2016年08月31日

最後にもう一回くらい行くかなぁ>名古屋ボストン美術館

・日本のガールズバンドを聴こう(見る前に飛べ踊れ)
→ 正直知らないバンドが多いものの,しばらく発掘作業に使っていた。なお,「自分の好みだとガチャピンとドル箱だなぁ。」というコメントをつけたところ,「ガチャピンとドル箱ってONEとKanonくらいの違いしかないっすよね」という至極当然の反応を受けた(ガチャピンことGacharic SpinにボーカルのFukiが加わったのがドル箱ことDOLL$BOXX)。しなくてもいい言い訳をすると,ガチャピン自体も嫌いじゃないのだけれど私的にはFukiが重要で,やっぱりボーカルの厚みが増したと思う。
→ もう全然ガールズバンドとは離れるけど,自分の場合電気式華憐音楽集団(デンカレ)→妖精帝國→Unlucky Morpheus(あんきも)→LightBringer→DOLL$BOXX→Gacharic Spinの順番で知ったので,要するに紫煉のギターかFukiのボーカルのどちらかがあれば満足なんだなと自己分析している。一応,この中でどれか一番好きなバンドを選べと言われたら,やっぱり「あんきも」になる。重々しくクサいシンフォニックメタルにパワフル・ハイトーンの女性ボーカルを乗っける(さらにそれをアニソン・ゲーソンの文脈にも乗っける)という無茶は,一つの発明だったと思う。
→ ついでに,ドル箱はニコ動に公式PV動画があるので,宣伝もしておこう。



→ さらにどうでもいい話をすると,FukiにZAQ,佐咲紗花,鈴木このみと並べると,まあ自分の好きなボーカルの系統がくっきりだなぁとか。


・社長はパキスターニ (モアイ)
→ 斬新な体験でおもしろかった。タイに性別適合手術を受けに行く話もそうだし,『いちえふ』もそうだが,モーニングはたまにすごい体験をしてきた漫画家を拾ってくるのがすごい。


・「ミナミコメツキガニ」を食べたら謎のケミカルな甘さが舌を襲った(デイリーポータルZ)
→ どういう原理でそういう甘さになるのか,けっこう気になる。あと食べてみたい(甘党)。ところで,かわいいか……? 甲羅の青さもあって,どちらかというと毒々しい印象。


・名古屋ボストン美術館、閉館が決定 18年度末までに(朝日新聞)
→ 中日新聞の記事の方が詳しかったが,消えていたので朝日新聞で代用。赤字を垂れ流している状態というのは前から有名であったが,とうとう。Wikipediaを見ると,開館時の契約がそもそも20年契約で,2018年の年度末でそれが切れたらもう更新しないということらしい。
→ ボストン美術館の有り余る収蔵品を使って企画展を回していくという発想や金山駅目の前という立地は良かったものの,何より箱が大きくなくて,加えて企画展の主導権が本体側にあったせいで,豪華だけど小規模かつ日本人のニーズに向かない企画展が多く,客足が鈍っていった原因という印象。せめて箱がもう少し大きければ。そう回数行ったわけでもないので残念ではないが,もったいないとは思った。


・安保法の国会議事録、知らぬ間に修正 民進が指摘 (日経新聞)
→ あの騒乱状態を後世に残すと自民党にとって都合が悪い,という感情があったことに驚きである。法律自体に自信があるなら,そのままにしておくべきだろうに。一次史料が改竄されると歴史家にとっては非常に困る話で,安保法案がどうというよりも,そんな状態で秘密保護法で機密保持と言われても,という話ではあると思う。
→ あと,この件に関する報道は全然見ないのだけれど,世間的には大したニュースバリューがないということか。それはそれで悲しい話だ。


・博物館学芸員への質問と図書館司書のレファレンスをめぐるあれこれ。(Togetter)
→ 学部生のときにこのレポートは課されたので,やった覚えがある。ちゃんとアポを取って,有意義な質問を考えてから臨んだつもりけども(加えてその美術館には私1人だった),まあ通常業務をこなしている立場からすると迷惑だよね。当時はそんなこと全く考えていませんでした。  

