2019年03月15日

2019受験世界史悪問・難問・奇問集 その1(上智大・慶應大の途中まで)

今年も無事に公開に至ることができた。協力してくれる方々に感謝を申し上げたい。まあ,事情が複雑すぎて解説を書くのが追いつかなかったものが今回は2問ほどあるのだが……

・収録の基準と分類
基準は例年とほぼ同じである。

出題ミス:どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能,もしくは複数正解が認められるもの。
悪問:厳格に言えば出題ミスとみなしうる,国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず,作題者の心情を読み取らせるものは,世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問:出題の意図が見えない,ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に,歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問:一応歴史の問題ではあるが,受験世界史の範囲を大きく逸脱し,一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。本記事で言及する「受験世界史の範囲」は,「山川の『用語集』に頻度,任發いいらとりあえず記載があるもの」とした。


総評
早慶上智の総数は2018年の36個とほぼ同数の37個となった。ただし,昨年との大きな違いが2つ挙げられる。まず,この37個のうち8つを慶應大法学部が占めているという点で,慶應大は特定の学部だけ火を噴くという現象があって,たとえば2017年の法学部・2016年の商学部がそれに当たる。しかも慶大が多い年は早稲田大が比較的少なくて総数の帳尻があってしまうという。実は示し合わせてるんですかね。実際に大学別に比較すると上智が10→9,早稲田が19→16,慶應が7→12となっている。

もう1つは教科書からのコピペが目立ったことである。確かに教科書からコピペしておけば「教科書にもこう書いてあるし」と言い訳が立つ。しかし,これは大きな問題が3つある。まずは当然,本当にそれで著作権的にOKなのかということ。次に,教科書だってミスはあるし,正誤判定問題に使う文は,ある意味で教科書より厳しい水準である必要が出てくるが,おそらくコピペする人にはその自覚が無いということ。これは今回いくつかの実例を載せているので,参照されたい。3つ目に,特定の教科書からコピペした場合,その教科書を読んでいる受験生にしか解けない可能性が出てくるということ。しかも,それを自覚的にやっている可能性が高いから悪質である。本企画では散々言っているが,現実的に受験生が複数の教科書を読みこなすことには限界があるし,金銭的負担を押し付けることになる可能性もある。発行部数の少ない教科書になると地方では入手不可能性すら出てくるから,地域格差の問題まである。そのハードルの上げ方は教育者として本当に適切か,ご再考願いたい。

今年の大きな受験業界の動きとして,大学による公式解答発表が大きく進んだというのがある。早慶上智がそろって公式解答発表に踏み切ったので,私は非常に驚いている。早稲田は学部にもよるがけっこうすんなり出題ミスを認めるし,こういうところで先進的な面があるからあまり驚かなかったが,慶應と上智がやるとは思っていなかった。こちらとしては検証が非常に楽になるので,歓迎したい。


以下,上智大と慶應大の途中まで。なお,上智1番が解説を書くのにかかった時間から言えば今回で最大なので,最初からクライマックスだったりする。

1.上智大 2/4実施
<種別>悪問・難問
<問題>2 問3 下線部(B)の説明として(編註:パリ講和会議),最も適切なものはどれか。

a 第一次世界大戦後,戦勝国27ヵ国と敗戦諸国がともに参加する会議を開き,大戦の講和条件を討議した。
b この会議において,戦勝国の領土的要求はすべて拒絶され,ウィルソンの十四ヵ条が名実ともに実現した。
c この会議で民族自決の原則がとなえられたため,朝鮮ではこれに触発されて「朝鮮独立万歳」を叫ぶ民衆のデモが発生した。
d この会議では,中国政府が提出した不平等条約撤廃の要求が拒否されたため,中国の世論は激高した。
e この会議にもとづいて,オスマン帝国はその領土割譲を含むサン=ジェルマン条約の調印を強要された。

