Basque Style - ディスカバリーバスク オフィシャルブログ

フランスとスペインにまたがるバスク地方。 旅行会社勤務時代、この地に訪れ恋におちてしまった。。 そんなこんなで、現在はスペインバスク・フランスバスク地方の旅行コーディネーターを行う、ディスカバリーバスクを作り、コーディネート業、ガイド業を行っております、KAORIです。よろしくお願いします。 オフィシャルホームページ:jp.discoverybasque.com

2021年7月28日から本日までの3日間、1年半ぶりに日本からの
お客様のご案内をさせて頂きました。


昨年の夏も、今年も時々、ヨーロッパに在住の日本人のアテンドは
させていただいたことはありますが2020年3月に最後のお客様を
ご案内して以来のことで、もう仕事ができた3日間、本当に幸せそのものでした。v( ̄∇ ̄)v


サンセバスチャンでのPCR検査の手配、同行もしてきたのでご紹介です。

今回のお客様は、本日2021年7月30日(金)の夕方に、スペイン国内線で、
サンセバスチャン空港からバルセロナ空港に移動。
明日7月31日(土)は終日バルセロナ観光、そして8月1日(日)早朝に、
ロンドンヒースロー空港経由で、大阪に戻られるという日程でした。

【日本再入国の際に必要な書類】
「出国前72時間以内にうけた、検査の結果の証明書」
医療機関で記入しておいてもらった、PCR検査の日本政府指定の検査証明書(スペイン語)
(リンクでフォームをはっておきます)


サンセバスチャンの場合、今回私たちが利用したのは、市内中心にあるクリニックです。
ラコンチャ海岸の目の前にあるので、待ち時間も優雅に過ごせますよ(´∀`*)
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平日は7-11時まで予約なしに、クリニックに直接行きます。
今回は、私たちの前に4-5人の人たちが検査のために待っていましたが、
受付でPCR検査なのか、抗原検査が必要なのか等伝え手続きを行い
10分も待たないうちに、検査をしてくれました。

そして何も言わないとEUで指定されたQRコード付きの、covidパスポート
証明書を出してくれますが、日本政府は指定のフォームではないとだめなので
必ずその旨も、受付の際伝えます。

このクリニックでは、優しい受付のお兄さんが「うん、うん。そうだよねー」
といって、既に知ってようで、スムーズに話が通じました。
ただ日本政府のフォームは、書き方サンプルがあるものの、日付の順番だとか
AM/PMなど、ヨーロッパではあまり使わない書き方で記入するので、
私は一言、「気を付けてね💛」と受付の人に言っておきました。

そしたら受付のお兄様には「わかってるよー。しかもサンプル通りやればいいんでしょ」
っていわれましたが、やはりここは、念を押すにこしたことはないでしょう。

結局10:30頃、「鼻ぐりぐり」を行い13時前には、3人分のEUバージョンと
日本政府指定バージョン両方届きました。

料金はPCR検査で一人100ユーロ。

でも予約もしなくてよくて、3時間くらいで結果貰えるって、便利かなと思います。


明日、バルセロナで検査を行ってもよかったですが、土曜日なので、検査機関が
閉まっているところもあるかなと思ったのと、サンセバスチャンのこのクリニックでは
最速の3時間で結果が来ましたが、色々なクリニックの説明を読んでいると24時間以内に
結果が出るといっているところもあり、万が一24時間かかると、帰国日前日だと
間に合わないといけないと思い、サンセバスチャンでの検査をご提案したのです。


クリニックに行く際に、パスポートがあれば大丈夫です。


★健康質問票の入力
こちらのリンクから、事前にメールアドレスや電話番号を質問票に入力



【ロンドンのトランジットで必要なもの】
イギリスでは、トランジットでも、イギリス入国前に滞在した国によって、
必要書類が変わってきます。

本日現在、日本もスペインもアンバーに入っています。
UKの国別リスト

アンバーリストからイギリスに入る場合に必要な書類
★新型コロナウィルスCOVID19の陰性証明書
ロケーターフォームの記入


【サンセバスチャン、ビルバオでの、PCR検査、予約代行・アテンド】
サンセバスチャン、ビルバオでPCR検査予約、アテンド代 1件あたり100ユーロ


PCR検査、ワクチンとうまく付き合いながら、
しばらくは海外旅行を楽しむしかないかなと思います。

でも、今のサンセバスチャン、ビルバオを始めバスクは、アジア人もほとんどと
いっていいほど見かけることがなく、おすすめですよ!!

