明日の記憶
「だれだっけ。ほらあの人」
最近、こんなせりふが多くなった。
「俳優だよ。あれに出てた。外国の俳優だ」
誰もが心あたりのありそうなこの冒頭部分はじつに巧みな「つかみ」だと感心させられる。
中堅広告代理店の営業部の部長をつとめる「私」は、ついに五十の大台に乗った先月頃から、物忘れがひどくなったことを少しだけ自覚しているが、これがたいへんな病気の始まりだとは思ってもいなかった。
病気が悪化し始めても、何が何でも仕事にしがみつこうとする根性はたいしたもので、ややユーモラスなタッチもまじえながら「私」の悪戦苦闘は続いていく。辛抱強い奥さんと結婚式を間近に控えた娘がそっと支えてくれている。
娘の結婚式までは広告代理店部長の肩書きで頑張りたいと、涙ぐましいまでの努力が続く。
萩原浩さんはプロ中のプロ、本物の作家の職人芸を披露してくれる。
「私」になりきって書かれた小説は、若年性アルツハイマー病にかかった「私」の一人称であり、彼が書き始めた日記をまじえながら進んでいく。うまい! 抜群にうまい!
登場人物はそれぞれみな、上手に描かれている。たいへんなのは奥さんだ。「私」と一緒に苦しむが、しっかりした明るさを感じさせる人。あと広告代理店の部下たちや、取引先の強引な部長さん、陶芸教室の先生や、学生時代から「私」の陶芸の師匠である老人とか、一癖も二癖もある人たちがおもしろい。
この小説は、最初のところをしばらく読んだあと、読者にはおおよその結末が見えている。たぶんこんな終わり方をするんだろうと、小説を読み慣れた人なら誰だって予想する。
その予想する結末へと、その通りに進んでいく。結末へ向かうその過程の、語りの巧さで読ませるのだから、たいしたものだと思う。
「だれだっけ。ほらあの人」
最近、こんなせりふが多くなった。
「俳優だよ。あれに出てた。外国の俳優だ」
誰もが心あたりのありそうなこの冒頭部分はじつに巧みな「つかみ」だと感心させられる。
中堅広告代理店の営業部の部長をつとめる「私」は、ついに五十の大台に乗った先月頃から、物忘れがひどくなったことを少しだけ自覚しているが、これがたいへんな病気の始まりだとは思ってもいなかった。
病気が悪化し始めても、何が何でも仕事にしがみつこうとする根性はたいしたもので、ややユーモラスなタッチもまじえながら「私」の悪戦苦闘は続いていく。辛抱強い奥さんと結婚式を間近に控えた娘がそっと支えてくれている。
娘の結婚式までは広告代理店部長の肩書きで頑張りたいと、涙ぐましいまでの努力が続く。
萩原浩さんはプロ中のプロ、本物の作家の職人芸を披露してくれる。
「私」になりきって書かれた小説は、若年性アルツハイマー病にかかった「私」の一人称であり、彼が書き始めた日記をまじえながら進んでいく。うまい! 抜群にうまい!
登場人物はそれぞれみな、上手に描かれている。たいへんなのは奥さんだ。「私」と一緒に苦しむが、しっかりした明るさを感じさせる人。あと広告代理店の部下たちや、取引先の強引な部長さん、陶芸教室の先生や、学生時代から「私」の陶芸の師匠である老人とか、一癖も二癖もある人たちがおもしろい。
この小説は、最初のところをしばらく読んだあと、読者にはおおよその結末が見えている。たぶんこんな終わり方をするんだろうと、小説を読み慣れた人なら誰だって予想する。
その予想する結末へと、その通りに進んでいく。結末へ向かうその過程の、語りの巧さで読ませるのだから、たいしたものだと思う。