2018年04月26日

京大受験生あるあるネタもありそう

・両陛下、植物特別展へ=博物館勤務の眞子さまが案内(時事通信)
→ 過去に何度か書いている通り,東大博物館は私のバイト先だったので,眞子様の先輩職員といっても過言ではない……というジョークは置いといて,
>その前で眞子さまが「父(秋篠宮さま)が食べるのが好きで」と紹介すると、陛下が「そうなの」と驚いた様子で答える場面も
→ そら驚くよ。はてブに調べた人がいて,ペルーで食った説が浮上。しかし,それでも「好き」とは意外である。よほどペルーで食って気に入ったのか。日本で食べる機会があるのか。調べてみるとペルー料理屋自体は都内に何店かあるので,言って店員に「モルモット食えるの?」って聞いてみるのが面白いかも。付き合ってくれる人がいるなら,私はやってもいい。


・史実や言語分布に基づいて作られた「もしアフリカがヨーロッパに植民地化されなかったら?」という地図が興味深い(Togetter)
→ 14世紀半ばのペストで史実以上にヨーロッパの人口が激減してレコンキスタも失敗した世界線(だからイベリア半島やシチリア島がイスラーム教徒によって再奪還されている)の西暦1844年(ヒジュラ暦1260年)が想定されているそうだ。ヨーロッパが滅んでいたら主権国家という発想自体が無いのでは,というのは禁句らしい。
→ アフリカ史に暗すぎてなんともコメントしがたい。しかし,その想定で行くとしても,北アフリカと西アフリカは疑問点が多い。1844年時点ならまだオスマン帝国が生きていて,しかもロシアやオーストリアとの戦いで消耗していないから,最低でもアフリカ北岸をモロッコと二分している線が濃厚だろう。むしろモロッコやスーダンを征服していてもおかしくはない。あるいは中東もペストでヨーロッパ並に死んだという設定なのかもしれないが,それはそれでマムルーク朝が生き残るはずで……
→ ソンガイ王国も,大航海時代の訪れでサハラ縦断貿易が衰退した影響はあるにせよ,直接滅ぼしたのはモロッコ王国であり1591年の出来事であるから,ヨーロッパ帝国主義が存在しない世界線であっても1844年時点で生き残っているのは違和感が。ソコトとカネム=ボルヌー,エチオピア辺りは納得の国境線かな。あとは本当にわからないのでノーコメントで。


・米バージニア州議会選、「くじ引き」で決着 313年前の法律発動(AFPBB)
→ ヴァージニア植民地時代の法律すごい。それだけにアメリカっぽさが無いというか,イギリスっぽさのある話。「このためにバージニア美術館から装飾用の鉢が貸し出された。」というのもおもしろい。なんだか楽しそう。


・東大入試には謎が多い!? 東大入試の3つの裏話 | 東大生が教えるずるいテスト術 (ダイヤモンド・オンライン)
→ 東大受験生あるあるネタ。謎1に出てくる1983年の日本史は有名な伝説のネタ問題。そこで例示された前年の受験生の解答は『赤本』と聞いたことがあるが,その年の『赤本』は持っていないので調べたこともない。しかし,あの「前年の受験生の解答」は典型的にやってしまいがちなダメ解答なので,マジで単純にああいう答案が多かったのではないかと思う。なお,似たようなことは直近で2010年・2011年の阪大の世界史であった。阪大は「出来が悪かったから,ちょっと形を変えてもう1回」をよくやるが,2010→2011のリメイクは問題文に「前年の出来が悪かったので」と書いてあって驚いた。
→ 謎2,世界史はまあまず間違いなく20点オール。諸事情により深くは言及しませんが。というか宗教戦争なので(第1問=30点は信仰を持った過激派が多い),近づきたくないし巻き込まれたくない。
→ 謎3の改行の謎はマジで謎。定説は「記号を書いても改行せず,2行なら59字,3行なら89字で解答を作る」。ただ,「改行しないで解答しないと減点」なんてことを本試ではやっていないと思われる。大学側から模範的な解答用紙使用例を出してほしい。  