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バスクのご旅行のご相談はお気軽に。また、出張等でスペインにお越しの際のPCR検査等の手続きのお手伝い等もいたしますので、まずはお気軽にお問合せください。
kaori@discoverybasque.com





今日は、19世紀後半のスペインが生んだ、
建築の天才達の作品が密集する、コミージャスの魅力をご紹介。

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コミージャスは、北スペインのカンタブリア地方にある、現在は人口2000人
ほどしかいない小さな村です。カンタブリア州の州都、サンタンデールから
車でおよそ40分ほどのところにあります。
カンタブリア海に面していて、ビーチもあり、中世の時代から漁村として、
活躍してきました。
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でも、この小さな村に、あのスペインで一番有名と言っても過言ではない、
アントニ・ガウディが設計をした、私邸エル・カプリッチョ
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彼と同時期に活躍し、最大のライバルでもありながら
モデル二ズモ様式という1つのスタイルを共に確立させた
リュィス・ドゥメナク・イ・ムンタネールの設計した旧市街中心にある、
噴水や、ポンティフィシア大学の見事な外観、コミージャス侯爵の記念碑
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Puerta decorada de acceso, con la Universidad Pontificia de Comillas al fondo. Comillas, Cantabria © Turespaña



そしてガウディの才能に最初に気づき、ここコミージャスの私邸の設計、
そして彼の生涯の代表作となった、バルセロナにあるサグラダ・ファミリアの
主任建築家に推薦をした、ガウディの師匠ジュアン・マルトレイの設計した
見事なネオ・ゴシックが美しいソブレリャーノ宮など、
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当時のスペインの中でも、カタルーニャ地方に掘り当てた地下水が
湧き出てくるように、建築の天才達が次々と誕生し、新しいスタイルを
作り出し構築していく過程で、基本は彼らの故郷でもあり、大都市であった
バルセロナに彼らの作品があるのですが、この小さな村コミージャスは、
ふとしたことをきっかけに、そんな天才達が目と鼻の先の距離に、
多くの作品を残し、今も所せましと存在するのです。

つまり、コミージャスは
ガウディ好き、スペイン建築好き、ムデハル建築好きには必見の村なのです!


この村の魅力を理解するうえで、まず何故コミージャスにこのような巨匠の
作品が密集しているのか。


それは、1817年にコミージャスに生まれた、アントニオ・ロペスという方が
すべての発端と言えるのです。彼はコミージャスに長男として生まれるのですが、
彼が6歳の時に父親が亡くなり、下の兄弟の面倒を見ることになるのです。
そして彼が一攫千金を狙い、わずか14歳でキューバに渡り、なんととんでもなく
多くの事業を成功させるのです。タバコ会社、太平洋横断会社など、
その成功ぶりは、もはや当時のスペインの王、アルフォンソ12世の目にもとまり
アルフォンソ12世は、アントニオ・ロペスに、「コミージャス初代侯爵」という
称号を与え、彼の故郷コミージャスにも王直々に足を運ぶ仲までになるのです。

アントニオ・ロペスはキューバから帰国後、基本は彼の奥様の故郷である
バルセロナに生活の拠点を構えるのですが、もちろん自分の生まれ故郷コミージャスを
忘れることはなく、故郷コミージャスに別荘を作る、それがマルトレイが設計した
ネオゴシックスタイルのソブレリャーノ宮
なのです。

元々豪華な別荘ですが、上記に述べたように、1881年にアルフォンソ12世が
アントニオ・ロペスの故郷、コミージャスを訪れるとなると、
国王をもてなさなければいけないと、さらに磨きがかかり、
1879年にエジソンが開発したばかりの発熱電球のシステムを取り入れ、
スペインで最初に電球がつけられた他、新たな庭園や公園の建設、そして
公共工事にも自らの資金を投資したのです。その中には、残念ながら現在は
残っていませんが、ガウディ設計の東洋風の野外建造物などがありました。
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こうして1881年に、小さな漁村が一気にスペインロイヤルファミリーの
夏の避暑地として生まれ変わり、アントニオ・ロペスの当時の生活の
拠点であった、バルセロナに生まれた天才建築家たちに、依頼をし
南アメリカでの自分たちの成功を見せつけ、同時に故郷への還元への
目的として、次々と建築ラッシュが訪れるのです。


私にとって、このコミージャスの建築物の魅力は、100年以上も時を
超えても伝わってくる、当時のエネルギー。

彼らが活躍した、19世紀後半から20世紀前半と言えば、
南北アメリカ大陸との貿易で資本主義が当確をあらわし、
その波にノリにのった当時のブルジョア階級が生れた一方、
先ほどの白熱電球や、1882年に結核菌の発見や1895年にX線の発見により
医学に進歩が訪れたり、産業革命で生まれ変わった国の底力を見せあう
国際万博が開催され、想像するに世界がパワーと期待でギラギラしていたのでは
ないでしょうか。


そんな中、ガウディが建築士の資格を1976年に取得して、5年しか
経過してない、まだ31歳の若かりし頃の、まだ家具とかの設計ばかりで、
建築物の設計の経験がそれほどなかったガウディに舞い降りてきた、
私邸エルカプリッチョの仕事依頼。
エルカプリッチョは、また彼の成熟期に設計したものとは違う、
まだそこにいきつく前のエッセンスが発見できたり、
また今では考えられないほど、依頼主の趣向に合わせたガウディならではの
独特な工夫やデザインが見受けたりでき、本当に素晴らしいです。


