2011年の東北関東大震災と感染対策

岩田健太郎
神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野
神戸大学病院感染症内科

ポイント
・災害時の感染対策はブリコラージュが大切である。
・多いのはコモンな感染症である。かぜ、下痢症等に要注意。
・外傷後の破傷風予防に気をつける。
・感染伝播は、感染経路を考えて対応する。

はじめに

本稿は、
2011年3月11日から発生した東北関東大震災を受けて、感染症対策という観点からまとめたものです。想定する読者は、被災地で感染対策を行う医療者です。
津波と感染症に関する一般事項についてはCDCのサイトに詳しいですが、必ずしも今回の「この」津波にフィットした内容とは限りません。
http://emergency.cdc.gov/disasters/tsunamis/healthconcerns.asp
ですから、本稿では今回の災害を受けて具体的にどのような対策をとったらよいか、今手元にある情報から考えて作ってみました。事態の緊急性を鑑み、また読みやすさを考えて詳細な文献的内容は取り入れていません。読みやすさに大きなウエイトをおきました。また、文中に活用できるリンクも貼りましたが、電気やネットへのアクセスがなくてもプリントアウトして読めるような内容を目指しました。
以下の見解は岩田の個人的見解で、神戸大学各部署を代表するものではありません。もちろん本稿はリンクフリー、転載フリー、コピーフリーです。メディカ出版の寛大なるご判断に心から感謝申し上げます。

災害時の感染対策はブリコラージュである。

非常時には、常時の「常識」が必ずしも適応できません。「あれがあればできるのに」という発想はうまくいきません。「ここにあるもので、どこまでできるか」という発想が大切になります。これを、フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースは「ブリコラージュ」と言いました。手近にあるものでなんとかやり繰りすることです。こういう発想は現場の感染対策ではいつでも有効ですが、特にリソースが枯渇しやすい災害時には有効です。教科書的な「正しい感染対策」に縛られず、手元にあるリソースを最大限に活用して臨機応変の「知恵」を出しましょう。
手袋は1回使って捨てるのが常時の医療の基本ですが、このようなときには24時間、あるいはそれ以上の着用が正当化されるかもしれません。手指消毒も最低限に絞ってもよいかもしれません。リソースがどのくらいあり、ニーズがどのくらいあるかを見積もって、逆算して「どこまでできるか」考えましょう。

最大のリソースは、人である。

災害時の最大、最強のリソースは「人」です。これが枯渇しないように気をつけます。災害時にはやることが沢山あり、また使命感で気負っていますから、どうしても「がんばりすぎ」になります。適切な休養、食事、睡眠がないと人間の判断力は低下します。このような緊急事態だからこそ、自らの荒ぶる心を静かに落ち着かせ、目先の使命感だけでなく、長期的なアウトカムや全体の利益を考える視点が大事になります。全体を見回す目、「bird's eye(鳥の目)」と呼ばれる視点です。自らが働きすぎないように、仲間が疲弊しないように目配りし、適度な休養を「義務」としてとりましょう。