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2018年04月25日

すぱっと切れた美しさ

白釉円孔透鉢サントリー美術館の寛永の雅展に行ってきた。寛永文化と言えば桃山文化と元禄文化の間にある文化で,両サイドとも豪華絢爛であるが,その間で清新な綺麗さを目指した文化であった。桃山文化は戦国大名の権威を示す豪壮さ,元禄文化は上方の商人の景気の良さを示したものであるが,寛永期も別に不景気だったわけではない。文化の中心は桃山と元禄もそうであるように上方であり,織豊政権に支えられて復活してきた天皇を中心とする公家の文化と戦国の遺風が加わり,さらに世の中が平和となって落ち着きを取り戻した社会が豪華とは違う美意識を志向したという複雑な潮流によって,寛永文化は発展していったのである。その意味で特徴を一言で言い表すのは非常に難しく,あえて言えば新時代の到来を象徴するような「清新な綺麗さ」と表現するのがよかろうと思う。

寛永期を代表する文化人として本展でピックアップされていたのが,後水尾天皇・小堀遠州・野々村仁清・狩野探幽である。この中だと小堀遠州だけが戦国の生まれ・育ちでかなりの年長者,一方仁清の師が小堀遠州と同世代の金森宗和であるから,かなりの年下になる。残った二人がちょうど真ん中の世代か。小堀遠州や金森宗和の名前を聞くと,最近ついに完結した『へうげもの』の世界からそう離れていないことにも気づこう。その古田織部は無理やり入れれば桃山文化になるのだろうが,やはり桃山文化最大の茶人というと千利休がいる。そして寛永期になると小堀遠州になってしまうので,この二人をつなぐ人物という中途半端な評価になってしまうのは,「◯◯文化」で区切ることの弊害と言えるか。

本展ではまず後水尾天皇とそのサロンが紹介され,織豊政権・江戸幕府の保護という形ながら宮廷文化の復興が進んだ点が強調される。この間「大量の宸翰を見た」と書いたばかりのところ,今回は後水尾天皇一人のものながら,またしても多くの宸翰を見る機会を得てしまった。このサロンで活躍した絵師というとやはり住吉派・土佐派になり,規模は大きくないが,大和絵としてもルネサンスといいうる復興だったのだろう。住吉如慶と狩野探幽は完全に同世代で(1600年頃の誕生で1670年頃に没す),土佐光起が半世代ほど後ろになる。なんとなく住吉如慶・土佐光起は元禄文化に入れてしまいがちであるが,生没年を考えても功績を考えても,確かに寛永文化に入れるほうがふさわしいというのは新しい発見であった。絵画ではあとは俵屋宗達(と本阿弥光悦のコンビ)が寛永期の人物だが,こちらは後代の尾形光琳も含めて「琳派」であり,◯◯文化で区切れない独自の潮流感がある。今回もいくつか展示されていたが,こう寛永期でまとめてみると確かに端であり,琳派でまとめた方がおもしろい。

次に小堀遠州。これはもう「きれいさび」と言われる通りで,基本形は桃山文化で完成した茶道なのだけれど,決定的に明るい。収集された茶器が国産・中国・朝鮮と散っていて,なるほど強い美意識に従った選別だという印象を受けた。そのまま続きで陶磁器の章に入り,仁清。仁清も元禄文化に入れられがちだが,活躍年代が1640〜60年頃で生没年不詳であるから,これはなんとも判断が難しい。寛永文化と元禄文化の切り替わりの時期と言えようか。仁清の京焼は華々しいながらも柔らかい印象が強く,寛永文化のイメージは正直ほとんど無かったが,今回の展示品の「白釉円孔透鉢」(今回の画像)を見て驚いた。全面白一色,刀で切ったような角ばった口縁に,無作法にすら見える無造作な円孔,これは確かに寛永文化を象徴する一品に見える。そこまで超絶有名という作品ではないが,本展の宣伝では前面に押し出されていた。理由は実物を見て一発で氷解した。サントリー美術館,さすがのセンスである。陶芸では後は初代酒井田柿右衛門が寛永期の人物になるが,場所が九州であり,琳派同様これまた別枠感が。今回の展覧会で出品が無かったのもうなづけるところ。最後は絵画作品で狩野探幽だが,ここはあまり印象に残っていない。しかし,トータルでは十分すぎるほど満足できた展覧会であった。
  