<解答解説>
aは敗戦諸国がパリ講和会議に不参加なので誤文。bもアルザス・ロレーヌ等の事例を想起すれば誤文とあっさりわかる。eも国と条約の組合せが違う。よって,残ったcとdはどちらかが誤文でどちらかが正文ということになるが,この判断が難しい。昨今の易しくなった上智大の問題の作りから言えば範囲外の方に瑕疵があって範囲内の方が正しいということからすると,dは範囲外なので誤文ということになるが,当然それを決定打にするわけにはいかない。

dから検討しよう。通常は山東省返還問題で要求が通らなかったことをもって中国の世論が激高したと習うので,そこからすると要求の内容が違うので誤文に見えてしまう。しかし,実際には不平等条約撤廃の要求も提出されていて,こちらも通らなかった。これはそれなりに知られている事実であり,東京書籍の教科書では本文に記載がある。ではdが正文なのかというと,そうではないところが面白い。以下の記述は,笠原十九司の博士論文が書籍化されたもの(※)による。現在では南京事件の研究で有名な笠原先生だが,博士論文を出した時の研究は五・四運動であった。

  ※ 笠原十九司『第一次世界大戦期の中国民族運動』汲古書院, 2014年

パリ講和会議に送られた中国代表団は,不平等条約撤廃を含めた要求を会議に提出している。しかし,提出はされただけで,ほぼ議題に上がっていない。何が起きたかというと,1/18に会議が開幕,1/27の午後の会議で山東省返還問題の審議が始まったが,日中の激しい応酬があって,即日では結論が出なかった。その後は4/18まで山東省返還問題の議題が放置され,4/18の再開後は概ね列強間だけの話し合いになり,4/30に「日本の要望を優先する」という列強間の決定がなされた。こうして長期間,最優先課題の山東省返還問題が棚上げされたため,他の要望の議論も実質的に棚上げされてしまい,中国代表団は身動きがとれなかった。一方,パリには会議に参加した代表団以外に多数の中国人が渡航しており,その中心が英語の堪能な梁啓超であった。この梁啓超が4/30の決定を即座に報道したことで中国世論が激昂,5/4に爆発するという流れであった。

なお,その上で,「この時の中国人の世論は,全面的な反帝国主義・反軍閥政府運動だったわけではなく,むしろ反日・親英米色がかなり強く,政府から親日派官僚を排除することが最大の焦点だった。政府としてもヴェルサイユ条約調印拒否は既定路線で,むしろ親日派官僚の追放・条約調印拒否の口実として上手く利用した側面がある。代表団の人選や梁啓超に資金援助をしていた事実を見ても,政府の意志は五・四運動の前から世論と同じであった。これを『全面的な反帝国主義・反軍閥政府運動の出発点』として捉え直したのは軍閥政府の失政を強調にしたい毛沢東で,史実に立脚していない」というのが笠原先生の博士論文の主眼である。軍閥政権時代の中国,近年は意外と真面目に内政の近代化もしていたという評価もあり,いろいろ変わってきている。

したがって,笠原先生の博士論文をベースに考えれば,不平等条約撤廃の要求は出されたが,世論の激昂とは直接的な関係がない。よって選択肢dは誤文と見なせる。しかし言うまでもなく,こんなに細かい五・四運動の背景は範囲外である。というよりも,そういう問題ですらなく,近代中国史の専門家以外はこの正誤を即答できないと思うのだが……

ひるがえってcの方。こちらも誤文と疑って選択肢を吟味してみると,各社教科書や用語集は概ね「ウィルソンの十四ヵ条原則を受けて」とか「民族自決の潮流が高まる中で」といった表現になっていて,パリ講和会議との関連性を書いているものは無い。パリ講和会議でも民族自決は主張されたはずだが,どういうことか。種明かしをしよう。三・一独立運動は1919年3月1日,パリ講和会議が1月18日から始まっているので影響を受けたように見えるものの,三・一独立運動の直接的な発端はパリ講和会議に朝鮮代表を送る計画であった。計画は会議の開催前から始まっており,十四ヵ条の中で民族自決を唱えたウィルソンが代表のアメリカなら好意的に受け入れてくれるはずだという予測によるものであった。その送った密使がパリに到着したのが3月13日であるから,三・一独立運動は密使の到着前に起きている。なお,到着した密使は必死に活動したがアメリカに拒絶され,ハーグ密使事件の二の舞になってしまう。こうした経緯を踏まえると,「朝鮮ではこれ(=パリ講和会議でのウィルソンの提唱)に触発されて」というのは因果関係がおかしい誤文ということになる。運動のスタートはあくまで直接的に十四か条の発表か,パリ講和会議の開催そのものである。各社教科書や用語集の表記はちゃんとそれを踏まえている。