被災直後は外傷対策

被災直後は外傷患者ケアが大切になります。感染症的なポイントは、
1.抗菌薬
2.破傷風対策
に集約されます。抗菌薬を誰に処方するかは、そこにある抗菌薬の量と患者の数に関係します。抗菌薬が潤沢にあれば、比較的容易に処方したらよいでしょう。抗菌薬の数が足りなくなってきたら、比較的きれいなキズは洗浄だけで抗菌薬処方はなしにせざるをえないでしょう。とはいえ、通常医療と異なり、外来フォローが困難だったり、「一回だけ」診療ができる短期診療のことも多いでしょうから、抗菌薬処方の閾値は下げておいたほうがよいでしょう。
期間は通常3日間。実際に創部感染を起こしていれば1週間程度の治療がよいでしょう。あまり抗菌薬を長期に出しすぎると、ストックが枯渇しますから有効につかいましょう。
ケフレックスのような第一世代のセフェム、オーグメンチンやクラバモックスのようなβラクタマーゼ阻害薬入りのペニシリン、クリンダマイシンなどを用いればよいと思います。もし、こういった抗菌薬がなければミノマイシンや第2,第3セフェムでもある程度は効果があります(通常医療では奨められませんが、他になければやむを得ません)。シプロキサンは3日程度なら黄色ブドウ球菌のような皮膚感染症の原因には使えるでしょう。バクタ(ST合剤)も使えますし、ジスロマックやクラリスのようなマクロライドも(効果は小さくなりますが)全く無意味というわけではありません。他に抗菌薬がなければ、やらないよりはましでしょう。比較的軽いキズであれば、ゲンタシン軟膏でもいけると思います。
膿の培養検査は通常医療であれば必要ですが、災害時には電気や検査技師を消耗しないためもあり、提出しなくてもよいと思います。難治例、重症例では選択的に膿の培養や血液培養を提出してもよいでしょう
汚いキズには破傷風のトキソイド、もっと汚いキズには破傷風免疫グロブリン(テタノブリンなど)が必要になります。破傷風はいったん発症すると治療にとても難渋しますし、人工呼吸器など高度なリソースを要しますから、きちんと予防したほうがよいです。
日本の場合、1968年からの三種混合ワクチン(DTaP)の定期接種以前に生まれた人などは最初の免疫ができていません。したがって、トキソイドも3回接種が必要になります。定期接種を受けている人は、10年に1回の接種で大丈夫です。ただ、トキソイドの量が足りないときは、仕方がないのでせめて1回だけでも接種しましょう(このへんはロジスティクスの問題になります)。
トキソイドと免疫グロブリンは同時接種しても大丈夫です。B型肝炎と同じですね。

詳しくは、山本舜吾先生の解説をごらんください。
http://blog.livedoor.jp/disasterinfection/archives/2582521.html

津波に関連した感染症

専門的には津波に関連する感染症の懸念はあります。ビブリオ、エアロモナス、レプトスピラ、A型肝炎などです。しかし、今回の津波は冬の日本で起きており、これらの教科書的な感染症のリスクは(ゼロではないにしても)相対的には小さいでしょう。レプトスピラは災害の現場で確定診断するのは困難でしょうし、たとえ重症例でも普通に広域抗菌薬で治療する他ないと思います。免疫抑制者のVibrio vulnificus感染も同じです。A型肝炎も特定の治療法はないですから、他の重症患者同様に(可能であれば)全身管理にて治療されるでしょう。興味のある方はCDCのサイトをご参照ください。
http://emergency.cdc.gov/disasters/tsunamis/healthconcerns.asp

つぎは、避難所での「コモンな感染症」

超急性期は外傷ケアが問題になるが、避難所での生活が長く続くと、次に問題になるのは狭い避難所での感染症になります。特に水の枯渇が問題です。

1.飛沫感染症 風邪、インフルエンザなど
2.下痢症
3.空気感染症 結核、麻疹、水痘など
4.肺炎や尿路感染

などが問題になると思います。

1ですが、水が潤沢にあれば「手洗い」ということになるでしょうが、そうはいかないことも多いでしょう。ウェット・ティッシュなどを代用することも有効かもしれません。うがいはこれらの感染予防や治療にあまり有効ではないので、ここに大量の水を使うくらいなら手洗いや飲用水にまわしましょう。患者はサージカル・マスクを付け、患者でない人とできるだけ距離をとりましょう。最近、予防に亜鉛が有効というデータがあるので、可能であれば亜鉛タブレットを配ってもよいかもしれません。ただ、亜鉛は気分が悪くなる人もわりと、います。
臨床的にインフルエンザっぽかったら周囲への予防効果も考え、さっさとタミフルなどの抗インフルエンザ薬を用いたほうがよいかもしれません。迅速キットなどの診断検査は行ってもよいですが、同じ避難所から同症状の患者が増えたら無駄でしょうから、検査なしで治療します。周辺に予防投与させる方法も、薬が沢山あるときは有効でしょう。インフルエンザは流行が下火になっているので、あまり大きな問題にはならないと思いますが、インフルエンザBは今後も流行するかもしれません。

