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非正規レジスタンス/石田衣良4

非正規レジスタンス―池袋ウエストゲートパーク〈8〉
非正規レジスタンス―池袋ウエストゲートパーク〈8〉

 『非正規レジスタンス』は「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの第8巻に当たる。
 「千川フォールアウト・マザー」「池袋クリンナップス」「定年ブルドッグ」「非正規レジスタンス」の四短編を収録。
 「千川フォールアウト・マザー」は幼い子連れの母親が、遣り手の風俗スカウトの口車に乗せられそうになるのをマコトが助ける。「池袋クリンナップス」は米国大学での御曹司が池袋で清掃ボランティアを始めたのを手伝うのだが、その御曹司が誘拐され、開発会社を運営する大金持ちの父親に脅迫電話がかかってくる。「定年ブルドッグ」は具合の悪い写真を撮られて脅迫された少女が、父親に知られないよう事件を解決したい、と依頼してくる。
 以上三編の物語の合間に、著者がマコトの言葉を借りて語るのは、現代日本に広がりつつある階層格差の話題だ。一億総中流社会などと言われたのはもう過去の話。じわりと広がる階級格差の問題を真正面から取り上げたのが最後の短編『非正規レジスタンス』だ。
 派遣社員、パート、契約社員など、名前はどうでもよい。ひつくるめて「非正規社員」というわけだ。その労働実態、給与の低さ、それを許している社会体制を鋭く批判する姿勢に貫かれている。
 
 いつの間にこのような労働実態が恒常化されてしまったのか…。
 某金融機関に勤務していたぼくが、関連会社に転籍したのは5年ほど前になる。本体ではやりにくい後ろ向きの仕事、不良債権の回収を請け負う仕事を、関連子会社にやらせよう、という発想は理解できる。中高年の専門的な知識を生かして仕事を請け負ってもらう、という出発点はよかった。
 職務内容は本体の銀行よりもずっと深い専門的知識を要求される高度な仕事だが、この仕事の内容をよく知っているのは、金融機関出身のごく一部の中間管理職であり、これを中途採用の中高年社員、派遣社員、契約社員が支えている。彼らは専門的知識などろくに持っていない、安価な労働力だ。
 働かされている人たちも気の毒だが、ミスを許されない仕事だけに中間管理職の負担はきわめて大きい。給与が高いならわかるが、転籍したときに従来の6割り程度に減額されている。
 質の高い仕事などとうてい望めない体制なのだ。

 上の例は、非正規社員を利用した社会的な搾取の体制がどうできあがっているのか、それを例示するつもりであげた。
 では正規社員の労働実態はどうなのか。正規社員として採用されたらサービス残業でくたくたになって病気になった、という話、管理職なんて名ばかりで、残業の付かない労働者に過ぎないという例をよく聞く。『非正規レジスタンス』はこの点も見逃してはいない。
 資本主義の体制は、運用の仕方を誤れば大きな社会的不公正を助長する。いまの日本はあきらかにそういう方向へ向かっている。自民党が大敗したのは当然の帰結と思われるが、この方向が修正できるかどうかははなはだ不透明だ。

赤い竪琴/津原泰水4

赤い竪琴 (創元推理文庫)
赤い竪琴 (創元推理文庫)


 変わったレストランだった。見知らぬ料理名はルーマニア風欧州料理ということらしい。月に2回古楽器の室内楽が演奏され、今晩はその日に当たっている。
 暁子がここへやってきたのは、祖母の遺品から出てきたぼろぼろの大学ノートを、その孫の男に手渡すためだった。詩人寒川玄児は、船員として乗り込んでいた船が日本軍に徴用され、軍事物資を輸送中に南方の海に沈んだ。知っている人は知っているという程度の詩人らしいが、玄児は妻ではなく祖母に日記とノートを託したのだ。
 孫は古楽器の修理職人らしい。ここで演奏会があるときには演奏仲間の友人たちに付き合って出てくるというので、暁子は雑誌のデザインの仕事を終わらせてから吉祥寺まで出てきた。
 だが、ようやく店にやってきた寒川の孫耿介は無愛想この上ない。暁子に対しても、まるで「何しに来た?」と言わんばかりの態度だった。
 この耿介に、暁子は惹かれてしまう。