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2018年04月21日

世界史上の諸君主の出題頻度グレーディング:古代ローマ皇帝編

本ブログの歴史系記事の目的は,専門家・市井の歴史ファン・高校世界史(受験世界史)の距離の接近にある。もちろん私は専門家の歴史家ではないので専門知識の普及については他の方にお任せしているが,高校世界史は専門家や歴史ファンにとってもそうかけ離れたものではないということについては,ある程度貢献できているのではないかと思う。

そういう活動をしていて,Twitter等でたまに聞かれる・驚かれることナンバー1が,これだ。
「◯◯朝の◯◯って高校世界史だと教えないの!?」
そう,皆,歴史ファンや専門家にとっては高名な人物や事項が高校世界史だと途端にマイナーになるという現象に驚きを隠せないのだ。特に君主。そこで,私の独断ながら,その乖離を整理し,理由を可能な範囲で付していけば面白いのではないか,と前々から思っていた。思いついてからなかなか腰が上がらなかったのだが,試しに一番需要がありそうなローマ皇帝でやってみようと思う。A〜Eの6段階評価。

A:基礎知識。センター試験世界史B以上の入試を受けるなら知ってないとダメ。
B:国立二次・MARCH以上の私大を受けるなら必要。
B-:教科書に載っていて用語集頻度もそれなりに高いが,便宜上掲載されているという色彩が強く,実際には入試にはほとんど出ない。ネルウァが好例。
C:高校世界史範囲内・外のグレーゾーン。旧課程では範囲内だったものや,資料集には載っているもの等。早慶上智対策としてなら覚える。
D:高校世界史範囲外だが,早慶上智でなら見たことがある。満点が欲しいなら覚えてもいい(が当然推奨しない)。
E:完全な高校世界史範囲外で,早慶上智ですら10年に1回未満のレベルでしか見たことがない。

視認性を高めるために,グレーディングのアルファベットに沿って☆を付した。Aなら6個,Eなら1個である。ズレがあったら☆の数の方が間違いなのでアルファベットの方を信じてほしい。意外と思われそうな人は赤で表示した。また,感覚には個人差があるので☆半分くらいは異論があると思われる。特に綿密にデータを収集してデジタルな判断をしたわけではないので,DとEの差については多く異論がありそうだが,そこはご寛恕いただきたい。そして,本ブログ初のHTML投稿になるので,表示が崩れていたら申し訳ないがこちらの不手際である(livedoorBlogは通常のエディタだと表が掲載できない)。以下,本編。


《ユリウス=クラウディウス朝》
君主名グレーディング
ユリウス=カエサル A☆☆☆☆☆☆
オクタウィアヌス A☆☆☆☆☆☆
ティベリウスE
カリグラE
クラウディウスE
ネロA☆☆☆☆☆☆
非常に両極端なユリウス=クラウディウス朝。そして古代ローマファンとのギャップも非常に大きそう。ティベリウスは探せば出てそうではあるのでDでよかったかもしれない。こういう守成の二代目は「世界史」という単位だと評価されにくい。カリグラはキャラこそ濃いが,確かに業績は無い。“歴史家皇帝”クラウディウスは個人的には嫌いじゃないが,まあEで妥当だろう。ネロはキリスト教の迫害で高校世界史には登場する。ただし,最近あまり見かけないのでBでも良かったかもしれない。

《4皇帝の年+フラウィウス朝》
君主名グレーディング
ガルバ以下3人E
ウェスパシアヌス  D☆☆
ティトゥスD☆☆
ドミティアヌスE
はっきり言って全員出ない。ウェスパシアヌスはユダヤ戦争で,ティトゥスはウェスウィウス火山で見たことがあるかなという程度。おそらく異論もあまり出ないだろう。


