本日7月24日正午に44都道府県で地上波テレビのアナログ放送が終了し、
12時間は青背景の終了画面のみが表示され、
25日午前0時には電波送信も停止され、あの砂嵐画面が延々と続くことになる訳だ。
東日本大震災で特に甚大な被害を受けた岩手県、宮城県、福島県は、
来年3月31日まで完全移行が延期されるが、
それでもあと8ヶ月の間に生活の復旧と共に、
再度地デジ化が進行することができるのか極めて疑問だ。
CATV回線を経由してテレビを視聴していれば、「デジアナ」変換により、
今後3〜5年は引き続きアナログ放送を視聴することができる。

地デジ移行に伴い、最大8桁のGコードの表示が、
本日付の朝刊より新聞のテレビ欄から消滅している。
地デジ放送を視聴するには、地デジ対応テレビや、
アナログテレビに取り付けるためのチューナーを購入するのみならず、
アンテナもUHF対応にしなければならず、
只でさえ家計が火の車状態の世帯があまりにも多い中、
多額の出費を強制させている日本政府の悪辣ぶりに、
改めて戦慄と憤慨の念を覚える次第だ。

総務省の統計では、10万世帯が「地デジ難民」化するとされているが、
80代の世帯主の世帯が統計から除外されている点等を考慮すれば、
実際はその数倍もの世帯が地デジ難民化するのではないかと推察している。
また、生活保護受給世帯等の弱者対策が後手後手に回り、
完全に日本政府の不作為によって難民化させられているとしか思えないのだ。
市町村役場に臨時の対応窓口を設置したり、
地デジのコールセンターの体勢を強化したりしようが、
「テレビが映らなくなった」とパニックになる者が続出するに違いない。

今月に入ってからアナログ放送終了カウントダウンが大々的に表示され、
視聴者の苦情を買っていたのだが、
政府はどこまで視聴者の実情を無視した対処をすれば気が済むのか。

1953年に日本でアナログ放送が開始された際はまだモノクロ画面だった。
1959年に後に今上天皇となる皇太子が美智子さまと成婚し、
「ミッチーブーム」が起きた頃からカラー放送が開始され、
J.F.ケネディの暗殺や東京オリンピックの頃から、
日本の家庭においてテレビが相当な普及を見せるようになる。

1998年に視聴者代表も含んだ当時の郵政省の「地上デジタル懇話会」にて、
アナログ放送停波時期について、
「世帯普及率が85%に達した段階で決める」と合意されたのにも関わらず、
2001年の電波法改定により、
10年後の今年のアナログ停波を僅か約2時間の国会審議の末に、
懇話会の合意を蹂躙する形で強行されたという。

そして、2003年12月に最初に首都圏、中京圏、近畿から
地上デジタル放送が開始され、徐々に範囲を全国に拡大させたが、
沖縄県先島諸島では2009年10月にようやく開始されている。(参照)

大量の地デジ難民の発生の危機をメディアは煽るが、
ここ数年のテレビ番組の傾向にも関わる問題まで行き当たる。
地デジ化に関わる莫大な費用が嵩んでテレビ局の経営が逼迫し、
広告収入の減少と相俟って番組制作費用まで削減せざるを得なくなり、
その影響で番組の質の低下を招き、
それに辟易した視聴者からテレビ離れが深刻化しているという負の連鎖に繋がり、
テレビを観ない方が心の健康にも役立つとの言説まで誕生している。
テレビのみならず新聞までも、国民の利益に適う情報を流さないどころか、
政府や権力側の意向を受けた情報ばかりを流し、それを真に受ける者と、
インターネットも駆使して自ら情報を咀嚼する能力を身に着けた者との間で、
情報格差が拡大している状態にまで発展している程だ。

最後までアナログテレビを買い替えず、
砂嵐画面が支配するのを見届けたいという者も多いだろう。
その瞬間からテレビ生活を卒業すると決意を固めた者もまた多かろう。
如何せん、テレビがなくてもインターネットを媒介に、
充分な情報を収集することが可能だと、現代人自身が証明しているのだ。

地デジ化に伴う問題の一端として、
地デジテレビに買い替えた際に不要になったアナログテレビが、
大量に不法投棄されている事実も看過できない。
7月22日付の北陸中日新聞の記事によると、アナログテレビの不法投棄の台数は、
石川県が2008年度357台から2009年度に485台に急増、2010年度は479台で推移し、
富山県が2008年度290台→2009年度384台→2010年度367台と高止まりしている。
あくまで2県のみの統計なのだが、大都市圏になれば更に多いのではないか。
家電リサイクル法では、テレビの処分に数千円の代金が必要になるが、
不法投棄されたテレビのリサイクル代金は、処分する自治体が負担することになり、
結局我々の税金がこうした形で使用されているのだ。

テレビのみならず家電製品の不法投棄をする者は、
環境破壊に加担し、行政が対応させられている点に些かも気付かないのか。
地デジ化を巡る問題として、今後も考察する必要がある。

こうした論考に続き、我が家の地デジ化の経緯も纏めてみよう。
わたしの部屋のかつてのアナログテレビは、
京都の親戚の家から引き取った29型の4:3画面のものだったが、
2007年3月に突如映らなくなり、
数日後に自宅近くの電気店で26型の地デジ対応液晶テレビを、
父親の金で購入したのだが、その時に能登半島地震が発生し、
被災地の状況が大々的にテレビ画面を通じて報道されていた。
東日本大震災が起きた今年2011年にアナログ停波という訳で、
テレビの役割について良くも悪くも取り沙汰されている中、
わたしは改めて2007年当時の様子が鮮明に思い出された。

メインの部屋と寝室のテレビはその後もアナログのままだったが、
2010年1月にそれぞれ40型と20型に買い替わっている。
同時にブルーレイレコーダーもメインの部屋に導入されて以来、
わたしの両親は地上波やBSで放映される韓国ドラマに、
狂乱する程熱中するようになり、わたしを呆然とさせているのだ。
それでも我が両親の思考は依然として守旧的であり、
わたしの些か急進的ともいえる思考との断絶もより鮮明に炙り出された。

数年の間にわたしはヴァラエティやニュース番組に拒否反応を示し、
スポーツ中継やまともなドキュメンタリーを観れば充分という考えに変わるも、
どうやら完全にテレビを拒絶することはできなさそうなのが、
自分自身も些か残念なところだ。