2015年03月12日

受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2015 その1(上智大・慶應大の途中まで)

・序
昨年には本シリーズが出版されるという驚きの展開を迎えた。改めて読者の皆様にはお礼申し上げたい。今年の分も書き上がったので,お届けする。可能な範囲で今後も継続していく予定であるので,春の風物詩として,興味の続く限りお読みいただけると幸いである。


・収録の基準と分類
基準は昨年と全く同じであるので,リンクを張っておく。


総評
数こそ12番までいったが,例年と比較すると,今年の上智大はおとなしかったと言える。海岸線のない地図だとか,キリスト教系の知識ミスだとかいった上智特有の悪問は姿を消し,日本語が下手くそ系の悪問も少なかった。また,あの出題ミスをかたくなに認めてこなかった上智大が,今年は日本史で出題ミスを認める発表を行った(pdfファイルにつき注意)。驚くべき変革である。拙著の効果であるとはほとんど考えられないものの,上智大の内部で何かが起きているような気はしている。では改善されたかというとそうでもなく,上智大の慶應大学化が見られ,「教科書や用語集のどこかに載ってればいいんでしょ?」という開き直り的な問題が増加した。載っていないよりはマシではあるが,それで後述する新課程が乗り切れるのかは疑問である。

早稲田は例年通りか,それよりはおとなしかった印象。特に教育学部は収録ゼロ。毎年ひどい社学は今年も収録3つながら,収録されなかった問題を見るとかなり解きやすくなっており,全体としては適正化している。良い傾向。一方,例年は早稲田よりおとなしい慶應大が今年は経済学部以外の3つが満遍なくひどかった。経済学部は良問ぞろいで,一人気を吐いていた。

来年度からとうとう社会科も新課程へ移行する。これに伴い各社教科書・山川の用語集も大改訂が行われた。変更点をまとめると以下の2点。
・用語の説明が正確になり,最新の研究成果が大きく採用された。たとえば,ナポレオン3世に関する記述にサン=シモン主義の影響が記載され,評価が大きく向上した。その他にオゴタイ=ハン国の完全消滅,タイ人南下のモンゴル帝国起因説の消滅など。
・特に用語集の場合,収録された用語の数が20%減少した。約7000語から約5600語になった。それも難関私大が好む政治史の細かな用語が大幅にカットされた一方,社会経済史の用語は存置または微増している。これにより,たとえば今年のセンター試験すら新課程基準だと範囲外からの出題がある。(無論,今年度はまだ旧課程なのでそれ自体は全く悪くない。そのくらい用語が減少&重点が変わったということ。)
おそらく,難関私大は浪人生の存在を理由にして新課程の適用を一切無視するか,そもそも新課程への移行自体に(意図的ではなく怠惰により)気づかず,例年通りの出題をする,と予言しておく。後者由来の難問はともかく,前者由来の悪問や出題ミスが頻発しそうな。来年度の私の難問・悪問・出題ミス判定は新課程基準で行う予定である……数が膨大にならなければいいけど。


1.上智大 2/4実施
<種別>悪問
<問題>2 問11 下線部(18)に関連して(編註:20世紀),20世紀の出来事として正しいものを,次の選択肢(a〜d)から1つ選びなさい。

a イギリス労働党結成
b ベルギー独立
c インド国民会議結成
d ルーマニアのヨーロッパ連合(EU)加盟

<解答解説>
bは1830年に独立宣言,1831年には国家としての体裁が事実上整い,1839年のロンドン条約で国際的な承認を得ている。いずれにせよ19世紀であり,これは基礎知識。cは1885年でこれも基礎知識。dは世界史というよりも時事問題に近いが,21世紀というのはなんとなくわかろう。なお,2007年のことで,社会人なら記憶に新しい方も多いと思う。というわけで,消去法でもaのイギリス労働党結成しか残らない。山川の教科書を見ても1906年と書いてあるから,ばっちり20世紀でこれが正解だ。

……で終われるなら収録対象になってないわけで。ここでイギリス労働党のHPを見てみましょう。どう見ても1900年創設と書いてあって,1906年という年号は出てこない。種明かしをすると,実質的な政党結成年は1900年である。ただし,この時点では「労働代表委員会」という名前であって,1906年に労働党へ改称している。そして現在のイギリス労働党のアイデンティティとしては,改称はさしたる歴史的意味を持っておらず,“History of the Labour Party”に載せるまでもない情報であるようだ。

こうした場合,どの程度現実に存在する団体の主張を通すかというのは厄介な問題ではあるのだが,この労働党の主張には筋が通っているので,無碍にはできまい。加えて言えば,労働代表委員会の結成も労働党の結成も基礎知識であって,両方年号ごと山川の教科書に掲載されている。少しでも注意力があれば,作問する前に1900年が正式な結成年である可能性があるのは疑ってかかるべきで,際どいなら避けるのが作問者としての当然の心構えである。イギリス労働党のアイデンティティの問題であるとともに,悪問を出したくないなら避けるべき作問手法の典型例として,本問はダメである。


2.上智大 2/4実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>4 ウ 足利義満は,( 3 )がおくった「日本国王之印」と刻した金印をうけとり,明によって正式に日本国の王とされた。

(3) a 崇禎帝  b 洪武帝  c 万暦帝  d 永楽帝  e 正解無し

<解答解説>
超難問な引っかけ問題であり,一周回った易問という不可思議な問題。足利義満を最初に「日本国王」に封じたのは永楽帝ではなく,実は建文帝である。足利義満が明に「准三后」の称号で遣使したのが1401年で,「日本国王」に封じる詔勅を持った返使が来たのは1402年のこと。この時の皇帝はまだ建文帝で,その直後に靖難の役が終わり,永楽帝が即位する。だから本問も,永楽帝と見せかけた建文帝が正解で,だからeだろう……と言いたいところなのだが,これで誤答になってしまうのが本問の恐ろしいところだ。というのも,建文帝が足利義満に送ったのは詔勅のみで金印が無い。その後,詔勅を送ってきた建文帝が倒されたことを知った足利義満は,迅速に永楽帝に遣使し,これを受けた永楽帝は喜んで返使を送った。この返使が持ってきたのが「日本国王之印」になる。つまり,一周回って本問の正解はdの永楽帝ということになる。

