2018年06月08日

限りなく陶磁器っぽいガラス

黄色鳳凰文瓶(清朝・乾隆年間)サントリー美術館の清朝ガラス展に行ってきた。中国というと陶磁器のイメージが強く,しかもそのイメージは概ね間違っていない。ガラスの発見自体は諸説あるものの,春秋時代末期から戦国時代のこと(ちなみにこの時のガラスは鉛ガラスと言って,透明度は高いが量産しづらいもの)。しかし,その後はどうも関心が向かなかったようで,明代くらいまで大した技術進化が無く,量産もされなかった。今回の展示でも,その最初期の春秋戦国時代〜後漢頃のガラス製品が何点か展示されていたが,技術的進化がなさすぎるのか,その後の三国〜明代のガラスは一切展示が無かった。そして時代が清初に飛ぶ。

しかし,清初にイエズス会士がソーダ石灰ガラス(アルカリ石灰ガラス)の技法を伝えると,時の皇帝康熙帝が紫禁城内に官営のガラス工房を作らせ,やっと中国のガラス工芸が開花することになった。ただし,おそらく西欧側の技術も発展途上だったのであろう,この時の技術伝播はかなり問題があった。以下は化学的な説明になるが,ソーダ石灰ガラスはシリカ(硅砂)と炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)と石灰(炭酸カルシウム)を6:1:1で混ぜるところ,当時はバランス調整が不十分で,ソーダの割合が多くなりがちだったようだ。そうすると,数年〜数十年のロングスパンでは,余分な炭酸ナトリウムが硅砂と混ざってケイ酸ナトリウムが生じ,水溶性のあるこの物質が器の表面に付着した水分に溶けて流出する(空気中の水分もあろうが,そもそもガラスとは液体を注ぐものである)。こうなるとガラスの組成が崩れるので表面に穴が空いたり不透明になったり,最後には器全体が損壊するという現象が起きる。「クリズリング」というそうで,中国によらず,近世のソーダ石灰ガラスでは世界的に生じていた現象だそうだ。それでも欧米では数が作られていたこともあってそれなりに残っているが,中国のガラス職人たちはとうとうクリズリングの問題を解決できず,極めて残念なことに康熙帝・雍正帝期のガラス作品はほとんど残っていないそうだ。残っているものは,偶然の産物として材料のバランスが良かったのだろう。今回の展覧会でも,康熙帝・雍正帝期の作品はわずかに3点だけで,しかもうち1点は「クリズリングが実際に進行している事例」としての展示であった。確かにそのガラスは錆びた金属をイメージしてもられば大体想像通りと言える状態であった。ガラスでも錆びる,というのは今回受けた大きな衝撃であった。

そして乾隆帝が即位した頃に,またしてもイエズス会士が技術を伝えて,やっとクリズリングの起きないガラスの製法が確立された。こうして本格的に官営ガラス工房が稼働するようになる。この頃の清朝ガラスの特徴は無色透明であることにこだわりがないという点である。無色についてはほとんど無く,着色ガラスが基本であった。透明なガラスはそこそこ数があったが,他地域のガラス工芸と比べると圧倒的に不透明なガラスの割合が高い。これはおそらく陶磁器の影響を受けているからで,器の形も模様も概ね陶磁器の方向性と同じである。結果的に,材質を隠されて展示されたら陶磁器かガラス器かわからないものが多く,なかなか衝撃的であった。今回の画像は展覧会内の一部が写真撮影許可だったので自分で撮ってきたものだが,これなんかは本当に陶磁器っぽく見える。ガラスなのに,この透明感の無さよ。図録にも「儚さや壊れやすさを好まない中国の伝統的な造形感覚」の現れと指摘されていて,確かになと。

最後はエミール・ガレの作品が展示されていて,彼が中国ガラスから受けた影響について説明されていた。でもまあ,ガレは何にでも影響受けているしなという感じがあって,影響を受けていたのは確かだろうし説得力もあったが,それほど感動はしなかった。やはり本展の目玉は乾隆帝期の,あまりにも陶磁器っぽいガラス製品たちであろう。


この記事へのコメント
しかし、これは初見でガラスと分かる人はなかなかいないでしょうね。貴方のいうように陶磁器と思う人の方が多いと思います。
Posted by hts at 2018年06月08日 21:10
やっぱりそうですよね。
こういうガラスがあるということを知らなければ,尚更そうなると思います。知ってても厳しいですが。
Posted by DG-Law at 2018年06月09日 12:24
所見ではプラスチックのように見えました。ガラスっぽくないことはもちろんですが、均一に不透明な黄色と角がくっきりした浮き彫り模様は陶磁器とも思えなくて。
制作年代を隠してクイズにしたらガラスどころか陶磁器と答える人も少ないのではないかと思います。
Posted by 菜奈詩 at 2018年06月23日 17:32
一理あります。
ネットメディアかテレビの企画で,そういうアンケート調査をやったらおもしろそうです。
ガラスが最小得票になりそうですよね。陶磁器が勝つか,プラスチックが勝つか。
Posted by DG-Law at 2018年06月23日 22:42