2011年08月10日

第196回『地下室の手記』ドストエフスキー著,安岡治子訳,光文社古典新訳文庫

本書はドストエフスキー作品ながらどこかつまらないと思いながら読み進め,しっくり来ないまま訳者あとがきに出てきたナボコフの評を読んでその疑問が氷解した。「ドストエフスキーの主題,方法,語り口を,もっともよく描き出した一枚の絵」である。ドストエフスキーの小説はしばしば思想小説と呼ばれ,分類されるが,それは彼の思想面と,小説の物語性がうまく接続しているがゆえである。つまり,ドストエフスキーの小説のおもしろさは

1.小説としてのおもしろさ。意外とサスペンス色,ミステリー色が強く,伏線処理が巧み。
2.思想としてのおもしろさ。キリスト教やロシア愛郷主義に基づく。
3.思想と小説をつなげる巧みさ。隠喩の多用と鋭い人間描写。


の複合技である。しかし,本書は2に偏っており,小説としての工夫は薄い。伏線も何もあったもんじゃない展開で,2章構成のうち,1章は主人公が思うところを語りつくしただけ,2章は主人公が行き当たりばったり行動し,前半はぼっちだったのに見栄を張って学生時代の旧友の集まりに出て顰蹙を買い,後半は娼婦にらしくもない説教してブーメランと要約できてしまうだけのストーリーである。主人公の行動原理の説明やそれを受けた友人たちや娼婦の反応など,人間描写は流石の一言で,これは文句のつけようがない。特に主人公の性格はねじけきっており,内的思考力は高いのにプライドと自意識と自己弁護力が高すぎて身動きが取れない端から見ると哀れな人間の姿を描写しきっている。これは現代的な問題でもあり,人によっては非常に身につまされる話ではあるだろう。

が,鋭いだけで,主人公の台詞や説教の内容自体は著者の思想の駄々漏れであり,特に工夫がされているわけではない。直なだけに毒気は強いが,それも他の著作でドストエフスキーに触れていれば衝撃を受けるようなものでもなく,さしたるおもしろみはない。他の短編のような,長編を圧縮したようなものを期待すると大きく肩透かしを食らうと思う。

まあ,これも訳者あとがきに書かれているが,本書でドストエフスキーデビューする人は極稀だと思われるので,本書のせいでドストエフスキーを誤解する人はほとんどいないと思う。わかってて読むのであれば損はしない,が別にドストエフスキーに深入りする気がなければ特に読む必要もない,というのが本書の位置づけではないだろうか。


地下室の手記(光文社古典新訳文庫)地下室の手記(光文社古典新訳文庫)
著者:ドストエフスキー
販売元:光文社
(2007-05-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/dg_law/52003601