知識が中途半端に余っていると余計悩むたぐいの問題。気になるのは出題意図で,
1.出題者は本問が難問のタネであることを知っていて,かつ出題ミスにならないよう配慮して「日本国王之印」の文言を入れた。つまり,中途半端に知識が余っている受験生を意図的に引っかけに来た。
2.出題者は本問が難問のタネであることを知らなかったが,足利義満の冊封がややこしいことは知っていて,単純に出題ミスを避けるための工夫として「日本国王之印」の文言を入れた。
3.出題者は本問が難問のタネであることを知らず,かつ足利義満の冊封がややこしいことも知らず,単純にそこら辺のテキストからコピペ&空欄を作って作題した。
どれが真相かは神のみぞ知る。1なら性格が悪すぎ,2ならむしろ優良な作題者で,3ならただの間抜けである。2だとすると意図せず引っかけ問題になってしまったのは不運というか,信用できない問題を排出輩出してきた過去の作題者に文句はどうぞ。

なお,同じく第4問でおもしろい問題があったので,付記しておく。那覇で朝貢や交易の作業を担っていた中国人の出身地はどこか。答えは福建である。どちらかというと日本史知識になるが,一応世界史の用語集にも記載あり。琉球史としては重要事項。この問題と同じ作題者とするなら,2の優良作題者なのかなぁ。


3.上智大 2/5実施
<種別>悪問
<問題>1 (編註:バグダードの)知恵の館などでは,ギリシア語からアラビア語への文献翻訳が行われ,それはやがて( 4 )によるアリストテレスの著作の注釈のようなすぐれた研究を生んだ。

(4) a イブン=ハルドゥーン  b フワーリズミー  c イブン=シーナー  d イブン=ルシュド

<解答解説>
これは受験世界史を一通りやったことがある人で,イスラーム文化史をそこそこ覚えている人なら一発でわかる悪問だろう。cのイブン=シーナーもdのイブン=ルシュドもアリストテレス哲学研究で有名だから。それでも一応出題ミスではなく悪問でとどまっているのは,ニュアンスで答えが出るから。どちらもアリストテレスの著作への注釈で有名ではあるが,より大規模な「注釈」を施したのはイブン=ルシュドの方である。空欄に当てはめるだけなら,cでもdでも意味が通ってしまうが,比較すると解答が出るといういかにも上智大な問題で,だからそこで受験生の良心に頼るのはどうなのかと,毎年のことではあるが言わざるをえない。


4.上智大 2/5実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>2 問5 下線部(エ)を行った(編註:キューバとの国交を断絶)アメリカ合衆国大統領の説明として正しいものはどれか。

a アメリカ合衆国では初となるカトリック教徒の大統領であった。
b 金とドルの交換停止を発表した。
c ソ連(共産圏)の拡大を防止するために封じ込め政策をはじめた。
d ニューディール政策を実行した。
e ノルマンディー上陸作戦時の連合国最高司令官であった。

<解答解説>
これは前に慶應大学で出題がある(拙著2011年早慶2番)。そのときの説明を再掲しておく。

「1961年の出来事で,アイゼンハウアー政権か,ケネディ政権かのいずれかしかありえない。となると,ケネディの方に分がありそうだ。なぜならケネディによらず,トルーマン以後のアメリカ合衆国大統領は就任日が1月20 日で固定であり,問題文にある通り1961年ならばアイゼンハウアーが大統領であったのはわずか20 日間に過ぎない。しかも,ケネディはキューバ危機当時に在任していたキューバとのかかわりが深い大統領だ。ならばケネディ政権が正解では,と考えた方も多かろう。……という前振りがあるということは,賢明な読者の皆様がお察しの通り,正解はアイゼンハウアー政権である。キューバ断交は1月3日のこと。」

よって正解はaではなくてe。完全に引っかけ問題。定番問題になっていくのだとしたら嫌な流れ。


5.上智大 2/5実施(3つめ)
<種別>難問
<問題>2 問8 エルサルバドルとホンジュラスとの間で,1969年に,あるスポーツの試合が原因となって戦争が起こった。そのスポーツはどれか。

a サッカー  b バレーボール  c ベースボール  d ホッケー  e ラグビー

<解答解説>
今年の上智大最大のネタ問題。ラテンアメリカで盛んなスポーツといえばサッカー,という極単純な推測で正解に辿り着くから易しい問題だろう,一応範囲外だし形式上収録だけはしておくか……と考えていたのだが,この日程を受けた何人かに聞くと全滅しており,曰く「北米だからベースボールだと思った」「同様の理屈でホッケーだと思った」だそうで,なるほどそういうのもあるのか,とこちらが驚かされた次第である。

なお,より正確に言えば,すでに存在していた国境問題や不法移民の問題から両国は激しく対立しており,ワールドカップの地区予選と時期を同じくして戦争が始まっただけで,「契機」とするならまだしも「原因」とまで言っていいかどうかは疑問の余地がある。ワールドカップにはエルサルバドルが進出し,戦争自体は痛み分けであった。国内の戦後処理に失敗したエルサルバドルは1980年から内戦に突入する(次の問9がこの年号を聞く問題で,範囲内ながら難問)。


6.上智大 2/5実施(4つめ)
<種別>悪問
<問題>3 問11 下線部(20)の国(編註:南アフリカ共和国)の歴史について述べた次の文の正誤の組み合わせとして正しいものを,下の選択肢(a〜d)から1つ選びなさい。

