2010年12月08日

東方イコノグラフィー 〜萌え絵への美術史学的アプローチ〜

東方projectのキャラ数が非常に多いため,それなりにキャラ付けの特徴的な東方キャラであっても,描き手の稚拙さやパーツの除去によっては,本気で読み手が判別できなくなる場合がある。この現象や,この現象により判別不可能になった絵のことを「誰てめ絵」と呼ぶ。

「誰てめ絵」はなぜ忌避されるのか?それは「その絵は東方キャラであることに価値がある」と見なされているからである。そうでなければ,そもそもキャラを判別せずとも良いのだ。単に美少女の絵として評価されればよい。そうではないということはつまり,東方キャラであるということは,強い付加価値を持つ。無論これは東方に限った話ではなく,全ての萌え絵に関して同じことがいえるだろう。一般にオリジナルよりも二次創作絵のほうが評価されやすいのは,それだけ付加価値が強いためである。オリジナル絵そのものだけで評価されるのは,とても困難なことだ。

では,東方キャラであることになぜそれだけの付加価値が存在するのか。それは東方キャラそれぞれが裏に設定や物語を持っているからであり,我々は単純な美少女絵の裏に設定の持つ意味を暗に読み取っているからである。二次創作の美少女は,単なる美少女絵ではない。


ここでヲタきめぇと思ったかどうかは読者諸氏の自由だが,実のところ「誰てめ絵」問題や,その裏にある属性の読み取り・深読みという現象は,東方だけの話ではない。というよりも萌え絵特有の現象ですらなく,「誰てめ絵」は全ての絵画作品共通の現象である。それはそうであろう。キリストの絵は描かれているのがキリストだからこそクリスチャンの心を打つのであり,「実は単なる髭面のおっさんでキリストじゃありません。あなた方の深読みです」などと作者に言われたら随分と興ざめになるだろう。

とりわけ「誰てめ絵」の問題は,西洋絵画の伝統的な絵画,すなわち歴史画において頻発する。聖書の登場人物やそれぞれの聖人伝を題材として描いたものを主として「歴史画」と呼ぶが,聖人伝なんぞは多種多様であり,かつ似たような話も多いので(大体殉教の仕方程度にしか差が無いため),東方キャラの判別よりもよほどの困難が課せられる。

そこで,西洋美術史学は長い歴史の中で,一つのテクニックを生み出した。それがアトリビュート(持物)の整理である。アトリビュートとは,それを持っていれば確実にその人物(キャラクター)であると判断しうる判断材料のことであり,狭義では持ち物のことを指し,広義ではシチュエーションなども含む。また,アトリビュートを用いて登場人物を特定したり,逆に登場人物からシチュエーションを特定したりする学問のことを図像学(イコノグラフィー)という。

たとえば,拙文で申し訳ないが,レオナルド・ダ・ヴィンチの《受胎告知》はこのようにイコノグラフィーできる。仮に貴方がこの絵について全く知らずに初見だったとしても,美術史学辞典が一冊あれば,主題を「受胎告知」と特定するのは簡単である。なぜなら,青い衣から右の女性を聖母マリアと特定するのは典型的なアトリビュートであるし,左にいる人物には翼があるから天使であることは疑い得ない。マリアに出会ったことのある天使はガブリエルに限定されるから左の人物はガブリエルであり,マリアとガブリエルが出会ったシチュエーションは「受胎告知」以外ありえない……と類推可能だからである。これが図像学という学問と,アトリビュートの威力である。(その他のアトリビュートについても詳しく書いておいたので,該当記事を読んで欲しい)


話を戻すが,要するに我々ヲタクは,無意識的に図像学を用いており,アトリビュートを頭にたたきこんでいるのである。あまり指摘されていないことだが,これは非常に高度な作業であり,驚くほどの独自の進化を遂げている。エロゲの一枚絵をぱっと出されて瞬間的に作品が答えられる人や,一枚の同人絵からそれほど有名ではない作家の名前を当てる人なんかは,プロの美術史家顔負けの能力ではないかと思う。

