あとから伏線として回収するために伏せた情報が多すぎたのが敗因だったのだなという新しい発見もあった。アニメで気に入ったけど原作は読んでないという,うちのブログの読者にしては奇特な方(またはこのアニメ感想記事だけをリンクや検索で読みに来た方)に言っておく。『冴えカノ』が本領を発揮するのは圧倒的に5巻以降で,原作の1巻は凡作,2〜4巻はおもしろいけど本調子ではない。今回アニメ化したのは1〜4巻の部分である……後はわかるな。わかったら原作を読みながら2期を待つのだ。円盤が5桁売れたそうなので,2期は遠からずあるでしょう。


・アイドルマスターシンデレラガールズ。艦これの最大の不幸はよく似た性質だったこれと同じクールだったことと,出来が天と地の差だったことかもしれない。あまりにも神作品過ぎてBDマラソンを走ることを決意した。あの艦これの後だったのでかなり警戒しながら1話を見たのだが,武内Pが全部持ってったのを見て,このアニメは安心して見れるなと。艦これのように顔を全く映さないという選択肢もあったのに,赤羽根Pのような選択肢もあったのに,武内Pを投入してきた勇気。そして武内Pのパーソナリティを丁寧に示したことは,我々を安心させるに足るものであった。赤羽根Pの時もそうだったが,「ゲームの後追いではなく,明確なストーリーを描く」という強い意志を感じたし,実際力強いストーリーであった。
→ 無印アニマスは明らかに意識されてて,差別化されていたと思う。Pは二人とも影に徹して仕事をこなす優秀なPだったが,赤羽根Pは気弱だがアイドルに親しみをもたれやすく,一方「プロデュース」は各個人の判断に任せているところが大きかった。それに比べると武内Pはきっちりと「プロデュース」しており,ラブライカにせよ凸レーションにせよアスタリスクにせよ彼のプロデュース能力は高い(これに関して視聴者を納得させつつそれ自体物語の要素にしてしまう一石二鳥っぷりは本当に上手い)。しかしアイドルには怖がられ,距離を取っているようなところがあった。無印アニマスもモバマスアニメも,Pとアイドルがともに成長していくところは同じだったが,成長の方向性は少し違った。これは,765プロが弱小事務所だったのに対し,346が超大手事務所。赤羽根Pは新入社員,武内Pは経験者という設定の違いにも垣間見える。
→ もうモバマスなんて知っている人は皆知っているだろうと思っていたのだが,1話・2話放送直後にしぶりんの姿がpixiv等で散見されるようになった。うまいこと新規開拓ができているようで何よりである。

さて,やはり蘭子には触れざるをえない。 アイドルがアイドルたる理由は人によりそれぞれで,それは「歌が好き」であったり「生活費」であったり「人を笑顔にさせる」であったりするわけだが,蘭子の場合は強く「自分の世界の表現・共有」の手段である。もちろん自分の世界を表現する手段は小説なり絵なり音楽なりと様々あるところ,蘭子が選んだのはアイドルになって自身がその世界を体現・現世に降臨させることであった。これは引っ込み思案な相当な覚悟であるから,武内Pに勧誘された時にはよほど嬉しかったに違いない。ところがいざCDデビューできる段になって武内Pから提示されたのは,同じゴシックでも方向性が正反対なホラーであった。Pの「瞳の曇った」ことは,蘭子にとって非常な悲しみであったに違いない。さらにそこから一転して理解されたのだから,その喜びも理解できよう。8話の蘭子は天地が割けるほどかわいかった。いいね? 翻って彼女のデビューはソロでしかありえなかったわけだが,そのままだと誰とも絡みがないという問題は9話と11・12話で見事に解決された。凸レーションの代役で原宿系なファッションを着て笑顔の練習をする蘭子も,ラブライカの代役でステージに立つ蘭子も,自らの世界を崩さないまま周囲とあわさって見えた。これが彼女の成長であろう。

ところで,極めてどうでもいいが,蘭子が「プロデューサー」と言おうとするも恥ずかしくて別の単語になってしまうシリーズに「プロヴァンスの風」があるが,これは南仏に吹く特徴的な風「ミストラル」を示していると思われ,また蘭子のデビューCDである「華蕾夢ミル狂詩曲」ではイタリア語がふんだんに使用されていた。さらに蘭子は常に日傘を差している……これらの意味するところは一つ。これはもうモバマスも実質『咲-Saki-』ですね,間違いない。明華の声優,内田真礼にならないかなぁ。


