2019年04月26日

無釉ゆえの美,備前焼

備前焼国立近代美術館工芸館の備前焼展に行ってきた。備前焼は室町以前から日本で栄えていた窯業地の六古窯の一つで,私は基本的に磁器の方が好きで,なんとなれば金襴手や初代宮川香山が好きだったりするので好みから言えば正反対に近いが,不思議と備前焼の緋襷は魅力的に感じる。その辺の好みの再確認も兼ねている。

普通,陶器と言えば粘土に釉薬をかけて焼成するものであるが,備前焼は基本的に釉薬を使わない。すると当然吸水性が高くなってしまい水漏れの原因になり,まさにここが土器と陶器の違いになるところだが,備前焼の場合は土が特殊であることに加えて磁器並みの高温で焼成するため,固く焼き締まって陶器並の吸水性を持つ。こうした無釉の陶磁器を陶器・土器のいずれにも分類しない場合,Т錙淵好函璽鵐ΕД◆砲噺討屬,それほどメジャーな分類ではない。本展覧会でも使われていなかったと思う。私は好きな分類だが……というよりも釉薬をかけないのに陶器に分類されるのが嫌なのかも。なお,Т鐚体は備前焼に限定されるわけではなく,日本の他の古窯や西欧の窯業でも見られる。

Т錣量ノ呂鰐去悗任△襪ゆえにざらっとした表面が残り,野性的な趣がありつつも,土器のように素朴すぎない点にあると思う。特に備前焼は緋襷と呼ばれる強い緋色の独特の装飾法を持つ。これがまるでまだ熱を帯びているかのような鮮烈な緋色で,Т錣領篭さとよく調和している。本展のサブタイトルの「土と炎から生まれる造形美」というのはまさにその通りというか,一見するとそれはどの陶磁器でも言えることでは,と思ってしまうのだが,ここに無釉であるというニュアンスを感じると非常に納得感が増す。館内で流れていた映像でも,作家たちが備前焼の無釉であること,あくまで土と炎だけで造形していることに強いアイデンティティを抱いていることが伝わってきた。本来の趣味ではない私がこれだけ感動したのは,無釉のアイデンティティを活かした創意のためだと思う。つまるところ,私にとって陶磁器とは土と創意の融合であってほしいものらしい。

本展は古窯としての備前焼から現代までの歴史を,やや現代の比重が重いものの,一通り堪能できる。生活雑器を量産するという古窯の役目から次第に創意が強まっていき,戦国・安土桃山時代に茶の湯と合流して,茶道具の生産を始める。江戸時代中頃には生活雑器の量産に回帰したが,20世紀になって近現代の作家により桃山時代の研究が始まり,近代陶芸としての備前焼がここにスタートする。これまた私としては意外なことに,現代の作家の作品の方が好みかもしれない。アイデンティティに自覚的な分,備前焼らしさが全面に出てるのが良いのかもしれない。そうそう,現代作家の作品と言えば,従来の特殊な粘土の資源枯渇を憂いで,普段捨てているような土を混ぜ合わせた混淆土を開発している人がいて,やはり粘土も枯渇するのだなと,当然ながら普段あまり意識しないことに気付かされた。

そういえば楽焼のときも似たような感想だったので,そういうものかも。これが西洋の磁器だと「うーん,自分は19世紀のものがいいな」となるので違いがある。国立近代美術館は,前の楽焼も今回の備前焼も大変良かったので,またどこか通史で展示できそうな窯業地を拾って企画してほしい。


ところで突然全く話が変わるが,アイドルマスターシンデレラガールズに登場するアイドルの一人の藤原肇さんは岡山出身で趣味が陶芸であるので,備前焼関係者からにわかに注目を集めている。そこにある通り,藤原肇という名前自体が備前焼に拠っている。祖父が陶芸家らしいのだが,どう考えても人間国宝の父子の藤原啓・藤原雄がモデル,あるいはその親族のような設定ですやん……というわけで,完全に藤原肇を感じることができる展覧会となっているので藤原肇Pは必ず行くこと。会期はゴールデンウィーク中まで。

この記事へのコメント
見てきました。自分は桟切の群青に惹かれるものがありました。
実家が岡山(備中ですが)で、30年以上前には子供のひねった器にも火襷をかけて焼いてくれたりしたものです。貴重な粘土をそんなところで使ってしまったのかと、申し訳ない気になりました。
そして、重要文化財・旧近衛師団司令部庁舎という場も佳い空気をまとっていたように思います。
Posted by みなもと at 2019年04月27日 19:42
窯業の盛んな土地って陶芸体験を観光資源にしているイメージがあるので、資源は有限にせよ枯渇の心配は基本的に無いイメージでした。なので、今回の展示でそういう記述があったのは驚きでしたね。

工芸館の方って本館ほど行く機会が無いんですが、良い建物ですよね。展示スペースが狭いのが難点ですね。
Posted by DG-Law at 2019年04月28日 10:57