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2016年08月26日

イスラーム型の民主主義は成立しうるか

・中東で民主主義が定着しない「本当の理由」 〜イスラームをめぐる2つの問題について(賢者の知恵 | 現代ビジネス)
私の中の問題意識にありつつ案外と他の人が指摘している場面を見ないので,この記事で指摘されているのを読んでちょっと驚いてしまった。近代ヨーロッパの発明とは民主主義と自由主義(基本的人権の擁護)は両輪であって,片方が欠ければ長期的には腐敗するということではなかったか。啓蒙専制や自由主義的専制は,夢はあれど時代の徒花であろう。

そして,イスラーム教という宗教自体に民主化を阻害する要因があるのではなく,社会の世俗化がなされていないことが大きな要因である,という本記事の主張には同意する。基本的人権が守られるには明確な政教分離とまではいかなくとも,人権と宗教的価値が衝突した時に人権が優先されるという社会の風潮は最低限必要で,それが達成される程度には世俗化が必要不可欠になろう。イスラーム的な価値観を盛り込んだ憲法・法律が作られること自体は問題ではない。勘違いされると困るので書いておくが,そもそもそんな無色透明な社会制度は無く,制度設計は近代の価値観と既存の歴史・文化の融合によって形成されるべきだ。ただし,その既存の価値観に則った法律によって抑圧される人権があってはならないのである。

その意味で,私は近代型民主主義ではない(少なくとも現在の意味での)イスラーム型民主主義が成立しうるとはほとんど信じていない。これでもイスラームの民主化にはかなり期待する立場に立っているので,記事中の「「イスラーム的民主主義」を体現するものと期待されたトルコの公正発展党やエジプトの自由公正党が強権的な政治運営に手を染めていったことは、イスラームにとっても民主主義にとっても不幸なことであった。」には強く同感である。イランは言うに及ばず。また近年のマレーシアやインドネシアは上手くいっているが,これらは単純に世俗化が進んだ地域であると言ったほうがいいだろう。

一方で,ひょっとしたら人類はこの先,自由主義と民主主義と「世俗化されない社会」をすべて両立させた政治・社会を作りうるのかもしれない。あるいは自由主義を欠いたまま,しかし民主主義が持続する世俗化されない社会が成立しうるのかもしれない。それらが成立したら,その時は確かに,西欧に起源を持つ近代型の民主主義とは全く違う,イスラーム型民主主義が成立したことを認めざるをえない。私はそれが成立するとはほとんど信じていないけど,それが現在の中東のイスラーム教徒の目標だとするなら,その苦慮苦闘自体は否定しない。積極的に応援する気はないが,こっそり見守っていたい。

ところで,西欧型民主主義とうっかり書いてしまいがちだけど(私自身最初は西欧型と書いてしまった),近代型民主主義がより適切であろう。なんというか,この書き方自体がヨーロッパ中心史観に陥っていて,イスラーム教徒が多数派の国家が民主化するはずがないという偏見含みな印象があるのだが,うがちすぎだろうか。
  
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2016年08月22日

『シン・ゴジラ』感想

ネタバレ注意。

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2016年08月20日

掃除にめちゃくちゃ緊張しそう

・完成度高すぎな『乙嫁語り』アミルコスプレイヤー 衣装制作に約6年、ロケーション求め海外ロケ2度敢行(おたくま経済新聞)
→ 2015年のウズベキスタン旅行で話題になっていたので知って以来私も追っているけど,この人は本当にすごい。騎射までしてるということは修練も積んでるわけで……
→ 冬コミでは絶対に買いに行く予定。しかし,列の長さが全く読めない……。C90で無料配布していたポストカードは全然残っていたが……まあ初手で行くのが安全かなー。