でもふと、エルカプリッチョデガウディが建てられたのは、
依頼主、キハーノ氏が弁護士を務める会社の社長でもあり、
義理のお兄さんでもあるあの、コミージャス侯爵のアントニオ・ロペス。
アントニオ・ロペスの、ネオゴシック、いってみればクラシックスタイルの
夏の別荘のすぐ横に、建設当時はまったく無名ともいってもいいガウディによる、
あんなド派手で、当時の常識から逸脱した建物を作られて、嫌ではなかったのか。

これだけが、本当に気になるのです。

皆さんはどう思われますか?


前回の記事で、オーストリア家の皇族出身のマリア・クリスティーナが、
スペインの王アルフォンソ12世の、お見合い相手候補になったという
ところまでお話ししました。

実は、アルフォンソ12世は初婚ではなく、1年前の1878年1月23日に、
従妹にあたる、マリア・デ・ラス・メルセデスと恋愛結婚するも、
なんと半年で、最愛の彼女が病気で亡くなってしまったのです。
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結婚期間が短かったこともあり、もちろん二人の間には、子供もおらず、
最愛の人を亡くした悲しみに暮れる時間もないまま、
スペイン国の王として、新たなパートナーを探さざる負えなかったのです。

でも、この最初の結婚、当時の王家としては珍しく、政略結婚ではなく
彼の恋愛結婚だったのです。
記録には、アルフォンソ12世が、マリア・デ・ラス・メルセデスに関して
「会う前から愛していた」とか、
「会った瞬間に自分の存在価値がわかった」など
私たち日本人が現代のスペイン人一般に想像する、
いわゆる情熱的に、彼女に没頭する様子が記録されているのです。

マリア・デ・ラス・メルセデスは、アルフォンソ12世のお母さま
イザベル2世女王の妹の娘。にも関わらず、イザベル2世ママは、
妹の旦那が反乱派であったことも影響して、この息子とマリアの
結婚に反対し、結婚式にも参加しなかったんですって。

イザベル2世ママには嫌われていたマリアですが、
スペイン国民にも非常に愛されていたんだそうです。

王とはいえ、今から約2世紀前の話とはいえ、アルフォンソ12世は21歳
でしたから、その年に最愛の人を亡くすというのは、
どんなに、その青年の心をかき乱したことでしょうか。

そして、そんな時でさえも、王である以上、周りの大人たちは彼を
そっとしてはくれなかったのでしょう。
大人たちは一刻も早く、スペインの王の跡取り問題に取り組むべく、
焦り狂い、ヨーロッパ中で新たな王の結婚相手を
探していた、、王は乗り気ではないけど、それを断ることはできなかった
わけです。

そんな中、冒頭にも書いたように、もっとも年齢的にも、お家柄的にも、
そして素質的にも最有力候補が、マリア・クリスティーナだったわけです。

そして、二人はなんと、フランスバスクのビアリッツで、
お見合いをすることになるのです。。


その時のマリア・クリスティーナのなんとも、健気な行動が記録されているのです。

マリア・クリスティーナはビアリッツには、彼女のお母さんと出かけたそうです。
緊張ですよね。
写真は見たとは言え、お見合い相手と初対面。
しかもその相手はスペイン国の国王。お見合いがうまくいけば、彼女はスペインという
祖国とはまったく違う国の、王女になる運命が始まるのですから。

いろんな意味でドキドキです。

もちろん彼女の耳にも、王が最愛の奥様を亡くしたばかりだと情報は入っていました。

そこで、お見合いの場所として選ばれたビアリッツ郊外の一軒家に、たまたまあった
一台のピアノ。そのピアノの上に、彼女は彼が到着する前に、前妻のマリア・デ・ラス・メルセデス
の写真を飾って、待っていたのです。

そして、アルフォンソ12世に
「私の最大の望みは、彼女に少しでも似通ることです。
といっても、貴方にとって私がいつか彼女の代理となる存在になるなどと、
お約束するような大胆なこともいたしませんが。」

言葉が違うので、彼女の言い回しを100%表現できた自信はありませんが、
なんとも敬意のある、健気な言動だと思いませんか。


でも、このお見合いが終わり、二人に意見を聞いてみると、

マリア・クリスティーナは、予想以上にハンサムで自分好みのスペイン王に
テンション上がりまくり。
一方、アルフォンソ12世はというと、、、上記のような彼女の気遣いには
感銘をうけたものの、タイプの女性、、というわけにはいかなかったようで。。
一説によると、お見合いが終わって、率直な感想が、マリア・クリスティーナより
付き添いできたお母さまのが魅力的だった、、なんとこぼしていたそうです。
alfonso maria cristina


















また次回に続きます。


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