《ネルウァ=アントニヌス朝》
君主名グレーディング
ネルウァB-☆☆☆☆
トラヤヌスA☆☆☆☆☆☆
ハドリアヌスB-☆☆☆☆
アントニヌス=ピウスB-☆☆☆☆
マルクス=アウレリウスA☆☆☆☆☆☆
コンモドゥスE
B-の宝庫。「五賢帝」が用語集頻度Г覆里原因である。ネルウァとアントニヌス=ピウスは本当にB-の典型。用語集頻度はイ世,入試で実際に問われる頻度はCも超えてDになるくらい。トラヤヌスは「ローマ帝国の最大領土」の1点で出る。ハドリアヌスは多分ローマファンとのギャップが一番激しい人。意外にもB-にするかCにするか悩むくらいで,ネルウァよりはマシというレベル。問うならハドリアヌス城壁くらいしかない。一方,マルクス=アウレリウスは『自省録』に「大秦王安敦」と入試で引っ張りだこ。ところで,「大秦王安敦」はほぼ確実にローマ皇帝の正式な使者ではなく,インド人かクメール人あたりの騙りとされていて,どの教科書を見てもそういう書き方になっているはずだが,なぜか正式な使者として教えている事例をたまに見かけて頭痛がしている。なお,ルキウス=ウェルスは省略したが,当然E。


《5皇帝の年+セウェルス朝》
君主名グレーディング
ペルティナクス以下4人E
セプティミウス=セウェルスC☆☆☆
カラカラA☆☆☆☆☆☆
ゲタE
マクリヌスE
ヘリオガバルスE
アレクサンデル=セウェルス E
ここもカラカラ以外は無名と言っていい。セプティミウス=セウェルスはCかDか微妙なところ。ローマ史上の重要性(軍人皇帝時代の道を開いた)を考えると,今の用語集から1人だけ増やしてもいいと言われたらこの人なのかなとは思う。カラカラは言うまでもなくアントニヌス勅令による。ローマファンは知っての通り,愚策なんですけどねアレ。高校世界史だとあたかも普通選挙でも実施したかのようなすごい高評価で出てくるので,違和感が。


《軍人皇帝時代》
君主名グレーディング
マクシミヌス=トラクス D☆☆
ウァレリアヌスB☆☆☆☆☆
アウレリアヌスE
その他の軍人皇帝E
マクシミヌス(=トラクス)は最初の軍人皇帝として問われることがあり(例:拙著『1巻』2014早慶5番)が,CかDか迷うところ。ウァレリアヌスはAにするかBにするか迷った。センター試験でも満点が欲しかったら覚えておいたほうがいい。にしても,敗戦・捕縛によって入試の頻出になっているというのもかわいそうではある。アウレリアヌスは軍人皇帝の中では有能という評価でローマ史ファンには通じる人物だが,高校世界史で名前が出てくることは皆無。


《ディオクレティアヌス+コンスタンティヌス朝以後+西ローマ皇帝》
君主名グレーディング
ディオクレティアヌスA☆☆☆☆☆☆
その他のテトラルキア期の皇帝 E
コンスタンティヌス(1世)A☆☆☆☆☆☆
ユリアヌスB☆☆☆☆☆
その他のコンスタンティヌス朝の皇帝 E
ウァレンティニアヌス朝の全員E
テオドシウス(1世)A☆☆☆☆☆☆
その他のテオドシウス朝の皇帝E
ロムルス・アウグストゥルスD☆☆
その他の西ローマ皇帝E
ディオクレティアヌスとコンスタンティヌスとテオドシウスについては説明不要だろう。その他のテトラルキア期の皇帝では,リキニウスがミラノ勅令の説明で出てこなくはないが,入試では見たことがない。ユリアヌスは「背教者」でたまに見る。用語集頻度はイ醗娚阿塙發ぁロムルス=アウグストゥルスはマクシミヌス(=トラクス)が問われたのと同じ入試問題で問われていた。その他の皇帝はホノリウスを含めて,出題は私の記憶には無い。


ビザンツ皇帝は折を見て作る予定。その他の王朝については需要と私の時間の空きを見て考えます。リクエストは常時受付中。あと記事タイトルがしっくり来ていないので,良い案があれば。  
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2018年04月18日