(追記)
・『SHIROBAKO』をニコ生一挙放送で見た。話題になるだけはある名作だった。
→ 自分が敬遠していた理由は,単純なアニメ業界裏話だったら別にそんなに興味ないなと思った点と,P.A.WORKSは『花咲くいろは』を3話で切ってから合わないと思っていたという点が大きい。後者に関しては後追いで感想を読んでいくと同じようなことを言っている人が多数見つかり,自分が言うのもなんだが京アニ並にアレルギー発生させとるんやなあの製作会社,と思った。で,1話も見てなかったわけだが,1話を見て名作臭しかしなかったので,食わず嫌いは良くないなと反省した限りである。
→ で,個人的にはアニメ業界裏話だったというよりは,お仕事アニメだったと評価すべきで,前者としてはもちろん後者としても非常によくできていた。労働者の皆様は身につまされる思いをしながら見ていた人も多かったのではないか。いろんな意味で。私は1クール目の本田さん,2クール目のみゃーもりに心底共感するし同情しますわ。ほんともうね,出すものを出さずに連絡絶つ奴は死ねと(サボってましたごめんなさいができる人は実のところ許せる)。あとそのことを隠すスタッフはほんと死ねと(幸い現実でこの目に遭ったことは今のところ無い,優秀な部下たちで助かってます)。しかし,作中一番共感した台詞は本田さんのものでもみゃーもりのものでもなく,矢野先輩の「私,この業界入るまで,大人ってちゃんと仕事するのが当たり前だと思ってました。」だったりする。就活生や新入社員にしばしば「社会人の責任(感)」が要求されるのは,日本社会で貴重でそれがあることの裏返し的側面もあるんやなと。騎士道的精神がなかったからこそ持っている人が尊重された中世西欧と同じで。
→ 共感する話で言えば,絵麻が自分の絵を見失ってたり,監督がストーリー展開を見失ってたりしたときの現象。「長時間その作業をしていると,自分の作っているものが,これで他人におもしろいのかどうかわからんくなってくる」は本当にある。拙著を書いていてネタを挟もうとする時に「このネタ,他人におもしろいのか?」とはよく悩んだものだった。結局,クオリティとかかった時間のバランスを見定めて折り合いをつけていくしかないのだろう。
→ また,仕事をしてると自分の最終地点とか,当初の目標を見失うけども,それを思い出すのが結局仕事を続ける原動力になっている,というのは一つの真理ではあり,少なくとも自分にはとても共感できるものであった。みゃーもりの苦悩も,ずかちゃんの苦悩も。23話は泣きました。みゃーもりにつられて,そりゃもうボロボロに。
→ 好きなキャラはゴスロリ様(当然過ぎておもしろみがねぇ! という読者の声が聞こえてきたが断固として無視する)。ゴスロリ様については実年齢と実態のギャップが話題になってたが,宝野アリカという実例を考えるとむしろほとんど違和感ない,という点は指摘しておこう。歴史上にもエリザベス1世っておるしな。あの人,晩年はやりすぎて白すぎて怖いって言われてたようだが。あと,小笠原のバッティングフォームには大爆笑した。ゴスロリ甲子園アニメ化はよ。5人の中だとりーちゃん。これは単純に文学少女萌えということで。今度ドストについて語り合いたいですね。
→ あまりアニメのスタッフには詳しくないし,語る気もないのだが,本作については演出と音楽周りが明確に『ガルパン』とまるで同じで,案の定水島努監督に浜口史郎音楽担当であった。あんだけあからさまだとさすがにわかるもんだなーと,これは自分への新たな発見か。
→ 一点だけケチをつけると,無能な人物を作ってヘイトを集めつつピンチを作るのは,多用されすぎてちょっと安直だったのは否めない。特に16話,物語の都合上仕方がないとはいえ,ナベPが茶沢の体たらくっぷりを夜鷹書房のもうちょっと偉い人に直接訴えるか,井口さんが最初にゴスロリ様に相談していれば早期に解決した話ではあって,特に後者をしなかったのは違和感強い。その後,茶沢の上司もなかなか腐ってたことがわかるものの,後者は説明なく流れてしまったのは少々残念だった。
  
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2015年04月16日

当然ですが新聞に載ったのは初めてです

・【日本の議論】悪問奇問なくならぬ「入試・世界史」…あまりにマニアック「作問者の良心問われる」批判も(産経新聞)
→ 先日インタビューされたものが新聞に掲載され,ネット版にも載ったのでリンクを張っておく。Yahooニュースにも転載され,さすがにかなり話題になったので嬉しい。
→ とても良く私の主張をまとめてくれていて,その点不満がなく,最近産経新聞の政治報道の酷さを批判しまくってる身としては,部署が違えばちゃんと書いてくれる記者もいるんだなと安心した気持ちも正直あった。
→ ただ,記者の方は悪くないにせよ,「クイズ大会化」が悪いように取られていてクイズ好きに誤解を与えたようなので,釈明はしておきたい。この記事ではどうしても文章量が限られるためこのような表現になったが,拙著では「クイズ大会化」自体はそれほど批判しておらず,むしろ「国語との分業という観点からすると悪くない」としている。その上で,「受験世界史」という枠組みのまま,杜撰な「クイズ大会化」が図られた結果,難問・悪問が跋扈することになった,という経緯があることを説明している。よければ,拙著を手にとって読んでいただきたい。


・作家の陳舜臣さんが死去 90歳、日中の文化的懸け橋(朝日新聞)
→ 高校の図書館に宮城谷昌光と並んで大量に入ってたのを読んでたなぁ。最初に読んだ『諸葛孔明』が印象深かったかな。ご冥福をお祈りします。


