2015年06月29日

咲関連の気になったもの(14年10月中旬〜15年2月上旬頃)

・第132局 キーパーの本能(あっちが変)
→ 言われてみればそのオチwwwww副将同士だしなぁ。ネタなのにすごい説得力がある。さすがにボーリングの玉をキャッチしたらケガするのではw,という現実的な話を横に置いとくなら,「グリークチャーチなのにツモれない……!?」となる鷺森灼さんが見れたりする可能性。これで絹恵ちゃんも(極々制限された条件下でしか発動しない)能力持ちだ。
→ ちょっと考えてみると,二人とも関西圏なのだから,阿知賀の麻雀部がインターハイ終了後も麻雀を続けるなら,地方大会とかで衝突する機会があるのでは。二人の対決は見たいなぁ。


・『咲-Saki-』第132局『恩義』感想 「感謝の気持ちは試合で返す――!」(気分次第。)
→ 省略された中堅戦の南2局と南3局の補完予測。


・花田煌が監督にゴマすってレギュラー確約させてた(NaNじぇい)
→ 友清さん人気過ぎwwwww すばら先輩が実際には聖人だからこそ際立つギャグだ。いや,「清」い「友」なので,本人もぐう聖だったりするのかもしれないが。
→ 実際,その辺のエピソードはリッツが考えてそうではあるのだけれど(>「友清さんはいずれ描くかもしれないので…勘弁してください。」),陽の目を見る日が来るのかどうかは本人のみぞ知る。


・永水の六女仙の元ネタである『霧島山幽境真語』のご紹介(私的素敵ジャンク)
→ これも間違いなく元ネタの一つであろう。これ以外にも隠れ念仏とかいろいろくっついてできているわけで,複雑さがすごい。


・小林立先生のキャラクター愛称一覧(麻雀雑記あれこれ)
→ 呼び捨て・ちゃん・さんとけっこう区別してるけど法則性はちょっとわからない。というかなさそう。まあこういうのってノリかも。
→ あと,作中の誰かからの呼び方が印象あって,その呼び方になってるというのも大きそうな気がした。「咲さん」は明らかに和視点の呼び方だし,「京ちゃん」は咲視点,「純くん」は国広君視点,とか。それで行くとけっこう納得できるのが増える。
→ その中で燦然と輝く「弘世様」と「煌先輩」と「サトハ先生」,そして「政治家さん」w。我々に時々起きる「さん/様」をつけてキャラを呼びたくなる現象が,リッツ本人にも起きているのかも。


・『咲―Saki―』 第137局[辛抱](さくやこのはな)
→ ユキと和のやりとりについては,記事中の予想が割りと当たっていそうな。『エトピリカになりたかったペンギン』という題名と二人の会話,そして二人の背景から想像するに。
→ 『エトピリカになりたかったペンギン』,『咲-Saki-』本編の最終巻の限定版におまけでついてくるという予想を立てているのだけれど,どうだろうか。(『君が望む永遠』の『ほんとうのたからもの』を彷彿とさせるので,ぱっと思いついただけだけど……)
→ 「雲外蒼天」は東方緋想天のBGM名にそんなんあったな,というくらいで出典がわからない(※)。ZUN(かあきやまうに)ならわかるんだろうか。私は「天衣無縫」が好きです(『咲-Saki-』関係ない)



→ 聖書の文言の解説は普通に勉強になった。引かれた文言とその解釈に立つと,尚更『咲-Saki-』は予定説的な世界だなぁと思うわけだけど,どうでしょう。


※ けっこうがんばって調べたのだけれども,twitterで協力してくれた人の情報も含めると
・富岡鐵斎の七言絶句の題としたものを発見したが,富岡鐵斎の全集(『富岡鐵斎』京都新聞社 , 1991)を引いたところ,その七言絶句こそ発見したものの,画賛(絵画に付した漢詩のこと)であり,画の題は「富岳絶頂図」である。雲外蒼天ではなかった。題は引用者が付けたものであろう。つまりこれは否定される。
・かなり新しい造語で,確固たる由来は無いという説。ただし,少なくとも1997年に書道でこの言葉で受賞している人がいるので,それまでには存在したし,書道で受賞する層にはわかる言葉だった模様。驚くほど新しいというわけでもないようだ。
・"雲上在蒼天"なる言葉を司馬遼太郎が『故郷忘じがたく候』で使っている(1968年出版)。司馬遼太郎の造語か彼がどこかの漢籍から取ってきたか。それが四字熟語になる過程で「在」が脱落し,「上」が「外」に変わったとするとわかる話ではあるが,少々無理がある気も。
・"every cloud has a silver lining"からの翻訳で,その出典はミルトン説がある。ミルトンが出典ということ自体は信用してよさそうだが,ミルトンにせよディケンズにせよSilver liningという語彙を使っているだけで,"every cloud has a silver lining"自体の直接の原型ではない。直接の初出は1885年のギルバートのオペレッタ「ミカド」である模様(調べた人がOEDを使っているので,これは確実だろう)。
→ そうすると今度は「誰が・いつ“雲外蒼天”と訳したのか」「“雲上在蒼天”との差異は何か(司馬遼太郎もミルトンまたはディケンズまたは「ミカド」を参照した?)」「そもそも原文に「蒼天」の要素は無いが,どうして意訳したのか」という話になる。
→ ミルトン・ディケンズ・「ミカド」からの和訳説が正解だとすると,これもう完全に学者の仕事なんですが……『咲-Saki-』ファンの明治文学・翻訳研究の人,論文のネタにしよう(提案)  

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2015年06月27日

確かに手書きの地図は書かなくなって久しい

・「筆談ホステス」斉藤さん当選 音使わぬ選挙戦に法の壁(朝日新聞)
→ こう書かれるとけっこう重い。備忘録として残しておく。
>斉藤さんは街頭演説の代わりに、ボードに文章を書いて見せようと考えたが、公選法が禁じる「文書図画の掲示」にあたる可能性があるとして断念。告示後は有権者一人ひとりに名刺を渡してPRしたが、これも違反の恐れがあると警察から指摘され、支援者とともに有権者に声をかけるしかできなかった。
> 「今の選挙制度は、『音』があることが前提。言語や聴覚の障害者を排除しているのでは」と訴える。


・もしもインターネットがなかったら・・・ - (Yahoo! BB)
→ これインターネットじゃなくてパソコン(IT機器全般)だよねという至極当然入るツッコミを除けば,けっこうおもしろい記事。まあ元がYahooBBのPR記事なので,インターネットということにしておかないとPRにつながらないということなのだろう。さて,私自身アラサーなので,こういう労働環境は『課長島耕作』の中でしか見たことが無い。エアシューターは確かに「ダウト」と言いたくなる。
→ ファイリングは現代でも大事では。どうしても紙媒体の資料にしかならないものってあって,そういうのに限って重要だったりよく使ったりするので。
→ IT全く関係ないけど,禁煙が進んだのは本当にすばらしい。体質的にタバコはダメなので,それだけで会社勤めが危ぶまれるレベル。現代で本当に良かった。
→ 手書きの地図と携帯電話の無い待ち合わせは,小学生時代の自分も体験した。これは仕事とは無関係に革命的。
→ IT化で個人主義化が進んだのは間違いなくあるだろう。同時にホワイトカラーの仕事がごっそり奪われたのも。


