March 04, 2019

家族を迎えるということ。その2

思っていたより早く、二代目ワンコとの暮らしを始めることに、私自身、多少の戸惑いがあったかもしれません。
トライアル中は、どうしても「預かりっ子」という意識があって、お互いにまだ距離があったような気がします。
そして「この子」なのか、とても迷いました。
正式に家族として迎えることを決めてから、心の底からCyrilくんを可愛いと思えるまで時間を要したのも事実ですが、性別を含め、WISHとは確かに180度くらい違うかも・・・なCyrilくんに戸惑ったりしながらも、父ちゃんも姉ちゃんも、いつの間にかCyrilくんにメロメロになりました。
Cyrilくんも、父のことが大好きでした。大の父ちゃん子になりました。
虹の橋へ旅立った後、知り合いにご挨拶した際「いつもお父さんにベッタリだったものね」と言われたくらいです。
しかも、かなりの甘えん坊で寂しがりや。
その部分に困ったこともありましたし、心配の種でもありましたが、甘えられたり寂しがって一緒に居たがるところがなんとも言えず愛おしくて、Cyrilくんの魅力だと思えるようになりました。
「同じ部屋にいないと嫌」なCyrilくんが、自分の横にいることが当たり前になりました。
女の子を希望していたところに、男の子を紹介されたことで、引き取りを悩んだことが大変愚かだったと思うくらい、Cyrilくんがいなければならない、依存してしまうくらいになりました。
いつの間にか8歳を過ぎ、WISHの年齢を超えました。そして、精神的にはどんどん幼くなっていったCyrilくんを、増々愛おしく思うようになりました。
父も私もCyrilくんのことが可愛くて可愛くて、どうしようもなく可愛くてたまらなかったのです。こんなに可愛いと思えるなんて、一緒に暮らし始めた時には全く想像出来ないことでした。
Cyrilくんは安らぎを与えてくれました。本当に、一緒にいてくれるだけで、幸せでした。
父は勿論、私も、Cyrilくんにはちょっと甘かったかもしれません。
正式に迎え入れることを決めた時、WISHに出来なかったことを、Cyrilくんにはしてあげたい。そう思いました。
それが出来たのかどうかは分かりませんが、長距離ドライブやお出掛けなど、逆に、Cyrilくんがいてくれたからこそ、出来たことの方が多い気がします。
一緒だからお花見もお出掛けもドライブも、楽しいと感じる。それが我が家では当たり前でした。
10年は、あっという間でした。流れるように過ぎました。それでも、この時間がまだまだ続くと思っていました。
あんよを怪我してしまってからは、あんよのことで頭がいっぱいになってしまいました。腫瘍が大きくなるまで、気付くことが出来ませんでした。
Cyrilくんの腫瘍が肥満細胞腫だと判明した時、「なんでうちの子ばかりが」と思いました。なんだか公平ではないように感じたのです。
勿論、他の子にも等しく腫瘍が出来て欲しいなんて思いません。
「うちに来る子はみんな肥満細胞腫になるのか」の呟きに、かかりつけの先生は「そんなことはない。腫瘍が出来やすい犬種だから・・・」とおっしゃいましたが、到底納得出来る理由ではありませんでした。
とは言え、少しの時間が経つと、前を向くことが出来たと思います。
Cyrilくんの肥満細胞腫の悪性度が、WISHよりも低かったこともあったけれど、Cyrilくんの体は丈夫だから、という気持ちがあったからだと思います。
10年間、一度しかお腹を壊さなかったくらいだもの。そのポンポン痛くしちゃったのも、姉ちゃんの不注意でしたし、昨夏、横腹にしこりが出来たのも脂肪腫で、分子標的薬が効いていると思っていました。
再発後は不安がありつつも、覚悟まではいかないけれど、腫瘍と共生していくのだと思えるようになりました。
あんよの方だって、触れば確認出来るプレートも、なかなか綺麗にならなかった縫合痕も、それらをひっくるめて、Cyrilくんが頑張った証だと思うことが出来ました。
それなのに・・・。
Cyrilくんに初めて会ったのは、2008年の11月14日。一緒に暮らし始めたのは、その5日後の19日。
10年後の同じ月にお別れをせねばならないなんて、勿論、思ってもいないことでした。
今でも、Cyrilくんとのお別れを受け入れられているのか、自分でも分からないまま、日々を過ごしています。

disney_t at 22:01│ │つぶやき