・瀬戸染付×厠ー明治に華ひらいた花鳥曼荼羅の絵画ー(瀬戸市文化振興財団)
→ 明治期の高級陶磁器便器の存在は知っていたし,この間『ゴールデンカムイ』のニシン屋敷でも出てきたけど,展覧会の場で本物をずらりと見たら壮観であっただろう。休みが取れず,瀬戸市はさすがに遠いこともあって行けなかったが,行けばよかったなとやや後悔している。


・ストーリー 3人の日本人ムスリム(その1) 細い糸を太い綱に(毎日新聞)
・ストーリー 3人の日本人ムスリム(その2止) 遠い地の教えと共に(毎日新聞)
→ 非常に良い記事。1965年頃と約50年後の現在の様々な違いがおもしろい。日本とエジプトの経済格差だとか,日本在住のムスリムの数だとか,イスラームのイメージだとか。今だってイメージが良いとは言えないが,この頃と比べるとかなり改善されているのではないか(50年前のイメージが悪すぎたとも言える)。むしろイラン革命やらアラブ民族主義の挫折やらで,ムスリム内での穏健派と復興運動(原理主義)の乖離は50年前よりも深刻になっているような。復興運動のISIS何かは悪い意味でのイメージのテンプレに沿っているし……
→ 現在は日本人だけで1万人もムスリムがいるというのは意外と多い。話は変わるが,日本にもジャイナ教やシク教のコミュニティはあることをこの間知って驚いた。さすがに日本人の信徒は極わずかなようだけど。


・東京五輪:招致で1.6億円、国際陸連前会長側に 英報道(毎日新聞)
・東京五輪招致:2.3億円「必要額だった」竹田JOC会長
→ まあこれだけいろいろ出てきていたら,招致自体にも何かあると思ってたよね皆。この件,5月中旬から続報がないが,フランス検察当局はまだ調査を続けてくれているのだろうか。
  
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2016年08月19日

最近読んだもの・買ったもの

・『乙女戦争』6巻。クトナー・ホラの戦い前編。本編はあまり進んでいない。
→ クトナー・ホラの戦いは,フス派が皇帝軍によって包囲されたが,フス派がワゴンを縦列に変えて包囲を突破した戦いで,この点は史実と漫画で同じであるが,それ以外の点は大きく創作されており,全く展開が異なる。史実ではジシュカが遭難したりしておらず,包囲を破ったところで戦闘が終了したようだ。というよりも,皇帝の本陣が急襲された点も史実と同様ながら,当然バルバラは捕虜にされていない。史実では,本当は大して敗北していないのに,皇帝本陣が急襲されたことで全面的に敗勢濃厚であるとジギスムントが勘違いし,包囲を解いて撤退した,という流れのようである。6巻はジシュカが敗走して放浪し,ジシュカのいないフス派はヴラスタとシャールカの下で再建中,皇帝側は緒戦勝ったはいいものの皇后バルバラを奪われ兵糧も尽きかけで,双方手詰まりの状態で終わった。7巻でいかに展開するか。
→ ワゴンブルク戦術,そういえば確かに遊牧民の弓騎兵には弱いかも。機動力では勝てないし攻撃が山なりとあってはワゴンブルクの良さが消される。遊牧民の弓騎兵に勝つには銃火器の改善が必要だが,それはこの時代ではない。まだ銃火器はやっと戦場に立てるようになった原始的な段階にすぎない。
→ やっとアダム派との内部抗争が終わったところ,ジェリフスキーら強硬派と現実的なジシュカとの間で意見の対立が見られるようになってくる。ぶっちゃけて言うとここからまもなくジェリフスキーが死ぬのだけれど,ここも本作では史実から一捻り入りそう。