・“教員の質の向上”とやらで教育の問題が解決できるわけがない(Danas je lep dan.)
→ 大筋で同意で,異論は無い。まずは教員を増やすことに尽きるだろう。日本の教育にかける公的支出は諸外国と比べて少なすぎると言われているのだから,もっと予算をつければいい話である。この期に及んで「少子化が進んでいるのだから,教員数は減らせる」とか言い出す財務省は論外。予算を増やしても国民からの文句も出なさそうなもんだが,やはり文科省自体が弱いからか(ご存じの方はご存じの通り,国家公務員の中では不人気役所です)。
→ ただ,現在の縁故採用・学閥は国家資格化すると減るのかも。あれはあれで大問題ではあるので。
→ 修士を要件にした上で教員数を増やせば,もろもろ解決できるのでは,とは前に考えたことがある。学部の4年間よりは修士まで含めた6年間の方がまだしも時間的にゆとりがあるだろうし,学部卒を門前払いすることで異常な高倍率もある程度緩和されるだろう。何より高学歴ワーキングプアー問題の解決に一歩前進するのでは。


・ぜおんぐさんが語る『ネパール政府とネパール毛派と中国共産党とインドの関係』(Togetter)
→ ネパール王国は清と英領インド帝国の両属で,琉球と似たような状態だったのよな。イギリス側が併合に興味なかったとはいえ,現在まで独立を保っていること自体が割りと歴史の怪奇かも。ちなみにネパールは1924年に中華民国に朝貢使を派遣していて,当時の孫文が演説でこれに言及している。英領インドに併合されていないネパールは中国に朝貢に来ているのに,宗主国たる中国は半植民地状態であるのはおかしい,と。しかし,ネパールも完全に自立していたわけではないので,その主張もどうなのだろうか。
→ 似たようなものとしては琉球以外だとカンボジアがあって,ベトナム(阮朝)とタイ(バンコク朝)に両属していた。ベトナムがフランスに侵略され始めると,フランスの保護国となってこの両属から脱することになるが,琉球ともネパールとも違った結末である。タイ人が自国史を語る際にしばしば「チャクリー改革において,我が国は膨大な領土(カンボジアとラオス)をフランスに割譲した」とその“屈辱”を表明することがあるが,(主権国家体制と前近代の領土を同一視できないとしても)普通の国は朝貢国を自国領に含めないし,いずれにせよカンボジア・ラオス・ベトナム人には非常に失礼な話で,タイ王国の中華思想も大概やなとと思うことがある。  
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2015年06月25日

琳派らしさをあまり感じない琳派の一人

尾形乾山「銹絵山水文四方火入」サントリー美術館の尾形乾山展に行ってきた。「乾山見参!」というダジャレが上手いこと決まった展覧会だが,尾形乾山の作品を一気に見るという良い機会であった。考えてみると,尾形光琳から切り離して,完全に乾山だけを見るという機会は無かったように思う。

尾形乾山は言うまでもなく尾形光琳の弟で,京の北西,仁和寺の付近に窯を開き,兄とともに琳派の一角を担った陶芸家である。尾形乾山の特徴は二つある。絹本に描くべきではないかと思われるような緻密な花鳥画・山水画の描写と,白釉と鉄錆(黒)による完全モノトーンの世界である。同じモノトーンというと志野焼がそうだが,あちらは白色に温かみがあったり,鼠志野というバリエーションもあるが,その点乾山の作品の鉄錆絵は完全モノトーンで,なんというか外側とは隔絶した世界を器の内側に閉じてしまっていて,硬くて強いインパクトがある。画面に一つの世界を作るとは絵画ではよく言われることだが,陶磁器では聞かない。乾山にとっては,やはり皿一枚が絵画一枚なのだ。

乾山はモノトーンな作品ばかり作っていたわけではない。カラフルな作品も多い。カラフルな作品は実用的な懐石具の量産で生まれたもので,活況を呈した京の経済に乗った形である。京都人の趣味を知り尽くしたものを供給できたのは,本人も京都のど真ん中で生まれ育った文化人であるという面目躍如だろう。紅葉をかたどり竜田川を連想させるものなど,その最たるものだ。こちらの懐石具のイメージは私にはほとんどなかったので,かなり新鮮であった。

それはそれとして,改めてじっくり見てみると,乾山の作品は琳派らしくない。別に光琳との仲が悪かったわけではない。合作だってある。私は乾山が琳派に当たらないという奇抜な主張をしたいわけでもない。影響関係を考えても乾山は琳派だろう。ただ,「デザイン性が高い」「人工的な構図」「金銀の多用」「ジャンルにこだわらない多岐にわたる活動」といった作風上の条件から考えると,乾山の活動は「デザインというよりは完全に絵画」「構図は普通」「モノトーン,またはカラフルで金銀は見られず」「陶磁器に限定」と,どれをとっても全く当てはまらない。懐石具の方に琳派的なデザイン性を感じなくはないが,逆にそこだけにしか見えないという気も。これはこれで一つ発見であった。
  
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2015年06月24日

やっぱり《光の帝国》が良い

マグリット《光の帝国供 国立新美術館のマグリット展に行ってきた。当初はかなり混んでいたようだが,さすがに会期末も近づいてきて,自分が行ったときにはそれなりに空いていた。「本格的な回顧展」と銘打っているだけあって,超有名作は来ていないにせよ,マグリットの画業を十分に追うことができるだけの質・量を兼ね備えた展覧会で,上半期では最も意義深い展覧会だったと言ってよいと思う。

マグリットの興味・関心は,一貫して言葉―イメージ―事物の関係性にあった。ゆえに代表作はやはり《これはパイプではない(イメージの反逆)》にほかならないのである。しかし,そこに辿り着くまでには,当然だが彼なりの葛藤がある。これがなかなかにおもしろいというか,存外にステレオタイプな当時の画家の道を歩いている。1898年生まれの彼の幼少期は,ちょうど「今はこれが主流」と言える時代が終わった頃で,そこには印象派もいればフォービスムもいて,キュビスムもいたし,ダダイスムも始まった頃だ。だからマグリットの画業もそこらから始まっている。言葉は横においておくとしても,イメージと事物の関係性に関心があればキュビスムに向かうのは理解できるところで,1925年頃までの画業は駆け出しということを考慮しないならば,上手いキュビスムの作家,という印象でしかない(上手いと思えるあたりに後の片鱗が見える)。

そして,1924年にアンドレ・ブルトンが有名なシュルレアリスム宣言を発表すると,1926年にはマグリット自身がベルギーからパリに移住し,1929年にはダリの別荘を訪れて影響を受け,マグリットも次第にシュルレアリスムに傾倒していく。シュルレアリスム絵画としてはすでにジョルジュ・デ・キリコとマックス・エルンストが先行しており,キリコの作品はマグリットも見ていて影響を受けていたらしい。とすると,マグリットの完全な同世代にデルヴォーがいるはずだが,ここで言及がなかったということは深い交流はなかったということか。これは後で調べておきたい。そうして本格的なシュルレアリスム絵画の制作にとりかかっていった。代表作の一つ,《恋人たち》が1928年である。1930年には大恐慌の影響とブルトンとの仲違いからベルギーに戻っている。

マグリットの最大の特徴であるデペイズマン(意外なものの組み合わせ)を積極的に取り入れ始めたのもこの時期であるが,これは当初の目標(言葉―イメージ―事物)から考えれば自然な着想であろう。イメージ(絵画)の上では十分ありうるが,事物(現実)では決してありえない。しかし,1926〜40年頃のデペイズマンは,ややわざとらしいというか,ごちゃごちゃとしていてあかぬけていない感じがする。戦時中はベルギーがナチス・ドイツに占領されたが,その反発から明るい画風に変わり,さらに戦後には表現主義的な抽象表現を取り入れた。しかし,これらはいずれも受けが悪く,1950年頃から元の画風によるシュルレアリスムに戻っていった。

