女優の大原麗子が、東京都世田谷区内の自宅の寝室にて62歳で死亡しているのを、
数日前から連絡がとれなくなったのを不審に思った
彼女の弟から連絡を受けた警視庁の警察官が発見した。
遺体の状況から死後2週間が経過していたとみられることから、
7月中には既に死亡していたかもしれないことに
誰も気付けなかったのかと思ってしまう。

大原の死因は現時点で不明だが、後述するギラン・バレー症候群を長年患っており、
体力の衰退が進行していたという。
昨年11月にはこの病気が基で自宅ガレージにて右手首を骨折し、
膝を打撲する重傷を負っていた。

大原は1946年11月13日に生まれ、北豊島高等学校を卒業している。
1964年にNHKドラマ『幸福試験』にて女優デビューし、
翌1965年に東映に入社してからは、『孤独の賭け』で映画に初出演し、
以後多くの映画やドラマに出演し、
1989年のNHK大河ドラマ『春日局』では主演を務めた。
また、天皇陛下即位の礼のナレーションも務めたり、
ヴァラエティ番組にも出演していたこともあった。
サントリーレッドのCMにおいて、
彼女の発した「すこし愛して、長〜く愛して」の台詞が流行語となった。
私生活では、俳優の渡瀬恒彦や歌手の森進一と2度の結婚・離婚歴がある。

大原は長年、急に手足に力が入らなくなる運動神経障害である
"ギラン・バレー症候群"を患い、発症後1年間芸能活動を休止し、
一旦仕事に復帰してはまた休養する状況だった。
この病気は大原の他にも、俳優や政治家、プロアスリート等が罹患しており、
年間発病率は10万人あたり1〜2人程度とされている。(参照)
昨年秋のインタヴューで大原は、"同じ病気の方が怖がるから"と語り、
ひっそりと闘病していたように想像されるが、
寂寥感に見舞われることはなかっただろうか。

わたしは大原をテレビで見たのは、確かほんの数回しかなかったように思う。
彼女が出演する筈もないだろうと思ったヴァラエティ番組に出演していたのを見て、
少々驚いた記憶がある程度だ。

大原は長く愛されるより、泡沫の時代に愛されていったような気がしてきた。