・『へうげもの』22巻。引き続き大坂冬の陣とその終戦。大坂城の堀埋め,桂離宮の本格的な造営開始,
→ 桂離宮の造営は確かに1615年頃に進んだようだが,織部がかかわったという記録はない。が,桂離宮には織部灯籠と呼ばれる灯籠が,造営を行った小堀遠州によって設置されている。上手い創作ではあるだろう。また,「笑意軒」なる建物は現存しており,これも上手い結びつけ。
→ 岩佐又兵衛・俵屋宗達に墨絵の依頼があったという話も自分の知る限りでは無いが,両名ともこの時期に画風を確立し,ぼちぼち美術史の表舞台に出てくるので,これも上手い結びつけと言えるかもしれない。又兵衛は「洛中洛外図屏風(舟木本)」の制作がこの時期で,宗達もまた「蓮池水禽図」の制作がこの時期である。というよりも第二百四十一席に出てくる襖絵が,もろに「蓮池水禽図」。織部は褒めているが手放しではないものの,烏丸光広や本阿弥光悦は衝撃を受けており,後世の評価を考えれば後者二人の反応の方が正しい。小堀遠州の美への評価でもそうだったが,本作の織部は一線ではなくすでに「理解ある老人」にすぎない。またこの時に烏丸光広が宗達を法橋に推薦しようという話をしているが,実際に宗達が法橋となったのはこの1630年頃と見られる。烏丸光広と俵屋宗達に交流があったのは事実。
→ さて,岩佐又兵衛は宗達から受けた衝撃の余り出奔してしまったが,『へうげもの』では洛中洛外図屏風が登場するのだろうか。期待して待とう。


・『東方外来韋編』2巻。内容はおおよそ1巻と同じ。
→ 巻頭は黄昏フロンティア特集。まず,ZUNと海原海豚の対談。1巻ではバラバラにインタビューだったが,今回は対談である。ひょっとして同時収録では……。「ありそうでなかった対談」と言われているが,確かにそういえば読んだことなかったかも。ただ,内容は1巻の海原海豚へのインタビューとかなりかぶっていて,あまり目新しいところは無かった。
→ もうひとつがZUNとあきやまうにの対談。ZUNが「石鹸屋さんが言ってたけど,最初の頃のアレンジしてたときは比較的アレンジしやすかったんだけど,今東方の曲が出てくると,音を変えちゃうみたいになっちゃうって。」と言っていて,あきやまうにが「みんな言いますねそれ」と返事していたのはおもしろかった。ZUNとしては強いメロディーに頼っていない証拠で,「曲が完成に近づいてきている」とのこと。これはあるかも。聞き専の素人意見だが,最近の東方曲はキャッチーさが無くメロディアスさもあまりない気が。それが良いか悪いかは別として。
→ 続いて過去作品紹介として,紅魔郷から永夜抄までの3作が紹介されている。もっとも,雑誌読者のほとんどは当然知っている作品であるので,基本的な情報はさらっと流されている。注目すべきは神主がステージごとにコメントをつけているところで,永夜抄の1面は「なんで虫になったか覚えてない」とか,4面は「本当は4人ボスにしたかったが,時間がなくて2人になった」とか,裏話がいろいろ書いてある。また「いきなり永夜抄が発表されたら,『ちょっと設定の内容が難しくて,かぐや姫が出てくるシューティングゲーム』って紹介されて終わってしまう」から,紅魔郷で東方の世界を作り,妖々夢で弾幕にストーリーを与えて,やっと"東方世界に生きるかぐや姫”としての永夜抄を出せた,なんて話しも意外と初出では。
→ 幻想郷人妖図鑑はレミリア・フラン・紅美鈴・パチュリー・妖夢・幽々子・八雲一家・輝夜・永琳・てゐ・優曇華・妹紅・アリス。一気に消化した感が。引き続きよくできていて,往年の東方ファンでも読み応えがある。ただ,アリスを元人間と断定してしまったのはどうかと。  
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2016年08月18日