この晩年の作品はいろいろと実験的な作風変更を経たからか,それとも単純に円熟味が増したからか,すっきりとした画面構成となっている。キャプションでは「画面全体の統一感がある」というようなことが書いてあったが,なるほどと。代表作《光の帝国》(今回の画像)や,《ゴルコンダ》,《これはパイプではない(イメージの反逆)》のどちらもこの時期である。なお,《光の帝国》のうち今回出品されていたのはIIで,本当に有名なのはIの方。《光の帝国》自体は全部で22パターンあるそうだ。画像を見ていると難しく考えそうになるが,マグリットの場合はそうではない。「地面は夜なのに空は昼。現実ではありえないが,絵画ではありうる」「同じような人間が宙に浮いている。絵画ではありうるが,現実ではありえない」「これは本物のパイプではない……ってバカにしてんのか」ということ,それ自体がマグリットの狙いだからだ(無論,《ゴルコンダ》からはそれに付随して現代人の浮遊する自意識・苦悩を読み取ることもできるし,それもまた狙いではあろう)。その意味で,楽しんで見やすい展覧会ではあるだろう。それを提示し,日本のシュルレアリスム理解に貢献しただけでも,良い展覧会だったのではないか。
  
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2015年06月23日

非ニコマス定期消化 2015.3月下旬〜4月上旬



信長の野望(というか歴史SLG)にTASがあったこと自体が驚き。そしてこうなるんだなぁ……確率で発生する戦法を100%発生させられるのが最大の利点かな。誰かVicRやHoI2でもやってください。VicRなら,最速ハワイ文明化とか,ロシアで世界征服とかですかねぇ。



前に紹介したDQ5のTASの,SFC版とPS2版の比較。奇しくもどちらも50分強でクリアしているため,序盤とエンディング付近は進行がだぶる。中盤,SFC版はエンディング呼び出しである代わりに幼年期はまともに進んでいくのに対し,PS2版はバグらせつつもミルドラース自体は普通に倒すため,途中まではPS2版の方が進度が圧倒的に早く,SFC版の巻き返しがまたすごい。全然進み方が違うのにもかかわらず,なぜかエンディングがほぼ同時という帳尻の合い方は必見。




エイプリルフール。毎回違和感なくよく作るなあと思うが,今回は素材がかなり少ないはずで,尚更すごいと思った。



最新のニコニコメドレーというとこれなのかなぁ,という感じ。





ここからエディさんとおやつの人のボス戦を減らす研究競争が始まった。意外とボス戦から逃げられるもんなんやなぁ……



完結。エディさんお疲れ様でした。結果は2時間16分。かなり縮んだ。




1年目の最大総資産を目指した動画。資金が約100兆円で全物件買い占めで達成できる。TASさんらしいやりたい放題。



潜水艦算数はちょっと素で感動した。  
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2015年06月21日

5・6月に行った美術館の展覧会

小林永濯「菅原道真天拝山祈祷図」3つまとめて。

芸大美術館のダブルインパクト展。芸大の所蔵物と,ボストン美術館の所蔵品から,明治日本の美術風景を紹介しようという企画展示。東京での会期はとっくの昔に終わっているが,名古屋ボストン美術館にも巡回するのでまだ見れる(8月30日まで)。タイトルの由来は日本が西洋に与えた衝撃,西洋が日本に与えた衝撃の二つの衝撃という意味合い。なのだが,どうも日本上げの雰囲気が強いキャプションが多かった。つまり,日本が西洋に与えた衝撃は言うまでもなく絶賛され,西洋が日本に与えた衝撃については「手先の器用な日本人は,柔軟に素早く西洋を摂取した」という。それ自体は間違っていないが,紹介の仕方として日本人の美徳・民族性に絞ってしまうのは,おもしろみに欠けたのでは。その意味で,芸大がやったにしては俗っぽい展覧会であった。世間の良くない流行に乗ったのだとすると,かなり残念に感じた。深く考え過ぎな思い込みだと良いが。同じことを考えた人は他にもいるのではないかと思う。

とはいえ,展示された作品は良い物が多かった。ポスターにも使用されていた小林永濯の「菅原道真天拝山祈祷図」(今回の画像),本邦初公開らしい橋本雅邦の「雪景山水図」は見に行ったかいがあるものだった。


文化村のボッティチェリとルネサンス展。なぜかやたらと会期が長いので,まだやっている。最近はやたらと(劣化した後の)ボッティチェリが日本に来るな,と思ったら冒頭のウフィッツィ美術館館長だったか駐日イタリア大使だったかの挨拶文にも「近年ボッティチェリの作品が多く日本に貸し出され」といった文言があって笑った。やっぱり向こうもそう思ってんのね。実際,ボッティチェリは若干見飽きた感もあったが,フィオリーノ(フローリン)金貨・銀貨の展示が豊富にあって,これはおもしろかった。こいつがドゥカート(ゼッキーノ)金貨と競ってたんだよなぁ。他にメディチ銀行発行の為替手形とか,旅行者の携帯物(短剣・手桶・鎖など)とか,奢侈禁止令の布告文とか。絵画に飽きられている感があるなら,こういうものを持ってくるのも企画展の一手だと思う。

そういえば,文化村は今年から,過去にやった展覧会の図録を展示の最後に設置するようになった。これを見てると2004年以降ならかなり足を運んでいる自分がわかって自己満足できる。読んで当時の展覧会を思い出しているとけっこう楽しめる。


・東京都美術館の大英博物館展。これも会期中で,巡回もある。こういう○○博物館展はもうあまり行かないことにして,なるべく現地に行くことを目標にしようと最近考えているのだが,さすがにウルのスタンダードが来るとあっては見に行かざるをえなかった。ところで,私の友人に「大学で古代オリエント史をやったから,卒業旅行は大英博物館にウルのスタンダードを見に行くんだ……」と言って本当に行った男がいる。彼もまさかその2年以内に向こうが日本に来るとは思っていなかったに違いない。もちろん,現地で見たのが大事とも言えるが。

そのウルのスタンダードについては「見た」としかいいようがないのだが,その他バリエーションに富んだ展示品で,純粋におもしろかった。人類史を代表する100点ということで,歴史上の世界各地の風俗を紹介する工芸品の展示であった。インダス文字の印章,オルメカ文明の仮面,リディアの金貨,アメリカ先住民のパイプ,唐三彩,キルワ出土の陶片,聖遺物容器,ルイス島のチェス駒,アストロラーベ,大明宝鈔,ムガルのミニアチュール,ワヤンの影絵人形など。リディアの金貨はキャプションが「鋳造貨幣」になっていた。これは書いた人の責任問題なのでは(世界史警察)。アストロラーベはセンスの良いTシャツに使われていたので,思わず買ってしまった。

日本の物では縄文土器,銅鏡,三島茶碗,柿右衛門,北斎漫画,自在置物というチョイス。銅鏡以外は納得できるチョイス。銅鏡(平安後期)を出すなら蒔絵・螺鈿の漆器の方が良かろう。ただ,根本的に日本の物が多すぎないかという疑問はある。ただ,これは元々大英博物館側の企画だったようなので,イギリス人にずいぶん評価してもらったもんだなぁと思えば,まあ悪い気はしない。芸大の展覧会では上述のようなケチをつけたが,こういうふうに外から評価してもらっているからこそ,自分で言うのはなぁと思うのである。
  
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2015年06月20日

咲関連の気になったもの(14年9月中旬〜10月上旬頃)