以上の理由からcもdも誤文になってしまい,本問は厳密に言えば正解が無い。しかし,cの文については,「触発されて」に深い意味が無く「影響されて」とほぼ同義語として使っていると考えると,正文と見なしうる。一方,dの文は笠原先生の研究を無視しない限り正文にできそうにない。よって,無理やり正解をひねり出すならcが正文=正解ということになるだろう。絶対にここまで調べていないし深く考えていないと思うが,上智大の公式解答でもcが正解になっていた。

以下は余談になるが,三・一独立運動がパリ講和会議に及ぼした影響は,実は大きい。ご存じの方も多いと思われるが,この時に日本は日本人移民が海外で差別されていることを受けて人種差別撤廃を提案している。しかし,三・一独立運動を凄惨に弾圧した日本が言える立場か,という反論を受けることになってしまい,採択されなかった。しかし,これが採択されなかった代償として山東省返還問題では日本の主張が通ってしまう,という玉突き事故が起きている。もう一つの余談として,この時に密使を支援すべく後追いでパリに入ろうとしたハワイ在住の朝鮮人がいる。彼はアメリカ政府の制止にあってフランスに渡航できなかったが,ハワイ在住のまま,同1919年に上海で樹立された大韓民国臨時政府の初代首班に任命されることになる。李承晩その人である。


2.上智大 2/4実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>2 問8 下線部(G)の革命(編註:辛亥革命)によって中国で実現した改革はどれか。

a 科挙の廃止   b 国会の開設   c 最初の鉄道敷設
d 徴兵制の導入  e 憲法大綱の発布

<解答解説>
aとeは光緒新政で実施済。cは幹線鉄道国有化問題を考えれば辛亥革命前に鉄道敷設があったのは自明であるし,そうでなくても洋務運動の時点で敷設されていると自然に推測がつくだろう。問題は残ったbとd。国会の開設は辛亥革命後であるが,これは1913年に開設すると清朝が約束していたものであるから,国会開設は既定路線だったと言える可能性がある。実際に1913年開設である。最後に残った徴兵制は範囲外であるから判断不能。

実は国会開設は偶然1913年で重なっただけで,中華民国の第一回国会は1912年制定の臨時約法(最初期の中華民国憲法)によって規定されたものであり,清朝の約束とは無関係である。また,徴兵制は新建陸軍がそうだったので,光緒新政で実現済。よって正解はbの国会開設になるのだが(公式発表でもbであった),おそらく前述の「既定路線だったから,辛亥革命で実現した改革とは言い切れないのでは?」と推測を立てて(これはこれで良い推測である),dを選んだ受験生も多かろうと思う。それを狙って作られたのなら意地悪な出題である。また,本問でも増田塾はその引っかけに見事にかかって正解をdとし,その通りの説明をしていた(東進はちゃんとb)。どうした増田塾。


3.上智大 2/4実施(3つめ)
<種別>難問
<問題>3 問2 (2) この彫刻(編註:ラオコーン)が発見されたのはどこか。

上智大3番


<解答解説>
今年の変な地図問題枠……というには少しインパクトが薄いか。本問,実は用語集に記載があるのでまさかの範囲内なのだが,あまりにも細かすぎるので収録とした。正解はローマなのでb。現在の設置場所がヴァティカン宮殿と知っていると多少のヒントになるかもしれないが……


4.上智大 2/5実施
<種別>難問
<問題>4 ( I )を除く12植民地は1774年,第1回大陸会議を開催し,本国への抗議を強めたが,( J )植民地で民兵とイギリス軍が武力衝突するに及ぶと,独立に向けた動きが加速していくことになる。
問10 空欄( I )に入る植民地名はどれか。選択肢(a〜e)から1つ選びなさい。

a ヴァージニア   b マサチューセッツ   c ペンシルヴェニア  
d ジョージア    e メリーランド

問11 空欄( J )に入る植民地名はどれか。選択肢(a〜e)から1つ選びなさい。

a ヴァージニア   b マサチューセッツ   c ペンシルヴェニア  
d ジョージア    e メリーランド

<解答解説>
問11は普通は場所を覚えていかないものだが,用語集に「コンコードはボストン郊外」とあるので,これを知っていればbのマサチューセッツとわかる。問10は範囲外だが,推測は容易でそこまでの難問というわけではない。ニューイングランドのマサチューセッツ,大陸会議の開催場所のフィラデルフィアがあるペンシルヴェニア,最初の植民地にして独立指導者の出身が多いヴァージニアを削るとメリーランドとジョージアの2択になる。ここでメリーランドが正解だったなら超難問だが,「最後に創設された植民地で英王ジョージの名前を冠している」情報も加味すれば自然とジョージアを選べるだろう。それで正解である。2問合わせても本企画の分類:難問の中では比較的易しい部類のものに入り,境界線上。ブログ公開時の読者の反応を見て書籍掲載時に削るかも。