非ニコマス系動画紹介 2017.9月上旬




昔の『ロマサガ3』の縛りプレーを発掘して見始めた。まずはこの辺りから。体術,鍛えるのは大変だけども鍛えるとカウンター,相手の体力を下げる逆一本・ナイアガラバスター,こちらのステータスが上昇するタイガーブレイクと使える技が多くて戦略の幅が広い。最終盤,タイガーブレイクをうちまくるモニカ様が可愛く見えてくること請け合い。




こちらはカタリナの小剣縛り一人旅。分身技こそ無いものの,反撃技のマタドールと回復技のナースヒールが強く,盾が持てるのも長所。武器種類固定の一人旅の中では比較的楽だった部類か。これより楽そうだったのは槍くらいだった。槍は武器自体が種類豊富で強いし,反撃技の風車と分身技のラウンドスライサーがあるし,盾を持てないくらいしか欠点がない。少し辛そうだったのは斧で,分身技のヨーヨーがあり盾を持てるが,反撃技がないのが欠点。意外と片手剣縛りの動画が見当たらなかったが,あれは縛るまでもなく楽なので……残りの弓・大剣・棍棒は果たして(というところで次回の動画紹介にて)。



結婚式の余興の練習だそうで。こんなの流れたら素敵すぎる。





2017年下半期に突如としてブームを呼び起こしたジャガーマンシリーズの元凶。作ったやつも見つけたやつも広めたやつも頭おかしいよ(褒め言葉)。



サガフロンティアっぽい戦闘の動画。本当に二次創作で作るには版権的に公式からストップがかかりそうなレベルの完成度。
  
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2018年04月17日

イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢に会いに行く

ルノワール《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢》新美術館のビュールレ・コレクション展に行ってきた。ビュールレ・コレクションはその名の通りドイツの実業家のエミール・ゲオルク・ビュールレが収集したコレクションであるが,実業家として大成した時期がナチス=ドイツの時期,美術品収集を開始したのも同時期。ナチスが没収した退廃芸術を競売で買い漁っていて,戦後はスイスにばっくれて収集品の返還も拒否し,それをめぐって裁判も戦っているので綺麗なコレクションかと言われると微妙である。それが2008年に大規模な美術品窃盗団に襲われ,2012年に窃盗団が逮捕されて作品は戻ってきたものの(リンク先はAFPBB),もはや財団自身では守りきれないと判断してチューリヒ美術館に寄託する流れとなった。今回の巡回展は寄託前最後のお披露目である。

この辺の話はビュールレ財団の恥と言えるのにもかかわらず展覧会でのキャプションや図録では詳細に説明されていて,「よくここまでぶっちゃけたなw」と思うくらいであったのだが(本展覧会のハイライトはこの詳細な時系列を説明した年表だったかもしれない),展覧会HPではほとんど説明がない。インターネットで広まらなければいいと考えたか,それとも広報側と学芸員側で意志の食い違いがあって,それがこういう形で表に出たか。「グレーだよねこのコレクション」というところまで含めて説明するのが展覧会であるという意志の発露だとするなら,これはこれでおもしろい現象であった。

展示作品数は64点とそれほど多くないが,大作が多くて見応えはあった。展示品はほぼ全て19世紀以降のもの。新古典主義のアングルから始まって,ロマン派のドラクロワ,写実主義のクールベとコローがいて,分類の難しいアンリ・ファンタン=ラトゥールがいて,あとは大量の印象派・ポスト印象派。印象派の物量は圧倒的で,「至上の印象派展」をうたうだけのことはある(さすがに誇張ではあったけど)。さすがに個人コレクションだけあって,今まであまり日本に巡回してこなかったのだろう,初見の作品も多かった。