 どんな小説家といえば、風変わりな恋愛小説としかいいようのないこの物語が、どうして創元推理文庫に入っているかというのなら、それは著者が津原泰水さんだからだろう。
 津原泰水という作家さんのことは、ブログ「本のある生活」の june さんから教えていただいた。
 最初に読んだのは『綺譚集』、次が『蘆屋家の崩壊』で、どちらもホラーとシュルレアリスムのあいだをいくような不思議な作風だった。ところが、三番目が『ブラバン』だ。高校時代半分、現代が半分くらいのウエイトの物語だが、学生時代のことを描いた青春小説としてもかなりよい出来だった。
 才能があり、器用な作家さんなのだ。
 本書は純文学風といでもいおうか。主人公の暁子はグラフィック・デザイナーの仕事に行き詰まりを感じていて、自分でもそれをどう処理してよいかわからないでいる。そんなところへ耿介との関わり合いが出きてしまう。「あの男とはやめておいたほうが…」という忠告もあるのだが、どうしようもなく惹かれてしまうのだ。男に振り回されながらも、やめることのできない大人の恋。
 最初はとっつきにくいけれど、読み出すと途中では止められない。
 (イタリア・バロックの古楽器演奏を聴いたことのある方は、よりいっそう理解が深まるかも知れません)

大開港展/横浜美術館 〜 2009.11.23まで4

大開港展表表紙160大開港展裏表紙160


 横浜美術館「大開港展」のトップページがペーター・B.W.ハイネの「ペルリ提督横浜上陸の図」なので「なんだ、またか! 」と、あまり見に行く気になりませんでした。開港記念ということで、ハイネの絵のように「歴史的遺品ではあるけれど、美術品としてはどうも…」というものがたくさん並んでいて、あまりおもしろ味がない展示を予想していました。
 いやあ、見に行ってよかった!!
 第一展示室のトップが狩野晴川院養信の屏風絵で、ほかにも養信が歴代の将軍を描いた絵が並んでいます。江戸時代末期の御用絵師ということなのですが、まったくおもしろくない。御用絵師が記録用、装飾用やお祝い用に描いた絵というのは、どうしてこんなにつまらないのだろう。
 そんなふうにして、見てまわり始めたのですが、天璋院篤姫や、降嫁した和宮内親王が使っていた調度品や飾り物が並び始めた辺りから、これはすごいな、と思い始めました。江戸時代末期の工芸品の水準の高さに目を奪われます。
 そして、いよいよ開港。
 びっくりしたのは明治初期の輸出用工芸品です。芝山蒔絵とか、森村組の陶芸品とか…、職人を集め、いくつもの和の工芸技術を寄せ集め、西欧の人々に好まれそう、いわゆる売れそうな工芸美術品を創り出し、それで一儲けしようとした人たちがいたのですね。必ずしも品のよい芸術品とは言い切れませんけれど、きわめて高い技術力、そして商人のブロデュース力を感じます。ちなみに、森村組というのは現リリタケのことだそうです。このような品々をいったいどこから集めてきたのか、と思って調べると、個人や聞いたこともないような会社のコレクションから出てきています。しっかり集めているコレクターさんがいらっしゃるのですね。
 そして、やがて明治政府は文化政策として明治23年に帝室技芸員という制度を始めたそうです。宮内大臣により任命された選択委員により作家が推薦され、帝室博物館館長の招集した会議によって任命される。定員は25名で、年金の他に下命された制作に対しては制作費が受給されたのだ、とか。
 これらの人たちの絵画や制作工芸品がまた見事です。岸竹堂の「猛虎図」、今尾影年の「四時花木群蟲図」などにはまたまた驚かされました。こんな品々がいったいどこから出てくるのか。滋賀県立美術館、京都文化博物館、清水三年坂美術館など、地方にはこのような名品を所蔵している美術館があるんですねぇ。
 最後が横浜三溪園を創った原三溪(生糸輸出で儲けた実業家)がバックアップした芸術家たちの作品。これは横浜美術館が収集しているので、ぼくもよく知っている方たち、下村観山、今村紫紅、安田靫彦らの作品でした。