なお,この日程では二里頭遺跡の場所が問われていた。二里頭遺跡もとうとう入試に出てきたという感慨が強い。河南省であることだけ知っていれば特定できるし,夏王朝に関連する(かもしれない)遺跡であることは問題文中に示されているので,難易度は高くない(なお,その情報は用語集の「夏」の説明文にあるのでぎりぎり範囲内でもある)。


5.上智大 2/6実施
<種別>悪問
<問題>3 問3 下線部(イ)について(編注:フェニキア人),誤っている説明はどれか。

a アケメネス朝ペルシアはフェニキア人の交易を保護した。
b ガラス工芸や紫の染料などの交易で繁栄した。
c 交易活動での記録などのため,表音文字であるアルファベットを作った。
d 造船や輸出のため,レバノン杉を大量に伐採した。
e 交易の重要拠点として,植民市マッサリアを建設した。

<解答解説>
解説保留。簡潔に言えば,a・b・dは正文。eはマッサリアがギリシア人の植民市であるのでこれが完全な誤り=正解。しかし,cは疑惑の判定であり,調査続行中である。気になる人は「広義のアルファベット」「狭義のアルファベット」でググってみてほしい。でもって,おそらくこれ教科書からのコピペ問題である可能性が高いので,問題の根が非常に深い(その教科書の表記も危うい)。結論が出たら,後でここだけ更新するかも(その場合は単独で新記事を立てるかも)。


6.上智大 2/6実施(2つめ)
<種別>出題ミス

<問題>4 問5 下線部(エ)の経営権を握るため(編註:キプロス),イギリスはどこから株を買収したか。

a エジプト  b オスマン帝国  c ギリシア  d フランス  e ロシア

<解答解説>
この振りはスエズ運河会社株しかないからオスマン帝国,と思って下線部を見るとキプロスという。キプロスで株???? と首を捻っていたら,大学当局から謝罪と全員を正解とした旨の発表があった。これはさすがに認めざるをえないだろう。


7.上智大 2/7実施
<種別>???

<問題>2 問2 (6) 下線部(カ)の説明として誤っているものを(編註:各地で圧政が生じて経済状態も悪化し),選択肢(a〜d)から1つ選びなさい。
 
a 日本軍の占領地域では物資の自由な移動が禁止され,工業製品の輸入もできなくなった。
b 日本軍がすすめたタイ=ビルマ鉄道建設工事によって,多数の連合軍捕虜と東南アジアの人々が犠牲になった。
c 日本の植民地と占領地の女性のなかには,慰安婦として戦場に送られた者もいた。
d 日本軍の占領地域では皇民化政策が実施され,日本人への同化が強制された。

<解答解説>
世界史ではここまで詳しく太平洋戦争当時の日本をやらないので,日本史の領分だと思うのだが,何と実教出版はこのうちa〜cについて(つまり泰緬鉄道も!)の記載がある。その意味では範囲内であり,本来日本人として知っておくべきことであろうという意見にも同意するのだが,まあ現実的に言って本問は難問であろう。

このうちdのみ実教出版の教科書に記載が無いということは,これが正解=誤文ということなのだろうと思うのだが,これが誤文となる根拠を探そうとして,大変なことになった。実教出版の教科書(p.369)には皇民化政策に対する言及もあり,増田塾はそこにある「台湾で進められたものは『創氏改名』ではなく『改姓名』で,強制的に進められた朝鮮の創氏改名と比べると,改姓名は同化をうながすものであった」という記述を誤文の根拠としている。しかし,そう言われてもあまり納得はできない。実教出版の教科書の記述からは,台湾では皇民化政策が緩やかだったというニュアンスはよみ取れても,日本人への同化が強制的ではなかったというニュアンスは読み取れない。また, dの文の指す地域は「日本軍の占領地域」であり,すでに植民地であった朝鮮も台湾も含まないはずである(日韓併合条約は不法であるとみなす韓国政府の立場をとれば朝鮮は占領地域とみなせるが,それでも台湾は逃れられない)。あるいは,東南アジアの統治はかなり地域差があったので,強制された地域もあったが,されなかった地域もあるということからdは誤文,ということなのかもしれない。しかし,そうであればdの文は「全ての日本軍の占領地域では」等と表現されるべきであって,現行の文ではこの理屈でも説得力が弱い。あるいは,世界史用語集の皇民化政策の説明は「朝鮮人や台湾人に対する同化政策」とあり,日本史の用語集も全く同じ説明であるから,狭義の皇民化政策は朝鮮と台湾に対するものに限定され,他の地域のものは単純に同化政策である,ということを誤文の根拠にしている可能性もある。しかしこれも,広義には当然占領地域での同化政策も含むし,dの文中に「狭義の」という文言が入っているわけでもないので,これはこれで納得できない。

