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宮部みゆき

誰か/宮部みゆき4

誰か (文春文庫 み 17-6)

 今多グループの会長のお抱え運転手梶田信夫が、自転車に撥ねられ、打ち所が悪くなくなった。撥ねたのは少年だという情報もあるにはあるが、逃げてしまって犯人はつかまらない。
 梶田の娘姉妹が会長を頼って相談にきた。父の思い出を書いた本を出版したい、という。社内報編集部の杉村三郎に、「面倒を見てやってくれ」と会長から指示があった。
 杉村は梶田姉妹と面談するが、本を出版することで犯人を糾弾し、心理的圧力をかけるたいというのが梶田梨子(妹)の思惑だった。本を書くために、父親の若い頃の勤務先など、いろいろと取材するつもりでいるらしい。
 ところが姉の聡美は、妹とは別に杉村に訴えた。父親には何か人には言えない過去があったはずだ。それを掘り出しては困る。妹が父の過去を掘り返さないよう、うまくやってほしい、と。
 杉村は困惑する。会長はどこまで知っているのだろう。梶田にそうした過去があるのなら、気がつかない会長ではないはず。聡美の思い過ごしなのだろうか。
 どうしたら、梶田の娘たちを満足させられるだろうか。

 主人公の杉村は『名もなき毒』の主人公と同じだ。『名もなき毒』よりも以前の話となっていいる。
 この主人公の人物設定は、こうしたミステリとしてはめずらしい。『名もなき毒』の感想にも書いたが、ミステリの探偵役であれば、一匹狼とか、ばりばりの遣り手が主人公になって、周囲とぶつかり合いながら事件を解決していく、というのがふつうだ。そのほうがサスペンスを盛り上げやすくおもしろくなる。
 ところが、この物語の主人公は違う。穏和なタイプで、おとなしい。思いやりがあり、やさしさにあふれ、無欲で、家族思いなのだ。
 じつは、杉村は今田グループの中ではかなり特殊な立場にある。会長の娘と結婚しているのだ。生活の不安はいっさいない。社内報の編集部員は会長のスパイだという社員もいる。そんな生活がおもしろいか、と揶揄する身内もいる。
 杉村はそうした生活をそのまま受け入れ、我慢している。そういう性格なのである。
 安定した大人の男の魅力を感じさせる主人公だ。冒頭に紹介したううな、ふつうのミステリの主人公だったら手をつけかねてしまう流れの話にも、なんとか梶田姉妹の気持ちを受けとめて役に立とう、と心を砕く。

 スリル満点のミステリというわけにはいかないが、味わい深い小説だ。やはり、こういうふうに登場人物がしっかり描けている物語がよい。自転車に撥ねられて人が怪我をする。ありふれているけれど、社会的には問題化しそうな事件。宮部さんはそういう目の付け所がいい。

心ととろかすすような/宮部みゆき4

心とろかすような―マサの事件簿


 元警察犬のジャーマン・シェパード まさ の視点を通じて語る事件簿。まさは父親と娘二人、家族ぐるみの小さな探偵事務所で飼われている。次女の糸ちゃんはまだ高校生だが、長女の加代ちゃんは活発でしっかり者、父親も信頼している調査のプロなのだ。

 『パーフェクト・ブルー』の続編ということなのだが、『パーフェクト・ブルー』を読んでからかなりの時間が経過し、ほとんど内容を覚えていない。それでも短編集は独立した物語になっているから、初めて読んでもまったく問題はない。
 『心とろかすような』『てのひらの森の下で』『白い騎士は歌う』『マサ、留守番をする』『マサの弁明』の5話を収録している。

 この短編集ではいろいろと興味深いことがあった。
 宮部みゆきさんは、小説の中に可愛い子どもを登場させるのが上手だ。第1話には「心とろかすような」笑顔の少女が登場するが、これがとんでもない悪役。子どもを徹底的な悪役に使うとは、宮部みゆき さんにしてはめずらしい、と思った。

 探偵事務所が扱う事件だから、比較的にこじんまりとした事件が多いのだが、そうした中で人情話をつづっていくのがうまいのが宮部さんだ。軽いエンタテインメントが3話続いたあと、『マサ、留守番をする』が始まる。

 探偵事務所が事務所ぐるみで慰安旅行に出かけてしまい、まさは隣家の女性に預けられて留守番をする、という設定。
 探偵事務所の前に数羽のうさぎの子を置いていかれ、隣家の女性とまさが調査を開始するが、そのうさぎはどうも近所の小学校の飼育舎から連れ出されたものらしい。どうしてわざわざ学校から盗み出したのか、と始まるのだが…。これが近所の公園で起きた殺人事件にまで発展する。
 子どもとはこんなもの、こういう事件はだいたいこうで…、と小説の中で常識的な推測が行われ、読者もそれを信じるのだが、まさ が近所をほっつき歩いて調べてみると、推理・想定がどんどん覆る。人が代わりものの見方がかわると、事件はまったく異なった様相を呈する。「思いこみ」で人を判断することの怖さを思い知らせるような物語で、前の3話とは小説のできあがりがまったく違っているのだ。

 後書きを読んでみたら、第3話までは89年と90年の作品、この第4話のみ01年の初版にあわせて書き下ろしされたものらしい。
 10年で作家の腕がこれだけ上がったということだろう。
 結果的に、軽いエンタテインメント短編集を締めくくる中編として、作りは軽いけれども内容は重厚な作品が最後にやってくる。なかなか読み応えのある本だった。
 第5話『マサの弁明』があるではないか、といわれるかも知れないが、これは最後に軽く付け加えられたごく短いエピローグのようなものだ。なんと宮部みゆき さん本人が登場する。

 全体の感想だが、ぼくは第4話『マサ、留守番をする』を高く評価する。この中編はなかなかに深い味わいで、これがあるから本書はすばらしい作品になった、と思うのだ。
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