久々に。

・阿知賀女子が大会前に遠征した高校の地名をざっくりと (何の変哲もない咲の地名紹介)
→ 咲に登場する高校がやたらとマイナーな地名を冠していることが多く(千里山や宮守は例外),ここの「何の変哲もない咲の地名紹介」さんの紹介を読んで知るということが多いが,遠征先もやはりマイナーなところが多い模様。その中で静岡県・駿府だけやたらとメジャーなのはなぜだろう。
→ 遠征先として見るなら,まずまず行きやすいところがそろっている中,千葉県・真門海岸の途方も無い遠さ。赤土さん,よくここに辿り着いたな……ものすごい時間がかかったと思う。案外,向こうも千葉市くらいまで出てきてくれていて,合宿所を借りて練習試合したのかも。


・新道寺女子の哩先輩と姫子が通い詰めたかもしれないラブホテル(近代麻雀漫画生活)
→ 通称「絆ホテル」の中に入ったいのけんさん。二次創作的ネタではあるけど,海外旅行とは別の意味で,究極の聖地巡礼かもしれない。
→ そう考えると,ストラスブールまで『ホワルバ2』の聖地巡礼に行っておきながら,春希の泊まったホテルには泊まらなかった私は中途半端であった。まあ,あれは度胸の問題ではなくて金銭の壁に負けた結果ではあるのだが。


・【考察】白水哩の和了は普通の期待値では測れないそうなので計算してみた(麻雀雑記あれこれ)
→ 計算複雑すぎワロタ。だが説得力は高い。哩さんはリザーべションをかけたなら,親の役満が相手でも無い限り降りちゃダメってことはわかった。
→ クソリプ気味にしいて言えば,個々の事象における確率とそれがもたらす結果の影響は,純粋な期待値だけでは測れないという点をどう考えるか,かな。宝くじは期待値を考えると買わないほうがいいが買う人はそもそも期待値で考えていない,とかそういう話で,麻雀なら実際には順位とか見て攻め降りを考えるだろう。それこそ哩さんならそこまで考えて押し引きするだろうけど。
→ そう考えると,作中の新道寺が圧倒的最下位という状況は,哩さんに「期待値だけ」を念頭に入れて押し引きを考えさせる(=結果的に押しまくる)のを描写するのに格好の(リッツにとっては合理的な)状況だったんだなと。


・隠れ念仏から永水女子の設定の根源を探る(私的素敵ジャンク)
→ 霧島神宮と南西諸島,何か関係あるのかとは疑問に思ってたところなのだが,こういうものがあるとは。
→ 迫害から逃れた一派が本流とのつながりを断ってしまって,信仰そのものが別物に変質する(そして迫害が止んだ後も戻らない)というのは「隠れキリシタン」でもあったことだが,一向宗でもあったというのは『咲-Saki-』抜きに驚き。


・第132局[恩義]のあのやりとりの元ネタとそれにまつわるあれこれ(さくやこのはな)
→ 第132局の 『旧約聖書』からの引用について。 旧約を使うあたりは,爽はともかくユキらしくてよい。そして爽の引用は状況が間違っていて「あいまいな記憶に基づいて」いるのに対し,すぱっとその前後からそれらしい文を持ってくるユキのかっこよさ。  
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2015年06月18日

蝿と蝸牛と言われると不思議と納得する

・「浦賀船渠ノ航跡」の中止の理由について。“イベントを潰す方向に向いた経緯がここまで詳らかにされたケースは少ないと思います」”(Togetter)
・「浦賀船渠ノ航跡 中止問題」 中間レポート: 開催中止に至る経緯(ktgohan blog)
→ これ,中止になった当時はそこまで興味がなかったのだけれど,こうして内情を知ると記憶しておくべき事件だったんだなとわかる。執念で暴いたktgohan氏には敬意を表したい。
→ Togetterで指摘されている通りだが,やる気はあるけど物事を運営するには善人すぎる人に,金銭にいい加減で名誉だけ欲しい人が加わるとろくでもないことになる。前者も後者も自らの能力や性格に自覚がない人が多いのも,こういうトラブルが起きがちな背景であろう。裁判中であるなら,きっちり決着がついてほしいと思いつつ,続報待ち。


・川の名前を調べる地図
→ この間の地形図とあわせて活用したい。
→ 行政上名前がついてないと不便だから当然ではあるのだが,こんな小さい川にまで名前がついてるんだなという感覚と,さすがに小さい川の名前は適当になっているというおもしろさが同居する。
→ 地元の話をすると,豊川が意外と水路が入り組んでて,さすがは昔の暴れ川。そりゃ放水路も入りますわ。
→ どの川でもそうだけど,上流までさかのぼっていくとどんどん細くなっていって,ドブ川と化したり地下に入り込んだりするのがおもしろい。いろんな川が合流して水量が増していくんだよなぁ。この水脈がこの川につながってたのか,という新しい発見もある。


・徳川家康が60ぐらいで亡くなったとしたら・・・(歴史的速報@2ch )
→ これは割りと妄想しがいのあるネタ。1602年とすると,けっこう絶妙なタイミングかも。確かに秀忠の権力が固まっておらず,家康が将軍になっていない以上秀忠が将軍になれるという保証もなく,とはいえ関ヶ原は終わっているという。徳川家の権力掌握の完成を大阪の陣と外様大名の改易に求めるとするなら,そのタイミングで家康が死ねばまだまだ争乱が続くということになり,実際その通りだろう。
→ 一方,関ヶ原が終わっていて戦後処理も進み,諸大名の中で突出した軍事力と経済力を有したという点で徳川の優位性は揺るぎなく,致命的なお家騒動になるとも考えづらい。スレ内で結城秀康が担ぎあげられる説が出ているが,彼にそこまでの野心があったか。家臣団の派閥争いはあるにせよ,徳川本体が劣勢になる状況下で割れるかとまで言われると疑問で,秀忠がそこまで凡愚だったとも思わないし,最終的な帰結はあまり変わらないかもしれない。影響があるとすれば,鎖国の開始が遅れていたか,そもそも無かったかという可能性は考えられる。そこまで話をつなげるなら歴史に大きな影響を及ぼすが,本題から外れるのでやめておこう。
→ あー,忠輝に乗っかって爆発炎上,歴史の徒花として消えていく一派とかは出てきそう。伊達政宗は途中まで忠輝にベットした挙句,やっぱこいつダメだわとなって降りて,無駄に歴史の徒花増やしそう。もっとも,姻戚関係にならない未来もありうるが。


ヨーロッパ中世の写本における「騎士対蝸牛」図像の謎(Togetter)
→ いかに中世といえども, 普通の美術作品だとほとんど出てこない図像だと思う。写本だと多いのかもしれない。同様にこういう謎の発想力ってルネサンス以降の絵画でもあまり見なくて,そういう意味でも別の文脈だなぁと。
→ やっぱり,罪人の象徴なんだろうと思う。さすがに何の象徴体系もなく,突拍子もなくこんなのは描かれないので。当然素で描いてて,カタツムリが竜や獅子と並ぶ強敵であり,騎士と巨大カタツムリと戦わせて違和感ないあたり,中世ヨーロッパの世界観は古今東西どこの文明圏ともちょっと違う。  
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2015年06月17日

最近読んだもの・買ったもの

・『ゴールデンカムイ』2巻。今回も引き続きめちゃくちゃおもしろい。過熱する主人公二人と陸軍の争い,土方歳三の本格参戦,杉元とアシㇼパのすれ違い,杉元捕縛,「脱獄王」白石の合流と展開する。白石そんなメインキャラだったのか……いやまあキャラは立ってるが。土方歳三は70歳超なはずで,フィクションとしてもあれだけ立ち回りのできる描写としてはギリギリの年齢かな。そういえばこの頃まだ斎藤一は現役で警察官のはず。出てきたらおもしろいが(とか書いてたら3巻で永倉新八が出てくる模様)
→ アイヌ料理の描写が秀逸で,上手いこと描いている。ぶっちゃけて言えば我々から見るとグロ注意としか言えない料理も多いが,アシㇼパが和人に理解ある少女であることと,杉元が悪い人ではないために純粋なカルチャーショックとして流せている,というのは大きい。どう考えても和人にうさぎの目玉はきつい。割とゲテモノに耐性のある私でもこれはちょっと勘弁。一方で,うさぎの肉と行者にんにく入りの鍋は絶対に上手い。味噌があうだろうなー。アシㇼパにはうんこ扱いされていたが。