ア 南アフリカ戦争によって,オランダ系のブール(ボーア)人が支配する体制が確立した。
イ 同国初の黒人大統領として,マンデラが就任した。

a ア−正 イ−正   b ア−正 イ−誤
c ア−誤 イ−正   d ア−誤 イ−誤

<解答解説>
受験世界史名物,ど下手くそな日本語シリーズ。イは正文として,アは判別できない。南アフリカ戦争はイギリスがブール人を破った戦いではあり,イギリスはブール人の領土をイギリスの植民地に組み込み,南アフリカ連邦を成立させた。イギリスがブール人を支配する体制が確立したわけだから,アは誤文と考え得る。この場合,正解はc。

一方,南ア戦争はイギリスが大きな苦戦を強いられ,勝利した後も大幅な譲歩を強いられた。そのために作られた制度がアパルトヘイトであり,これはイギリス人・ブール人の支配階層と,インド系移民などの中間層,黒人の被支配階層を峻別するための制度であった。これはブール人が被支配階層ではないことを示すためのイギリス側の施策であるから,アを「イギリスとブール人が支配する体制の確立」と読むと,アは正文になる。この場合,正解はaになる。

皆さんはどちらが正解と考えるだろうか。私的には歴史的経緯を考えると後者の方がしっくり来るが,文のニュアンス的には作題者が誤文のつもりで作った雰囲気もあり。予備校の解答は東進・代ゼミともにc。(河合・駿台は上智大の解答速報未実施)


7.上智大 2/5実施(5つめ)
<種別>出題ミスかもしれない

<問題>4 問4 下線部い寮鐺(編註:赤壁の戦い)がおこなわれたのは地図上のどこか。もっとも適するものを1つ選びなさい。

a オ  b カ  c キ  d ク  e ケ

2015上智7


<解答解説>
上智大名物三国志問題。毎年三国志の変な問題が絶えないので,絶対中の人に三国志好きがいる。今年は地図問題である。問題自体は易しく,長江中流域ということだけ知っていれば一発でキとわかる。オが南京で当時は建業,呉の首都。カは重慶,ケは蘇州。で,クが難しい。クは南昌だが,三国志に何か縁があったっけ? 

じゃあ普通に成立している問題じゃないか,ちょっと三国志マニアがはりきっただけじゃないかということになるのだが,実はまずい点がある。赤壁の位置は,キではない。実際の赤壁はもう少し南西,洞庭湖に近い。つまり,厳密に言えば解答がないのである。じゃあキはどこを指しているのかというところで,作題者はわざとミスして気づいた人を誘導しているのではないかと。キの場所は実際には江夏で,これは説明するのがおっくうになるほど三国志縁の地である。特に呉にとっては重要拠点であった。

一応書いておくと,アが西安,イが洛陽,ウが開封もしくは鄭州,エが垓下(楚漢戦争の),サが平壌,シがソウル,スが白村江,セは非常にわかりにくいが海印寺(高麗版大蔵経の版木を所蔵)と思われる。ソが釜山。タが太原(晋陽),チが土木堡(明の英宗が捕らえられた場所),ツが天津,テが山海関,トが遼陽(もしくは瀋陽)と思われる。いくつかは赤壁同様,点の打ち方が雑なのかわざとなのか,判然としない位置にある。なお,コは問題で一度も使われていない。なぜ点を打ったのか。コは一見して杭州に見えるものの,本当に杭州ならもう少し西になるから違う。現在の行政区分であれば嘉興市になるので調べてみると,どうやら嘉興という地名を付けたのは孫権らしい。マジでただの三国志マニアの自己満足じゃねーか。

(追記)赤壁の位置について,全く同じ指摘が『赤本』からもあり。


8.上智大 2/6実施
<種別>難問
<問題>1 問4 以下の古代遺跡(1〜4)に関して,問( 銑◆砲謀えなさい。

(1) ハドリアヌスの長城  (2) シャープール1世の対ローマ戦勝浮彫
(3) セゴビアの水道橋   (4) ペルガモンの大祭壇

 仝殿絨篝廖複院腺粥砲乏催する写真を,図版の選択肢(a〜h)から1つ選びなさい。

◆仝殿絨篝廖複院腺魁砲,現在のどの国に所属しているのか,語群の選択肢(a〜e)から1つ選びなさい。

2015上智8−1

2015上智8−2


△慮豬押a フランス  b スペイン  c イラン  d トルコ  e イギリス

<解答解説>
実際のところ範囲外で解答に窮するのはほとんどないのだが,誤答のチョイスがすごすぎてインパクトあり,紹介しがいがある。

(1)のハドリアヌス城壁は写真がa,場所がeのイギリス。写真はまず載ってないが(範囲外),消去法でわかるだろう。場所は資料集なら大概載っている。bはご存じ,万里の長城である。写真のものは明代の建造なので古代遺跡ではないのでは,というのは野暮なツッコミか。(2)のシャープール1世のエデッサ戦勝記念碑はe。これは有名で,必ず教科書や資料集に掲載されている。場所はcのイラン。エデッサの戦い自体は現在のトルコなので,それを知っていると逆に迷いやすいかも。で,これに対する誤答のfだが,皆さん,これが何だかわかります? これはベヒストゥーン碑文に記されたダレイオス1世の反乱鎮圧記念碑で,宙に浮いているのがゾロアスター教の守護霊。『ヒストリエ』(岩明均,講談社)のエウメネスが持っているゾロアスター教の紋章がこれで(6巻:第52話等),私は昔そこから調べてベヒストゥーン碑文を見たことがあったので,すぐに気づいた。多分同じ発想で気づいた人は日本のどこ探してもいない気がする。

(3)のセゴビアの水道橋はc。これ自体は世界遺産であるものの受験世界史ではマイナー(というか範囲外)。だがガールの水道橋によく似ているので,古代ローマの水道橋ということが推測できれば解答は容易だろう。ただし,場所がbのスペインというのは無茶振り。で,これに対する誤答のdがめちゃくちゃぶっ飛んでいる。放水する水道橋は珍しいらしく,その筋で調べていくと意外にすぐ判明するのだが,ノーヒントで何か分かった人は知見の広さを尊敬する。dは熊本県の通潤橋。まさかの日本の建造物な上に,他のものと比べると世界史的重要度が大きく落ちるのだが,ローマの水道橋っぽく見えるものがこれくらいしか思いつかなかったのかもしれない。まさか熊本県民もセゴビアの水道橋と並び称されるとは思ってなかったに違いない。それはそれとしても,これ幕末(1854年)の建造物なのだが,古代……遺跡……? いやまあ,誤答なのだし,知っていれば「古代」じゃないから誤りという判断材料にはなるのだけれども。