上智大の公式発表でもやはり正解はdであった。出題の意義自体はよいものであるし,範囲内かどうかはグレーゾーンであるにせよ完全に範囲外とは言えない。しかしながら,ではなぜdが誤文なのか解説しようとすると,前段のように大変に困ったことになる。何とも扱いにくい問題である(ゆえに種別も決めかねている)。読者諸氏はどう評価するだろうか。

なお,この第2問は他の設問もかなり日本史の内容が含まれていて,日独伊三国同盟締結に対するアメリカの石油禁輸措置や,サイパン島陥落による東条内閣の総辞職等が問われていたが,何とか中学の日本史知識と消去法で解けるものが多かった点と,探してみると前述の実教出版に記述があったりしたため,本問以外は収録対象としなかった。しかし,現実的には(残念ながら)平均点はかなり低かったと思われる。


8.上智大 2/9実施
<種別>悪問
<問題>2 問1 (7)(編注:ビザンツ帝国)に関する説明として誤っているものを選択肢(a〜d)から1つ選びなさい。

a 首都コンスタンティノープルに建立されたハギア=ソフィア聖堂はビザンツ様式の代表的建築物である。
b 中世初期は,ゲルマン人の大移動により国土の3分の1が荒廃した。
c 東ローマ帝国とも呼ばれるが,文化的にはローマよりむしろギリシアに近く,ギリシア正教とギリシア古典文化を融合した独自の文化的世界をつくった。
d 最盛期の皇帝ユスティニアヌス1世は,ローマ帝国の栄光回復に努め,ローマ法の集大成となる法典を編纂させた。

<解答解説>
aとcは正文。bは誤文=正解で,被害はあったにせよ3分の1は荒廃しておらず,勢力を維持したことは概ねどの教科書にも記載がある。危ういのはdで,マケドニア朝の時期を最盛期と見なすこともあるので,ここでdを誤文と見なせる可能性がある。実際に,山川の『新世界史』はマケドニア朝を最盛期と見なしている(p.141)。


9.上智大 2/9実施(2つめ)
<種別>難問
<問題>3 問3 下線部(イ)(編註:ケベック)に関連して述べた次の文A,Bの正誤を判断し,その正しい組み合わせを選択肢(a〜d)から1つ選びなさい。

A ケベックを中心とするニューフランス植民地では,毛皮取引が盛んにおこなわれた。
B イギリスが制定した1791年法により,ケベック地方を中心とするフランス語圏(ローワー=カナダ)とそれ以外の英語圏(アッパー=カナダ)の各議会が一つに統合された。

a A=正 B=正   b A=正 B=誤   
c A=誤 B=正   d A=誤 B=誤   

<解答解説>
Aは容易で正文とわかるが,Bは範囲外……と言いたいところだったが,山川の『新世界史』のp.293に記述があるので,グレーゾーンである。Bは誤文で,実際には1791年の法律でアッパー=カナダとローワー=カナダの区別が明確になり,それぞれが独自の議会を持った。この後の1840年に合併し,1867年の自治領化へと続く。

2019年の上智はこの「特定の教科書だけに記載がある」パターンをよく見るが,改めて問いたい。受験生に,世に出回っている全教科書を読んでこいということだろうか。現実的に言って,高校生が山川の『詳説世界史』以外を買うのは難しい。だから本企画でも不満や不備がありつつも,山川の用語集を基準とした判定を基本としつつ,柔軟な運用で範囲内外の判定を行っている。それで行くと,前述の実教出版はまだしも,『新世界史』は発行部数が約5千部で『詳説世界史』の20分の1以下であり,特に受験生のアクセス困難性が高い。なにより,一つ前の8番の問題は『新世界史』の記述を無視しないと複数正解の出題ミスになってしまうので,矛盾が生じている。こうした観点から言って本問はギルティである。

