2011年08月22日

相撲も競技であり興行であり。

・star(twipic)
→ 書き順の話。私は「1→5→2→3→4→1」なのだが,自分がすごく例外であることが発覚した。最初の一角が1→4派と2→3派が多い。あとは4→1派もいる。1→5といく自分は左利きゆえの1→4の変形であろう。(とtwitterでつぶやいたところ,左利きでも1→4派がいたので必ずしもそうというわけではないようだ)4→1派も1→4派の変形か。
→ 2→3派は漢字の書き方,1→4派はアルファベットの書き方という説を唱えていた人がいるが,これはその通りかもしれない。自分の場合,アルファベットのほうが「まだ字が汚くない」とよく言われるのだが,実際アルファベットのほうが書きやすい。右利きの人はあまり意識しないと思うが,漢字は習字を経ている関係で,正しい書き順で書くと極めて左利きに不利な構造になっている。


・物語をプロレス的に観ることと、格闘技的に観ることの真逆さ(ピアノ・ファイア)
→ ものの見方の例え。

「お約束や様式で演じられるドラマに「うまく騙され」ながら、その中に真剣(ガチ)な瞬間を求める見方 = プロレス(=興行タイプ)
「作りもの」ではなく真剣勝負(ガチ)だという幻想を抱きながら、その中にロマンを求める見方 = 総合格闘技 (=競技タイプ)」

無論,実際にはプロレスにもガチはあるし総合にも人情相撲はある。あくまでたとえであると理解したい。
→ 作品にあった見方をするか。「見方は変えられない」として,自分にあったタイプの側の作品を探し求めるか。その指針としたい。ちなみに,リアリティの言葉の使い方についてだが,「虚構の世界において筋が通っている」という意味合いで使いたいときは迫真性という言葉を使うとしっくり来る,と昔某教授に教わった。
→ ところで,いわゆる設定厨は競技タイプ=総合格闘的な見方が強い人なんじゃないかと思う(自分含めて)。
だから設定が矛盾したり,妄想で補えなくなったりするとリアリティが消滅してぶちぎれる。興行タイプの見方をすることが多い人からしてみると,どうでもいいところで不可解な切れ方をするのはそういうことだ。
→ そういうわけで自分は割と競技タイプの見方をすることが多いように思われるが,『まどマギ』についてはお約束の固まりだったので,これは興行タイプの作品であり,そういう見方をしたかな,と思う。設定としてはけっこうあいまいな部分の多い作品でもあり,考察が不十分にしかできない点はやや不満である。


・弁護団声明―蒼国来の地位保全等仮処分申請について(蒼国来栄吉よりご報告)
・力士側有利と北村弁護士=元星風の地位確認訴訟−大相撲 (時事ドットコム)
→ 昨今の土俵外のいろいろ。先行しているのは蒼国来裁判。もう一件の星風裁判のほうは,担当弁護士が北村弁護士である。双方共にぜひ勝ちとってほしい裁判である。
→ そういえば露鵬・白露山の裁判はどうなったのかと思い調べてみたら,地裁・高裁には請求を却下され,上告中らしい。まあこちらは自業自得なのでおそらく最高裁でも勝てないだろう。
→ ところで拙文のブクマコメ「最大の被害者であるはずのピュア層が魁皇に手拍子を送ることによって「互助」を支えていた。ピュア層には被害者面するなと言いたい。」というのがあって,今更ながらはっとさせられた。慧眼なので紹介しておく。しかし,スポーツ・興行というのは多かれ少なかれそうしたピュア層に支えられているもので,加減が難しい。
→ 先場所においては隆の山に注目が集まるのは嬉しいのだが,今から集まりすぎるのは本人にとって重圧であろうし,イケメンキャラ,ネタキャラ化するのは好ましくない。そもそも今のあまりレベルの高くない十両で10−5だと,来場所新入幕でそれほど大暴れできるとは思えない。顔見せに近い場所になるかもしれない。それでも叩かれないことを祈りたく,また冷静な観戦を好角家には求めたい。
→ 彼の場合,土俵ぶりもすばらしいし十両になるまで10年間チェコに帰らなかったというエピソードもすばらしいのだが,どうせならずっと稀勢の里の付き人で今までも花道でちらほらとテレビに写ってたことだとか,同部屋新入幕だった高安は平成生まれ初の幕内力士だとか,母体は柔道でそこから日本文化に興味を持ったことだとかも相撲内容に関係しているので報道すればいいのにと思う。


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この記事へのコメント
左利き1→4派です。
数学(算数)の作図方法の影響では?
反時計回りって誰が決めたんでしょうね。
Posted by ta-ki at 2011年08月24日 00:29
ああ,アルファベットの書き方というのは要するに数学的書き方だという意味を込めていたつもり。
その意味では数学的影響というのはあるかもしれない。

しかし,とことん1→5派がいない。
Posted by DG-Law at 2011年08月24日 00:57