・マリオワールドRTAで奇跡の世界記録更新 人間には不可能とされた「エンディング呼び出しバグ」を実機で再現(ねとらぼ)
→ TAS界隈ではすでに常識と化している任意コード実行だが,RTAでできてしまった人がいるとのこと。TASで見ても「謎の儀式」だが,RTAで見ると,TASに比べると無駄な動きが入っている分,尚更「謎の儀式」である。なお,これに先んじてロックマンでも人間がToolの補助なしに任意コード実行を達成していたらしい。
→ まあ「人間の人間離れ」はRTA界隈ではよく見る光景ではあって,人力「状況再現」あたりは完全に人間をやめているので,そこから連想するに今回もそう不思議ではないのかなと。人間ってすごいですね。


・『島耕作』作者・弘兼憲史氏「育児に熱心な男は出世しない」(NEWSポストセブン)
→ 無論のことながら弘兼憲史の頭古いなぁと思うわけだが,いい加減な『島耕作』知識でネタ作っている人も相当にださいので,やめた方がいい。「島耕作」本人は家庭を顧みなさすぎた結果離婚してるし,それでそれなりに不幸になっている(この点を指摘したブコメもちゃんとあった)。彼が課長時代にした不倫でできた娘はかなり不幸な死に方をしている。なお,正妻の方の娘の奈美はちゃんと結婚してて家庭も作ってるし,夫はアメリカ人である。一応ではあるが,『島耕作』は二面描こうとはしていた。ただし,奈美の場合は略奪婚で,長いこと事実婚状態だった描写があり,これは判断の難しいところだ。
→ 島耕作は女性遍歴が多彩だが,その期間の大半は独身だし,年食ってくると落ち着いて大町久美子以外とセックス描写ないのに,不倫でのし上がったという誤解が多いんだよなぁ。あと女性の力と幸運で出世したのは間違いないが,彼自身無能というわけではなく少なくとも英語は達者だし,だからなぜ名探偵木暮は無視されるのか……と書き出すと長くなるので,残りは以前書いた別記事に。
→ あと柴門ふみには普通にコメント取ってきて欲しい。同じような価値観とはあまり思えないのだが。


大雪で米原発が緊急停止 外部電源の一部失う(47NEWS)
→ こんなん完全に鉄道の話やろ。あの辺よく雪降って止まるからね……って違うんかい!
→ 実際,愛知県民でよく関西方面に旅行していた身からすると身近な話題であった。もちろん米原駅の方の話。  
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2015年04月15日

最近読んだもの・買ったもの

・『アルテ』1巻・2巻。ルネサンス期(16世紀初頭)のフィレンツェを舞台とした漫画。主人公は下級貴族出身の娘で,家を飛び出て画家の工房に潜り込む。女性蔑視の強い時代で,彼女はいっぱしの画家になるべく奮闘するというストーリー。アルテは主人公の名前だが,artのイタリア語形でもある。そして人間を形作るものはなにか,身につけた努力・技術ではないかということを基本路線に,自立した人間,特にこの時代にあって「自立した女性」を描いていく。その過程がなかなか丁寧ですばらしい。
→ 時代考証は相当にがんばっていて,ルネサンス期のフィレンツェをよく再現できていると思う。この道では先進している『チェーザレ』と見比べても遜色ない。本当に厳密な話をすると『チェーザレ』は15世紀末,フィレンツェがサヴォナローラの独裁に入る前の時期を描いているが,本作の設定は16世紀初頭であるから,おそらくチェーザレの覇業が失敗に終わってメディチ家が戻ってきた頃の時代設定なのだろう。そういう意味では下級貴族だったアルテの実家はよくサヴォナローラの独裁を耐えたな……それこそそこまでは設定を練っていない(必要もない)のだと思うが。





・『東方鈴奈庵』3巻。阿求と小鈴,なんでこんなにかわいいのや……毎巻言っている気もするが言わざるをえない可愛さである。帯にも「カワイイは,幻想郷にあり!」って書いてあるしね。多分,この帯神主は関与してないけど。
→ 話の本筋としては,人里で起こる異変を霊夢と魔理沙が何とかする,という東方ド直球のようでいて意外と見ない展開が多かった気がする。あまりに「霊夢の生活実態がわからない」「村人とのかかわりがなさすぎ」と言われていた影響はあるのだろうか。代わりにマミゾウさんが出てこなかったのは珍しい。
→ 阿求が「幻想郷において妖怪は人間の敵。これはそういうルールなんだから疑ってはいけない真実なの」と言っているが,近年神主は幻想郷のルールが変わってきていることをテーマにしたがっているように見え,本作では古い側の代表が阿求で,新しい側の代表が小鈴という立ち位置だったりするのだろうか。根本的に,以前のイメージよりも『鈴奈庵』や『茨歌仙』,近年のゲームで見ると人里に妖怪が入りまくってて,ルールの形骸化がひどい。
→ 改めて考えるに,永琳が健康管理しているなら幻想郷の医療水準は下手したら外の世界より高いのでは。やっぱり幻想郷は楽園なのでは。


