2006年04月24日

すばらしい乳白色

foujita近代美術館でやってる藤田嗣治展に行ってきた。前回はちょうど去年の今頃のゴッホ展で、悪夢のごとく混んでいた。後から聞くに、来館50万人超で近代美術館最高記録なんだとか。用心して観覧開始予定時刻より30分ほど早く行ったら、案の定30分待ち。ゴッホの2時間待ちよりはだいぶマシだが、ここは嫌な記憶しか残らないということなのか。

藤田の絵を見て驚いたのは、実に多彩な画風を持っているということ。同時代の絵なのに、特徴的な共通点を残しつつもかなり画風が違う作品を残しているのだ。特に驚いたのはキュビズム絵画を残していること。それもかなり秀作な。直接の師匠がピカソなのだから、当然なのかもしれない。

もう一つ驚いたのは、藤田の裸婦にはきちんと陰毛が書かれている点。アングルやティツィアーノの裸婦を見ればわかるとおり、西洋画は伝統的に描かない。というよりも女性器自体を全く描かない。そうすることで実在の人間とモノ化した絵画の中の人間を区別しているのだが、藤田はこれを完全に無視している。とがめられなかったというのは、それだけフランスもリベラルになっていたということか。マネの《オランピア》からまだ50年しかたっていないというのに。

特にティツィアーノの《眠れるヴィーナス》と全く同じ構図の裸婦図をタブー破りで描いていたところを見ると、やはり彼なりの伝統に対する挑戦だったのではないかと思う。ティツィアーノのヴィーナスは眠る女性像の典型として多くの画家にインスパイヤさせてきた作品で、美術史の生徒としては感慨深いものがある。

とかく彼の絵は美女と猫が多い。たいそうな猫好きだった、と説明にも書いてある。すごく友達になれそうな気がした。完全に偶然だが、自分がパリで泊まっていたホテルのすごく近くにアトリエがあることがわかってなんだか嬉しかった(モンパルナス)。だが、奥さんがころころ変わるのはいただけない。そんなところまで師に似なくてもいいのに。

また藤田というと戦争画だが、戦争画の部屋だけかなり照明が暗いのは何かしらの心理効果を狙ってのことなのか。個人的には見づらいだけなんだが。それでも戦争画なだけあって、随分気合が入った絵が多く描写が緻密。これだけの戦争画を描けば、そりゃ日本から追い出されるわなと思った。(晩年の藤田はパリに住んでいる。)

この記事へのトラックバックURL