この2/9実施の日程ではこれらの他に,範囲内ながらの難問として,玄奘が開いた法相宗が問われていた。


〔番外編1〕上智大 2/9実施
<問題>3 問9 下線部(ク)(編註:カンボジア)に関する記述として誤っているものはどれか。解答は,選択肢(a〜e)からもっとも適切なものを1つ選びなさい。

a 1953年にフランスから正式に独立した。
b ヘン=サムリン政権は,中国の支援を受けてカンボジアに軍事侵攻した。
c ベルリンの壁が崩壊した年に,ベトナム軍はカンボジアから撤退した。
d フンセン政権下でASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟した。
e この国の有名な遺跡であるアンコール=ワットの修復・保存に上智大学は協力している。
(強調は編者による)

<コメント>
問題そのものはbの中国がベトナムの誤りなので明確に誤文=正解で,易しい。それはそれとして,唐突に出現する選択肢e。これを機に上智大の社会貢献を知ってもらおうという心意気は悪くないし,実際のところこういうお遊びは個人的に嫌いじゃないのだけども,これを誤文=正解と見なす勇気がある受験生はいないと思う。いたとしても,それは蛮勇では。正誤判定の選択肢としてはどうなのかなぁw。



慶應大の経済学部は収録無し。全体的に良問であった。なお,全体的に良問であったことには私も賛成するのだけれども,駿台が講評で「慶應義塾大学の名にふさわしい良問」「知識とともに思考力を問う大学入試のお手本のような出題」「旧態依然たる瑣末な知識の詰め込み能力,暗記能力ではなく,未来志向の思考力や分析力,プレゼン能力を持つ学生を集めたいという慶應経済の方針は明確」というように絶賛していたのはちょっと笑ってしまった。褒め殺しかな? 一応,瑣末な知識を問う問題はあったと思う。他のトピックとしては史料問題でブッシュ(子)の「『悪の枢軸』演説」が出ていたのは面白かった。演説自体は範囲外だが,2001年アフガニスタン侵攻と2003年イラク侵攻,当時の大統領がブッシュ(子)というのを知っていれば攻略可能な問題の作りになっていたのは,駿台さんのおっしゃる通り,思考力を要していて良い問い方であった。


〔番外編1〕慶應大 商学部
<問題>3 2017年は,ルイス=フォンシとダディ=ヤンキーがスペイン語で歌う「デスパシート」が世界的な大ヒットを記録し,日本の街中でもよく流れた。二人は,カリブ海にあるアメリカ合衆国の自治領 (77)(78) の出身である。

(選択肢省略)

<コメント>
問題は易しく,プエルトリコが答えである。「デスパシート」が世界的なヒット曲であることはそうだと思うのだが,「日本の街中でもよく流れた」かと言われると,そのイメージは無い。それはそれとして,やはり受験生の間で話題になっており,「デスパシート歌ってる人の国なんて知らんわ」という意見もあれば「歌詞でもプエルトリコって言ってる」という意見もあり,あれそうだっけと改めて聞いてみると



確かに言ってましたわ(3:38付近)。この受験生,耳良すぎでは。あとは「このせいで試験時間中ずっとデスパシートが脳内再生されてた」というのは笑った。彼が受かっているのを祈るばかりである。読者諸氏も曲が耳に残って以下は読めなかったなんてことがなければよいが。

商学部も,経済学部に引き続いて正規収録の対象は無し。ただし,こちらは際どいものが2つあるので,対象外とした理由とともに書いておく。一つめは,1905年結成のアメリカ初の産業別労働組合の連合,というヒントから答えは世界産業労働者同盟(IWW)。これは用語集頻度,任りぎり範囲内。もう一つ,19世紀末のアメリカで投資銀行業の独占資本となった,というヒントから導くモーガン(モルガン)は,用語集が拾っていないが,実教出版の教科書に記載があり,資料集でも掲載されているものが多いので対象外とした。独占資本の具体的な企業名は,一時期全く出なくなったが,最近はまたちょっと出だした印象。極めてどうでもいいが,このモーガンの誤答用選択肢に「メロン」とあってちょっと笑ってしまった。まず受験生はメロン財閥を知らないと思う。