・『東方茨歌仙』5巻。こちらは華扇ちゃんのポケモンマスターっぷりに磨きが。アザラシは想定外だったというか,まさか多摩川のタマちゃん(またはそれに類する生物)のネタで来るとは思わなかった。絶妙に懐かしかった。しかし,2011年に別のアザラシが出てきた時もそこそこ騒ぎになったし,また東京湾の河川に住み着く動物が出てきたら,なんだかんだ言って大きな話題になると思う。その意味で,タマちゃんは幻想郷入りしないんじゃないかな。
→ 本筋,華扇ちゃんの正体については全く進展がなかった。新作ゲームにも出演するようだし,そちらに期待かな。


・『ゆるゆり』13巻。毎話,コンスタントに笑える話を描くんだからすごいと思う。今回印象深かったのは92話,一つも台詞がないのもさることながら,わらしべ長者ならぬ善行してるのにどんどんアイテムのランクがダウンしていって,最後は爪楊枝になってしまうのに,それが一番必要な物だったという。端役のりせ会長と西垣先生が,表面的には一番ド直球な百合をしてるという不思議な百合漫画である。
→ 95話の,1ページごとに話がつながっているようで実は場面が転換されている芸も,笑ったというか感心した。こういう漫画を活かしたネタはなもりは多い。


・『火ノ丸相撲』3巻。関東新人戦が開幕。4巻で作中の人物がまとめているが,火ノ丸にとっては中学の因縁の相手と,同体格別戦術の相手という二大試練を乗り越える巻。そして「草薙」始動の巻でもある。草薙の強さ紹介としては,それぞれ戦術が違う五條と國崎はちょうどいい相手だっただろう(五條が久世と相対するのは厳密に言えば4巻だが)。
→ さらに,先の展開を知っている立場からすれば桐谷の影が見え始める巻でもある。連載当時は「誰に電話してるんだ」と疑問だったが,こうして読むと桐谷と電話していたんだということがわかる。これはいい伏線であった。
→ 横綱大和国は,貴乃花と白鵬を足して二で割らないような感じの大横綱を想定していると思われる。そりゃレジェンド中のレジェンドですわ。
  
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2015年04月13日

非ニコマス定期消化 2015.1月中旬〜2月下旬



ほんと本家のアニメもこれで良かったのでは。いや,これをそのまま採用しろというよりは,シリアスに振るならこういう路線で良かったのではという話で。この漫画くらいきっちり世界観を固めて欲しかったものだ。



1話の時点で嫌な予感はあったんだ……という話は置いといて,デュエリストの皆さんは相変わらずおもしろすぎる。会話が自然につながる素材の豊富さに,制作者のチョイスのすばらしさよ。



完全終了。二度目なので相当なダイジェスト。次はFF4をやるとのこと……ロマサガ3は(小声)



ピアノもいいし,映像もなかなか良い。作品順ではなく,ステージ順というのも意外と目新しくて良い。



艦これゲーム画面で史実の戦闘の復元。終盤の敵の物量の無理ゲー具合が良い再現。途中から日本軍の攻撃力が弱ってる&米海軍が硬くなっていて全然落ちないのも。あと,再現するにはまだまだ未登場の船が多いよなぁと。



そらまあインターネットに親和性の高い大砂嵐あたりは元々知ってるわなぁとw。和装だし浮世離れした世界だから違和感あるかもしれないが,彼らとて元は普通の若者なので。白鵬が「若い人たちが多い」とか言ってたが,彼自身まだ30歳なわけで。



教えられても活動出来る人が少なすぎるよ! 普段のPさんの苦労が忍ばれる動画。



セックスアピール過剰感はあるが,これはこれで新鮮なパチュリーさんかも。



へちょ金剛型かわいすぎる。出遅れる榛名,動きがオーバーな比叡,ボーカル兼任でメガネが光りだす霧島と,妹達の動きがすごくキャラ立っててよい。それで逆にオーソドックスに踊ってる金剛さんも特徴ついてるし。やっぱり霧島さんが一番かわいいな。
  
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2015年04月12日

拙著の利用もお待ちしております

・歴史のテストで、「レーニン」が正解の問題を「ウラジーミル・イリイチ...(Yahoo!知恵袋)
→ 実際これはベストアンサー通り。「『ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ』と知っている人間が,『レーニン』という名前を知らないはずがない」というのは採点者に対する甘えでしなく,仮に採点されていても温情措置です。「レーニン」を名乗った人物が,レーニンとして残した業績から出題しているのであろうから,レーニンが正解。どうしても書きたいならベストアンサーで書かれている通り「レーニン(ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ)」にしといてください。文句なく丸にしますんで。
→ 同様の理屈で,「第一次ウィーン包囲当時の神聖ローマ皇帝」と問われて「カルロス1世」と答えたら,正解扱いされるかは際どいところになる。はてブで出てた「クワトロとシャアは別人」は良いセンスしてると思う。「クワトロ・バジーナ」の名前を聞きたかった設問に「シャア・アズナブル」って書いた人がいたとして,「同一人物だから丸にしろ」って言い出したら,その醜さがわかる。
→ ついでに言うと,それでその試験で満点(やそれに近い点数)なら「余分なことまで知ってて偉いな」になるが,そうでないなら「勉強は手広くやろうな(にっこり)」案件であり,黒歴史に墨汁ぶちまける系の案件なのでは。いるんですよ。ヨーロッパ史ならこういうことするのに「シュリーヴィジャヤ」も知らない奴。貴方が履修したのは欧米史ではなく中学社会科ないし高校世界史なんやで。
→ はてブで出てる「現地語表記で,かつ現地の文字(アラビア文字など)で解答する猛者」は,実際のところ割りと想定していて,大体の場合において×にする。「日本の教育課程を経た教養としての知識」を問うているのであるから,日本語(の漢字仮名交じり文)で解答すべき。これも究極的には「その漢字やカタカナが書けないのではないか」と疑われるのだから。ただしこちらの解答の場合,「その用語のカタカナ表記に問題があるから使いたくない」という信条に由来する可能性はあり,こうなるとある意味「ヴェトナム」「ベトナム」問題に近く,上記の案件に比べると悩ましいのは確かである。


