2017年04月09日

並河靖之の七宝焼展

並河靖之「藤草花文花瓶」庭園美術館の七宝焼:並河靖之展に行ってきた。七宝焼とは主に金属(銅や鉄など)にガラス質の釉薬をかけて焼く金属工芸のことである。明治期に隆盛し,非常に細かい文様から陶磁器や漆器などと並ぶ明治期の人気輸出商品であり,「明治期の超絶技巧」として近年脚光を浴びている。しかし,陶磁器や漆器と決定的に違う点がある。陶磁器や漆器は江戸時代から日本で盛んだった伝統工芸であり,明治初期までに大きな蓄積があった上で西洋の影響を受けて(陶磁器ならば宮川香山などの努力により)超絶技巧を達成したのだが,七宝焼の場合,幕末までの蓄積があまりない。並河靖之ら数人の技術者によって,幕末から明治初期に急速に発展した。並河靖之自身,出発は中国の七宝焼であると述べていたそうだし,並河の企業は本展覧会でも「ベンチャー企業」と称されていた。つまり七宝焼は明治日本らしい,あるいは19世紀末の東洋らしい「新しい伝統工芸」とも言えよう。

七宝焼の特徴は基盤が金属である関係で表面が非常に滑らかであることが挙げられる。磁器は名前に反して金属の要素がないが,釉薬がガラス質であることが共通しているせいか,ぱっと見はよく似ている。しかし,陶磁器にしては表面があまりにもつるっとしているのと,覆輪の部分など釉薬がかかっていない部分がどう見ても金属であるので見分けがつく。透明感が強く,つややかでともすれば冷たい印象すらある。私自身そうであったが,陶磁器を見慣れていると,「見分けがつきにくい程度には陶磁器とそっくりに見えるのだけれど,陶磁器にしてはどこかしらに違和感がある」という非常に不思議な物体に見えることだろう。自分にとってはその違和感が強い魅力であった。

並河靖之は明治期の七宝焼の第一人者の一人で,釉薬や技法の改良で活躍し,七宝焼を輸出産業まで押し上げた人物である。とりわけ黒の釉薬が独特で,これが漆器とも陶磁器とも違った七宝焼独特のつややかさを強めていると思う。この黒の釉薬,実は黒色の釉薬が単体で使われているわけではなく,青系統の釉薬を何種類か重ね塗りしてこうなっているそうだ。フェルメールの背景色と同じ発想か。また,初期から中期の作品は文様が器胎全体を覆っていたのに対し,次第に背景色の黒や青が目立つ作品が増えていって,なるほど強みをつかんだなと。並河靖之の七宝焼は有線七宝と呼ばれ,非常に細かい文様がつけられる一方で繊細な作業が必要で,この作業で全面覆ってたら確かにすごいが,技巧を誇示すればよいというものでもないのである。なお,これについては「輸出産業として特化するために,わかりやすい超絶技巧を極めていった」という評価もあり,なるほど尚更明治らしさがある。

今回の展覧会は作品数が多く,並河靖之の作品歴が一通り追えるようになっていた。そして庭園美術館の朝香宮邸の雰囲気とも実に合っていて,良い雰囲気の中で良い作品を見ることができた。とはいえ,実は七宝焼の人気は20世紀初頭の日露戦争の頃から急速に衰え,国内の需要は陶磁器や漆器に比べると薄く,大正時代には急速に廃れてしまった。それを考えると,むしろ20世紀初頭に誕生してそれから流行したアール・デコ様式の朝香宮邸(1933年に旧宅完成)にマッチしてしまったのは不思議な話で,まあ自分を含めた現代人の目からすると「どちらも広く戦前の日本」というくくりになってしまう感覚なのだろう。


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