さて,西洋絵画はその堅苦しさから歴史画が次第に嫌われ,「聖母マリアだからこそ美しい」のではなく「一人の女性として見るからこそ美しい」と,付加価値を否定する方向に進んでいった(自然主義や印象派)。一方,我々ヲタクは一向にオリジナルの価値を認める方向には進んでいかない。もっとも私はそれで良いと思っているし,だからこそ我々はヲタクなのだろうとも思っている。共有される原典と,その原典から生み出される付加価値を信じずして何がヲタクか。「誰てめ絵」を自虐的に茶化した同人誌は何冊も読んできたが(東方界隈によらず),決して恥じるものではないのだ。我々はむしろ,霊夢であるかただの巫女かで価値を大きく分ける判断主体であることを,誇るべきなのである。



以下は単なる付録であり主題ではないが,試しに簡潔に東方キャラのアトリビュートを成文化してみた(途中で力尽きたので紅魔郷のみ)。この作業で困難なのはどこまで簡略化しても判別できるかということであり,たとえばそのキャラが東方キャラと明示されているかどうか,という点でも異なる。たとえば,東方キャラということは明示されている状況ならば,黒髪の巫女は霊夢しかいないので,「黒髪」と「巫女」というアトリビュートだけで十分に判別が可能である。しかしこれが東方キャラであるということさえも判明していない状態の場合,「黒髪」の「巫女」というだけでは霊夢という判断は下せない。つまりアトリビュート=手がかりが足りない。

繰り返しになるが同様の現象は西洋美術でも十分に起こる。聖ゲオルギウスと聖エウスタキウスはともに騎士から聖人になった人物であるため,武者姿の聖人というだけではそのどちらか判別できずしばしば問題になる。ゲオルギウスは竜退治で功をなした人物であり,エウスタキウスは猟をしている間にキリストの姿を幻視したというエピソードが印象的な人物であるから,それぞれの痕跡を描かれた様子からなんとか読み取るという地味な作業になる。もしくは先に描いた画家のほうを特定して,「この画家はゲオルギウスをよく描いているがエウスタキウスを描いたことはほとんど無い。よって今回の作品もゲオルギウスのほうだろう」という特定の方法もある。これも同様の手法が東方の「誰てめ絵」でも使えると思うが,これを行うには無数の同人作家の情報が頭に入っていなければいけないわけで,あまり現実的ではない。

よって,以下の一覧は決して完璧ではない。異論は多いだろうが,むしろ各自作っていただければと思う。ちなみに,自分がこんなことせずとも,実はwikipedia,ニコニコ大百科,ピクペディアのそれぞれの項目には各キャラのアトリビュート一覧があったりする。その性質上,ピクペディアが一番詳しい。

霊夢……黒髪,両側お下げ,巫女(服),腋の空いた衣装,紅白のイメージカラー,比較的大きなリボン,御祓い棒,御札
(不思議と"針"は持物にならない。リボンは見落とされがちな持物で,お下げにもリボンがついているのは実は大きな特定要素。胸のさらしの有無は二次創作により個人差有。)
魔理沙……金髪で比較的ロング,片側お下げ,黒系統の服に白いエプロン・リボン(サブカラーとして青を用いることが多い),箒もしくは杖,ミニ八卦炉
(髪型は多くの場合ウェーブがかかっているが,持物として用いられるほど共通しているものでもないため難しい。また以前は「黒白」と言って差し支えなかったが近年は青も多い。)

ルーミア……金髪ショート,黒い服(部分的に白い),赤いリボン(左側),胸元にも赤いリボン
(一度しか登場していないので極めて単純。ただし髪の長さを伸ばした上でリボンを取り,EX風味に描くと割と魔理沙と区別がつかない例がけっこう多い)
大妖精……緑髪で左にサイドポニー,虫型の二枚羽,青のワンピース,黄色のリボン
(これもわかりやすくしかも混同される相手がいない。緑のサイドポニーだけで特定可能で相当アレンジがきく。)
チルノ……水色の髪で青リボン,水色のワンピースでスカートは淵に白い三角の模様がついている,胸元に赤いリボン
(これも相当特定しやすい部類。まず混同されない。胸元のリボンは意外と重要なアクセント。)
紅美鈴……赤いロング・ストレートヘアー,両側に三つ編のお下げ,緑の帽子で星型のアクセサリー(字は龍),緑のチャイナドレス(スリット深め)
(これも特定が楽な部類で,赤髪の時点で相当少ない。紅魔郷時点ではチャイナドレスの下は見事な脚線美であったが萃夢想以降は白い下穿き有。ゆえに紅魔郷基準で描かれることが多い。龍の字も無視されることが多いが,一方で背景に龍を伴った描かれ方もする。たとえばギリシア神話のヘラは孔雀が持物と考えられているように,美鈴も龍が持物と考えても良い。)