・強大な権力を持ち、主人公のライバルになる『非実在生徒会』の歴史、元祖は?【創作系譜論】(見えない道場本舗)
・「非実在生徒会」の歴史や特徴について、頂いた情報をまとめます【創作系譜論】(見えない道場本舗)
→ 非常に興味深い。1970年代初頭なんじゃろか。系譜についてはおおよそ見えてきたけど,背景はよくわからない。導入された原因としては「大人の背景化」や「不良・番長の代わり」だろうけど,なぜ1970年代初頭だったのか。学生運動終焉の影響はそれなりに説得力を感じる。


・自分の文章が入試問題に使われること(Ohnoblog 2)
→ おめでとうございます? 去年の北大か。
→ そういえば北大の場合は公式解答が存在していて,札幌市内の高校にのみ紙媒体で送付,という謎の形態を取っているので入手困難なのだけど,こういう著作権者のところには送られてないのだろうか。だとすると不親切に感じる。まあそもそも札幌市内の高校にだけ送付というのも「地元の高校生が進学に有利になるように」という意図はわかるものの,自分からローカル大学化することもあるまいにと思うのでどうかと思うのだが。結局,大手予備校や地元の予備校は伝手のある高校からその公式解答を回収してしまうわけだし,普通にHPに掲載して全国公開でいいのでは。(例外として医学部医学科がローカル志向になるのは理解できる。地元出身地元就職の医者は地域医療の観点から言って欲しかろう。)
→ ちなみに世界史について言うと,案外細かい知識まで求めてるんだなぁと言いますか,まあ少なくとも北大については一部の人が考えているような「アバウトな採点」や「主旨があってればというような採点」はしてないと思われます。


・インド・多様性の社会を揺るがす“集団改宗” | 国際報道2015 [特集](NHK BS1)
→ モディ首相にとって,ヒンドゥー教系団体の支持基盤がアキレス腱だというのは,首相就任時にけっこう言われていた。表面化してきたのは案の定というか,悪い予感が当たったというか。  
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2015年04月10日

最近読んだもの・買ったもの

・『僕はお姫様になれない』1巻。みんな大好き徒然チルドレンこと若林稔弥氏の漫画。主人公は「貧乏が原因で兄のお下がりの学生服を着ているがゆえに,男の子と周囲に勘違いされている女の子」で,そこから始まる主要人物たちの勘違いの連鎖で物語が進行する。変な人と素直じゃない人しか存在していないのはいつもの仕様。登場人物のモチーフは童話から取ってきていて,シンデレラ,白雪姫,浦島太郎の乙姫,人魚姫等。勘違いの連鎖がどう収拾されていくのか,期待。

僕はお姫様になれない (1) (電撃コミックスNEXT)
若林 稔弥
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2014-09-26




・『あまゆる』2巻。ど田舎女子高生日常系四コマ。1巻の感想はこっち。アヤの農家出身・ど田舎要素が濃厚に。というかあの立地を見るに,あそこはど田舎というレベルを超越していて,もはや単なる山の中なのでは……北海道でもないのに隣の家がGooglemapで見えないというのは。
→ しかしこれ,どこらへんの地域が想定されているのだろう。「新幹線の止まるそこそこの都市には電車で1時間未満で着く」「雪はそれほど降らない」という要素は出てきているが。私はてっきり東北地方だと思っていたので,雪が積もるほど降らないという情報はけっこう驚いた。
→ 1巻の感想では「この作者にしては百合濃度が足りない」と書いたけど,こちらも順調に……というか急激に上がってきた感じ。お前ら完全に付き合ってるやろ。今後もこの調子でニヤニヤさせてくれることを期待します。