コミック 昭和史〈第7巻〉講和から復興/水木しげる4

コミック 昭和史〈第7巻〉講和から復興 (講談社文庫)
コミック 昭和史〈第7巻〉講和から復興 (講談社文庫)

 水木しげるさんの『コミック昭和史』第7巻の副題は「講和から復興」だ。昭和25年から42年頃までを扱っている。ぼくが生まれてから高校生頃までということで、ある程度の記憶もある。
 昭和史もおもしろいが、読者の興味をひくのは水木しげるさんの極貧生活だ。貸本が売れなくなって雑誌の連載を始めるわけだが、そのあたりになると白戸三平さん、つげ義春さんなど、知っている名前も多く登場してくる。昭和40年頃から「テレビくん」「墓場の鬼太郎」などヒットが出て、アシスタントを使うようになり、生活が楽になった、はずだった。
 たしかに経済的には楽になったが、今度は時間がなくて身体を壊す。アシスタントを使うのにもかなり気を遣い、苦労は絶えないらしい。とことん身体を酷使し、倒れてしまってから戦友と出会う。7巻のラストではようやく休暇をとって、戦友たちと共に30年ぶりにラバウルへと向かう。
 第二の故郷のような感覚なのだろうか。当時世話になった村では「よく来てくれた」と歓迎されるのだ。
 数ヶ月前に見たテレビ番組では、水木しげるさんは毎年のように南方の昔の戦地へ出かけているということだった。

グラーグ57/トム・ロブ・スミス5

グラーグ57〈上〉 (新潮文庫) グラーグ57〈下〉 (新潮文庫)
グラーグ57〈上下〉 (新潮文庫)

 国家保安省(KGB)の捜査官レオ・デミドフは、失脚を覚悟して幼児連続殺人事件を解決し、念願のモスクワ殺人課を創設した(前作『チャイルド44』を参照)。国家のためにと自らの良心を抑え込み、収容所に送り込んだ大勢の者たち以上に、少しでも本物の極悪人を逮捕できればよい、という贖罪の気持ちがあったのだ。彼が殺した政治犯の娘姉妹を養女としていたが、だが、長女のゾーヤはレオを憎み、一向に心を開こうとはしない。
 折しも、ソビエト連邦の体制は大きな転換期を迎えていた。
 フルシチョフが激烈なスターリン批判を展開した。投獄されていた者たちは続々と釈放され、かつての捜査官や密告者たちへの圧力が強まっていた。レオの元の同僚たちにも、過激なテロの魔手が伸びてきた。政治体制の変動に戸惑い、揉まれながら、ふたたびレオの戦いが始まる。

 題名の『グラーグ57』というのは、第57強制労働収容所だ。
 レオはグラーグ57に潜入する。テロ組織から組織や彼自身の家族を守るために、上司の承認の元に政治犯のラーザリを脱出させる、それが目的だった。だが、次から次へと不測の事態が発生していく…。
 
 トム・ロブ・スミスの小説はおもしろいのだが、うかつに感情移入すると主人公と共に苦しむことになる。前作の『チャイルド44』でそれがわかっていから、本作は十分な余裕ができるまで読まないようにしようと思っていた。だが、ブログ「本だけ読んで暮らせたら」の nanika さんの推薦でついつい手を付けてしまった。
 やはりつらかった。よくまあ次から次へと主人公を虐めてくれると思う。不屈のレオはそれをはね除けて生き残る。だからおもしろいのだけれど、読者はしばらくのあいだレオと共に苦しまねばならない。そうはいっても、前作『チャイルド44』よりは、陰湿さが引っ込み、アクションが多くなるので、その分だけ読みやすくなっている印象を受けた。
 下巻に突入すると、途中中断がかなり難しくなる。睡眠不足にご用心!