・『シノハユ』3巻。3巻になって改めて書くべきことでもないかもしれないが,本編に比べてゆったりした雰囲気で,落ち着いている。実際の時間の流れは本編よりも圧倒的に早いのに,どういうことか。同時に,ものすごく郷愁を誘われる。別にこんな小学校時代が自分にあったわけでもないし,確かに本編からすると15年以上昔だが,本編自体が時期不明瞭で『シノハユ』も2000年頃の日本を描写しているわけでもない。にもかかわらず,この郷愁はどういうことか。
→ 我が身を振り返るに,小2で一人で島根から横浜まで行けるのは相当しっかりしている。自分がそういう一人旅をしたのは小4だったかなー。自動改札のないど田舎から東京に出て左利きトラップにひっかかりリアルに途方に暮れた覚えとかある。
→ 悠彗さんのオタク宣言は当時界隈に衝撃を与えたが,実際秋葉原から近い大学という基準で大学を選んだ身からすると全く不純さを糾弾できない。人間,強い動機なんて案外そんなもんだ。
→ ところで,今打ってて気づいたのだが,悠彗の「彗」って相当に特殊な漢字では。普通は下に心がついているので,「智慧」って変換すれば出るのだけれど,この字は熟語がちょっと思いつかない。わざと選んでいるのなら,これまでのリッツから言って何か意味があるかもしれないし,単純にかっこいいだけで意味は無いのかもしれない。漢字に詳しい人がんばって。


・『乙嫁語り』7巻。場所は移り変わってイラン。風俗の描写がこれまでの中央アジアとは大きく異なる。しょっぱなから水のあふれる庭園で印象が異なる(とは言ってもイランも乾燥地帯だが)。ここまでイスラーム的な風習をあまり前に押し出してこなかった『乙嫁語り』だが,7巻では色濃い。今回は衣装というよりも,建物の描写が細かった。モスクもあれば風呂場も出てくる。
→ メインは姉妹妻の話。あとがきによればイランに実際にあった(19世紀頃まで)風習らしい。ということは19世紀半ばと目される『乙嫁語り』でも滅びかかっている風習ということか。全く知らない風習だったけど,森薫としてもかなり無理やり引っ張ってきた風習ではあるのだろう。同じくあとがき,「裸ばっかり描いてると描く所がなさすぎて不安感を覚える」というのは森薫らしすぎてなんというかw
→ 8巻はアミルたちの話に戻る模様。アミルのご実家があの後どうなったのかも気になるし,何よりパリヤさんの結婚話が気になる。


・『冴えない彼女の育てかた』Girl's Side。本編7巻の裏話と,詩羽とエリリの出会いを描いた過去編の2編収録。まあ無くてもいいんだけど,という補完。
→ 「もう,しょうがないなぁ,○○は」でセルフパロディを忘れない精神は買いたい。
→ 作中で紅坂朱音がメディアミックスの支配者になった原因として,過去のアニメ化の失敗が挙げられているわけだけども,これは実体験だったりするのだろうか。それは置いといたとしても,『冴えカノ』のアニメ化は自分で脚本をやっていたし,ご本人がメディアミックスに対してかなりこだわりがあるのは間違いなかろう。実際に『冴えカノ』のアニメは成功していて,おもしろかった。……まあ,原作者がかかわったからこそひどいことになったアニメも直近であったわけだから,原作者のかかわりが質を保証するわけではないのだけれど。
  
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2015年06月11日

Yahooは元の新聞記事にリンク張ってくれませんかねぇ

・<社説>ナイ氏発言 沖縄に犠牲強いるのは誰か(琉球新報)
→ 米軍だって現地の民意が得られていないところに基地があっても,というところだろう。ただし,現地の民意を害してきたのは本土の日本政府もさることながら,米軍自身もそうであって,そこは欺瞞がある。まあ,ナイ教授に言っても意味が無いところなのだが。
→ つまるところ,日本政府がすべきことは沖縄県民に誠意を見せることもそうだが,米軍に対して「地元の理解を得ろというなら,日米地位協定なんとかせぇよ」とボールを投げ返すことじゃないか。それが出来ないなら自民党はやっぱりアメリカの言いなりなんだなぁという印象になるし,民主党はそれも含めて期待されて登板したのではないかと思うのだが,結果がアレという。


・はてな民は、yahooニュースじゃなくて1次ソースにブクマしませんか?(増田)
→ 一理あるんだけども,SBM本来の目的から言って
1.後で見返したいのに消えられるとブクマした意味がなくなるが,新聞記事は一定期間後に消える=残っているなら転載記事の方がいい(これは転載先がYahooだと結局消えるので同じだが)。
2.新聞記事は会員限定で後段が読めないことがある→転載先は全文載っているというパターンがある。無論のことながら,新聞社も収益をあげないといけないので途中までしか読めないこと自体は批判しない。
3.ついている他人のブコメが読みたいからブクマしているのであって,多くブクマがついている方が有用→転載先などの方がブクマが集まっていることがある。
→ といった感じで,私自身なるべく転載元をブクマしようとは思うものの,転載先と見比べた結果で転載先にブクマすることがある。こればっかりはしょうがないと思う。両方見比べて,ブコメの空気が違うのを観察する,ということもあるけど。あれを見ると,最初の10人くらいのブクマって大事だなと。
→ ブクマにある「はてなの側でブクマページを統合してほしい」というのは最高の解決案だが,技術のことはわからないけど,素人考えでは困難に見える。あと,Yahooがそうだが,根本的に転載先が転載元へのリンクを張ってないことが多いのが問題で,張ってくれればある程度の問題は解決すると思うのだが。


・ドラクエ5で奴隷にされるくだりがあるけど(増田)
→ あの世界の魔族は奴隷たちを最終的に信者にしていたので,洗脳して発狂を防いでいたのでは。
→ 実はかなり死んでて身体の強かった人だけ生き残ったという説や,小説版だと「あの鞭男になってから厳しくなった」という設定という話も興味深いところ。
→ ついでに言うと,ヘンリーはともかく主人公は奴隷になった時点でかなりの戦闘力なので(少なくともバギとかホイミとか使えるわけで),奴隷たちの中でも一目置かれていた可能性は高いと思う。それこそ8年に渡る生存者で,単純に長老格だったかもしれないし。


・チンギスの称号はカン?ハン?カーン?ハーン?(Kousyoublog)
→ 名称にまつわる非常に良いまとめ。このブログ上でもしばしば扱っているが,当時の発音にすべきか,それとも現代の現地語の発音にすべきか,日本で通っている表記で通すかというのは非常に困難な問題である。
→ 一応,現在の高校世界史では「ハーン」と「ハン」自体区別していない。入試の採点基準上は,採点者がよほどこだわりがあって(かつ高校世界史を無視する)場合でない限り,4つのどれでも正解になると思う(漢字で「汗」と書いた場合はどうなるかはちょっとわからないが,不正解になっても文句は言えない)。長音符のあるなしはそういう事情であるので,たとえば「レザー・ハーン」のようにペルシア史の人名では長音符がついている。
  