小悪魔……赤髪,黒い羽,頭にも小さな羽がついている,上下黒い服
(資料不足からかかなりバラバラに描かれ,東方タグが無いと不安になるキャラ。ショートかロングか髪型が一致しない数少ないキャラであり,胸元も赤いリボンかネクタイか判然としない。パチュリーと一緒にいるから小悪魔だろう,という特定のされ方も多い)
パチュリー……紫のロングヘアー,両側に大きなお下げ(左は赤・右は青のリボンで縛っている),イメージカラー紫,パジャマ状の衣服(多くの場合白と紫の縦縞のワンピース),ナイトキャップ(いわゆるZUN帽),帽子に三日月のアクセサリー,ジト目,手元に書物
(特徴が多いがスルーされるものも多い。紫のロングヘアーとジト目だけで判別できるため脱がされやすいキャラ。)
十六夜咲夜……銀髪のショート,両側に三つ編お下げ(緑のリボン付),ヘッドドレス,黒もしくは紺地に白いエプロンのメイド服(非ヴィクトリアン),銀のナイフ,懐中時計,やや高身長
(東方外に似たようなキャラが多いため図像学的には最も厄介な部類のキャラ。困ったら懐中時計を持たせておくのが正解ではないかと思う。スカートに関しては本来ショートだが,ロングで描く人も多いため持物扱いが困難。)

レミリア・スカーレット……水色または銀髪のショートヘアー,牙,赤い目,ナイトキャップ(ZUN帽)に赤いリボン,フリルのふんだんについた白または薄ピンクのドレス,半袖,ロングスカート,胸元と腰まわりに赤いリボン,黒い羽,白のドロワーズ,低身長,赤い槍
(特徴が多く,彼女もひんむかれやすい。が,あまりアレンジはきかない。ロリの吸血鬼自体はありふれているが大概金髪であるため,髪の色というだけで特定できる。紅魔郷や萃夢想では薄ピンクだが香霖堂では真っ白のドレスであった。実際どっちのドレスも両方よく見る。)
フランドール・スカーレット……金髪のショート(比較的ボブカット),左側にサイドテール,ナイトキャップに赤いリボン,赤を貴重としたドレス,半袖,比較的短いスカート,胸元に黄色のリボン,虹色の特徴的な羽,低身長,黒もしくは紅の剣(いわゆるレーヴァテイン)
(金髪ショートのよくある吸血鬼だが羽が特徴的過ぎて完全に見分けがつく。サイドテールはあったりなかったりするが,あると便利な持物ではある。)

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この記事へのコメント
 マンガ学によると「象徴性」「図像」「内面(物語)」の3つの要素でキャラは成り立っているらしいけど、いわゆる御三家のキャラはほとんど「象徴性(この場合、神話由来の意味)」「図像」に偏っていて、そこに無数の描き手が物語を与えまくってるのが特徴的だよね。「○○」と「ニコ○○」を分けるのも物語の有無かしら。

 同一ジャンルの種々多様なサークルカットにキャラの同一性を見出せるのは優れてオタク的な特徴らしいです。その辺りの「オタク性=ハイコンテクストな付加価値に依って立つことの肯定」が、いかにもDGさんらしくていつも通り俺ら合わないんだなあとか、そんなことを思ったり。
Posted by D.i.L at 2010年12月08日 21:58
加えて「象徴性」まで薄まって「図像」以外公式がなくなりかけている気がしないでもない。
その意味で,東方でイコノグラフィーは可能でも,イコノロジーは相当しんどいのか?
描き手によって考えてる象徴性は全然違いそうだからなぁ。
考えてみる価値はあるかも。
「○○」と「ニコ○○」を分けるのも,むしろ象徴性の違いのような気がする。無論,物語も違うんだろうけど。


>「オタク性=ハイコンテクストな付加価値に依って立つことの肯定」
実は「東方で図像学ってそれなりに画期的だよな」という着想だけ先にあり,書いているうちにこのオチが生まれたというのは公然の秘密でござる。
Posted by DG-Law at 2010年12月09日 00:09