・『冴えない彼女の育てかた』FD。FDという言い方がもう本作だなぁと。中身は要するに短篇集だが,普段よりも明らかに加藤のキャラが立っているというか,加藤の倫理君の正妻ポジションが強化されていて,これを6巻と7巻の間で出版されるであろうことまで計算して短篇集の原稿を溜めてた(連載してた)なら,けっこう計画的な話だなと。刊行ペース自体が伏線になっていると考えると,そういうところでしっかり計算する丸戸らしい。元は企画屋という名の頓挫しかけたプロジェクト立て直し請負人ですからね。
→ アニメ化した際に,このFDのネタがちょくちょく本編に織り込まれていたのはアニメ化の手法として上手いなと。アニメが初見の人には違和感ないし,既読者にはいい補完になってた。
→ 書き下ろし部分の第5.7話は大爆笑したけど,大丈夫かこれ。ここまでゲーム制作の話をしてきたのにもかかわらず,ゲーム中のキャラはメインヒロイン以外明らかにされていなかったところ,ここでぶっちゃけた。タイトルの通りゲームのメインヒロインのモチーフが加藤恵であるところ,サブヒロイン勢のモチーフもエリリ・詩羽先輩・美智留になっていたのね。そこもメタか。
→ 確かに「加藤がフラットすぎて何考えてるかよくわからない」のは本作の肝でありつつ,それで倫也をかっさらっていくものだから腹黒的にも読めるのだけれど,これを作者が本編以外でやるのはうまい「ネタつぶし」だなと。実際には加藤はちっとも腹黒くなくて,とはいえ純粋にフラットというわけでもないのだけれど。それは8巻以降の第二部で明らかにされていくということで。この加藤の強さは雪菜の怪物性に通じるものがあってちょっと怖い。
→ あとまあ「天使がいなくなり,師匠も走りだす一ニ月」と『友情は見返りを求めない』は拾っておこう。あとTYPE-○OONスタッフに対する熱い私信も拾っておこう。ちょっとエロゲーマーに媚びてすぎんよーw。  
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2015年04月09日

from Light to Color

シニャック《マルセイユ,釣舟》すでに完全に会期が終わっているが,書きそびれていたので都美の新印象派展の展評を書いておこう。

新印象派とは,非常に大雑把に言えば印象派の一派であるが,そんなものは字面を見ればわかるのでもう少し正確に説明したい。まずもって印象派とは1860年頃のマネから始まって20世紀初頭に終わる,フランスを中心とした美術運動であるが,これだけだと範囲が広すぎるので,普通はまず二つに分ける。マネ・モネ・ルノワールらを中心とした狭義の「印象派」と,それ以後に登場した「ポスト印象派」である。「印象派」は筆触分割と原色主義に特徴を持つが,「ポスト印象派」はそこからさらに先鋭化した集団になる。しかしこの「ポスト印象派」も大きく二つの潮流に分かれるので,ゴッホ・ゴーギャン・セザンヌの3人を中心とした狭義の「ポスト印象派」と,点描画法を切り開いたスーラ・シニャックらの「新印象派」に分けて呼称することがある。つまり,





[                 (広義の)印象派                       ]
マネ・モネ・ルノワール
                    [      (広義の)ポスト印象派          ]
                    ゴーギャン・ゴッホ・セザンヌ
                                [      新印象派      ]
                                 スーラ・シニャック

という若干わかりにくい分類になっていて,この辺美術ファン向けに書かれた本だとそれぞれ“狭義”の方の意味合いでしか用語を使わないのでむしろわかりやすいのだが,変に一般向けに書かれた本だと広義の意味と狭義の意味での用法が入り乱れて使われていたりするので注意が必要かもしれない。

先ほど書いたように新印象派は「筆触分割を突き詰めたら点描に行き着く」という発想を実践した集団であり,その理論的指導者がスーラである。新印象派の発見は,印象派やポスト印象派的な筆触分割は「動的」で「光のゆらめき」を表現したが,それを理論的に突き詰めたはずの点描は「静的」で「色彩の主張が強くなる」ということだ。非常に不思議な現象だが,実際の作品を見てみると,はっきりとそうわかる。本展のサブタイトル自体が「from Light to Color」であり,完全にこれを受けたものだ。

本展で興味深かったのは,新印象派からフォーヴィスムにつなげていた点だ。フォーヴィスムやナビ派は狭義のポスト印象派,とりわけセザンヌから出てきたものと通常されている。確かに印象派による原色主義から固有色の崩壊に進んだのは,ポスト印象派もそうだが新印象派もそうで,シニャックの固有色崩壊っぷりは前からすごいと思っていた。お前ピンクと紫好きすぎやろ趣味の悪いおばちゃんかとつっこまずにはいられないはずである。

今回の展覧会で,自分の中で一つ発見だったのは,まず点描で肖像画はあわないと感じたこと。ルノワールの作品を指して当時の人は「人間が死体に見える」と言ったそうだが,これは固有色で描かなかったことと,人間と背景を同じような筆致で描いたことが原因である。自分の場合ルノワールではこれはほとんど感じなかったが,点描では感じた。さすがにここまで背景と同化していると,自分の目はそれを人間とは捉えないらしい。加えてシニャックのレベルで固有色が崩壊していると自分の目は抽象画に分類したがるらしく,どうやら自分の中でスーラとシニャックの間に壁があるのではないかと感じた。

すでに終わってしまった展覧会をこう褒めるのもなんだが,キャプションがわかりやすく,印象派から新印象派に移り変わったスーラとシニャックの発想を追いやすかったと思う。予算か何かの都合でスーラとシニャックだらけにできなかったケガの功名なのかもしれないが,ベルギーやオランダでの印象派・新印象派の流行という珍しいテーマを終えたのも良かった(その割にエミール・クラウスの作品が一つもなかったあたり,やはり予算の都合だろうか)。
  