(4)のペルガモンの大祭壇はh。場所が問われていないのは出題ミス・極端な難問化を避けるためだろう。元はトルコだが,ドイツのペルガモン博物館に移設されているので,△慮豬欧棒飢鬚ないし,ドイツまで問えば完全な範囲外になってしまう。ペルガモン自体マイナーな用語だが,大祭壇は載せている資料集がある。これに対する誤答のgはマヤ文明の遺跡チチェン=イッツァで,こちらの方が有名だろうから,消去法で正解は出せる。


9.上智大 2/6実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>3 問10 二重下線部(A〜C)は下の地図上のどれか。選択肢(a〜c),(d〜f),(g〜i)からそれぞれ1つ選びなさい。

(編註:Aマラケシュ,Bトンブクトゥ,Cハルツーム

2015上智9


<解答解説>
Cのハルツームがh。意外と悩むかもしれないが,これは常識の範囲だろう。残りが難問。Aのマラケシュがモロッコというのは知っていないとダメだが,a〜cが全部モロッコである。aがタンジール,bがフェズで,cがマラケシュになる。マラケシュのほぼ真北にカサブランカとラバト(現モロッコ首都)があり,やや西にアガディールがある。このうちタンジールとアガディールはそれぞれモロッコ事件の関連でたまに場所が聞かれるので,資料集を丹念に読んできた受験生なら解答できただろうし,世界史巧者ならマラケシュが内陸にあるのもなんとなく覚えているところだ。しかし,フェズとマラケシュの判別はさすがに苦しい。フェズもマラケシュと並ぶ古都ではあるが,受験世界史ではマラケシュに比べると知名度が格段に落ちる,というか範囲外に近い。

Bもfがどう考えても違うのはわかる。トンブクトゥがニジェール川沿いなのは基礎知識だ。しかし,dとeの判別は普通の受験生にはつくまい。dがトンブクトゥでeがソンガイ王国の首都ガオ。なお,fはガーナ共和国の首都アクラである。まあfがマリ王国の首都ジェンネ(トンブクトゥのやや南西)じゃなかっただけマシか。そうそう,勘違いしている人をたまに見かけるので書いておくが,トンブクトゥはマリ王国やソンガイ王国の首都ではない。政治上の首都と経済的中心地が分離していた。

なお,この第3問は全体として細かいアフリカの問題が多く,〔オマーン〕海上帝国によるスワヒリ地域支配の拠点〔ザンジバル〕は,ともに用語集頻度,妊リギリ範囲内だが,ほとんどの受験生が死滅したのではないか。


10.上智大 2/7実施
<種別>難問・ひょっとして出題ミスなのでは

<問題>1 問3 下線部(ア〜ウ)の位置を地図のa〜fから選びなさい。

編註:アがテノチティトラン,イがマチュ=ピチュ,ウがクスコ

2015上智10


<解答解説>
アのテノチティトランはメキシコシティ近辺なのでa。これは基礎知識。bはマヤ文明のチチェン=イッツァの場所を指していると思われる。イとウは超難問。どちらもインカ文明だからアンデス高原というのはわかるのだが,残念なことにc〜fが全部アンデス高原である。何を考えたらこんな問題を作れるのか実に不思議である。

しいて言えば,インカ帝国がチチカカ湖を中心としたことから,チチカカ湖に近いところに首都のクスコがあるだろうという推測が働くかもしれない。これが正解で,クスコはfである。マチュ=ピチュは本当に推測のしようがないというか,個人的に言わせてもらうと答えがない。マチュ=ピチュを指す地点がないのではないかと思う。なぜならマチュ=ピチュはクスコの北西のすぐ近くであり,eだとすると離れすぎてしまうからだ。お暇な方は是非ともGoogle Earthで確認して欲しい。dとfの中間地点には,ものの見事に何もないはずである。

上智は毎度難解な地図問題を出すが意外と点の打ち方が雑という傾向があり,今回もそれに当てはまった形である。なお,dはチャビン文明の中心地チャビン,cはチムー文明の中心地チャン=チャンと思われる。近くにはインカ皇帝アタワルパがピサロに捕らえられた地であるカハマルカが存在する。なお某キャプチャーソフトは一切関係がない模様。


11.上智大 2/9実施
<種別>悪問
<問題>1 問2 (2) 下線部(B)と同時代ではない人物を(編註:ジョット),選択肢(a〜e)から1人選びなさい。

a ボッカチオ  b チョーサー  c ペトラルカ  d ダンテ  e ホッブズ

<解答解説>
素直に解答するならeのホッブズが正解の易問で,問題としては成立しているのでスルーしようかと思ったが,一応収録しておく。実は残りの4人のうち,bのチョーサー(1340頃〜1400)はジョット(1266頃〜1337)と全く生存年代が重なっていない。生年にぶれがあるものの,これは1343年まで下る可能性があるからで,さかのぼることはない。つまり,確実にジョットが亡くなってから生まれている。まあ,ホッブズは100年単位で時代が離れているので,比較的同時代とは言えるし,ジョットとチョーサーなら「同じルネサンス時代」と言いくるめることはできる。もっとも,それを言い出すとイギリス文学史におけるルネサンスはチョーサーからシェイクスピアまで250年ほど続くので,そういう同時代という括り方は危ういのではないかと。なお,シェイクスピア(1564〜1616)ならホッブズ(1588〜1679)と生存年代が重なっていたりもする。