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2015年06月09日

歴史コミュニケーション研究会(5/31)報告

歴史コミュニケーション研究会の第21回に,光栄にも招待されて話なんぞをしてきたので,簡潔に。簡潔になってしまうのは,自分が報告してきた内容についてはあまり書く気がなく(本の内容と同じ内容を書いても意味が無い),一方で議論の内容を書こうとしたら議論自体に集中していて手元にあまりメモがなく(間が一週間も空いたのはこれをどう埋めようか考えていたため),そもそもオフレコであまり表に出せる内容ではないものも多いため。以上三点はご了承願いたい。基本的に,配布したレジュメに沿いつつ,それに関連して出た議論などを足していく感じで。



 ゝ掴世料按
・入試問題をその質で分類すると,「良問」「悪問」と,大多数の「良くも悪くもない問題」に大別される。
・明確な「悪問」は定義しやすく,意見も一致しやすい。一例として,拙著による分類(参考)

・一方,「良問」の定義は人によりかなり異なるのではないか? 良問 = 「難問」にならない程度の知識を応用させつつ,歴史的な「思考力」を問うもの,という定義自体は衆目一致しているが,「思考力」の中身がまるで違う。
→ 史料・資料を読解する能力? 
→ 時系列や論理性に沿って知識を整理する能力? 
→ 条件に応じてテーマを論じる能力? 
→ 推論を立てる能力?
まずはこれを整理しないと,議論が成立しないのではないか? これまでの議論は各々が勝手に定義する「良問」がかみ合わないまま,議論が進められてきて,混乱したのでは?
→ これが大問題なのは,現行の学習指導要領には「歴史的思考力」という用語が掲げられており,かつふわっとした感じの意味で使われているから。ここら辺(pdf)から「歴史的思考力」で検索してくれれば世界史Bの部分に行き当たると思うが,引用するに
「世界の歴史の大きな枠組みと流れを,我が国の歴史と関連付けながら理解させ,文化の多様性と現代世界の特質を広い視野から考察させることによって,歴史的思考力を培い,国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う。」
解説編(pdf)も一応掲載しておく。
【追記】実はこれに関連して「思考力」が掲げられている「新テスト」の話題も出たのだが,オフレコにしないとまずい話が多すぎたので,泣く泣くカットさせていただく。

・私的な意見として,実は「どの定義」でもあまり問題は無く,その意味で学習指導要領の用法にはあまり異論がない。いきなりひっくり返すようだが,ある程度はバズワードのままでいい。何かしらの「暗記した知識をそのまま使う」以外の要素があれば,それは思考力を要していて,良問であろうと思う。つまり,良問の範囲を可能な限り広く取る立場。その意味で,良問の定義に関する議論はあまり意味が無いと考えている。むしろ,この議論にこだわり,「貴方の考えている歴史的思考力は“本質的”ではない」という否定的な見解による殴り合いが,議論を大きく妨げているのではないか。

・また,マーク式や短答記述式の問題と,論述問題は分けて考える必要がある。実は後者の方が意見が割れやすい。
→ 「マーク式や短答記述式の問題」で,いずれの定義であるにせよ「良問」を作るのはかなり厳しい。特に難易度が高くなると,悪くなりやすい。
= センター試験は良問が多いとされるが,あれには二つの大きな理由がある。
1.「偏差値50の人が,60点になるように」という明確な目標をもって作られている&作成期間が丸一年あるからこその問題。早慶上智受験者層の水準で“ちゃんと選別できる”問題を作るのは,けっこう難しい(単なる難問は作るの簡単)。
2.実際のところのセンター試験は「良くも悪くもない問題」がちゃんと大多数を占めている = ほとんどの私大の入試と比べると相対的には間違いなく良い。ただし,努力があるのも確か。時系列を意識させたり,地図問題や,画像の問題を出したり。その努力の具体例は後述。
→ 私が常々難関私大の入試問題制作者に対して言っている言葉が,「良問を増やせ」ではなく「悪問を減らせ」なのはこういう理由。論述問題を増やせない事情や,マーク式で良問を作る困難さは私もわかっているので,せめて「良くも悪くもない」問題を増やしてほしい。

・論述問題の場合は良問を作りやすく,受験生の差も出やすい。論述問題である時点で,否応なく「条件や時系列に沿って知識を整理する」ことを要求される=思考力を要するから。知ってる知識をそのまま吐き出すのと,まがいなりにも文章を組み立てるのは,使ってる脳みそが違う。これは案外と意識されていないところで,文章に書き慣れている人ほど,このギャップに意識がいかないと思う。私自身,研究会が終わった後,友人と反省会をしていて,ようやく気がついた。しかし,このギャップがあるからこそ,という話。
ここから言えることは2つ。
1.逆説的に,論述問題を解くのは非常に面倒な作業であり,今の受験生は論述問題を避ける傾向がある。論述問題を課すと,如実に受験生がその入試日程を敬遠する。拙著にも書いたが,論述問題が避けられるのは,少ない労力で大量の受験生を捌きたい大学側と受験生の共犯。
→ 半ば余談ですが,論述問題はすでに準絶滅危惧種の段階くらいにはなっているような。特に300字超の論述を課す大学となると本当に絶滅危惧種。……さらに言えば,国公立二次試験の社会科自体がどんどん死滅傾向で……
2.つまり,論述は変にひねらない方が適切な良問になりやすい。しかし,それでは難易度が高くはならないので,旧帝大クラスになると,やはりひねる必要が出てくる。ひねり方によって大学の特色が出る。一橋大や名大はひねり方がおかしいので,悪問になりやすい。高度な段階での高大接続を議論するなら,この「ひねり方」に関する議論は避けて通れない。

・研究会の議論の目的:マーク式・論述式別・難易度別に,私の考える良問や悪問の具体例を提示し,材料とする。現場と大学教員とのギャップを埋めることに貢献したい。ついでに,最難関の論述問題を高校生に教える側がどのように見ているかかも提示することで,高度な段階での高大接続の議論にも寄与したい。


◆.沺璽式:良問・悪問の事例集
1.センター試験2014年 第2問 
問9 下線部Г亡慙△靴董ぜ,稜表に示したa〜dのうち,アメリカ合衆国で女性参政権が認められた時期として正しいものを,下の 銑い里Δ舛ら一つ選べ。

 a 
1917年 アメリカが,第一次世界大戦に参戦した
 b 
1933年 ニューディール政策が始まった
 c 
1948年 国連が,世界人権宣言を採択した
 d 

   a  ◆b   c  ぁd

[コメント]
1920年の出来事だから,bが正解。と普通に解答してもよいのだが,大多数の受験生は年号までしっかりと覚えてはいない。しかし,解答はちゃんと論理的に出せる。多くの先進国は第一次世界大戦の銃後の活躍を契機として女性参政権を達成するので,それさえ知っていればbに絞れる。作題者の立場から言えば,年号を思い出して放り込むのではなく,時系列的なつながりを想起して解答してほしい問題。

無論,それでも上位層は年号をしっかり覚えていて,論理性もくそもなく見た瞬間で解答して次の問題に行く。逆に言って,「こんな常識的な問題に思考力も何もないだろう」と思われるかもしれないが,正答率は約53%(大学入試センター公表の数値)。誤答した人は,ニューディール政策や世界人権宣言に惑わされたと思われ,女性参政権の背景知識の有無で見事に選別できている。良問と言っていいだろう。


2.〜5.悪問の事例集。拙著からの抜粋なのでここでは省略。センター試験の出題ミスにも触れ,「大学入試センターはミスを認めて謝ったが,こういう日本語の危うい入試問題は非常に多い」という話もした。