C90参加記録

比較的天候に恵まれたコミケだったのかなと思う。

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2016年08月14日

非ニコマス系動画紹介 2016.5月下旬〜2016.6月中旬




いらすとやMAD特集。いたじゃんRMADが名作の宝庫と言ってもこれは本当に傑作MAD。



どこから出てきたのその発想。




レベル100のリノアではショックウェーブパルサーを耐え切れなかったりなんだりで詰みとなり,まさかの途中から再走。すごい根性である。FF8,ノージャンクションなら低レベルの方がお得なんやな……




6時間の生放送内での実況動画の編集版。こいつらほんと楽しそうにゲームするよな。




完走済み。こちらはクリアできるもんなんだなと。たいまつ→聖水→炎の剣と進化。たいまつがダメージソースになること自体知らなかった。



あらいぐまからすると,何が起きたのかさっぱりわからなかっただろう……w



あのシーンのパロディ,世界的に好まれている(&作られている)というのは知っていたけど,こういう形でパロディが作られるとは思っていなかった。『帰ってきたヒトラー』,見に行こうかなぁ。
  
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2016年08月12日

腰巻きビルも日本の風景である,か?

・職人が作る10万円のコマに、1000円の「ベイブレード」で挑んできた(i:Engineer)
→ 「ベイブレード道にはね,人生に大切なすべてのことが詰まっているんだ」と語りだしそうな堀川さんが終始いい味を出していた,名記事である。
→ 意外といい勝負をしている,というよりも価格差を考えたらベイブレード大健闘なのではw
→ ヨッピーはこういうwin-winのPR記事を書かせたら本当に上手いな。企画の立て方も上手いけど,話の持っていき方も巧みだと思う。


・クラシック音楽ファンが減ってるってほんと?!(データで確認してみよう(糖類の上)
→ 実態として微増しているのに,ディープな人からすると減少しているようにしか見えないというのは,クラシック音楽の間口が広がっている,またはカジュアル化しているということなのかなと。クラシックに限らず,あらゆる娯楽がそういう傾向にある気も。
→ あらゆる分野においてマニアになるのは不可能であるが,自分の得意な特定分野以外では間口が広がった分野を少しずつかじって上澄みを楽しむというのは,そう悪い楽しみ方ではないと思う。間口が広がったのは言うまでもなくインターネットの功績であろう。その意味で,「知識を持った方がより楽しめるよ!」という言い方は確かに大事かもしれないし,むやみに沼に引きずり込もうとしない態度くらいの方が,かえって入りやすいのかもしれない。
→ 美術・音楽の学校教育の功罪を論じるのは本当に難しくて,これはとりわけ自分は「功」の方にあたるから論じづらい。ところで,これって学術的な,あるいは定量的な研究って存在しているのだろうか。


・なぜニッポンから「腰巻きビル」は無くならないか(Togetter)
・なぜニッポンから「腰巻きビル」は無くならないか(るたろぐ)
・続・なぜニッポンから「腰巻きビル」は無くならないか(るたろぐ)
→ 個人的には腰巻きビル嫌いじゃないのだが,ダサいという人の感覚も理解できるつもりである。ミスマッチ具合を楽しめるか否か,なのかもしれない。
→ 本題について。私自身そうだったが,多分,多くの人は「続」まで読まないと論点がわからないと思う。その意味で,Togetterしか読んでない人が「経済的事情があるのだから仕方ないのでは,で止まっているのは少々残念な議論かもしれない。この議論の提起しているところは,経済的事情と文化財保存の現実解や日本の制度上の都合から,これくらいしか解決策がないというところから一歩踏み込んで,「伝統的な建築物と,機能的な新しい建築物を合体させること自体はかまわないが,ダサくなるのは調和しないようにしかデザインできない建築デザイン側の問題(デザインが時代に追いついていない)」として,デザイナーの責任を追及すべきではないか,と読むのがおそらく正しい。なるほど,であれば主張は理解できる。確かに,腰巻きビルは単純な合体で,そう面白い工夫があるとは素人ながらに思えない。最初期のものであれば,腰巻きという発想自体が新しくて面白かったのだと思うが,確かにこう日本中乱立しては陳腐化したとも言える。「都心における歴史的建造物の保存方法が腰巻きビル一択という現状は、大きな問題と言わざるを得ない。この問題に対して真剣に日本の建築学や都市工学、地理学が向き合わないのなら、日本のポストモダン建築にも未来があるとは思えない」とは,おっしゃる通りかもしれない。
→ ただ,建築デザインには全くうといので,現実的に調和しうるデザインを生み出せるのか,調和しうるデザインが誕生しないのは「時代に追いついてないせい」なのか,そもそも人類にはどうあっても生み出せないのでは,という疑問は素人ながらに思いつくところかな。