12.上智大 2/9実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>2 問17 選択肢(a〜d)のうち正しいものを1つ選びなさい。

a 1964年,フルシチョフが死去し,ブレジネフが第一書記となった。
b 1968年,チェコスロヴァキアのゴムウカ政権の改革政策(プラハの春)は,ワルシャワ条約機構軍によって抑圧され,ブレジネフはこれを正当化する制限主権論を主張した。
c 1972年,ソ連は,米国との第1次戦略兵器制限交渉(第1次SALT)に調印して,米ソによる核軍備管理体制の構築をはかった。
d 1979年,ソ連がアフガニスタンに侵攻すると,米国のカーター政権はそれを強く非難し,第2次SALTは調印されなかった。

<解答解説>
この第2問は近代ロシア・ソ連史で,全体として異常な難易度であったが,調べてみると教科書の隅の方には書いてあるものが多く,収録に至るものは少なかった。たとえば日露協約の最後は3次ではなく4次だとか,NEPの採用年は1924年ではなく1921年だとか,ホロドモールは強制移住を伴った例よりもウクライナ現地で餓死した人の数の方が圧倒的に多いだとか,ヤルタ協定の付属秘密協定によるソ連の対日参戦はドイツ降伏何ヶ月以内か(正解は3ヶ月以内)だとか。その意味ではよく調べて作問されていると思うのだが,その中からすり抜けたのがこれ。

aはフルシチョフが生前の退任なので誤文。bはゴムウカではなくドプチェク。ゴムウカはポーランドの政治家。さて残りの判別が非常に難しい。dが誤文なのだが,どこが誤りかわかります? SALT2はカーター大統領が調印したのだが,米国上院が批准を拒否したので流れた,よって誤文。「調印」と「批准」とは,よりによってそこを聞きますか。消去法で残ったcが正解であるが,「米ソによる核軍備管理体制の構築をはかった」という表現はやや引っかかる。確かに米ソはそうした国際秩序の形成を目指していたが,SALT自体は米ソ両国の核軍縮を目指したものであって,国際秩序の形成とはまた別の話では。



[ここから慶應大]
1.慶應義塾大 商学部
<種別>悪問
<問題>1 近代後期には各国で (31)(32) が起こり,機械制工場などを経営する資本家と,工場で働く労働者からなる資本主義体制が確立した。

(31)(32) 14 IT革命  17 価格革命  21 金融革命  23 グリーン革命  25 工業革命
30 産業革命  34 重商革命  36 商業革命  43 農業革命  46 貿易革命
(関係ある選択肢のみ抜粋,このうち17価格革命,36商業革命,43農業革命は別の設問の解答になっている。)

<解答解説>
例年,優良な問題が多い商学部だが,今年はひどかった。難易度は高くないが,とにかく作りが雑極まりない。この第1問はピケティの『21世紀の資本論』を話の枕にしたもので,問題文自体はなかなか凝っているのだが,そこで力尽きたというか,ピケティを紹介できたので問題はどうでもよくなった感じの杜撰さである。こういう人に入試問題を作らせてはいけない。

この問題からしてよくもまあこんなに「革命」を集めてきたものだなと。なお,このうち“重商革命”はググっても4件しか引っかからず(2015年3月12日現在),しかもうち1件はこの問題文自体,残り3件は中国語のサイトであるから,事実上本問の造語と言ってよかろう。グリーン革命もそういうタイトルの書名があるが,単純に「緑の革命」をかっこよく言ってみただけかもしれない。よくわからない。

さて,本問の正解は極単純に考えれば30の産業革命であるが,一つ危うい選択肢がある。25の工業革命は産業革命の言い換えとして存在する用語で,重商革命のような造語ではない。特に「産業革命という表現だと,産業の劇的な転換一般という意味合いになってしまい,IT革命も一種の産業革命だろう。19世紀の第一次産業から第二次産業への転換を強調する際には工業革命と言うべき」という勢力はそこそこ存在しており,むしろこの言説を採用するなら本問の正解は工業革命の方がふさわしいということになる。ついでに言えば,中国語でも産業革命は「工業革命」と呼んでもよいようだ。この辺は中国語に堪能な方がいれば補足いただきたい。言われて気づいたのだが,中国語版Wikipediaの参考文献に“王志乐:《“产业革命”和“工业革命”的含义和译法》,载《东北师范大学学报》,1981年第4期”とあるので,あちらでも呼称の論争があるのかもしれない。

とはいえ高校世界史では「工業革命」というタームはなく,受験生には産業革命以外の選択肢を選びようがない。複数正解の出題ミスとまでは言わないが,高校世界史という枠に助けられた非常に際どい悪問。


2.慶應義塾大 商学部(2つめ)
<種別>悪問
<問題>1 戦後は図にあるように,1970〜80年代頃から,欧米で格差の拡大が生じている。 (39)(40) によって,工場労働者の多くの仕事はコンピュータやロボット機器に代えられた。
(編註:問題には『21世紀の資本論』から1970年代以後に欧米の所得格差が拡大しているのを示したグラフが掲載されている)

(39)(40) 14 IT革命  21 金融革命  23 グリーン革命  25 工業革命  39 世界恐慌
40 石油危機

<解答解説>
予備校間の解答が割れたシリーズ。一応ちょっとでも入りそうな選択肢を全部書き並べてみたが,事実上14のIT革命と40の石油危機の一騎打ちであろう。予備校の解答速報としては14のIT革命が優勢で,代ゼミ以外全てがこちらであった。読者諸氏はどうお考えになるだろうか。(追記:『赤本』・『入試問題正解』ともに14を正解としていた)

私は40の石油危機を推す。おそらくここは石油危機を契機としたFA(ファクトリー・オートメーション)化を指しているものと思われる。しかし,ここはIT革命ではない理由を挙げていった方が説得力があるだろう。まずIT革命は1990年代後半以降の現象であって1970〜80年代の出来事ではない。次に,IT革命によってコンピュータが仕事を奪ったというのは理解できるが,ロボット機器は無関係と思われる。そして,IT革命によって仕事を奪われたのは主にホワイトカラーであって,「工場労働者の多く」ではなかろう。予備校の解答速報でIT革命が主流なのが意外。この辺,ピケティの『21世紀の資本論』で触れられていないのかは気になるところで。私は未読。本当は読んで確かめるべきなんだろうが,さすがにそれだけのためにあの分厚いのを読む気力はちょっと……経済学が専門というわけでもないし。