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2015年04月06日

「万人が数学好きになる」よりは……

・マンションポエムとは大袈裟に言うと「建国の理念」である(市況かぶ全力2階建)
→ なるほど。納得感ある。であればあの仰々しさも問題ないと思えてしまう辺り,本当に納得感ある。
→ なぜか指摘されていないが,村というよりも都市国家的で,「帝国都市」か「ポリス」というべきであるような。一人あたりの経済力が高く,経済力に裏打ちされた安定であり自治というのならば。にもかかわらず自治的な小集団というと惣村を連想してしまうあたりは,やはり日本史の方が身近であることの証左か。
・54階建としては日本初、大規模修繕に挑む超高層マンションの総工費は約20億円(市況かぶ全力2階建)
→ 一方でこういうリスクは当然あり。大規模な社会実験だなぁ。


・「許す」と「赦す」 ―― 「シャルリー・エブド」誌が示す文化翻訳の問題 / 関口涼子(SYNODOS)
→ 「赦す」は常用漢字ではないから避けられているだけだし,本質的には「許す」と意味に差異はない……というのは当然ありうるツッコミだが,それを差し引いてもおもしろい解説だと思う。
→ とはいえ,シャルリー・エブドの側が「ムハンマドは風刺を許した」と解釈させるのは傲慢じゃないかと。ムスリム個人個人が自分の責任で言うなり,アズハル大学のような権威が発言するならわかるが,シャルリー・エブドが言っても,風刺自体を問題視しなかった人の神経まで逆なですると思う。かく言う私もいらっと来た。
→ 一方で,「表紙の絵を描いたルスは、襲撃事件が政治的に利用されることに違和感を表明し」ていたのは安心した。それに違和感がなかったら風刺作家としては死んでいる。
→ それにしても,事件の2ヶ月前にパリにいたわけで,爆弾騒ぎが起きてからわずか30分足らずでNATO軍が到着したのは間違ってない警備体制だったのだなと。


・高校の歴史“暗記科目”からの脱却へ(NHK)
→ 拙著でも書いたけど,本当にそうなので,用語減らしましょう。教科書からも,大学入試からも。大学入試から減らすのが,難しいんだよねぇ。
→ これも拙著にも書いたんだけど,「流れ」を重視する歴史が教えられ,出題されれば最も良いんだけど,実際のところ「流れ」は教えるのも覚えるのも問うのも難しいので,皆敬遠する。悲しいことに,歴史好きの皆様が考えているほど「流れ」というのはおもしろいものではないらしいのです。これはよく言われることだけど,歴史教育に携わる者は「歴史好き」や「史学科の学生」だけを相手に商売してはいけないと。学生全員を歴史好きにできれば早いのだが,俺の中の赤い彗星がアクシズ落としを敢行しかねない話になりそうなのでやめておこう。
→ ところで,拙著執筆の隠れた目標の一つが,桃木先生と油井先生にダイレクトでなく読んでいただくことだったのだが,このたび桃木先生にはお読みいただけたようでかつ内容への指摘までいただいたので望外の喜びである。指摘された箇所は早い内に正誤表に反映させときます。
  
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2015年04月04日

ベビプリ自体久しぶりに見たが

・19 Sister Join!
→ 2048の亜種だが,難易度が非常に高い。19まではまず辿り着かず,12くらいまでが限界である。その原因として,まず単純に2^18=262144が最高値であるにもかかわらず5×5マスしかないこと。そして新規で出現するマスが1と2だけではなく,3以降も普通に出現するため。これにより右下(左下)に大きな数字を集めていく定石がうまく通用しない。3や4までなら処理できるが,6や7が登場されると完全なお邪魔ブロックと化す。二つ目の原因は本作と2048の差別化がはかれている要因であり,おもしろい要素である一方,1〜4くらいまでしか出ないモードも欲しかったなと思う。ゴールを目指すという意味では無理ゲーと化しているので。
→ 自分が見つけた攻略法としては,右下or左下ではなく,最下段の真ん中に大きな数字を集め,両端はなるべく小さい数字しかおかないようにすると詰まりにくい。あとは運である。


・フレンチではソースをパンで拭うのが「マナー」ですって?(発言小町)
→ クレイジーホースでも普通にやってる人を見かけたんですがそれは。
→ 少なくとも普通のお店なら,やってソースを堪能したいわねぇ。
→ ところで,クレイジーホースがどこなのか伝わらなかった感があり,いかにムーランルージュ以外が知られていないか俺の中で浮き彫りになった案件でもあった。
→ 結局どっちなんだよ。公的な場や上流階級が行くような店なら,真偽不明のままなのでやらない方が無難ってことかね。


・内務省技術顧問 ヨハネス・デ・レーケ(農林水産省)
→ 「これは川ではない,滝だ」の出典について。元富山県の小学生としての経験で言えば,この言葉は外国人技術者の言葉として必ず習った。真相はこのページにあるように,内務省への上申書の表現がちょっと変わり,かつデ・レーケ本人が言ったことになったというところだろう。
→ 江戸しぐさでもないが,小学校の段階だとこういう真偽不明のものが,おもしろい方が真実として教えられやすいのかなぁと。
→ ちなみにこのページを教えてもらったのは,次のtweetが発端である。