1.慶應大 文学部
<種別>難問・悪文
<問題>1 (編註:アフリカーナーが)1852年に建国した( F )内で金鉱をめぐる対立などを引き金に南アフリカ戦争が勃発すると,イギリスは南アフリカとヨーロッパを結ぶ海底電信ケーブル経由の通信に対する検閲を課した。

<解答解説>
商学部・経済学部とつないできた慶大良問リレーを見事にぶった切ったのが文学部であった。例によって慶大の文学部は範囲内なら重箱の隅でもOKと思っている節があるので,デジタルに言えば範囲内であってもさすがにひどいと思われるものをピックアップして正式収録対象とした。本問の場合,オレンジ自由国とトランスヴァール共和国を区別する手がかりが実質的に建国年しかないというのが苛酷である。1852年がトランスヴァール共和国,1854年がオレンジ自由国であるので,この場合の正解は前者になる。一応,トランスヴァール共和国では金鉱とダイヤモンド鉱の両方が発見されているが,オレンジ自由国ではダイヤモンド鉱のみであるので,問題文中の「金鉱をめぐる対立」でもトランスヴァール共和国が正解と絞れるが,そこを覚えてきた受験生は極わずかであろう。

ところで,「( F )内で金鉱をめぐる対立などを引き金に南アフリカ戦争が勃発する」は意味が複数にとれる悪文で,「( F )内で」が「戦争が勃発する」に係ると読むと,南アフリカ戦争はトランスヴァール共和国内での内戦ということになってしまい,当然そんな戦争は無いので空欄Fは出題ミスになる。「( F )内での」としておけば意味が一義に定まるので問題なかった。


2.慶應大 文学部(2つめ)
<種別>難問
<問題>1 設問(2) 下線部(2)に関連して(編註:インド大反乱),反乱側が擁立したムガル皇帝の名前を記しなさい。

<解答解説>
受験世界史名物,「最後の人物」シリーズ。一応,用語集に記載があるので完全な範囲外ではないし,早慶対策としてはよく出てくるが,冷静に考えてこれを収録対象外にするのは感覚が麻痺している気がしてきたので,収録とした。正解はバハードゥル=シャー2世。早慶対策としてはよく出てくるだけに,実際の正解率が気になる。


3.慶應大 文学部(3つめ)
<種別>難問
<問題>2 設問(1) あるローマの歴史家は,妻の父アグリコラが一時ブリタニアの属州総督を務めていたことから,征服直後のブリタニアの詳細な記述を残している。この歴史家は誰か。

<解答解説>
正解はタキトゥス。一応,帝政ローマ期の歴史家で範囲内の人物というとタキトゥスとプルタルコスくらいしかおらず,プルタルコスはギリシア人だからブリタニア属州に赴任する岳父はもっていないだろうという推測を立てられれば正解にたどり着ける。が,その発想を受験生に要求するのは酷であろう。なお,本問に見覚えがある人は受験世界史難問マニアと言っていい。実は2018年の早稲田大・政経学部で,このタキトゥスが岳父のブリタニア赴任の記録を残したが,その書名は何かという問題を出している(これの18番を参照)。早大の政経学部の過去問くらい参照してるでしょ? という意味合いで出題したのだとしたらすごい度胸だが,客層が重なっていないのではという疑念も。知らずに重なってしまった可能性の方が高いと思われる。


4.慶應大 文学部(4つめ)
<種別>難問
<問題>3 設問(4) イングランド北部ヨークシャーの炭鉱地帯に位置し,19世紀に製鉄業で発展した工業都市はどこか。この地は中世の時代から刃物で有名で,チョーサーの『カンタベリ物語』にもここで作られたナイフが登場する。

<解答解説>
正解はシェフィールド。2016年に明治大学が出題したことがあるが(拙著2巻のp.187,2016その他40番),超難問と評してよいだろう。拙著が受験勉強の参考になって“しまった”事例。なお,試しに「シェフィールド」で画像検索してみると予想通り大変なことに……