・仏の駅再開発、「シンジュク」が手本 パリ主要駅で計画(朝日新聞)
→ 要するに駅と百貨店・ショッピングモールを併設させる方向の駅再開発のお手本としての新宿,ということなのだろうけど,複数の百貨店が併設すると迷宮にしかならないという日本の教訓は大いに活かして欲しいなと……。
→ ついでに言うと,二度旅行した記憶ではパリの主要駅(特に地下鉄駅)はすでに迷宮と化している印象があり,百貨店が併設されているわけでもないのにすでにあれなのだから,併設物を建てる前に駅自体をなんとかしたほうがよいのでは。  
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2016年08月11日

C90サークルチェックリスト(3日目)

艦これ人気が思ったより長続きしているという印象。アイマスはデレステで完全に息を吹き返した。対して,グラブルが世間的な人気に比して同人人気が伸びてないのかな。

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2016年08月10日

C90サークルチェックリスト(1・2日目)

初日は行かない予定。全部書店委託でなんとかなるかな。二日目は采配が難しい。東方と艦これの配置がめちゃくちゃ離れているので……

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2016年08月04日

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち

ティツィアーノ《受胎告知》国立新美術館のヴェネツィア・ルネサンス展に行ってきた。ほとんどの作品がアカデミア美術館から借りてきたものである。ヴェネツィアと言えばフィレンツェ・ローマと並ぶルネサンスの重要都市であり,ほとんどの美術史の一般書ではきっちりとそう説明されているにもかかわらず,なぜだか高校世界史では完全にスルーされるという不可解さがある。その関係で,高校世界史はちゃんとやったけど美術には興味が無いという人にとっては,極めて影が薄いということになっているのではないか。

よく言われるのは,フィレンツェ派は描写の正確性を重視したのに対し,ヴェネツィア派は色彩を重視したということである。実際にヴェネツィア派の作品は非常に色彩豊かであり,鮮やかな彩りを持っている。代表的な画家は3つの時期に分かれて整理されていて,ジェンティーレとジョヴァンニのベッリーニ兄弟から始まる初期,ジョルジョーネとティツィアーノがいる黄金期,そしてティントレットを代表格としてヴェロネーゼとバッサーノがいる後期である。本展覧会の構成もこれに沿っており,展示されていた作品もこれらの画家のものが多かったが,ジョルジョーネは夭折しているため作品数自体が少なく,本展覧会では展示がなかった。まあそれは無理だ,というよりもティツィアーノとティントレットの大作をいくつか持ってきていて,割りと十分に豪華ではあった。

初期のヴェネツィア派について言えば,まだまだ表現が固く,中世の名残が強い。同時期のフィレンツェを考えると遅れていると言ってもいいかもしれない。その中でやはりジョヴァンニ・ベッリーニの作品は“先進的”に見えた。あとはカルロ・クリヴェッリの作品が何点かあり,知らなかったしそういう意識もなかったのだが,彼も出身地はヴェネツィアらしい。ヴェネツィア派に括るとするなら,かなりの異端児という印象になる。

