12・19・月12・20・火

2011年12月20日

2・19・月の続き

……ところで昨日
飲みながら以下の話が出た。

ダー松の通った故郷熊本の高校には
それなりに有名人がいるが
出身中学にはクリームシチューの有田がいるくらい。
ましてや小学校には誰も……

……いや、いました柔道王・木村政彦!

「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」という
今年話題になった本を秋ごろに読んだら
忽ち重版!!……5刷、6刷……
現在何と13刷!
これからも大いに売れて欲しい本だ。

遠い昔、父親の口から
木村政彦の名前がぽろっと出た。
まだ十代の頃の昔話……
父と友人が街でチンピラに絡まれて
喧嘩になり……、
二人で相手をボコボコにして
「勝った!勝った!」といい気になっていたら、
チンピラたちが仲間を連れてきて報復!!

友人共々ピクとも動けないぐらい
コテンパンにぶっ倒される羽目に……

そこで収まらないのが負けん気の強いお馬鹿な我が父親!
高校のボクシング部のキャプテンやら
剣道の主将を引き連れてヤクザの事務所に
怒鳴り込む……という
まさに梶原一騎的展開!!
そして年齢的にみて父親と同級生かもの
柔道部の主将・木村政彦も同行!

それでどうなったのか聞くと……

「親分が出てきて……
ヤクザとはいえ、さすがに上に立つ人間は
違うもんだね〜……
『うちの若いものがご迷惑をおかけして
まことに申し訳ない』と学生ごときに謝るんで、
仕方なく矛を収めて帰ってきた」……との事?!
これも梶原一騎的展開か?


……それはともかく
木村政彦といえば柔道界では
「鬼の木村」「木村の前に木村なく、
木村の後に木村なし」と言われたほどの人!
しかし一般的には同郷とはいえ
「力道山に負けた人」的、
負のイメージしかなかったが
この本によってその本当の凄さがよく解る。
2段組700ページの大変な労作だ。

木村の映像はほとんど残っていなくて
わずかにあのグレイシー一族の長である
エリオ・グレイシーが唯一負けた試合が残るのみ
以下

伝説の試合「木村政彦vsエリオ・グレイシー」
http://www.youtube.com/watch?v=v2wO3dHUYwQ


脚が折れるんじゃないかと思えるくらいの
冒頭の大外狩りの凄いこと!




木村の通った道場あと記念碑
00川尻06625木村あ

 
http://p.twipple.jp/5XTE4
この碑はこのダー松の通った川尻小学校の
前にあります  http://p.twipple.jp/XNk5c 
00川尻06624小学校う


木村が砂利取りなどして育った緑川とそれにかかる橋00緑川土手06602さ
00緑川橋06603さ



お墓はこの加瀬川の横手にある大慈禅寺というお寺にあるという
00加勢川土手06616あ
00大慈禅寺06613あ




ところであの力道山になぜ敗れたのか?の謎は
ぜひ本をご覧ください
木村政彦は01あ


dirty90 at 23:05│Comments(0)TrackBack(0)

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