2011年06月25日

センター試験の地歴公民2科目化問題について

・2科目受験し解答時間を倍に…センター試験で“裏技”発覚

ニュース記事なので消えてしまったときのために,重要な部分を引用。

「これまでは地理歴史の「世界史A」「世界史B」「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」と公民の「現代社会」「倫理」「政治・経済」の中からそれぞれ各1科目を選択。理科も同様で「理科総合A、化学I」「理科総合B、生物I」「物理I、地学I」の3グループから各1科目を選ぶ方式だった。

 来年は、世界史Aと同Bなど同一分野の受験は不可とした上で地歴・公民の計10科目(新たに「倫理、政治・経済」が追加)から2科目を選択できるよう変更された。理科もグループ分けをやめ、計6科目から2科目を選べるようになる。受験生に選択の幅を広げたのが特徴だ。

 1科目だけ受ける場合の試験時間は60分、2科目なら130分だが、1科目目の答案用紙を回収後、2科目目の答案用紙を配布する。

 だが、試験が始まってから科目を選択できるように問題を1冊の冊子にしたため、1科目目を受験した段階で2科目目の問題を見て2時間解答に充てられる。

 例えば、日本史Aのみ受験に必要な生徒の場合、1科目目に世界史A、2科目目に日本史Aを選択し、1科目目の時間から日本史Aの問題を解き始めることも可能。はじめの世界史Aが白紙答案でも、受験大学の採点対象になってなければ、合否には影響しない。」


この問題については言いたいことがいろいろあるのだが,全部詰め込んでいたら非常に長くなったので,比較的重要ではない部分は折りたたんで下に隔離した。読む気がある人だけ読んで欲しい。じゃあ,本題は何かというと,「実際にはこの問題は解決しかかっていたのもかかわらず,あたかも解決していないかのように報じた産経新聞のやり方」についてである。以下,時系列に沿って説明する。


まずこの改革が浮上してきたのが2月頃。関係者各位に伝えられ,「多分こうなる」的な噂が流れてきた。そして3月上旬に正式発表されたが,この時点で報じていたマスコミはほぼない。だが,トップに掲げた記事で問題視されている「2科目受験で申し込み,120分かけて1科目解き,1科目しか必要ない大学を受験」という不正は,すでにこの時点で指摘されていた。特に理系はどこでも社会科1科目で十分であり,理系に選択者の多い地理は解くのに時間がかかるため,これは有利になりやすい。

で,このまま放置されれば確かに大問題になっていたし,実際のところ大学入試センターの側は対策をあまり練ってなかったのだが,ここで救世主が登場する。4月の上旬頃,九州大学が画期的(?)な方法を発表する。「開始後60分で1科目目のマークシートを回収,10分強制的に休憩を入れ,後ろ60分で2科目目のマークシートを回収し,(1科目しか必要ない場合は)1科目目で回収したマークシートを入試に用いる」という方式を採用する,と。確かにこうすれば不正は不可能である。130(120)分かけて解いたほうのマークシートは無に帰すからだ。この方式はすぐさま教育業界において「九州大学方式」と命名された。4月下旬,大学入試センターが国立大学協会に対し「受験準備を鑑み,6月末までになるべく方式を発表して欲しい」と要請を出す。

5月下旬。正式には未発表ながら,東大はほぼ九州大学方式で行くことを決めた,ということが関係者各位には伝えられる。で,この直後のタイミングでようやく産経と朝日が記事を出し,特に産経があたかも九州大学方式がすでに存在していることをスルーする形で問題点のある入試形式だと報じ,さらにYahooのトピック入りしてしまったため,ネット世論の一部で大学入試センターアホじゃね,という論調が沸き立った(はてブ一つとってもこの状態である,twitterでも2chでもまあご想像の通り)。実は,同時に朝日新聞も報じているが,似たような文面ながら河合塾・駿台の名前を出すなどまだマシな内容になっている。