3.慶應義塾大 商学部(3つめ)
<種別>難問・奇問
<問題>1 問5 下線部(c)に関連して(編註:資本主義の発展に伴い,男性は工場労働からの賃金収入で家庭を支え,女性は家庭の維持を第一とする性別役割分業が進展し,労働市場では男女間賃金格差が生まれた。),日本でアベノミクスの成長戦略の1つとして女性活躍推進が掲げられているように,この問題は現代においても解決されているとは言い難い。問題解決に向けたこれまでの動きのうち,(ア)19世紀末に欧州で起きた運動は何か,(イ)1979年に国連で採択された女性差別撤廃条約を受けて日本で1985年に成立した法律は何か。それぞれ解答用紙Bの所定の欄に記入しなさい。

<解答解説>
アベノミクスに言及した意味は一体。アベノミクスの女性活用が全く効果的ではないことに対する皮肉のつもりで書いているならおもしろいが,入試問題でやることじゃないな。

それはまあ横に置いといて,(ア)は言われてみると納得するが,ぱっと聞かれると意外と答えづらい。受験生よりも社会人の方がすぐ気づくかもしれない。正解はフェミニズム。ところが予備校各社の解答速報を見ると,東進のみフェミニズムで,残りの河合塾・駿台・代ゼミは「女性参政権運動」になっている。これには理由がある。フェミニズムは旧課程だと範囲外で,新課程のみの用語。では旧課程の範囲内で解答しようとすると,フェミニズム運動のうち19世紀末に活発だった分野は女性参政権の分野であり,これなら旧課程の教科書に記載がある。おそらくどこの予備校ともフェミニズムを想起してはいるだろうが,範囲内に収めようとして東進以外はこうなったのではないか。ただし,下線部(c)が政治分野というよりも社会・経済分野への言及であるので,フェミニズムの方が適切。

(イ)は男女雇用機会均等法だが,日本史か公民の問題だこれ。世界史未満の一般教養の範囲と言ってよいかどうかは難しいところで,予備校同士の判断も割れている。河合塾はノーコメント。駿台は「現在の政治経済に関心を持つべしとする,やはり本学部から受験生へのメッセージが込められた問題と言えよう。」と,割と褒めている様子。こういうのに手厳しい駿台には珍しい。代ゼミは「世界史よりは現代社会の範囲」とキレ気味。意外にも東進が「教科書レベルを超える難問。」と一番キレていた。ちなみに,私は中学公民で習った記憶があるが,何せ1985年からそう時間が離れていない時期に中学生をやっていたもので,現在の中学公民でも習うのかどうかはちょっとわからない。高校の公民なら確実に触れるところだが。小中学校の社会科の先生のコメント,お待ちしております。


4.慶應義塾大 商学部(4つめ)
<種別>悪問
<問題>2 ムハンマド=アリー総督の下で近代化を推進したエジプトはオスマン帝国との戦争を契機に列強の介入を受け,ウラービーの反乱を契機にイギリスの保護国となった。同じころイギリスは保護条約を結んだ (63)(64) も支配しペルシア湾を勢力圏とした。

(63)(64) 19 イラク  20 イラン  29 クウェート

<解答解説>
とりあえず普通に解くと意外にも簡単で,選択肢中の地名のうちペルシア湾に面しているものがこの3つしかなく,20のイランは別の箇所の解答なので省け,イラクは第一次世界大戦後に初めてイギリスの植民地(委任統治領)になるというのを知っていれば,消去法でクウェートしか残らない。また,一応用語集には頻度△悩椶辰討い襪里如ぅ泪ぅ福爾任呂△襪範囲内。

と,ここで話がとどまるなら収録対象外だったのだが,ちょっと待って欲しい。ウラービーの反乱鎮圧によるエジプトの事実上の保護国化が1882年だが,クウェート保護国化は1899年のこと。つまり17年の開きがあるが,これを同じころと言うには無理がないか。とはいえ,他に該当する地域もなかろうしなぁ,と考えていたところ,駿台の解答速報が「バーレーンが1880年に保護国化されているので,こちらの方が正解としてふさわしい(が,選択肢にバーレーンが存在しない)」と指摘しているのを発見した。駿台の担当者はよく調べてきたものだ。これは素直に賞賛するしかないし,私も同意見である。本問はバーレーンを正解とすべきで,バーレーンが語群に無いのは出題上の不備と言わざるをえない。ただし,バーレーンを正解とした場合は教科書や用語集に記載がないので,範囲外となる。

ついでに調べてみたが,UAEの首長国群も1892年までに全てイギリスの保護国となっており,カタールは1916年にイギリスの保護国となっている。カタールは論外だが,UAEの方がまだしも1882年に近い。


5.慶應義塾大 文学部
<種別>悪問
<問題>2 2 議会の貴族院と庶民院は,……古き良き権利と自由を守り主張するために,次のように宣言する。議会の同意なくして王の権威によって,法を停止したり執行したりすることができると主張する権力は法に反する。そして,最近に主張され実行されたように,王の権威によって,法の適用を勝手に免じたり執行したりすることができるとする権力は法に反する。……そして,議会の承認なくして,君主大権を主張することによって,議会が認めた期間よりも長く,かつ議会が認めた方法以外の方法で,王が使用するために税を課するのは法に反する。

設問(5)これはイギリス議会が可決し,その後王が認めて発布された文書であり,イギリスの歴史において非常に重要な文書の一部である。この文書全体は何と呼ばれているか。
設問(6)上記史料中で「法に反する」として議会が非難している統治行為を行い,その結果として議会から見れば王位を空位にしたとされた君主は誰か。
設問(7)この文書を承認して設問(6)の君主の後に即位した君主は誰か。

