2011年10月20日

ゆるゆり考察

『ゆるゆり』単独で語ろうとしたが,他のこと書いてたらずるずると遅れて時機を逃した感。

原作にしろアニメにしろ,序盤ははっきり言ってつまらない。1巻の最初半分とかアニメ1話とか,後の片鱗がまったく見えない駄作にしか見えない。これはなもり自身のギャグが磨かれてなかったのと,『ゆるゆり』のギャグは後述するように重ね芸なので,序盤ではテンプレを踏襲しているようにしか見えないためである。逆に言って原作2巻後半やアニメ4話くらいからは乗ってきた。これは多くの人が指摘していることだが,ギャグのテンポが良く,百合とのバランスも良い。調子よくギャグが進んでいるところですっと百合が入ってくるので思わぬところで顔がにやける。一つ一つのギャグがどっかんどっかん来るわけでないのだがテンポがいいので読めるし,適当なところで百合ネタと交代するので飽きが来づらく,気がつくと単行本丸々読み終わっている。

ギャグは重ね芸と言ったが,「百合妄想して鼻血吹く半メタキャラ」にしろ「影が薄い主人公」にしろ「腹黒淫乱ピンク」にしろ「ツンデレ百合カップル」にしろ単体ではテンプレでしかなく,ちっとも笑いにつながらないキャラ付けである。原作1巻を読み終わった時点では「テンプレ漫画かー失敗したかなー」などと考えたものだ。にもかかわらず巻が進むごとにギャグがなんとかなっていくのは少しずつテンプレを超えていくからであり,シュール系のギャグとともにそれなりのそう来たかという展開が用意されていくからである。非常にわかりやすいのは千鶴の「よだれ」で,あれは先にテンプレとして「鼻血」が用意されていないと成立しない。千鶴の登場で恩恵を受けたのは,先行する千歳のほうだろう。萌えるカップリング先も吹き出すものも異なるキャラが出てきたことで,むしろ鼻血が特権化され,修学旅行で目から血を出してみたり茶道部室を血で染めてみたりと様々な展開がよりインパクトを持つようになった。(もっとも,場面としてはいずれも千歳を必要としないのだが。なお,原作では千鶴登場回の次がウィスキーボンボン回,さらに直後に修学旅行回。アニメで8話が千鶴登場回→10話が修学旅行回→最終話に千歳無双を持ってたのは好判断で,あの茶道部室に千鶴を登場させたのも好判断。より伏線がわかりやすい。)

あかりも影が薄いところからボンボンが本体になり,さらにファンネルとして機能し始め,驚くと勝手にはがれる,と比較的早期に進化していった。こうなるとテンプレ的ギャグではない。京子にしたって最初はただのウザキャラだったがどんどんキャラが立っていき,天然女たらしの非常に魅力的なキャラになっていった。バクマン用語で言うところの「1話完結でない1話完結」で回してるギャグ漫画だといえよう。


百合としてはどこがゆるいんだよって話で,単行本が進んでいくとこの傾向は加速していくが,こちらもギャグのおかげで描写の割に濃すぎないように感じさせている。逆に百合百合しい話が進むときは,そのまま終わらないようにギャグで落とすというように,あまり偏り過ぎないようになんとかしているところは見られる。

カップリングの妙も指摘すべき点で,主要登場人物8人では夫婦レベルの組み合わせがいくつかある一方で,あかりを含めてかなり多様に作れてしまう。これは百合作品として非常に重要なことで,無論『マリみて』のごとく固定されているのもそれはそれでありなのだが(これ書いてて『マリみて』のほうも語りたくなってきた),どのキャラも多くのカップリング先があることで話が広がり,作品の雰囲気自体を極めて百合百合しい雰囲気にすることに成功している。本作は誰のハーレムかって言ってしまえば京子のものではあるのだが,誰に視点をおいても複数のカップリング先があり,主人のいない多角形ハーレムと化していると言ったほうがより適切かもしれない。

一方で,ガチ勢が多いのをあかりがノンケとしてバランスを取り,作品が振り切れ過ぎないようにおもしとして機能している。上述の通り,あかり自身の絡みがなくてカップリングが成立しないのではなく,百合時空には十分すぎるほど「巻き込まれている」のだが,それゆえにあかりは常に受けであり天然であり,ガチ勢同士とはまた一つ違った百合になっているのであかりが絡むと若干の新鮮味がある。また,ちなつに押し倒された事件のときのように,時折彼女でもおもしになりきれないほど振り切れたネタが飛んでくることで,シリーズとしての緊張感を保っている。毎回あかりがストッパーでもおもしろくなかったであろう。ゆえに,あかりはノンケであり,ある種の被害者なのだが,彼女の持ち前の明るさと天然さがそうは感じさせない。要するにあかりちゃんマジ天使なわけだが,これは作品構成上の要求の産物と言えるかもしれない。言うまでもないことだが,ガチ被害者だったらギャグにできないわけで。なお,あかりの天使さ具合といえば7巻の電車に乗り遅れる話が非常に秀逸だと思う。