やっぱり常願寺川は滝だよなぁ……黒部川も小矢部川も庄川も神通川も大概だが。荒川もけっこう急なのね。


・相次ぐ反ユダヤ主義の暴力、国外移住も視野に フランス(AFPBB)
→ あの事件にはいろいろ言いたいところはあるが,ひとまず,迫害を受けていた側がそれを理由に移住し,移住した先では迫害する側に回る。そのために宗教対立が煽られてまたテロリストが跋扈し……というのはひどい憎悪の連鎖だなと。あの出版社が襲撃されたのは自身の風刺画像が原因であって,パレスチナ問題ではないはずだが。居住地によらず宗教で括ってしまい,勝手にユダヤ人VSムスリムに仕立て上げた挙げ句,ユダヤ人を迫害する愚をフランス人(の一部)自身がやってしまってどうするのか。  
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2015年04月02日

架空ロマン国家ですわ>「ビザンツ市国」

・銃弾すら斬る!ルパン3世・石川五エ門の技は不可能…じゃなかった!【歴史マンガウソホントVol.5】(BUSHOO!JAPAN)
→ 実際にできるもんなんだなと素直に驚く。昔は『空想科学読本』読者だっただけに。
→ 史実の幕末で記録があるわけではなく,現代の居合いのプロが成し遂げたというあたり,本当にルパン3世っぽくてよい。


・アニメ業界を脅かすキャベツの作画問題(Togetter)
→ オーガストファンとしてキャベツは本当に許せないんだけど,こう制作する側が特化して気にする象徴的存在となってしまうと,許せないだけに何も言えなくなってしまう。別にそういう象徴にするために許していなかったわけではないのだけれど。
→ というか,キャベツが象徴化されすぎているだけで,Togetter内でも指摘されているように,あのアニメ他のシーンもひどかった(どどんまいとかね)。しかも作画以外も脚本とかひどかったので(許されたのは声優さんだけなのでは),キャベツだけ象徴的に批判されてもなぁと。キャベツが特権的に地位になりすぎてしまっていて,あのアニメ全体が駄作だったことが語られないし,タブー化している感があり,なんとなく納得できないところがある。


・もしビザンチン帝国が滅びずに存続し続けていたら(歴史的速報@2ch)
→ これはいろいろパターン考えられる。どの段階からリスタートするか(ifを考えるか)で大きく異なる。
→ マラーズギルドの戦いで大敗しなかった場合で考えれば,少なくともフラグの来襲までは小アジアをギリシア正教圏として保ったまま繁栄が続くだろう。もっともこの場合,十字軍が発生したかどうかのレベルで世界史が変わるので,「ビザンツ帝国」単体での未来予測は難しい。仮に十字軍が起きたとしても第4回十字軍のような羽目には陥らないと思うし。ただ,いずれにせよフラグに殴られて死ぬのでは。奥さんがネストリウス派だったのにかけるか。そこを生き延びても次はティムールに殴られる可能性が……存続はどうあがいても無理なのでは。
→ 仮にビザンツ帝国が16・17世紀まで生き延びたとしても,おそらくプロノイア制を脱するのは困難で,中央集権化には手間取ったであろうし,産業革命やフランス革命が起きても無視しそう。史実よりも弱いオスマン帝国らしき物体になってしまって,近代にはロシアの圧迫を受けよう。そこで「ローマ教皇」的な生き延び方をするか,「青年ビザンツ革命」的なものが起きて滅亡するかはわからないが,前者はロマンのある妄想。「ビザンツ市国」ないし「コンスタンティノポリス市国」として,元スレ内にあるように世界中から観光客を集めて欲しいものである。
→ オスマン帝国が勃興しないとするとエジプトではマムルーク朝が生き延びるか,別の王朝が成立していてもビザンツ帝国と争う理念も利権もない。イラン・イラクも同様で,しいて言えばサファヴィー朝が安定してイラクを統治するので,史実よりもイラクのシーア派人口が増えていたかも。何よりもオスマン帝国の圧迫がなくなった西欧が,どの程度近代化するのかという点で,やはり世界史的影響力が多大である。私はなんだかんだ言って西欧は飛躍するんじゃないかと思うし,大航海時代・ルネサンス・宗教改革・絶対王政・産業革命・フランス革命と史実通りに発生するのではないかと思う。オスマン帝国の圧迫は近世西欧の一要因でしかないので。


・【規格外新人】圧倒的歴史大作スタート!「月!スピ」新連載『辺獄のシュヴェスタ』の作者、竹良 実の受賞作『地の底の天上』を公開!【無料試し読み】(コミスン)
→ 読み切りが一本丸々読める。この読み切りがおもしろい。時代が中世なのか近世なのか若干わかりづらいところがあるが,玉に瑕といえるのはその点くらいだろう。
→ (以下ネタバレ)芸術家同士が顔もわからず作品で語り合うというテーマ自体はありふれているし,それに贋札を使うのもある話ではあるが,きっちりラブストーリーに仕立てて革命まで絡ませるというのは斬新だった。
  
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