白眉はやはりルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢》で,「絵画史上、最強の美少女。」と散々宣伝されていたように(美少女に“センター”とルビを振るセンスはどうかと思う),まあとんでもなく美少女である。ちょうどルノワールが印象派からの揺り戻しで古典主義に振れていた時期の作品であり,印象派と古典主義の折衷が,かくもふんわりとした柔らかさと明るさに美しさを同居させることに成功したのだろう。かわいらしい服に長い髪にもかかわらず,快活そうにも見える。ところでこのカーン・ダンヴェール家はユダヤ系フランス人で,イレーヌ嬢は当時8歳であった。年齢から推測のつく通り,彼女はその人生で第二次世界大戦を経験しており,彼女の家族も多くがアウシュヴィッツで亡くなっている。イレーヌ自身はカトリックに改宗してイタリアに移住していたことが功を奏して生き延びた。この作品は戦中にナチス=ドイツが没収していたが,終戦直後にイレーヌの手に戻った。そして1949年にエミール・ビュールレがイレーヌ本人と交渉して買い取ったという来歴であるが,よく売ってもらえたものだ。イレーヌがエミール・ビュールレがどういう実業家であったか知らなかったわけでもあるまいし,イレーヌが困窮していたというわけでもない。創作のタネになりそうなレベルの不思議である。

もう1点の目玉がセザンヌの《赤いチョッキの少年》で(ちょうど窃盗団逮捕のニュースの画像の作品),どう見ても右腕が左腕と比べて長すぎるわけだが,これは奥の緑色のソファと右腕を平行に描きたかったから引き伸ばしたという画家本人のコメントが残っている。リアルさ(迫真性)よりも構図の方が重要と考えるセザンヌらしい発想である。ところで《赤いチョッキの少年》は他にもあり,おそらく本作よりもアメリカのバーンズ・コレクションにある作品の方が有名。キャプション等でそちらに触れられていないのは,説明として片手落ち感があった。


ところで本展,印象派中心の展覧会で,しかも盛んに宣伝されていた割にはそこそこ空いていた。期間が長いので客が分散したか。ともあれ印象派がじっくり見られる機会は(西美の常設展を除けば)そうそうないので,その意味でもお勧め。
  
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2018年04月16日

ちなみに私は字幕派です

・ミュシャ、国宝、運慶が60万人超え。 2017年 美術展覧会入場者数 TOP10(美術手帖)
→ 恒例のランキング。トップ10で行ったのがバベルの塔とアルチンボルトだけであった。ミュシャは前の大回顧展に行っている&スラヴ叙事詩を評価しているのが気に食わなくて回避,国宝展も前に見たことあるものばかりで回避,運慶は仏像にそこまで興味がない&見たことがあるものが多くて回避,草間彌生は全く興味がなくて回避という様相。さすがに長年美術館に通っているだけあって,見た事ある(かつ二度目はいいかなという)ものが多くなってきている気はする。その分,今まで守備範囲外だったものや,自分の趣味に特化した展覧会に行けるようになったので,良いことではある。


・難病で寝たきりの小5、分身ロボで「登校」…遠隔操作で生徒会、かくれんぼも : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
→ やっと21世紀感ある話が読めたと思った。僕らが待ってた21世紀ってこういうのでは。約50万円というのも意外と安いし,日本で,しかも東京ではなく大分でというのもすごい。これは実験的なものだと思うが,問題が見当たらなければすぐに広がってほしい。


・2020年GW『DOUJIN JAPAN 2020(仮)・コミックマーケット98』開催のお知らせ
→ 2020年のC98はお盆ではなくGWに開催されることに。他団体との連名での発表となっていて,同人誌即売会関連の問題はある程度片付いた模様。ただし,再三言われている通り東京五輪による国際展示場が使えなくなる問題の本丸はコミケではなく,そちらは全く解決策が聞こえてこないので気がかりである。本格的にどうなるんですかね。



→ このシリーズをまとめて見てしまった。有名なアニメネタを細かく上手く消化していて,見ていて気持ちが良い。とりあえずナルト走り腹筋崩壊するからやめろw  
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2018年04月15日

歴史が“あった”日本型クリスマス

・「なぜテロに走るのか?〜国連調査から読み解く〜」(NHK時論公論)
→ 前からわかっていたことではあるが,政府や治安機関の腐敗が最大の原因とのこと。この辺が,現地住民ではなく現地国家に対しては同情できない理由ではあり。警察の給料が安すぎて賄賂を要求せざるをえないというような話はあるだろうが,であれば尚更政府の腐敗が最大のガンであろう。政体が純粋な独裁であるにせよ曲りなりの民主主義であるにせよ,「国民国家」の何たるかが理解されていなければ政府は政治家の私物になるのであり,まだその辺の教育からなんだろうなぁと。