それだけ多角形にフラグが乱立していると,それぞれのつながりの理由が差異化がされていなければマンネリ化し,8人も主要キャラをそろえる意味がないのだが,これもうまいことつながりの意味合いを変えている。大枠としては娯楽部と生徒会,そして学年で四分できるのだが,差異化は形式ではなく感情面で行われている。

京子を中心に見ると,結衣は無論のこと本妻だし,ちなつは偏愛相手,あかりはいじり先,櫻子は似た者同士で,綾乃には愛されているという点でちなつの裏返し,千歳には綾乃との仲を応援されており,千鶴には嫌われている,とちょっとずつずれつつほぼ全員と何かしらのつながりがある。向日葵とだけは何もつながりがないままいくのかとおもいきや,単行本7巻で「櫻子とよく似てるけど,しっかりしてるところもあって尊敬できる先輩」というフラグを立ててしまった。これも一方で,向日葵が櫻子を「アホの子だけどほっとけない幼馴染」と認識しているからこそ,彼女は裏返しで京子をそう認識したのであり,ひまさくが夫婦であることを読者が十分に理解しているからこそ,わずか1話の3ページで作ることができたつながりであった。この伏線は5巻のBonus track8で張られており,百合でも「1話完結でない1話完結」方式が取られている。巻が進むごとにこうした仕掛けはどんどん巧妙になっている。一番多いから今回は京子に視点を置いたが,結衣だろうと千歳だろうとそれぞれ相関図は非常に作りやすい。


まあ,こんなにいろいろ考えなくても脳天気に読める漫画なのだが,むしろ脳天気に読んでても楽しませるためにこれだけ工夫を施しているという点が一番賞賛すべき点,と言えるかもしれない。

アニメに関しても少しだけ。仕掛けはうまかったなと。5話がまどマギでいう3話にあたるわけだが,しいて言えばあの仕掛けはもう少し早くても良かったかもしれない。生徒会長の無口ネタは声優当てないもんだと思ってたら音量大きくすると聞こえるという仕掛けも良かったし,目立ちすぎない程度に海水浴に参加しているという描写も原作ファンを満足させるものだったし,アニメ組を「影の薄いあかりが見切れてるだけ」と思わせることで巧妙に騙すという点では原作に近い重ね芸を発揮していた。若干あかり影薄いネタが濃すぎてくどかった気はするし,そのせいで2年生組に偏ったシリーズ構成になってしまって不満点がないわけではないが,そのあかりいじりにしたってくどくなる前は強烈にシリーズを引っ張っていたのは事実だ。7話の結衣と綾乃の相互パートナー自慢に代表されるように,原作をよく研究してたと思うし,原作の再構成という点では十分に及第点をあげられると思う。おもしろいアニメをありがとうございました,と。


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/dg_law/52023687
この記事へのトラックバック
 私が日常系ゆるふわギャグ漫画に設定している期待値をかなり超えて面白かった。  私は原作一巻を割と早いうち(「今日も一日がんばるぞい!」が熱病のように流行る前)に読んでいたのだが、「なにこれ、オチはどこにあるの? ただパンツを丸出しにすれば喜ぶとでも思
NEW GAME! 得能正太郎 レビュー・感想 お仕事も夢もがんばるぞい!【とっぽいとっぽい。】at 2016年10月30日 14:32
この記事へのコメント
>若干あかり影薄いネタが濃すぎてくどかった気はするし,
>そのせいで2年生組に偏ったシリーズ構成になってしまって
>不満点がないわけではないが

どうでしょう。原作でも4巻までは2年生組に偏っていたと思いますが
あかり影薄いネタと、2年生中心は区別した方がいいと思います
Posted by bn2islander at 2011年10月22日 06:08
たとえば,二話もアイキャッチに「1年生組出番がない」ネタを繰り返す必要があったのかどうか。
修学旅行回だけでよかったんじゃないかとか,逆に修学旅行回こそ,1年生組の原作エピソードを活かすべきだったんじゃないかとか。
まあ8話に関しては,あかりとちなつが出なかったことで,うまいこと千鶴を中心に話をまとめることができたという利点もありましたので,一概には批判できません。

そもそもそんなに大きな不満点でもないですけどね。
Posted by DG-Law at 2011年10月22日 18:10