 論述式:良問・悪問の事例集
1.東大「テーマに沿った歴史の具体像の抽出,構想力」
膨大と言える世界史の全範囲から,細かく指定された条件に沿った事項(具体例)だけを抽出し,問題文で提示されたテーマに沿って再構成させる問題。現場では一例として2011年の第1問「7〜13世紀のイスラーム世界と周辺地域をめぐる文化的諸交流」を取り上げた。ここで解説すると長くなるので省略。どうしても気になる方はこの辺りを見てくれれば概ねわかると思う。一言付け加えるなら,指定語句という大きなヒントがついてるじゃないか,と誘いにのっていくと,半分しか点がない解答が完成するトラップ。指定語句以外の部分をどれだけ想起できるか,その事項が本当に問題文の提示した条件に沿っているかを精査できるか,が鍵。
→ 確実に良問ではあるのだけれども,言うまでもなく難問で,実際に受験生の答案はズタボロ。あくまで開示点数と受験生からの聴取による推定になるが,平均点は4割程度,最高点は7割程度とどの予備校でも推定しているはず。まあ確かに,この問題文で,「スワヒリ語」「クトゥブ=ミナール」『千夜一夜物語』を想起せよって言われてもねぇ,という受験生の怨嗟の声はわからんでもない。
→ これに対しての指摘として,「確かに教科書からはみ出た知識を必要とせず,理論上は高校生でも満点が取れるのかもしれないが,実際には極めて困難。とすると,受験生の側からするとはじめから70点満点な悪問と変わらんく見えるのでは。というものがあり,私的には大変に目から鱗だった。これは長年東大受験生に教えている立場から言って,一理ある。東大さんはもうちょっと難易度下げてくれませんかねぇ……

2.京大「複雑な事象の時系列的・論理的整理」
2013年の第3問を取り上げた。問題が短いのでさくっと引用。
「フランス革命以降,フランスとロシアはしばしば敵対関係におちいったが,第一次世界大戦では両国は連合国の主力として,ドイツを中核とする同盟国と戦うことになる。ウィーン会議から露仏同盟成立に至るまでのフランスとロシアの関係の変遷について,300字以内で説明せよ。」
シンキングタイムは長く取って30分。これが非常に複雑でヤバイというのは,普通に近代ヨーロッパ史を勉強した人なら一読してわかると思う。推察する力も史料読解力も必要なく,東大のような大それたテーマ設定もないが,これも十分な思考力の使わせ方ではなかろうか,と私は思う。変にひねらず,時系列・論理的つながりだけを問うという点では非常に王道的な論述問題。
→ ちなみに,こいつも受験生の手には余るようで,平均点は約4割程度と推察されている。その意味では,東大と同じツッコミを入れることは可能。

3.阪大「適切な資料の提示からの推論」
2015年の文字資料の問題を提示。問題を載せているところにリンクを張ろうと思ったが,簡単にはみつからないので断念。受験生の見知らぬ東南アジアの文字(ラーオ文字とかジャウィ文字と思しきもの)資料を提示して,たとえばジャウィ文字と思しきものには「1300年前後から特に島嶼部で用いられた」などのヒントを付した上で,元となった文字が伝来・普及した背景を説明させる問題。文字自体を全く特定できなくても,アラビア文字っぽい造形とヒント,覚えてきた教科書知識を総合すると「香辛料貿易」「スーフィズム」『クルアーン(コーラン)』というキーワードにたどりつき,解答が組み立てられる。推論が必要なくせに,超越難易度ではない点で,綺麗に練られている。

あと研究会の場では時間不足で取り上げられなかったが,これとはちょっと違った資料を読ませる問題として,東京外大の2014年の問題がある。これも非常に良い問題だと思うので,紹介だけしておく。大学の公式発表の解答例があるのも非常に良心的(掲載期間が約1年なので今は消えている)。


4.「推論はどこまで許されるか」
4−1.一橋大2015  
リンク先で詳細に解説しているのでここでは略。ここで取り上げたいのは,この論述問題に代表されるような,問題文が曖昧な問題批判に対する反論。これが興味深い。ネットでいくつか見たものを総合すると,
「問題条件が曖昧なのは,受験生の側に定義を示させることが目的なのでは。この問題であればEUやASEAN10も含むか否か自体が,受験生に委ねられているのでは。含むか否かさえかっちり決まればそう難問ではない。」
「発想を見ている問題なのだから,正解が一つである必要はない。」
これに対して再反論するなら,以下。
1.であれば「解答の範囲は自らで定義せよ」の一言をつける親切さがあってもよい。ないのは,ただの杜撰。
2.「正解が一つである必要がない」のはその通りで,現に上に挙げた東大2011や外大2014では複数の満点パターンが想定される。しかし,推測させる問題で複数正解が想定されるなら,「採点者の気まぐれ」や「採点者間の意識のズレ」で採点基準がぶれないことが絶対的な前提条件で,大学側が解答例や採点基準を一切示していない現状では認めることが難しい。たとえば,「受験生レベルの推測としては筋が通っているが,専門的な見識からすると絶対にありえない新説」が解答として現れた場合,高得点を与えるのか?

4−2.千葉大2014 
これもリンク先で詳述している通りなので,解説は略。これも,これに対する反論に再反論しておきたい。
「学説としての正解を求めたのではなく,受験生の発想を見る問題だったのではないか。であれば,定説として固まっていないものを出題してもいいのでは。」
1.発想をはかるにも,この問題では材料が足りなさすぎる。これでは「妄想力」を見ている,または小説を書く能力を見ているのと変わりがない。
2.仮に受験生の絶対に知り得ない分野から出題することで発想だけを見る問題を出すとしても,定説自体は固まっているものから出すべき。

この2問に対して,擁護でもないが,研究会で出た意見がこちら。
→ 史学科の生徒だけを拾うという発想で行くなら,『受験生レベルの推測としては筋が通っているが,専門的な見識からすると絶対にありえない新説』に高得点を与えて積極的に拾っていくべき。千葉大の問題は確かに学説に到達できない以上は入試問題として失格だが,方向性としては考えられる。歴史学の営為とはちゃんとした史料に基づいた三題噺の積み重ねであって,三題噺を作る能力だけを入試で見るという考え方も成り立ちうる。詰まるところ『文系全体に課す入試』としては適格でないという話なのでは。」
→ これは一理ある。ただ,その場合でも「自由に立論せよ」だとか「史実への近さを評価しているわけではない」という注意書きが一言問題文にあってもよいと思うが。また,研究会のその場で「それって小論文という科目の範疇であって,世界史ではないのでは」という再々々反論もあった。これもこれでその通り。
→ とはいえ,この提議は非常に示唆的で,この研究会で最も注目すべき意見である。実のところ「推論だけが歴史的思考力」と考えがちな人,そうでなくとも推論型の悪問を擁護しがちな人は,史学科の生徒しか見えていないのではないかと思う。また,それには「史学科的な推理力は,他学部学科に進む人でも持ち合わせているに越したことはないのでは」という意見もまたありうると思われる(個人的には反対だが)。この点は,今後より議論を深めていくべきポイントだろう。ちなみに,あの場では言いそびれたのだが,史学科限定問題を課す大学は存在したはず。多分すぐに調べがつくので,つき次第追記しときます。
【追記】調べた。京都府立大が現役で「史学科限定問題」を出題している。ただし,意外にも推論型ではなく,他の問題よりもちょっと難しい程度の普通の論述問題(たとえば2014年度はペレストロイカとソ連崩壊の経過の説明問題)。
→ また,この話では「問題文中で書くというよりも,アドミッションポリシーの段階で欲しい解答の方向性を明示させてしまうべきでは」という意見もあり,将来的には有効な方策だと思う。その前に,現状アドミッションポリシーはほとんど活用されておらず,おそらくほとんどの受験生が読み流した経験しかないと思うし,また現状そういう機能を持っていない。二重に,アドミッションポリシーとはそういうことを示すものだ,という常識に変えていく必要があろう。実現できれば世界史のみならず,数学や国語でも役立つだろう。