・サンタの歴史:聖ニコラウスが今の姿になるまで(ナショナルジオグラフィック日本版)
→ 3世紀末の聖ニコラウスは,中世末には子供にプレゼントを配る聖人となっていたが,どちらかというとなまはげのようなイメージで,祝日も12/6であった。それが12/25になり,今の恰幅のいい赤い服のおじいさんになったのは19世紀前半とのこと。
・「日本型クリスマスの歴史」(視点・論点)(NHK 解説委員室)
→ あわせてクリスマスネタ。キリスト教色が脱色されているが,サンタクロースはいるという謎の日本型クリスマスは輸入された当初,明治末の20世紀初頭にはすでに出現していたらしい。その後も少しずつ変化はあるが,日本型クリスマスが100年の“伝統”があったというのは驚いた。てっきり戦後の産物だと思っていたので。明治期発祥のものを日本の“伝統”と認めてよいものかどうかは判断がどうしても個別の判断になるが,これについては“伝統”と言ってしまってもよいと思う。そもそも欧米も近代的なクリスマス像が固まったのは上述の記事の通り19世紀前半のようであり,とするとタイムラグもあまりなく。「キリスト教徒でもないのに祝うのはおかしいのでは」というのも,歴史を考えるとかえって説得力が薄いのかもしれない。にもかかわらず,記事中にある「だれもそこに伝統を感じてはいません。」というのは鋭い指摘。キリスト教徒でもないのに祝うというあたりに,誰しもがこっそり借り物感を感じているということだろうか。


・ルーマニアのミハイ元国王死去、ひつぎの前に国民の列 16日に国民葬(AFPBB)
→ ホーエンツォレルン家出身。在位期間は1927〜30年と40〜47年。最初の統治期間は醜聞の多かった息子を飛ばして祖父から孫に継承されたために極めて幼少であり,実態は無かった。1930年にその父親(カロル2世)がクーデタを起こして王位を奪い取ったため,中断期間がある。1940年,当時のファシスト政権がカロル2世を追放し,まだ19歳だったミハイ1世を再び即位させて傀儡とし,これが1944年まで続く。枢軸国の敗色が濃厚となると,ミハイはクーデタを起こしてファシスト政権を解体し,連合国側に寝返るも時すでに遅し。ソ連がルーマニアを占領して共産主義政権を立て,ミハイは追放とあいなった。その後は冷戦が終わるまで歴史の表舞台からは姿を消す。
→ 次に姿を表すのはなんと21世紀になってから。ずっと放っておかれたルーマニア本国からの待遇が突如として好転した。EU入りを目指す上で,ミハイの元王族としての人脈が期待されたからである。ミハイの方も最後のご奉公としてこれに尽くし,ルーマニアは無事2007年にEU加盟となった。これにより一躍国民の人気が高まり,「陛下」の敬称も許された。記事中の「彼(ミハイ元国王)のつつましさと高潔さ、そして並外れた愛国心は素晴らしいと思います」というルーマニア国民のコメントはこのあたりのことを指していると思われる。人生,長生きするとどうなるかわからないものである。
→ これで第二次世界大戦中に君主だった人物は全員亡くなった……と思いきや,実はまだ隣国ブルガリアの国王だったシメオン2世が80歳でご存命である。ただし,シメオン2世は1945年時点で3歳であり実態として統治しておらず,名実ともに国家元首だった人物と限れば全員亡くなったと言ってよい。さらに言えばホーエンツォレルン家で最後の君主でもあった。
→ 葬儀の参列者が錚々たる面々で,スウェーデン王,ルクセンブルク大公,イギリスのチャールズ王太子,元スペイン国王フアン・カルロス1世,ホーエンツォレルン家・ハプスブルク家・ロマノフ家・サヴォイア家・ブラガンザ家の各現当主と,ここだけ一次大戦前。
→ 名目上のルーマニア王は残された娘が継ぐとのことだが,現在この方の地位は宙に浮いている。ほとんど個人への敬意だけで成り立っていた「元ルーマニア国王陛下」の地位を法制化すべきかどうかで国論が割れており,どうやら歴史へのロマンだけで語っていい状況では無さそう。
→ 葬儀の様子は以下の映像から。以上の情報も概ねこの方のTweetからたどった。


