浅草オペラの時代展パンフレット表紙
民音だより浅草オペラ表表紙
民音だより浅草オペラ裏表紙

 「浅草オペラの時代展」は、2012年の1月1日から7月1日まで、民音音楽博物館で開かれている。
 民音音楽博物館は慶應病院とビルをひとつ挟んだところにあって、慶應病院の長い待ち時間に時間をつぶすのに最適なのだが、展示替えは半年ごとにしか行われない。2012年の前半がこの展示になっているが、しっかりと充実した内容となっている。
 「浅草オペラ」は、大正時代の自由闊達な大衆文化が花開くのに合わせて全盛期を迎えたが、大正12年の関東大震災で事実上幕を閉じたらしい。ピークは大正6年から12年9月の大震災までだ。クラシックと言えば「堅苦しさ」を憶えるが、浅草オペラを指示したのは大衆だったという。
 当時の浅草の様子を撮したフィルムが流されているが、この賑わいは現代の新宿・渋谷を思わせる混雑振りだ。当時の浅草には「凌雲閣」という、当時では日本一高い塔が建っていたそうだ。東京スカイツリーで大騒ぎしているのと同じことが当時にもあって、浅草はエンタテインメントの中心だったらしい。
 「ペラゴロ」という言葉(オペラ+ジゴロ)があって、浅草オペラのおもしろさに熱狂して通った文人たちのことをいうらしい。谷崎潤一郎、川端康成、宮沢賢治、小林秀雄、東郷青児、竹久夢二などだった。オペラといっても、いわゆるオペレッタ(喜歌劇)が中心だ。
 人気演目は「ボッカチオ」「カルメン」「カフェーの夜」「ホフマン物語」「ブン大将」「リゴレット」「女軍出征」「アルカンダラの医者」「コルヌビルの鐘」「天国と地獄」(←序曲が文明堂の宣伝で有名)「フラ・ディアボロ」「勧進帳」などで、大衆受けするように日本化されていたらしい。スター(清水金太郎、原信子、田谷力三、澤モリノなど)が次々と生まれ、関東大震災以降はこの中から映画やお笑いへと転向していった人たちも多かったという。
 民音音楽博物館の展示室では、当時の様子が映画フィルムで流され、当時の曲をヘッドホンで試聴できる。実際に聞いてみると、じつに楽しそうに歌っている。曲の調子は「カステラ一番電話は二番…」を思い浮かべていただいて、あんな調子のものが多い。色はわからないが、舞台衣装や化粧はかなり派手で、女性などは妖艶な感じの写真が多い。現代のセンスからするとどうかと思うが、当時はだからこそ「ウケた」のだろう。
 実際に聞くことができる曲はかなり多く、十分楽しめる。