March 03, 2019

家族を迎えるということ。その1

記憶に間違いがなければ、今から19年と少し前に、父に「犬を飼いたい」と言いました。
父は反対しました。理由は、別れる時が辛いから。
私が子供の頃に迎えた犬は、不注意による脱走で行方不明にさせてしまった為に、「見送る」別れを経験しませんでした。
私の中で子供の頃のワンコのことは、「別れ」という認識ではありません。それなのに「別れが辛いから」と言われても、納得が出来ませんでした。
自分の本気度を示す為、犬のしつけや飼い方の本を買ったり、当時ペットショップに、かろうじてまだラブがいたので、買い物のついでに、ほぼ毎週見に行ったりと「本気なんですよ」アピールをしました。
見に行っていたラブの兄妹は、結構大きくなるまでお店にいた為、うちに迎えなさいという、神様の思し召しなのでは?と言ったこともあります。
父がそろそろ折れるのでは・・・と、手応えを感じ始めた頃、残念ながらそのラブの兄妹は飼い主さんの元へ巣立って行き、寂さを感じました。
そんな時を経て、ようやくWISHを迎えることが出来ました。
父は、WISHに甘かったです。とにかく甘かったです。反対していたクセに、甘かったです。だからか、WISHも父が大好きでした。
ほぼ初めてのワンコとの生活。WISHはかなりハイパーでしたし、何と言っても疲れ知らずで、しばらくの間は引っ張りっ子だったので、日々のお散歩もなかなか大変。
若い頃は「もっとお散歩!」と、お家に入るのを拒否したことも。
イタズラも大好きで、小さい頃のWISHの口からは、しょっちゅうティッシュが出ている状態でした。
開けたばかりのボックスティッシュを箱ごとビリビリにする、買ってきたばかりの綿棒を廊下に撒き散らす、一度しか履いていない靴をダメにする、ゴミ袋の中を漁ることを、特に好みました。
しつけ教室に通ったことも含め、色々なことが初めて。
WISHの耳の付け根に腫瘍が出来た時も、当初は腫瘍だと思ってさえいませんでした。
「健康に留意しなくては」という意識自体が、当時はかなり希薄だったのだと思います。まさか病気になるなんて、それも、命を脅かす病気になるなんて、思ってもみなかったのです。
悪性腫瘍だと知った時には、ショックで泣きました。もう、長く一緒にいられないのではないかという不安と悲しみが、同時にやってきました。
抗がん剤の投薬をするにしても、かかりつけの先生は「普段の生活にお薬が加わるだけ」とおっしゃいましたが、なかなかそうは考えられず、病気であることを実感させられました。
WISHが虹の橋へ旅立った時、父も私も泣きました。正直、こんなことが本当に起こることなのか、信じがたい気持ちがあったようにも思います。
犬を見送ることの辛さ、寂しさ、悲しさを、この時に初めて知ったのです。
しかし3日ほどすると、父は「また犬を飼いたい」と言い始めました。飼う前はあんなに反対してたのに、親って勝手だなと思いました。
当時は犬を飼うとか飼わないとか、どうでもよいというのがストレートな気持ちでしたが、飼いたいと言われると「嫌だ」と思い、またラブを希望していた父に対し、ネガティブキャンペーンをしました。
姉バカですが、WISHは頭も顔もスタイルも気立てもよく、とても人懐っこくて、困った部分も含めて、我が家にとっては完璧な子でした。WISHが、ラブの基準になりました。
でも次に迎える子は、WISHと真逆かもしれない。それでも飼いたいの?と、割としつこく問いました。父は、それでも飼いたいと言いました。
冷静に考え、今は犬を飼うとかどうでもいいと思っていても、いずれ、また飼いたいと思う時が来るかもしれない。その時に探し始めるのでは遅いのかも・・・と思いました。
そして、次の子を探すことになりました。
私個人は、ラブと生活する希望はWISHが叶えてくれたので、大型犬くらいで、特にこだわりはありませんでしたが、父はラブを希望しました。
そして、Cyrilくんが我が家に来てくれることになりました。

disney_t at 23:30│ │つぶやき