まあ,あまり調べずに批判すると間抜けになってしまうといういつものアレなわけだが,今回の場合は,この時点で九州大学方式を知っていたら,それは教育業界かマスコミ・出版業界に属しているか,もしくはそれらの知り合いがいるということにほかならないし,よほど関心のある分野でもなければ新聞各紙の記事読み比べなんてしないだろうから,免罪されるだろう。現段階でさえ「九州大学方式」でぐぐっても,ほとんど引っかからない。やはり批判されるべきは,情報としてはつかんでいたであろう九州大学方式をスルーし,わざわざたたきやすい公的機関を用意して報じてしまった産経新聞でしかない。もしくは本当に調べずに九州大学方式について全くの無知だった可能性もあるが,その場合はさらに罪が重い。記事中の「大手予備校の担当者」も実在するのかどうか疑わしい。九州大学方式を知っていたら,「不正が起きない仕組みの変更が必要だ」などとコメントするはずがなく,そして知らないはずがないのである。「合否判定に1科目の成績しか利用しない大学にも2科目の成績と受験した科目の順番を提供する対策を取る方針だ。」とは一応書いているが,提供するだけなら対策になっておらず,これ書いた本人も内容をよく理解していないんじゃないだろうかと思われる。

なお,読売は記事が見つからなかった。毎日は6月上旬時点では報道せず,後述の東大の態度が確定した後に報じてはいるが「受験生の選択の幅を広げるための制度変更が,実質的意義を失った」と問題の本質の見えていないようなコメントがやや気になった。ちゃんと経緯を知っていれば,九州大学方式が採用される前から,受験生の選択肢は実質的に縮んだ制度改革であることはわかるはずなのだが。総じて,他の出来事でもこうした捏造じみた報道がなされているかと思うとぞっとする話で,自分が詳しい業界だとこういうことも見えてくるのかと,自分としては割と衝撃を受けた一件だった。


話を戻す。こうして今週(6/20),東大が入試要項を発表し,九州大学方式を採用することを正式に決定&通知した。これに伴い,国立大学協会が「来年度の国立大学入試は,なるべく全大学九州大学方式で行うことを要請する」と発表し,現時点で要項を発表している国立大学はほぼ全て九州大学方式に則っているはずである。さて,いつも通り反逆のカリスマ(笑)であり問題児である京都大学がいまだこの問題に関して沈黙を貫いており,現時点でもまだ入試要項を未発表である。なんかあそこの大学なら「130分使って解くという裏技を使うのも,テクニックの一つじゃね?あえて2科目目のマークシート採用とかおもしろそうじゃね?」とか言い出しかねないから怖い。
こちらでは,どうしてこのような制度が施行されるに至ったかについての前史を触れておく。

まず時間を10年ほど前に戻す必要がある。10年前というと私もまだ高校生であったので当事者になるわけだが,そのかいあってよく覚えている。まず,2000年の年末になって,突然「国立大学協会」が「文系学生の学力低下に歯止め」を理由に,センター試験を5教科6科目から,5教科7科目での受験を基本とするように提言した。端的に言えば,社会科を二科目とし,元々必修だった地歴に加えて公民も必修にしようという提言である。(国立大学協会がどういった組織かは,歴代の会長の23代中15代が東大の総長と兼任であることからお察しいただきたい。他は京大5,東工大2,一橋1。なお,2000年末時点での会長はあの蓮實重彦である。)

なぜこのような提言を行ったかといえば,理系は以前から5教科7科目が前提となっているため,文系もそれにあわせようということになったのが裏の事情である。しかし,地歴二科目にすると受験生の負担が重くなりすぎる。そこで地歴に比べれば教科書が薄く覚える量も少ない公民(現代社会,倫理,政経)を必修にしてしまおう,というのが本当の目論見であった。結果,2004年度入試から5教科7科目方式が正式に採用されて多くの国立大学文系学部は800点満点から900点満点となった。しかし,提言者である東大からして一年遅らせて2005年度開始にするわ,京大は従わず5教科6科目で通すわと,最初から全く足並みのそろわない改革となってしまった。