さよならの次に来る/似鳥鶏4

さよならの次にくる <卒業式編> (創元推理文庫) さよならの次にくる<新学期編> (創元推理文庫)

 僕は某市立高校の美術部長、といっても部員は僕一人しかいない。軽く見られているのか、頼りにされているのか、演劇部からよく誘いがかかり、背景だの照明だのと手伝わされる。何かとおかしな相談事を持ち込んでくる生徒もいる。僕に頼めば解決してもらえる、という評判ができてしまったらしい。
 僕だって頑張ってはいるのだが、わけがわからなくなれば高三の先輩伊神さんに相談するしかない。おもしろいことがあればすぐにでも飛んでくるけれど、つまらないと思ったら相手にしてくれない。
 伊神さんを見習って、いつもいい線までは行くのだけれど、僕はここぞというひらめきが足りないらしい。演劇部長の柳瀬沙織さんは僕を信頼してくれているようだけれど…。

 …というような学園ミステリ。名探偵役の伊神さんが卒業する「卒業式編」と伊神さんがいなくなって僕(葉山君)が名(迷)探偵ぶりを発揮する「新学期編」の二冊セットだが、連作短編のようでいながら、しっかりと繋がっていて、これはどうなることやら…、と読者の興味をつなぎ、なかなか読ませ。僕(葉山君)はいわばワトスン役なのだけれど、そこそこ頭が切れるし、行動力もある。それでも伊神さんにはかなわない。その伊神先輩自体の存在が大きな謎となるのが「卒業式編」だ。

 なかなかよい味を出している。米澤穂積さんが学園ミステリを得意としているが、高校生物としてはこちらの似鳥鶏さんの小説のほうが雰囲気がよく出ていて好ましい。この二冊の前に、同じ登場人物たちを主人公にした『理由あって冬に出る』というミステリがあるらしく、そちらがデビュー作らしいが、この二冊セットはこちらだけでもしっかり楽しめる。

あめふらし/長野まゆみ4

あめふらし (文春文庫)
あめふらし (文春文庫)

 市村はウヅマキ商會の橘河社長から得体の知れないアルバイトを引き受けた。ウヅマキ商會というのは何でも引き受ける何でも屋なのだが、舞い込む依頼はおかしなものばかり。今回も橘河から命じられたのは「蛇をつかまえにゆくからそれなりの身じたくをしてこいよ」ということだった。
 訪問先はどうどたる邸宅だったが、結婚式があるらしい。
 「蛇は家の中にいるのですか」
 「ああ、そういうことだよ」というのはよかったが、
 「それじゃまず風呂に入ってもらおうか」という。話がおかしいが、押し切られてもうもうと乳白色の湯気の立つ風呂に入っていると、「脱皮がどうのこうの…」と風呂の中で女が話しているのが聞こえる…。
 とまあ、こんなような展開なのだ。
 自分はまともだと信じている市川だが、主人公の彼もどうやらまともな人間ではないようだ。
 ボスの橘河は、人間とそうでないものとの境い目で起きる困った事件を商売にしていて、市川やら、先輩の仲村やら、怪しげな社員を使いこなし、問題解決を請け負っては金儲けをしている。いいように使われて、妙な展開に巻き込まれ、右往左往する市川だが、ふつうだったら気が狂いそうな展開にもけっこう動じずについていけるのは、結局この男もふつうの人間ではないからなのだった。