  
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2018年04月09日

無数の分岐があるTKG

・【ついに判明!】とある一枚の謎の写真「この観音像はどこにあったのか?」写ったものをヒントに推理続々「ガチ勢すごい」「感動した」(Togetter)
→ いろいろと情報が集まったけども,決定打は仏像の制作者,海洋信仰,子安観音というあたりで,これは美術史学マターであった。地形・植生や写っている人から迫っていくのも裏道っぽくておもしろいけども,やっぱり正攻法は強いなというのが個人的な感想である。


・約55%の人が卵かけごはんを混ぜて食べている(デイリーポータルZ)
→ これはちょっとびっくりした。自分は混ぜる派で,混ぜない派の人に会ったことがなかったので……しかし,記事中にある通り,そもそも他人と卵かけご飯を一緒に食べる機会自体が人生でも稀ではあり,気づいていないだけかもしれない。
→ なお,自分の食べ方をもう少し細かく言えば,醤油は割と多めにかける,泡立つまでは混ぜず,ご飯の底まで溶き卵が行き届いていれば十分くらい。かけてから混ぜるか,混ぜてからかけるかはほとんどこだわりがないが,多分かけてから混ぜる方が多いと思う。
→ やや脱線。親子丼は「鶏肉の入った卵かけご飯」だと思っているので,卵は半分固形くらいの状態がよく,ちょっとかき混ぜたい。これは牛丼も同じで,生卵はあるなら必ず乗せるし,乗せたら醤油を垂らしてちょっとかき混ぜる。でもカレーは混ぜない。あれは上からかかっているわけではなく,白米の横に広がっているので,カレー側から掬っていけばかき混ぜなくても味は混ざるからだ。もっとも,最近は辛いものを避けているので,カレーライス自体めったに食べないが。


・庭園隠者(Wikipedia)
→ 隠者なのに観賞される存在とは。矛盾がすごいパワーワードだ。
→ RPGによくいる「どうやって生活しているんだろう」というような,ほこらで一人暮らししてる髭もじゃのご老人,案外に現実的に不自然ではなかったようだ。18世紀のイギリス貴族は中二病(あえてゴシック・リヴァイヴァルとは書かない)な趣味が流行っていたし,それを実現できてしまう資産もあったとはいえ,あまりにも現代の日本人の考える「かっこいい隠者」像と同じなので,その意味ではちょっと驚いた。ブコメにあったが,テーマパークのキャストと考えるとしっくり来る。なお人権と労働環境。助言が雑だったり意に沿わなかったり,風貌が賢者っぽくなくなったりしたらクビになったんだろうか。
→ そう言えば中国や日本でも賢者は隠者や仙人として山奥に住んでいるものであり,イスラームもスーフィーはそんな傾向があり,インドやアメリカ大陸あたりは知らないし調べてもいないが,隠者たるもの賢者であり旅人や訪問者に意味深な助言を与えるものというイメージは洋の東西問わず,前近代から確立しているものということか。とするとおもしろい現象だ。


・バッドデザイン賞を勝手にノミネートしてみた-2017年度版(酔いどれデザイン日誌 - Drunken Design Diary)
→ なんかもう全体的にすごい。どうしてこんなデザインに。No.2はこれで矢印がボタンじゃないのは信じがたい。こういうエレベーターたまにあるけど心底腹が立つ(が,降りた時には忘れているので実際には怒りが残らない)。No.4の乱視案内板が一番ひどい。これはデザインがひどいというか仕事が雑すぎる。No.6の孔明の罠は文字通りの孔明の罠で,確実にドアに頭をぶつけるやつだ。このデザインで,さすがに奥が手動とは微塵も思わないだろう。  
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