さて,実を言うと研究会に強硬な推論主義者がいて,この話題で激論になるかと思われたのだが,一人もいなかった。結果的にはそうでなくても貴重な意見はもらえたし,研究会が穏健に終わって良かった,と言うべきか。  
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2015年06月08日

「手を合わせていただきます」は日直の仕事でした

研究会の報告は明日くらいに。

・日本人はお米をたくさん食べていると思ったら大間違い 世界で比較したらまさかの順位に(ねとらぼ)
→ これは単純に日本が先進国化して食が多様化した結果であって,日本より上位の国で先進国と言えそうな国が韓国くらいしかない。台湾の順位が非常に低いのも日本と同じ理由だろう。そういう意味で,日本の順位は予想通りだが,韓国の消費量すごい,というのが正しい感想だと思う。
→ おそらく,1960年くらいで同じような調査をしたら,全然結果が違うだろう。日本の一人あたりの米消費量も今よりも多かっただろうし,発展途上国の多くは緑の革命前で「米じゃなくてもなんでもいいから“食糧”をくれ」という状態だっただろうし。東南アジア諸国も経済発展が進めば,一人あたりの米消費量は下がっていくと思われる。
→ そう思って農水省のHPを見てみたら統計あった。昭和40年で今の倍近いので,単純に2倍にしてこのランキングに組み込むと,韓国の15位くらいに入る。改めて,昭和の日本人はがっつり米を食っていて,食が多様化して食べなくなったのが正解。


・四国No.1都市はどっちだ!?高松と松山の都会度を検証する(Jタウンネット 香川県)
→ 変な煽り要素はそれほど強くなくて,普通に地理の勉強になる記事。記事を読んだ感想としては,やっぱり高松なんじゃないかなと。根本的に「中四国地方」とくくるべきで中心地は「広島」,と言われたらぐうの音も出なくなる正論なのだが,野暮か。
→ 同じような対立としては北陸があるが,金沢か新潟かの戦争は決着つくまい。


・いただきますの「合掌」、全国共通のマナーじゃなかった! 東北人は...?(Jタウンネット 東京都)
→ 我が家,普通に合掌していただきます,だったが,ローカルなルールだったことにちょっと驚いた。
→ 基本的には西日本の文化なのかね。そこに宗教的影響(浄土真宗)と都会的無関心もあわさってこうなってるとするとまあ納得できる。我が家の場合は愛知県文化と富山県文化なので。公教育でも,いずれの小学校でも「手を合わせていただきます」が給食開始の合図だった気がした。他の地方だとどうなのだろう。記憶ある人います?


・”大艦巨砲主義”のまぼろし
・アメリカ戦艦の辿った道 9(戦艦部隊の黄昏)(いろいろクドい話)
→ あわせて読むと,よくわかっておもしろい。
→ 一記事目の「アメリカに挑んだこと自体が間違いだと認めたくなかったから,大艦巨砲主義に罪をなすりつけた」という要素はあると思う。似たような理屈として「物量に負けたのであって,アメリカに負けたわけではない」という言説。無論,これも間違いなわけだけども(物量=アメリカという意味でも,そうでない意味でも)。「最近になってまで,日本が大艦巨砲主義のせいで負けたと思ってる奴はおらんやろ」という反論はまあ一理あるが,完全に消滅したわけではないと思うし,書いた人もそこはわかってて,どちらかというと結論部分を言うために持ち出してきたのではないかと。


・南アフリカで白人として生きるということ[橘玲の世界投資見聞録]
→ アパルトヘイト後の白人の心情を書いた良ルポ。「アパルトヘイトの廃止は差別主義者のレッテル貼りから白人をも救った」「リベラルにならざるをえない白人」等々,なるほどと。
→ 続きが非常に気になる形で終わっているが,続きは無いっぽい。ヨハンさんの無事を祈る。


  
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2015年06月07日

誠意が見ぬかれていたのかなぁ>弓道警察ネタ

・All Rivers, All Lakes & Topography - Ground Interface
→ 川をメインにした日本の地形図。本邦,大河はないけど川自体はめちゃくちゃ多いよなぁ,と改めて思わせられる地図。山が多くて,必然的に川も急流だから,そりゃ水害も多いよね。
→ 天竜川・大井川とか,神通川・常願寺川あたりの「お前どこ通ってるんだよ」感が好き。常願寺川,やっぱ滝ですわ(誤訳と知ってても)。逆に言って,川が谷を作って平野を作ってなんだなぁ,と地理なのか地学なのかのお勉強じみた感想になってしまった。


・アイヌ否定論者の播いた種が教科書検定で実を結んだ?(Danas je lep dan.)
→ 教科書検定で,北海道旧土人保護法に関する記述が退化する方向に修正されたという話。すでにリンク先のMukkeさんが批判されている通りで,こちらから特に付け加えることはないのだが,世間的に大した騒ぎにならなかったどころか,はてなでもMukkeさんくらいしか取り上げる人がいなかったというのは若干意外だった。それこそ「アイヌがなめられている」ということなのかも。


・東海大学に「魔法少女まどか☆マギカ」全話を考察する授業が爆誕 行列ができる大盛況に!(ねとらぼ)
→ 『まどマギ』は普通に良い材料だと思う。不自然にならない範囲で「あんたらが楽しんでる作品も,実はけっこう人文学的伝統の上に立っとるんやで?」と紹介したり,文学科的な読み方を提示して「よりおもしろい読み方ってのは,専門的に研究されとるんやで?」と教えてみたり,授業しやすい。
→ 私のレビューもレポートの参考文献にけっこう使えると思うので,ご自由にお使いください。できれば報告をくれると嬉しいけど。(これと,これ
→ 東海大学,『ニセドイツ』の人もいるし,『チェーザレ』の監修者の原先生もおるし,単純に楽しそうだし,なんか最近身近で話題になることが多くて親近感わいてきた。


・「ねこあつめ」の日本庭園を真面目に鑑賞する(新潟市:旧齋藤家別邸)
→  ここで解説されている要素は日本画を見る際にも役立つので,是非覚えておかれるといいかと。たとえば「橋は結界の役割も持ちます。橋を渡ることで俗界から聖域へと領域が変わることを意味付けます」なんかは,「高雄観楓図」の解説をするなら絶対に触れるところ。
→ ついでに旧齋藤家別邸のHP自体も見てみたんだけど,めちゃくちゃ良いところだった。新潟市に行く用事……はなかなかなさそうだが,作れたらここには必ず立ち寄りたい。
→ ところで,この話をねこあつめをやっている同僚に話したら,そこそこ驚いてくれた。もっとも「DGさん,ねこあつめやってるんですか!?」の質問に対しては「残念ながらノー」であったが。
→ そうそう,はてブを見ていくと「○○警察」と違ってポジティブに解釈されているところに好感を持っている人が多くいたが,それはなんというか間違いで,ある事柄に対する本職からのツッコミがポジティブになるか否かは,本職側ではなく「事柄側の誠実さ」に大きく依存するとは言っておきたい。愛があって描かれていてちゃんと調べてるのもわかるところに,ささいな間違いで批判しまくる人なんて,そうそうおりゃせんのよ。艦これの弓道は,テレビ放映前は「ささいな批判」だなぁと思っていたし,本気で怒っている人なんてほとんどいなくて最初から皆ネタ扱いだったわけだけれども……  
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