黄金期の展示では,今回の目玉であるティツィアーノの《受胎告知》が展示されていた(詳しい説明はこちらに)。これが超大作で,なんと縦410cm,横240cmである。本作は美術館ではなく,サン・サルヴァドール教会の壁面に飾ってある作品であるから,わざわざ壁から外して持ってきたようだ。作品の重要性とか知名度の問題ではなくて,美術館ではないところとよく交渉したなとか,慎重に外す苦労が半端無かったのではないかとか,そういう心配が先立ってしまいそうだ。それでも持ってきたのは主催者か監修者の趣味か意地か。作品は紛れも無く名作であり,ティツィアーノはその巨大な画面をフルに活かしてダイナミックな視覚効果を仕掛けている。鑑賞者は作品を下から見上げる形になるわけだが,だからこそ自らに比較的近い位置に驚く聖母と受胎告知をするガブリエルの姿が見え,見上げると強烈な光とともに聖霊を示す鳩がいる。持ってきてもらって大変に感謝はしているのだが,これはやはり教会で見たい作品であるかもしれない。ティツィアーノ70歳の頃の作品で,描き上げた体力にも脱帽である。

そういえば鳩で思い出したのだが,この一つ前の展示室の作品のキャプションが「精霊」になっていたのを「聖霊」の漢字ミスではないかと近くの警備の人に言っておいたのだが,もう直っているだろうか。これから行く人がいたら確認してきて欲しい。

後期の作品では,ヴェロネーゼの《レパントの海戦の寓意》がおもしろかった。画面下部では海戦が繰り広げられ,画面上部では擬人化されたヴェネツィア(白装束)が聖母マリアに勝利を祈願している。周囲にいるのは,まず一番左は鍵を持っているのでペテロ。これはレパントの海戦にローマ教皇領も参戦していたからだろう。その右の男性はおそらく聖ロクスとされるようだ。本来は黒死病からの守護聖人だが,ヴェネツィアに彼に捧げられた教会がある。その右のナイフを持った女性は聖ユスティナで,パドヴァとヴェネツィアの守護聖人だが,当時のパドヴァはヴェネツィア領である。一番右の男性はわかりやすい。ライオンをつれているので聖マルコである。ヴェネツィアの守護聖人である。本当はライオンに羽がついているはずだが,この絵ではわからない。ヴェロネーゼの年代だと完全に同時代史であり,戦勝はさぞかしお祭り騒ぎだったに違いない。もっとも,この戦いは戦術的大勝利,戦略的敗北だったわけだけど。

そういえば,他のヴェロネーゼやバッサーノや他の画家の作品で,この展覧会では少なくとも5回は聖ヒエロニムスが描かれていたが,ヴェネツィアとは直接関係がある聖人だったか,私には記憶が無い。ひょっとして,聖マルコとのライオンつながりで当時のヴェネツィアで人気があったとかか。

最終章はティントレット(子,伊東マンショの肖像画を描いた人)やパルマ・イル・ジョーヴァネを出しての「ルネサンスの終焉」である。時期的にも作品の様式的にもほぼほぼバロックである。ヴェネツィアにとっては経済的な衰退期にあたり,文化の爛熟期でもある。


総じて言って見に行く価値のある展覧会であり,お勧めできる。すでにアカデミア美術館に行ったことがある人は除くが。
  
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2016年08月03日

アール・ヌーヴォーってなんだっけ(哲学)

セーヴル《パツィオパット秋明菊文飾壺》三井記念美術館のアール・ヌーヴォー装飾磁器展に行ってきた(三月記念美術館のHPは企画展のURLが使い回しなので記事公開日から時間が立っている場合は注意)。今回の展示は装飾磁器,それも1900年のパリ万博前後に活躍したメーカーの物という極めて限定された磁器の展覧会である。アール・ヌーヴォーというとガレやらルネ・ラリックやらの影響でガラス工芸のイメージが強いし,そうでなければロートレックやミュシャのようなポスターを思い浮かべる人もいよう。あるいは建築物や家具が真っ先に想起される人もいるかもしれない。陶磁器の印象はあまりない。しかし,当時の陶磁器メーカーも,きっちりとアール・ヌーヴォーに染まっていたし,流れに乗り損ねたメーカーはこの時期ぱっとしなかったのである。

