March 05, 2019

家族を迎えるということ。その3

Cyrilくんが旅立ち、少しの間は「Cyrilくんの空気」を感じることもありましたが、それでも家の中はガランとしました。
次第に寒々しく、誰もいないような、そんな家になりました。
犬がいない生活って、こんなだったっけ・・・。
WISHが旅立ってからCyrilくんが来てくれるまでのおよそ5ヶ月、どうして暮らしていたのか、記憶にありません。
もっと言えば、WISHが来るまでの間の生活は、こんなにつまらない日々だったのだろうか。
「いつか来ること」なんです。そう、いつかは来る。
けれど、受け入れられているのか分からない日々。仕方なく、しょうがなく生活している状態で、そこには何もありません。
実は、Cyrilくんとお別れした数日後に、父はまた「犬を飼いたい」と言い始めました。
Cyrilくんはあんなに父ちゃんのことが好きで、大の父ちゃん子だったのに、それをもう忘れて次を考えている様に思え(勿論忘れてないと思いますが)、薄情な気がしました。
確かにあの時、父が犬を飼いたいと言わなければ、Cyrilくんが我が家に来ることはなかったと思います。
が、あの時とは違い、10年という時が流れました。それだけ人も、年を重ねました。
父自身も、自分が若くないことは分かっている様で、若い犬は無理だから、引退犬を引き取るのはどうか、と言っています。
犬と一緒に暮らすことは、とても楽しく、幸せなこと。
年老いた人でも動物を飼うのが良い、というような意見があるのも、動物を飼うことで健康になれるのも、なんとなく分かります。
が、これを言ったらキリがないのだけど、何があるか分からない不安が大きく、一歩を踏み出すことが出来ません。
WISHとCyrilくんと生活していた時に何もなかったのは、運が良かっただけだと思っています。
見送ることも含めて、私一人で全てを出来る自信があれば恐らく、父の希望に沿う選択をすると思います。しかしその自信がない。
自分たちに何かあっても、残されたワンコの面倒を見てくれる人がいるのなら、いいのかもしれません。
でも・・・。例え面倒見てくれる人がいたとしても、私が嫌なのです。
「うちの子」である以上、私と同じように、それ以上でも以下でもなく、同じように愛情をかけて欲しいと言っても、恐らく無理だから。
「寂しいから飼いたい」は立派な理由であり動機でもありますが、現状から考えうるその後のことも、きちんと考慮せねばならない。
年齢や生活環境などで、動物を飼うことを諦めなければならない時は、いずれやって来る。それが「今」でも、いいかなと・・・。
WISHもCyrilくんもとってもいい子になってくれて、幸せな時を過ごすことが出来たので、これ以上欲張ってはいけないんじゃないかとも思います。
勿論寂しさが全くないわけではなく、ステイウォーカー(一時預かり)ならと考えたのですが、残念ながら現在は募集していないようですし、このままワンコのいない生活に、慣れていくしかないのかな、と。
今後気持ちが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。自分でもどうしたいかが、分からない。
飼えるなら飼いたい気もするが、今後のことを考えると難しいのではないか。
こんな考えが、日々、頭の中をぐるぐるしています。

disney_t at 23:06│ │つぶやき