2007年06月16日

地球温暖化問題の問題点

 地球温暖化が叫ばれるようになって久しい。いわく、「地球温暖化防止のために二酸化炭素の排出量を減らそう」。人類文明が化石燃料を中心とする資源を消費することで地球温暖化を加速している、と言いたいらしい。一見たしかにもっともらしく見えるのだが、果たして本当にそうだろうか。

 いまからおよそ1000年前、日本で言う平安時代。貴族の女性の衣装として「十二単」というものがあった。百人一首の世界を創造してもらえればよい。いまから思えば「よくもまああんな重たそうなものを着て歩いていたなあ」という印象ではあるが、実は当時は「そんなもの」を着ていなければいられないほど寒かったらしい。
 一方、17世紀あたりのイギリスでは、今では凍ることのないテムズ河に分厚い氷が張っていたそうで、その上でスケートをやったり小屋を建てて酒盛りをやったりしている絵が残っているそうで。
 最もこれらは「この時期だけ冷え込む」いわゆる小氷河期ともいうべき状況だったらしいのだが。

 地質年代で言えば、最も最近の氷河期は今から15000年ほど前の「ヴュルム氷期」といわれるものだ。言うなればそこから徐々に温暖化が進んだことで、氷が解けて海面が上昇する反面、人の居住に適した土地が増えたともいえる。
 先に挙げた日本やイギリスの例のように、一時的に冷え込む時期があったとは言え、もっと大きなスケールで言えば、すくなくともここ一万年あまりの間は地球は温暖化をし続けてきたわけだ。
 一万年というと遠い過去のように思えるが、恐竜が栄えていたのが今から6500万年前。地球の46億年の歴史から見れば、ほんの一瞬のことに過ぎない。

 イギリスで産業革命が起きたのは18世紀。人類による気象観測の歴史はたかだか100年程度。その程度のデータをもとに、「人類の影響で地球が温暖化している」と断じるのは、逆説的な意味で傲慢と言えないだろうか。これだけ長い期間で続いてきた地球の温暖化が、人類の都合で止まってくれるはずもない。
 つまり、今の地球の温暖化は、もしかしると数万年周期で行われる地球の深呼吸のほんの一瞬に、たまたま人類が居合わせたようなものかもしれない。そう考えると、
「地球温暖化を人類によるものという主張自体が、人類の傲慢」
とは考えられないだろうか。

 ただし私は、「だから好き勝手やっていい」と言いたいわけではない。今の地球環境が人類を含む様々な生物ににとって住みよいのは疑いないわけで、そうなれば今の環境を可能な限り維持することには大きな意味があるのは確か。しかし、それを「人類文明の影響」と断じることで、もっと根本的な解決を遅らせることにならないことを祈るばかりである。


 ところで、現在様々な動物が絶滅の危機に瀕しており、その大部分が人類の影響によるものと思われがちだ。
 しかし、地球誕生以来もっと大規模な虐殺を行った生物は、人類でなく植物である。
 海中に発生した藻類が光合成を行って酸素を放出するまで酸素を代謝する生物は存在せず、酸素の影響で大部分の生物が死滅したと言われる。

 いまの地球環境が我々の営みに適しているのは、全くの偶然に過ぎないのかもしれないのだ。


※このエントリには知ったかぶりが含まれています。ツッコミを歓迎します。
din_gir at 21:23│Comments(0)雑想 | 科学・技術

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