加えて言えば,2000年末提言,2003年春決定と丸2年あったにもかかわらず,国立大学協会及び大学入試センターは各所への配慮に欠けており,2003年の教育現場は大混乱であった。結果として3年遅れの,2006年末頃に浮上してきたのが世界史未履修問題である。当時(というよりも現行でも変更ないはずだが),社会科は世界史と公民ともう1科目の3つは理系であっても必修という扱いであった。しかし,現実問題として入試に必要な社会科はほとんどの生徒にとって2つ,理系の生徒に至っては1つである。しかも,その中で世界史という科目は重い。社会科の中で科目間の難易度というと,思考力の必要性の有無や適性の問題があるので明確にはしづらいが,暗記量は比較的デジタルに出しやすい(と言いつつ以下は私の直感だが)

世界史=日本史>>>地理>>>政経>倫理=現代社会

結果的に理系は3科目目に地理や公民を選択して暗記量を減らす。なかでも理系的要素が強い地理が選択されやすい(無論,理系でも日本史や世界史を選択する人もいるし,そういう人は好きで選ぶのでけっこう得意だったりする)。文系であっても,日本史は中学でそれなりに触れており,少なくともとっつきやすい(しかし実質的な難易度は世界史並なので見事な地雷科目と化している)。それに比べると世界史の初学者への敷居の高さはやはり問題であった。それでも必修にされてる関係か,一応センターの受験者数を指標にすると,ここ数年ではおおよそ

現代社会(17〜20万)>日本史(約15万)>地理(約11万)>世界史=政経(約9万)>倫理(約6万)

となる。必修となっているにしては,やはり異様に低い。なお,データで見ると2003→2005年の変化は非常に顕著であり,明確に世界史と地理が受験者を減らし,公民3科目の受験者が増加している。特に世界史は昔12万人近かったことを踏まえると見事な凋落っぷりである。ついでに言えば2007年度から英語にリスニングが増えた。

これに対し,以前であれば進学校は,カリキュラム上「順番を問わず高校3年間で3科目終わっていれば良い」というのを逆手にとって,高校1・2年で公民や必修部分の世界史をつぶしてしまい,3年時に入ってから入試に必要な科目を選択させるという方式で対処していた。しかしここに来て文系は公民必修となったため,公民を3年時に履修させなければ入試には対応しづらいが,かと言って,そうすると今度は英語や国語といった他の科目が圧迫を受け,時間割がきつきつになってしまう。ここではわかりやすくこの一例だけを挙げたが,他にもパターンは様々である。要するに,ただでさえカリキュラムのきつかった進学校では,卒業までに必要な単位と入試に必要な科目を逆算すると,文系はどうにも時間割が足りなくなるという事態が発生し,結果「世界史の時間という名目で,日本史or地理を履修させてしまう」という方法が編み出された。これが世界史未履修問題の具体像である。近年の世界史履修者の大幅な減少は,この未履修問題に引きずられたところも大きいのであろう。

で,社会問題となってしまった以上,そして当初のお題目である「文系学生の学力低下に歯止め」に対して全く効果がないことが判明してしまった以上,さらなる制度改革が求められることになった。そして未履修問題から4年ほどかかり,出てきたのが今回の改革案「いっそのこと地歴公民を混ぜ,その上で2科目強制にしてしまえ」である。誤解のないように言っておくが,今回の発案は大学入試センター主体であり,前回の提言者国立大学協会はかかわっていない。


ちなみに,今回の改変で一番助かっているのは東大受験生であるはずで,二次試験が世界史・日本史・地理から2科目選択であるため,センター5教科7科目化のせいで社会科3つという過酷な環境になっていたが,これによりセンターも二次試験と同じ組み合わせで突破できるようになった。よって,公民は全く勉強せずに入試に望んでも問題なくなる。

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