<解答解説>
商学部に続いて文学部もガバガバ。なお法学部もガバガバなので,今年まともだったのは経済学部だけである。経済学部は良問そろいだっただけに惜しい。さて,本問の設問(5),おそらく多くの人が「権利の宣言」か「権利の章典」かまでは辿り着くと思うのだが,その判別は問題の日本語が下手すぎて難しい。説明すると,権利の宣言と権利の章典は内容がほぼ同じである。「権利の宣言」はジェームズ2世(設問(6)の正解)を追放した議会が可決したもので,ウィリアム3世とメアリ2世(設問(7)の正解)に即位を認める条件として突きつけた文書である。その後,両王は「権利の宣言」を受諾して即位し,微調整をして改めて法典として発布した。

そうして設問(5)を改めて読むと,「イギリス議会が可決し」を優先すれば「権利の宣言」,「その後王が認めて発布された文書」を優先すれば「権利の章典」ということになる。ただし設問(7),「この文書を承認して設問(6)の君主の後に即位した君主」を取ると「権利の宣言」に読め,2対1の多数決で「権利の宣言」が取られるか。いや,そもそも(問題文の解釈の)多数決で決まる正解って何よ。なお,一般的に世界史の教科書・資料集に掲載があるのは「権利の章典」の方で,私自身「宣言」と「章典」の差異は知らない。


6.慶應義塾大 文学部(2つめ)
<種別>難問
<問題>2 4 自由の敵がわれわれの国に戦争をしかけてきました。われわれアメリカ人は戦争を経験してきました。しかし,(  )年のある日曜日を別とすれば,過去136年間,戦争は外国で行われました。われわれアメリカ人は戦争によって〔アメリカ人の〕犠牲者を出してきました。しかし,穏やかな朝に巨大都市の中心で犠牲者を出したことはありません。われわれアメリカ人は奇襲攻撃を受けたことがありますが,無数の一般市民の目の前で受けたことはありません。こうしたことが,たったの一日でわれわれの身にふりかかり,一夜にして世界が変わりました。いまや自由そのものが攻撃を受ける世界になったのです。

設問(12)これはアメリカ合衆国大統領が合衆国議会上下両院で行った演説の一部である。この大統領は誰か。
設問(13)演説中の「戦争をしかけてきました」とは何を指した言葉か。
設問(14)「戦争をしかけて」きた集団は何と呼ばれているか。
設問(15)演説中の(  )に入るべき数字を答えなさい。

<解答解説>
これも史料問題。ただし,権利の章典(宣言)と違ってこの史料を掲載した教科書・資料集は存在していないと思われる。ノーヒントで考えると意外と難しいが,「巨大都市の中心」や「136年間」から推測すると,なるほどと気づく人も多いのでは。

正解は設問(12)がブッシュ(子),設問(13)が同時多発テロ(九・一一事件),設問(14)がアル=カーイダ,設問(15)が1941年。2001年から136年を引くと1865年になる。南北戦争の終結年である。実のところ,難問かと言われると推測のつく範囲かもしれないと収録を躊躇していたのだが,東進がそれぞれの正解をF=ローズヴェルト,真珠湾攻撃,枢軸国,1941年としていたので収録を決定した。あとまあ,問題としておもしろく,良い意味でも収録の価値はある。


7.慶應義塾大 文学部(3つめ)
<種別>難問
<問題>3 1 (前略)彼らは諸子百家と呼ばれている。『漢書』芸文志では,主たる思想流派として,「儒家・道家・陰陽家・法家・名家・( A )・縦横家・雑家・農家・小説家」の十家を挙げている。(攻略)

空欄Aに最も適切な語句を漢字で記入しなさい。

<解答解説>
練られてないせいで良問になり損ねた問題。高校世界史(もしくは漢文)で習う諸子百家の中で挙がっていないものというと墨家と兵家があるが,そのいずれかに対するヒントが一切無いため,事実上『漢書』芸文志の分類を知らないと解答が絞れない仕様になっている。無論,受験生に要求していいレベルの知識ではない。ちなみに正解は墨家の方。一応,よりメジャーな派閥は何かと考えたとき,儒家に次いで巨大な集団となっていた墨家が挙がっていないのはおかしいと考え,兵家より優先されるべきだと正解を推測することはできる。実際,そうして正解に辿り着いた受験生も多かったのでは。


8.慶應義塾大 文学部(4つめ)
<種別>難問
<問題>3 3 晁衡は朝衡ともいい,遣唐使の一員として中国に渡った( C )の中国名である。入唐以来太学で学問を修めて役人となり,( ◆ 砲慮い信任を得た。『旧唐書』や『新唐書』に名があり,また現在はその記念碑もある。753年,藤原清河の帰国船に乗って日本に向かうが,彼の乗った船が難破した。(中略)
晁衡は李白のほかにも数多くの詩人たちと交わっており,「君に勧む更に尽くせ一杯の酒,西のかた陽関を出ずれば故人無からん」の詩で有名な( D )もその一人であった。

空欄C・Dに最も適切な語句を漢字で記入しなさい。

設問(2) 3の文中にある△砲△討呂泙襪發里魄焚爾了佑弔里Δ舛ら一つ選んで記号で答えなさい。

ア 太宗   イ 玄宗   ウ 高宗   エ 中宗

<解答解説>
空欄Cがわからないと後の問題が全滅するが,入唐して出世した日本人で帰国できなかった人,というところから阿倍仲麻呂という想像はつくだろう。とすれば△聾悉,覆里妊ぁなお,阿倍仲麻呂は範囲内であるし,中学の歴史でもやるところだろうから,難問とは言えず,むしろここまでは良問であろう。