 連作短編の形式になっていて、おもしろく読める。読み進めていけば著者長崎まゆみさんの紡いだ世界が少しずつ見えてくる。もともと細部をおろそかにはしない人で、そうして気づいた独特の世界を売り物にしてきた方だ。『天然理科少年』とか『少年アリス』『鉱石倶楽部』など、これまでの世界をぽんと放り出して、どうやらまったく異なる世界を築くことにしたらしい。そして、こちらの新しい世界もまた、異様なリアリティで迫ってくる独特のものなのだった。
 目次を並べてみるので、どんな世界なのかを想像してみて欲しい。これは読んでいただかない限り伝わらないとは思うけれど、方向性の手掛かりはつかんでいただけるだろう。
 目次 : 空蝉、蛻(もぬけ)のから、こうもり、やどかり、うろこ、わたつみ、かげろう、雨宿。そして本書の題名は『あめふらし』だ。

A10奪還チーム 出動せよ/スティーヴン・L・トンプスン5

A‐10奪還チーム出動せよ (ハヤカワ文庫 NV ト)
A‐10奪還チーム出動せよ (ハヤカワ文庫 NV ト)

 第二次大戦後、じつは米ソ間では秘密協定が結ばれていた。米軍とソ連軍が、それぞれ相手の支配地域内に軍事連絡部を設置することが認められており、軍事連絡部内ではまったく相手側の治外法権が成立していたほか、軍事連絡部の米軍は東ドイツ国内を、ソ連軍は西ドイツ国内を、自由に動き回ることができた。
 軍事面で兵器開発に遅れをとっていたソ連軍は、米軍機に誘導攪乱電波を送り、たびたび東ドイツ内に誘導し、強制着陸させては米軍機を捕獲していたが、米軍は軍事連絡部から奪還チームを派遣し、軍事機密やパイロットなどの人員を東ドイツ・ソ連軍から奪還しては、東ベルリン内の軍事連絡部内に収容し、米軍の軍事機密・人員の安全を確保していた。
 両陣営の対決は、冷戦下のルールに従って行われ、さまざまな制約に縛られてはいた。米軍は自軍のパイロットを奪還することはできたが、東ベルリン国民を脱出させることは厳しく禁じられていたし、双方とも相手側に向けて銃器を発射し、殺し合いを行うことも禁じられていた。だが、双方がそれぞれ国家の威信をかけて対決していることには、なんら変わりはなかったのである。

 「そんなばかな!」と思うほどに荒唐無稽な設定に思えるのだが、評論家関口苑生氏の調べでは事実であったことが証明されているそうだ。それでも「そんなばかな…」と思えるが、読み始めていったんひき込まれてしまうと、事実であろうがなかろうが、読者にはどちらでもよくなってしまう。それほどにおもしろい小説だ。
 最初は航空アクションの小説だと思っていた。だが題名が『A10奪還チーム 出動せよ』なのである。A10は米軍最新鋭の技術をつぎ込んだ最新鋭機のことだ。東ベルリン側に持って行かれた戦闘機ないしパイロットを奪還しようとする物語だ、ということがわかる。主要な手段はフォード・フェアモントやジープなどの改造車であり、軍事連絡部には無鉄砲なレーサー上がりの軍人や機械屋が集められているのだ。
 なんと、これはカー・チェイスを主軸に据えた冒険戦争小説だった。

 さて、小説だから文章で描写するのだが、その迫力は、このようなカー・チェイスものはハリウッドでも作ることはできないだろう、と確信させる出来映えだ。緊迫感が抜群なのだ。その秘密は、自動車を駆るパイロットの心理の描写にある。一瞬の判断に命を賭ける! 映画の画面ではこればかりはなかなか表現が難しい。どんなに凝ったアクションを連ねても、この緊迫感は演出が難しい。A10の主要なコンピュータ・ボックスと、亡命者(もちろんルール違反)と、瀕死の同僚を乗せて東ドイツ国内を失踪するフォードのドライヴァー、本書の主人公マックスという若者の物語。
 ぼくはすばらしい読書のひとときを読者に保証する。

 「ハヤカワ文庫の100冊」のフェアで最近復刊された冒険小説だ。このような金の卵が隠されているのなら、ほかにもありはしないかと、この機会によく捜しておく必要がありそうだ。