その他の収録対象外とした難問として,英領インド総督の別称としての「インド副王」。イブン=バットゥータが訪れた現在のケニア最大の港市であるモンバサ。イギリス七王国を統一したエグバートの出身王国であるウェセックス。イングランド北部の湖水地方で活動した詩人ワーズワース(なお,用語集には「スコットランド」とあるがこれは用語集の誤り)。中世末の毛織物産業の都市にしてカール5世の生誕地のヘント(ガン)。16世紀にオランダに移住した改宗ユダヤ人の出身地としてのイベリア半島。これらは一応範囲内で,かつインド副王以外はみっちり早慶対策をやってきた受験生なら解答できてもおかしくないと思われる。インド副王は迷ったが,意外と教科書本文に記述があったので避けた。が,大部分の受験生にはできないと思われ,平均点は低そう。


字数のバランス調整のため,8つもある法学部のみ明日の更新に掲載。

この記事へのコメント
更新お疲れ様です。
毎年楽しみに閲覧しています。今年は自身が受験生な事もありより期待して閲覧させて頂いております。

一橋が今年はかなりの易問だったので、国立最凶がどこの大学か、今から楽しみです。
Posted by 通りすがりの受験生 at 2019年03月15日 21:17
今年早稲田に合格を頂いたものです。慶応文学部も受けたのですが、得意の世界史で思うように取れず落ちてしまいました。
コンゴ動乱関係でカタンガ州を書かせるものがありましたが、それも難問ではないでしょうか。
Posted by L at 2019年03月16日 00:55
コメントありがとうございます。

>通りすがりの受験生さん
まだ千葉大の問題を見ていないので決めきれないですね。
ただ,何の話題にもなっていないので特に変な問題ではなかったのではないかと思います。
自分が見た中で一番荒れてたのは名古屋大ですね。

>Lさん
カタンガ州もマイナーな部類の用語に入り,難しいと思います。
用語集で言及があり(旧課程だと項目が立っています),かつ早慶上智対策ではかなり出てくる用語なので,同じような条件ですが,比較するとインド副王やバハードゥル=シャー2世よりはマシかなと。
ただ,ワーズワースやウェセックスくらいには難しいので,「収録対象外とした難問」には並べてよいですね。そこから漏れてるのは単純に忘れていただけです。
Posted by DG-Law at 2019年03月16日 04:31
昨年ムーミン騒動について検索しているうちにここにたどり着いて
過去年度のこの企画を拝見して今年度を心待ちにしていた者です

大学受験は20年以上前で世界史選択の理系でしたが世界史は超苦手科目で
センターでも5割程度しか取れませんでした
そんな当方でも楽しめるこの企画続きを期待しております

解答が発表されるようになったという事は出題ミスの言い訳がしにくくなって
受験としてはいい方向ですね

# 上智番外編は夜中に声上げて笑いました←
Posted by 11pm at 2019年03月16日 10:21
 今年の更新も楽しみにしておりました。
 七番については、日本語が分かりにくいという点で悪問でもよいかと思います。
 ちなみに、今年は、天皇陛下の生前退位があるので、天皇陛下関連で、国賓として対応したことのあるハイレセラシエ関係も来るかと思ってましたね。国名も出さずに文章と日付だけから推測させるエスパー要請系の問題ならあると期待してました。
 私立の解答公表で、より制度が比べやすくなりましたね。よいことだと思います
Posted by かっつん at 2019年03月16日 15:25
今年慶應法に合格した者ですが、今年の慶應法の世界史は難問が多かった印象です。カレリア地方とかイングーシ人とか「どこやねん」「誰やねん」と試験中イラついてました。
試験後終わってすぐ「ここのブログでいろいろ言われるだろうなー」って思いましたww
Posted by ぱっとん at 2019年03月16日 16:28
>11pmさん
出題ミスの言い訳がしにくくなったと思いきや,慶大の理工学部が物理で出題ミスをごまかす公式解答例を出していて,理系界隈ではかなり物議を醸していたようです。
理系は理系で難しいですね。

上智の番外編は笑いますよね。悪問ではないだけに素直に笑わせてくれますね。


>かっつんさん
上智の7番はやっぱりそうなりますかね。
天皇陛下の生前退位関連の問題は世界史だとあまり見ませんでした。むしろ上智1番のようなパリ講和会議関連のものはやはりそれなりに見たかなと。
あとは流行りで言えば女性史でしたね。


>ぱっとんさん
まずは合格おめでとうございます。
今日の更新分になりますが,素直にめちゃくちゃ怒ってます。
あれはひどいですよ。難問なだけならまだいいですが,出題ミスや悪問もありますし。
Posted by DG-Law at 2019年03月16日 17:59