で,空欄Dが異常な難問。ヒントが阿倍仲麻呂と交流があったことと,「君に勧む更に尽くせ一杯の酒」の詩しかない。無論これらの知識は範囲外である。正解は詩仏こと「王維」。漢文では習う人物だが,世界史では習わない……と言いたいところだが,実のところ最近の高校漢文ではほとんど触れないそうで,知り合いの国語教師に聞いたところ「漢文でも難問」だそうだ。慶應大学は入試科目が小論文で国語が存在せず,世界史でもしばしば漢文知識を必須とする問題が出るが(そのたびに収録対象の問題が出る),そんなに漢文を出題したいなら小論文をやめて国語を置けばいいのでは。今のままでは江戸の仇を長崎で討つ状態であり,上智大の地理問題と同じく,不健全である。


その2へ。

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この記事へのコメント
更新並びに出版お疲れ様です。
現職の教員ではありませんが,中学校の社会科が専門ですので,コメントを致します。
3番の男女雇用機会均等法については,東京書籍の教科書しか確認してませんが,中学の公民で平等権について扱う中で男女平等についても取り扱うので,中学の公民なら必須事項かと思います。高校でも現代社会だけか倫理と政経のセットは最低限履修しなければならないので(履修漏れが無ければですが…),一般教養のノリでしょうね(新課程でも変更はありませんし)
余談ですが,一橋などの難関国立と難関私立については向陽塾さんのHPの高校生向けの学習教材の中に東進さんのを元にした問題文データと回答がPDF形式で置いてあります。速報リンクと比べるとマイナーですが,受験期が終わってもサイトが閉鎖されない限りは確認できますので,個人的にはお勧めです。また新高3はちょうど中3の時に今の学習指導要領になった世代のはずです(1・2年生の時は移行措置として変化のまっただ中の世代)
Posted by かっつん at 2015年03月12日 20:38
うおお、ラストの問題は難しい。
李白と同世代の杜甫かと思ったけど、杜甫と阿倍仲麻呂の関係は記録がないという。李白と杜甫は仲良しなのに。
サッカー戦争ネタはトリビアの泉で紹介された世代が今ちょうど受験生世代なので知っていた人もいるんじゃないでしょうか(震え声
Posted by   at 2015年03月12日 20:40
2ヶ月ぶりのコメントです、センター受けたときに報告した高3です。
無事早稲田に合格出来ました。この悪問特集は私大世界史のやるべきラインとやらなくていいラインが知れたので役に立ちました、ありがとうございました。
Posted by rick at 2015年03月13日 00:49
3番の男女雇用機会均等法は,帝国書院・東京書籍・教育出版のいずれでも記載がありますね。どう考えても世界史の範囲ではないと思いますが。
Posted by 教員ではないですが at 2015年03月13日 12:52
こういった法律の知識は一応もっていたんですが
自分は男女共同参画社会基本法を書いてしまいましたね
なんか一番それっぽい気がしたので
Posted by あ at 2015年03月13日 13:22
今年もお疲れ様です!

新課程でどうなるんでしょうかね…
熊本の古代遺跡ワロタ
Posted by がもん総理 at 2015年03月13日 21:24
>かっつんさん
>教員ではないですがさん
おー,やっぱり今でも公民で習うんですね。
ということは,本企画のルールを厳密に適用するなら範囲内扱いですね。
情報ありがとうございます。

>  さん
「サッカー戦争」はトリビアでやってたんでしたっけ。
であれば昔テレビで見たのを思い出せれば解けますね。インパクトある名前ではあるので,思い出しやすかったかも。
こういうのって意外とあります。雑学番組・クイズ番組で助かるという。


>rickさん
>の悪問特集は私大世界史のやるべきラインとやらなくていいラインが知れたので役に立ちました
おめでとうございます。その活用法は一番正しい気がしますw

>あさん
逆によくその法律名が試験中に出てきましたねw
「1985年」がポイントではありますね。

>がもん総理さん
ありがとうございます!
新課程は本当に未知数ですね……
熊本の古代遺跡は今年の最大の笑いどころの1つですね。
Posted by DG-Law at 2015年03月14日 00:49
はじめまして。実はこのシリーズの最初から拝見させていただいていました
遅ればせながら今年もお疲れ様です。

慶応大の6番は、私もパッと見、「日曜日?ああ真珠湾かw楽勝だろww」「巨大都市の中心( ゚Д゚)ハッ」となったので東進さんの気持ちがよく分かります(言い訳)

ところで、設問(14)の答えですが、「タリバン」でもいいような気がします。
確かに911の主犯:オサマ・ビンラディンはアルカイダの人間ですが、当時はタリバン政権の庇護下にありましたし、アメリカは数日以内にタリバンに身柄引き渡し要求をしています。さらに1か月後にはアフガン侵攻をしていることからすると、「主敵」とみなされたのはタリバンのような
もちろん「アルカイダ」で正解であることは間違いないですが…
Posted by オジマ at 2015年03月17日 05:15
お読みいただきありがとうございます。

タリバンでも正解になるかどうかはちょっとわからないところです。
個人的には正解扱いでいいと思うんですが,慶大の採点者がどう扱うかまでは断言できない,というところですね。
Posted by DG-Law at 2015年03月18日 19:43
世界史を受験で使わなかった勢ですが毎年楽しみに拝見しております。

慶応大の6番、「自由の敵」というフレーズが結構ヒントになっているような気もしました。最近のアメリカの「テロには屈しない」と同頻度によく見かけるフレーズなので。
Posted by ion at 2015年03月20日 17:45
なるほど。ヒントとして考えることはできますね。
ただ,連想だけで言えば当時の日本も自由と民主主義の敵と罵られていたような気はするので(実際そうですが),完全に区別するヒントとしては難しそうです。

Posted by DG-Law at 2015年03月22日 03:33
通潤橋、北海道では国語の教科書で出ました。
布田保之助が白装束で開通式に現れたエピソード、虹の掛かったアーチを覚えています。
Posted by ko1 at 2016年01月13日 01:20
マジですか。
その国語の教科書を読んでいた受験生は,若干なり有利だったのかもしれません。
そういうことってたまにありますよね。
私の場合,逆パターンですが,二次試験の英語の長文が印パ戦争ネタで助かったことがあります。

Posted by DG-Law at 2016年01月13日 23:06