2.ですが、結構厄介です。まず、水やトイレの不足から衛生面で下痢症予防は困難です。発症しても狭い避難所では伝播しやすいです。治療の原則は輸液ですが、水が不足しているときは小児や高齢者は脱水に陥りやすく、死に至ることもあります。与えられた水を有効に用いて、治療します。
下痢症の輸液は多くの場合経口で可能ですから、点滴でなくても治療できます。ORS(oral rehydration solution)があればそれを活用します。可能な限り煮沸消毒、あるいはイソジン・タブレットによる消毒をしましょう。吐いていても、吐いている間に水を飲ませます。
吐物や便はできるだけ手袋とマスクを着用の上処理します。マスクをするのは、ノロウイルスなどミストが飛んで口に入るからです。ノロウイルスを疑った場合の消毒薬は、キッチンハイター等の塩素系消毒液を500mL入りのペットボトルのキャップに半分入れ、それを500mlの水とまぜればできあがり。ゴム手袋を着用して汚れたところを拭くとよいです。ノロウイルスは非常に流行の伝播が早く、避難所で流行するととてもやっかいなので持てるリソースを十分に使って強力な対策をとります。
外傷同様、ルーチンで便培養をするのはリソースの無駄遣いなので必要ないでしょう。細菌性下痢症のアウトブレイクが疑われたら(持続する熱や血便など)行ってもよいでしょう。
細菌性下痢症では通常抗菌薬を投与しないことが多いですが、避難所で下痢が続くと脱水のリスクやQOLの低下が甚大なので、シプロキサンのような抗菌薬を早めに投与してもよいと思います。カンピロバクターを疑えば(鳥肉摂取後)、アジスロマイシンのようなマクロライドがよいでしょう。止痢薬(ロペミンなど)は、このような状況下では積極的に使うのが正しいと私は思います。

3.はかなりやっかいです。陰圧個室などの確保は難しいです。かといって、このような感染症が広がるのは大きな問題です。麻疹も水痘もそれほど死亡率は高くない感染症ですが、水が足りないところだと脱水から死亡率が高まるかもしれません。トイレなどできるだけ個室を確保し、なんとか患者を離してください。私が以前見た対策では、診療所のテレビの後ろに患者が隠れてもらう、、と言うのがありました。それは常時の医療では「バツ」ですが、やらないよりましかもしれません。患者にはサージカルマスクを付けてもらいましょう。N95は実際的でないので、医療者もサージカルマスクを付けるのがよいと思います。
水痘は曝露後予防接種の効果が知られているので、予防接種を受けていない免疫正常な1歳以上の小児には周辺で接種してもよいでしょう(曝露後72時間以内)。アシクロビルなどの抗ウイルス薬にも曝露後予防効果があります。1週間くらい用いることが多いです。

4.は、もともと高齢者などに多い感染症です。災害時にも当然多く見られます。避難所の生活での衰弱なども発症に拍車をかけるかもしれません。通常の医療と同様、これらの感染症に対応します。簡単なレジメンは、点滴薬があれば

ロセフィン(セフトリアキソン)1日1g点滴
ロセフィンは「常時」は2g、4gと大量に使いますが、1gでも中等症くらいまでならOKです。大事に使いましょう。
経口だと
クラビット(レボフロキサシン)500mg1日1回経口
がバイオアベイラビリティーがよいので便利です。7日くらいの治療で多くは大丈夫だと思います(抗菌薬が潤沢であれば、敗血症例、腎盂腎炎は14日くらいの治療が理想的です)。
もちろん、これ以外の抗菌薬でも肺炎や尿路感染に対応できます。例えば、普段は感染症診療のファーストラインに用いられにくいテトラサイクリン系ですが、抗菌薬が枯渇したときにはいろいろな用途に用いることができます。詳しくは、土井朝子先生の解説をごらんください。
http://blog.livedoor.jp/disasterinfection/archives/2589165.html

遺体の扱い

残念ながら、今回の地震では多数の死者が発生しています。死体は異臭を放ちます。しかし、安易に埋葬すると身元の確認ができなくなります。火葬をすると火災のリスクがあります。いずれにしても、「異臭」には感染性はなく、それが故に「疫病」を恐れて慌てて土葬・火葬を行う必要はありません。飛沫感染、空気感染など、遺体から感染することはきわめてまれなのです。出血があれば肝炎ウイルスなどの感染を予防するために手袋が合理的な対策でしょう。