1900年のパリ万博はアール・ヌーヴォーに彩られた万博で,その中でも注目されたのはセーヴルだった,そうだ。私もここは全くの門外漢なので展覧会のキャプションの受け売りだが。その他に流れに乗ったメーカーとしてロイヤルコペンハーゲンやビング&グレンダール(後にロイヤルコペンハーゲンが買収),ロールストランドが挙げられ,多く展示されていた。やたらと北欧のメーカーが多いが,これは実際にこれらが特に隆盛していたのか,借りてこられたのがたまたまこれらのメーカーだったのか,それとも主催者の趣味が出たのかはちょっとわからない。逆に流行に乗り損ねて窮地に陥っていたのがKPMベルリンやマイセンだったそうだ。マイセンは前時代のロココ様式や歴史主義で大きく当ててしまったので,方針転換は難しかったのだろう。

というよりも,マイセンにしろロイヤルコペンハーゲンにしろ,クラシックなものと比較すると「こんなの作ってたんだ」という感想の方が強い。流行に乗るということ,流行に乗らないと勝てないというのはこういうことなんだというのを強く感じる展覧会ではあった。それが後に続く革新なのか,流行なのかは当時の人間にはわからないものである。対して,セーヴル等は確かに上手くマッチさせているように見えた(今回の画像はセーヴルの壺)。

近現代の陶磁器というと超絶技巧と科学の応用という印象があるが,今回の展示ではそこまで強く感じなかった。というよりもこのレベルの釉薬や造形だったら清朝乾隆年間,は言い過ぎとしてもほぼ同時代にあたる宮川香山(初代)の方がすごいのでは,と思ったら,展覧会にも宮川香山(初代)の作品が展示されていた。そもそも本展覧会曰く,宮川香山は「東洋のアール・ヌーヴォー」にあたるらしい。よくわからないところである。
  
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2016年08月01日

咲関連の気になったもの(16年1月中旬〜16年4月上旬頃)

・藤白七実の名前を知っている咲-Saki-ファンはハッキリ言って異常だ(近代麻雀漫画生活)
→ 全然違和感なく読み飛ばしそうだったけど,言われてみるとその通りであるw。いのけんさんとしののぬさんの功績であるなぁ。
→ まあ,リッツとしても「伝わる人に伝われば」と踏んで名前を出したような気も。「9割以上が知らない」としても,1割以下に伝えればというファンサービス。


・着席する時にスカートを撫でる動作が好きなので、着席シーンに注目して阿知賀編を見返し、まとめてみました(SYNTH 2006)
→ これは目から鱗な視点だし,描き分けが存在してるのもすごい。何よりも憧の座り方の女子力の高さが半端ない。松実姉妹は姉妹で違うというのは細かい。


・『咲―Saki―』152局[一片]備忘録(セルフまとめ)(Togetter)
・爽の「野の百合を見よ」は何が「微妙に間違えて」いたのか(とっぽいとっぽい。)
→ 15巻収録152局「一片」で,爽が引用している『新約聖書』の文言の考察。まず,引用自体が間違っていて「装い」というフレーズが抜けている(他ちまちまと異同がある)。「装い」が抜けていることで,解釈の間違いにも拍車がかかっているという。
→ 聖書のフレーズがかっこいいと思っているのはユキも同じだけど,ちゃんと覚えている人とフレーズの断片だけ覚えているという差異がいい味出してると思う。 ちゃんと解釈できてるユキの方がより中二病度が高い(爽はある意味小学生的)なのが,またおもしろいかも。


・辻垣内智葉と火消しの血(私的素敵ジャンク )
→ 臨海女子は東東京なだけあって,身近極まりない風景が出てきて嬉しい。隅田川のあたりは自転車で大体走ったなぁ。しかし,消防署は気づかなかった。
→ 「なかなか消えない火だ」とのつながりは目から鱗だった。でも,これはそういうことだなぁ。  
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