「古代ローマ帝国の遺産」展/上野・国立西洋美術館4

古代ローマ帝国の遺産表表紙160古代ローマ帝国の遺産裏表紙160


 上野の国立西洋美術館へ出かけるといつも混んでいて、落ち着いて絵を鑑賞できないというイメージがあり、ぼくは嫌っているのだが、古代ローマの出土品が展示されることなど滅多にないことなので、我慢できずに出掛けた。
 塩野七生さんの『ローマ人の物語』や wowow で放送された『ROMA』などで、古代ローマの歴史、文化、政治などについてはよく憶えている。だから、とくに解説を読む必要もなく、じっくりと見てまわった。 
 展示品についてはNHKの「迷宮美術館」の放送や、写真などで知っていたのだが、彫像がこれほど大きく迫力がある、とは思っていなかった。実物に直に触れるということは大切だ、とあらためて実感した。
 (彫像の見事さに圧倒される一方で、絵のほうはやや貧弱だ。基本的に壁画であり、フレスコ画であるから、その制約が大きかったのかも知れない)
 数々の大理石の彫像は美しい! すなおに美しい。
 ぼくはこの展示を見たあと、西洋美術館の常設展を見てまわったが、最初のスペースで出会うのがロダンの彫刻だ。ロダンの彫刻のさまざまな表現が、大袈裟すぎてバカバカしく感じられてしまう。古代ローマの彫像はそれほどに美しい。
 ポンペイの遺跡から発掘された「黄金の腕輪の家」の壁画、モザイクの噴水などが展示されていて、なんだかぱっとしない展示だな、と見てから、次の暗い部屋に移る。ビデオ映像が放映されているのだが、これを見て「あっ!」と驚くのだ。コンピュータで復元した「黄金の腕輪の家」のイメージ画像は、たった今見てきたぱっとしない展示物が、当時はどのように空間を構成していたかを再現している。当時の人々の生活の豊かさ、文化程度の高さに、あらためて驚かされざるを得ないのだ。
 本で読んでいて十分知っていたつもりであったが、自分の目で見る、という体験は貴重なのだった。

 小さな展示物だが、皇帝の横顔を浮き彫りにした貨幣にも感動させられる。たかだか紀元数百年の時代に、帝国全体(西ヨーロッパとアフリカ、中近東の一部)に通用する統一貨幣があったのだ。人間の築いた文明は、この頃にピークを迎えたあと、ルネサンスを迎えるまで停滞したどころか、むしろ長期にわたって衰退したのではないか、とそんな気さえしてくるのだった。

コミック昭和史 第6巻/水木しげる5

コミック昭和史〈第6巻〉―終戦から朝鮮戦争 (講談社文庫)
コミック昭和史〈第6巻〉―終戦から朝鮮戦争 (講談社文庫)


 水木しげる さん『コミック昭和史』第6巻はいよいよ終戦だ。
 終戦の経緯は、ぼくは歴史の教科書で習った程度のことしか知らなかった。政府内と軍部内の論戦で長引いたが、最後は昭和天皇の決断で降伏した、ということらしい。ずいぶん余分な人命が犠牲になったのではないか、という気がしてならないが、事実はどうだったのだろうか。
 水木さんは、現地の「森の人」に気に入られて、「このまま残って仲間になれ」と説得され、その気になっていたらしいが、「またくればよいではないか。とにかく一度日本へ帰ろう」と上官らに説得された。
 帰国してから運び屋をやったり、神戸の水木通りの旅館を買って紙芝居の仕事を始めるに至るまでの体験談は、終戦後の混乱期の実情がよくわかっておもしろい。やがて朝鮮戦争が始まると日本は景気がよくなり、そのせいで逆に紙芝居に人が集まらなくなる。
 さあ、この難局をどのようにして乗り切るのだろうか、というところで第6巻は終わっている。
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